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シルヴィ・ギエム『ボレロ』@NHKホール 2014



 永遠の15分。
 
 アンディ・ウォーホルの話ではない。“15分”とは、モーリス・ラヴェル作曲/モーリス・ベジャール振付『ボレロ』の上演時間のことである。

 この時間のことをどう説明したらいいか分からない。短くはないが、決して長いとは言えない。それは永遠のようであり、一瞬のようでもある。単調で永続的なリズムに支配された祝祭的な時間。赤い円卓の中央に立つ踊り手は“メロディ”、それを取り囲む大勢の踊り手たちは“リズム”を表す。繰り返されるモチーフは少しずつクレッシェンドしていき、やがて極点に達する。その時間はとてつもなく貴重で、美しい。そして、終わってみれば、本当にあっという間だ。まるで人生のようだと思う。

 “人は誰でも15分間だけ有名になれる”。ウォーホルはそう言った。『ボレロ』を鑑賞すると、“人は誰でも15分間だけ生きられる”──そんな風に思えてくる。その15分は“15年”にも“115年”にも相当する。私たちには15分しかない。しかし、少なくとも15分は生きられる。だから、祝おう。そして、生きよう──。

 '14年8月29日(金)、NHKホール。途中に2回の休憩を挟み、3時間以上にも及んだ『東京バレエ団 創立50周年 祝祭ガラ』公演。その最後に登場し、“永遠の15分”を見事に演じたシルヴィ・ギエム。彼女の踊る姿から、私はそのようなメッセージを感じた。本当に美しい時間だった。

 人は誰でも赤い円卓の上に立っている。だから私たちも、彼女のように、与えられた“15分”を力の限り踊らなければいけない。

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マイケル・ジャクソン関連記事◆目録



 マイケル・ジャクソンに関する記事は原則的に“Michael Jackson”というカテゴリーで管理しているが、別カテゴリーに入れている記事もあるため、MJファンの来訪者が閲覧しやすいよう、今回、ここに専用の目録を用意することにした。今後、MJ関連の記事を書くごとに更新し、常にここからすべての記事へ飛べるようにする(この目録は飽くまでマイケル・ジャクソン自体をテーマにした記事、あるいは、マイケルと関連性の強い記事だけをまとめたものである。“Dance to Jazz and All That Jazz”というダンス/ミュージカル関連カテゴリーには、マイケルと間接的に関わりのある記事が多く含まれているので、暇な方はそちらもあわせてご覧頂きたい)

 マイケル・ジャクソンに関しては色々な人が色々なことを書いている。私は彼の音楽自体も好きだが、特に興味を持っているのは、映像作品、ステージ、ダンスといった彼の表現の視覚的な側面である。もともと映画が好きであること、そして、'80年代のMTV全盛期に音楽に目覚めたこともあり、私は音楽という表現を視覚的要素と分かち難く結びついたものとして捉えている。私にとって、音楽に添付された視覚イメージ(ジャケット写真、音楽ヴィデオ等)、ミュージシャンの容姿、身体の動き、ファッション等は、音楽そのものと同じくらい重要なものである。

 録音技術が発明される以前、音楽とは基本的に生演奏されるものであり、同時に視覚的要素を伴うものだった。鑑賞者は音楽に耳を傾けながら、パフォーマーが楽器を演奏する様子、歌を歌う様子、その表情やアクション、身に付けている服などを常に眺めていたはずである。つまり、音楽は根源的にパフォーミング・アートの一種なのだ。持って生まれた容貌でさえも、その声と同様、音楽アーティストの重要なパフォーマンスのひとつであると私は考える。

 音楽とは、聴くと同時に見るものである。全身で体験し、感じるものである。優れた音楽アーティストはこの点に関して非常に自覚的であるように思う。そして、マイケル・ジャクソンこそは、そうしたパフォーミング・アートとしての音楽の可能性を追求し、芸術的にも商業的にも頂点を極めた唯一無比の天才だった。そうした彼の表現を理解する上で、これらの記事が少しでも助けになれば幸いだ。

 では、ENJOY YOURSELF!

