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Macy Gray @ Billboard Live TOKYO 2011

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 メイシー・グレイのコンサートを観た。

 '99年、31歳の時にアルバム『ON HOW LIFE IS』で鮮烈なデビュー。ビリー・ホリデイ、ジャニス・ジョプリン、ベティ・デイヴィスを混ぜ合わせたような強烈なハスキー・ヴォイス、ロック・テイストも加味したブルージーでレイドバックしたR&Bサウンドで一躍人気者に。同アルバムからのシングル「I Try」は、'01年のグラミー賞で最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス部門にも輝いた。以後、売上げや話題性でデビュー作の成功こそ超えないものの、持ち前のふてぶてしさで独自のスタイルを貫き、'11年現在までに計5枚のオリジナル・アルバムを発表。駄作はひとつもない。

 前作『BIG』(2007)について、“もっと良くできたはずなのに、人の意見に耳を貸しすぎた”(11 May 2010, The Guardian)と振り返る彼女。'10年6月発表の最新作『THE SELLOUT』は、過度に売れ線を意識することもなく、邪念を捨てて我流を通したことが功を奏し、まさしくメイシー度100%のアルバムに仕上がっている。今回はこの快作を引っ提げての来日である。

 メイシー・グレイの初来日公演は'03年夏のフジロックだった。その時は1回だけ新宿リキッドルームで単独公演もあったのだが、なぜか私は観ていない(行かなかった理由が全く思い出せないのだが……)。私は'00年代前半頃までかなり熱心に彼女の作品を聴いていたのだが、ベスト盤やライヴDVDが発売された'00年代半ばを境に徐々にメイシー熱が冷めてしまい(同じようなファンが結構いるような気もするが、要するに、なんか飽きてしまったのである)、新譜が出ても、発売時に数回聴いて、あとはそれっきりという感じになっていた。

 そうして何となく迎えた7年半ぶり2度目の来日公演。場所はビルボードライブ東京。チケットは迷わず購入したものの、正直、それほど大きな期待はしていなかったし、こうして記事にするつもりもなかった。しかし、これがとんでもない大間違い。私はノーガードのままメイシーにボコボコに殴られ、瀕死の状態で帰ってきた。やっぱり、この人はスゴい。私が実際に会場で目にしたのは、事前に全く予想もしなかった、凄まじくクールな仁義なき最高のファンキー・ディーヴァ・ショウだった。

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Janelle Monae──メトロポリス組曲 第2&3楽章 概説

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 ジャネル・モネイの“メトロポリス組曲”の概説となるアルバム添付テキストを和訳する記事、その後半である。前回の第1楽章『METROPOLIS SUITE I OF IV: THE CHASE』(2007)に続き、今回は第2~3楽章『THE ARCHANDROID』(2010)のブックレットに掲載されているテキストの全訳をお届けする。

 第1楽章で物語の舞台は2719年の未来だったが、第2~3楽章で話はいきなり2010年の現代へ飛ぶ。メトロポリス組曲には、ジャネルが好きな過去のSF映画作品──『メトロポリス』『ブレードランナー』『スター・ウォーズ』等──からの影響が顕著だが(“2719年”という突拍子もない時代設定は、『メトロポリス』の公開年である1927年に由来する。アンドロイド=ジャネルの製造番号“57821”に関しては、彼女の生年である1985年を逆さにしたものだろう)、第2~3楽章ではそこに更に時間旅行の要素──『ターミネーター』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』等──が加わり、物語の構造が重層化している。また、このブックレットのテキスト自体、“パレス・オブ・ザ・ドッグズ”なる、精神病院にも似た特別施設の副院長による、患者ジャネル・モネイに関する手記という形をとっているのが面白い。なにやらドグラ・マグラな様相も呈してきたメトロポリス組曲、果たしてどのような決着を見るのだろうか?

 『THE ARCHANDROID』は、最終的に18曲の収録曲すべてにヴィデオが制作され、『Dance Or Die』というタイトルの映像集として発表される予定がジャネル本人によって語られている(同時に『The Red Book』というグラフィック・ノベル版も制作されるという)。'10年秋発表のニーヨ『LIBRA SCALE』が、同様に連作ヴィデオを伴ったSF物語形式の作品になっていたり、カニエ・ウェストも34分に及ぶアーティスティックな大作ヴィデオを発表するなど、映像と連動したコンセプチュアルな黒人アーティスト作品が注目される昨今。そうした時代の先鋒とも言うべき存在が、この25歳のジャネル・モネイ嬢なのである。

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Janelle Monae──メトロポリス組曲 第1楽章 概説



 28世紀からやって来たサイバーソウル歌手、ジャネル・モネイ。'10年5月に初のフル・アルバム『THE ARCHANDROID』を発表してからの彼女の躍進ぶりには目覚ましいものがある。'10年秋にはイギリスのNME紙の“Cool List 2010(イケてるアーティスト)”ランキングで2位に選ばれ、年末にはガーディアン紙の年間ベスト・アルバム選で、カニエ・ウェストの傑作を抑えて『THE ARCHANDROID』が堂々の首位に輝いた。プリンスやスティーヴィー・ワンダーとのステージ共演も次々と実現。そして、'11年2月13日(日本時間14日午前)、2部門でノミネートを受け、彼女は遂にグラミー賞の舞台でパフォーマンスを披露するまでに至った。いまや海の向こうで彼女はすっかりビッグな存在である(相変わらず身体は小っちゃいが)。
 
