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The Nicholas Brothers (part 5)



 グレゴリー・ハインズの一連の出演映画(『コットンクラブ』『ホワイトナイツ』『タップ』)、あるいは、セヴィアン・グローヴァーのような更なる新世代スター・ダンサーの登場などによって、'80年代以降、タップ・ダンスは再び注目を集めるようになった。それは、白人ミュージカル・スターと共に思い出される古き良きアメリカン・ショウビズの踊りとしてではなく、ビートに重きを置いた、非常に今日的、かつ、オーセンティックな黒人芸能としての再評価である。この流れが、ファンクを蘇生させたヒップホップの興隆と同期していたことは決して偶然ではないように思う。

 そこで脚光を浴びるのが、歴史の中に埋もれていた偉大な黒人タップ・マスターたち。ロックンロールの興隆以降、すっかり時代遅れになっていた彼らの芸が正当に評価され、大きな表舞台で披露されるようになったのだ。低迷気味だったニコラス兄弟にも頻繁にお呼びが掛かるようになり、テレビ、映画、舞台で再び健在ぶりを見せてくれたのは嬉しい限りだ。今回は、'80年代以降の再評価時代のニコラス兄弟の映像を振り返る。


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MOTOWN RETURNS TO THE APOLLO (1985)
Broadcast: 19 May 1985 (Recorded: 4 May 1985)
Directed: Don Mischer

 '85年に行われたアポロ劇場50周年記念コンサート。モータウン勢(スモーキー、スティーヴィー、ダイアナ・ロス、テンプス、フォー・トップス等々)を中心に、JB、ウィルソン・ピケット、パティ・ラベル、ルーサー・ヴァンドロスといった新旧大物、その他、ロッド・スチュワート、ジョージ・マイケル、ボーイ・ジョージらブルーアイド組も加わって皆で黒人芸能の歴史をお祝い。司会はビル・コスビー。2年前のモータウン25周年記念コンサートの続編とも言うべき超豪華ショウである(さすがにマイケルは出ていないが)。

 タップ・ダンサーにスポットを当てるショウの一幕に、ハロルドが単独で出演している。ビル・ロビンソン、バック&バブルズ、ニコラス兄弟、ベリー兄弟、ティップ・タップ&トウ、サミー・デイヴィス・Jrら過去の黒人タップ・レジェンドたちがスクリーン映像で振り返られた後、現存するタップ・マスターたちが次々とステージに登場する。出演者は、サミー・デイヴィス・Jr、バニー・ブリッグズ Bunny Briggs、チャック・グリーン Chuck Green、グレッグ・バージ Gregg Burge、ルディ・ジョーンズ Ludie Jones、ジミー・スライド Jimmy Slyde、サンドマン・シムズ Sandman Sims、そして、ハロルド・ニコラスの計8名。

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ジェダイ・マスターのようなスゴい人たち

 グレッグ・バージを除く全員が1910~20年代生まれ、この時点で既に50代後半~60代後半の高齢者である。しかし、年寄りだと思って侮ってはいけない。各人のタップがソロで順番に披露されていくのだが、いずれも年季の入った個性的なステップで、その卓越した技の数々に唸らされる。中でも必殺のスライド・ステップでステージ上をスイスイと滑走するジミー・スライドの姿はインパクト大で、客席からは驚嘆の声も上がる。全員、完全に踊るジェダイ・マスター状態でる。唯一の若手、グレッグ・バージ(舞台『The Wiz』のかかし役、舞台/映画『コーラスライン』のリッチー役、マイケルのヴィデオ「Bad」振付など)のパワフルなステップもぶっ飛びだ。テレビ放映では各人のタップ場面が短く編集され、ほんの数秒ずつしか観られないのが残念すぎる。

 ハロルドはこの中でサミー・デイヴィスと並ぶ大物ということもあり、若干長めにフィーチャーされている。デイヴィスに向かってハロルドが言う──“今日は相棒の兄がいないから、あんたが代わりをしてくれないかな”。ハロルドが手本を示し、そのまま軽く2人で揃いのステップを決める。なかなかいい感じのハロルド&サミーのコンビだが、“オレはゴメンだね。一人でやんな”とサミーに突っぱねられ、結局、ハロルドがソロで踊る運びとなる。無伴奏でタップを踏み、爪先を使った素早いステップ、くるくる回転しながらのタップ('36年『The Black Network』で見られた)など、全く衰えを感じさせない見事なパフォーマンスを見せる。決めはもちろん十八番のスピン&スプリットだ。

 ハロルドの後、サミー・デイヴィスがトリで踊るのだが、これもまた凄い。自分の両足に向かって年寄りくさく“おい、頼むぞ~”と呼びかけて笑いを誘った後、いきなり凄まじい勢いでタップを踏み始める。タップしながら小走りするようなステップが面白い。デイヴィスのタップはとにかくシャープだ。歌、踊り、芝居、物真似など、実に多芸なサミー・デイヴィスだが、この人はやはりタップを踏んでいる姿が一番カッコいい。ニコラス兄弟として先に大成していたハロルドは、似たような芸風で後を追ったデイヴィスにとって、昔からロールモデルのような存在でもあった。両者の共演場面にはなかなか感慨深いものがある。

