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Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 9)



 '11年9月3日(土)、深夜12時過ぎ。
 MGMグランド・ガーデン・アリーナから流れ出る人の波の中を、私は夢見心地で歩いていた。私は興奮しきっていた。自分の体験が全く信じられなかった。終演後、人混みの中を歩きながら、ラスベガスまで来て本当に良かったと心の底から思った。

 初めて体験したシャーデーのコンサート。2時間をこんなに短いと感じたことはない。全くあっという間だった。9月3日深夜、私は東京から9000km離れたラスベガスの街にいて、シャーデーというグループに出会えたこと、そして、彼らのショウを観ることができたことの幸福を噛みしめていた。私はこの日の感動を決して忘れないだろう。それは私が今まで目にした中で最もエレガントで美しく、心温まるショウだった。


I CHERISH THE DAY

 午後9時45分。前座のジョン・レジェンドのステージが終わってから、ちょうど45分後のことである。シャーデーの登場が待たれるMGMグランド・ガーデン・アリーナの場内に、突然、歯切れのいい太鼓の音が鳴り響いた。明るくピースフルなレゲエのサウンドに乗って、会場いっぱいに響き渡る底抜けにポジティヴな歌声──“Don't worry about a thing... 'Cause every little thing gonna be all right!”。ボブ・マーリーの「Three Little Birds」だ。シャーデーの登場直前にこの歌が場内に流れることを、私は事前に知っていた。しかし、たとえそれを知らなくても、これが開演の合図に違いないことは、それまで控え目だった場内BGMの音量が突然大きくなったことから、その場にいる観客の誰にとっても明かだった。

  "Don't worry about a thing
  'Cause every little thing gonna be all right"
  
  Rise up this mornin', smiled with the risin' sun
  Three little birds pitch by my doorstep
  Singin' sweet songs of melodies pure and true
  Sayin', "This is my message to you-ou-ou"

  “くよくよするなよ
  心配することなんか何もないさ”
  
  朝起きて お日様を拝むと
  三羽の小鳥たちが玄関先に舞い降りて
  素敵な歌をさえずる その旋律の純粋なことよ
  彼らは歌うよ──“これが君へのメッセージ”
 
 福音をもたらす三羽の小鳥。小鳥たちは同時に、会場にいる1万数千人の観客にシャーデーの来訪を告げている。なんと粋な演出だろうか。彼らは'01年ツアーの時も開演直前に「Three Little Birds」を流していた(DVD『Lovers Live』特典映像の“Sade Walking”では、メイクを済ませたシャーデーがステージに向かう場面でこの曲が場内に流れているのが確認できる)。この歌はシャーデー登場のテーマなのである。

 “お、ボブ・マーリーじゃん!”と言って、私のすぐ後ろの黒人男性客が歌い始めた。BGMに合わせてサビを口ずさむ観客の声があちこちから聞こえてくる。辺りを見回すと、どの観客も笑みを浮かべている。アリーナ席には一人で立ち上がって歌う黒人女性の姿も見えた。ボブ・マーリーを口ずさみながら、みんな笑顔でシャーデーの登場を待つ。会場は幸福な空気に包まれていた。

 スタンド席から場内を見渡し、私も余裕をカマしてハッピーに身体を揺らしたりはしていたが、はっきり言って、足は震えていた。ボブ・マーリーの歌声もろくに耳に入っていない。この時の私の気分は、ジェットコースターの最初の坂をゆっくり昇っている時のそれと全く一緒である。もう、どうしていいか分からない。ちょっと待ってくれ、心の準備が……とか思っているうちに、ジェットコースターはすぐ最高地点に達してしまう。私の頭の中は真っ白だった。

 「Three Little Birds」が流れ始めて2分12秒後。2コーラスちょっと進んだあたりで音は唐突にフェイドアウトし、一気に客電が落ちた。ぬお~、早えよ、早え! 場内は大歓声で包まれた。

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ステージを覆う幕に映し出される雷雲のイメージ

 ピースフルな雰囲気は一変、真っ暗な場内には嵐の音が鳴り響き、ステージを覆う3枚の巨大な黒い幕に雷雲のイメージが現れた。雷鳴のSEに合わせて、幕に覆われたステージ全体が雷光のように明滅し、幕に映し出されている雲に稲妻が走る。場内に響き渡るサイレンのような音。ここは荒野か戦場か。オーケストラの不穏なスコアが緊張感を高めると、地鳴りのようなものすごい轟音と共に、3枚の巨大な幕が一瞬にしてステージ後方の天井へ引き込まれて取り払われた。YouTubeで何度も見た光景が、目の前で巨大スケールで展開する。すげー。当たり前だが、もう一度見たくてもプレイバックはできない。これはライヴである。“あ!”とか“うお!”とか言ってる間に、どんどん進行していく。私はあたふたしながら、とにかくステージを凝視した。

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シャーデーだああああ!

 うらぶれたラッパの音が開戦を告げる。「Soldier Of Love」! ステージ中央のトラップドアから光が漏れ、イントロの強烈なドラムビートに乗って、そこから遂にシャーデーが姿を現した。マジか~、生シャーデー! この瞬間、観客は一気に総立ちになり、場内はレッドゾーンを振り切るものすごい大歓声に包まれた。

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うぎゃ~!

 背景が炎のように赤く染まり、シャーデーに続いて8人の男たちがステージ後方のトラップドアから一斉に迫り上がってきた。ヤバい! 本当に出てきた! みんないつの間にラスベガスに来ていたんだ~! この登場の瞬間、私はシャーデーたちがこの場にいるということに単純に驚いた。シャーデーのコンサート会場なのだから出てきて当たり前なのだが、私にはこの事実が本当に不思議だった。世界のどこかを廻っているはずの彼らが、いきなり目の前に現れたのである。演出の迫力もすごいが、私は何よりそのことに衝撃を受けた。神出鬼没のシャーデー……なわけでは決してないのだが、なぜかそういう感じがした。彼らの姿を見て、私は本当にビックリしてしまった。

 この登場場面で写真を撮るかどうか、私は渡米前からずっと悩んでいた。写真を撮ると、液晶の小さなファインダー越しにステージを見ることになる。私はシャーデーたちが床から現れる瞬間を肉眼でしっかり見たかった。この劇的な数秒間を一瞬たりとも見逃したくない。悩んだ末、私は肉眼でステージを見たまま適当にカメラを構え、ファインダーを覗かずにシャッターを押すという行動に出た。そうして撮ったのが上の写真である。興奮で手が震えていたせいもあって、思い切りピンボケだった。はっきり言って、写真なんか撮っている場合ではないのだ。

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シャーデーがこっちに来る~!

 “I've lost the use of my heart...”──シャーデーの第一声で再び大歓声がわき起こる。初めて生で聴くシャーデーの声は、驚くほどハスキーだった。最初、風を引いているんじゃないかと思ったほどだ。後で自分の録った音源や、YouTubeに投稿されたこの日のオーディエンス動画で彼女のヴォーカルを確認すると、思ったほどハスキーには感じられない。しかし、実際に会場で大音量で耳にした時の印象は、さんざん彼女の歌声を聴いてきている私でさえ、思わず耳を疑うほどハスキーだった。私はその独特のディープな声質に改めて驚かされた。

 シャーデーが歌い始めると同時に、ステージ後方の壁全面を占める巨大スクリーンに、「Soldier Of Love」ヴィデオの群舞映像が映し出される。ステージ上には、床から迫り上がってきた4つのバンドスタンド──左からそれぞれ、カール・ヴァンデン・ボッシュ(パーカッション)、アンドリュー・ヘイル(キーボード)、トニー・モムレル&リロイ・オズボーン(バック・ヴォーカル)、ピート・ルウィンソン(ドラム)の定位置──を除いて、何もない。登場時にバンドスタンドに乗っていたライアン・ウォーターズ(ギター)、スチュアート・マシューマン(ギター)、ポール・デンマン(ベース)の3人は、序盤の“I'm at the borderline~”部分でスタンドを下り、ステージ前方の持ち場につく。

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超シンプルなステージ・セット(似たような光景をどこかで見たような……?)

 ステージ・セットは、実際に会場で全景を眺めてそのシンプルさを実感した。モニタースピーカーも何もない広々とした床のメタリックな質感と、赤く輝く4台のバンドスタンドの無機質さが実にクール。塵ひとつ落ちていない氷のような床に光が反射する様子の美しいこと。また、開演前にも思ったことだが、映像や写真から想像していたよりもステージはずっと小さかった。長方形のステージの左右を切り落として、正方形にしたような感じなのである。“大きな四角い土俵”といった印象も受ける。シャーデーのコンサートでは、ヴォーカリストがあちこち駆け回るわけではないし、ステージに大人数のダンサーが登場するわけでもない。各メンバーが普通に並んで演奏するだけのスペースがあれば十分なのだ。このステージの規模と、余計なものが何もないミニマルなデザインが、実にシャーデーの表現に合っている。
 巨大スクリーンを背景に4台のバンドスタンドが並ぶ無機質でコンパクトなステージ空間を見るうちに、私はクラフトワークのステージを思い出した。……と言うか、よくよく眺めたら、これはもろにクラフトワークではないか? 私は今までどうしてこれに気付かなかったのか。会場で眺めて初めて分かったぞ!

