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港のヨーコ・リターンズ──外人相手で頼んだぜ(A面)

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 山口百恵の歌詞を英語に翻訳している外国人がいる。イギリス人のベン・ブロック Ben Bullock さんである。趣味で英訳した百恵作品を、自分のHPで公開している。彼は山口百恵が好きなのだ。

 山口百恵は昔から中国で高い人気があるのだが、英語圏の人間で百恵ファンというのは珍しい。彼は10年ほど前、まず女優・山口百恵のファンになり、最近になって彼女の歌にも興味を持つようになったという。歌詞を英訳しているくらいなので、もちろん日本語の読み書きができる。年齢が気になり、メールで“何年生まれですか?”と日本語で訊ねてみたところ、“午年です”という、冗談だか本気だか分からないすごい答えが返ってきた。ベン・ブロックさんは、そういう人である(って、どういう人だ?)。

 ブロックさんの人物像はともかくとして、注目すべきは彼の英訳。彼は百恵作品の他に、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの作品なども取り上げている。HPで公開されている英訳があまりにも素晴らしいので、ここで紹介させてもらうことにした。私は彼の英訳を、日本の多くの人々──とりわけ、作者である宇崎竜童と阿木燿子の2人──に知ってもらいたいと思っている。


 ベン・ブロックさんのHPは以下。
 
 www.lemoda.net

 英訳は“Translations”というカテゴリーで一覧できる。“Momoe”、“Ryodo Uzaki”、“Yoko Aki”、“Songs”というカテゴリーからテーマ別に細かく絞り込んで閲覧することも可能。'10年10月15日現在、以下の12作品の英訳が公開されている。
 
山口百恵
青い果実(Unripe Fruit)
横須賀ストーリー(Yokosuka Story)
パールカラーにゆれて(Swaying in Pearl Colours)
オレンジ・ブロッサム・ブルース(Orange Blossom Blues)
夢先案内人(Guide to My Dream)
イミテイション・ゴールド(Imitation Gold)
秋桜(Cosmos)
プレイバック Part 2(Play Back Part Two)
いい日旅立ち(Leaving on a Good Day)
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(Yoko from the Docks)
涙のシークレット・ラヴ(Secret Love of Tears)
ジュディ・オング
魅せられて(Enchanted)

 阿木+宇崎の関連作品がメインだが、その他の作家による百恵楽曲も取り上げられている(随時更新中)。実際に見てもらえれば分かるが、どれも巧みに英訳されていて実に面白い。「横須賀ストーリー」の“これっきり これっきり もう これっきりですか”は、“Is that it? Is it over now? Is that all we had?”である。“これっきり”な感じに加え、切なく訴えかける少女の雰囲気がよく出ている。原詞では“これっきり”の三連発だが、フレーズの調子を合わせつつ、訳に変化をつけることで、“これっきり”という表現の意味とニュアンスがきちんと訳出されているのが素晴らしい。「プレイバック Part 2」(*1)は、ポルシェのドライヴ感まで表現した冒頭2行の訳が痛快(なんと、原意を変えずに韻を踏んでいる。実際にHPで確認して欲しい)。日本語の読解力に加えて、作品そのものを愛し、深く味わおうとするファンとしての姿勢が、彼の英訳を優れたものにしているように思う。
 日本的情緒が濃厚な2作品「秋桜」「いい日旅立ち」の訳も最高だ。「秋桜」は、個人的にはあまり面白味を感じない作品なのだが、英語を通して味わう日本娘の嫁入り前の風景には、何か不思議で新鮮な感動を覚える。これは、ロブ・マーシャル監督『SAYURI』などを観た時の感覚とよく似ている。まさしく“ディスカバー・ジャパン”。海外ではロック調の作品より、「秋桜」「いい日旅立ち」のような、いかにも日本らしい叙情的でセンチメンタルな作品の方が受け入れられやすいかもしれない。