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最後は全員で踊り、観客からスタンディング・オベーションを受ける

 ここに出演しているハロルドとデイヴィス以外のマスターたちは、ハリウッドやテレビで目立って活躍したわけではないので、一般的な知名度は決して高くない。彼らはいずれも、20世紀前半からボードビルで活躍したり、ビッグ・バンド(デューク・エリントン楽団、カウント・ベイシー楽団など)と共に劇場やナイトクラブを廻っていたような人たちである。全盛期の彼らの踊る姿は、残念ながら映像としてはろくに残されていない(エリントンの教会コンサートで踊る'65年のバニー・ブリッグズとか、稀にとんでもなくヤバい映像もあるが)。歴史の中に埋もれていた彼ら名タップ・ダンサーたちの存在が、『コットンクラブ』『タップ』といった映画や、こうしたテレビ特番を通じて初めて世界的に広く知られるようになったのが'80年代だった。
 ちなみに、このコンサートには別場面でグレゴリー・ハインズも出演。伝説の黒人タップ・ダンサー、テディ・ヘイル Teddy Hale を偲ぶ素晴らしいパフォーマンスを披露している。

 アポロ劇場50周年記念コンサートの映像は、かつて日本でも2枚組LDで発売されていた。一応、『The Legend Of Motown Live At The Apollo Theater 1985』というタイトルでDVD化されているが、残念ながら、ビル・コスビーの司会進行や数組のパフォーマンスがカットされたダイジェスト版のようだ(タップ・マスターたちのパフォーマンスは収録されているが、ハインズの出演場面は未収)。


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THE GERSHWIN YEARS (1987)
Directed: Humphrey Burton
Performance: Slap That Bass

 ジョージ・ガーシュウィンの没後50年を記念したBBCのテレビ特番。BBCテレビジョン・センター(ロンドン)、ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック(ニューヨーク)で収録された特別コンサートの模様を中心に、過去のフィルム映像やナレーションを交えてガーシュウィンのキャリアが振り返られる。この中でハロルドがニューヨークのステージに登場し、「Slap That Bass」のパフォーマンスを披露している。

 「Slap That Bass」は、ガーシュウィンが音楽を手掛けたフレッド・アステア主演作『踊らん哉(Shall We Dance)』(1937/RKO)の挿入曲。客船の機関室場面でアステアが歌い踊ったマイナー調の乗りの良いスウィング・ナンバーである。
 ハロルドはハットを被ったタキシード姿でステージに登場し、マンハッタン・リズム・キングスを中心とするオーケストラの演奏をバックに軽快な歌を披露。後半では無伴奏になり、彼の切れ味抜群のタップがたっぷり楽しめる。ハロルド印のお馴染みのステップがいくつも登場するが、動きの面白さはもちろん、全く揺らぐことのない強烈なビートのスウィング感に改めて驚かされる。最後はステージ袖から助走をつけてスプリットで滑り込む。ここでも全く衰えなし。ハロルドのソング&ダンスが存分に堪能できる素晴らしい映像だ。

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ハロルドとジョニー・グリーン

 このショウのオーケストラには、かつてMGMで音楽監督を務め、『イースター・パレード』『巴里のアメリカ人』なども手掛けた作編曲家のジョニー・グリーン(「Body And Soul」の作曲者としても有名)がピアノで参加している。アステアは'30年代に一連のRKO映画の挿入曲を(サントラとは別に)音盤用にBrunswickレーベルに吹き込んでいるのだが、そこで多くの伴奏を担当していたのがジョニー・グリーン楽団だった。「Slap That Bass」のBrunswick録音も同楽団の演奏。つまり、ここでハロルドは、'30年代に実際にアステアのバックを務めていたオリジナル・ピアニストの演奏で「Slap That Bass」を歌っているのである。グリーンが亡くなったのは、このショウの僅か2年後。色んな意味で貴重なパフォーマンスと言える。

 ハロルドが登場するのは、ハリウッド時代のガーシュウィン楽曲にスポットを当てる一幕。複数のアーティストがリレー式にパフォーマンスを行っている。演目は次の通り──クリストファー・ウォーケン「They Can't Take That Away From Me」~モーリーン・マクガヴァーン「They All Laughed」~ラリー・カート&マデリーン・カーン「Let's Call The Whole Thing Off」~ハロルド・ニコラス「Slap That Bass」~ローズマリー・クルーニー「A Forgy Day」~グレッグ・バージ&エリー・ミルズ「Love Is Sweeping The Country」~出演者全員「Love Walked In」。最初の4曲はいずれも『踊らん哉』より。グレッグ・バージは歌のみでダンスはない。このテレビ特番には他にも、チタ・リヴェラ、ライザ・ミネリ、ミハイル・バリシニコフらが出演している。


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BLACK AND BLUE (1989/91)
Directed: Claudio Segovia and Hector Orezzoli (original stage production), Robert Altman (film)
Performance: I Want A Big Butter And Egg Man (choreographed by Fayard Nicholas)