 前座のジョン・レジェンドの時も音はかなり大きかったが、シャーデーのショウでは更に大きかった。こんな爆音に近い大音量でシャーデーのサウンドを聴くのは、もちろん初めてのことだ。シーケンスで鳴っている音もあるが、演奏はきちんと生っぽさも保たれている。ドラムはスタジオ版と全く同じ打ち込みっぽい音だが、ピート・ルウィンソンはこれをエレドラで生で叩いている。マシューマンとウォーターズが弾くギターの鳴り方も、フレットを移動する指先の動きが感じられるほど生々しい。スタジオ版のサウンドの完成度がライヴ感を伴って見事に再現される。音響も素晴らしかった。音の分離が非常に良く、各人の演奏がきちんと聞き取れる。ミックスのバランスも完璧だ。広い会場ならではのリバーブ感も実に気持ちがいい。キャパ1万人以上の会場でここまで音が良いコンサートは、私は過去にスティーヴィー・ワンダーくらいしか体験したことがない。すごい迫力だ。

 それにしても、シャーデーの声はハスキーだった。さすがに枯れすぎではないか。1番のサビ終わり~2番頭の“Turn it all around... I'm a soldier of love!”という地声の高音部分では声が出ず、完全に歌い損じていた。彼女のその日のコンディションは、1曲目「Soldier Of Love」サビでどこまで声が張れているかで大体分かる。連夜の公演のせいで、さすがに喉が疲れているようだった。「Soldier Of Love」を1コーラスちょっと聴いたあたりで、“ああ、今日はハズレだな……”と私は思った。とはいえ、まるで声が出ていないわけではないし、彼女の場合、序盤でヴォーカルが安定しないのは珍しいことではない。喉の調子に不安は残ったが、視覚演出を含めた全体のパフォーマンスはやはり文句なしに素晴らしいものだった。ずっと映像で見ていた光景を実際に目の当たりにして、私はあらゆる音と光に新鮮な感動を覚えた。

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観客に挨拶するシャーデー

 幕開け曲「Soldier Of Love」が終わるとステージは暗転し、シャーデーがピンスポットを浴びて一人で姿を見せた。私のいる右スタンドから順に、中央、左スタンドの3方向に敬礼をして挨拶する。場内はものすごい大歓声である。もちろんスタンディング・オベーションだ。今まで聞いたこともないような大歓声だった。私は心の底から、力の限り手を叩いた。こんなに無我夢中で人に拍手を送ったことはない。私の拍手は1万数千人の拍手と一緒になって、ステージ上のシャーデーたちの耳に確かに届いている。彼らに直に拍手を送れることが嬉しくて仕方なかった。この瞬間、私は自分がラスベガスまでやって来た本当の理由に気付かされた。私はずっと、彼らに拍手がしたかったのだ。あなたたちの表現は素晴らしい、というこれまでの思いを、直に彼らに伝えたかったのだ。頭上で力いっぱい手を叩きながら、私は本当に報われた気持ちだった。やっぱり来て良かった。然るべき時、然るべき場所で、然るべきことをやっているという充実感があった。私は幸せだった。

 極端な話、この時点で私のラスベガス旅行の目的は大方果たされたとも言える。彼らに拍手できただけでも私は満足だった。ここで仮にシャーデーが“どうもありがとう。おやすみなさい”と言ってステージを去ったとしても、私はニコニコだったかもしれない。しかし、嬉しいことにシャーデーは去らなかった。ここで彼女はラスベガスの観客に向かって最高の挨拶をした──“ギャンブラーの皆さん。私も有り金を一銭残らず賭けるから、今夜は楽しみましょう”。場内は再び大歓声に包まれた。このオープニングの挨拶の際、彼女は公演地によっていつも違うことを喋って観客を沸かせる。そして、その後に必ず会場のファンに丁寧に謝辞を述べる──“ラスベガス……戻って来られて嬉しいわ。私たちをこうしてステージに立たせ続けてくれている皆さんに心から感謝します。皆さんがいなければ私たちはありません。本当にありがとう、ベガス。いつまでもあなたたちの愛に勝るものはありません(Your love will always be king)”。

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いきなりキングのカードを見せる勝負師シャーデー

 シャーデーの挨拶に続き、27年前のデビュー曲「Your Love Is King」が始まる。コンサート中、周囲の観客の反応を見てつくづく思ったが、1stと2ndの初期作品の人気ぶりには本当に圧倒的なものがある。この曲もサックスのイントロが出た瞬間、“マジか~!”、“キター!”という感じで、みんなものすごい食いつきようだった。私はセットリストを知っていたので、むしろ周りの観客のテンションの上がりっぷりの方に驚いてしまった。2曲目に「Your Love Is King」でツカむ、というのは前回ツアーと同じパターンだが、これはやはり定石だと改めて思った。シャーデーの登場時から総立ち状態だった観客は、この曲のイントロで爆発的に盛り上がった後、“ま、立って聴く曲でもないよな”という感じで着席し、ゆっくりコンサートを楽しみ始めた。
 「Your Love Is King」ではスクリーン映像も使われず、ブルーを基調とした照明だけでシンプルに聴かせる。バンドの演奏も完全に生だ。演奏のニュアンスは'01年ツアーと一緒だが、実際に会場で聴くと、彼らのサウンドは思ったよりずっとパワフルな印象を受ける。温かい、と言うより、熱いのだ。リロイ・オズボーンの吹くフルートの優しい響きも印象的だった。演奏のアクセントに合わせてシャーデーが見せるアクション、マシューマンの熱いサックス・ソロ……曲が表情を変えるたびに大きな歓声が上がる。「Your Love Is King」は初期作品の中でも個人的に特に思い入れの強い曲である。しみじみと聴かせてもらった。

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終盤で大爆裂する「Skin」

 3曲目はまたガラリと雰囲気を変え、最新作からダークな「Skin」。『LOVE DELUXE』に入っていてもおかしくないようなトリップホップ風のブルージーでダビーな作品だ。メイン・スクリーンにはアブストラクトな熱線のイメージが映し出される。このサウンドとヴィジュアルのセンスに触れると、やっぱりシャーデーは英国のバンドだなあ、とつくづく思う。
 スクリーン映像もカッコいいが、サウンドがこれまた感動的だった。無茶苦茶に音がいい。やたら高音の抜けが良いシャープな電子ドラムと、エッジーでぶっといベースのコントラストが鮮烈で、始まった瞬間にビビった。大会場ゆえの深いリバーブ感も加わって、印象はアルバム版よりも更にダビーだ。デンマンのベースのカッコいいこと。マシューマンの弾くギターもブルース度が増している。メランコリックな曲は、終盤になるとアルバム版にはないギターのブレイクダウンに入り、そこから唐突にハードロック調の大爆裂を見せる。マシューマンのレス・ポールが火を噴き、ルウィンソンが生ドラムで叩きまくる。暴発する情念。ポーティスヘッドのライヴ版「Sour Times」によく似た展開である。これは鬼だ。
 この曲のパフォーマンスを撮影したYouTubeのオーディエンス動画は、終盤のギター・ソロになると大抵マシューマンにカメラが寄る。もちろんカメラワークとしては正しいのだが、私はこの時シャーデーがステージ上で何をしているのかずっと気になっていた。ギター・ソロの最中、私はマシューマンではなく、もっぱらシャーデーの姿を注視した。彼女はドラムの前の暗がりに移動し、そこで身体を動かしながら、アームカバーを外してステージの端にひとつひとつ投げ捨てていた。そのシルエットの姿が何ともクールだった。

 「Skin」は写真を撮るのが難しい。スクリーンの熱線が常に形を変えているので、なかなか思うようなイメージで撮れないのだ。シャッターを押した時に限って、スクリーンに何も映っていない瞬間だったりする。シャーデーがポーズを決める“Like Michael back in the day”の場面も狙って撮ったが、思い切りピンボケだった(上の写真)。いい絵が撮れないと焦っているうちに、曲はどんどん進行してしまう。この曲では5枚撮ったが、結局、まともな写真は1枚もなかった。演奏が終わった時、自分があまりステージを集中して見ていなかったことに気付いた。ステージそのものよりも、撮影の方に気を取られていた。自分はカメラマンではないのだ。写真を撮るのは1曲につき1~2枚くらいにして、もっと自分の目にステージを焼き付けなければと思った。

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スクリーン映像が美しい「Kiss Of Life」

 3曲目は必殺曲「Kiss Of Life」。ステージは柔らかなライト・グリーンの光に包まれる。後方のメイン・スクリーンには、草むらで自然と戯れるシャーデーの姿が映し出される。この映像の美しさがとにかく半端でない。映像自体も魅力的だが、この巨大スクリーンの画質の美しさに度肝を抜かれた。驚くほど鮮明なのである。あまりにも綺麗なので、ステージよりもスクリーン映像のシャーデーに見とれてしまう。YouTubeのオーディエンス動画で見た限り、割と普通の演出だなあ、という印象だったが、実際に会場で目にして、私はスクリーン映像の美しさと迫力に大感激してしまった。ステージ上のメンバーたちの様子をリアルタイムで映す両脇のサブ・スクリーン映像も超高画質だ。カメラワークも良いので、こちらも意外と見てしまったりする。サブ・スクリーンに映るシャーデーの表情を見てから、再び肉眼でステージ上の小さなシャーデーの姿を見ると、感動もまたひとしおである。
 この曲ではマシューマンのサックスとライアン・ウォーターズのギターがフィーチャーされるが、個人的には、リロイ・オズボーンの弾くアコギの繊細なアルペジオの響きがとりわけ印象に残った。彼が楽器奏者としてもバンドに大きく貢献しているということを、私は今回のツアーで強く認識させられた(「Still In Love With You」のあの印象的なアコギにしても、実はオズボーンが弾いていたりする)。

