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2008年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年02月

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山口百恵は菩薩だった

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山口百恵は菩薩である
平岡正明・著
講談社(1979/増補・文庫版 1983)

 山口百恵に関するエントリー三連発のおまけとして、『山口百恵は菩薩である』について簡単に私の感想を述べておきたい。百恵ファンになった場合、あるいは、彼女について真剣に語ろうとした時、この本は避けては通れないものだと思うからだ。

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山口百恵 Momoe Yamaguchi (part 3)

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VITA SEXUALIS (いた・せくすありす)
山口百恵+阿木燿子+宇崎竜童

【無垢の章】
01. マホガニー・モーニング
02. 幻へようこそ
03. いた・せくすありす
04. 娘たち
05. 美・サイレント
06. 花筆文字
07. ミス・ディオール
【曼珠沙華の章】
08. 謝肉祭
09. 落葉の里
10. 寒椿
11. 想い出のミラージュ
12. イントロダクション・春
13. 曼珠沙華
14. 夜へ…


 山口百恵+阿木燿子+宇崎竜童の横須賀ファミリーが残した名作群を聴く“最強の山口百恵(The Untouchable Momoe Yamaguchi)”コンピレーション。第二集『VITA SEXUALIS』は、必殺曲「曼珠沙華」に代表される、情念系の百恵作品を中心に編纂されている。

 「曼珠沙華」は'78年12月発表のアルバム表題曲で、翌年3月にシングル「美・サイレント」B面(正確には両A面扱い)としても発売された。ヒット曲ではないが、重要な持ち歌としてテレビでも披露されていたので、百恵ファンでなくとも、リアルタイム世代にとっては馴染みのある作品かもしれない。重く切迫した情動の塊のようなその恋歌は、もはやアイドル歌謡の枠からは逸脱している。それは、彼女が歌手として、同時に女として記録した、ひとつの至高の到達点でもあった。

 『VITA SEXUALIS』は、いわば「曼珠沙華」への道行きを辿る、山口百恵に関する60分の性的ドキュメントである。一億人の目の前で、誰よりも艶めかしく、美しく成熟していった山口百恵。彼女が私たちの女であり続けた年月の中で、最も濃密な季節がここで振り返られる。過ぎた日々を回想する時、そこで取り出される一億人の娼婦のたった1枚の「肖像」とは、このようなものであるべきではないのか。

 この作品集で重要なのは、言うまでもなく、阿木燿子の言葉である。瑞々しい言語感覚で、時に手で触れられそうなほどに豊かなイメージを紡ぎ出すその詞世界。自然や四季を織り込んで女の心模様を美しく彩り、百恵から様々な表情を引き出す手際も実に見事だ。まるで女の生理が刷り込まれたような阿木の言葉を胸に、百恵は生娘から女へと移ろい、遂には危うい官能の世界すら歌うようになる。飽くまで女を全うする、その敢然たる歌いぶりは天晴れと言うしかない。
 第一集『横須賀から来た女』では宇崎竜童のビート感が肝だったが、ここで宇崎は、(ひどく感覚的に言うと)阿木と百恵の女の対話に静かに耳を傾けるような曲作りをしている。その相槌の打ち方の完璧さ。宇崎は話し上手でもあるが、聞き上手でもあるのだ。宇崎の男前な作曲センスがあったからこそ、阿木+百恵の女の談議にも花が咲き、天から曼珠沙華も降ってきたのである。

 恋する女は罪作り。白い花さえ真紅に染める。
 歌手の前に人間であり、あなたの前で女である歌手、山口百恵の魂とエロスがのたうち回る『VITA SEXUALIS』。ここでその全14曲を一気に解説していく。最高にいい女、山口百恵を聴きたければ、これしかない。

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山口百恵 Momoe Yamaguchi (part 2)

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横須賀から来た女
山口百恵+阿木燿子+宇崎竜童

01. I CAME FROM 横須賀
02. 横須賀ストーリー
03. イミテイション・ゴールド
04. 絶体絶命
05. 鏡の中のある日
06. プレイバック Part 1
07. 視線上のアリア
08. たそがれ祭り
09. プレイバック Part 2
10. オレンジ・ブロッサム・ブルース
11. 愛の嵐
12. タイトスカート
13. ロックンロール・ウィドウ
14. 神様のおぼし召し
15. 横須賀サンセット・サンライズ