 '89~91年にミンスコフ劇場で公演されたブロードウェイ・ミュージカル『Black And Blue』に、フェイヤードが振付で参加(実際に出演しているわけではないが、重要なので取り上げる)。『Black And Blue』は、'20~30年代の黒人芸能をモチーフにしたオール黒人キャストのレヴュー作品。ルース・ブラウン、リンダ・ホプキンス、キャリー・スミスの歌、バニー・ブリッグズ、ジミー・スライド、セヴィアン・グローヴァー、ダイアン・ウォーカーら多くのタッパーやダンサーの踊りによって構成される。ジョセフィン・ベイカーがいたパリを思わせる、ヨーロッパ風の華やかで洒落た雰囲気の舞台だ。各ダンス・ナンバーを分担で手掛けた4人の振付師──ヘンリー・ルタン Henry LeTang(5曲)、チョリー・アトキンス Cholly Atkins(3曲)、フランキー・マニング Frankie Manning(2曲)、フェイヤード・ニコラス(1曲)──は、この作品でトニー賞の最優秀振付賞にも輝いた。

 フェイヤードが担当したのは、歌手のキャリー・スミスと3人の男性ダンサーをフィーチャーしたナンバー「I Want A Big Butter And Egg Man」。優雅な手つきが印象的な、いかにもフェイヤードらしい振りを見ることができる。

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3人のソロ(上段)、モチーフにされているダンサー(下段/バブルズ、ハロルド、フェイヤード)

 3人のダンサーが順番にソロで踊る場面が面白い。最初のダンサーが見せるアクロバティックなジャンプ(やや助走をつけて跳び、身体を空中で捻って逆向きに着地する)は、ジョン・バブルズの得意技である。バブルズのこのジャンプは、『Atlantic City』(1944/画像)、『Liebe, Tanz und 1000 Schlager』(1955)といった映画で見ることができる。恐らくこの振付は、'86年に亡くなったバブルズに対するフェイヤードのオマージュなのだろう。
 2番目のダンサーはスピン&スプリットを見せる。これはもちろんハロルドの得意技(回転方向と足の向きは逆だが)。3番目のダンサーは、靴の外側の縁を使い、綱渡りのように両手を広げながらステップ・バックする。これは『遙かなるアルゼンチン』(1940)でフェイヤードが見せていた印象的な動きだ(足首を捻挫しそうなステップ。一見簡単そうだが、素人は絶対に真似できない)。その後、右手を胴に当て、最後に足を素早く4の字に交差しながらタップするところもオリジナル通り。つまり、ここでフェイヤードは3人のダンサーに、それぞれバブルズ、ハロルド、そして自分自身のキャラクターを投影しているのである。

 『Black And Blue』はロバート・アルトマン監督による死ぬほど素晴らしいライヴ映像が残されている(114分/'91年制作)。アルトマンは、観客を前にした実際のライヴ・ステージ映像、バック・ステージの出演者の様子、映像作品用に別撮りしたステージのショットなどを巧みに混ぜ合わせ、舞台の興奮を実に鮮やかに捉えている。ショウ自体の内容はもちろん、舞台ミュージカルのライヴ映像作品化という点でも最高の出来。これほどまでに素晴らしい舞台ミュージカル映像を私は他に知らない。'91年にWowowで放映されたが、残念ながら未ソフト化。


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TAP (1989)
Directed: Nick Castle
Performance: Challenge

 グレゴリー・ハインズ主演、タップ・ダンス映画の金字塔『タップ』。サミー・デイヴィス・Jrをはじめとするタップ・マスターたち、全盛期のハインズ、そして、少年時代のセヴィアン・グローヴァーまで、三世代にわたるリズム・タップ界の猛者たちが大集合した奇蹟の名作である。老タッパーの一人としてハロルドが出演しており、映画序盤の場面「Challenge」で、他のマスターたちと共にタップを披露している。稽古場でハインズと老タッパーたちがそれぞれの技を競い合う「Challenge」は、見所に溢れたこの映画の中でも白眉の名場面だ。

 今は亡き伝説の名タップ・ダンサーを父に持つ主人公ハインズが、刑務所から数年ぶりにニューヨークの古巣へ戻ってくる。そこでは、ハインズの父親の仲間であり、かつて名を馳せた老タッパーたちが揃って地味に余生を過ごしていた。“あんたたち年喰ってもう踊れないし……”とうっかり口を滑らせたハインズに対し、サミー・デイヴィスら老タッパーたちが“そいつは挑戦(challenge)だ!”と騒ぎ立て、稽古場で凄まじいタップ合戦が始まる。
 ピアノの独奏をバックにソロが回され、各人の得意技が次々に披露されていく。出演しているマスターたちは、踊る順番に、アーサー・ダンカン Arthur Duncan、バニー・ブリッグズ、ジミー・スライド、スティーヴ・コンドス Steve Condos、ハロルド・ニコラス、サンドマン・シムズ、サミー・デイヴィス・Jr。いきなり激烈なステップで度肝を抜くアーサー・ダンカン、片足ケンケンで得意の二拍三連を踏むバニー・ブリッグズ、エレガントに滑りまくるジミー・スライド、ドラムロールのような高速ステップを踏むスティーヴ・コンドス……。ビートの奥義を極めたタップ・マスターたちの妙技にひたすら圧倒される。