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圧巻の「Love Is Found」

 そして、遂に登場、マジカルな最新曲「Love Is Found」。暗い場内にストリングスの静かなイントロが響く。このイントロがスタジオ版より少し長くなっていることにまず驚いた。ツアーが始まった頃はスタジオ版と同じ長さだったのだが、いつの間にか長くなっていた(最初のトレモロ部分が3回繰り返される)。儀式めいたこの厳かなイントロが素晴らしい。スクリーンにシャーデーとダニエル・クラウド・カンポスの巨大なシルエットが現れた瞬間、その美しさに思わず息を呑んだ。オーケストラの甘美なイントロに乗ってシャーデーが静かに歌声を聴かせた後、アグレッシヴなビートが始まり、同時にシャーデーがステージ後方から舞姫のように姿を現す。

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眩惑的な光と影、立体感溢れるダビーな爆音サウンド

 目の前で展開される目眩くモノクロの光と影の世界は、とにかく圧巻だった。演奏するバンドの後ろでクラウドとシャーデーの巨大なシルエットが踊る。その圧倒的なスケール感。ダイナミックなダンスの動きとカット割りのスピード感。2人の巨大なシルエットには、神々しさすら感じられた。まるで巨神兵が踊っているようだ。その巨大さと超人的な動きを目の当たりにして、恐ろしいとさえ思った。ステージ上で歌うシャーデーが巫女のように見えてくる。照明はメンバーたちをシルエットで浮かび上がらせながら、スクリーンとステージを一体化させる。まさに神人一体である。シャープで立体感溢れる大音量のバンド・サウンド、その音像の美しさと迫力にも言葉を失う。私はこのパフォーマンスを“現代版パソドブレ”と解釈していたが、実際に会場で目にして、まるで“御神楽”のようだと思った。
 YouTubeのオーディエンス動画や、7月に発表された同曲クリップで何度も見ていたパフォーマンスだったが、洪水のように押し寄せてくるヴィジュアルとサウンドのインパクトは、想像を遙かに超えるものだった。凄い。とにかく、凄い。恍惚の4分15秒。終わった瞬間、もう一度演ってくれ、と思った。ツアー開幕に合わせて出たベスト盤収録の最新曲ゆえ、曲そのものを知らない観客も多かったはずだが、このパフォーマンスには場内も大喝采だった。間違いなくコンサート第1部の最大のハイライトだ。

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ステージ右前方に現れた長方形の穴は……

 「Love Is Found」の後半になって、ステージの右側、ポール・デンマンの定位置の前方に、いつの間にか横長の四角い穴が空いていることに気付いた。なんだこの穴は、と思ったが、すぐに“そうか!”と合点した。次の曲でアンドリュー・ヘイルはこの位置でキーボードを弾く。この時、穴の下ではスタッフがヘイルのキーボードを用意しているのである。コンサート中、ヘイルがこの位置で演奏する曲は全部で3曲ある。曲間の短い暗転中にスタッフがどのようにキーボードの設置や片付けをしているのか、私はずっと疑問に思っていた。トラップドアは、4つのバンドスタンドが昇降するステージ後方、オープニングでシャーデーが登場するステージ中央の他に、ヘイルのキーボード用にもうひとつあったのだ。ステージを眺めながら、デンマンがうっかり穴に落ちはしないかとちょっと心配になった。

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第1部を締め括る「In Another Time」

 「Love Is Found」が終わると、シャーデーがステージの左隅でピンスポットを浴びながらMCをする。観客がシャーデーのトークに気を取られている間、ステージ右側の暗闇ではヘイルのキーボードがトラップドアから上げられ、メンバーたちが次の曲の準備をしている。ベガスの観客にシャーデーが語りかける──“今夜はツいてる気がするわ。素晴らしいバンドやクルー、そして皆さんに囲まれて。これ以上望めないわよね。私は最高の持ち札を手にしてるわけだけど、人生はいつもそうとは限らない。皆さんが今夜の私ほど幸運に恵まれていない時でも、物事は思いがけない時に好転するものだということを、次の曲で思い出してくれたらと思います”。

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ステージ右側に集まってレイドバックした演奏を聴かせる

 この曲紹介に続き、最新作から「In Another Time」が披露される。シャーデーが娘のアイラに向けて書いた歌。今は辛いかもしれないけれど、あなたの涙はやがて乾く時が来る、と歌われる。ステージの右側に9人全員が集まり、スツールやバンドスタンドに腰掛けながら落ち着いたアンプラグド的なムードで聴かせる。私は右側のスタンド席にいて彼らと距離が近かったので、この演出は嬉しかった。シャーデーの温かなヴォーカルが胸に染みる。オズボーンのアコギやデンマンのアップライト・ベースもいい味だ。後半ではマシューマンが前に出てきてサックス・ソロを披露。この曲では左2つのバンドスタンドが床下に潜り、右2つのスタンドはメンバーが腰掛けやすいよう若干高さが上げられている。曲ごとにステージの見せ方やサウンドががらりと変わるので、常に新鮮な感動がある。ここまでがコンサート第1部。あっという間の6曲である。

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ノワール調のインタールード──ステージに立つデンマンのシルエットがクール!

 第2部はフィルム・ノワール調のインタールード映像から始まる。スクリーンに都会のネオンが映し出され、サントラ風のジャジーなインストBGMと共に怪しげな男性モノローグが場内に流れる。ネオンの映像は、天井から1/3ほど下りた透明スクリーン──ステージを囲むように3方向に下ろされる──にも映し出される。会場で目にして、このスクリーン映像の鮮やかさにも感動した。色や質感が本当に綺麗なのだ。ビルの窓にシルエットで映る身支度中のシャーデーの姿もはっきりと見えた(映像内で彼女はタキシード・ベストに着替えている)。映像が進むうちに、何もないステージ上にポール・デンマンが現れ、映像を背にして仁王立ちする。このシルエットの立ち姿がまたカッコいい。この3分間のインタールードは、メンバー全員の着替えタイムでもある。一番最初に出てくるデンマンは2分くらいで着替えるのだから大変だ(バックステージの大騒ぎぶりを見てみたい。DVDに特典映像で収録されないものか)。

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デンマンの黄金のベース・ソロにひれ伏すシャーデー

 このノワール調のインタールードに続いて始まるのは、「Smooth Criminal」……ではなくて「Smooth Operator」。イントロのビートに乗って、グレーのスーツに着替えたメンバーたちが再びステージ後方の床から迫り上がってくる。デンマンが年季の入ったスティングレイをローディーから受け取り、お馴染みのフレーズを弾き始めた瞬間、場内にまたまた大歓声がわき起こる。シャーデーは「Love Is Found」の時と同じくステージ後方から登場。今度はタキシード・ベスト姿である。
 曲が始まると同時に、背景スクリーンは夜の都会の空撮映像に切り替わる。キラキラ輝く夜景をバックにバンドが演奏する光景は壮観。YouTubeのオーディエンス動画ではよく分からなかったが、この映像は実際に会場で見ると妙にCGっぽい人工的な質感で面白かった。間奏では、'93年ツアーと同じく、ベース・ソロを弾くデンマンにシャーデーがひれ伏して観客を盛り上げる。マシューマンのサックス・ソロもいつも通りだ。マンネリだろうが何だろうが関係ない。彼らにとって「Smooth Operator」はとうの昔に重要なレパートリーではなくなっているはずだが、こうしてきちんと観客の期待に応え続けるところが偉い。但し、今回のツアーでは過去にずっとメドレーで演奏していたインスト曲「Red Eye」は割愛し、さっさと次の曲に進む。

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ジャジーなモノクロのイメージで魅せる「Jezebel」

 第2部では'80年代の名曲がたっぷり聴ける。「Smooth Operator」の次は「Jezebel」。スクリーンには楽器を演奏するメンバーたちのジャジーなモノクロ映像が映し出される。ジョン・ミリの古典『Jammin' The Blues』の世界だ。スクリーン映像とバンドの生演奏が同期していて、非常に見応えがある。この曲ではバック・ヴォーカルのオズボーン&モムレルとパーカッションのボッシュの3人が不在で、バンドスタンドは一番右のドラムだけ残して床下に消えている。ヘイルは「In Another Time」の時と同じくステージ右前方で鍵盤を演奏。広々としたステージの床がスクリーンの光で照らされる様子が実に美しい。スクリーン映像に合わせて、暗いステージにメンバーたちがスポットライトで次々と浮かび上がっていく。