 山口百恵+阿木燿子+宇崎竜童の横須賀ファミリーが残した名作群を聴く“最強の山口百恵(The Untouchable Momoe Yamaguchi)”コンピレーション。第一集『横須賀から来た女』は、「プレイバック Part 2」に代表される、いわゆるツッパリ歌謡系の百恵作品を中心に編纂されている。

 “馬鹿にしないでよ そっちのせいよ”──ドスの利いた声で眼光鋭く決め台詞を吐く姿は、歌手・山口百恵の象徴的なイメージとして、今でも多くの人々の記憶に焼き付いているだろう。その一発の啖呵は、彼女の大人びた口ぶりや佇まい、“泣かない女”とも言われた個としての揺るぎない様、あるいは、ひとりの男のためにすべてを敵に回すことも厭わなかった結婚・引退劇などと併せ、単なるテレビの消耗品でしかなかった従来の女性アイドルの常識を粉砕するものでもあった。山口百恵は“ツッパリ”という鎧を化粧の如く身に纏い、歌の中においても、芸能界という職場においても、女の新たな生き様を示したのである。

 『横須賀から来た女』は、山口百恵のルーツ=横須賀をキーワードに、彼女のパンチが最も切れるツッパリ歌謡を振り返りながら、ひとりの少女の成長の軌跡を、青春の躍動感、スピード感そのままに一気に辿る60分の音楽ドラマである。バラードなし。泣いてる暇なし。山口百恵は一度も立ち止まらず、最初から最後まで走り続ける。

 様々な心象風景を短編小説のように描き出す阿木燿子の詞作はもちろんとして、ここで重要なのは宇崎竜童の楽曲、特にそのビート感である。ロックンロール、R&B、ソウル、ファンク、時にレゲエ、ラテン、サンバにまで及ぶ西洋音楽を、力業で日本語のリズムに引き寄せる彼の横須賀的な作曲センスなしに、山口百恵は決して青春を駆け抜けることはできなかった。
 感覚的に言うと、宇崎は(例えば桑田佳祐のように)日本語を英語的に崩して舶来ビートに乗っけるのではなく、逆に舶来ビートを解体して日本語に下からくっつけるような曲の作り方をする(行程としては、曲が先ではなく、阿木の詞がまずあり、それに宇崎が曲をつけている)。ゆえに、自然と日本語の美しさが生き、決して言葉の意味がスポイルされることがない。日本語の重さ、たどたどしさを引きずりながら、同時に西洋音楽のグルーヴを獲得するガッツ溢れる和洋折衷。宇崎の男前な作曲センスがあったからこそ、百恵は阿木の言葉を正確に咀嚼し、歌うたいとしてすくすく成長することができたのだとも言える。

 何はともあれ、喧嘩上等。横須賀ファミリーの一人娘、山口百恵のパンチとキックが炸裂する『横須賀から来た女』、ここでその全15曲を一気に解説していく。最高にカッコいい山口百恵を聴きたければ、これしかない。

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山口百恵 Momoe Yamaguchi (part 1)

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 シャーデー・アデュがナイジェリアのイバダンで生まれた'59年1月16日の明くる日、地球の反対側の東京で、ある不世出の女性歌手が誕生した。

 山口百恵('59年1月17日生まれ)。
 
 2人が生まれた時刻は不明だが、日本とナイジェリアの時差8時間を考慮に入れると、両者はほとんど同時にこの世に生を受けたようにも思われる。'80年10月の引退から29年を経て、かつて「山口百恵」と呼ばれた女性は、'09年1月17日の今日、日本のどこかで50歳の誕生日を静かに迎えている。


