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ビートでポン!──Takeshi visits Savion Glover's studio



 '11年4月からNHK BSプレミアムで始まったビートたけし司会の新番組〈たけしアート☆ビート〉。4月13日放映の第2回で、なんとセヴィアン・グローヴァーが取り上げられた。ニューアークのセヴィアンのスタジオをたけし自らが訪れるというとんでもない企画である。

 〈たけしアート☆ビート〉は、たけしが“今、一番会いたいアーティスト”に会いに行き、その創作の秘密に迫るという1時間番組。楽しみながらアートを考えよう、という番組コンセプトは、'97~09年にテレビ東京で放映された〈たけしの誰でもピカソ〉にそっくりで、あれをNHKらしく更にディープにしたような内容である(たけしがNHKでレギュラー番組を持つのはこれが初めてだという)。この新番組を始めるにあたって、たけしが“会いたい人”として真っ先に挙げたのが、“世界のタップ王”=セヴィアン・グローヴァーだった。

 周知の通り、たけしはタップ・ダンスを嗜む。自身の監督作『座頭市』(2003)で下駄タップの群舞場面を撮り、『TAKESHIS'』(2005)では劇中で自らタップを踊った。彼のタップは『たけし☆志村 史上最強の爆笑スペシャル!!』(2005)、『新春かくし芸大会』(2007~08)といったテレビ特番でも披露されている。タップも踏めるギャング俳優、ビートたけし。彼には“日本のジェイムズ・キャグニー”という形容がぴったりだ(キャラまで本当にそっくりだと思う)。そんな彼が“神さま”と崇めるセヴィアン・グローヴァーに会うため、過密スケジュールの合間を縫ってアメリカへ飛んだ。

 セヴィアンのスタジオに取材カメラが入るのは初めてのこと。世界初公開のスタジオ内の光景も色々と興味深いのだが、何と言ってもすごいのはセヴィアン本人だ。彼が自らの身体と言葉でタップの真髄を伝えまくる驚異の1時間。世界的に見ても、ここまで充実したセヴィアン特番は過去にないように思う。単に貴重なだけでなく、番組の内容自体、これを観るだけで誰にでもタップの面白さと奥深さが丸わかりという、本当に感動的なものだった。私は最初から最後まで興奮しっぱなし。これは、タップ・ファン、ダンス・ファンのみならず、すべての音楽ファン必見の大傑作ドキュメンタリーである。


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たけしアート☆ビート──世界のタップ王 セビアン・グローバー
放映:NHK BSプレミアム、2011年4月13日(20:00~20:57)
出演:セヴィアン・グローヴァー、ビートたけし、TAKAHIRO
ディレクター:松谷光絵、小林俊博
プロデューサー:水野紀子

 ニューヨークのマンハッタンにやって来たビートたけし。彼に同伴するのは、ニューヨークを拠点に世界的に活躍するヒップホップ・ダンサーのTAKAHIRO(ケント・モリと共にマドンナの'09年ツアーに参加)。街でタップの路上パフォーマンスを見物した後、2人はマンハッタンから車で約1時間の距離にあるニュージャージー州ニューアークのセヴィアンのスタジオへ向かう。

 たけしがセヴィアンに会うのはこれが2度目。1度目は、セヴィアンが前々回の来日公演『クラシカル・セヴィアン』('06年4月11日~16日、東京国際フォーラム)のプロモーションのため、'06年1月に来日した際。その時、セヴィアンは公演の宣伝を兼ねて〈たけしの誰でもピカソ〉に出演したのだった('06年3月10日放映。たけしとタップ共演もしたらしい。残念ながら未見)。今回はそれに続く2度目の対面ということになる(TAKAHIROとセヴィアンは初対面)。

 ニューアークはセヴィアンの生まれ故郷。のんびりした普通の住宅街の通りに彼のスタジオはあった。“SAVION GLOVER PRODUCTIONS”というステッカーが貼られただけの何の変哲もない玄関口。知らなければ見落としそうだ。扉の向こうからドレッド頭、Tシャツ&ジーンズ姿のセヴィアンが現れ、緊張気味の2人を温かく迎える。“たけしさんはご存じですよね?”との問いに、“もちろんですよ! 本当によく来てくれました”とセヴィアン。フレンドリーで礼儀正しいタップの神さま。握手を交わした後、2人はいよいよ“神の聖域”へと招き入れられる。