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ステージの縁でシャーデーが切々と歌う

 前回ツアー同様、シャーデーがステージの縁に腰掛け、スポットライトを浴びながら切々と歌う。長年歌い込んできた歌だが、この日の歌唱はまた一段と気迫のこもった素晴らしいものだった。彼女の歌声は自信に溢れ、とても力強かった。こんなにテンションの高い「Jezebel」の歌唱を聴くのは初めてだった。オープニングの「Soldier Of Love」で感じた喉に対する不安は杞憂だったようだ。70公演も続けているだけあって、さすが粘りが違う。ライヴ・パフォーマーとしての底力を見せつけられ、スポットで浮かび上がるステージ上の小さな彼女を見つめながら私は何度も息を呑んだ。彼女の歌声は1万数千人の観客を完全に掌握していた。シャーデーの熱唱をフォローするマシューマンのサックス・ソロもまた素晴らしい。シャーデーの歌い回しのひとつひとつ、マシューマンのブロウのひとつひとつに大きな歓声が沸く。シャーデーのヴォーカルだけになる最後の締め部分では、たっぷりと間を置いた後、ものすごいロングトーンを聴かせて観客を圧倒した。名演だった。

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透明スクリーンを使った「Bring Me Home」

 初期の名曲が2つ続いたところで、再び最新作から「Bring Me Home」。「Smooth Operator」のインタールードで少し使われた透明スクリーンが、ここで初めて本格的に活躍する。前回ツアーでも数曲で使われた装置だが、今回は正面だけでなく、ステージを囲うように左右の側面にもスクリーンが下りる。「Bring Me Home」では、ステージを覆う透明スクリーンと後方のメイン・スクリーンに、道路を走っていく淋しげな映像が映し出される(クラフトワーク「Trans Europe Express」の線路映像を思い出させる)。歩くように両手を前後に振りながら歌うステージ上のシャーデーたちの姿がスクリーン映像と重なると、彼らが“家路”を進んでいるように見える……のだが、上の写真の通り、私は右側のスタンド席から斜め45度の角度で見ていたので、この感覚はあまり味わえなかった。この曲は絶対に正面から見た方が良い。ただ、透明スクリーンに映像が大写しになる様子はとても幻想的で美しかった。3方向をスクリーンで囲まれたステージは、まるで大きな走馬灯か蚊帳のようだった。

 「Bring Me Home」は深い絶望感を歌った非常に暗い歌である。私は好きだが、あまり馴染みのない新曲、しかも、スクリーンを使った割と地味めなパフォーマンスということもあって、ラスベガスの観客にとっては格好のトイレ休憩タイムだったようだ。席を立つ観客の多いこと。お前ら、本当にシャーデー好きなのかよ……。私の隣りに座っていた白人のお姉ちゃんもここでトイレに行っていた。
 どうでもいい話だが、私の隣りの白人女性2人組はやたらとトイレに行く。正確に数えていたわけではないが、休憩時間中も含め、2人合わせて少なくとも6回以上はトイレに行ったと思う。私は通路側の席なので、2人のどちらかがトイレに立つたびにいちいち席を退かなければならない。帰ってきた時も同様だ。終いには“お前らいい加減にしろ!”と吠えそうになった。頼むから私にゆっくりシャーデーを見させてくれ。

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やっぱり凄かった「Is It A Crime」

 第2部のハイライトは「Is It A Crime」。これまでずっとオーラスで使われていた切り札が、今回のツアーでは中盤でいきなり登場する。“え、もう演っちゃうの?”という感じだ。しかし、これがやはり素晴らしかった。凄いのは最初から分かっているのだが、それでもやっぱり唸らされ、感動させられた。

 「Bring Me Home」の透明スクリーンが上がっていく中でイントロが始まり、イントロと歌い出しの間のブレイク部分で、ステージに4本の赤いカーテンの柱が劇的に現れる。天井から突然ドサッと落ちてくるのだ。落下地点にはスタッフが待機していて、暗がりでカーテンの裾を広げて床に固定する様子が見えた。この曲では4台のバンドスタンドも高さが上げられている。これだけでステージの印象はグッとゴージャスになる。

 ピンスポットを浴びたシャーデーが、お馴染みのアクションを交えながらいつものように歌う。バンドの演奏もいつも通りだ。ヘイルのピアノ・ソロ、マシューマンのサックス・ソロ、ウォーターズのソロも全く同じ。4半世紀以上も演っているのだから、ソロくらいアドリブを入れて少しは変化をつけても良さそうなものだが、そういうことは絶対にしない。変える必要がないからだ。彼らは同じフレーズを少しも崩すことなく、いつもと同じように丹念に演奏する。シャーデーのヴォーカルも同様だ。キャリアの長い歌手はステージで往年のヒット曲を歌い崩して聴かせることがよくあるが、彼女はそういうことをやらない。第一、彼女にはそういうことをやるスキルがない。シャーデーのいいところは、いつまで経っても歌がうまくならないところだ。彼女は危なっかしい音程で、同じフレーズをただ一所懸命に歌うだけである。彼女にはそれしかできないし、自分がそれしかできないこともよく知っている。そうして彼女は自分だけの表現力を磨いてきた。彼女はスキルではなく、センスで歌う歌手である。多弁でないため、他の歌手だったら何でもないような歌い回しが強く人の胸を打つ。
 「Is It A Crime」は、究極のワンパターン・バンド、シャーデーの真骨頂が遺憾なく発揮された感動的な名演だった。彼らは、バンドをやり始めてほんの1~2年くらいの連中が持っているような“ちょっとうまい”感じ、素人にしか出せないような表現の新鮮さを、デビューから四半世紀以上もずっと保ち続けている。この変わらなさは凄いとしか言いようがない。

 観客の反応もまた凄かった。各人のソロはもちろん、シャーデーの歌声が少しでも表情を変えるたびに大きな歓声が沸く。この手のバラードになると日本の観客は黙って聴き入るものだが、ラスベガスの観客はみんなシャーデーと一緒に歌っていた。シャーデーの歌い回しのひとつひとつに感嘆の声を上げていた私のすぐ後ろの黒人男性客は、途中からシャーデーと一緒に歌い始め、しまいにはライアン・ウォーターズのギター・ソロまでスキャットで歌っていた(うるせ~)。'01年版に勝るとも劣らない絶唱で曲が締め括られると、場内はこの日一番の大喝采に包まれた。スタンディング・オベーションをする観客もいた。本当に見事なパフォーマンスだった。

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久々にセットリストに復活した「Love Is Stronger Than Pride」

 続いて「Love Is Stronger Than Pride」。世界ツアー序盤の欧州ツアー(4~5月)では最新ベスト盤収録のシン・リジィのカヴァー「Still In Love With You」が披露されていたが、北米ツアー(6月~)からこの曲に差し替えられた。ツアーで取り上げられるのは'93年以来18年ぶり。出血大サービスだ。'93年ツアーのレゲエ版ではなく、オリジナルに忠実なアレンジで演奏される。

 ここでは後方のメイン・スクリーンに“SADE LIVE TONIGHT IN ~”という劇場のネオン・ビルボードが映し出される。“TONIGHT IN ~”の“~”部分には、必ずその公演地名が入ることになっている(別記事“Soldier Of Love Tour on YouTube”の画像参照)。ラスベガス公演なら“TONIGHT IN LAS VEGAS”、仮に東京公演が行われた場合は“TONIGHT IN TOKYO”だ。観客は自分の街の名前がビルボードに映し出されるのを見て、“わ~い、シャーデーが街にやって来た~!”という感じで大いに盛り上がるわけである。当然“TONIGHT IN LAS VEGAS”という表示が見られるものだと思っていた私は、ここで大変なショックを受けた。
 私の席からは──これは事前に予想していたことではあったが──赤いカーテンの柱に隠れてビルボードがよく見えなかった。カーテンの隙間から部分的に覗く地名の綴りは“CONC”である。“CONC”? ラスベガスにそんな綴りの別名があったっけ? もしかして別の都市名を表示してしまうという大失敗? ステージの様子を映し出すサブ・スクリーンを見て、やっと分かった。ビルボードには“SADE LIVE TONIGHT IN CONCERT”と示されていた。なんだそれ……。そのまんまじゃないか……。つまんね~! そんなのちっとも面白くねえべ! せっかくラスベガスまで来たのに……。そんなのウソだー!! 私は激しく動揺し、落胆すると同時に、その表示の理由が猛烈に気になった。どうして“TONIGHT IN LAS VEGAS”じゃないんだ? いくら考えても理由は分からなかった。

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肝心のビルボード部分は白飛びしてうまく写らなかった

 帰国後、YouTubeで最新のツアー動画をチェックすると、ラスベガス公演の4日前、8月30日のアナヘイム公演から“SADE LIVE TONIGHT IN CONCERT”の表示に変更されていることが分かった。渡米前に私はこれに気付いていなかった。この演出の変更は、実は北米ツアー終盤の一定期間に限られたもので、9月9日のルイビル公演から再び公演地名入りの元の表示に戻ることになる。北米ツアー終盤のこの時期に、将来リリースされるライヴDVD用の撮影が行われたという情報も得て、私は合点した。ビルボードに公演地名が表示されなかったのは、DVDが特定の一公演を収録したものではなく、恐らく、複数の公演からベスト・パフォーマンスを選りすぐって編集したものになるためである。撮影のための一時的変更だったということが分かると、私の不満も少しは解消された(それにしても、“TONIGHT IN CONCERT”ではあまりにも味気ない。トニー・モムレルが曲中のMCで必ず公演地名を言う「Nothing Can Come Between Us」はきちんとDVDに収録されるのか?)。

