2012.06.10 Sun
Bring Me Home | Live 2011 - Extras
シャーデーのライヴ映像作品『BRING ME HOME | LIVE 2011』には、特典映像として3種類の舞台裏ドキュメンタリーが収録されている。個人的に本編のコンサート映像以上に興奮してしまったのが、その中で最大の目玉と言うべき「How Do You Say Thank You?」だった。他では全く見ることのできない'11年ツアーの舞台裏やオフステージのシャーデーの姿がぎっしり詰まった最高のロード・ムービー。最初から最後まで、とにかく驚きと感動の連続である。
本編映像を鑑賞した前回に続いて、今回はこの「How Do You Say Thank You?」を中心に、『BRING ME HOME』の3つの特典映像について書きたい。
HOW DO YOU SAY THANK YOU?
Camera/Edit: Sophie Muller
Music: "Gangsta Like Me" performed by Snoop Dogg, "Maybe Tomorrow" performed by Stereophonics, "Gone Away From Me" performed by Ray Lamontagne, "Three Little Birds" performed by Bob Marley & The Wailers, "Amazing Grace" (traditional), "Down To The River To Pray" (traditional)
ソフィ・ミュラー撮影/編集による約20分の舞台裏ドキュメンタリー。バスや飛行機での移動、楽屋、舞台裏から見たショウの本番中の様子などを、シャーデー・アデュの姿を中心に捉えている。'01年ツアーの舞台裏映像「Sade Walking」の'11年ツアー版とも言える作品だが、内容は遙かに濃い。観客が知り得ないショウの裏側はもちろん、今まで誰も見たことのなかったアデュのオフステージでの自然体の姿も見られる大変貴重な作品だ。タイトルの「How Do You Say Thank You?(ありがとうは何て言うんですか?)」は、恐らくアデュがツアー中に訪れた英語圏外の国々で必ず口にしたフレーズである(楽屋で彼女はいつも各公演地用の挨拶MCを考えている)。会話の様子や画面に映る道路標識などから、映像は主に北米ツアー中に撮影されたものと思われるが、いかにも29ヶ国を廻った世界ツアーのドキュメンタリーらしいタイトルだと思う。
この短編は様々な映像記録の断片を脈絡もなく纏めたものである。個人的に特に印象に残った場面をトップ10形式で列挙することにしたい。
#1
Sade sings gospel songs
1位は何と言ってもこれだ。このドキュメンタリーにはアデュがリロイ・オズボーン&トニー・モムレルと舞台裏で歌っている場面がたくさん出てくるが、その中に2つの黒人霊歌「Amazing Grace」「Down To The River To Pray」を3人でハモる場面がある。シャーデー、ゴスペルを歌う! 信じられない光景である。黒人ソウル歌手の中には幼少期に教会でゴスペルを歌って歌唱の基礎を身に付けた人が少なくないが、アデュにはそのような基盤が全くない。彼女は何の歌唱経験もないまま、物の弾みで歌手になってしまったような珍しい人間である。また、彼女の書く歌には“God”や“Lord”もほとんど出てこない。シャーデーはキリスト教の観念とは常に一定の距離を置いてきたアーティストである。そんな彼女がゴスペルを歌っている。全く何の違和感もなく、しかも、トイレのような場所で(エコーが利くからだろう)。恐らく彼女にとっては「Amazing Grace」も「Down To The River To Pray」も単なる“ソウル・ミュージック”なのだろう。彼らの歌う「Amazing Grace」が、「Cherish The Day」──シャーデー独自の祈りの歌──のステージ風景に重なる場面は途方もなく美しい。楽屋でメンバーたちと「Down To The River To Pray」を陽気に歌う場面も最高だ。
ちなみに、「Amazing Grace」を歌う場面でアデュは黒いパーカーを着ている。“SADE SOLDIER OF LOVE”というロゴ入りのこのパーカーは、コンサート会場でも売られていた(75ドル)。パンフしか購入しなかった私は、ラスベガス公演から帰ってきた後、これをトニー・モムレルが着ている写真をネットで見てちょっと欲しくなってしまったのだが、ここでアデュが着ているのを見て更に欲しくなってしまった(実は通販でも入手可能だったりするのだが……)。
#2
Sade gets a tip from Andrew Hale
ツアー・バスでの移動中のひとコマ。スヌープ・ドッグの「Gangsta Like Me」をBGMにアデュがカメラの前でセクシー・ダンスを披露する。ダイナマイトな踊りっぷりも最高だが(ファンタ・オレンジのTシャツもファンキー)、横に座っていたアンドリュー・ヘイルが彼女にお捻りを渡すところが可笑しい。いいものを見せてもらいました!
