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Peggy Lee──ペギー・リーの“それだけのこと?”



 なぜ、いきなりペギー・リーか?
 理由はあまり大したものではない。
 
 前回、シャーデーがカヴァーしたシン・リジィ「Still In Love With You」の歌詞を和訳している時、私はふとペギー・リーのある歌を思い出した。歌詞の中に登場する“Is this the end?(もうお終いなの?)”という一節が、私にその歌を連想させたのである。連想させた、と言うより、私が勝手に連想した、と言う方が正しい。ペギー・リーのその歌は失恋バラードではないし、シャーデーやシン・リジィと何か関係があるわけでもない。しかし、それは昔から私が大好きな歌で、多くの人──特に、人生に幻滅しかけている人、生きる意味や理由を探している人──に知ってもらいたい名作である。直接的には関係ないが、ある意味、これは「Still In Love With You」の次に聴かれるべき歌でもあると思う。

 試しに歌詞を和訳してみたところ、それなりに納得のいく訳ができた。今回は、この歌を拙訳と共に紹介することにしたい。ペギー・リーのその歌とは、「Is That All There Is?」(1969)である。


 Is That All There Is?
 (Leiber/Stoller)
 
 I remember when I was a very little girl, our house caught on fire.
 I'll never forget the look on my father's face as he gathered me up
 in his arms and raced through the burning building out to the pavement.
 I stood there shivering in my pajamas
 and watched the whole world go up in flames.
 And when it was all over I said to myself, "Is that all there is to a fire?"
 
 私がまだ小さかった頃 家が火事に遭った
 あの時の父の顔は決して忘れないわ
 父は私を抱きかかえ 燃える家の中を一目散で舗道へ飛び出した
 私はパジャマのまま震えながら立ちつくし すべてが炎に包まれるのを眺めた
 火事が収まった時 私はこう思った──“火事ってたったこれだけ?”
 
 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is
 
 たったこれだけ? たったこれだけなの?
 たったそれだけのことなら さあ 踊り続けましょう
 羽目を外して 楽しもうじゃないの
 たったそれだけのことなら
 
 And when I was 12 years old, my father took me to the circus,
 the greatest show on earth.
 There were clowns and elephants and dancing bears
 And a beautiful lady in pink tights flew high above our heads.
 And as I sat there watching the marvelous spectacle
 I had the feeling that something was missing.
 I don't know what, but when it was over,
 I said to myself, "Is that all there is to a circus?"
 
 12の時 父にサーカスへ連れていってもらった この世で最高のショウよ
 道化師やゾウや踊るクマがいて
 ピンクのタイツをはいた綺麗な女の人が天高く舞っていたっけ
 客席に座り 見事な出し物を眺めるうち
 私は何か物足りないような気がした
 何かは分からないけど ショウが終わった時
 私はこう思った──“サーカスってたったこれだけ?”
 
 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is
 
 たったこれだけ? たったこれだけなの?
 たったそれだけのことなら さあ 踊り続けましょう
 羽目を外して 楽しもうじゃないの
 たったそれだけのことなら
 
 Then I fell in love, with the most wonderful boy in the world.
 We would take long walks by the river
 or just sit for hours gazing into each other's eyes.
 We were so very much in love.
 Then one day, he went away. And I thought I'd die - but I didn't.
 And when I didn't I said to myself, "Is that all there is to love?"
 
 やがて私は恋をした 世界で一番素敵な男の子よ
 2人で川沿いをどこまでも歩いたり ただ座って何時間も見つめ合ったりした
 私たちはとっても愛し合っていたわ
 そしてある日 彼は去った 死のうかと思ったけど 死ななかった
 思い止まった時 私はこう思った──“恋ってたったこれだけ?”
 
 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep...
 
