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愛は自尊心に勝る

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 2年半ぶりの3作目『STRONGER THAN PRIDE』(1988)からの先行シングル曲で、アルバムの冒頭を静かに飾る「Love Is Stronger Than Pride」。カリブの穏やかな熱風を感じさせる作品だが、サウンド・プロダクションはクールで、都会的に洗練されている。それまでのどこかスカしたジャズ色はすっかり影を潜め、当時のワールド・ミュージックの興隆にもさりげなく共鳴したこの曲は、格段にスケールと深みを増した新たなシャーデーからの挨拶状だった。

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| Songs | 23:45 | TOP↑

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The Nicholas Brothers (part 1)

DANCE TO JAZZ

Introducing great master hoofers
MAY DA BEAT BE WITH U!
NIcholas 1
The Nicholas Brothers
in the movie "Down Argentine Way" (1940)

 “ジャズで踊る”──シャーデーが登場した'80年代のロンドンのクラブ・シーンでは、いわゆるレア・グルーヴの見地から、ファンキーでソウルフルなモダン・ジャズやラテン・ジャズが盛んにプレイされ、後に“アシッド・ジャズ”と呼ばれるようになるムーヴメントの流れを生み出していた。踊れるネタとしてジャズの実用性がDJたちによって再発見されたのだ。
 しかし、もともとジャズは純粋音楽としてではなく、ダンス音楽として大衆性を獲得した音楽であり、ジャズで踊ること自体はもちろん新しいことでも何でもない。ロックンロールの登場以前、踊るとなれば人々はもっぱらジャズに合わせて踊っていた。

 ジャズがダンス音楽の王様だった頃、銀幕には大勢のダンサーたちが花形として登場した。例えば、優雅にステップを踏むフレッド・アステアや、体操のお兄さんのように跳ねまわるジーン・ケリーの姿は誰でも一度は目にしたことがあるだろう。
 しかし、彼ら白人スター・ダンサーたちの陰に、先に紹介したドロシー・ダンドリッジニーナ・メイ・マッキニーとも関係が深いニコラス兄弟を始め、驚異的な黒人ダンサーたちが存在していたことを忘れてはならない。

 彼らはミュージカル俳優として白人のようにまともなチャンスを与えられず、多くの場合、黒人向けの低予算映画や、白人メジャー映画の中でほんの数分登場することでしか、そのパフォーマンスを映像に記録することができなかった(白人映画で物語の本筋に関係なく登場して特別な芸を披露する彼らは、役名も台詞もなく、大抵“スペシャルティ”としてクレジットされた)。そうした映画の中には、残念ながら日本未公開作品や未ソフト化作品も少なくない。現在、彼ら優れた黒人ダンサーたちの存在が、必ずしも一般的に広く知られていないのは本当に残念なことだ。

 このブログでは“ジャズで踊る(Dance to Jazz)”という題目で、様々な映像を観賞しながら20世紀前半の輝かしい黒人ダンサーたちにスポットを当てていきたいと思う(無理矢理シャーデーから話を繋げているが、実はちっとも関係ない)。

 私はダンスに関してあなたほど詳しくないかもしれない。しかし、ここはひとつジェイムズ・ブラウン風に言ってみたい。彼らの踊りを見るまでは、何も見ていないのも同然なのだ、と。

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 23:10 | TOP↑

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