 ブロックさんのHPを私が知ったのは、本人からのメール連絡がきっかけだった。このブログの'09年1月17日の記事“山口百恵 Momoe Yamaguchi (part 1)”を英訳してHPに載せたいので、私の許可が欲しいという。丁寧な日本語で書かれたメールだった。百恵のバイオ的な読み物なら彼自身で新たに執筆した方が早いのではないかと思ったが、“内容が面白いので、訳したほうが自分で書くより楽しいと思います”とのこと。色んな意味で驚いたが、断る理由もないので、もちろん了承した。
 現在、ブロックさんのHPにその百恵記事の英訳が掲載されている。自分が気儘に書いた日本語の文章を、きちんとした英語で読むのは実に不思議なものである。“山口百恵は体当たりでしか歌えないタイプの歌手だった”という一文は、“Momoe Yamaguchi was the type of singer who could only sing a song she really felt”と訳されている。なるほど。自分で書いた文章を、“そうか、そういう意味だったのか!”と英訳で今さらながらに理解している間抜けな自分がいる。これは面白い。
 英訳を一通り確認して、私も少し意見を出させてもらったりした。ブロックさん曰く、まだ下書き状態ということなので、今後さらに訳に磨きがかかるかもしれない。


 ここで、ベン・ブロックさんの英訳による阿木+宇崎作品をひとつ紹介することにしたい。宇崎竜童率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンドの代表曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」('75年3月20日発売)である。

 「港のヨーコ」は、横浜~横須賀で“ヨーコ”という名の商売女を捜し回る男の物語を描いた作品。歌詞には主人公の男の言葉も、肝心の“ヨーコ”も直接的には登場せず、男が出会う複数の関係者の発言を通して2人の人物像が浮かび上がっていく。黒澤明『羅生門』(1950/ひとつの事実を複数の人間の回想によって描く)を思わせる映画的な発想の詞作、サビ以外メロディのない“語り”で構成された楽曲には、今なお新鮮な魅力がある。発表当時、オリコンで5週連続1位を記録し、約80万枚を売り上げる大ヒットにもなった歴史的傑作である(ちなみに、今年2010年は、山口百恵の引退30周年であると同時に、「港のヨーコ」発表35周年でもある)。


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港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ
YOKO FROM THE DOCKS

作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/英訳:Ben Bullock

一寸前なら憶えちゃいるが
一年前だとチト判らねェなあ
髪の長い女だって ここにゃ沢山いるからねェ
ワルイなあ 他をあたってくれよ
アンタあの娘の何んなのさ
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

I can remember a moment ago
But a year ago I don't know anything about
Long hair, you said?
Lot of girls here like that.
Sorry, try someone else.
What's she to you anyway?
Yoko from the docks; Yokohama, Yokosuka

半年前にやめたハズさ アタイたちにゃアイサツなしさ
マリのお客をとったってサ そりゃもう大さわぎ
仁義を欠いちゃいられやしないよ
アンタあの娘の何んなのさ
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

She stopped working here six months ago.
Didn't say anything to us.
She took one of Mari's customers, that was already trouble.
You can't stay here if you don't know the rules.
What's she to you anyway?
Yoko from the docks; Yokohama, Yokosuka

ハマから流れて来た娘だね
ジルバがとってもうまくってよお
三月前までいたはずさ
小さな仔猫を拾った晩に 仔猫といっしょにトンズラよ
どこへ行ったか知らねェなあ
アンタあの娘の何んなのさ
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

The girl from Yokohama?
She could dance really well.
Was here until three months ago.
Found a kitten one night.
Then she left, with the kitten.
I don't know where she went.
What's she to you anyway?
Yoko from the docks; Yokohama, Yokosuka

横須賀好きだっていってたけど
外人相手じゃカワイソーだったねェ
あんまり何んにも云わない娘だったけど
仔猫と話していたっけねェ
前借り残したまんま 一月たったらおサラバさ
アンタあの娘の何んなのさ
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

She said she liked Yokosuka.
I felt sorry for her, foreigners, you know?
She didn't talk much.
She talked to her kitten.
She paid in advance
And after one month, goodbye.
What's she to you anyway?
Yoko from the docks; Yokohama, Yokosuka

たった今まで坐っていたよ あそこの隅のボックスさ
客がどこかをさわったって 店をとび出していっちまった
ウブなネンネじゃあるまいし どうにかしてるよ あの娘
アンタあの娘に惚れてるね!
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

She was sitting over there in the corner until just now.
A customer upset her and she ran out of the place.
She's too naive.
There's something up with that girl.
You're in love with her, aren't you?
Yoko from the docks; Yokohama, Yokosuka


 どうだろう? “仁義を欠いちゃいられやしない”が“You can't stay here if you don't know the rules”になっている。言われてみれば確かにそういう意味だ。日本語の意味を英語で理解するこの感動。この一篇を見るだけでも、ベン・ブロックさんの英訳がいかに優れモノか分かるだろう。

 さて、実はここからが今回の記事の本題である。
 
 この英訳「Yoko From The Docks」を見て、私はすぐにこう思った。
 “これ、そのまま歌えるんじゃね?”
 