 たったこれだけ? たったこれだけなの?
 たったそれだけのことなら さあ……
 
 I know what you must be saying to yourselves.
 If that's the way she feels about it why doesn't she just end it all?
 Oh, no. Not me. I'm in no hurry for that final disappointment.
 Cause I know just as well as I'm standing here talking to you,
 when that final moment comes and I'm breathing my last breath,
 I'll be saying to myself,
 
 あなたはきっとこう思ってるでしょうね
 そんな風に思うんなら いっそすべて終わりにしてしまえばいいのにと
 おあいにくさま 私はそこまで結論を急いでいないの
 ここでこうしてあなたに話しながら ちゃんと分かってるから
 人生の最後の瞬間を迎える時 息絶えながら 自分はきっとこう思うだろうと──
 
 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is
 
 たったこれだけ? たったこれだけなの?
 たったそれだけのことなら さあ 踊り続けましょう
 羽目を外して 楽しもうじゃないの
 たったそれだけのことなら


 この歌は、ヴァース部分が語りで、サビ部分だけに歌メロが登場するという変則的な構成になっている。トーキング・ブルースに想を得たダウン・タウン・ブギウギ・バンド「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975)にも似た一種の“語り歌”である。ワイマール時代のドイツのカバレット(キャバレー)を彷彿させるノスタルジックなサウンド──歌詞に呼応してサーカス風でもある──に乗せて、話者の女性は、聴き手である私たちに直接語りかける形で、一風変わった身の上話をする。そこで彼女は、自分の過去の経験に絶えず付きまとってきた、ある奇妙な感覚について語る。その感覚とは、“たったそれだけのこと?(Is That All There Is?)”。

 彼女はそれまでの人生で自分に強烈な印象を与えたいくつかの出来事を振り返る。幼少時に遭った火事、12歳の時に見たサーカス、成長して経験した恋──それらは彼女に強い印象を与えはしたが、彼女は必ず最後に“たったそれだけのこと?”と失望してしまう。どんな経験をしても、つまらない。この世のすべてに対して、彼女は幻滅感を抱いてしまう。彼女の人生は、常に漠然とした虚無感と共にあるのである。

 何もかもつまらないと言うなら、なぜさっさと死んでしまわないのか?──聴き手のそんな思惑を代弁しながら、この歌は最後にどんでん返しを迎える。失恋をした時、彼女は死のうと思ったが、結局、死ななかった。この世のすべてに幻滅し、何もかもつまらないと感じる彼女が、それでも自殺をしない理由が最後に語られる。彼女は知っているのである。自殺をしても、きっと同じようにつまらないだろう、と。死んでみたってつまらない。だったら、“踊り続けましょう。羽目を外して楽しもうじゃないの”。全く同じように繰り返されるサビのフレーズが、最後にひときわ輝きを増す。

 何ともブラックで皮肉な内容の歌だが、これは非常に肯定的な歌でもある。この世のすべては“ただそれだけのこと”に過ぎないという諦観。長く生きていると、人は時々この歌の主人公のような虚無感に取り憑かれることがある。そして、自分は一体何のために生きているのだろう、とか、一体なぜ生まれてきたのだろう、などと考え、人生に何らかの意味や理由を見出そうとする。もちろん、そんなものは端から何もない。私たちは皆どういうわけかこの世に生を受け、何となく存在しているだけに過ぎない。それは全くの偶然であり、考えてみれば超ラッキーなことである。宝クジで一等に当たるのと同じで、生きて在るということは、何も意味や理由がないからこそ真に祝福すべきことなのである。歌の話者は、だからこそ人生を謳歌しよう、目一杯楽しもう、と歌いかける。人生は理由のない祭である。祭の真っ只中にいて、“あれ、自分は一体何をやっているんだろう?”などと考えることは、それこそ本当に意味のないことだ。祭はただ夢中で楽しめばいい。「Is That All There Is?」は、祭の最中、それでもうっかり祭の意味を考えてしまった人間を、手招きして再びそっと踊りの輪の中へ連れ戻すような、そんな歌である。


JERRY LEIBER AND MIKE STOLLER

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「Jailhouse Rock」の譜面を眺めるストーラー(左)、エルヴィス(中)、リーバー(右)

 「Is That All There Is?」はジェリー・リーバー&マイク・ストーラーのコンビによって書かれた。エルヴィス・プレスリー「Hound Dog」「Jailhouse Rock(監獄ロック)」、ベン・E・キング「Stand By Me」「Spanish Harlem」、ドリフターズ「On Broadway」、コースターズの一連のヒット曲──「Young Blood」「Yakety Yak」「Searchin'」等々、'50年代後半のロックンロール時代を中心に多くの名作を残したあの黄金ソングライティング・チームである。「Is That All There Is?」は、彼らが全盛期を過ぎた'60年代末になって出した最後の大ヒット曲であり、極めて異色な傑作でもある。

