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Chuck Berry──ヘイル!ヘイル!オチンチン



 校長先生、逝く。
 
 ラッパーも顔負けの天才的なライム・スキルを持つチャック・ベリー。言葉の魔術師でもあった彼の最大のヒット曲は、「Johnny B. Goode」でも「Roll Over Beethoven」でも「Rock And Roll Music」でもなく、「My Ding-A-Ling」(1972)である。'72年2月3日、イギリスのLanchester Arts Festivalで収録されたライヴ録音を4分に編集したヴァージョンが同年7月にChessからシングル発売され、彼にとって最初で最後の全米ナンバーワン・ヒットになった。原曲は、デイヴ・バーソロミューが'52年にKingに吹き込んだ同名曲。先生はこれを改作し、ロックンロール学校の校歌にしてしまった。

 この歌で“ding-a-ling”は、おばあちゃんが買ってくれた鈴の玩具として登場するが、それは“おちんちん”を意味する俗語でもある。主人公が宝物のように大切にするその鳴り物は、同時に“ロックンロール”のメタファーとして捉えることができるかもしれない。

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Benjamin Clementine──さらば



 ベンジャミン・クレメンタインの「Adios」。自身の弾くピアノと、ヴァイオリン&チェロの室内弦楽をバックに歌われるアップテンポのワルツ曲。マイナー調のブルース進行はスクリーミン・ジェイ・ホーキンス的だが、シャンソン風の端正な歌い口は、スクリーミン・ジェイと同時にスコット・ウォーカーを思わせたりもする。

 「Adios」を聴いて誰もが驚くのは、途中で曲が中断され、聴き手に向けたベンジャミンの喋りに続いて、全くの別曲が挿入される型破りな曲構成だろう。大胆不敵な演劇的表現や、そこで聴かれるオペラ歌唱には、ジェイク・サックレイやレオ・フェレといった英仏シャンソン歌手に加え、マリア・カラスやルチアーノ・パヴァロッティまでも影響源として挙げる彼のユニークな個性がよく表れている。2nd EP『Glorious You』(2014)で発表されたこの曲は、後にデビュー・アルバム『At Least For Now』(2015)に再録音版が収録された。シングル曲ではないが、彼の個性を強烈に印象づける決定的な代表曲のひとつである。

 臆病な自分に別れを告げる内省的な歌詞は、『Glorious You』で共に発表された「Condolence」と似ている。また、一心に夢を追いかける自分を描いている点は、デビューEP『Cornerstone』(2013)収録曲で、同じく『At Least For Now』で再録音された「London」に通じる。“Adios”とは、言い換えれば“Don't look back(振り向くな)”である。ベンジャミンの歌には若者特有の自己にまつわる苦悩や闘争を描いた自叙伝的なものが多いが、豊かなイメージを喚起する瑞々しい言葉には、世代を超えて人を魅了する純粋な美しさがある。'14年の秋、「Condolence」のヴィデオを視聴して衝撃を受けた後、私はこの曲を聴いて完全に打ちのめされた。

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追悼 GEORGE MICHAEL(午後)──ブルーのち自由



 ジョージ・マイケル追悼記事の後編。ワム!時代の名曲を訳した前編“晴れのちブルー”に続いて、今度はソロ時代の名曲を訳す。取り上げるのは、2nd『Listen Without Prejudice Vol. 1』(1990)の主要曲「Freedom 90」。

 言うまでもなく、ワム!時代のヒット「Freedom」のセルフ・リメイクではない。ポップ・スターから脱却し、何ものにも束縛されない自由なソウル道を邁進し始めた新生ジョージ・マイケルの渾身の所信表明。以後のジョージの姿勢が明快に示された、彼にとって終生のテーマ曲とも言える作品だ。