 ジャネルについては『THE ARCHANDROID』発表時に2本の記事を書いた。彼女の略歴、および、その独特なファッション・スタイルについてはそちらを参照してもらうとして、今回は“グラミー出演おめでとう緊急特別企画”として、彼女のアルバム作品に添付されている2つのテキストの日本語訳をお届けすることにしたい。

 ジャネルのアルバムは、28世紀のメトロポリスで生まれたアンドロイドの少女を主人公にしたコンセプチュアルな物語形式の連作になっている。全4楽章で完結する彼女の“メトロポリス組曲”は、現在までに『METROPOLIS SUITE I OF IV: THE CHASE』(2007/ミニ・アルバム。翌年に2曲を追加して新装発売)、『THE ARCHANDROID』(2010)によって第3楽章までが発表済みである。
 2枚のアルバムのブックレットには、それぞれ、彼女のアンドロイド物語を理解するための手引きとなる解説文が掲載されている。これら2つのテキストは、そこに収録されている彼女の歌曲や、アルバム・コンセプトと連動した映像作品を楽しむ上で欠かせないものである。

 欧米では既に時代をリードする重要アーティストの仲間入りを果たしているジャネル・モネイ。にもかかわらず、いつまで経っても日本盤が発売されないジャネル・モネイ(おかげで、いまだ日本語表記に困るジャネル・モネイ)。いま、日本のファンにとって最も必要なジャネル関連の文字情報は、実際に彼女の作品の一部であり、その重要な概説となる、これらアルバム添付テキストの和訳ではないだろうか。

 グラミーで観たけど、この娘一体何なのさ?というあなた。輸入盤を買ってみたけど、何だこりゃ?というあなた。ジャネルの不思議の国への入口は、すぐこの下にあります。

 まずは、第1楽章『METROPOLIS SUITE I OF IV: THE CHASE』概説から。

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The Nicholas Sisters



 ニコラス兄弟ならぬ、“ニコラス姉妹”というダンス・コンビが存在する。
 
 姉:ニコール・ニコラス Nicole Nicholas('85年生まれ)
 妹:キャシー・ニコラス Cathy Nicholas('87年生まれ)
 
 彼女たち、実は2人ともフェイヤード・ニコラスの孫娘で、祖父の芸を受け継いでいるのである。“あの子たちは我々がやっていたことを全部やるんだ。スカートをはいてね!”というのが、フェイヤードおじいちゃんの自慢の種だった。フェイヤードとハロルドの生前には、ステージで共演したこともあったようだ。

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 02:14 | TOP↑

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The Nicholas Brothers (part 6)



 '80年代以降のタップ・ダンス再評価の流れの中で、再び脚光を浴びるようになった過去の偉大な黒人タップ・マスターたち。その代表格であるニコラス兄弟に対する再評価も海外では着実に進んだ。

 ニコラス兄弟は『ザッツ・ダンシング!』(1984)、『イッツ・ブラック・エンターテインメント』(2002)といったドキュメンタリー作品でも大きく取り上げられているが、彼らのキャリアだけにスポットを当てた映像作品もきちんと存在する。ニコラス兄弟の長い芸歴を知るには、実際の出演映画等とあわせて、そうしたバイオグラフィ映像が重宝する。ここでは、'90年代に英米で製作されたニコラス兄弟の素晴らしいドキュメンタリー作品を2本紹介することにしたい。

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 01:30 | TOP↑

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The Nicholas Brothers (part 5)



 グレゴリー・ハインズの一連の出演映画(『コットンクラブ』『ホワイトナイツ』『タップ』)、あるいは、セヴィアン・グローヴァーのような更なる新世代スター・ダンサーの登場などによって、'80年代以降、タップ・ダンスは再び注目を集めるようになった。それは、白人ミュージカル・スターと共に思い出される古き良きアメリカン・ショウビズの踊りとしてではなく、ビートに重きを置いた、非常に今日的、かつ、オーセンティックな黒人芸能としての再評価である。この流れが、ファンクを蘇生させたヒップホップの興隆と同期していたことは決して偶然ではないように思う。

 そこで脚光を浴びるのが、歴史の中に埋もれていた偉大な黒人タップ・マスターたち。ロックンロールの興隆以降、すっかり時代遅れになっていた彼らの芸が正当に評価され、大きな表舞台で披露されるようになったのだ。低迷気味だったニコラス兄弟にも頻繁にお呼びが掛かるようになり、テレビ、映画、舞台で再び健在ぶりを見せてくれたのは嬉しい限りだ。今回は、'80年代以降の再評価時代のニコラス兄弟の映像を振り返る。

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| Dance to Jazz and All That Jazz | 15:43 | TOP↑

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