2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Savion Glover @ Cotton Club 2010

Savion_Cotton_Club.jpg

 セヴィアン・グローヴァーの来日公演を観た。
 
 グレゴリー・ハインズに次ぐ'90年代以降のタップ界の最大のスター・ダンサー。一度、古典芸能の座に失墜したタップ・ダンスを、ヒップホップの時代に、ラップのように饒舌なステップ、ブレイクビーツのように重いビート感、超絶ターンテーブリストのような圧倒的テクニックで、再び熱いストリート・ダンスとして蘇生させた“タップの救世主”とも言うべき存在である。
 
 今回はジャズ・コンボを率いての来日。“Tap on Jazz”と題されたショウで、ジャズ演奏に合わせて彼がひたすら鬼のようにタップを踏みまくる。ジャズという極めて自由度の高い黒人音楽の中で、タップの現在、過去、未来が交錯するかのような、まさに圧巻のステージだった。


 '10年4月28~30日、東京のコットン・クラブで3日間(各日2セット)行われた今回の来日公演。セヴィアンの単独来日公演は、ブロードウェイ・ミュージカル『ノイズ&ファンク』('03年2月27日~3月27日、赤坂ACTシアター)、クラシック・オーケストラと共演した『クラシカル・セヴィアン』('06年4月11日~16日、東京国際フォーラム ホールC)に次いで3度目。他に、ブルーノート東京で行われたマッコイ・タイナー公演へのゲスト出演('04年12月)、『クラシカル・セヴィアン』のためのプロモーション('06年1月)でも来日を果たしている。

 私が生でセヴィアン・グローヴァーのタップを観るのは今回が初めてのこと。タップ・ダンスに私が本格的に興味を持ったのは、不運にも前回の『クラシカル・セヴィアン』来日公演の後だったため、ここまでの数年間、私は彼が踊る映像を観ながら、再び来日が実現する時を手ぐすねを引いて待っているような状態だった。しかも、今回の会場はコットン・クラブ。間近で彼のタップが観られる絶好のチャンスである。私はもちろん全力でチケットを入手した(全公演完売)。


SAVION GLOVER'S SHEETS OF TAP

savion1.jpg

 最終公演となる4月30日の2ndステージ。1stステージが予定よりも長引いたため、かなり遅れての開場となったが、ショウ自体はほぼ定刻通り、21時30分を10分弱回ったあたりで始まった。
 メンバーは、タップのセヴィアンに、サックス(兼フルート)、ピアノ、ベース、ドラムを加えた全5名。舞台中央に2メートル四方くらいの分厚い木製ボードが敷かれ(ロープの張られていないリングか、四角い土俵のような印象を受ける)、向かって左側にグランドピアノとウッドベース、右側にサックス奏者のスタンドとドラムセットが配置されている。

 まず、黒人ベース奏者のアンディ・マクラウド(御年62歳。かっこいい)が一人で舞台に現れ、軽くチューニングを行った後、おもむろにソロを弾き始める。静かにベースとの対話を楽しむような即興演奏がたっぷり8分間続いたところで、セヴィアン登場。トレードマークのドレッドヘアに、半袖の黒Tシャツ&黒パンツという軽装。タオルを首に掛けていて、いかにも1stステージで一汗かいた後といった感じだ。ベース・ソロが静かに続く中、固唾を呑んで見守る観客の前で、立ったままピアノを片手で軽くポロンポロンと弾く。それからゆっくり舞台中央のリングに上がると、ベースに合わせて、いきなりもの凄い切れ味でビートを刻み始めた。
 マイクが仕掛けられた木製のタップ台は、驚くべき感度でセヴィアンのタップ音を拾う。ステージの光景から想像される音と、実際にスピーカーから聞こえてくる音の間に、音量、音質共に大きなギャップがあって、最初はまるでシーケンス音にセヴィアンが動きだけ合わせているような奇妙な錯覚を覚える。凝視していると、足の動きと聞こえてくる音のタイミングが完璧に一致しているので、それが確かに彼が生で出しているサウンドなのだと実感される。凄いサウンド・システムだ。