 ラスベガスで初めて“TONIGHT IN CONCERT”の表示を目にした時、そんな事情は全く想像もできなかった。とにかくショックで、なぜだ、なぜだ、とずっと思っていた。こればかり気になり、私は肝心の演奏をあまりよく聴いていなかった(悔)。この曲では、最後にカール・ヴァンデン・ボッシュがコンガを叩く姿が最も印象に残っている。“ポン……ンパッパ、ポン……ンパッパポン”の繰り返しで、恐ろしく地味な演奏ではあるのだが、私にはこれが妙にグッと来た。

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バンドの絆が示される「All About Our Love」

 ここで『LOVERS ROCK』から「All About Our Love」が披露される。意外な選曲だが、第2部でこの歌が歌われることには特別な意味がある。シャーデーはステージ後方のバンドスタンドでオズボーン&モムレルと並んで歌い、背後のメイン・スクリーンには'80年代のメンバーたちの懐かしい姿が次々と映し出される。ここで歌われる“私たちの愛”とは、'80年代からメンバーたちをずっと結びつけている変わらぬ“愛”のことなのだ。バンドの強い絆が表現された感動的なパフォーマンスなのだが……私の席からは肝心のスクリーン映像がカーテンの陰でよく見えない(悲)。そして、デジカメをステージに向けてみると、スクリーン映像が思い切り白飛びしている。「Love Is Stronger Than Pride」のビルボードも白飛びが酷かったが、今度は飛びすぎて全く何も写らない。この馬鹿カメラめ。露出かコントラストをいじればいいのだろうが、旅行直前に購入したカメラだったので調整方法がさっぱり分からない。鞄から説明書を取りだして読んでいる暇はない。う~。
 焦っているうちに曲は終わってしまった。しまったあああ! またよく聴いていなかった~! この曲は演奏時間が短いのだ。せっかく素晴らしいパフォーマンスなのに、私はまたしても感動し損なった。なあああ(泣)。言うまでもないが、上のショボいピンボケ写真は、ステージの美しさの100分の1も伝えていない。真っ白く光っているスクリーンには、本当は'80年代の麗しいシャーデーの姿が映っている。

 「All About Our Love」が終わって暗転したところで、ステージに下りていた4本のカーテンの柱が消える瞬間が見えた。カーテンは天井に引き上げられるのではなく、上から切り離され、登場時と同じようにドサッと落ちて一瞬で取り払われる。この時、場内は真っ暗だが、客席からはカーテンの落ちる様子が肉眼ではっきりと確認できた。こうやって素早くセット・チェンジをしているんだなあ、と感動した。私の目にはこういう細かいことがいちいち面白く新鮮に映った。

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お楽しみのダンス・ナンバー「Paradise」

 真っ暗な場内にヘリコプターのプロペラ音が響き渡る。場内を移動する飛行音は迫力満点で、ステージ中央の天井から客席を照らす照明──ヘリコプターのヘッドライトを模している──と合わさると、本当に頭上をヘリが飛んでいるように感じられる。すごい臨場感だ。このイントロのSEに続いて、マシューマンとウォーターズによるギターのファンキーな低音リフが始まる。待ってました、「Paradise」! メイン・スクリーンには2人の打楽器奏者──ピート・ルウィンソンとカール・ヴァンデン・ボッシュ──の姿がシルエットで映し出される。演奏する2人の映像がバンドの生演奏と同期していて実にカッコいい。イントロでルウィンソンがドラムを叩き始める瞬間が最高だ。ここで私のいたスタンド席の観客は半分くらい立ち上がった。総立ちになってもいいところだが、年輩客が多いせいか、みんな意外と腰が重い。私はここから立ち上がって集中力全開でステージを凝視していた。
 シャーデーはステージを活発に動き回りながら歌い、メンバーも立ち位置をあちこち変えてホットなパフォーマンスを見せる。スクリーン映像もカッコいいし、ステージ上のシャーデーたちからも目が離せないわで、どこを見たらいいか分からない。興奮でパニックになっているうちに、シャーデーとオズボーン&モムレルの3人によるダンスが始まった。うお~。これが生で見たかったんだよ! 3人で踊った後、“Share my life with you”のリフレインを歌って、あっという間に「Paradise」は終わった。なんて短いんだ。あっという間すぎる!

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オズボーン&モムレルが活躍する「Nothing Can Come Between Us」

 「Paradise」からメドレー式に「Nothing Can Come Between Us」へなだれ込む。同時にシャーデーはステージ右端の階段から姿を消し、オズボーン&モムレルの2人がステージを引き継ぐ。シャーデー抜きの野郎たちだけのパフォーマンス。「Red Eye」が削られた代わり、今回のツアーではこれがあるのだ。
 イントロでオズボーンが観客に軽くコール&レスポンスを促した後、2人でステージを駆け回りながらサビを歌う。スクリーンにはステージ上のメンバーの様子がリアルタイムで映し出される。中盤のブレイクダウン部分でモムレルが観客に挨拶する──“こんばんは、ラスベガス! みんな揃ってるか! この素晴らしい街にやって来られて俺たちは感激だ!”。ここでモムレルは決まって観客に2つのお願いをする。ひとつめ──“座っている人たち、♪Get up on your feet right now!”。座って見ていた残り半分くらいの観客がここでドワッと立ち上がり、会場は総立ちになった。日本人はこういう場面でまず周りの人の行動を気にして出遅れるが、さすがアメリカの観客の反応は早かった。モムレルがひとこと“立ち上がってくれ”と頼んだ瞬間、みんな一斉に腰を上げた。モムレルが手拍子を促し、どんどん会場の熱気が増していく。2人のアドリブ・ヴォーカルもいい感じだ。

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総立ちで大いに盛り上がる場内

 スクリーンには観客席の様子も映し出される。スクリーンを見て、“あっ、自分が映ってる~!”とはしゃぐ観客もいれば、照れくさそうに困惑した表情を見せる観客もいて、様々な反応が面白い(ここで面白いリアクションをする観客は何度もスクリーンに映されることになる)。私は自分が映ったらどうしようかと思ってドキドキしていたが、結局、映らなかった。私の隣りの若い白人女性2人組は、自分が映ると何か困ることがあるのか、このスクリーンの演出を見て速攻で座っていた(笑)。モムレルのふたつめのお願い──“みんな、今夜は俺たちと一緒に歌ってほしいんだ。大声で思い切り! いくぞ、ベガス。1... 2... 3... Let's sing it!”。会場中でサビを合唱し、「Nothing Can Come Between Us」は大盛り上がりのうちに終了した。

 過去のシャーデーのコンサートには──これはシャーデーという歌手にゴスペルのバックボーンが全くないこととも関係しているだろうが──このように観客を巻き込むコール&レスポンスの場面が一切なかった。そのため、モムレルが隊長になって観客を盛り上げるこの“さあ立ち上がって皆で歌おうぜ”コーナーは非常に新鮮で、ショウ全体の中でも異彩を放つパフォーマンスになっている。ある意味、観客が一番盛り上がったのはこの曲である。この曲は完全生演奏で、モムレルのMCや観客の反応によって演奏時間も毎回微妙に変わる。ライヴ度の高さも含め、台本がカッチリ決められたショウの中で、このコーナーはとても良いアクセントになっていたと思う。ここまでがコンサート第2部。第2部は、いわば'80年代シャーデーのレトロスペクティヴである。

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静謐で幻想的な「Morning Bird」

 第3部。場内は暗転し、ステージを再び透明スクリーンが囲う。静かな場内に響く風音に合わせて、スクリーンに映し出された冬木立が揺れる。ステージいっぱいに広がる厳粛な自然のイメージ。この時点でも客席はまだ「Nothing Can Come Between Us」の興奮を引きずっていて、立ち上がったまま叫んでいる観客もかなりいた。更なる盛り上がりを期待していた観客たちは、あまり馴染みのない新曲「Morning Bird」の静かなイントロを耳にしてようやく席に着きはじめた。

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ベールを持って舞うシャーデーの姿が映し出される

 暗いステージ内には、白いロングドレスに着替えたシャーデーと白シャツを着たアンドリュー・ヘイルの姿がぼんやりと浮かび上がる。シャーデーとヘイル2人だけのパフォーマンス。シーケンスのビートとストリングスに合わせてヘイルがピアノを演奏。透明スクリーンには朝靄に包まれた自然風景や、大きなベールを持って舞うシャーデーの姿が映し出される。ステージを覆う巨大な幻影は、曲の雰囲気ともマッチして実に美しかった。静まり返った場内に響き渡るシャーデーのファルセット・ヴォイスも緊張感に溢れている。コンサート第3部では、'90年代以降の作品を中心に、シャーデーの女性らしさが前面に出た、より艶やかでエモーショナルなパフォーマンスが繰り広げられる。

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シャーデーとクラウドのシルエットが踊る「King Of Sorrow」

 静謐な小品「Morning Bird」が終わると、哀愁に満ちた「King Of Sorrow」のイントロが始まる。この流れはスムーズで素晴らしい。引き続きステージを覆っている透明スクリーンに、シャーデーとダニエル・クラウド・カンポスの踊るシルエットが映し出される。2人の巨大な影法師が踊るスクリーン越しにバンドが演奏する光景は、実に幻想的でロマンチック。私はこの場面が大好きだ。