 ここでは歌詞の拙訳(偏見なしに読んでほしい)とあわせて、同曲の音楽ヴィデオではなく、'93年12月1日の世界エイズ・デーにロンドンで行われたHIV/エイズ撲滅のための慈善コンサート〈Concert Of Hope〉の映像をご覧いただきたい。主催のナショナル・エイズ・トラストの支援者でもあるダイアナ妃を客席に迎えたこのコンサートに、ジョージ・マイケルはミック・ハックネル、k.d.ラングと共に出演し、トリで圧巻のパフォーマンスを繰り広げた。もちろん「Freedom 90」も歌われる。彼の素晴らしさ、偉大さは、このライヴ映像を観れば嫌というほど分かる。往年の彼をよく知らない淑女の皆さん、そして若き野郎どもも、どうか偏見なしに観てほしい。これぞ最高のジョージ・マイケルだ。

 心から冥福を祈る。ジョージ・マイケルよ、永遠なれ!

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| Man's Man's Man's World | 20:00 | TOP↑

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追悼 GEORGE MICHAEL(午前)──晴れのちブルー



 ジェイムズ・ブラウン、マイケル・ジャクソン、そして、プリンス。この10年で3人ともいなくなってしまった……という記事を書いたクリスマスの翌日、ジョージ・マイケルの訃報が届いた。'16年12月25日永眠、享年53歳。

 '80年代、小学生の頃に洋楽の洗礼を受けた私にとって、ジョージ・マイケルは特別なスターの一人である。両親が音楽好きだったため、私の家では多くのアメリカのトップ40ヒットと一緒にいつもワム!の曲が流れていた。'80年代後半、家に初めてCDコンポがやって来たとき、親が最初に購入したCDもワム!のベスト盤『The Final』だった(じきに私が家で一番の音楽中毒になってしまい、そのCDはほとんど私の私物になった)。マイケル・ジャクソン、プリンス、スティーヴィー・ワンダーらと並んで、ジョージ・マイケルは、現在に至るまでの私の音楽の趣味のいわば“初期設定”をした人だ。

 イギリスのブルーアイド・ソウル歌手と言うと、ダスティ・スプリングフィールド、トム・ジョーンズ、スティーヴ・ウィンウッド、ロバート・パーマー、アニー・レノックス、ミック・ハックネル、近年だと、エイミー・ワインハウス、アデル(グラミーでのジョージ・マイケル追悼パフォーマンスは素晴らしかった)、サム・スミスといった名前が思い浮かぶ。改めて考えると、ジョージ・マイケルは歴代のブルーアイド・ソウル歌手の中でも類を見ない才能の持ち主である。歌手としてだけでなく、ソングライター、プロデューサー、ポップ・スターとしても圧倒的な輝きを放った。範囲をアメリカにまで広げても、白人で彼ほど黒人音楽を自分のものにし、普遍的な名曲を数多く生んだアーティストはいないのではないか。彼ほど黒人音楽に憧れた青年はいないのではないか。

 私にとってジョージ・マイケルは、プリンスとシャーデーの中間に位置するようなアーティストである。ワム!解散後のソロ初作『Faith』(1987)で芸術的にも商業的にもプリンスに比肩する成功を収めた後(最大瞬間風速は同時期のプリンスを余裕で超えていた)、2nd『Listen Without Prejudice Vol. 1』(1990)でポップ・スターから脱却し、より真摯に自分の芸術に取り組むようになった。時代やアメリカの黒人音楽とは距離を置き、白でも黒でもない独自の親密なソウル・ミュージックをストイックに追求する姿勢は、寡作化が進んでいった点も含め、シャーデーによく似ていると思う。滋味を増した6年後の3rd『Older』(1996)は、『Love Deluxe』やイーフレイム・ルイス『Skin(ジョージ・マイケル好きは必聴)と並ぶ孤高かつ至高の'90年代UKソウル作品として、私の心に深く刻まれている。私生活でのスキャンダルやカミングアウトもありつつ、21世紀には、円熟味とかつてのポップさが調和した傑作『Patience』(2004)を発表。ポップ・ミュージック界で不動の地位を築きながら、カヴァー集『Songs From The Last Century』(1999)やライヴ盤『Symphonica』(2014)では(決して守りではない)思い切ったジャズ〜スタンダード志向も見せた。自由とソウルを求めて勇敢に我が道を行く姿は、シャーデーを通り越して、ニーナ・シモンさえ思わせるものだった。