 ベース奏者の方を向き、ひたすらタップを踏むセヴィアン。様々にリズムを変調させながら、ベースとタップのスリリングな対話が展開されていく。始まる前は1stステージで消耗しているのではないかとも思われたが、そんな心配は全く無用だった。両者のやりとりは徐々に熱さを増していく。マクラウドのベース・ソロ開始から約17分が経過したところで、ピアノ奏者のマーカス・ペルシアーニがリフを弾き始めてそこに加わり、アンサンブルが2人から3人へ。深く沈み込むようなマイナー調の不穏なスウィングだ。曲の骨格が整ったところへ、4人目、ドラムのトミー・キャンベルが全開で切り込んでくる。約18分かけて周到に仕掛けられた火薬に、この瞬間、火が投じられる。一気に爆発炎上するステージ。ベースを見ながらずっと横を向いてビートを刻んでいたセヴィアンが、ここで初めて正面を向く。タップが完全に楽器として機能した見事なアンサンブルの完成だ。沸き上がる大歓声。ドラムがマックス音量で叩いても、彼のタップ音は全く掻き消されることがない。バンドが全開になったところで、5人目の男、ホーン奏者のペイシェンス・ヒギンズが、まるで火に油を注ぐようにソプラノ・サックスでテーマを吹き始める。再び歓声が起こる。この一連の瞬間のカタルシスは半端でない。
 コルトレーン流儀の嵐のようなモード・ジャズ。サックス、ピアノ、ベース、フルートの順にソロが回されていく間も、セヴィアンは絶え間なくタップを踏み続ける。目や手ぶりで各メンバーとコンタクトを取りながら、複雑なシンコペーションで演奏に様々な変化をつけていく。客席の方を見ることは殆どなく、俯きながら取り憑かれたようにビートを刻むセヴィアン。まるでリズムに従って勝手に足だけ動いているようにも見える。その姿は、ダンサーと言うより、演奏に没頭するミュージシャンのそれに遙かに近い。

 各人がソロを終え、演奏開始から37分が経過したあたりで、セヴィアンがマイクを通さない生声でテーマのメロディを口ずさんだ。サックスのヒギンズがそれに応えてテーマを奏で始め、演奏は終息へと向かう。彼らが長々と演奏していた曲は、ジョン・コルトレーン「Equinox」だった(『COLTRANE'S SOUND』収録)。本来はテーマ演奏と共に終了すべきところだが、他の4人が演奏を終えても、セヴィアンだけは全く勢いを止めずにビートを刻み続ける。バックの音がすべて止み、完全なソロで猛烈なタップをしばらく披露した後、「Equinox」の基調となるビートを彼が刻むと、それにすぐにバンドが反応し、再び演奏が始まった。残り火がくすぶるようにコーダ的な演奏がしばらく続けられる。そして、セヴィアンがおもむろにタップ台を降りた時、43分にも及ぶオープニング・ナンバーはようやく終了した。

 この1曲だけで観客は完全にノックアウトである。モード期のコルトレーンゆえ、重くて聴き疲れのするようなサウンドではあるのだが、タップが入るだけで印象は劇的に変わる。非常にリズム・コンシャスであることで、コルトレーンほどに重苦しさや、ある種の閉塞感のようなものがない。スピリチュアルであると同時にフィジカルなので、瞑想しながら覚醒しているような不思議な感覚があるのだ。コルトレーンの音楽の闘争的な側面がセヴィアンのタップによって際立つ。音を聴くだけでもそうだが、親の仇のように激しくタップを踏む彼の姿を目にすると、その印象は更に強まる。饒舌にビートで語り、アンサンブルの隙間にタップ音をびっしり敷き詰めていく彼の演奏には、“シーツ・オブ・サウンド”ならぬ、まさに“シーツ・オブ・タップ”といった趣がある。


NEW MAINSTREAM TAP

savion2.jpg

 セヴィアン・グローヴァーは、'73年11月19日、ニュージャージー州ニューアークに生まれた。'84年、10歳の時にブロードウェイ・ミュージカル『The Tap Dance Kid』でデビュー。その後、映画『タップ(Tap)』(1989/グレゴリー・ハインズ主演)、ブロードウェイ・ミュージカル『Black And Blue』(1989~91)、『Jelly's Last Jam』(1992~93/グレゴリー・ハインズ主演)や、テレビ番組〈Sesame Street〉へのレギュラー出演などで、タップ界のNo.1ホープとして頭角を現していった。