 「Bring Me Home」「Morning Bird」でも感じたことだったが、この透明スクリーンは斜めの角度から見ると透過率がかなり落ちる。正面から眺めると、もっとスクリーン裏のステージの様子がくっきり透けて見えるはずなのだが、私の席からは透け具合がいまいちだった。これはやはり正面からも見てみたい。会場で斜めから眺めると本当に巨大な走馬灯のような印象で(シルエットが踊りながら左右に流れるように動く「King Of Sorrow」では特にそう感じられる)、想像とはまた違った趣を感じた。

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再び衣裳を替えたメンバーたち

 「King Of Sorrow」がワンコーラス終わったところで透明スクリーンが上がり、衣裳を替えたメンバーたちが直に観客の前に姿を現す。「Morning Bird」の最中、男たちはバックステージで黒シャツ&黒パンツに着替えを済ませている。「Morning Bird」でピアノを弾いていたため一人だけ着替えられなかったヘイルは、「King Of Sorrow」序盤で着替え、透明スクリーンが上がる直前にさり気なくステージに戻るのだが、会場で眺めている時、私はそんな細かいことはすっかり忘れ、ひたすらステージの美しさに見とれていた。
 この曲は間奏が素晴らしい。'01年ツアーの演奏も良かったが、今回はマシューマンとオズボーンが弾くスパニッシュ・ギターとボッシュのパーカッションが強調され、より艶が増している。そのサウンドの美しさは本当に感動的だった。シャーデーがフラメンコ風の動きを見せる間奏では、ひときわ大きな歓声が上がった。これはもう“シャーデー版「La Isla Bonita」”と言ってもいいかもしれない。「King Of Sorrow」は第3部の中でも個人的にお気に入りのナンバーだ。

 この曲では第2部と同じようにステージの4箇所に巨大なカーテンの柱(今度は別ヴァージョン)が下りているが、これも演奏終了後の暗転中に速やかに消える様子が見えた。このカーテンは贅沢なことに「King Of Sorrow」の1曲でしか使われない。

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大興奮の「The Sweetest Taboo」

 そして、待ってましたの「The Sweetest Taboo」。イントロのドラム&パーカッションで一気にテンションが上がる。ボッシュのコンガが熱い! 後方のメイン・スクリーンには照明の光線がたくさん映し出される。ステージ上にはスモークも焚かれ、グッとゴージャス度アップ。なんて美しいステージだろう。次々と様変わりするステージには本当に溜息が出る。1曲1曲、とても同じ空間とは思えない。ここは夜のヒットスタジオか?! 赤と青の光に囲まれて歌う白いドレスのシャーデーが眩しすぎる!

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シャーデーがこっちに来た~!

 裸足の色っぽいシャーデーが歌いながらステージを左右に動き回る。“こっち来た~!”とか“あっち行った~!”とか、ただただ興奮しながら夢中で眺める。ヘイルがメロディカを吹く中盤のブレイクダウンでは、シャーデーとオズボーン&モムレルが3人揃ってダンス。オズボーンがデンマンのベースにちょっかいを出してチョッパーのアクセントを弾く姿もちゃんと見られた。映像で何度も見たパフォーマンス。何もかもいつも通りなのだが、これが自分の知っている通りそのまんま目の前で実演される光景というのは、本当に感動以外の何ものでもなかった。

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3人揃って最後に決めポーズ

 シャーデーとオズボーン&モムレルの3人が揃いのステップでじりじりと歩み出てきて、最後にポーズを決めてフィニッシュ。私はカメラを構えて待っていた。オズボーン&モムレルのポーズは毎回同じだが、シャーデーはその時の気分でポーズを変えたりする。この日は横向きヴァージョンだった。私のいる右側スタンド席からは顔がよく見えなくて残念。

 '01年ツアーでは、「The Sweetest Taboo」終了後に大喝采を送る観客に向けて、シャーデーがアカペラで“Sometimes I think you're just too good for me!”の一節をおまけで歌っていた(『Lovers Live』参照。公演によっては節をつけずにこのフレーズをただ喋る場合もあった)。これは今回のツアーでもやっていたのだが、ラスベガス公演で彼女はこの一節を歌わず、観客に向けて代わりにひとこと“Viva Las Vegas!”と嬉しそうに言った。ラスベガス公演らしいことを言ってくれたのが嬉しかった。

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淡い月明かりに包まれる「The Moon And The Sky」

 ここで最新作からもう1曲「The Moon And The Sky」。スクリーンには投げ縄をするカウガール・シャーデーと、月光でキラキラ輝く水面の映像が流れる。投げ縄をするシャーデーの映像は「Soldier Of Love」ヴィデオからの使い回しだが、色調がブルーに変えられていて印象はかなり異なる。今回のショウではほとんどの曲で背景の巨大スクリーンが活躍しているが、映し出される映像の種類が豊富で、全く単調にならない。この曲でも、スクリーンにシャーデーの姿が映し出された瞬間、その映像の美しさにハッとなった。このスクリーン映像は、「Kiss Of Life」のそれと同じく、会場で見ると想像以上の美しさだった。暗いステージをうっすらと照らし出すスクリーンの光はまさに月明かりのようで、私はその淡い繊細な青い光に感動した(上の写真は光の美しさを全く伝えていない)。アコースティック・ギターの音色の瑞々しさも感動的だった。彼らのショウは音響がしっかりしていて、この曲に限らず、特にアコギがものすごい生々しさで鳴っていた。レコード以上に豊潤で立体感のあるバンド・サウンドは、とにかく素晴らしいとしか言いようがない。

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シャーデーの一人舞台「Pearls」

 暗転した場内に静かなストリングスが響く。ステージ後方から昇ってくる真っ白な太陽を背に、シャーデーがゆっくりと前に歩いてくる。4台のバンドスタンドはすべて消え、ステージ上には彼女の他に誰もいない。シャーデーがたった1人で歌う「Pearls」だ。正面から眺めるとスクリーンに映る太陽の中に彼女のシルエットが浮かび上がるのだが、これは斜め上から眺めても大迫力だった。スクリーンの光で照らされた薄暗いステージをシャーデーがマイクスタンドに向かってゆっくり歩いていく光景は、本当に息を呑むほど美しかった。すごい緊張感だ。

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灼熱の太陽を背にソマリアの母親を歌う

 「Pearls」はソマリアの女性を歌った歌である。この曲が発表された前年の'91年、ソマリアは無政府状態に陥って内戦が激化し、深刻な飢饉に見舞われた。シャーデーはテレビのニュースで、救援物資を運ぶトラックからこぼれ落ちた米粒を道端で拾い集めるソマリアの母親の姿を見てこの歌を書いた。それから20年経った現在もソマリアでは内戦が続き、武装勢力が支配する南部では戦闘と干ばつで多くの人々が困窮している(ソマリア大飢饉のニュースは'11年夏に日本でも大きく報道されていた)。私は断片的に伝えられるニュース報道でしかソマリアの状況を知らないが、ここで歌われているような母親が今も世界のどこかにいることは事実だろう。そして、その事実は“履き慣れない靴”のような違和感を常に第三者の私たちに与える。この歌は依然として全く意味を失っていない。
 容赦なく照りつける太陽は、シャーデーの“Hallelujah!”の叫び声と共に大爆発を起こし、炎に包まれる。感情を剥き出しにして、彼女は渾身の力で天に問いかける。彼女の歌唱は、まるでソマリアの女性とラスベガスの聴衆を繋ぐ衛星回線のようでもある。会場いっぱいに響き渡る歌声はものすごい迫力だった。「Pearls」は過去のツアーでも歌われているが、今回のツアーの歌唱はより一層エモーショナルで気迫に満ちている。ここで彼女はたった1人で1万数千人の聴衆を圧倒した。ステージ上の小さなシャーデーがとても大きく見えた。

 曲のフェイドアウトと共に太陽がゆっくり沈んでステージが暗転した後、シャーデーがステージ中央から右隅へ立ち位置を移動する様子が見えた。ステージは真っ暗だが、シャーデーは白いドレスを着ているので、客席からはおぼろげに姿が見えるのだ。

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鬼の恋歌「No Ordinary Love」

 「Pearls」の深い余韻の中、鬼の恋歌「No Ordinary Love」が始まる。シャーデー版「曼珠沙華」(山口百恵)、あるいは「天城越え」(石川さゆり)のような歌で、これまでずっとコンサートの終盤で披露されてきた必殺ナンバーである(恐らく山口百恵ファンの多くはこの曲を知らないし、逆に、シャーデー・ファンの多くは「曼珠沙華」を知らない。私はこれをとても不幸なことだと思う)。

 イントロに乗って、青く照らされた薄暗いステージをシャーデーが右隅から中央のマイクスタンドに向かってゆっくりと歩いてくる。「Pearls」終了時にステージ中央にいたシャーデーは、暗転中にステージ右隅へ移動し、「No Ordinary Love」イントロで再びステージ中央に歩いてくる。よく考えると無駄な移動なのだが、こんなことをわざわざやるのは、もちろん、その方が絵になるからである。彼女がマイクスタンドに向かって歩き始めるタイミングもきちんと決まっている。「Pearls」後の暗転中にステージ右隅へ移動するシャーデーの姿を見て、私は彼らのショウの演出の緻密さを改めて感じた。

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白い花さえ真っ赤に染める!