 後年のプリンスもそうだったが、ジョージ・マイケルには“エレガント”という言葉がよく似合う。“エレガント”とは──私の定義では──自分が何を好きかよく分かっていて、そのために何をすればいいかよく分かっている、ブレのない人のことを表す言葉である。ジョージ・マイケルはそういう人だった。これからいくらでも素晴らしい作品を作れたはずなのに……彼ほどのアーティストがなぜ53歳で逝かなければならないのか。作品を聴き返すほどに悔しさが込み上げてくる。

 自分にとって重大な意味を持つアーティストが亡くなると、私は心の整理のために追悼記事を書き、その人のキャリアの中で自分が最も好きな曲をひとつ選んで歌詞を和訳することにしている。他界から2ヶ月近く経った今頃になってジョージの追悼記事を書いているのは、その決定的な1曲がなかなか選べなかったためである。これは本当に難しい選択だった。悩みに悩んだ末、私はワム!時代とソロ時代から1曲ずつ選ぶことにした。

 まず、ワム!の「Blue (Armed With Love)」を訳す。シングル「Club Tropicana」(1983)のB面曲。元のスタジオ録音版は部分的にヴォーカルが入った“半インスト曲”とでも言うべき奇妙な出来だったが、'85年4月の中国公演で披露された完全な歌入りのライヴ版が、後にワム!の最終作『Music From The Edge Of Heaven』(1986)に収録された。その素晴らしいパフォーマンスの様子は、彼らの中国ツアーを追ったドキュメンタリー映像作品『Foreign Skies(異国の空)』(1986)で観ることができる(観客たちの表情も素晴らしい)

 この曲を選んだのは、当時のワム!のバンドに、後にシャーデーのツアーやレコーディングに参加することになるリロイ・オズボーン(バック・ヴォーカル)とトレヴァー・マレル(ドラム)が含まれているせいもあるが、最大の理由は、ジョージらしさが自然に滲み出たワム!時代屈指の名曲だと思うからである。ミラクルズ「More Love」をブルーにしたようなソウルフルでグルーヴィーなミディアム。陽気でイケイケなイメージが強いワム!だが、彼の書く曲には常に独特な翳りや湿り気があり、それが私は大好きだった。ジョージの空は、まるでイギリスの空のようにいつも曇っていた。“ブルー”というのは、彼の作品を形容するのにぴったりの言葉だと思う。

 ジョージよ、天国の空模様はどうだろう。こっちはすっかりブルーだ。

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Benjamin Clementine──ネメシス(因果応報)



 ベンジャミン・クレメンタイン『At Least For Now』(2015)からのシングル曲「Nemesis」。スクリーミン・ジェイ・ホーキンス風のマイナー調三拍子のピアノ伴奏に乗せて歌われるのは、怨念めいた失恋の苦しみ。恋人に向かって“ちくしょう、俺を捨てやがって、今にツケが回るぞ!”と告げる別れの歌なのだが、“ネメシス”(ギリシャ神話に登場する懲罰の女神)やら“起源(genesis)”やら“異教(heresy)”やら、いちいち語彙が変だし、表現も相当にひねくれている。なんと面倒くさい失恋男だろう。さすが詩人と言うか、イギリス人と言うか……。

 ニーナ・シモンのようにしか聞こえないヴードゥー感たっぷりの捨て台詞(“So long you run”)も強烈。“いい夢見させてもらったよ、あばよ!”の心をベンジャミン・クレメンタインが歌うとこうなる。「I Put A Spell On You」の呪いは続く!

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