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夏のユル&B特集【3】──Jesse Boykins III



 身も心も折れかけている夏バテ脱力ピープルのための“夏のユル&B特集”。最終回の第3回に登場するのは、ジェシー・ボイキンス三世

 一世と二世がよく分からないボイキンス三世は、シカゴ生まれ、ニューヨークを拠点に'00年代後半から活動する新感覚ソウル/R&B歌手。メロー・X、クリス・ターナー、マラ・ルビーといった音楽仲間や、Street Etiquetteというファッション・ブログの主宰者らと共に“The Romantic Movement”という徒党を組むロマンチックな男でもある。いつも頭が爆発している。どちらかと言うと、ビラルのようなネオソウル〜エクスペリメンタル(フューチャー)ソウル寄りの音楽性を持つ人で、彼をユル&Bアーティストとして扱うことには少々無理があるかもしれないが、“ユルさ”という点では先に紹介した2人にも決して引けを取らない。

 彼の作品はまるで浮き雲のような感じで、寝起きみたいな髪型と同様、独特の掴み所のなさがあるのだが、'14年4月に発表された2ndアルバム『LOVE APPARATUS』からの先行曲「Plain」は、エイフェックス・ツイン「Windowlicker」(1999)を歌モノにしたようなエッジーかつポップな仕上がりで手応え十分。サウンドの浮遊感のみならず、歌詞にユル&B的な気分がよく表れているように思われたので取り上げることにした。

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夏のユル&B特集【2】──Blood Orange



 猛暑を乗り切れない夏バテ脱力ピープルのための“夏のユル&B特集”。第2回に登場するのは、耳から補給するビタミンC、ブラッド・オレンジ

 ブラッド・オレンジことデヴ(デヴォンテ)・ハインズ Dev Hynes は、ヒューストン生まれ、イギリス育ち、ニューヨーク在住のマルチ音楽タレント。'00年代半ばに英ダンス・パンク・バンド、テスト・アイシクルズ Test Icicles の一員として活動した後、光速チャンピオン Lightspeed Champion の名でソロ歌手に転向。'80年代ポップ色が濃厚なソランジュ「Losing You」(2012)、スカイ・フェレイラ「Everything Is Embarrassing」(2012)のプロデュースで名を上げ、ブラッド・オレンジ名義による2ndアルバム『CUPID DELUXE』(2013)で大ブレイクを果たした。

 性別不明の自由すぎる音楽性、老若男女の誰にもアピールするポップさ、意外性のある身体の動き、名前が果実に由来する点などにおいて、彼は“ユル&B界のふなっしー”とも言うべき超強力キャラである。今回は、彼の人気を不動のものにした大傑作『CUPID DELUXE』の終幕を飾る美しいバラード「Time Will Tell」を和訳する。

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夏のユル&B特集【1】──Miguel



 暑い。毎日暑すぎる。“夏到来 絶好の季節 さあ 街へ出て踊ろう”という歌を今月の始めに紹介したが、こんな時に表で踊ったら熱中症で病院に運ばれるのがオチである。暑すぎてまるで気合いが入らないので、通りで踊るのはやめにして、私は冷房のきいた室内でユル&Bを聴いて過ごすことにした。

 “ユル&B”というのは、ここ数年ずっと流行っている新手のR&Bのことである。インディR&B、オルタナティヴR&B、エーテルR&B、PBR&B、ヒップスターR&B……といった様々な名称で呼ばれているアレだ。呼び方のひとつに“チル&B”という言葉があり、“ユル&B”はそれを和訳したものである。キメキメでイケイケでビンビンな従来のR&Bとは違う、常道を踏み外した出来損ない感、やり損ない感が漂うユルいR&B──私はそれを“ユル&B”という言葉で理解する。ユルいもので癒されたい、和みたい、まったりしたい、という気分は日本だけのものではないのだ。

 今回の特集では、ユル&Bアーティストの中から精鋭3人を取り上げ、その作品をまったり鑑賞していく。何のまとめもせず、考察もせず、各人の歌をひとつ選んで和訳するだけ、という全3回の実にユルい企画である。

 第1回に登場するのは、LA出身のミゲル。「消臭力」の少年歌手と名前が被ってやたら検索がしづらい、あのミゲルだ。ユル&B界の中でも、彼は“くまモン”に匹敵する先駆的なスターのひとりである。ナヨっとしたヘタレっぽい歌声、じっと見ているとだんだんムカついてくる、人を小馬鹿にしたようなルックスにも、正道を外れた独特のユルさが漂う。プリンスによく似たオルタナ感とアクの強さを持つミゲルは、グラミーを獲った「Adorn」(2012)に顕著な通り、かなりオーセンティックなR&B感覚の持ち主でもある。ユル&Bブームとは関係なく、今後も幅広い層から長く支持されそうな非常に完成度の高いキャラクターだ。