セヴィアン Presents タップ・ダンサー列伝

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 まず2人が通されたのは、1階にある最も広い練習室。レンガ張りの室内の壁際に、様々な人物のポートレート写真が並べられているのが目を引く。8枚の写真は、右から順に、マハトマ・ガンジー、ロン・チェイニー、ジミー・スライド、ダライ・ラマ14世、バスター・ブラウン、サミー・デイヴィス・Jr、チャック・グリーン、グレゴリー・ハインズ。ダライ・ラマとガンジー以外は全員タップ・ダンサー。彼らはいずれもセヴィアンが尊敬する先人であり、彼にとっての先生だ(部屋の反対側にはジョン・コルトレーンの写真が1枚飾られている)。

 写真をひとつひとつ指差しながら各ダンサーについて話すセヴィアン。一通り説明が終わったところで、彼らのタップがそれぞれどう違うのか実際にやって見せてくれないか、とたけしが要望を出す。“いいですよ。靴を履き替えましょう”と軽く引き受けるセヴィアン。マジか! 訪問早々にしていきなり信じられない展開である。

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各ダンサーを説明するセヴィアン(左)、各人のタップを実演するセヴィアン(右)

 スニーカーからタップ・シューズに履き替え、向かって右端のロン・チェイニーから順に、セヴィアンが6人のタップ・マスターの特徴を実演してみせる。6人ともそれぞれ身体の使い方、ビートやサウンドが異なって実に面白い。

ロン・チェイニー Lon Chaney(1927~95)
 後述するチャック・グリーン、バスター・ブラウン、ジミー・スライドらとオリジナル・フーファーズ The Original Hoofers というグループを組んでいた。“タップ・ダンサーの別名フーファーは、もともと彼らのことでした”とセヴィアンの説明。“フーフ hoof”は馬の“ひづめ”を意味する語だが、タッパーが馬のように足をパカパカ鳴らすことから“タップを踊る”という意味でも使われる。リズム・タッパーは自分たちのことを、ブロードウェイ・スタイルのタッパーと区別して“フーファー”と呼ぶことが多い(必ずしもリズム・タッパーを意味する語ではないが。これは例えば、日本語でドラマーのことを“太鼓叩き”、文筆家のことを“物書き”と言ったりする感覚に近いかもしれない。“フーファー”を敢えて日本語にするなら“タップ踏み”といったところだろうか。タッパーのちょっと粋な呼び方が“フーファー”なのである)。
 “ロン・チェイニーは大男。サウンドはヘヴィでデンジャラス。よく大声で叫びました”とセヴィアン。説明の通り、非常にパワフルでアグレッシヴなビートが刻まれる。ロン・チェイニーは非常に情報が少ない人物で、残念ながら私もよく知らない(同名の有名怪奇俳優親子がいるせいで検索もしづらい。本名はIsaiah Chaneyfieldという)。なので、セヴィアンがここで実演つきで紹介してくれたのは有り難かった。チェイニーはセヴィアンも出演したブロードウェイ・ミュージカル『Black And Blue』(1989~91)に参加しており、ロバート・アルトマンが撮った同舞台のライヴ映像('91年制作)でも姿を見ることができる。セヴィアンはその一幕、フーファーたちが即興で技を競い合う「Hoofers A Capella」と同じリズムに乗ってチェイニーのタップを再現してみせた(ちなみに、NHKが画面上で紹介したチェイニーの生没年は間違い。なぜかサミー・デイヴィス・Jrの生没年が出ていたが、私が調べたところでは'27年~95年、享年68歳が正しい)。

ジミー・スライド Jimmy Slyde(1927~08)
 '80年代以降のリズム・タップ再評価によって、バニー・ブリッグズサンドマン・シムズと並んで最も有名になったマスターのひとり。その名の通り、床を滑るスライド・ステップを駆使したシャープでエレガントな踊りが特徴。この人の踊りは一度見たら忘れられない印象を残す(私はこの人以上にカッコいいタップ・ダンサーを知らない)。映画『コットンクラブ』『タップ』、その他、テレビ特番やドキュメンタリー作品など、映像もかなりの数が残されている。先述の舞台『Black And Blue』にも出演。'93~06年に来日も4回果たした。たけしもジミー・スライドは知っていたようで、最初にセヴィアンから説明を受けた時、“あ、滑る人!”とすぐに反応していた。
 “真似するのが難しいんですが、やってみましょう”とセヴィアン。長い手足、すらっとした細身の身体で踊られるジミー・スライドの粋なタップは、あまりにも独特であるため、確かに逆に真似するのが難しいかもしれない。それでもセヴィアンはいくつか特徴的なステップを披露し、ジミー・スライド像を見事に身体で説明してみせた。

バスター・ブラウン Buster Brown(1913~02)
 この人も有名な割に映像があまり残っておらず、門外漢にはなかなか実像が掴みにくいマスターのひとりだ。セヴィアンはひとこと“速い”と説明したが、YouTubeで数少ないブラウンのタップ映像を観ると、高速タップの他に、サミー・デイヴィス・Jrにも似たショウマンシップの持ち主(簡単に言うと、タップで笑いが取れる人)だったことが分かる。ブラウンはPBSのテレビ特番『Tap Dance In America』(1989/映画『タップ』のスピンオフ的な特番。名作)に他のタップ・マスターたちと一緒に出演してもいる。セヴィアンは高速でドライヴ感溢れるビートを刻み、最後に片足立ちで脚を組み替えながら“いやんいやん”をするような(あるいは、ツイストを踊るような)ちょっとコミカルな動きをしてみせた。なるほどね~、という感じである。

サミー・デイヴィス・Jr Sammy Davis Jr(1925~90)
 説明不要のミスター・エンターテインメント。“サミー・デイヴィス・Jrにはこれというスタイルがないんです。特徴的なステップはあるんですが、常にスタイルが変わる人なんです”というセヴィアンの説明が実に分かりやすい。デイヴィスのタップには独特の切れ味の良さがあるのだが、セヴィアンはそれを見事に再現していた。ガニ股でひょこひょこ小走りするようなステップが楽しい(デイヴィスのこのステップは'85年のアポロ劇場50周年記念コンサートで観られる)。本当にデイヴィスっぽいから笑ってしまう。さすがだ。

チャック・グリーン Chuck Green(1919~97)
 この人のスタイルは“遅い”のが特徴。クリアなサウンドで、間を生かした詩的な味わいのあるタップを踏む(速くも踏めるのだが)。スライド技も得意で、ジミー・スライドとはまたひと味違う、フワフワとした浮遊感のある不思議な滑り方をする。実に個性的なダンサーだ。グリーンのタップは、『No Maps On My Taps』(1979)、『About Tap』(1985)という2本の秀逸なドキュメンタリーでたっぷり観ることができる。セヴィアンは両手を広げながら軽やかにステップを踏み、これまた見事にマスターの芸を再現してみせた(尚、番組内で映画『タップ』の映像が紹介される際、セヴィアンが同映画でチャック・グリーンらと共演した、という説明ナレーションが入るが、グリーンは『タップ』には出演していない)。

グレゴリー・ハインズ Gregory Hines(1946~03)
 '80年代以降のリズム・タップ再評価の最大の立て役者。セヴィアンにとって“人生の父”でもある。デイヴィス同様、この人も特に分かりやすいスタイルがあるわけではないのだが、非常にパワフルでビートが重いのが特徴と言えば特徴だろうか。ハインズの徹底的にリズム・コンシャスで重いビート感は、セヴィアンのタップに確実に受け継がれている。少し照れたような表情も見せながら、セヴィアンはごく自然にハインズ風タップを踊ってみせた。感動。
 
 6人のマスターそれぞれの個性の違いも面白いのだが、何より、それらを難なく再現してみせるセヴィアンに驚かされる。優れた表現者はやはり模倣の天才でもある。セヴィアンは言う──“彼らみんなが合わさって僕なんです。彼らが作ってきたタップの歴史の上に今の僕がいるんです。僕の一番の役目は、その歴史を次の世代に伝えていくことだと思っています”。

 セヴィアンの代表作であるブロードウェイ・ミュージカル『ノイズ&ファンク(Bring In 'Da Noise, Bring In 'Da Funk)』(1996)には、彼がこの中の4人──チャック・グリーン、ロン・チェイニー、バスター・ブラウン、ジミー・スライド──のタップを鏡面の前で再現する「Green, Chaney, Buster, Slyde」という無伴奏のソロ・ナンバーがあった(同舞台のオリジナル・キャスト盤で音だけ聴ける)。これはいわばその即席の再演であり、更にサミー・デイヴィスとグレゴリー・ハインズの2人を加えた特別版でもある。まさかこんなものが観られるとは。たけしもその場で言っているが、この映像は本当に永久保存版だ。番組序盤にしてこの密度。スゴすぎる。

 しかし、これはまだほんの序の口に過ぎない。セヴィアンのタップ・ワールドはこんなものでは済まないのである。


対決! セヴィアン vs 座頭市

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 歴史の授業が終わったところで、たけしからセヴィアンにもうひとつ要望が出される。映画『座頭市』のラストで展開された群衆のタップ場面──“セヴィアンさんだったら、あの音楽を聴いてどういう風に踊るんだろうかっていうのが興味あるんだけど……”。なんと奥さんが北野映画のファンだそうで、セヴィアンはちゃんと『座頭市』も観ていた。映画の音楽で踊ってみせてくれないか、というたけしの申し出を快く引き受けるセヴィアン。これはいわば、セヴィアンと座頭市の“真剣”勝負である。

 『座頭市』のサントラCD(音楽:鈴木慶一)が手渡され、スタジオ内のスピーカーからタップ場面の曲「Festivo」が流れる。和太鼓や囃子の掛け声が入ったハウス調の和風サンバ。アップリフティングなグルーヴに合わせて、オーディオのリモコンを片手に持ったまま猛烈な勢いでタップを踏み始めるセヴィアン。様々なシンコペーションを即興で次々と繰り出しながら、見事に曲と一体化してみせる。約40人のキャストを使って表現された江戸の民衆パワーに、セヴィアンはたった一人で拮抗する。相手が誰だろうと、何人だろうと彼には関係ない。微塵も揺らぐことのない殺人的なグルーヴ感。縦横無尽に剣を振るうようなビートの応酬。そこらへんのタップ経験者がうっかり手を出したら、間違いなく一発で斬られる。あまりに凄すぎて、これはもうゲラゲラ笑うしかない。これにはさすがのビート“座頭市”たけしも完全に降参である。セヴィアン・グローヴァーに死角なし。最強。
 ダンスを終え、額に汗を滲ませながら“いいっすね! すごく力強い音楽ですね!”とかなり興奮気味のセヴィアン。“ワンステージ分、お金払わなきゃいけないな(笑)”というたけしのコメントも頷ける、本領発揮の実にとんでもないパフォーマンスだった。

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Listen for the rhythm──北野武『座頭市』(2003)

 '11年2月の記事“The Nicholas Brothers (part 5)”でも書いたことだが、私はタップ・ダンサーのことを実在の“ジェダイ”と捉えている。ジェダイがあらゆる場所に“フォース”を感じ、それを自由に操るように、優れたタッパーは身の回りの無数のビートを感知し、自分の足を使ってそれらと通じることができる。フォース、あるいは、ビートとは、森羅万象に流れる大いなるグルーヴのことだ。
 盲目の剣豪である座頭市は、疑いようなくフォースの使い手である。市は見ない。考えない。彼はただ自分を取り巻くフォースを感じ、そのグルーヴに反応して剣を振るい、敵を討つ。音楽的に言うと、8ビートか、せいぜい16ビートで動いている敵を、市は64ビートの裏拍を感じながら斬っている。誰も敵うわけがない。彼には常人に聞こえないビートが聞こえているのだ。映画『座頭市』でリズミカルに表現される生活の中の様々なノイズたち──雨音、畑を耕す鍬の音、大工が金槌を打つ音(*)──は、市の知覚を観客に擬似的に体験させる。この世界はビートで溢れている。それを体現する技芸であるタップが『座頭市』に登場するのは、私にはごく自然なことのように思える。賛否両論を生んだ『座頭市』のタップやミュージカル演出は、決して単なる観客サービスや奇を衒った受け狙いではないはずだ。

 日本のチャンバラ映画をかっぱらって出来たのが『スター・ウォーズ』だった。武は逆にアメリカ人からタップをかっぱらって『座頭市』を作った。痛快ではないか。私は座頭市とタップを組み合わせた武の直感力を大いに讃えたい。ビートさん、あんたは偉い。

(*)大工たちの作業音がリズムを紡ぐ場面は、『掠奪された七人の花嫁(Seven Brides for Seven Brothers)』(1954/MGM)のナンバー「Lonesome Polecat」を思い出させる。あるいは、武が参考にしたのは、ニューヨークの道路工事現場でグレゴリー・ハインズたちが踊る『タップ』のミュージカル場面だったかもしれない。マイケル・ジャクソンのヴィデオ「You Rock My World」(2001)でも同様にノイズがリズムを紡ぐ場面があった。マイケルにも常人に聞こえないビートが聞こえている。マイケルと座頭市は全く同じ理由で強いのである。


ハイスピード・カメラで神業を解析

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 座頭市と互角に張り合い、無敵の“ジェダイ”っぷりを見せつけてくれたセヴィアン。番組は彼の高速タップをハイスピード・カメラで撮影し、その神業の秘密に迫る。速すぎて肉眼では全く動きが分からないセヴィアンの足さばきが、約10倍の長さに引き伸ばされたハイスピード・カメラのスロー映像によって明らかになる。1秒の間に何度も床をヒットし、しかも、様々な打点や角度で床を蹴ってサウンドに変化をつけていることが分かる。超スローで見ても動きが複雑すぎて、なかなか目が追いつかない。
 ハイスピード・カメラで自分のタップが撮影されるのは、セヴィアンにとっても初めての経験だという。10倍の長さに引き伸ばされた自分の足の動きを見て、“こんなふうになっていたなんて……(笑)”と思わず驚きの表情を浮かべる。

 ちなみに、セヴィアンのスタジオ内の壁には至るところにグラフィティが書かれていて面白い。ハイスピード撮影で使われた部屋では、GREGORY HINES、STEVE CONDOS、JIMMY SLYDE、LON CHANEY、DIANNE WALKERといったマスターたちの名前がスプレーで書かれているのが確認できる。


タップ・シューズは楽器である

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 ジェダイの武器はライトセイバー。タップ・ダンサーにとってライトセイバーに当たるものが、タップ・シューズである(タッパーたちはこれを自作する)。タップ・シューズの底にはタップチップと呼ばれる2枚の金属板が取り付けられている。セヴィアンの自著『My Life In Tap』(2000)に掲載されている図解をもとに、彼がその多彩なサウンドの秘密を解説してくれる。
 セヴィアンは靴底をドラムセットに見立て、各部分をハイハット、タムタム、スネア、ベースドラム、フロアタムなどと説明する。場所によって出る音が違うのだ。同じボール(前側の指の付け根部分)やヒール(後ろ側の踵部分)のチップでも、その中で更に音を使い分けていたり、チップの付いていない真ん中付近でも音を出している(!)ことが分かる。口で説明しながら、自分の履いているタップ・シューズで実際に各部分の音をひとつひとつ鳴らしてみせるセヴィアン。全く同じ打点であっても、打ち方や強弱の具合によってまた音の響きが違ってくる。ドラムと全く一緒である。

 一通り各部分の音を鳴らしてみせた後、“これで音楽を演奏するんです”と言って、セヴィアンが「Take The "A" Train」を口ずさみながらタップを踏んでみせる。多彩な音のコンビネーション。見事に音楽になっている。タップ・ダンスが“観るもの”であると同時に“聴くもの”であるということがよく分かる。タップ・シューズは楽器であり、タッパーは音楽家なのである。


セヴィアンのタップ・ダンス講座──初級編

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 “では、ちょっと歩いてみましょう”。タップへの理解が深まったところで、いきなりセヴィアンのタップ・ダンス講座が始まる。“最初の稽古はただ歩くことです”。歩く? よく分からないまま師範の後について歩く2人。稽古場をぐるぐると歩き回り、セヴィアンが言う──“静かに。足音に耳を澄ませて……それがダンスです”。セヴィアンが足音を響かせながらゆっくり自然に歩いてみせると、確かにそれがリズムを奏でていることが分かる。“ステップやテクニックなんて最初は考えない。まず、自分の足音に集中してください”。あらゆる場所にフォースが流れているように、ビートはどこにでもある。それに意識を集中することが大事なのだ、とセヴィアンは説く。“自分を取り巻くフォースを感じろ(You must feel the Force around you)”というヨーダの教えと全く同じである。う~ん、深い。
 その後、2人はスタジオの2階へと案内されるのだが、階段を上る際、セヴィアンのステップがこれまた自然とリズムを奏でているのが面白い。彼は常にビートと共にあるのだ。


ドラムで復習──タップ・ダンスは音楽である

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 スタジオの2階。広いホールにはドラムセットが設置されていた。たけしが訊く──“ドラムは何に使うんです?”。“叩くんです……(笑)”という実に当たり前な返答の後、セヴィアンが実際にドラムを叩いてみせる。そして、ドラムで叩いたビートを、そっくりそのままタップで再現してみせる。“楽器と同じことが自分の足でできるんです。タップ・ダンスが音楽だということを理解してもらえれば”。普通、ダンスは音楽に合わせて踊るものだが、タップは必ずしも踊るための音楽を必要としない。それ自体が音楽だからだ。自家発電ならぬ“自家発音”のダンス──それがタップである。


実践編──コルトレーンで踊ってみよう

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「Little Old Lady」で踊るセヴィアン

 その場にあるCDラジカセで、セヴィアンがジョン・コンルトレーンの曲をかける。セヴィアンのタップとコルトレーンの擬似共演だ。“コルトレーンの初期の曲と後期の曲、2曲やります”と言って、まず、『COLTRANE JAZZ』(1961)の「Little Old Lady」をチョイス。乗りの良い軽快なスウィングだ。CDケースを片手に持ったまま楽しげにタップを踏んでみせるセヴィアン。軽く踊っているだけなのだが、シンコペーションやサウンドは複雑で、ボキャブラリーの豊富さに改めて驚かされる。にこやかに鼻歌でも歌うようにタップしているのがスゴい。“初期のコルトレーンはタップの入門編にぴったり。自然に体が動くのに合わせて足を使えばいいんです”。むむ……。

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「Seraphic Light」で踊るセヴィアン

 続いて『STELLAR REGIONS』(1995)から「Seraphic Light」。'67年、死の5ヶ月前に録音されたコルトレーン最晩年の作品。“これはもっと瞑想的な感じです。タップという音楽の幅の広さが分かってもらえると思います”。地鳴りか海のうねりのようなグルーヴの波間を、コルトレーンの咽び泣くようなテナーが漂う。一応、曲らしき構造は持っているが、リズムは複合的かつ流動的で、テンポや小節の区切りは判然としない。セヴィアンはこの混沌としたグルーヴに乗って、超人的なスピードでタップを踏む。1曲目の「Little Old Lady」の時とは打って変わって、表情は非常にシリアスだ。まるで何かに取り憑かれたようにビートを刻む。常人には最早ついていけないリズム感覚である。

 鬼気迫るタップをしばらく披露し、“と、まあ、こんな感じで続くんですが……”と足を止めて我に返ったように話し出すセヴィアン。“1曲目とは全く違ったものになったと思いますが、どうでしょう”。脇で見ていた2人はほとんど絶句状態である。
 “宗教儀式に見えてきた。巫女さんの踊りみたいに神と一体になっているようだ”というたけしの感想に対して、セヴィアンは“そんな感じですね。僕にとって後の曲は「祈り」に似ています”と答える。“コルトレーンも同じだと思うのですが、音楽を演奏するということは、自分自身を探すことに繋がります。自分と向き合って体の中に響く音を探し、それを表現しようとする。そのとき、命や宇宙を強く感じます。単なる踊りということではなく、それによって祈り、喜び、悲しみといったあらゆる感情を表現できたらと思っています”。

 身の回りや心の内に無限のビートを聞き、それを自分の肉体を使って表現するセヴィアン。観客はタッパーを通して、聞こえないビート=フォースに触れる。それはとてもマジカルな体験だ。先述の『座頭市』の音楽で踊った際、“踊りというのは見てる人も踊った気分になれるのがすごい”というたけしのコメントに対して、セヴィアンはこう語っていた──“同じことをチャック・グリーンが言っています。私たちダンサーはマジシャンだって。お客さんを魔法にかけ、同じように踊れると錯覚させることができるんだって”。床を蹴るだけで人の心を操ることができる彼らは、本当にジェダイのような魔法使いかもしれない。

※ここでセヴィアンはCDに合わせて踊っているだけだが、ジャズ・コンボを率いた1年前('10年4月)の来日公演では、セヴィアンと各メンバーがスポンテニアスに反応し合う、更にスリリングなパフォーマンスが展開された。コルトレーン作品も取り上げられた(詳しくは過去記事“Savion Glover @ Cotton Club 2010”を参照)。ちなみに、私が観た公演でセヴィアンは、この番組で着ている赤いTシャツ(アステア風のダンサーのイラストが描かれている)の黒ヴァージョンを着ていた。


お疲れさまでした

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 収録を終え、最後にセヴィアンからたけしにサイン入りの自著『My Life In Tap』が贈られる。タップの神さまと過ごした半日を振り返って2人が感想を述べる。たけし──“タップが音楽だという理由がよく分かった。あれだけの音の使い分けをあの速さでやるってのは、意識してるんじゃなく、セヴィアンさんのクラスになると鼻歌を歌うように「歌ってる」っていう……タップを踏んでるんではなく、歌ってる感じがして……やっぱり、この域にまで達するのはすごいな、と”。TAKAHIRO──“一番印象的だったのは、感情で動きが出てきてること。トトンと踵を2回打つのも、技じゃなく音楽として体から出てきてるものなんだと。それがカルチャーショックというか……そういうことか、という新しい発見になりました”。
 2人のコメントを聴いて、最後にセヴィアンが言う──“僕がやろうとしていることを理解してくれてありがとうございます。でも、まだタップ・ダンスが音楽だと知らない人もたくさんいます。だから、これからもそのことを伝えていくのが僕の役目だと思っています”。

 私がこの番組で個人的に最も印象深かったのは、“歴史”に対するセヴィアンの眼差しである。稽古場に飾られた先人たちの写真。壁に書かれた名前。そして、マスターたちについて語り、彼らの芸を再現するセヴィアンの姿。先人たちが築いてきた歴史の上に自分が存在するのだ、という意識を常に持ち、そこから自分のやれること、やるべきことを考える。大きな歴史的視野で自分を見つめながらタップに取り組む彼の真摯な姿勢に、私は強い感銘を覚えた。
 また、コルトレーンの「Seraphic Light」で踊った後、“10年後、あなたのタップはどうなっている?”というたけしの質問に対する回答も感動的だった。彼はこう答えた──“分かりません……。でも、タップへの取り組み方を変えるつもりはありません。華やかな衣裳で舞台に立つことではなく、内面的に成長することが目標です。自分の内面を見つめて、タップ・ダンスで深い精神性を表現したいと思っています。技術の問題ではなく、人間的に大きくなっていたいですね”。彼にとって、タップ・ダンスはエンターテインメントを超えて、生きることそのものなのだ。

 観るのもよし。聴くのもよし。自分でやるのもよし。タップは老若男女の誰にも親しめる芸能でありながら、セヴィアンの言う通り、その面白さがいまいち一般的に理解されていないところがある。“前世紀のアメリカの古典芸能”というイメージで敬遠している人も多いだろう。タップは楽しくて、深くて、そして、無茶苦茶にカッコいい。この番組はタップの世界的第一人者であるセヴィアン・グローヴァーを特別講師にして、その普遍的で奥深い魅力を実に分かりやすく教えてくれる。

 床を蹴って音が鳴る──たったそれだけのことなのに、なぜかワクワクする。箸で茶碗を叩いたりすると楽しいのと同じことだ。私は小学校の授業に“タップ”の時間があればいいなといつも思う。それはつまり、生きることの楽しさを身体で学ぶ授業だ。番組内では触れられなかったが、タップにはコミュニケーション手段としての側面もある。友達とリズムで会話したり、互いに技を競い合うこともできるし、タップが踏めれば、言葉が通じない外国人とも簡単に仲良くなれる(そして、タップ・ダンサーの職も増える)。タップを義務教育に!──これを読んでいる教育関係者の方がいたら、是非ご一考をお願いしたい。


MAY DA BEAT BE WITH U

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Remember, da Beat will be with u...always!

