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愛の訪れ



 ベスト盤『THE ULTIMATE COLLECTION』(2011)で発表された新曲「Love Is Found」。久しく聞かれなかったアグレッシヴで官能的なダンス・ナンバー。シンプルな歌詞は、恋愛のときめきを歌っているようにも、音楽そのものがもたらす歓喜を歌っているようにも読める。それまでシャーデーが取り入れてきた様々な音楽性──ジャズ、ヒップホップ、ダブ、ロック、スペインのジプシー音楽──をまとめて凝縮したようなサウンド、かつてないほど大胆な曲想は、まさに新たな恋の始まりのようにスリリングだ。デビューから四半世紀以上を経て、シャーデーの4人が音楽に対する情熱をいまだ全く失っていないことを示す感動的な作品である。


 Love Is Found
  (Adu/Hale/Matthewman/Denman)
 
 I know my eyes already like you, baby you
 I know that love, love is found
 Love is found
 
 私の目はあなたに釘付け
 これは愛 愛の訪れ
 愛の訪れ
 
 I got the radio on, I know it won't be long
 I can hear you baby, I can feel your sound
 I'm getting closer now, now like I feel the sound
 
 ラジオをつける さあ 始まる
 あなたの声が聞こえる あなたの音を感じる
 近づけば 音に包まれていく
 
 I know my eyes already like you, baby you
 I know that love, love is found
 Love is found
 
 私の目はあなたに釘付け
 これは愛 愛の訪れ
 愛の訪れ
 
 Oh, my heart go ba-boom ba-boom
 Ba-ba-boom ba-ba-boom-boom
 My heart go ba-boom ba-boom
 
 胸がドキドキ
 ドキドキドキ
 胸がドキドキ
 
 I know my eyes already like you, baby you
 I know that love, love is found
 Love is found

 私の目はあなたに釘付け
 これは愛 愛の訪れ
 愛の訪れ


 ジャズ・スタンダードのような甘美なオーケストラ伴奏で曲は静かに始まる。流麗なメロディを歌うアデュのヴォーカルには、まるで往年の女性ジャズ・シンガーのような趣がある。このイントロは、初期の彼女が持っていたジュリー・ロンドン風のイメージを彷彿とさせる。しかし、イントロが終わると雰囲気は一変、アグレッシヴで現代的なヒップホップ・ビートが耳に飛び込んでくる。遠近感を強調したミックス、地を這うような重いベースはダブっぽい。但し、曲の基盤となっているベースのリフ自体はなぜかフラメンコ調である。ギターのサウンドはエレキでロック的だが、フレーズにはやはりスペイン色が感じられる。サビを歌うアデュのファルセット・ヴォイスはどこまでも官能的だ。これらが渾然一体となり、かつてないシャーデー・サウンドが生み出されている。

 わけが分からない組み合わせではあるが、不思議と違和感がないのが面白い。サビは冒頭に登場したスタンダード・ナンバーのようなメロディで、複雑なテクスチュアながら、曲そのものはキャッチーだ。サウンドを構成するひとつひとつの要素自体は、いずれも過去のシャーデー作品に見られるものである。しかし、それらが1曲の中でここまで大胆に交配されたことはかつてなかった。ゆえに、この曲は“シャーデーっぽいのにシャーデーっぽくない”、あるいは、“シャーデーっぽくないのにシャーデーっぽい”という不思議な印象を聴き手に与える。

 “~っぽい”という話で言えば、この曲はシャーデーよりも、むしろマッシヴ・アタックっぽいかもしれない。シャーデー・アデュがマッシヴ作品に客演したら、まさにこんな感じではないだろうか。サウンドのハイブリッド感がそっくりだし、含まれている音楽要素にも共通項が多い。マッシヴ作品でこれに似たものを何かひとつ挙げるとしたら、サントラ『MOULIN ROUGE!』(2001)に提供されたデヴィッド・ボウイとの共演曲「Nature Boy(*)だろうか。エデン・アーベ作の不朽のスタンダードを幽玄なダブ音響で処理した逸品。サウンドの趣は異なるが、モチーフになっているメロディのセンスや、曲想そのものは「Love Is Found」に近いものがあると思う。実際、「Love Is Found」に対する私の第一印象はこれだった。

(*)「Nature Boy」と言えばもちろんナット・キング・コールだが、私の一番のお薦めは『SINGS OUT OF SIGHT』(1964)収録のジェイムズ・ブラウン版である。JBのヴォーカルもオケも魔法がかっている。あまり知られていない録音だと思うが、個人的にはJBのバラードの中でも屈指の名作だと思っている。


HIP HOP meets ESPANA CANI

bullfight.jpg

 ジャズ、ヒップホップ、ダブといった要素の他に「Love Is Found」を大きく特徴づけているのは、C→C#→D#→C#→Cと上下するフラメンコ調のリフである。この曲がマッシヴ・アタックではなく、やはりシャーデーだと思わせるのは、このスペインのジプシー音楽の面影によるところが大きい(スペイン人との結婚を含め、アデュは過去に幾度となくスペインに対する憧憬を露わにしてきた。その音楽的影響は「Fear」「Haunt Me」「King Of Sorrow」といった曲にもよく顕れている)。

 これに関しては、ひとつ決定的な類似曲を挙げることができる。20世紀前半に書かれたスペインの舞踏曲「Espana Cani(エスパーニャ・カーニ)」である。闘牛場で使われる定番BGMで、「Spanish Gypsy Dance」の英題でも知られる。「Love Is Found」にはこの曲と全く同じコード進行が使われている(これを弾くだけで問答無用でスペイン調になってしまうという凄いコード進行)。「Espana Cani」は誰でも知っているはずの超有名曲である。以下に視聴用リンクを張るので、曲名でピンと来ない人は“ああ、これか”と確認して欲しい。

Espana Cani - Orchestra version
 フル・オーケストラによる標準的なヴァージョン。
Espana Cani - Mariachi version
 マリアッチによるメキシコ・ヴァージョン。主旋律はトランペット。「Soldier Of Love」のマカロニ風味とも比較したい。
Espana Cani - Piano version
 ピアノで弾くとリフの雰囲気はより「Love Is Found」に近づく。
Espana Cani - Accordion version 1
 近所のアコーディオンおじさん。見事な腕前。
Espana Cani - Accordion version 2
 もうひとつアコーディオン版。このお姉さん素敵!
Espana Cani - Accordion version 3
 更にもう一発アコーディオン版。表情が何とも言えない。
Espana Cani - Electric guitar version
 スプートニクスによるエレキ版。録音は残されていないが、この曲はビートルズもクラブ時代にレパートリーにしていたらしい。
Espana Cani - House version
 伝説の(?)女性フラメンコ・ギタリスト、チャロによる'08年のハウス版。ダントツのお馬鹿セクシー度。脳ミソが溶けそうだ。


 これらを聴きながら「Love Is Found」を頭の中で同時再生して欲しい。「Love Is Found」の基本構造が“ヒップホップ+スペイン音楽”だということがよく分かると思う。

 尚、「Love Is Found」の録音には、ベン・トラヴァーズ Ben Travers という新参者が参加している。シプシー・ファイア Gypsy Fire という4人組バンド(音楽性はバンド名そのまんま)で活躍するバカテクの若手ギタリストである。哀愁を帯びたリード・ギターが彼だろう。トラヴァーズの抜擢によりこの曲は更にスペイン色を深めている。

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'11年ツアーで披露された「Love Is Found」

 「Love Is Found」は'11年ツアーのセットリストにも組み込まれた。演奏時、背景スクリーンにはアデュと男性ダンサーがペアで踊る様子がモノクロのシルエットで映し出される。男性はジャズ・ヒップホップ調のアグレッシヴな踊りを披露している。この演出は一体どのように発想されたのか?

 「Espana Cani」は“パソドブレ(Pasodoble)”と呼ばれる社交ダンスの音楽としても有名である。パソドブレは、闘牛をモチーフにした勇猛で闘争的なダンス。男性が“闘牛士”、女性が“闘牛士の持つケープ(または牛)”を演じ、闘牛士が勇ましく闘う様子が表現される。男性は闘牛士風のボレロ(丈の短い上着。『PROMISE』期のアデュがよく着ていた)、女性は闘牛士のケープをイメージした赤いドレスを着て踊ることが多い。以下に「Espana Cani」をBGMにしたパソドブレ動画へのリンクを張っておくので、どういうダンスか確認して欲しい。

Espana Cani - Pasodoble 1
Espana Cani - Pasodoble 2
Espana Cani - Pasodoble 3


 「Love Is Found」で見られるダンスは、決してパソドブレとは似ていない。しかし、男女ペアによる闘争的なダンスが、パソドブレをイメージしていたとしても何も不思議はないだろう。「Espana Cani」がヒップホップで生まれ変わったのなら、ダンスも同じように生まれ変わらなくてはならない。現代的に解釈された全く新たなパソドブレの誕生と言っていいのではないか。


THE SOUND IS FOUND!

love_is_found3.jpg
'11年ツアーで披露された「Soldier Of Love」

 最後に、歌詞に登場する“sound(音)”という語について。これは“love(愛)”と共に、「Soldier Of Love」と「Love Is Found」を繋ぐ重要なキーワードになっている。

 「Soldier Of Love」では“I wait for the sound(私は音を待つ)”と歌われていた。“sound(音)”とは何か。続けて“I know that love will come(愛はきっと訪れる)”と歌われることから、“sound”は“love”の訪れを告げるものと解釈できる。“福音”、“吉報”、“愛の足音”といった理解で良いだろう(拙訳では“お告げ”とした)。「Soldier Of Love」で“私”が待っていた“sound”は、「Love Is Found」において“感じられる(I feel the sound)”と歌われる。“愛”は遂にやって来たのだ。“愛”の到来を告げるその“音”は、面白いことに“ラジオ”から流れてくる。“sound”は、文字通り“サウンド”、つまり、同時に音楽そのものを示しているのである。

 『SOLDIER OF LOVE』のカヴァー写真で古代遺跡を見下ろすアデュは、バイラオーラのような格好をしていた。「Love Is Found」の音楽性は、実際に『SOLDIER~』に収録されているどの曲よりも、あのアートワークのイメージに近い。来るべきシャーデーの“サウンド”が遂に到来したという確かな手応え。「Love Is Found」は、いわば「Soldier Of Love」の続編であり、“愛の戦士”の探求のひとつの答えとも言うべき作品である。豊潤な愛の音に包まれ、私はただただ恍惚となるばかりだ。



追記('12年11月30日):
 '80年代のポップ・スターたちをモチーフにしたジャン=ポール・ゴルチエのパリコレに関する記事“Addicted to the 80s──ゴルチエ2013年春夏コレクション”でレ・リタ・ミツコについて書いている最中、私は彼らの「La Sorciere et L'inquisiteur(魔女と裁判官)」という曲と「Love Is Found」が似ていることに気付いた。共通するのは、カトリーヌ・ランジェのヴォーカルが持っているフラメンコ(カンテ)の匂い、ヒップホップを基盤にしたサウンド、ストリングスを前面に出したアレンジなどである。曲調や音楽性が似ているだけで、決して曲そのものが似ているわけではない。シャーデーが参考にした可能性も考えられないが、「Love Is Found」が好きな人は一聴の価値がある名曲だ。この曲はリタ・ミツコのアルバム『COOL FRENESIE』(2000)に収録されている(当時、アルバムの中で私の一番のお気に入り曲だったのだが、ゴルチエ記事でリタ・ミツコに言及するまですっかり忘れていた)。

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