 語りと歌が入り交じったカバレット・シャンソン風の曲は、実際、彼らが敬愛していたベルトルト・ブレヒト&クルト・ワイルの作品が参考にされている。この歌はいわゆる“詞先”で作られたもので、まず、リーバーが歌詞を書き、そこにマイク・ストーラーが(前もって別に作ってあった)サビ部分のメロディを付けることで完成された。リーバーは歌詞を書いた時点で一度ヴァース部分にもメロディを付けることを自ら試みているが、間抜けな曲になってしまったため、思い切って“語り”にしたと後年に回想している(曲が付けられないから語ることにした、というのは「港のヨーコ~」と全く同じパターンである)。

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ドイツの凄い人たち──ブレヒト(左)、ワイル(中)、マン(右)

 ジェリー・リーバーが書いた歌詞には、実は“原作”が存在する。ブレヒト&ワイルより二回りほど年上のトーマス・マンが21歳の時に書いた最初期の短編『幻滅』(1896)がそれだ。実際に読むと分かるが、「Is That All There Is?」の物語はこの短編に本当にそっくりなのである。

 『幻滅』の粗筋はこうだ──ヴェニスのサン・マルコ広場にあるカフェ・フローリアンで、主人公の男が、見知らぬ怪しげな男から身の上話を聞かされる。小説は途中から最後まで、その男の奇妙な独白で占められる。

 “あなた御承知ですか、幻滅とはどういうものだか”。彼はどんな経験をしても幻滅してしまうと言う。“私の生涯の最初の幻滅のことを、私はまだ悲しいほどありありと覚えています。(中略)まだほとんど子供の頃でしたが、ある晩私の家に火事が起こりました。(中略)これが火事だな、と私は感じたのです。今おれは火事に会っている。だが、もっとひどいものじゃないのか。これだけのことなのか”。彼には、この世には何かとんでもなくぶっ飛んだ、もの凄い経験があるに違いないという漠然とした予感があり、常にそれに釣り合った経験を求めてしまうため、何を経験しても幻滅してしまう。高名な場所を訪れたり、最高と賞賛される芸術品を見ても“これだけのことなのか”。そして、彼は失恋する。“これこそは大なる苦痛だ。今おれはそれを体験しつつある。しかし、結局これがどうしたというのだ”。人生に無限を期待する彼は、生まれて初めて海を見た時、広い海の先に水平線を見つけてガックリしてしまう。そして、水平線など存在しない解放された生活を夢想する。“そんなことを夢みながら、私は死を待っています。ああ。私はもうあいつのことを実によく知っているのですよ。死のことを。この最後の幻滅のことを。私は臨終の時、胸の中でこういうでしょう。──これが死だ。今おれは死を体験しつつある。しかし、結局これがどうしたというのだ”。(引用は実吉捷郎訳より)

 確かに陰気で悲惨ではあるが、“幻滅病”に罹ってしまったこの男の物語はどこか滑稽でもある。彼は人生最後の瞬間においても幻滅から逃れられないのだ。「Is That All There Is?」では、このオチの他にも、主人公の幻滅エピソードとして“火事”(最初の幻滅体験)、“失恋”がそのまま取り入れられている。“サーカス”の話は「Is That All There Is?」だけに登場するが、これは男が芸術品を見て幻滅する話を独自に発展させたものだろう。とぼけた黒いユーモアも含め、ジェリー・リーバーは『幻滅』の悲喜劇を実に巧みに歌の世界へ翻訳している。

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フェデリコ・フェリーニ『8½』

 「Is That All There Is?」は、しかしながら、『幻滅』の単なる翻訳版ではない。幻滅しきった挙げ句、“それだけのことなら、さあ踊り続けましょう”と最終的に肯定へ突き抜ける点で、「Is That All There Is?」は『幻滅』と大きく異なっている。『幻滅』にこの結末はない。リーバーはこの歌で“生きることへの逞しい姿勢”を表現したかったと語っている。