 「港のヨーコ」もそうだが、ブロックさんは原曲のメロディに言葉を乗せることを考えて歌詞を訳しているわけではない。歌うことを前提にしてまうと、このような原意に則した精度の高い翻訳は極めて困難である。彼の英訳は“歌う”ものではなく、基本的に“読む”ためのものだ。
 しかし、「港のヨーコ」はどうか。そもそもこの曲の歌詞は、当時、作詞家としてド素人だった阿木燿子が、各コーラスの字数も揃えず、勝手気儘に書き綴った“歌詞もどき”だった。悪戦苦闘の末、宇崎は阿木の書いた詞にメロディを付けて歌うことを諦め、苦肉の策でこれを“語る”ことにした。そうして出来上がったのが、奇蹟の名作「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」である(*2)。端からメロディの制約がないこの曲なら、原詞に限りなく忠実な英語リメイクも可能ではないのか。

 “一寸前なら憶えちゃいるが……”という宇崎のツッパリ口調を真似ながら、試しに“I can remember a moment ago...”と語ってみると、これが完璧にハマる。めちゃめちゃ自然である。これは、ひょっとすると、ひょっとするかもしれない……。私は、実際に曲に乗せて歌う(語る)ことを考えながら、ブロック訳の「港のヨーコ」をじっくり吟味することにした。

 その結果。
 大体のところはいい感じで“語る”ことができるのだが、一箇所、決定的な問題点があることに気付く。“アンタあの娘の何んなのさ”である。この決め台詞は、通常の話言葉そのままのイントネーションで語られ、尚かつ、フレーズのリズムが楽曲のビートと完璧に合致している。“What's she to you anyway?”という英訳は、実に的確というか、まさにそのまんまなのだが(“anyway”が良い)、残念ながら、このままでは上手くビートに乗らない上、フレーズが短すぎる。ここは何か別の表現を考えなくてはいけない。

 他にもいくつか細かい問題点、あるいは、個人的に訳を変えたいと思う箇所があり、私はしばらく色々と思案した。そうして出来上がったブロック訳の改変版を、ここでこれから発表することにしたい。これは、読んで鑑賞するだけでなく、実際に宇崎竜童がそのまま外人相手に語って歌うことができる、「港のヨーコ」の完全な英語ヴァージョンである。(B面に続く)


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日本のアシュフォード&シンプソン──宇崎竜童と阿木燿子

(*1)「プレイバック Part 2」は、別の人物による英訳が Megchan's J-Pops Pages というサイトで公開されている。こちらの方がより原意に忠実な出来(一箇所、“You sleep with whoever you want ”という誤訳がある。ここはブロック訳“You love me when you want”の方が近い)。ブロックさんの訳はこれを参考にしているという。ちなみに、「プレイバック Part 2」の英訳は、ノーランズが百恵作品を英語カヴァーしたアルバム『PLAYBACK PART 2』(1991/後に『THE NOLANS SING MOMOE 2005』としてリニューアル)でも取り上げられているが、そちらは歌唱用に大幅に歌詞が書き換えられているため、厳密な意味で翻訳と呼べるものではない。

(*2)メロディが付かないから語ることにした、というのは、作者2人によって度々語られている「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の有名な誕生秘話である。“一寸前なら憶えちゃいるが……”にメロディを付けると「スーダラ節」(“チョイト一杯のつもりで飲んで……”)にしかならない、というのもその原因だという。しかし、本当にそうなのか。阿木燿子は最初から“語り”にするつもりで「港のヨーコ」を書いたのではないかと私は疑っている。
 「港のヨーコ」の4年前、'71年に発売された安藤昇「男が死んで行く時に」は、「港のヨーコ」同様の語り歌である。そして、その詞の中には“あんた俺の何なんだよ”という印象的な台詞が出てくる。「港のヨーコ」の元ネタはこれではないのか。後年、阿木+宇崎は安藤に曲を書いているし、宇崎は自著の中で実際「男が死んで行く時に」に言及している。そして、更に面白いのは、「男が死んで行く時に」の作詞者が、なんと阿久悠であること。阿久悠 vs 阿木+宇崎、すなわち、沢田研二 vs 山口百恵のバトルは、'71年の時点で既に始まっているのである(前から何度も予告しているが、この頂上対決についてはいずれ記事を書きたい)。



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