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神の下で

 日本中が突然“暗転”した'11年3月11日。あれから一週間が経った。
 
 真っ黒い海に呑み込まれていく町。廃墟とも戦地の焼け跡とも違う、地球のどこだか全く分からないような被災後の土地。テレビ画面に映し出される光景にただただ戦慄し、理解を越える死者の数に呆然とする一方、あっさり想定外の危機に陥った原発、あるいは、地面が揺れているのか自分が揺れているのか分からない無数の余震に怯えながら、日常のルーティンをこなし、計画停電に振り回され、買い占めで空になった都内スーパーの陳列棚に唖然とした一週間。普段ほとんど見ることのないテレビをじっと見続け、同時にネットでも地震関連の情報をこまめにチェック、いい加減ぐったりして眠りについたのも束の間、余震で再び目が覚める、という日々が続いた。さすがに疲れた気もするが、もちろん、実際に被災した人々やその家族、諸々の処理に当たっている現場の人々の疲労とは較べようもない。

 3月11日、14時46分、幸運にも(と言っていいと思うが)、私は都内の自宅にいた。普通の揺れはしつこく続き、徐々に強さを増して、やがて明らかに異常なものになった。“その時”は本当に突然やって来る。遂に来たか、と観念しつつ、自分の住む環境が目の前で実際に崩壊へ向かっていく様は全く信じられないものだった。激しく軋む部屋の中で、CDの山は次々に崩れ、棚から本がドサドサ落ちてくる。恐怖で頭は混乱し、自分に向かって倒れてくるものがないか中腰で部屋中を見回すのが精一杯だった。圧倒的に強大な神の力を前に、まるで自分が虫けらになったような気がした。あの“為す術のない感”を思い出すと今でも恐ろしい。

 地震後、金魚がいる水槽の周りは水浸しで、水槽内の水かさが2/3程度にまで減っているのが印象的だった。揺れが収まった後も、水面はしばらく不気味に大きく波打っていた。水槽の水が飛び出るくらいは何でもないが、これが海のスケールで起こったかと思うと本当にゾッとする。
 様子が落ち着いてから、散乱した大量のCDや本を片付け、壊れた本棚の一部を補修(その際、棚の奥にレイモンド・ブリッグズの絵本『風が吹くとき』があるのが目に入った。片付けている時は全く気に留めなかったが、数日後、私はこれを震えながら手に取ることになる)。私個人に関して言えば、復旧作業は3時間程度で終わった。肉親も全員無事で、被災した知人などもいない。おまけに、私の住む地域は今のところ計画停電のグループにも含まれていない。全く恵まれているとしか言いようがない。

 今、私にできることは、できるだけ電気を使わないこと、余分なものを買わないこと、少しでも募金をすること、そして、静かに日常生活を送ることくらいである。今回の震災でよく分かったのは、社会的立場によって多少の差はあるにせよ、どの道、人間にあまり大したことはできないということだ。だから、色んなことが上手くいかないことに私たちは苛立ってはいけないと思う。人間だからしようがないのだ(だからと言って、単純に何もかも水に流していいわけではないが)。

 ある人がツイッターでこんな発言をしていた。

“政府や電力・鉄道会社の人に食ってかかる前に「あれ? これから自分がやろうとすることって、パニック映画だとあとで悲惨な死に方をする嫌なやつの言動じゃね?」と考えるといいんじゃなかろうか”

 このツイートの主──浅井ラボという30代の作家──がどんな人物かは寡聞にしてよく知らないのだが、これは私好みの警句だ。パニック映画の場合、“嫌なやつ”や、我先にと助かろうとするやつは、大抵最後にビルから落ちたり、炎に呑まれたり、動物に喰われたりする。神は見ている。映画の場合、神は必ず監督、つまり、倫理を持った人間だから、往々にしてそういう選択をするのである。一方、本物の神は、人間のちっぽけな倫理などお構いなしに、もっと豪快で大雑把な選択をする。“嫌なやつ”を生かして“いいやつ”を平気で殺すこともある。神の下では、人間も虫けらと何ら変わりない存在に違いないからだ。
 しかし、たとえ神がどんな選択をするにせよ、私は“嫌なやつ”にだけはなりたくないと思う。人間は人間らしくちっぽけな倫理に従い、非力ながらその場その場でやれることをやり、慎ましく生きていくのが相応しい。ましてや、神になれるなどと思ってはいけない。人はいい加減、神に近づく努力をやめるべきではないのか。沿岸でいくつも飼われている巨神兵のような化け物の挙動を固唾を呑んで見守りながら、強くそう思う。

 犠牲になった無数の人たちの冥福を祈りたい。そして、かつての生活は二度と戻らないかもしれないが、現在、想像を絶する苦難を強いられている被災者の方たちが、一日も早く“日常”と呼べる平和な生活に復帰できることを心から祈りたい。神の論理は本当に不条理だ。それは、あなたではなく、私かもしれなかった。

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