 ブリッジ部分に入るとメタリカばりの重く歪んだギター・リフが炸裂し、ステージには激しい閃光が走る。ギターの音圧が半端でない。聴いているだけで窒息しそうだ。サビでステージは眩しく輝き、背景スクリーンには放射線状の火柱のイメージが現れる。めらめらと燃え上がる不穏な炎。毒々しい曼珠沙華の花のようにも見える。大音量で聴く「No Ordinary Love」はとにかく圧巻だった。

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硬質な表情を見せるステージ

 箱型の4台のバンドスタンドは「No Ordinary Love」でのみ内部の鉄骨が剥き出し状態で登場する。これがハードで冷たい曲調にマッチしていて実にカッコいい。間接照明でシルエットで浮かび上がるシャーデーの姿も妖艶で美しい。
 曲の後半になると、ステージ右前方、ポール・デンマンの立ち位置のすぐ前に再び例の“穴”が現れた。アンドリュー・ヘイルのキーボードが用意されるトラップドアである。「Love Is Found」ではシャーデーがピンスポットで浮かび上がる中盤の暗転中にトラップドアが開くのであまり気にならないが、「No Ordinary Love」ではステージにぽっかりと穴が空く瞬間がもろに見える。ステージを見下ろしているスタンド席の観客には、この穴が結構気になる。ずっと同じ角度から眺めていると、ステージ上のちょっとした変化がすぐ分かるのだ。私の後ろの席の黒人男性客は突然現れた穴を見て、“なんだなんだ、何が出てくるんだ、カモン!”などと言って1人で騒いでいた(何も出てこねえよ、と教えてやりたかった)。

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ラストを飾る「By Your Side」

 「No Ordinary Love」が終わると、場内は一変してピースフルな空気に包まれる。コンサート本編のラストを飾る「By Your Side」だ。メイン・スクリーンはオレンジ一色に染まり、ステージは明るく温かな光で満たされる。この曲ではドラムのルウィンソンとパーカッションのボッシュを除き、全員がステージ前方に並んでパフォーマンスし、親密で和やかな雰囲気が作り出される。シャーデーが左右に歩き回りながら、観客全員に優しく語りかけるように歌う。私は彼女の柔らかな歌声にしみじみと聴き入った。

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大量の紙吹雪が客席に降り注ぐ

 終盤になると天井から大量の紙吹雪が客席に降り注いだ。その光景は美しかったが、私はステージを眺めながら寂しさばかり感じていた。これでコンサートが終わってしまうからである。遂にここまで来てしまった。なんて早いんだろう。私には溜息しか出なかった。

 「By Your Side」が終わると、ルウィンソンとボッシュの2人もバンドスタンドから降りてきて、全員が抱き合って互いを讃え合った。シャーデーが観客に謝辞を述べる──“ありがとう、ベガス。皆さんは外見も素敵だけど、私にとって大切なのは皆さんの内面の素晴らしさです。ベガス、今夜はありったけの声援をどうもありがとう”。男たちがバンドスタンドの前にずらりと並び、シャーデーが右端のポール・デンマンから順に一人ずつメンバーを紹介していく。全員に温かい拍手が送られるが、8人の中ではやはりスチュアート・マシューマンが一際大きな喝采を浴びていた。

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“We will always remain your soldiers of love”

 メンバー紹介が終わると、いつもの通り“これが私たちです(This is us)”と言ってシャーデーが列の真ん中に入り、全員で肩を組んでステージ前方へ歩み出てきた。“今夜は驚きだったわ、ベガス。どうもありがとう”。そして、最後にひとこと、彼女は観客に向かってこう言った──“私たちはいつまでも皆さんの愛の戦士であり続けます(We will always remain your soldiers of love)”。全員揃ってお辞儀をした後、満場の大喝采の中、シャーデーはいつも通り駆け足でステージ後方へ姿を消した。拍手をしながら、私は裸足で駆けていく彼女の後ろ姿をしっかりと目に焼き付けた。彼女に続いて8人の男たちもステージを後にした。

 はあ……。行ってしまった……。ステージが暗くなると、私は虚脱して席に座り込んだ。これでもうコンサートの9割以上が終わってしまった。なんてこった……。しかし、私はもう1曲、アンコールがあることを知っていた。この後に極上の“デザート”が控えているのだ。シャーデーをフルコースでたっぷり味わうこの究極のコンサートは、最後に驚くべき特製デザートで締め括られる。それは私が最も好きなシャーデー作品であり、今回のショウで最も楽しみにしていたパフォーマンスでもあった。最も聴きたい曲ではあったが、正真正銘のラスト・ナンバーであるため、ずっと聴かないでいたい曲でもあった。私はいつまでも彼らのショウを観ていたかった。

 メンバーが全員ステージを去り、ステージが暗くなってからアンコールが始まるまでの数分間──後で録音を確認したところ、正確には僅か3分だったのだが──ここで信じられないことが起きた。

 真っ暗な場内では大喝采が続いていた。アンコールを求める拍手や歓声、地面をドカドカと踏み鳴らす音が鳴り響く。その一方で、早々と会場を後にする観客もいた。混雑を避けるため、終演と見るやさっさと席を立つ観客はどこにでもいるものである。この後にアンコールがあるというのに、もったいない。私は通路側の席だったので、観客たちが階段を上って出口へ向かう様子がよく分かった。人が次から次へと階段を上っていく。どんどん帰っていく。足早にぞろぞろと会場を出ていく人の群。……ちょっと待った。これはいくらなんでも帰りすぎじゃないか。君たちはアンコールというものを知らないのか?! 確かにメンバーたちが揃ってお辞儀をしたが……。出口へ向かう人の流れは一向に途切れない。ものすごい行列である。ラスベガスの観客は本気で帰り始めていた。

 私のいたスタンド席は見る見るうちに空席だらけになっていった。おいおいおい。薄暗い客席を眺めると、前方が既にがら空き状態になっているのが見えた。次の瞬間、私は鞄を持って速攻で席を立った。

 私のいた席は右側スタンド、セクション12の19列目の左端である。左側は通路、右隣りには白人女性2人組がまだ座っている。前の列にも観客がちらほら残っている。振り返ると、満席だったはずのすぐ後ろの20列目(10席)は完全に人がいなくなっていた。私はこの20列目を通り抜けて右方向(ステージ寄り)へ移動し、そこからセクション12と隣りのセクション14の間の通路を下り、一気に最前列付近まで移動した。まばらになったスタンド席では、他にも残った観客たちがステージ寄りに場所を移動していた。信じられないことに、アンコールが始まるまでの僅か3分の間に、ラスベガスの観客──少なくとも私がいた右側スタンド席の観客──は半分近く帰ってしまったのである。こんなことがあっていいのか!

 セクション14の3列目の真ん中あたりに来たところで、メンバーたちがステージに再登場し、ピート・ルウィンソンがドラムを叩き始めた。始まった! 再び大歓声がわき起こる。ステージでは'93年ツアーのアンコールと同じように、ドラム・ビートに乗って男たちが観客に手拍子を促している。ノリノリでステップを踏むトニー・モムレル! ステージが明るくなると、すぐ前の2列目も真ん中あたりまで空いているのが分かった。私はステージを見ながら急いで回り込み、最終的にセクション14、2列目の真ん中までやって来た(座席表参照)。私が手拍子に参加し始めたちょうどその時、スチュアート・マシューマンがレス・ポールであのブルージーなリフを弾き始めた!

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すぐ目の前にステージが~!!

 アンコール曲「Cherish The Day」。私はこの数分間の体験を一生忘れないだろう。目の前には信じられない光景が広がっていた。右側スタンド席の19列目からステージ寄りに2列目まで移動すると、視界は劇的に変わった。アリーナ席で言うと、私がやって来たのは前から13~14列目あたりの位置である。ステージは本当にすぐ目の前にあった。

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ああああ~!

 スクリーンには白昼のマンハッタンの美しいモノクロの空撮映像が広がっている。赤い衣裳に着替えた紅一点のシャーデーが、ステージ右端から歌いながらゆっくりと姿を現す。信じられなかった。目の前にシャーデーのメンバーが全員いる。そして、最愛の曲「Cherish The Day」を演奏している!

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ぬおおお~!

 もう、どこを見ていいか分からない。なにせ9人全員いるのだ。並んで演奏するポール・デンマンとライアン・ウォーターズ、パワフルにビートを叩くピート・ルウィンソン、揃いの白黒シャツに着替えたリロイ・オズボーン&トニー・モムレル、スマートなアンドリュー・ヘイル、ボーラーを被ったカール・ヴァンデン・ボッシュ、渋いスチュアート・マシューマン、そして、シャーデー。みんないる。全員の表情まで肉眼ではっきりと見えた。ステージの全景もすごい。何もかもすごい。私の情報処理能力は完全にパンク状態だった。

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歌ってる~!

 シャーデーのコンサートを間近で見ることができたら、どんな気分だろうとずっと思っていた。自分は感動して泣くだろうか? 気が狂うだろうか? この時、私は少しも泣かなかったし、狂いもしなかった。私はただただ慌てていた。興奮しきっていた。この時の私の気分は、多分、カジノのスロットマシンで大当たりが出て、コインが滝のように流れ落ちてきた時のギャンブラーのそれと全く同じである。私は必死でコインを掻き集めようとした。この瞬間のすべてを記憶に焼き付けようと無我夢中だった。いくら掻き集めてもコインは手からどんどんこぼれ落ちていく。あらゆるものが眩しく輝いていた。シャーデーがすぐ目の前で演奏しているのである。本当に信じられない夢のような瞬間だった。それは、最後の最後になって天が私に与えた“ジャックポット”に違いなかった。

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シャーデーの顔は丸かった!