 和訳するのは、'14年2月に発表された彼の最新曲「Simplethings」。

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Image Association Game #51



Metropolis (1927)
Directed by Fritz Lang


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Lauren Bacall──よく分からない



 先日亡くなったローレン・バコールを追悼して、彼女が『脱出(To Have and Have Not)』(1944)の劇中で歌った「How Little We Know(作詞:ジョニー・マーサー/作曲:ホーギー・カーマイケル)の歌詞を和訳しようと思った。……が、この映画の日本語字幕を手掛けた太田直子さんの訳を確認して断念した。巧すぎる。素材の味を最小限の言葉で最大限に引き出す字幕翻訳者の匠技に、文字通り、私は言葉を失ったのである。

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THE LOOK, THE VOICE ... and a light



Coast to coast, LA to Chicago, western male
Across the north and south to Key Largo, love for sale

Sade - Smooth Operator (1984)

Who's calling the shots
One of us must make the peace
To have or to have not
The fire has got to cease

Sade - War of the Hearts (1985)

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Sinead O'Connor──私を教会に連れてって



 シニード・オコナー、まさかの完全復活。
 
 新譜『I'M NOT BOSSY, I'M THE BOSS』('14年8月11日発売)のジャケットを飾るこの写真を見た時は本当に驚いた。グレッチのギターを抱くボブ・カットのヴァンプ。こ、これがあのシニード?? 最初は合成写真かとも思ったが、そうではない。47歳の彼女は贅肉を削ぎ落とした刺激的なルックスで再びポピュラー・ミュージックの前線に帰ってきた。過去記事で“最近はすっかりオバちゃん化している”などと書いてしまったことを猛省する。この新譜で彼女は久々に大きな脚光を浴びるだろう。容姿や外見といった視覚的要素は、やはり音楽アーティストの重要なパフォーマンスのひとつなのだと痛感する。

 今回は彼女の大復活を祝して、アルバムから1stシングルに切られた「Take Me To Church」の歌詞を和訳したい。ローマ・カトリック教会に対するあの痛烈な抗議も思い出させる、新生シニード・オコナーの所信表明と言うべき力強い歌である。「Nothing Compares 2 U」(1990)の映像を顔面に投影し、自身の過去イメージに抗う音楽ヴィデオも印象的だ。ジャンヌ・ダルクからファム・ファタールに変身しようと、この人の根っこはちっとも変わらない。

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Joan Jett and the Blackhearts──いい音楽



 ジョーン・ジェットが好きだ♥
 
 熱心に聴いていたのは遙か昔の高校の頃だが、すっかりロックと疎遠になった今でも、数年に一度──例えば、誰でも周期的にストーンズ漬けになる時があるように(?)──私は突然“ジェット・モード”になってしまう時がある。アルバムはほとんどすべて持っているし、来日公演('92年)にも行ったことがある。彼女がマイケル・J・フォックスと姉弟役で主演したポール・シュレイダー監督作『愛と栄光への日々(Light of Day)』(1987)は、今まで観た中でも十本の指に入るくらい好きな映画だ。音楽への愛を真摯に貫き、同じことを同じ情熱でやり続ける彼女のシンプルな生き方に、私は今も秘かに惚れ続ける。ジョーン・ジェットは美しい。彼女は私にとって永遠のロックンロール・ヒロインだ。

 前々回前回とマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing In The Street」を取り上げたが、ジョーン・ジェットにも同じように素晴らしい音楽讃歌がある。'86年に発表された彼女のアルバムの表題曲で、シングルにもなった「Good Music」。色んな人に聴いてもらいたい名曲である。今回はこれを拙訳で紹介する。

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君が仲間である限り──全訳『DANCE PARTY』


MARTHA AND THE VANDELLAS - DANCE PARTY
LP: Gordy 915, 12 April 1965 (US)

Side 1: Dancing In The Street / Dancing Slow / Wild One / Nowhere To Run / Nobody'll Care / There He Is (At My Door)
Side 2: Mobile Lil The Dancing Witch / Dance Party / Motoring / The Jerk / Mickey's Monkey / Hitch Hike

Produced by William "Mickey" Stevenson, Ivy Jo Hunter

Singles from DANCE PARTY:
Dancing In The Street / There He Is (At My Door) (31 July 1964)
Wild One / Dancing Slow (13 November 1964)
Nowhere To Run / Motoring (5 February 1965)