 彼の名声を決定付けたのは、自らが原案/振付を手掛けて主演した'96年のブロードウェイ・ミュージカル『ノイズ&ファンク(Bring In 'Da Noise, Bring In 'Da Funk)』。これは、奴隷船でアメリカへ連れてこられた17世紀から、現代のストリートへ至るまでのアフリカン・アメリカンの生活と芸能の歴史を、タップを軸に一気にフラッシュバックするという非常に野心的なショウだった(と話に聞く。私は全く不覚にも未見なので、詳しくは紹介できない)。トニー賞9部門にノミネートされ、最優秀振付賞を含む4部門を受賞。'99年までロングラン上演された後、先述の通り、'03年に来日公演も実現している。
 黒人としてのアイデンティティを自問するような彼の表現活動は、ごく自然にスパイク・リーの創作とも結びつき、'00年にはミンストレル・ショウを題材にした傑作『Bamboozled』(日本未公開)も生まれた。他にも、黒人タップ・ダンサー、ビル・ロビンソンの伝記映画『キング・オブ・タップ(Bojangles)』(2001/グレゴリー・ハインズ主演)、ディズニーのCGアニメ映画『ハッピー・フィート(Happy Feet)』(2006/主人公のペンギンのタップをモーション・キャプチャーでセヴィアンが担当)、また、多くのテレビ番組でも彼の活躍が見られる。

savion3.jpg

 セヴィアン・グローヴァーは、普通のタップ・ダンサーとは趣が違う。“普通のタップ・ダンサー”というのは、それこそ人が“タップ”という言葉から普通に想起するような、例えば、燕尾服やタキシード姿で華麗にステップを踏むようなダンサーのことである。外見からしてそうだが、セヴィアンはそのような常識的なタップのイメージを覆すダンサーとして登場してきた。

 タップ・ダンスのスタイルは、“ブロードウェイ・タップ”と“リズム・タップ”の2つに大別される。どちらも足でビートを刻むことに変わりはないが、ブロードウェイ・タップが、振付を伴って主に身体全体の動きを見せる踊り方であるのに対し、リズム・タップでは、即興でステップを踏んで様々なビートを生み出すことに重点が置かれる。前者がショウ的で、視覚に訴える要素が強い一方、後者は器楽的で、聴覚に訴える要素が強い。一般的に、ダンスは“見るもの”であるという認識があると思うが、タップ──殊にリズム・タップ──にそれは当てはまらない。

 ブロードウェイ・タップとリズム・タップの違いは、前者を白人的、後者を黒人的と区別することもできる。歴史的に古いのは、後者である。タップには、もともと黒人奴隷間のコミュニケーション手段として形成されたという起源があり、芸能化されたそれを最終的に白人が模倣することで広く浸透した。
 現在、“タップ”と言って多くの人が思い浮かべるのは、往年のハリウッド・ミュージカル映画でも見られるブロードウェイ・スタイルのものである。そこには、いかにも年寄り向けの古典芸能といったイメージが付きまとう。タップは、ロックンロールの興隆と同時に完全に過去の遺物となってしまった。黒人側から見れば、白人は、ジャズやリズム&ブルースと同じようにタップを黒人からかっぱらい、散々利用して骨抜きにした挙げ句、捨て去ったということになるかもしれない。

 『ノイズ&ファンク』という舞台は、白人の手に渡って一度死んだタップを、アメリカの黒人差別と搾取の歴史に目を向けながら、再び現代に蘇らせようとする試みだったと思う。そして、セヴィアン・グローヴァーのスタイルは、言うまでもなく、リズム・タップである。彼は上半身をほとんど使わず、ひたすら足を打ち鳴らすことに専念する。自分と他者を繋ぐ唯一の言語としてのビート。そして、母なるアフリカのリズムへの回帰。彼のタップからは、常に強い黒人意識が感じられる。


GIANT STEP TO THE FUTURE OF TAP

savion4.jpg

 43分にも及ぶコルトレーン作品の熱演でコットン・クラブの観客を沸かせたセヴィアン。一通りメンバーを紹介し終えると、次に3拍子のビートを踏み始めた。が、すぐに止めて、メンバーと少し言葉を交わす。すると、サックスのヒギンズがマイナー調のうら寂しいテーマ・メロディを吹き、それにマクラウドが弓弾きのベースで合わせ始めた。恐らく、セヴィアンがその場で曲を変更したのだろう。サックスとベースによる前奏に続き、全員でラテン・リズムの演奏が始まる。ディジー・ガレスピーの「Tin Tin Deo」だ(この曲の'51年Savoy録音にはコルトレーンが参加。『THE CHAMP』他に収録)。
 タップ=スウィング(シャッフル)というイメージがあるが、セヴィアンはラテンのリズムにも対応する。ラテンにはややミスマッチな性急で重いビートが、いかにも“セヴィアン流ラテン・ジャズ”といった独特の熱い乗りを生んでいて、実にカッコいい。セヴィアン抜きで、他の4人による普通のジャズ・コンボの演奏として聴いても十分に素晴らしいのだが(サルサ・フレイヴァー溢れるピアノ・ソロが最高)、この猛烈な熱さはやはりセヴィアンの煽りがあってこそだろう。18分の快演。