#3
Sade rehearses various songs
楽屋でアデュはリロイ・オズボーンやトニー・モムレルと持ち歌のリハをやっている。アコギ1本の伴奏(大抵オズボーンが弾いている)で色んな曲を歌っていて、これが先述のゴスペル曲とあわせて、このドキュメンタリーの大きな見所にもなっている。歌われている曲は(登場順に)「The Safest Place」「By Your Side」「Smooth Operator」「King Of Sorrow」「Soldier Of Love」。中でも興味深いのは「The Safest Place」である。この曲はツアー終盤のオーストラリアとアブダビの数公演で「Love Is Stronger Than Pride」と差し替えでコンサート中盤に披露された。元々はコンサートの締め括りに考慮されていたはずだが、「Cherish The Day」での退場後に演るのは蛇足と考えられてセットリストから外されてしまったのだと思う。断片ながら、このドキュメンタリーで生演奏が聴けるのは嬉しい(本編のコンサート映像のエンドロールには、予想通り、BGMとして「The Safest Place」のオリジナル・スタジオ版が使用されている)。「Soldier Of Love」はかなり印象の異なる曲調になっていて面白い。オズボーンの弾くコードを耳にして“それ何?”と訊いたアデュに、オズボーンが“……「Soldier Of Love」(笑)”と答える場面がちょっと可笑しい。シャーデーには安易なアンプラグド・アルバムなど作って欲しくないが、アコギだけの素朴なパフォーマンスは是非ともフルコーラスで聴いてみたいものだ(残念ながらリハ場面はどれも数秒の断片)。
#4
Sade makes a sortie from the trench
舞台裏ドキュメンタリーで私が最も見たかったもののひとつが、ステージの床下の様子である。機材やメンバーたちが隠れているあの床下は一体どのようになっているのか。「How Do You Say Thank You?」では、アデュが登場と退場の際に使うステージ中央のトラップドアを下から見ることができる。特に、穴の下からライトが照らすアデュの出撃場面は、表側から数え切れないほどこの光景を見たファンにはたまらない場面である。床下は天井まで大体2メートルくらいの高さだ。こうなっていたのか! スチュアート・マシューマンによると、アデュが使うこのステージ中央の階段は“魔法の階段(the magic staircase)”と呼ばれていたそうだ──“僕らは真っ平らなステージでショウをやった。最初、ステージ上には何の機材もなくて、僕らが〈魔法の階段〉と呼んでたやつをシャーデーが昇ってステージの真ん中に出る。観客は大興奮さ。彼女が出てくると世界中どこでもそうだった。大歓声を聞いて観客の愛を感じ、僕は泣きそうになったこともあったよ。すごかったね”(30 May 2012, Essence.com)。
#5
Sade sings the "Love Is Found" intro behind the stage
「How Do You Say Thank You?」にはオープニングから度肝を抜かれた。どこだかさっぱり分からない狭い小部屋のような空間に見知らぬ中年男性が立っている。聞こえてくるのは「Love Is Found」のストリングス。何だこの映像は、と思っていると、そこにおもむろにアデュがハンドマイクで歌いながら登場する。その瞬間、ここがステージの真後ろで、この映像が「Love Is Found」イントロ時の舞台裏の光景であることが分かる(ステージは画面の向こう側、LEDスクリーンは手前側にある)。上記の“魔法の階段”場面と同じく、ショウの緊張感が生々しく伝わってくる素晴らしい映像だ。尚、ここでアデュが昇るステージ真裏の階段のエリアは、後述する別の特典映像「3 Seconds」の舞台にもなっている。
#6
Sade with the little girl
このドキュメンタリーには、驚くべきことに、ツアーに同行していたシャーデーの愛娘アイラ(15歳)が登場する。映像内で特にアイラだと言及されているわけではないのだが、いつもシャーデーの傍にいる黒人少女はどう考えてもアイラだろう。彼女の姿がまともに公になるのはこれが初めてのことだ。アイラは「Babyfather」のヴィデオにも変装して出演していたのだが、その時とは随分と印象が異なる(あれは本当にアイラだったのか? いずれにせよ、あまり母親には似ていないようだ)。上の画像のプライベート・ジェット内の場面では、シャーデーの視線の先に彼女がいてパソコンをいじっている。楽屋でシャーデーたちが曲のリハーサルをしている時も、彼女は室内にちょこんと座って、iPodかゲーム機のようなものをいじっている。シャーデーがすぐ目の前で歌っているというのに、てんで無関心だ(笑)。もちろん、アイラにとってシャーデーは単なる母親であり、リロイおじさんやトニーおじさんたちと一緒に歌っていても特にどうということはないのだろうが……。アイラになりたい!
