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夢は夜ひらく──ロイ・フラー伝記映画『ザ・ダンサー』



 映画『ザ・ダンサー』を渋谷のル・シネマで観た(上映期間:'17年6月3日〜6月30日)。モダン・ダンスの祖の一人とされる伝説の女性舞踊家、ロイ・フラー Loie Fuller(1862〜1928)──昨年秋に来日したフィリップ・ドゥクフレの舞台『コンタクト』の中にも彼女に対するオマージュ場面があった──の半生を描いた伝記映画。上の写真(本人)からも察しがつくと思うが、非常に変わったダンスを創作した人である。

 実在のアーティストを描いた映画は、人物や創作の再現と娯楽性の両立が難しく、なかなか普遍的な傑作が生まれにくいが、『ザ・ダンサー』はその両要素がごく自然に結びついた素晴らしい映画だった。

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ジュディ・ガーランドとボブ・フォッシー


Get Happy from the movie Summer Stock (1950)
Performer: Judy Garland | Director/Choreographer: Charles Walters

 前回のフィリップ・ドゥクフレ記事の続き(?)。今年観た音楽ヴィデオの中に古典ミュージカル・ネタの面白い作品が2本あったので、まとめて紹介しておきたい。ひとつはジュディ・ガーランド、もうひとつはボブ・フォッシーへのオマージュである。

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フィリップ・ドゥクフレ『コンタクト』@彩の国さいたま芸術劇場



 フィリップ・ドゥクフレの舞台『コンタクト』の来日公演を観た。
 
 “空間演出の魔術師”と称されるフランスの演出家/振付家。過去作品の名場面を集めたアンソロジー作品『パノラマ』の素晴らしかった来日公演から2年4ヶ月、再び自身のカンパニーDCAを率いて、今度はミュージカル形式の新作を上演しに来てくれた。

 私が行ったのはちょうどローリン・ヒルのゼップ東京公演の翌日で、全く観劇モードではなかったのだが、ショウが始まった途端、一気にその世界に引き込まれた。摩訶不思議なイメージ、洒脱なユーモア、魅惑的なダンスと音楽……ドゥクフレの魔法にかけられ、1時間40分の上演中、ずっと夢を見ているようだった。やっぱりこの人は面白い!

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 19:35 | TOP↑

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Chic──考える足

My_Feet_Keep_Dancing.jpg

「20代の初めごろ、俺は著名振付家のシヴィラ・フォートのもとでダンスを学んでいたことがある。彼女が教えていたダナム・テクニックは、バレエの訓練法を取り入れたモダンなものだった(原註:キャサリン・ダナムは“黒人ダンスの母/女性開祖”と言われる人物。彼女とフォート女史はアメリカの黒人ダンス史に名を残す伝説的な存在)。後年、俺はシックの曲に、たっての希望でニコラス兄弟に参加してもらったこともある。俺は“ダンス”という言葉と精神的にも肉体的にも繋がりを持っていた」

 自伝『Le Freak: An Upside Down Story of Family, Disco and Destiny』(2011)でナイル・ロジャーズがそう書いているシックの曲とは、'79年に発表された「My Feet Keep Dancing」のことである。

 この曲には、史上最高のタップ・コンビ、ニコラス兄弟の兄であるフェイヤード・ニコラスが参加し、間奏でタップを踏んでいる。当時、フェイヤードは65歳。残念ながら弟のハロルドは不参加だが、他の2人のダンサー──ユージーン・ジャクソン(黒人子役として'20年代から芸能界で活躍していた人物)、サミー・ウォーレン──と組んで、歯切れの良いタップ音を響かせている。ロックンロールの興隆によって職を追われた彼ら黒人タップ・ダンサーたちは、マイケル・ジャクソンやグレゴリー・ハインズといった新世代の黒人スターたちの活躍により、'80年代になって再び脚光を浴びることになる。'77年の時点でマイケルはジャクソンズのテレビ番組〈The Jacksons〉にニコラス兄弟をゲストに迎え、一緒にタップを踏んでいた。'79年にフェイヤードをレコーディングに招いたナイル・ロジャーズもさすがだと思う。

 今年はフェイヤード・ニコラスの没後10年('06年1月24日没/享年91歳)。そして、昨日はバーナード・エドワーズの没後20年の命日だった('96年4月18日没/享年43歳)。2人の偉大なリズム・マスターを追悼して、今日は2人が共演したシックの大名曲「My Feet Keep Dancing」の歌詞を和訳することにしたい。ダンサーの成功物語を描いた歌だが、タップが黒人奴隷の表現手段として生まれた歴史を踏まえると、“My feet keep dancing”という表題フレーズは、生きることへの根源的な渇望を表しているようにも思える。間奏でタップがフィーチャーされた意味はあまりにも大きい。心臓の鼓動のように激しく脈打つバーナードのベースに乗ってタップ音が響く瞬間、私はいつも涙が出そうになる。

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 06:30 | TOP↑

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ロシオ・モリーナ『アフェクトス』@昭和女子大学人見記念講堂



 とんでもなく素晴らしかったロシオ・モリーナの舞台『アフェクトス』。今回の来日公演は、'15年11月23日(月)に東京国際フォーラム ホールC、11月26日(木)に大阪の森ノ宮ピロティホールで各1回ずつ行われたが、実はその2公演の他にもう1回、彼女は日本で『アフェクトス』の公演を行った。国際フォーラム公演翌日の11月24日(火)、場所は東京・三軒茶屋にある昭和女子大学人見記念講堂。

 ロシオ・モリーナが昭和女子大学で公演することは、事前に全くと言っていいほど告知されていなかった。各プレイガイドはもちろん、『アフェクトス』日本公演公式サイト、フラメンコ関連の諸サイト、また、前日の国際フォーラム公演の会場でも、そのような情報は一切なかった。公演の存在そのものを知らなかったファンがほとんどだと思う。昭和女子大学の学生たちを対象にした非営利目的のイベントであるため宣伝されていなかったのだが、これは一般人でも希望すれば普通に観ることができた。私は直前にこの公演情報に気づき、国際フォーラム公演を観た翌日、昭和女子大学でもう一度『アフェクトス』を観る機会に恵まれた。この作品が死ぬほど好きな私にとっては、本当に願ってもないことだった。

 舞台自体の鑑賞記は改めて書くとして、今回は、昭和女子大学で行われたこのイベントが一体どのようなものだったのか、記録として細かく書き残すことにしたい。

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