 3曲目は、ミドル・テンポの穏やかなスウィング。ピースフルな雰囲気の曲だ。“(ピアノの)マーカス・ペルシアーニさんが作曲した「Song For Lou」という曲です”とセヴィアンによる紹介。マイクを持ったセヴィアンが、これに乗せて“There will never ever be another you”というフレーズを繰り返し歌う。H・ウォレン&M・ゴードン作のスタンダード「There Will Never Be Another You」からの拝借である(メロディは違うが)。
 歌いながらタップを踏むセヴィアン、やがて会場内から一人の黒人のおばちゃんをステージ上に呼び寄せた。セヴィアンが“There will never ever be another you(かけがえのない人)”と少し照れくさそうに歌いかけるその女性は、彼の師匠の一人、ダイアン・ウォーカー Dianne Walker である。

dianne1.jpgdianne2.jpg
〈Tap Dance In America〉のダイアン──G・ハインズらとタップ談議も(左)

dianne3.jpgdianne4.jpg
『Black And Blue』のダイアン──「Memories Of You」でタップ(チョリー・アトキンス振付)

 ダイアンは5月1~6日に代々木で行われるトーキョー・インターナショナル・タップ・フェスティバルのために来日中で、今回のセヴィアンのショウに連日飛び入り参加していた。'89年の映画『タップ』や、同年のテレビ特番〈Tap Dance In America〉(『タップ』のスピンオフ的な番組で、セヴィアンも出演。映画の10倍くらい面白い)、ブロードウェイ・ミュージカル『Black And Blue』のライヴ映像(ロバート・アルトマン監督。セヴィアンの出演場面は未収だが、とんでもなく素晴らしい作品。'91年に日本でもWowowで放映)で彼女の存在は知っていたが、生で観るのは初めてである。

 20年前の映像でしか知らなかったので、まず、体型が2倍くらいの大きさになっていることに驚いた。しかし、タップは素晴らしい。実にチャーミングで、いかにも女性的な感じのするタップを踏む。しばらくソロで踊った後、セヴィアンとの掛け合いが始まる。ダイアンの小粋で軽やかなステップと、セヴィアンの饒舌でパワフルなステップの対比が面白い。本当にリズムで会話をしているようである。ダイアンが身振りを交えてお茶目なステップを踏むと、セヴィアンがすぐにやんちゃでトリッキーなステップで応える。ダイアンが返答に窮するような場面もあって、笑いが絶えない。ひとつひとつのステップに大きな歓声が沸く。
 2人のやりとりがしばらく続いた後、ダイアンの手招きで、場内からもう一人、アフリカの民族衣装を着た長身で細身の黒人男性がステージに迎えられた。タップチップの付いていない普通の靴で、床を軋ませながらドカドカとダイナミックにステップを踏む。それほど巧いようにも見えなかったが、これまた他の2人とは全く違う木訥な味がある。3人でソロを回し合い、最後は皆でタップを踏みながらステージ上をグルグルと練り歩いて会場を沸かせた。それは、いつまでも見ていたいような本当に幸福な光景だった。
 15分間にわたる演奏が終了した後、セヴィアンによってダイアンと長身の黒人男性が観客に紹介された(男性の名前は“チャーリーなんとか”と聞こえたが、結局、正体不明。誰?)。タップが元来、人と人を繋ぐコミュニケーションの手段であったことをまざまざと伝えるパフォーマンスだった。