#7
Sade gives one of the crew a tatoo
アデュがクルーの1人に刺青を入れるというすごい場面も登場する。彫師、アデュ。この場面に関してはアデュがインタヴューで説明してくれている──“ステージに上がる前の緊張を紛らわすためにやってたの。ショウをやるより、刺青を彫る方がもっと緊張しちゃったけど”。ドキュメンタリーで見る限り、舞台裏のアデュはとても気丈に見えるが、本番前はやはり相当にアガるようだ。“すごく緊張してた。自分がステージで与える印象が観客にとってはすべてなわけでしょ。それが人に記憶されてしまう。ある意味、刺青も一緒よね。私は彼に一生消えない彫り物をしていた。失敗は許されなかったわ”(24 May 2012, MercuryNews.com)。
#8
Sade dances backstage during the "Cherish The Day" intro
アンコールでステージに上がる直前の舞台裏のアデュ。「Cherish The Day」のドラムビートに乗って他のメンバーたちが観客に手拍子を促している最中、アデュは裏でクルーたちと踊っていた(笑)。ここで一緒にノリノリで踊っている髭のおっさんは、アデュに刺青を入れて貰っていた男性と同一人物だろうか。この人は11月3日ヘルシンキ公演の「Paradise」でステージに登場したこともあった(過去記事“Aspects of Love's Soldier”参照)。もう1人の長身の渋い紳士はアデュの護衛のような人で、常に手を引きながら会場内で彼女を誘導している。この2人は先述の「Love Is Found」のイントロ場面でもアデュを傍で見守っていた。
#9
Sade escapes from the venue (like a smooth criminal)
「Cherish The Day」終了後、アデュは赤い衣裳を着たまま車に乗り込み、速やかに会場を後にする。終演後、着替える間もなく速攻で移動しているのである。この場面では「Smooth Operator」のインタールードで使われたノワール調スコアがBGMに流れる。まるで犯行現場から立ち去る“手際のいい犯罪者(smooth criminal)”のようだ。何でもない移動場面がやたらスリリングに感じられる。さすがソフィ・ミュラーの編集である。
#10
Audience seeing themselves on the LED screen
バンドと観客が合唱するコンサート中盤の「Nothing Can Come Between Us」。私が特に好きだったのは、毎回ステージの巨大LEDスクリーンに映し出される観客たちの表情だった(本編のコンサート映像ではモムレルのMC部分と共にほとんどカットされているが……)。「How Do You Say Thank You?」には、実際にスクリーンに映し出された観客席の映像が僅かながら登場する。みんな“うお~、自分が映ってる~!”とスクリーンを見て盛り上がっている(自分を撮っているカメラを見つけて“あれだー!”と指差す少年の姿が特に良い)。『BRING ME HOME』には観客席のショットがほとんどないし、『LOVERS LIVE』の「Message to Sade」のように観客をフィーチャーした特典映像もない。「Nothing Can Come Between Us」でスクリーンに映し出された世界中の観客の映像をまとめた特典映像を作っても良かったのではないか。
というわけで、個人的に特に印象に残った場面、お気に入りの場面を挙げてみた。使用曲に関しては、何と言ってもレイ・ラモンターニュ「Gone Away From Me」が印象深い('06年の2nd『TILL THE SUN TURNS BLACK』収録)。そのままアデュが歌っても何の違和感もないような曲で、見事なサウンドトラックになっている。アデュは以前から彼のファンであることを公言していた。「Sade Walking」と同様、開演直前の場内BGM「Three Little Birds」が聴けるのも嬉しいところだ(クレジットで「Amazing Grace」と「Down To The River To Pray」の作者が逆になっていることを一応指摘しておきたい)。
もちろん、ここに挙げた以外にも素晴らしい場面はたくさんある。このドキュメンタリーは最初から最後までとにかく目が離せない。北米ツアーだけでなく、世界中の公演地でのオン/オフの様子を記録して、1時間半くらいの長編作品にしたらどれだけ素晴らしかっただろう。楽屋での歌リハは是非フルコーラスで聴いてみたいし、弁当を食べるアデュとか、馬に乗るアデュなんかも見てみたかった(マシューマンによると、南米ツアーをやることになった理由のひとつは、アデュがどうしても馬に乗りたいと主張したためだったらしい。乗れたのだろうか?)。私はこれを見てますますシャーデーが好きになってしまった。舞台裏のポジティヴなヴァイブがひしひしと伝わってくる。'11年ツアーの素晴らしさを別角度から確認できる大感動のドキュメンタリーだ。
IN THE TRENCHES
Camera: Sophie Muller, Anthony Aquilato
Edit: Cottonbelly
Titles: Clay Matthewman
Music: Sade - Love Is Found (Alex Metric Remix)
他の2本の特典映像はいかにも“おまけ”という感じである。スチュアート・マシューマン(コットンベリー名義)が編集した「In The Trenches」は、バンドの男たちやクルーをフィーチャーした約6分の小品。『LOVERS LIVE』の特典「The Band Walking」の'11年ツアー版といった趣の作品だ。タイトルの“trenches(塹壕)”は、戦場で歩兵が敵弾を防ぐために地面に掘る溝のことである。この作品では、ステージの床下の様子が暗視カメラのような映像で捉えられている。メンバーたちが身を隠す床下の空間が“塹壕”に喩えられているわけだ。あまり大した映像は出てこないが、ショウのオープニングで男たちを乗せたバンドスタンドが迫り上がっていく様子を床下から捉えたショットは、いかにも“出撃!”といった感じで盛り上がる。ショウの最中に衣裳替えをするメンバーたちの様子なども見られる。BGMはアレックス・メトリックによる「Love Is Found」のエレクトロ・リミックス。コンバットな雰囲気の題字はマシューマンの息子のクレイが担当している。
3 SECONDS
The players: Greg Bogart, Russell Macias, Gary Grimm
Edit: Jeremy Fowler
シャーデーのクルーをフィーチャーした3分弱の作品。これが意外に面白い。タイトルの“3秒”というのは、「Paradise」終了後、衣裳替えのためにステージ右端の階段から退場してステージの裏手へ回り込んだアデュが、LEDスクリーン前の階段を通り過ぎる際にかかる時間のことである(彼女の着替え部屋はこの階段の先のステージ下にある)。アデュは通路の真ん中にある階段の左横を通過していくことになるが、このステージ真裏の通路は暗くて視界が悪い。クルーはアデュが階段の手すりにぶつからないよう、彼女が通り過ぎる際にいつも懐中電灯で階段を照らしていたが、そのうち、彼女を楽しませるためにこの階段の前でちょっとした出し物をやるようになった。
アデュを楽しませたクルーの出し物の数々(アデュが見るのは僅か3秒!)
その出し物というのが、バカバカしくも毎回手が込んでいて楽しい。ある時は“I ♥ SADE”という立て札の前でツアーパンフとペンを持ってサインしてもらうのを待っていたり(画像上段左)、またある時はアデュのためにクルーの生首料理が用意されたりした(画像上段右)。フィットネスバイクを漕いでいたり(画像下段左)、床屋に扮したり(画像下段右)、マリアッチに扮したり、クルーの男たちは毎晩違う出し物を考えた。人体切断マジックまでやっているから驚きである(箱の中に横たわった人間を真ん中で切断するやつ。ラスベガスで観たマジック・ショウに感化されたという)。アデュが小走りで通過するたった3秒間に賭ける彼らのユーモア根性とシャーデー愛は感動的と言うしかない。「Paradise」の後、舞台裏ではこんな素敵なもうひとつの“ショウ”が行われていたのである。シャーデーのクルーの素晴らしさが分かる愛すべきドキュメンタリーだ。
私が特典収録を期待していた映像──4~5月の欧州ツアーで披露された「Still In Love With You」、12月の豪州~中東ツアーで披露された「The Safest Place」、スクリーン用に制作された各種映像作品、「Love Is Found」のMV──は残念ながら収録されなかった。「How Do You Say Thank You?」が期待以上の作品だったので満足はしているが、特にスクリーン映像が未収録に終わったことはかなりショックである。「Love Is Found」のスクリーン映像のメイキングなんかも見てみたかったのだが……。まあ、欲を言い出せば切りがない。『BRING ME HOME | LIVE 2011』はとにかく素晴らしい作品である。
まだまだシャーデーが足りない!という人には、過去記事“Sade World Tour 2011 Audience Video Awards”を見ることをお勧めしておく。公式ライヴ映像を鑑賞した後でも、やはりオーディエンス動画には独自の良さがあると思う。世界中のファンが記録した映像もまた、ファンにとって貴重な財産と言える。
しかし、それでもまだシャーデーが足りない私は一体どうすればいいのか……。
VIVA SADE!
Bring Me Home | Live 2011
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