 ここで私が思い出すのは、フェデリコ・フェリーニ『』(1963)である。主人公の映画監督グィドが“人生は祭だ”と呟いて虚無から再生へ向かうあの映画のクライマックスと、この歌はよく似ていないか。彼は自分の人生におけるあらゆる登場人物たちと手を取り合い、輪になって踊りながらすべてを抱擁する。サーカス楽団が静かに退場していく『8½』の幕切れと、何とも言えない寂寥感を湛えた「Is That All There Is?」のアウトロには、人生という祭の儚さが同じように見事に表現されているように思う。サーカスや幼少期のノスタルジックな記憶が重要なモチーフになっている点も含め、「Is That All There Is?」は多分にフェリーニ的な歌と言えるのではないか(類似作品として、ついでにヴィム・ヴェンダース『ベルリン 天使の詩』も挙げておきたい)。

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ボブ・フォッシー『キャバレー』(左)、『CHICAGO』(右)

 フェリーニとブレヒトに影響を受けているボブ・フォッシーにも似たような作品がある。ナチス台頭直前期のドイツを舞台にした映画『キャバレー』(1972/'66年の同名舞台ミュージカルの映画化)との類似は言うまでもないが、主人公サリーが歌う主題歌「Cabaret」には、『8½』の“人生は祭だ”を思わせる“人生はキャバレーだ”というフレーズが登場する。同じくジョン・カンダー&フレッド・エッブが音楽を手掛けたブレヒト風の風刺ミュージカル『CHICAGO』(1975)でもまた、同様のテーマが繰り返される。すべてを失った主人公ロキシー(グウェン・ヴァードン)は、最後に『8½』の主人公と同じように虚無から再生へ向かう。そこで彼女が相棒のヴェルマ(チタ・リヴェラ)と共に歌う「Nowadays」は、まるで「Is That All There Is?」の変奏曲のようだ('02年の映画版は舞台版とは似て非なる作品なので注意)。『8½』を換骨奪胎した『オール・ザット・ジャズ』(1979)では、どす黒いユーモアで飾り立てられ、人生は最後の瞬間まで祭(=ショウタイム)と化している。「Is That All There Is?」は、これらの作品と全く同じ、虚無と背中合わせになった力強い人生賛歌である。

 録音当時48歳だったペギー・リーは、安定した表現力と持ち前のタフな姉御キャラで、この難曲を見事に歌いこなしている。彼女は歌の主人公と同じように火事に遭った経験があるらしく、歌詞を見て“自分の人生の話だ”と思ったという。彼女の語り口は、まるで本当に自分の人生を語っているかのように自然である。ペギー・リー版では、実はオリジナルの歌詞が彼女の意志で一部変更されており、ジェリー・リーバーが意図したユーモアが十分に発揮されていないのだが(後に紹介するリーバー&ストーラーのインタヴュー参照)、それも彼女にとってこの歌があまりにリアルすぎたせいかもしれない。ゆえに、彼女のヴォーカルにはユーモアよりもペーソスが強く感じられるのだが、それがまた作品に特別な深みを与えていることも確かだ。ランディ・ニューマンによるノスタルジックな美しい編曲ともあわせ、まさに決定版と呼ぶに相応しい。ペギーはこの作品でグラミー賞の最優秀女性ポップ・ヴォーカル賞('70年当時の部門名は“最優秀女性コンテンポラリー・ヴォーカル賞”)も獲得した。


IS THAT ALL THERE IS TO "IS THAT ALL THERE IS?"