 セヴィアンが観客と関係者に謝辞を述べ始めた。ミュージシャンたちを再び紹介した後、“では、この曲で締め括りたいと思います。タイトルは「The Stars And Stripes Forever For Now」”。マイナー調の6/8拍子のスウィング。再びコルトレーン流儀の重戦車のようなナンバーだ。表題は「The Stars And Stripes Forever(星条旗よ永遠なれ)」をモジっているが、それとは似ても似つかない混沌とした不穏な曲である。“星条旗は永遠……今のところは”──アメリカの未来を憂慮し、警鐘を鳴らしているようにも聞こえる。苦痛に悶えるようなサックス、地鳴りのようなドラム、そして、激しく床を打ちつけるセヴィアンのタップは、まるで断末魔の叫びを思わせる。終盤で「Smoke On The Water」のリフがサックスで奏でられたが、実際、噴煙が立ち上るのが見えるような演奏だ。セヴィアンのアグレッシヴで重厚なタップは、軽快なビバップではなく、やはりこうした新主流派的なジャズと抜群の相性を見せる。実際、彼のタップには“新主流派タップ”という形容がぴったりではないか。
 鬼気迫る演奏で完全に観客を黙らせた後、バンドを残したままセヴィアンは一人でステージを去っていった。11分のラスト・ナンバーが完全に終了した後も、会場ではずっと拍手が鳴り止まなかった。白熱の全4曲。90分にわたる濃密なショウだった。


 ジャズ・コンボを従えているとはいえ、実際にステージを観るまでは、一人のタップ・ダンサーが一体どのように1時間以上の長丁場を持たせるのか、と思っていた。コンボだけの演奏をフィーチャーしてセヴィアンが引っ込むような場面も想像していたが、そんなことは少しもなく、彼は登場から退場まで、ひたすらビートを刻み続けて観客を魅了した。主役はステージ中央でタップを踏むセヴィアンには違いないのだが、彼はダンサーであると同時に歴としたパーカッション奏者であり、ショウの魅力は、飽くまで彼を含むバンド全体のパフォーマンスにある。ここまで有機的に他の楽器と絡むとは、正直、全く想像していなかった。

 この完成度なら、セヴィアンをリーダーにしたジャズ・アルバムの録音も十分に可能だろう。ライヴ映像作品の発売も是非考慮して欲しいと思う。彼は自分の表現を録音や映像として記録に残すことにあまり関心がないのか、数本の出演映画と『ノイズ&ファンク』のオリジナル・キャスト録音盤くらいしか公式作品のリリースがなく、間違いなくカリスマ的存在でありながら、新たに彼に興味を持った人がいても、なかなか容易にそのパフォーマンスに触れることができないのが現状だ。マイケル・ジャクソンのようになれ、とは言わないが、彼のような優れた表現者が、タップ・ファンや一部の音楽マニアから崇められているだけだとしたら、本当に残念なことだ。

 シンプルで奥深いタップの世界。人間が最初に接する音楽が母親の体内で聞く心臓の鼓動であるように、ビートこそはすべての音楽の原点である。生きている限り、それは常に私たちと共にある。足を打ち鳴らして自らリズムを作り出すタップというダンス表現には、常に無限の可能性が秘められているように思う。NO BEAT, NO LIFE──セヴィアン・グローヴァーは、タップの未来に向かって大いなるステップを踏み続ける。


1 Equinox
2 Tin Tin Deo
3 Song For Lou
4 The Stars And Stripes Forever For Now

Cotton Club, Tokyo, 2nd show, April 30, 2010
Personnel: Savion Glover (tap), Patience Higgins (sax, flute), Marcus Persiani (piano), Andy McCloud (bass), Tommy Campbell (drums); with special guests, Dianne Walker and a friend (tap on "Song For Lou")

Savion Glover: "Tap on Jazz" Japan Tour 2010
April 28 - Cotton Club, Tokyo (2 shows)
April 29 - Cotton Club, Tokyo (2 shows)
April 30 - Cotton Club, Tokyo (2 shows)


Savion Glover at the Maryland Democratic Inaugural Ball 2009
 '09年1月18日、ワシントンDCのメイフラワー・ホテルで行われたオバマ大統領就任記念パーティーでのセヴィアンのパフォーマンス(オーディエンス撮り)。今回のコットン・クラブ公演はまさにこれだった(ドラムはタップ台の右側後方に配置されていたが)。夏の音楽フェスなんかに呼んだら最高に盛り上がると思う。



関連記事:
マイケルの最強ショート・フィルム10選【第8位】
The Nicholas Brothers (part 5)
ビートでポン!──Takeshi visits Savion Glover's studio

| Dance to Jazz and All That Jazz | 05:46 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT