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Macy Gray @ Billboard Live TOKYO 2011

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 メイシー・グレイのコンサートを観た。

 '99年、31歳の時にアルバム『ON HOW LIFE IS』で鮮烈なデビュー。ビリー・ホリデイ、ジャニス・ジョプリン、ベティ・デイヴィスを混ぜ合わせたような強烈なハスキー・ヴォイス、ロック・テイストも加味したブルージーでレイドバックしたR&Bサウンドで一躍人気者に。同アルバムからのシングル「I Try」は、'01年のグラミー賞で最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス部門にも輝いた。以後、売上げや話題性でデビュー作の成功こそ超えないものの、持ち前のふてぶてしさで独自のスタイルを貫き、'11年現在までに計5枚のオリジナル・アルバムを発表。駄作はひとつもない。

 前作『BIG』(2007)について、“もっと良くできたはずなのに、人の意見に耳を貸しすぎた”(11 May 2010, The Guardian)と振り返る彼女。'10年6月発表の最新作『THE SELLOUT』は、過度に売れ線を意識することもなく、邪念を捨てて我流を通したことが功を奏し、まさしくメイシー度100%のアルバムに仕上がっている。今回はこの快作を引っ提げての来日である。

 メイシー・グレイの初来日公演は'03年夏のフジロックだった。その時は1回だけ新宿リキッドルームで単独公演もあったのだが、なぜか私は観ていない(行かなかった理由が全く思い出せないのだが……)。私は'00年代前半頃までかなり熱心に彼女の作品を聴いていたのだが、ベスト盤やライヴDVDが発売された'00年代半ばを境に徐々にメイシー熱が冷めてしまい(同じようなファンが結構いるような気もするが、要するに、なんか飽きてしまったのである)、新譜が出ても、発売時に数回聴いて、あとはそれっきりという感じになっていた。

 そうして何となく迎えた7年半ぶり2度目の来日公演。場所はビルボードライブ東京。チケットは迷わず購入したものの、正直、それほど大きな期待はしていなかったし、こうして記事にするつもりもなかった。しかし、これがとんでもない大間違い。私はノーガードのままメイシーにボコボコに殴られ、瀕死の状態で帰ってきた。やっぱり、この人はスゴい。私が実際に会場で目にしたのは、事前に全く予想もしなかった、凄まじくクールな仁義なき最高のファンキー・ディーヴァ・ショウだった。


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 '11年2月21日(月)、ビルボードライブ東京の2ndショウ。さすがに“Sellout(満員御礼)”とまではいかなかったようだが、会場はほぼ満席に近い。中年の白人男性客の多さが目立つ。ステージ背景には、シャウトするメイシーの巨大な横顔写真(上)の垂れ幕が掛かっていた。

 定刻をちょうど15分過ぎた21時45分に客電が落ち、バンドの男性メンバーたちがステージに登場。向かって左からギター、キーボード、ドラム、ベースの順で並ぶ(ギターとキーボードのみ白人)。4人がジャジー&メロウなインスト・ナンバーを演奏し始めると、小ちゃくてコロコロとした若い黒人女性が軽やかな足取りでステージに現れた。'60年代のコーラス・ガール風のシフォン・ドレスを着て、頭はシルバーの超ビッグ・アフロ。往年のマーヴァ・ホイットニーを2頭身の漫画キャラにした姿を思い浮かべて欲しい。本当にその通りの外見である。毬みたく弾んだり転がったりしそうで、とっても可愛いらしい。出てきた瞬間、彼女がメイシーかと思って恐らく会場の3/4くらいの人(私を含む)がずっこけそうになったが、渡辺直美にも似ているこのキュートでコミカルなギャル──シャミカ・シークレスト嬢('87年生まれ。渡辺直美と一緒!)──はバッキング・ヴォーカリスト。存在自体が反則のような彼女のキャラだけで、観客はいきなり掴まれる。

 “……では、皆さん、大声で迎えましょう、
  ビューティフルでゴージャスなミス・メイシー・グレ~イ!”
 
 シャミカ嬢の景気のいい前口上で、姉御登場。簡素でシックな黒のパンツスーツに身を包んだメイシーが現れた瞬間、もう、私は圧倒されてしまった。まず、とにかくデカい。正確な身長は知らないが、目測で175cmくらいはあるだろうか。背が高い。脚が長い。全身黒ずくめのせいもあるかもしれないが、驚くほどスリムだ。予想に反して、ちっとも太くないのだ。メイシーは背もデカいが、顔もデカい。逆立った髪は『THE SELLOUT』ジャケ写真のそれより短くなっていた。女ドン・キング……あるいは、30倍くらい迫力を増した和田アキ子といった印象も受ける。とにかく、信じられないくらいカッコいい。それまでにどんな映像や写真で見たメイシー・グレイよりも、本物のメイシーはカッコよかった(涙)。

 すっかり大興奮のところへ、“パッ・パッ・パッ・パッ・パ~ン、チャララララララ……”というJB「It's A Man's Man's Man's World」イントロのサンプルが流れた。「Ghetto Love」! ウィル・アイ・アムが制作した魂の傑作トラック。JBの死から間もない頃、『BIG』で初めてこれを聴いた時の衝撃は忘れがたい。同じくウィル・アイ・アム制作のエステル「Wait A Minute」と共に、私の中で不動のクラシックと化しているナンバーだ。
 メイシーは右手でマイクを持ち、左手で空のマイクスタンドを玩びながら、どこを見ているのか分からない感じでふてぶてしく歌う(基本的にずっとそんな感じ)。ステージ左側にいるバック・ヴォーカルのシャミカ嬢と2人揃って左右に身体を揺らしながら歌う様子が実にカッコいい。強烈な存在感を放つメイシーのブルージーなヴォーカル。そして、バンドの演奏は非常にタイト、かつ、攻撃的である。鋭く叩き込むドラム、闇雲なテンションで“G-H-E-T-T-O!”のフックを叫ぶシャミカ嬢。「Wait A Minute」同様、「Ghetto Love」はライヴだと更に熱い。エンディングでは「It's A Man's Man's Man's World」の印象的なピチカート・ストリングスのフレーズがミュート・ギターで奏でられ、再び原曲が強調されるという、オリジナルにはない感動的なアレンジも施されていた。メイシーはDVD化された'04年のラス・ヴェガス公演でもJB風にショウをスタートさせていたが、今回も幕開けはやはりJB。問答無用のオープニング・ナンバーだ。

 続いて「Oblivion」(2nd『THE ID』収録)。マイナー調のうらぶれたボードビル風の演奏にメイシーのしゃがれ声が実によく合う。完全に女トム・ウェイツ状態。この曲には、歌詞が手書きされたフリップをメンバーが1枚ずつめくっていくという定番の演出(ボブ・ディラン「Subterranean Homesick Blues」のパロディ)があるのだが、この日も裏方のおっさんが出てきてこれをやった。フリップは客席にも巻かれていた(食事が並んでいるテーブルに投げてくるので、ちょっと迷惑。巻かれたフリップは終演後も回収されていなかった。ステージごとにわざわざ作っているのか?)。演奏はどんどんテンポアップし、最後はシャミカ嬢の超高音ヴォーカルで大盛り上がりで締め括られた。

 3曲目はファットボーイ・スリム『HALFWAY~』(2000)収録の客演曲「Demons」。これもメイシーの定番レパートリーのひとつ。オリジナルはゴスペル風味だが、ライヴではロック色を前面に出し、スケールの大きいサイケデリックでヘヴィな演奏が展開される。レス・ポールの不穏なフィードバック、絨毯爆撃のようなドラム、混沌としたピアノ。ストーンズ「Sympathy For The Devil」あたりにも通じる呪術的なムードが醸し出される。こういうロック調の曲になると、メイシーのハスキーなヴォーカルはちょっとスティーヴィー・ニックスを連想させたりもする。ド迫力のパフォーマンスで、見事に観客を黙らせた。
 ここまでの3曲はいずれもタイプが異なるが、メイシーの強烈なブルース感覚が立派に筋を通していて、全く違和感なく聴かせる。バンドが何をやろうと、彼女の存在感は決して揺らぐことがない。

 挨拶代わりの冒頭3曲に続き、ようやく1stから「Caligula」が登場。ブルージー&セクシーなミドル・テンポの粘っこいファンク。イントロでメイシーによって一通りメンバーが紹介される。最後に自分の名前を名乗り、スカートを広げるようにズボンの両脇を摘んでお辞儀する姿がチャーミング。その後、“こっちは自己紹介したのに、あなたたちの名前を知らないのはフェアじゃないわ”と言って、“1,2,3”の合図で観客全員に自分の名前を叫ばせる。メイシーの定番のMCだ。観客が一斉に自分の名前を叫ぶと、“よろしくね!(Nice to meet you!)”。ステージ上では唯我独尊といった感じもあるメイシーだが、客の乗せ方もきちんと考えていて、着実に自分の世界に観客を引き込んでいく。
 
 余裕の快演の後、「Slowly」(『BIG』収録)で少しスロウダウン。メロウなイントロを聴いてちょっと静まった観客に対し、“東京の人はパーティのやり方を知ってるって聞いてたけど? 叫ぶのが上手だって聞いてたけど?”と語りかけて会場を盛り上げ、決してこちらの気持ちを離さない。日本の観客は静かだ、という予備知識があったのだろうか、メイシーは実に巧みに会場を温めていく。この人は意外にショウマンだ。ギターを軸にしたシンプルな演奏でしっとりと聴かせ、楽曲の良さとメイシーの表現力が引き立てられた。

 間髪入れずにどんどん曲が続く。『THE SELLOUT』収録の「On & On」は、シンセの分散和音リフが印象的なマイナー調のミドル。エリカ・バドゥの代表曲とは同名異曲だが、こちらもまた名曲。切々としたサビが良い。後半ではオルガン、エレピ、ギターのアルペジオのアンサンブルで音色が豊かになり、ドラムも熱くなったりで、やはりオリジナルよりグッと深みが増していた。

 じっくり聴かせるタイプの曲が続いたところで、タムタムのシャッフル・ビートが勢いよく始まる。同じく最新作収録、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーの参加曲「Kissed It」。ハンドクラップ音を伴ったシャッフル・ビート、ギラギラした音色、享楽的なコーラスが懐かしいメイシー流グラム・ロック・ナンバー。“踊ってもいいわよ。禁止されてるわけじゃないでしょ?”というメイシーのMCで会場はほぼ総立ち状態に(そのまま終演まで一度も座らせなかった)。このパーティ・ソングはライヴだと最高に盛り上がる。観客とのコール&レスポンスを交え、演奏はどんどんヒートアップしていく。
 曲が最高潮に達したところで、メイシーの“Sexy!”の掛け声と共に、一気にギアがトップに入る。半音で反復するギターのファンキーなカッティング。なんと、JB's「Doing It To Death」! そう来るか! 攻撃的なロック乗りのまま突入しているので、これが猛烈に熱い。この劇的なギア・チェンジの瞬間、バンドは確実にレッドゾーンを振り切った。ライド・シンバルで無茶苦茶に煽りまくるドラム。ブイブイ唸るベース。分厚い音の壁を作るオルガン。そして、レス・ポールのメタリックな音色でジェフ・ベックかミック・ロンソンばりに傍若無人なソロをカマすギター。すべてが熱い。“Turn the radio down!”というメイシーの合図で演奏が一旦抑えられる。“みんなの叫び声が聞こえるようにしたわよ!”。叫んで応える観客。“Oh my god!”の合図で再び演奏が熱くなる。プリンスはJBに倣ってブレイクダウン終わりの合図に“Good god!(グッゴー!)”というフレーズを使うが、メイシーは代わりに“Oh my god!(オーマイガッ!)”と言う。“2 times!”などと指示を出してバンドに回数通りヒットさせるところも、JBやプリンスと同じファンク・マナーだ。ドラム、オルガン、ベースの熱いソロが次々にフィーチャーされ、最後にシャミカ嬢の出番。「Doing It To Death」の“We're gonna have a funky good time... we're gonna take you higher!”のフレーズを実際に歌い、締めに“Yeah!”のコール&レスポンスを促して会場を大いに沸かせた。これ以上ない高みに達した白熱のパフォーマンスは、最後に“1 time!”のヒットで見事に締め括られた。
 「Doing It To Death」は生前のJBの定番レパートリーでもあったが(最後の来日公演の際、私も一度だけ生で聴くことができた)、さすがにここまで熱い演奏は知らない。私はこの時点でメイシーに2回はダウンを取られた。「Kissed It」~「Doing It To Death」のメドレーは、間違いなくこの晩の最大のハイライトのひとつである。

 鬼のファンキー・ディーヴァぶりを見せつけたところで、最新作からもう一発、流麗で涼やかなエレクトロ調のアップ「Lately」。サウンドも含め、Aメロ部分がエステル「American Boy」に激似なのだが、これはこれでまた名曲。これもライヴならではの熱いグルーヴにグイグイ引き込まれる。
 そして、そこから加速して一気に雪崩れ込んだのは、『THE ID』収録の必殺のメイシー流ディスコ「Sexual Revolution」。ファルセットの“フウッ↑フウッ↑”という定番の掛け声も入り、ディスコ・ムードが更に高まる。またしても熱くなってきたところで、やたらグルーヴィなディスコ調ベースに乗ってメイシーが“She sits alone waiting for suggestions...”と歌い始める。こ、これは、もしや……。そして、劇的なコード・チェンジと共に“If you want my body and you think I'm sexy...”。なんと、「Do Ya Think I'm Sexy」! キィーッ! 彼女のハスキーなヴォーカルがこれにハマらないわけがない。これは超反則メドレーだ。会場はもちろん爆発的に盛り上がる。そして、あの印象的なリフが煌びやかなシンセで奏でられる。ぬお~。しかし、メドレーはそれだけでは済まなかった。ワンコーラス終わったところで、続けざまに今度は鬼ファンキーなギター・リフが観客を襲う。そこでシャミカ嬢が歌い出したのは、なんと「Groove Is In The Heart」! なぁぁぁ! ブーツィー、メイシオ、フレッド・ウェズリー、Qティップ参加のディー・ライトのクラシック。 この反則すぎる怒濤の展開はどうだ。ブレイクでベーシストが“イチ、ニ、サン、シ!”と日本語でカウントし、演奏は嵐のようなファンク・モードに突入。ドクター・フィンクのようなシンセ・ソロが炸裂し、最後は完全にプリンス状態。ディスコで始まり、徐々にファンク濃度を上げ、最後はプリンスに辿り着く。'70年代半ば~'80年代半ばの黒人音楽史10年を凝縮したようなこのメドレーはどうだ。必ず最後にファンクは勝つ。私はほとんど泣いていた。ここで完全にノックアウト。メイシー、あんたは最高だ!

 鬼のファンク・フィーバーはクライマックで劇的にスロウダウンし、オルガンによるメジャー調の緩やかなコードが鳴り始めた。“ここでラヴ・ソングを歌ってもいい?”とメイシー。いいわけねえだろ! 本当は死ぬまでとことんファンク大会を続けて欲しかったところだが、そこでメイシーが歌い始めたのは「I Try」。これではさすがに文句を言うわけにはいかない。会場はもちろん盛り上がる。
 メイシーの評価を決定付けた名曲中の名曲。年季の入った見事なパフォーマンスが展開されていく。中盤ではシャミカ嬢がフィーチャーされ、本領発揮の素晴らしいソロ・ヴォーカルも披露された。キャラはビヨンセの物真似をする渡辺直美以外の何ものでもないが、ブチ切れた鋭い高音はまさしく往年のマーヴァ・ホイットニーを彷彿とさせる。渾身のヴォーカルに観客も大喝采。メイシー&シャミカの凸凹タッグは最高だ。
 シャミカ嬢のソロ・パートの後、語りを挟み、メイシーが歌の主人公の心情を「Sukiyaki」(テイスト・オブ・ハニーの秀逸な英語版)の引用によってドラマチックに表現する(*)。'04年のラス・ヴェガス公演DVDでも聴くことができるが、このメドレーは本当に感動的だ。「Sukiyaki」は、言うまでもなく、日本が世界に誇る不朽のクラシック。これを来日公演で聴くことができる幸福。その後、曲はレゲエ調になり、観客とのピースフルなコール&レスポンスが繰り広げられる。メイシーのMC──“今日はあなたたちについて3つのことを知ったわ。ひとつ、両手を上げて振りまくる姿がとってもステキだってこと。ふたつ、腰を振りまくる姿が本当にステキだってこと。みっつ、天に向かって思いきり叫ぶ姿が最高にステキだってこと!”。この言葉に従って、観客は手を振ったり、腰を振ったり、上を向いて叫んだりする。「Sukiyaki」の英語詞の内容はオリジナルとは異なるが、恐らくメイシーは原曲で坂本九がどんな感情を表現しているのかきちんと理解している。“たとえ独りぼっちになっても、あなたが神さまと自分自身と自分の大切な人を愛する限り……”というメイシーのMCに続き、曲はボブ・マーリー「No Woman, No Cry」の“Everything's gonna be alright”のリフレインへと繋がっていく。肯定することは、時に否定することより遙かに難しい。ここで観客は、ひたすらすべてを肯定する強さをメイシーから貰う。最後は劇的に「I Try」のサビへ戻り、凄まじい恍惚感に包まれながら曲はフィナーレを迎える。圧巻。

(*)喧嘩の末に飛び出していく“彼”をドア口で“私”が引き止める、という男女の状況が語りで説明され、“そこで私はこう言った”として「Sukiyaki」(“It's all because of you...”)が引用される。'04年のラス・ヴェガス公演では、飛び出していく“私”を“彼”が引き止め、“そこで彼はこう言った”だったが、今回の公演では両者の立場が逆転していた。どちらでも良いのだが、個人的には、「Sukiyaki」が“私”の心情の説明になっていた方がよりグッと来る。メイシーは決して日本向けのサービスで「Sukiyaki」を歌ったわけではなく、表現上のきちんとした理由があってこの歌を引用している。今回の「I Try」は、これまでのどのパフォーマンスよりも素晴らしかった。

 当然ながら、ここで本編終了である。これ以上の高みはあり得ない。バンドは楽器を置いてステージを去りかけていたのだが、ここでメイシーからアンコールに関する思わぬ提案が。なんと“楽屋がすごく遠い”という理由により、今回はステージ上で待機したいという。“ここで座ってるから、みんなで叫んでアンコールを要求して頂だい。そしたらまた演るわ”。なんじゃそれ(笑)。メンバー全員、ステージの後方へ下がり、後ろを向いて黙って座り込む。観客はこちらに背を向けて座っているメイシーをもう一度歌わせようと、本気でものすごい歓声を上げる。アンコールというものは往々にして予定調和的になりがちで、観客もいい加減に拍手しながら待つものだが、メイシーのこの“その場アンコール”は、その慣習を打ち破る画期的な(笑)アイデアではないだろうか(ビルボード東京の楽屋がステージと実際どのくらい離れているのかは知らないが)。

 熱狂的な大歓声がしばらく続いた後、シャミカ嬢が前に出てきて、メイシー・コールを促した。“When I say MACY, you say GRAY. MACY!”“GRAY!(観客)”“MACY!”“GRAY!(観客)”という凄まじいコール&レスポンスを受けて、ようやくメイシーが腰を上げる。
 アンコール1曲目は、『THE SELLOUT』からのシングル曲「Beauty In The World」。“人生は厳しいけれど、見上げれば青空がある。蝶々が飛んでいる。この世にはいつだって美しいものがある”と歌われるポジティヴな作品。「I Try」で表現された“Everything's gonna be alright”の世界観から自然に繋がる歌だ。「Give Peace A Chance」を思わせる牧歌的なアコースティック・サウンドが実に心地良く響く。会場全体がソウルクラップで包まれる。これは聴く人間を選ばない本当に普遍的な名曲だ。観客はもちろん大喝采。「I Try」の快演の後に新曲を披露し、更に感動を与えられるのだから全く大したものだ。

 ここで終演になっても何も文句はなかったのだが、嬉しいことにアンコールは更に続いた。次に登場したのは、なんと「Why Didn't You Call Me」! そして、続けざまに「Do Something」! やった~! 1stのこの2曲を生で聴くのが今回のライヴの私の最大の楽しみのひとつでもあった。ほとんど諦めかけていたところで演ってくれたので、これは大感激。「Do Something」はDJが活躍する'04年の変則アレンジ版も良かったが、ここではオリジナル版を更に鋭くファンキーにしたようなヴァージョンで披露された。最強。これにはシビレた。
 そこから間髪入れず、1stからもう一発「Still」……なのだが、これがオリジナルとは劇的に印象の異なるアップテンポのラガ・ヴァージョンになっていてビックリ(その場ではすぐに曲の正体が分からなかったほど)。このアレンジは無茶苦茶クールだ。そして、メドレーでこれに続いたのが、エリカ・バドゥとの共演曲だった「Sweet Baby」(『THE ID』収録)。これもオリジナルとは一味違うレゲエ調のアレンジで新鮮に聴かせた。こうして確実にこちらの聴きたいものを演ってくれるところが嬉しい。この怒濤の名曲4連発で遂にステージは幕となった。

 バンドが全員ステージを去ったところで手元の時計を見てみると、22時52分だった。え? なんと開演から僅か67分しか経っていない。体感では余裕で90分近く演ったと思っていたので、これには驚いた。もちろん、退屈で長く感じたのではない。ショウのあまりの密度の濃さがそう錯覚させたのだ。

 終演BGMとして場内に流れ始めた曲は、全く意外にもインエクセス「Mediate」だった。私が中学生の頃に愛聴していた曲である。なぜ「Mediate」なのかという理由は、すぐにピンと来た。大ヒット「Need You Tonight」とメドレーになっているこの曲のヴィデオは、ボブ・ディラン「Subterranean Homesick Blues」のパロディになっている。つまり、メイシーの「Oblivion」のパフォーマンスと間接的に繋がっているのだ。もちろん、ラップ調のこの曲はいま聴いても普通にカッコいいし、メイシーが単純に曲そのものを気に入っている可能性もあるのだが……(実はメイシーの意志と全然関係ない選曲だったりして)。
 「Mediate」が終わったところで終演BGMは途切れた。終演アナウンスもなく、場内のスピーカーは無音である。観客はまだ席を立っていない。アンコールを求める拍手が自然と高まり、歓声はどんどん大きくなっていった。メイシー・コールがしばらく続いたのだが、結局、最後には終演アナウンスが始まってしまい、残念ながら2度目のアンコールは叶わなかった。

 67分間の濃密なファンキー・ディーヴァ・ショウ。個人的には、最後に「Que Sera, Sera」(「Sweet Baby」シングルにライヴ録音収録。今回のツアーでもレパートリーに入っている)を演って、JBで始まりスライで終わる、という構成にして欲しかったのだが、まあ、それはさすがに贅沢かもしれない。本当にいいものを見せてもらった。私は今回のメイシーのショウに心から満足である。


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メイシー・グレイの1st~4thアルバム('99~07年)

 メイシー・グレイはデビュー当初から異彩を放っていた。ネオ・ソウルの流れの中で登場してきた歌手だが、ヴィンテージ・ロック的な風合いも兼ね備えた音楽性は“女レニー・クラヴィッツ”のようにも聞こえたし、そのサウンドとハスキーな声のコンビネーションは“黒いジャニス・ジョプリン”のようでもあった。そして、いま振り返ってみると、彼女の登場は、エイミー・ワインハウスに代表される'00年代後半のヴィンテージ・ソウルの流行を先駆けていたようにも思われる。
 '00年代後半以降のメイシーから何となく失速したような印象を受けるのは、恐らく、時代が彼女に追いつき、似たようなタイプの音楽が巷に溢れるようになったせいだろう。但し、それは飽くまで相対的な話であって、決してメイシーの作品自体がつまらなくなっているわけではないのだ。今回の来日に際して、私は1stを久しぶりに聴き返し、いまだ全く色褪せない無敵の名盤ぶりに改めて感動すると同時に、あまり聴きこんでいなかった2枚の最近作──『THE SELLOUT』『BIG』──の質の高さにも新鮮な感動を覚えた。

 表面的なサウンドやその独特のヴォーカルからはちょっと判りにくいかもしれないが、黒人音楽と白人音楽の垣根を自然に取り払っているという点で、彼女は正統的なプリンスの後続アーティストと言えると思う。今回の鬼ファンキーなショウは、その印象を一層強めるものだった。彼女は“影響を受けたアーティスト”として、ビリー・ホリディ、アレサ・フランクリン、スライ、スティーヴィー・ワンダー、ボブ・マーリーなどに加えて、レッド・ツェッペリン、クイーン、ニルヴァーナといったロック・バンドの名前も挙げる。実際、今回のツアーでは、クイーン「We Are The Champions」、レディオヘッド「Creep」、メタリカ「Nothing Else Matters」のカヴァーまでレパートリーに入っていたりする。こうしたプリンス的なジャンルの越境、汎人種的な音楽性は、現代の黒人音楽において極めて重要な要素であり続けている。

 メイシー・グレイはとっくに終わった、と思っている音楽ファンがいるとしたら、それは大間違いだと言っておきたい。それどころか、彼女は今後いよいよ凄みを増し、これまで以上に充実したキャリアを築いていくのではないか──バンドを最小限の5人編成にシェイプアップし、圧倒的な底力で観客を皆殺しにした今回のショウを観て、私はそんな予感すら持った。そして、何より、彼女にはあの唯一無二の声がある。目まぐるしくトレンドが移り変わり、1stアルバムだけで消えていく歌手も多い中、メイシー・グレイは揺るぎない存在感で、いまだ異彩を放ち続けている。彼女が本当に稀有な、替えの利かない歌手であるということを改めて思い知らされた来日公演だった。

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'10年6月発表の5作目『THE SELLOUT』

 ところで、メイシーは'11年1月にBillboard.comの取材を受け、'11年に2枚の新譜──ジャズ・アルバムとロック・アルバム──を発表したいと語っている。

「私は十分な数のレコードを作っていないと思う。私の敬愛する人たちは多くのレコードを作った。この前、ニーナ・シモンのディスコグラフィを見てたんだけど、本当にたくさん出してるし、いくつも名盤があるわけ。ボブ・マーリーにしても、短い生涯の中でたくさんレコードを作った。だから、私もどんどんレコードを出して、みんなの感想を聞いてみたい。次のアルバムを作るのに3年後のツアー終了まで待つんじゃなくてね。そういうのはもうゴメンだわ」(29 January 2011, Billboard.com)

 女優業にも積極的なメイシー。そのうちクイーン・ラティファのようになってしまうのではないかと思っていたが、どうやらそんな心配は無用のようだ。彼女は既にハル・ウィルナー(!)の制作で8曲を録音済みだという。彼女によると、新譜は“アンダーグラウンドっぽい作品”であるらしい。

「曲作りの定石や枠組みを無視した制約のない作品ね。ラジオ向けのコマーシャルな作品じゃない。2枚しか売れないかもしれないけど、それでも私はこの作品を気に入ってるの」

 現時点での最新作のタイトルである“sellout”には、“売り切れ”の他に“裏切り”という意味もある。音楽業界や流行に適応することを諦めて開き直った彼女の思いがそのタイトルに込められている。どんどん裏切って欲しいと思う。このアウトサイダーの今後が楽しみだ。


01. Intro
02. Ghetto Love
03. Oblivion
04. Demons
05. Caligula
06. Slowly
07. On & On
08. Kissed It - Doing It To Death
09. Lately
10. Sexual Revolution - Do Ya Think I'm Sexy - Groove Is In The Heart
11. I Try [incl. Sukiyaki / No Woman, No Cry]
-encore-
12. Beauty In The World
13. Why Didn't You Call Me
14. Do Something
15. Still
16. Sweet Baby

Billboard Live Tokyo, 2nd show, February 21, 2011
Personnel: Macy Gray (vocals), Shemika Secrest (backing vocals), Zoux (keyboards), Samir (Guitar), Keith Eaddy (bass), Iajhi Hampden (drums)

Macy Gray: "The Sellout" Japan Tour 2011
February 19 - Crow's Nest Club, Kadena Air Base, Okinawa
February 21 - Billboard Live, Tokyo (2 shows)
February 22 - Billboard Live, Tokyo (2 shows)
February 23 - Purdy Fitness Center, Yokosuka Naval Base, Kanagawa
February 24 - Cinema 77, Atsugi Naval Air Base, Kanagawa
February 25 - Billboard Live, Osaka (2 shows)

 今回の来日中、メイシーはビルボートライブ東京&大阪での3日間(各日2セット)の公演の他に、米軍の嘉手納基地(沖縄)、横須賀基地(神奈川)、厚木基地(神奈川)で慰問公演を行っている。来日公演直前にメイシーの公式サイト内にある本人のブログを覗いたら、2月8日のエントリーで沖縄美ら海水族館のことが紹介されていて、何だこりゃ、と思っていたのだが、後から慰問公演のことを知って納得。観たかったなあ。

Macy Gray treats troops to free concerts in Pacific
(慰問公演についての来日インタヴュー記事&動画。横須賀基地での公演の様子も!)




Macy Gray @ Billboard Live TOKYO 2012

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