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 「Is That All There Is?」はペギー・リー版だけか、というと、そんなことはない。難曲にもかかわらず、かなり多くの歌手が取り上げている。

 この歌は実はペギー・リーが創唱ではなく(ペギー版は'69年1月24日録音)、それ以前の'68年に、ダン・ダニエルズというNYのディスクジョッキーと、女優/歌手のレスリー・アガムズによって録音されている。ダン・ダニエルズはこの歌を'68年3月にEpicで吹き込んでいるらしいが、プロモ盤がラジオ局に配布されたのみで発売には至らなかったようだ(これが「Is That All There Is?」の初録音と言われている)。レスリー・アガムズ版は、Atlanticから出た彼女のアルバム『WHAT'S AN UGGAMS?』(1968)に収録されている。ジェリー・リーバーはインタヴューで、アガムズ版をこの歌の初録音だと述べている──“レスリー・アガムズが最初に録音した。マイク(・ストーラー)がそこで編曲を試したがったんだ。彼女が適切な歌手でないことは2人とも分かっていたんだけど、他に誰もいなかったんでね”。「Is That All There Is?」は'68年にまずアガムズのアルバムでひっそりと発表され、翌年後半のペギー・リー版の大ヒットによって初めて世間に知られるようになった(ちなみに、この曲をフィーチャーしたペギーの'69年の同名アルバムも、似たような気怠いムードで統一されたなかなかの名盤である)。

 その後のカヴァー版としては、へべれけなジャイアント・サンド版(1988)、ブルース調のやたら哀切なPJ・ハーヴェイ版(1996)、超ミスマッチなチャカ・カーン版(2004)、ペギー・リー作品に挑戦するアルバムを作ったベット・ミドラー版(2005)などが比較的よく知られたものだろうが、どれもペギー・リー版の域には及ばない。ペギーの解釈があまりにも決定的であるだけに、後続はむしろパロディに走った方が賢明かもしれない。今回私がチェックしたカヴァーの中では、ZE Recordsの歌姫、クリスティーナによる替え歌ニューウェイヴ版(1980)が出色の出来だった(これは笑える。リーバー&ストーラーに訴えられて発売差し止めになったらしい)。また、知る人ぞ知るニューウェイヴ歌姫、ヘルミーネ Hermine(ニコに激似のヘタウマ歌手)もこの歌をレパートリーにしていたらしく、ライヴ録音が彼女の2ndアルバム(1984)のCDにボーナス収録されている。正攻法のカヴァーでは、コメディアン/女優/歌手のサンドラ・バーンハードによるチャリティ・コンサートでのライヴ・パフォーマンス(1998)、イギリスの実存主義歌手(?)カミーユ・オサリヴァンによるライヴ・パフォーマンス(2005)がなかなか上出来だ。

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ロッテ・レーニャ(左)、マレーネ・ディートリッヒ(右)

 「Is That All There Is?」は歌う人間を選ぶ歌である。この歌は変に力んで歌い上げてはいけない。悲しく歌いすぎてもいけないし、楽しく歌いすぎてもいけない。感情の込め方が本当に難しい歌だと思う。歌い手にはユーモアとペーソスの絶妙なバランスが要求される。もちろん、素人がカラオケで歌うことなど絶対にできない。この歌がまともに歌えるのは、ほんの一握りの選ばれた歌手だけである。

 リーバー&ストーラーがこの作品の歌い手として最初に考えた候補は、ずばりロッテ・レーニャだったというが、アメリカの大手レコード会社には受け入れられないと判断してすぐに諦めたという。そして、商業的なポテンシャルも考慮に入れてマレーネ・ディートリッヒにオファーを出したが、ディートリッヒは彼らの申し出を丁重に断ったそうだ(“この歌は私そのものであって、私が演じる歌ではない”と返答したという。すごい。最高の褒め言葉ではないか)。ドイツ系歌手を諦めた彼らが次に思いついたのが、バーブラ・ストライサンドだった。女優でもある彼女ならうまく歌えるだろうと考えたのだ。彼らは曲をストライサンドのマネージャーに送ったが、返事は来なかった。その後、しばらく経ってこの曲を初めて耳にした時、ストライサンドは、なぜこの歌が自分に回ってこなかったのかと悔しがったという。マネージャーは彼女に曲を聴かせていなかったのだ。そうして、「Is That All There Is?」は最終的にペギー・リーの手に渡った(但し、この風変わりな歌はペギーの所属先のCapitolから“ヒット性なし”と判断され、'69年1月に録音されていたにもかかわらず、同年後半まで発売は見送られた)。

 私が個人的にこの歌を歌うのに相応しいと思う歌手は、グウェン・ヴァードンである。'69年なら年齢的にも申し分ない(当時44歳)。恐らく彼女ならリーバーの意図通りにこの歌を歌うことができただろう。もしかするとペギー・リー版も超えられたかもしれない。商業的な見込みは高くないにしても、この歌が彼女に回らなかったのは実に残念である。

 で、ここで私はふとシャーデー・アデュのことを思い出す。彼女が「Is That All There Is?」を歌ったら一体どんな感じだろうか? 彼女のキャラはロッテ・レーニャともペギー・リーともグウェン・ヴァードンともまるで違うが、彼女ならさり気なく、結構いい感じで歌うことができるのではないか。もっとも、実際にシャーデーがこの曲をカヴァーすることは絶対にないと思うが……。

 「Still In Love With You」を和訳しながら「Is That All There Is?」を思い出し、私はそんなことを考えた。この記事は、要するに、ただそれだけのことなのである。


LEIBER AND STOLLER ON "IS THAT ALL THERE IS?"

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 おまけ。今回、私はこの記事を書くにあたって、ペギー・リーのファンサイト The Peggy Lee Bio-Discography And Videography に掲載されている作品考察と、ウェブ・マガジン The Bluerailroad によって行われたリーバー&ストーラーのインタヴューの2つを主に参照した。前者は、リーバー&ストーラーとペギー・リーの自伝からの引用を交えつつ作品の誕生過程が詳細に纏められていて大変参考になった(幻と消えた“テイク36”の話が面白すぎる)。後者のインタヴューも大変貴重かつ無茶苦茶に面白い内容だ。ついでなので、おまけとして最後にこのロング・インタヴューから「Is That All There Is?」に関する部分を抜き出して訳出しておく。


──「Is That All There Is?」のような語り入りの歌をそれ以前に書いたことは?
ストーラー(S):我々は語り部分がある「Riot In Cell Block #9」(コースターズ)を書いた。でも、あれはまた違うな。あれはトーキング・ブルースだ。
リーバー(L):トーキング・ブルースだね。
S:これは正確にはトーキング・ブルースじゃない。
L:シュプレヒシュティンメだね。全然ブルースじゃない。
S:ブルースではないね。
L:この歌のモデルとして最も近いものを挙げるなら、ベルトルト・ブレヒトの作品だ。ああいう発声の仕方に近い。「The Black Freighter(Pirate Jenny)」(『三文オペラ』挿入歌)とかね。
S:でも、シュプレヒシュティンメには基本的に……
L:節がある。
S:節があるよね。これはただの朗読なんだよね。ちっとも歌になってない。
L:うん。しようとはしたんだけどね。仮歌のようなものを作ってみたんだけど、取って付けたような非現実的な曲になって、自分が表現しようとしていた、生きることに対する逞しい姿勢というものがまるで感じられない歌になってしまったんだ。そこで私は思い切って、ただ喋ることにした。でも、抵抗はあったよ。そんな歌が受け入れられるとは思えなかったからね。
S:曲を付ける時、まだ2人で何も詳しく話し合っていない段階で、“これは絶対に語りにした方がいい”と君に言ったよね。すると君は“もちろん、そのつもりさ”と。
──多くの人がこの歌をブレヒト/ワイル作品になぞらえています。
S:我々はブレヒト/ワイルに影響されたんだ。私たちは彼らの作品が好きだったからね。
L:私が影響されたのはトーマス・マンが書いた短編小説の……
S:『幻滅』ね。
L:『幻滅』だ。この歌を書くことにした背景には色んなことが重なっているんだよ。マイクも私も売れ線の歌を書くことに疲れてきた頃でね。それに時代の方も、我々が好んで書く作品があまり受け入れられないような状況に変わりつつあった。イギリス出身のグループとか、他の色んなものが流行ったり、ケネディも暗殺されたりとかで。私たちの書く作品は表舞台から消えかかっていた。2人とも、もっと大人向けでシアトリカルなものを書きたいと思っていたんだよ。
 で、私はマンのその小説を読んでいた。話の筋は、これまた酷い、ネガティヴなもので。でも同時に、その小説にはいかにもドイツ的なとても可笑しい要素があってね。私はその話を翻訳してみたいと思った。少なくとも、その感覚や雰囲気をね。面白いものができるかもしれない、と。で、色々と考えながら歌詞を書き、それをマイクに渡した。ご存じの通り、我々は普段、何を書くにしても同時に一緒に作業する。この歌に関しては、私はただ彼に歌詞を渡しただけだったね。
S:紙切れ1枚の原稿を渡されたんだ。
L:私は歌詞を渡し、彼はそれを家に持ち帰った。彼には自分で歌詞なしの状態で書いたサビがあったんだ。で、翌日に会って、どちらが先に曲を聴かせるかで揉めた。私は“これは詞が先なんだから僕のから聴かせる”。彼は“今回は別だ”とか何とか言って、また言い合いになって。で、彼がメロディを弾いてみせたんだよ。ショックだったねえ(とサビを口ずさむ)。
S:私は自分のを先に聴かせたかった。絶対に彼が気に入ると思ったから。曲を聴かせて、彼が詞の方を調整したくなるようにしたかったのさ。自分がせっかく書いた素晴らしい新曲を、歌詞に合わせて下手にいじるのは御免だったんでね。そういうわけで先に聴かせたかった。でも幸い、2人とも手直しの必要はなかったんだよ。歌詞はとても綺麗にまとまっていた。繰り返されるサビ部分が、異なるエピソードをしっかり結びつけていてね。最初に“火事”、次に“サーカス”、“恋”、そして、“人生”という。
L:その一番最後のやつは“自殺”なんだよね。“そんな風に思うんなら、いっそすべて終わりにしてしまえばいいのに。おあいにくさま(If that's the way she feels about it why doesn't she just end it all? Oh, no. Not me)”っていう。この部分には逸話があるんだけどね。ペギー・リー版では“そんな風に思うんなら、いっそすべて終わりにしてしまえばいいのに。とんでもない、私にはそんな覚悟はできていないわ(If that's the way she feels about it why doesn't she just end it all? Oh, no. Not me. I'm not ready for that final disappointment)”と歌われているんだけど、これは間違いなんだ。このせいで歌の本来の意味がちょっとばかり変わってしまっている。たった一語の違いではあるんだけどね。これが物を書くということの奥深さだよ。たった一語で変わってしまうというね。本当は“おあいにくさま、私はそこまで結論を急いでいないの(Oh, no. Not me. I'm in no hurry for that final disappointment)”。だからこそジョークになるのさ。“私にはそんな覚悟はできていないわ”じゃジョークにならないだろ。でも、彼女は“覚悟(ready)”と歌いたがった。その方が自然に感じられたんだろうね。彼女は肝心なところを解っていなかった。
──火事の描写で歌が始まるのが面白いですよね。美しくもあり、悲惨でもあるという。
L:とても危険で、手に負えない感じでもある。
──なぜ出だしをあのようにしようと思ったのですか?
L:自分の考えがどこから来るのか私にはさっぱり分からない。他の作家みたく何かを見てアイデアを得るわけじゃないから。言葉にしてもアイデアにしても、どこから来るのか自分には何とも言えないよ。
S:我々はこの歌のデモを作り、ジェリーがそれをペギーに渡した。彼女は“これは私の人生の話だわ。私も同じように火事に遭ったのよ”と言ったんだよ。
L:“私のために書いてくれたのね。そうでしょ。他の人に回したら、私、何するか分からないわよ”とね。彼女は確信していた。そう直感したんだね。冗談ではなく、自分のために書かれた歌だと本気で思い込んでいた。
──彼女にぴったりの歌ですものね。
L:でも、本当はロッテ・レーニャのために書いたんだよね。
S:Oh, that's a lotta Lenya(笑)。
L:うまいこと言うね。
S:だろ(笑)。



追記('11年8月24日):
 この記事を書いた僅か2日後の'11年8月22日、ジェリー・リーバーがロサンゼルス市内の病院で心臓病のため亡くなった。享年78歳。また、更に残念なことに、全く同じ日にNY市内の病院でアシュフォード&シンプソンのニック・アシュフォードも喉頭がんのため亡くなってしまった。心から冥福を祈りたい。たくさんの素晴らしい歌をどうもありがとう。RIP

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