 前回、“8月の歌”としてマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing In The Street」を和訳した。今回はそれに続き、同曲をフィーチャーした彼女たちの傑作アルバム『DANCE PARTY』を全訳する。私がモータウンで最も愛するグループはマーサ&ザ・ヴァンデラス、最も愛する曲は「Dancing In The Street」、最も愛するアルバムは『DANCE PARTY』である。アルバムの全12曲の歌詞を和訳する理由はそれだけでも十分だが、今年の夏は歴史的名曲「Dancing In The Street」の発売からちょうど50年という記念すべき時でもある。同曲の歌詞にもあるように、“The time is right(絶好の時)”と考えて全訳を試みた。

 『DANCE PARTY』は、「Dancing In The Street」('64年7月発売)の勢いに乗って制作され、翌年の'65年4月に発売されたマーサ&ザ・ヴァンデラスの3rdアルバム。マーサ・リーヴスとヴァンデラスの2人(ロザリンド・アシュフォード、ベティ・ケリー)によるパワフルで扇情的なヴォーカル、重戦車のようなビート、全編を貫く異様なまでの覇気には、聴く度に心が震え、血が騒ぐ。ウィリアム・スティーヴンソン&アイヴィー・ジョー・ハンターのチームによって制作された楽曲群は、ホランド=ドジャー=ホランドが手掛ける華やかで品の良いスプリームズ作品とは真逆のアナーキーな活力に満ちている。ここで暴発ぎみに炸裂したマーサ&ザ・ヴァンデラスの猥雑な魅力は、ある意味、当時のモータウンの方向性に抗うものだと思うが(次作で彼女たちはスプリームズ路線を踏襲させられている)、本作の奇跡的な素晴らしさは、そうした摩擦や軋轢の中でこそ生まれたように思われる。『DANCE PARTY』は、希代のスター、ダイアナ・ロスを擁するスプリームズに会社の力が注がれ、モータウンの看板女性グループの座を追われつつあった3人が赤信号を無視して暴走する、'60年代モータウン屈指の危険盤となった。

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英音楽番組〈Ready Steady Go!〉のモータウン特番“The Sound of Motown”('65年3月18日収録/4月28日放映)出演時のマーサ&ザ・ヴァンデラス。「Nowhere To Run」歌唱中に撮影されたこのスチールは『DANCE PARTY』UK盤ジャケットにも使われた

 本作のテーマは、ずばり“ダンス”。ダンス・ナンバーばかりで固められたこのアルバムには、およそダレ場というものがない。約30分の演奏時間中、マーサ&ザ・ヴァンデラスは聴き手を激しく鼓舞し、ひたすら“ダンス”に加わることを要求し続ける。“黒人暴動を煽動する”という理由でラジオ放送が控えられたという武勇伝を持つ永遠の音楽讃歌「Dancing In The Street」、ミディアムスローのグルーヴに乗って心地よいチークタイムへ誘う「Dancing Slow」、マーロン・ブランド主演作のタイトルを借用しながらシャングリラス「Leader Of The Pack」(1964)の向こうを張る暴走族ソング「Wild One」、ジェイムズ・ジェマーソンの蛇行するベースラインが強烈な本作唯一のホランド=ドジャー=ホランド提供曲「Nowhere To Run(スティーヴンソン=ハンター作品に比べると、歌詞にはいかにも職業ライター的な巧さが感じられる)、スティーヴィー・ワンダーが共作者として名を連ねるハイテンションなバッドガール・ソング「Nobody'll Care」。A面を締める「There He Is (At My Door)」は、'63年の1stアルバム収録曲(ヴァンデラスの前身グループ、The Vellsの'62年シングルB面曲の再録音版)を使い回した“埋め曲”だが、これがまた良い意味で緩く、アルバムに絶妙な緩急を与えている。

 B面に突入しても勢いは全く衰えない。粘っこいシンコペーション・ビートがジェイムズ・ブラウン「Cold Sweat」(1967)を先駆けているとしか思えない重量級のファンキーR&B「Mobile Lil The Dancing Witch」、ダンス・パーティーへの心躍る招待状「Dance Party」、モータウンのお家芸とも言える自動車ソング「Motoring(疾走感溢れる曲調に反して、意外と安全運転を呼びかける歌詞が微笑ましい。さすが自動車の街!)、ジャークをテーマにした豪快なダンス・ソング「The Jerk」、ジャークのプロトタイプとも言えるモンキーをテーマにしたミラクルズのヒット曲の痛快カヴァー「Mickey's Monkey」、そして、アンコールのようにアルバムを締め括るのは、かつて自分たちがバック・ヴォーカルを務めたマーヴィン・ゲイのヒット曲の堂々たる自演版「Hitch Hike」。無軌道なダンス・ナンバーが怒濤のごとく押し寄せた後、よくできたロードムービーのように爽やかな余韻が残るのもこのアルバムの魅力だ。捨て曲なし。最初から最後まで最高に踊れる。これほど痛快で感動的なダンス・アルバムを私は他に知らない。