 山口百恵(本名)。'72年10月15日、13歳で日テレのオーディション番組〈スター誕生!〉予選大会に出場。同年12月の決勝大会で準優勝し、ホリプロへ入社。翌年5月、14歳(中学3年)で歌手デビュー。同番組出身の森昌子、桜田淳子と共に“花の中3トリオ”と呼ばれて人気を博す。以後、歌手、女優、タレントとして、レコード、テレビ、映画、ドラマ、ラジオ、ステージなど多くのメディアで活躍。沢田研二、ピンク・レディーらと共に'70年代後半の歌謡曲黄金時代を担い、芸能界のトップスターの座に登り詰める。'80年3月7日、俳優・三浦友和との婚約、および芸能界からの完全引退を発表。同年10月15日、21歳で引退(11月19日、挙式)。
 実働期間、約7年半(オーディション出場から引退まで丸8年)。現役時に発表されたシングルは全32枚、アルバムは全22枚(ライヴ盤、ベスト盤を除く)。


 山口百恵は“伝説の歌姫”として、世代に関係なく今でも一般的に高い知名度を誇っていると思う。彼女の長男である三浦祐太朗(24歳)が、ロック・バンド、ピーキー・ソルト Peaky SALT のフロントとして歌手デビューし('08年11月)、ニュースになったのも記憶に新しいところだ。
 ただし、山口百恵の変わらぬ人気を支えるコアなファン層というのは、当時10~20代、現在40~50代になっているリアルタイム世代で(レコード会社のマーケティングも完全に彼らをターゲットにしている)、その作品が今の若い音楽ファンにも熱心に聴き継がれているかというと、残念ながらそうでもない。「いい日旅立ち」「プレイバック Part 2」といった代表曲は耳にしていても、若い世代の多くにとって、山口百恵という人物は、恐らくせいぜい“全盛期で潔く引退し、以後メディアに姿を現さない伝説のアイドル”でしかない。

 現役時代の彼女の姿を幼少期のテレビ体験の一部として辛うじて記憶する私個人に関して言えば、山口百恵は長いこと“なんとなく好きな人”というような存在だった。曲もなんとなく好きではあったが、私は単純に彼女の声、容姿、佇まい、雰囲気に漠然と魅力を感じていて、テレビの懐古番組の類で現役時代の映像を目にするたびに、自然と画面に引きつけられていた。音楽好きでありながら、それでも私が彼女の作品を長い間まともに聴こうとしなかったのは、“歌謡曲”というジャンルに対するつまらない偏見と、“アイドル歌手”の歌を聴くことに対する気恥ずかしさが原因と言っていい(基本的に私にとってそれらは聴くものではなく、耳にするものでしかなかった)。全く愚かなことだったと今にして思う。現在、私は完全に百恵ちゃんファンの一人と化している。

 “一億人の娼婦”、あるいは“菩薩”などとも形容された山口百恵。彼女が歌手として残した最良の作品群は、今の耳で聴いても十分に破格である。彼女が“伝説の歌姫”になった真の理由は、決してドラマチックな引退劇にではなく、単純に音盤の中にある。歌謡曲、アイドルだからと言って馬鹿にしてはいけない。黒人音楽ファンだろうと、ロック・ファンだろうと、あるいは男性だろうと女性だろうと、もしあなたが熱心な音楽リスナーであれば、山口百恵を聴かない手はないと思う。

 彼女の最もディープな表現の多くは、シングルではなく、アルバムの中にあるのだが、実際、そこには凡作、駄作も少なからず紛れている。少女アイドルとしてスタートし、テレビ、ラジオ、映画などの仕事をこなしながらの大量生産ゆえ、仕方のないことではあるが、7年半の歌手活動期間でシングル32枚、アルバム22枚という量を考えれば、その生涯打率が驚異的なものであるということは強調しておきたい。音楽ファンなら、彼女のアルバムは掘って決して損はない(実はサウンド・プロダクションの質もかなり高い)。

 さて、シングル32枚、アルバム22枚も聴いていられるか!という比較的若い世代(20~30代)の音楽リスナーのために、ここでは、手っ取り早く最高水準の山口百恵を満喫できる、素晴らしい2枚のCDを紹介することにしたい。リアルタイム世代でも、長年の百恵ファンでもない私ではあるが、飽くまでいち音楽ファンとして、“最強の山口百恵”への最短距離をここに示したいと思う。