 最後におまけとして、'06年の来日公演『クラシカル・セヴィアン』のパンフレットに掲載されているセヴィアンのインタヴュー発言の一部を紹介したい。ひとつはコルトレーンについて、もうひとつはタップ・ダンサーとしての自分の使命について語っている(聞き手:伊達なつめ)。素晴らしい言葉だ。

「ジョン・コルトレーンは、僕の人生を変えた人なんだ! 最初に聴いた20代のころは、ぜんぜん好きじゃなかったんだよ。聴いても、何がなんだか分からなくて。複雑? いや、複雑ではなかったな。それを言うなら、複雑だったのは僕のほうだよ。僕自身に、彼を受け入れる準備ができていなかったんだ。ある人が『SUN SHIP』というアルバムをくれたんだけど、聴いてもわけが分からなくて、すぐに放り投げてしまったんだ。そして何年か後に、なぜかもう一度聴いてみようという気分になった。どうしてだろう。大人になったということなのかな。ちょっと落ち着こうと思ったのかもしれないね。そしてその時以来、ジョン・コルトレーンは、僕にとって神のような存在であり続けているんだ。
 コルトレーンは僕に、彼の音楽を通して“無限”という概念を感じさせ、自己認識し、経験する機会を与えてくれた。つまり、人生において限界はない。あるのは前進のみだということを、教えてくれたんだ。彼と彼のサクソフォーンが、すべてを語っているんだよ。彼のサウンドの中に、僕は詩を感じることができる。彼のサウンドによって『もっとよい人間にならなければ』と勇気づけられるんだ。彼は、僕の精神と思考の連鎖を高めてくれる。つまり僕にとって、ジョン・コルトレーンを聴くことは、聖書を読むのと同等のことなんだ。瞑想のような存在、と言ってもいいかな。こうして話している間にも、彼のサウンドが聞こえてくるよ」

「タップ・ダンサーには、タップの伝統を守るという責任がある。もちろん伝統に僕自身のエナジーを加えるし、時代が僕に与える影響もあるとは思う。でも同時に、あくまで僕の芸術形態は、先人への敬意を表することで成り立っているんだ。与えられるすべての機会において、僕はそのことを明示したいと思ってる。僕がタップ・ダンスを始めたころ、世の中にジミー・スライドを知らない人がいるということに、怒りを感じたものだった。僕にとって彼は、聖書のモーゼみたいな存在だったからね。モーゼを知らない人がいないのと同じように、ジミー・スライドを、誰もが知る偉人として歴史の1ページに刻むのは、僕の義務だと思っているんだ。彼だけじゃない。チャック・グリーン、ロン・チェイニー、バスター・ブラウン……。彼らの存在を、子供たちは知るべきなんだ。彼らの偉業を若い世代にどのように継承させてゆくか。僕たちはエデュケイターとして、それを常に考え、遂行していかなくてはならない。タップ・ダンスは、セヴィアンが始めたわけじゃない。その伝説と伝統、ダンスとしての進化を成し遂げた人は誰なのか。それを伝えてゆくのが、僕の使命なんだよ」


Savion Glover at the White House
 たけしの番組を運悪く見逃してしまった方、セヴィアンのタップを観たことがない/聴いたことがないという方には、とりあえずこの10分間の映像をチェックすることをお勧めする。'98年、クリントン大統領夫妻を前にしたホワイト・ハウスでのパフォーマンス(セヴィアンがホストを務めたダンス特番『In Performance at the White House』より)。セヴィアンのソロと、彼がかつて率いたタップ・カンパニー NYOTs(Not Your Ordinary Tappers)による最高の演奏が楽しめる。彼らのジェダイっぷりを確認してほしい。



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