 マーサ・リーヴスは色んなタイプの曲を歌える人で、切ない女心を表現した繊細な楽曲でも大いに力を発揮するが(そうした彼女の多面的な魅力は次作『WATCHOUT!』等でたっぷり味わえる)、『DANCE PARTY』で彼女が聴かせる豪快な体当たり歌唱は、当時の女性歌手としては他にちょっと類を見ない熱気を孕んでいる。何も失うものがないような、向こう見ずで荒々しいマーサのヴォーカルには、リズム&ブルースやソウルと言うよりは、むしろ後のジョーン・ジェットあたりに直結するロックンロール〜パンク的な趣を強く感じる。洗練されたホランド=ドジャー=ホランド作品とは一味も二味も違う、まるで往年のリーバー=ストーラー作品のような破天荒な楽しさを持つスティーヴンソン=ハンターの楽曲も、マーサ&ザ・ヴァンデラスのポテンシャルを最大限に引き出したと言えるだろう。また、「Heat Wave」(1963)に代表されるシャッフル系の跳ねる軽快なモータウン・ビートがここで影を潜め、直線的で叩きつけるようなビートに変化している点にも注目したい。特に「Mobile Lil The Dancing Witch」や「Nobody'll Care」で聴かれる激しいシンコペーション・ビートには、数年後にジェイムズ・ブラウンが完成させるファンクの萌芽と言うべきものが認められる。

 “ダンス”というコンセプトのもと、リズム&ブルース、ソウル、ファンク、ロック、ポップのすべてを内包したこのアルバムには、21世紀のポピュラー音楽にも通じる非常にモダンなクロスオーヴァー感覚があるように思う。“マーサ&ザ・ヴァンデラスの歌には何か政治的な精神が宿っているように感じられた”と「Dancing In The Street」の作者の一人であるマーヴィン・ゲイも発言している通り、性急で緊張感に満ちたこのアルバムには、当時のアフリカ系アメリカ人たちの闘争が暗に映し出されてもいるだろう。ここでテーマにされている“ダンス”とは、つまり、己の存在を賭けた“闘争”のことでもあるのだ。そうでなければ、この異様なテンションは説明がつかない。公民権運動時代、モータウンというレコード会社が秘かに有していた政治性を、ここまで生々しく感じさせるアルバムはないのではないか。

 『DANCE PARTY』は、聴く者の身体だけでなく、心にも訴えるアルバムである。身も心も踊らせてくれる本当に最高のダンス・アルバムだ。私はこのアルバムにいったい何度助けられたことだろう。歌詞とあわせて鑑賞することで、感動は一層増すはずである。発売から半世紀経った今、このアルバムの変わらぬ素晴らしさを一人でも多くの音楽ファンと共有したい。さあ、踊ろう!

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| Diva Legends | 04:30 | TOP↑

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8月の歌──Dancing In The Street




おかしな話だけど、あの頃のグループの中でマーサ&ザ・ヴァンデラスの歌にはすごく何かがあると思ったんだ。意識的なものではなかったんだけど、彼女たちが「Quicksand」や「Wild One」、「Nowhere To Run」や「Dancing In The Street」なんかを歌った時、そこには何か政治的な精神が宿っているように感じられてね。そこが俺は好きだった。ふと思ったよ、激動の世の中を目の当たりにしながら、なんでラヴソングばかり歌ってなきゃいけないんだ?ってね。

Funny, but of all the acts back then, I thought Martha and the Vandellas came closest to really saying something. It wasn't a conscious thing, but when they sang numbers like 'Quicksand' or 'Wild One' or 'Nowhere To Run' or 'Dancing in the Street' they captured a spirit that felt political to me. I liked that. I wondered to myself, With the world exploding around me, how am I supposed to keep singing love songs?


──マーヴィン・ゲイ
(Divided Soul: The Life of Marvin Gaye, David Ritz, 1985)

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