 アポロ劇場50周年記念コンサートの時と同じく、ハロルドはここでも無伴奏でタップを踏む。片足を横に払って床を擦るステップ、スピン&スプリットなどの得意技を披露し、最後は仲間2人が四つん這いにうずくまった上をスプリットで飛び越えるという往年の大技を見せる。ハインズに向かって“どうだ見たか!(How about those legs!)”というハロルドの台詞が痛快だ。ほとんど地でやっているとしか思えない。その後、サンドマン・シムズが踊り(ビル・ロビンソン風の得意ステップを披露)、白熱のタップ合戦はいよいよサミー・デイヴィスとグレゴリー・ハインズの一騎打ちという運びとなる。

 実際にタップを披露する上記7人の他に、この場面には更に2人のマスターが出演している──ハロルドのフライング・スプリットの際、サンドマンと一緒にうずくまるパット・リコ Pat Rico(白ベスト姿)、そして、ピアノを弾いているヘンリー・ルタン(黒ベスト姿)。ルタンはこの映画の振付師であり、グレゴリー・ハインズの他の多くの出演作──ブロードウェイ・ミュージカル『Eubie!』(1978/ライヴ映像あり)、同『Sophisticated Ladies』(1981/ハインズ降板後のライヴ映像あり)、映画『コットンクラブ(The Cotton Club)』(1984)、テレビ映画『キング・オブ・タップ(Bojangles)』(2001)──でも振付を担当している(先述の『Black And Blue』もルタンの仕事)。彼はハインズの師匠である。

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マスターの方々──(左から)ジミー・スライド、アーサー・ダンカン、ハロルド・ニコラス、スティーヴ・コンドス、サンドマン・シムズ、ヘンリー・ルタン、バニー・ブリッグズ、パット・リコ、サミー・デイヴィス・Jr

 フランシス・フォード・コッポラ監督『コットンクラブ』でも、グレゴリー&モーリスのハインズ兄弟がマスターたちとタップ合戦をする似たような場面があった。コッポラが飽くまで通常の劇映画の作法でダンス場面を処理しているのに対し、『タップ』の場合、各人のタップが最小限の編集でフィーチャーされ、ライヴ感を重視した、よりドキュメンタリー性の高い映像になっているのが特長だ。つまり、撮り方が往年のミュージカル映画に近く、ダンスそのものをきちんと見せることに重点が置かれているため、より興奮度が高い。コッポラは各人のダンス場面を編集で縮めたり、バストショットを頻繁に挿入してダンサーの表情を強調するなど、時間的にも空間的にもパフォーマンスを刈り込んでいるが(おまけに、全くお呼びでないダイアン・レインまで踊らせている)、『タップ』では全身ショットが基本で、観客は画面内でダンサーたちが何をやっているのか常に正確に把握することができる。足下を強調するローアングルの構図も、このタップ場面を一層迫力あるものにしているだろう。『コットンクラブ』は結局ただのギャング映画に過ぎないが(それはそれで良い)、『タップ』には、限りなくミュージカル映画に近い劇映画、といった趣がある。『タップ』の監督は、ダンス場面の見せ方というものをよく知っている。

 監督の名は、ニック・キャッスル。正確にはニック・キャッスル・Jr(1947~)といい、かつてニコラス兄弟の20世紀フォックス作品群を手掛けたハリウッドの振付師、ニック・キャッスル(1910~68)の息子である。彼は『タップ』において、現実場面から非現実的なミュージカル場面への飛躍を受けつけない現代の観客のために、ダンス場面を基本的にリアリズムで処理しつつ、同時に、往年のミュージカル映画の作法を巧みに現代に受け継いでいる。タップ愛に満ちた秀逸な脚本もこの人によるものだ。

 『タップ』の物語はとても分かりやすい──強大なパワーを手に入れたい若きジェダイ・ナイト(グレゴリー・ハインズ)が、邪悪な仲間たちにそそのかされ、恋人やマスターたちを捨てて暗黒面に落ちそうになるが、フォースの導きによって立ち直り、最後には立派なジェダイとして父を継ぎ、現代にフォースの均衡をもたらす……。まるで『スター・ウォーズ』のようだが、観てもらえれば分かる通り、実際、そういう話なのである。
 “ジェダイ”というのはタッパー、“フォース”というのはビート、あるいは、リズムのことである。フォースはあらゆる場所や生命体を通じて流れている。それを感知し、自在に操ることのできる者がジェダイ。タッパーは水滴が落ちる音や、街の騒音の中にも常に“フォース”を感じ、自分の足を使ってそれらと自由に繋がることができる。映画冒頭、独房で苦悶するハインズの脳裡に蘇ってくる亡き父の言葉──“リズムを聴け(Listen for the rhythm)”は、ルーク・スカイウォーカーに対するヨーダの教え──“自分を取り巻くフォースを感じろ(You must feel the Force around you)”、あるいは、オビ=ワンの言葉──“忘れるな、フォースはいつも君と共にある(Remember, the Force will be with you, always)”を思い出させる。

 かつて、多くの“ジェダイ”が活躍した時代があった。しかし、時代の変化と共に彼らは衰退を余儀なくされ、その高貴な技は徐々に廃れつつあった(私はタップを非常に高貴な技芸だと思っている)。そんな中、彼らの伝統を受け継ぎ、その技を現代に見事に蘇らせたのがグレゴリー・ハインズであり、その弟子筋のセヴィアン・グローヴァーだった。
 監督のキャッスルは、老マスターたち、グレゴリー・ハインズ、セヴィアン・“パダワン”・グローヴァーの三世代のタッパーたちに、実際のそれぞれの関係に限りなく近い役柄を与え、リズム・タップとブロードウェイ・タップの対比なども巧みに織り交ぜながら、新鮮なタップ観を広く世界に示した。『タップ』は、“ジェダイの帰還”ならぬ、“タッパーの帰還”を高らかに宣言した歴史的作品である。ダンスを愛するすべての人に観てもらいたい名作だ。


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THE 22ND NAACP IMAGE AWARDS (1990)
Broadcast: 6 January 1990
Directed: Ellen Brown
Performance: Birth Of The Blues

 第22回NAACPイメージ・アウォードに兄弟揃って出演。殿堂入りを果たすサミー・デイヴィス・Jrへのトリビュートという形でパフォーマンスを披露している。しかも、セヴィアン・グローヴァーとの共演。おまけに、プレゼンターがシドニー・ポワチエというとんでもない豪華さだ。

 ポワチエがスピーチを行った後、タキシード姿のニコラス兄弟が登場。曲はデイヴィスの代表レパートリー「Birth Of The Blues」。まず、ハロルドがリードで歌い、その横で例によってフェイヤードが手ぶりでハロルドの歌を盛り立てる。ここではヴォーカルの合間に掛け声を入れたり、タップでアクセントを加えたりもする。とても元気そうなフェイヤード。通常、歌はハロルドの担当だが、ここではフェイヤードが途中の8小節分をリードで歌うという珍しい場面も見られる。両手の大きな動きが相変わらず美しい。最後は2人で一緒に歌い、ワンコーラス終了。序盤から素晴らしいパフォーマンスだ。
 その後、2人揃ってのタップ。ここでもフェイヤードの華麗な手の動きが光る。ひとしきりルーティンを踊ったところへ、タキシードでキメたセヴィアンが豪快なスライドで颯爽と登場(助走をつけてステージ中央へ立ったままの姿勢で滑り込んでくる。この登場場面は超クール)。セヴィアンを真ん中にして、3人で夢のタップ共演。『The Black Network』(1936)で兄弟がやっていた両足開脚スライドを3人揃ってやるのが見もの。3人で踊った後、兄弟はそれぞれステージ後方の2台のドラムセットへ移り、2人が叩く生ドラムとセヴィアンのタップの掛け合いが始まる。トリッキーなステップを連発し、会場を沸かせるセヴィアン。締めは得意のバック転+ジャンプ+スプリットで観客の度肝を抜く(若い頃のセヴィアンがよくやっていた決め技で、映画『タップ』等でも見ることができる)。さすがタップ界の若きスカイウォーカー。タップの未来を感じさせて余りあるぶっ飛びのパフォーマンスである。
 セヴィアンがドラムを交替し、続けてハロルドのソロ・タップへ。フェイヤードがセヴィアンに歩み寄り、“いいか、あれが私の弟だ!”と誇らしげに言う。途中から完全な無伴奏になり、切れ味抜群のタップを披露するハロルド。ステップを踏みながらステージ左端までやって来ると、最後は助走をつけて一気にスプリットで滑り込み、観客をあっと言わせる(このソロ部分の流れは前述のガーシュウィン特番の時と基本的に同じ)。さすが天下のニコラス兄弟の弟。最後は再び3人揃ってタップを踏み、見事に締め括る。会場はもちろんスタンディング・オベーションだ。

 この時、フェイヤード75歳、ハロルド68歳、セヴィアン16歳。ニコラス兄弟とセヴィアン・グローヴァーの新旧共演というだけでも特別だが、このパフォーマンスは演出や振付がよく練られていて、とにかく素晴らしい。3人それぞれの持ち味が遺憾なく発揮され、しかも、それらがきちんと有機的に絡み合っている。高齢のフェイヤードはさすがに激しい動きはできないが、それでも往年と同じ華麗な両手の動きと天性のキャラで十分に魅せる。'80年代以降のニコラス兄弟のパフォーマンス映像としては、恐らくこれがベストではないだろうか。

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兄弟らと抱擁し、ポワチエから賞を授与されるサミー・デイヴィス・Jr

 3人のパフォーマンス後、“ミスター・タレント! ミスター・エンターテインメント!”とポワチエに紹介され、サミー・デイヴィス・Jrがステージに迎えられる。ニコラス兄弟、セヴィアン、ポワチエの全員と抱擁した後、殿堂入りのトロフィーを手渡され、スピーチを行う。この時、サミー・デイヴィス、64歳。フェイヤードとハロルドよりも若いが、喋り方はかなり弱々しく、あまり体調が良くないような印象も受ける。デイヴィスはスピーチの最後に“この賞はひとりの人物のものです”と言ってステージを降り、トロフィーを観客席にいる彼の妻に手渡した。
 この授賞式の約半年後、'90年5月16日にサミー・デイヴィスは喉頭癌のため64歳で他界。ニコラス兄弟とセヴィアンによる「Birth Of The Blues」は、彼への最高の手向けになっただろう。


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ALRIGHT (1990)
Directed: Julian Temple

 ジャネット・ジャクソンのヴィデオ「Alright」に兄弟揃ってカメオ出演。監督はジュリアン・テンプルで、同じく彼が手掛けたMGMミュージカル趣味全開の「When I Think Of You」(1986)の続編的作品でもある。このヴィデオには、ニコラス兄弟の他、キャブ・キャロウェイ、シド・チャリースという計3組の往年のミュージカル系スターが特別出演。'40年代初頭あたりのイメージで、ジャネットがズート・スーツを着て街中で歌い踊るという趣向。ラッパーとしてヘヴィ・Dもフィーチャーされ、まさにニュー・ジャック・スウィングとオールドタイム・スウィングの鉢合わせ的な快作に仕上がっている。

 ジャネットと仲間が通りのベンチで眠りこけていると、朝刊が配達されてくる。“キャブ・キャロウェイきたる!”という一面の大見出し。えらいこっちゃ、と「Alright」に乗せて軽快なダンスが始まる。

 ゲスト・スターで最初に登場するのはシド・チャリース。買い物中の彼女にジャネットが遭遇し、感激しながら一緒に踊る。『バンド・ワゴン』(1953)の「Girl Hunt」を思わせる真っ赤なドレス姿で登場する上、相変わらず脚が綺麗なのが嬉しい。2年前のマイケル「Smooth Criminal」ヴィデオの元ネタが「Girl Hunt」だったが、この「Alright」ヴィデオの振付には、その「Girl Hunt」を手掛けたマイケル・キッド本人が迎えられている。
 ラッパーのヘヴィ・Dは、キャロウェイ主演の架空映画『Alright』が封切られている劇場の呼び込み役で登場(ヘヴィ・Dの登場場面は8分半の全長版でしか見られないので注意。彼はマイケルの'92年のヴィデオ「Jam」にも出演)。

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ニコラス兄弟登場!

 ニコラス兄弟はジャネットが立ち寄る店先の場面で登場し、タキシード姿で軽快なステップを披露している。あっという間の出番だが、2人揃って元気にカッコ良く踊っている姿が見られるだけで感動である(それにしても短すぎるが。ジャネットとの絡みダンスも見たかった……)。ニコラス兄弟とジャネットの共演は'77年のジャクソンズのテレビ・ショウ以来のこと。“やあ、ジャネット、大きくなったね~”などという会話が撮影現場であったのではないだろうか。

 御大キャブ・キャロウェイは、ヴィデオのオチとなる一番最後の場面に登場。ヴィデオ中盤、劇場に訪れたキャロウェイのリムジンにジャネットが乗り込み、夜の街へ繰り出す(この場面の若いキャロウェイは別人が演じている)。リムジンを降りる際、懐中時計を車内に落としてしまうジャネット。街で踊った後、冒頭のベンチに戻って眠る場面で曲は終わるのだが(つまり、夢オチ)、その後、眠っているジャネットのもとに真っ黄色のズート・スーツ姿のキャロウェイ本人が落とし物の懐中時計をそっと届けに現れ、結局は夢か現実か分からない、という二段オチでこのヴィデオは締めくくられる。キャロウェイは'94年に亡くなるが、最後にこのような作品に華々しく出演できたのは幸いだ(しかも、コットン・クラブ時代に可愛がったニコラス兄弟と共に)。晩年は『ブルース・ブラザース』(1980)への出演、レゲエ・フィルハーモニック・オーケストラによる「Minnie The Moocher」(1988)のカヴァー・ヒットなどで再評価も高まり、'88年末には初来日公演も実現していた。

 彼らのギャラが幾らだったのかは知らないが、とにかくこれほど贅沢なヴィデオも珍しい。ジャネットだからこそ実現できた、まさに“夢”のような作品。彼らに対するジャネットのリスペクトも嬉しい。'08年6月のシド・チャリースの他界によって、ここに出演している3組のスターたち全員がこの世からいなくなってしまった。


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THE FIVE HEARTBEATS (1991)
Directed: Robert Townsend

 ロバート・タウンゼンド監督・主演の映画『ファイブ・ハートビーツ』にハロルドが役者として出演。テンプテーションズやデルズをモデルにした架空の5人組男性ヴォーカル・グループの栄枯盛衰を描いた青春音楽映画。スプリームズをモデルにした'81年のブロードウェイ・ミュージカル『Dreamgirls』('06年に映画化)の男子版、あるいは、ソウル・バンドに賭けるダブリンの若者を描いた同年の青春映画『ザ・コミットメンツ』の'60年代ヴォーカル・グループ版といった趣の作品である。

 ハロルドは、映画の主役となる5人組、ファイブ・ハートビーツの振付師を務めるアーネスト・ジョンソン(通称“サージ”)という人物を演じている。グループを育てる熱血マネージャー(ベリー・ゴーディ風)の戦友という設定で登場し、映画序盤から活躍。踊りが冴えなかったハートビーツのメンバーを一流に鍛え上げる。

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ひよっこどもに踊りの真髄を見せるハロルド、呆気にとられるR・タウンゼンド

 ハロルドの最大の見せ場は、映画序盤の初登場場面。ハートビーツのメンバーたちがマネージャーの自宅(兼・事務所)で新しい振付担当者としてハロルドを紹介される。杖を片手に煙草を吸うやさぐれた風情のハロルド。それまで振付担当だったハートビーツ・メンバーの得意気な踊りを見て“おまえのはカカシ踊りだ”と容赦なくダメ出しすると、杖を捨てて上着を脱ぎ、“いいか、踊りとはこういうもんだ”と吐き、いきなり猛烈な勢いでタップを踏んで見せる。ハロルドを酔っ払いのジジイ呼ばわりしていたメンバー一同、その華麗な足さばきを見て口をあんぐり、というオチである。ハロルドの個性がよく生かされた好場面だ。その後、彼がハートビーツを特訓していく様子がモノクロのスチールでダイジェスト風に描かれていく。
 ハロルドはハートビーツの仲間として、以後もちょくちょく映画に登場する。映画後半、入院中のハロルドをメンバーたちが見舞う場面では、医者に隠れて煙草を吸い続ける不良老人ぶりがいい感じ。こういう役柄はハロルドには確かにピッタリだ。

 ハートビーツのマネージメントはモータウンがモデルにされているが(マネージャーの妻役のダイアン・キャロルが、所属する女子たちに行儀作法やメイクの仕方を教えていたりする)、モータウンでは実際にタップ・マスターのチョリー・アトキンス(ホニ・コールズ Honi Coles と“コールズ&アトキンス”という名コンビで'40~50年代に活躍)が振付を行っていた。ハロルドのキャスティングは恐らくアトキンスの存在が意識されているのだろう。ちなみに、実際の映画の振付は、『Dreamgirls』やマイケルのヴィデオ「Beat It」「Thriller」を手掛けたマイケル・ピーターズが担当している。

 映画自体は、登場人物が多すぎたり、ショウビズ、友情、恋愛、家族愛、人種差別など、色んな要素を詰め込みすぎて描き込み不足の部分も感じられるが、とにかく、全編通して異様な情熱がほとばしる青春映画の力作である。ベタながらも、色んな場面で感動させられてしまう。音楽ファン、特に黒人ヴォーカル・グループが好きな人は必見。この映画は熱い。日本では劇場未公開、ビデオのみの発売(なぜかいまだ国内DVDなし)。


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FUNNY BONES (1995)
Directed: Peter Chelsom
Performance: Beyond The Sea (La Mer)

 ピーター・チェルソム監督、オリヴァー・プラット主演の映画『ファニー・ボーンズ 骨まで笑って』にハロルドが特別出演。プラット演じる挫折した有名コメディアンの二世が、笑いのネタを求めてイギリスの故郷を来訪、そこで様々な芸人に出会う……という物語。ハロルドは映画冒頭、主人公が苦渋を味わうラスベガスのショウ場面にエンターテイナー役で出演している。

 曲はシャルル・トレネ「La Mer」の英語版「Beyond The Sea」。船の甲板を模したステージに船長姿で登場し、ビッグ・バンドの演奏に乗って艶やかな歌声を聴かせる。後半ではセクシーな水兵ルックのコーラスガールたちと一緒に軽くタップも披露。いかにもラスベガス的な華やかなステージだ。パフォーマンス後、主人公の父親である有名コメディアン(ジェリー・ルイス)を紹介するところまでがハロルドの出番。以後、劇中には一切登場しない。スペシャルティの芸人として活躍した往年のハリウッド時代を思い出させる出演作だ。これがハロルドにとって最後の映画出演となった。

 完全にハロルド目当てで観たが、この映画はなかなかの拾い物だった。随所に見られるフェリーニ風の意匠を含め、アメリカ映画ながらヨーロッパ的な雰囲気が漂う、ちょっと不思議な感覚の作品である。天才芸人役のリー・エヴァンス(ドニ・ラヴァンを彷彿とさせる個性的キャラ)、老芸人コンビ役のジョージ・カール&フレディ・デイヴィスら、クセのある助演陣の好演も印象深い。日本では劇場未公開、ビデオのみの発売(これまた国内未DVD化)。


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『Sophisticated Ladies』で主演を務めたハロルド

 '80年代以降のニコラス兄弟に関しては、舞台、テレビを中心に他にも色々と出演作がある。
 
 まず、ハロルドのソロ活動。PBS放映のデューク・エリントンへのトリビュート特番『A Salute to Duke』(1981)で、マックス・ローチと共演してタップを踏んでいるという(曲は「David Danced Before The Lord」。エリントンの'65年の教会コンサート映像でバニー・ブリッグズが踊るのがこの曲だった)。また、'83年にはイタリアの〈Il Paradiso〉というテレビ番組に連続で出演してもいるようだ。
 舞台作品では以下への出演がある──'30年代のハーレムを題材にした『Stompin' At The Savoy』(1981/サンフランシンスコ)、ホニ・コールズ、チャック・グリーン、スティーヴ・コンドス、ペッグ・レッグ・ベイツら共演のタップ・ミュージカル『Tappin' Uptown』(1982/Brooklyn Academy Of Music)、デューク・エリントン楽曲をフィーチャーした大ヒット・レヴュー『Sophisticated Ladies』(ツアー公演/1982、89、91~92)、メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ演出の『Waltz Of The Stork Boogie』(1984/New Federal Theatre)、セヴィアン・グローヴァーのデビュー作でもある『The Tap Dance Kid』(ツアー公演/1985~86)、ガーシュウィン楽曲をフィーチャーした『My One And Only』(ツアー公演/1989、92)、タップ・ミュージカル『If These Shoes Could Talk』(1993/Milwaukee Repertory Theater)。これらはいずれも映像は残されていない(『Sophisticated Ladies』はブロードウェイ・キャスト版のライヴ映像ならある。主演がグレゴリー・ハインズからヒントン・バトルへ変わった後の公演だが、見応えは十分)。

 フェイヤードのソロ活動としては、先述した『Black And Blue』の振付の他、サンディエゴ・バレエ団の舞台『The Nutcracker(くるみ割り人形)』(1990)への出演、『Night at the Golden Eagle』(2002)というインディ映画(未見)への出演が確認できる。'80年代以降のフェイヤードは、高齢に加え、関節炎を患ったこともあり('85年に股関節置換の手術を受けたらしい)、あまり活発に踊ることができなくなってしまった。そのため、後年は主に後進の育成などに力を注ぐようになったようだ。

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'91年、ケネディ・センター名誉賞を受賞したニコラス兄弟(隣席は大統領夫妻)

 ニコラス兄弟揃っての出演では、BBCの『The Cotton Club Comes To The Ritz』(1985)という凄いテレビ特番がある。ロンドンのリッツ・ホテルのステージで、キャブ・キャロウェイ、アデレード・ホール、マックス・ローチ、チャック・グリーンらとパフォーマンスを行っているらしい。何としてでも観たいのだが、入手困難。むむ……。
 テレビ放送された授賞式ものでは、第53回アカデミー賞(1981/プレゼンター)、ジーン・ケリーの功績を讃える式典『The American Film Institute Salute to Gene Kelly』(1985)、第9回American Black Achievement賞(1988/生涯功労賞&パフォーマンス)、第14回ケネディ・センター名誉賞(1991)などへの出演がある。アメリカのパフォーミング・アーツの発展に貢献した人物を讃えるケネディ・センター名誉賞では、当時の大統領ジョージ・ブッシュから賞を授与されている(グレゴリー・ハインズやセヴィアン・グローヴァーらによるトリビュート・パフォーマンスもあり)。

 晩年のニコラス兄弟は多くの表彰を受けている。彼らの長年の功績が、最後の最後になってようやくアメリカで社会的に認められたのだ。'99年のTVドキュメンタリーで、フェイヤードは“この歳で色んな賞を貰っちゃって……何年も前に貰ってるべきなのにね!”と苦笑まじりに話している。他界する前に正当な評価を受けられたニコラス兄弟は、人知れずこの世を去っていった同時代の他の多くの黒人芸人たちに較べれば、それでも十分に恵まれていると言えるだろう。何にせよ、晩年の彼らが幸福だったことは、ファンとして非常に嬉しいことである。


WHEN THE MUSIC IS OVER... BRING IN DA NOISE!

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ただならぬフォースを漂わせるこの人を見よ

 こうして'30年代から'90年代までニコラス兄弟のキャリアを見てくると、アメリカの黒人芸能の大きな流れのようなものを漠然と感じることができる。現代のエンターテインメントとは一見何の関係もないような20世紀前半のタップ・コンビのキャリアが、後年になると、モータウンやジャネット・ジャクソンといった、私たち現代の音楽ファンにも馴染みのある事柄や人物と繋がってくる。スプリットに代表される彼らのアクロバティックなダンス・ムーヴが、ジェイムズ・ブラウンやプリンス、あるいは、ブレイクダンサーたちによって引き継がれていることも改めて思い出してもらいたい。

 古典的な芸能であるタップ・ダンスは、同時に非常に現代的な芸能でもある。タップは決して古びない。それはいつでも新鮮だ。そのことを恐らく誰よりも雄弁に語るのが、上の画像の人物である。
 '91年のショート・フィルム「Black Or White」。音楽が終わった後半部で、マイケル・ジャクソンは無伴奏でひたすらビートを刻み続ける。それは、彼独自の流儀によるタップ・ダンスに他ならない。あの場面で、マイケルは身体ひとつで見事に音楽を奏でている。これぞまさしく本物の証だろう。ビートは常にそこにあるのだ。太古の昔から。あるいは、未来永劫、この世に生命がある限り。

 音楽が終わったら……明かりを消せ。
 そう言って死んだ男がいる。彼は黒人音楽を聴かなかった。
 
 むしろ、こう言いたい。
 音楽が終わったら……ビートを刻め!
 
 この連載を通して、黒人芸能の根底に脈々と流れ続ける大いなるビートのうねりを感じてもらえれば幸いだ。ビートと共にあらんことを。



The Nicholas Brothers (part 1)──'30年代(子供スター時代)
The Nicholas Brothers (part 2)──'40~43年(20世紀フォックス時代)
The Nicholas Brothers (part 3)──'44~56年(アメリカ~ヨーロッパ時代)
The Nicholas Brothers (part 4)──'50~70年代(テレビスター時代)
The Nicholas Brothers (part 5)──'80年代以降(再評価時代)
The Nicholas Brothers (part 6)──'90年代TVドキュメンタリー
The Nicholas Sisters

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