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Happy Birthday, Ms Adu

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ちょっとフェラ・クティ似のお父さんに抱かれる生後間もないシャーデー
一体どこを見ているんでしょうか


 毎年、マーティン・ルーサー・キング・Jrの誕生日の翌日に、シャーデー・アデュの誕生日がやって来る。ここは引き続きスティーヴィー「Happy Birthday」を歌って祝いたいところである。
 
 キング牧師が生まれた30年と1日後の'59年1月16日、シャーデーはナイジェリアのイバダンで、ナイジェリア人(ヨルバ人)の父 Bisi Adu、イギリス人の母 Anne Adu(旧姓 Hayes)のもとに生まれた。残念ながら両親の結婚生活は長く続かず、'63年に離婚。彼女は兄 Banji と共に母親に引き取られ、イギリスで育った。

 彼女の本名 Helen Folasade Adu の Folasade は、ヨルバ語で“栄冠/至上の栄光(crowning glory)”を意味するという(英訳はシャーデー自身による)。その短縮化された愛称が Sade。ヨルバ人女性の名前としては割と一般的なものらしいので、日本人なら彼女は栄子さんなのかもしれない。

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ちょっと大きくなりました

 ちなみに、彼女が生まれた'59年1月16日は、今年と同じく金曜日だった。
 生まれた曜日でその子の性格を占う「Monday's Child」と呼ばれるマザーグースで、金曜生まれは次のように歌われている。

 Friday's child is loving and giving
 
 愛情深く思いやる子、といった感じだろうか。「By Your Side」なんかを聴くと、金曜生まれのシャーデーの温かさが確かに感じられるのである。
 

 さて、'59年生まれのシャーデー・アデュ、今年で遂に大台に乗った。
 30代で『LOVE DELUXE』(1992/33歳)、40代で『LOVERS ROCK』(2000/41歳)と、30を過ぎてから各ディケイドごとに1枚しかアルバムを出さなくなってしまった彼女。取りあえず、50代が終わるまでに無事新譜が発表されることを願うばかりである。

 尚、シャーデーと全く同じ'59年1月16日生まれの有名人には、池上季美子がいる。別の年のこの日には、ケイト・モス('74年)、アリーヤ('79年)まで生まれている。どうやらこの日は美人の誕生率が高いようだ。今日生まれた女の子はラッキーである(そんなもん、有名人の美人率が高いだけじゃないのか、というツッコミは無しで)。

 ついでに、翌日の1月17日は、モハメド・アリ('42年)とアーサ・キット('27年)の誕生日だったりする。キングにアリにアーサ・キット。偉大なアフリカ系アメリカ人たちの誕生日に挟まれて生まれたシャーデー・アデュ。名前負けも誕生日負けもしていないと思うが、頼むからもう少し働いてもらいたい。

 上記のマザーグースで、翌日の土曜日生まれはこう歌われている。

 Saturday's child works hard for his living
 (土曜生まれは働き者)
 
 シャーデーの生まれがもう一日遅ければ、2年に1枚くらいのペースでアルバムがリリースされていたかもしれない。もっとも、その場合、シャーデーは今のシャーデーではなかったような気もするが。とにかく、ファンとしては彼女の生来のペースに付き合うしかないのである。

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黄金の洋楽ライブ シャーデー(NHK BS2)


ちょっと肉付きがいいアデュ

 シャーデーの'93年アメリカ公演の映像が、今から数時間前、'09年1月10日の23:00~24:30、NHK BS2にて放映された。“放映された”などと過去形でなく、シャーデー・ブログなのだから、放映予定くらい事前にニュースとして取り上げても良さそうなものではあるが。

 この〈黄金の洋楽ライブ シャーデー〉という番組、もともと昨年10月11日の同時間枠で放映予定だったのだが、緒形拳が死んだせいでどこかへ吹っ飛んでしまい、その振り替え放映が3ヶ月後の1月10日に回ってきた。1月16日のシャーデー・アデュの誕生日の一週間前に持ってくるとは、NHKもなかなか味な真似をしてくれるというものだ。

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