 初めて至近距離から見るシャーデーの顔は、驚くほど丸かった。なんて丸い顔なんだ。こんな丸顔の人は見たことがない。すごい。私は彼女の顔のあまりの丸さに強い衝撃を受けた。

 とりあえず写真を撮らねば。興奮で手が震える。カメラを固定してピントが合うまでの僅かな時間さえもったいない。本当に写真なんか撮っている場合ではなかった。私は手を叩き、写真を撮り、夢中でステージを眺めた。一度に色んなことができないのがもどかしかった。

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昇っていく~!

 あたふたしているうちにワンコーラスが終わってしまい、シャーデーがステージ中央の床からグイ~ンと伸びるリフトに乗って上昇し始めた。同時に、天井から透明スクリーンがドワ~ッと下りてくる。うお~。これだ~! YouTubeで何度も見た光景がすぐ目の前で大迫力で展開する。マジか~! この立体感、臨場感! 実際にそこでやっているのだから、立体感も臨場感もあって当たり前だ。この圧倒的な情報量は、どんなに言葉を費やしても、どんな大容量メディアを以てしても伝えることができない。

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やったー!

 透明スクリーンが下りると、シャーデーが摩天楼の上で歌う「Cherish The Day」ヴィデオの絵が完成した。赤い衣裳のシャーデーがモノクロのマンハッタンの風景の中に鮮やかに浮かび上がる。すごい! ずっとこれが見たかったんだ! マンハッタンの大展望が広がるステージを見上げ、私は感無量だった。間近で見て、スクリーンは案外大きくないんだなあ、とも思った。全景写真を1枚撮り、きちんと撮れていることを液晶画面で確認して、後はこの絶景にひたすら見入った。摩天楼の上でシャーデーがマシューマンを見下ろしながらお決まりのアクションを見せる。爆音のダブ・サウンドに全身が震える。音がミサイルみたいに飛んでくる。焼夷弾みたいに降ってくる。カッティングのミュート・ギターが下降していくブレイクダウンが最高だ。畜生、なんてカッコいいんだ!

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シャーデーがあんなところに!

 後半になると透明スクリーンが上がり、バンドが観客の前に再び直に姿を見せた。スクリーン越しに見るより、やはり直接見る方がいい。私は改めてステージを見渡し、その空間の美しさに感動した。私が移ってきたスタンド席の2列目は、メンバーたちとほぼ同じくらいの高さからステージ全体をゆったりと見渡せる最高の場所だった。視界に丁度良く全景が収まる。アリーナ席の前方も確かに魅力的だが、私はステージの床もよく見たかったので、これは本当に最高の眺めだった。

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これっきりですか……!

 曲が一旦終わり、ブレイクビーツのコーダ部分に突入すると同時に、シャーデーを乗せたタワーがゆっくり下降を始めた。ステージが赤く染まり始め、シャーデーが再びステージの上に降りてきた。ああ、終わってしまう……! このコーダ部分は'01年ツアーではすぐにフェイドアウトしたが、今回のツアーでは'93年ツアー並に長い。シャーデーとオズボーン&モムレルのヴォーカルの絡みが最高だ。オズボーンの男前な低音ヴォイスにしびれる。しかも、「Soldier Of Love」のフレーズを織り込んで歌っている! マシューマンのギターもかっちょいい!

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シャーデー!

 リフトから降り、前方に歩み出てきたシャーデーが観客に敬礼とお辞儀で最後の挨拶をする。スクリーンからマンハッタンの映像が消え、ステージ全体が赤く照らされる。上の写真は私が最後に撮った1枚である。この後、シャーデーは後ろへ下がり、最初に登場したステージ中央のトラップドアから姿を消す。同時にブレイクビーツのループがフェイドアウトし、8人の男たちを乗せた4台のバンドスタンドがゆっくり下降して消えていく。オープニングの登場場面がリバースされるのだ。これ以上ない最高の演出である。
 私はこの劇的な退場場面を写真に撮らなかった。上の写真を撮った後、私は邪魔なカメラをポケットに押し込み、後はひたすら狂ったように拍手していた。万感の思いを込めて彼らに拍手を送った。何もかも夢のようだった。本当に最高だった。最高に素晴らしいショウだった。


 全員が姿を消して場内が闇に包まれた後、20秒ほど経って客電が点いた。私は拍手をやめ、茫然とステージを眺めた。ステージは開演前と同じように、何もないのっぺらぼう状態でそこにあった。まるで狐につままれたようだった。

 終演直後のこの時、会場に観客がどのくらい残っていたか私は正確に記憶していない。私は放心状態で周囲をあまり見ていなかったが、自分のいたスタンド席がどこもかしこもゴミだらけでやたら汚かったことはよく覚えている。人が少なかったからゴミが目に入ったのだ。アンコールの時点で観客の数が劇的に減っていたのは確かである。イントロのドラムと大歓声を耳にして慌ててロビーから引き返してきた観客もいたと思うが、自分の席に戻っている暇はなかっただろう。私のいた右側スタンド席に関して言えば、アンコールの「Cherish The Day」はほぼ自由席状態だった。
 どうしてこんなことが起きたのかは分からない。日本だったら考えられないことだ。他のシャーデーのコンサート会場でも同じような現象が起きているのだろうか? それとも、観劇慣れしたラスベガスの観客だからこそ、「By Your Side」後のコーテンコールを見て、逆にさっさと帰る人が多かったのか? ともかく、私はラッキーだった。たった1曲「Cherish The Day」だけ──時間にして僅か8分弱──だったが、私は間近でシャーデーを観ることができた。ラスベガスまで来て本当に良かったと思った。カジノの街で最後の晩、私は最高にツいていた。

 終演は午後11時57分。130分のショウだったが、私には13分に感じられた。13秒と言っても大袈裟ではないかもしれない。本当にあっという間だった。ほんのちょっと眠っただけのつもりが、実際には何時間も経っていてビックリ、ということがよくある。まさにあの感覚だ。130分の間、私は夢を見ていた。夢の中では時間の感覚が失われるのである。私は“夢中”という言葉の意味を身に染みて感じた。

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終演から2分後のステージ(午後11時59分撮影)

 終演後、スタンド席を歩いてステージのすぐ傍まで行ってみた。近くでまじまじと眺めても、大きいのか小さいのかよく分からないサイズのステージである。バンドスタンドはすべて床下に潜り、ステージ上には何もない。ほんの数分前までシャーデーたちがいたとはとても思えなかった。中央にポツンと立つシャーデーのリフトの背もたれが、辛うじてショウの名残を感じさせるくらいだ。一番左のカール・ヴァンデン・ボッシュのスタンドがある穴からは、パーカッションの一部が覗いていた。床下はそれほど深くないようだ。少し身体を屈めないと天井に頭がぶつかるくらい狭いのかもしれない。また、写真を見て後から気付いたことだが、ステージの真ん前──カメラ用のレールとステージの間──に、八角形の形をしたライトのようなものがシャーデーの立ち位置に向けて2台設置されている。コンサート第3部でシャーデーの髪が風にそよぐ場面があって、映像で見ながらいつも綺麗だなあと思っていたのだが(特に「The Moon And The Sky」)、どこから風を送っているのか不思議だった。これはシャーデー用の扇風機ではないだろうか。

 終演直後の場内には、面白いことにハリー・ニルソンの「Everybody's Talkin'」が流れていた。映画『真夜中のカーボーイ(Midnight Cowboy)』(1969)の主題歌である。

  Everybody's talking at me
  I don't hear a word they're sayin'
  Only the echoes of my mind
  
  People stopping staring
  I can't see their faces
  Only the shadows of their eyes
  
  I'm going where the sun keeps shining
  Thru' the pouring rain
  Going where the weather suits my clothes
  
  Banking off of the north east wind
  Sailing on a summer breeze
  And skipping over the ocean like a stone
  
  人が何と言おうと
  耳にゃ入らない
  おれの心の響きだけ
  
  人がおれを見てても
  おれは気にしない
  目に影が見えるだけ
  
  どしゃ降りの雨を抜けて
  陽の当たる所へ行く
  この服の似合う所へ 
  
  夏の風に乗って
  船を出す
  飛び石のように海を越える
  
 (『真夜中のカーボーイ』日本語字幕より)
 
 意外な選曲ではあったが、分かるような気がした。幕開け曲「Soldier Of Love」は西部劇をモチーフにしているし、幕引き曲「Cherish The Day」ではポール・デンマンがカウボーイ・ハットを被って登場した。メンバー紹介の際、シャーデーはアンコールでのデンマンの衣裳を仄めかして、“皆さんの運が良ければ、あとでカウボーイの最後の生き残りを見られるかもしれないわよ(If you are very very lucky and stick around, you may see the last living cowboy)”とも喋っていた。彼らは自分たちのことを、現代に生きる場違いな“擬似カウボーイ(なんちゃってカウボーイ)”として捉え、ジョン・ヴォイド演じるあの映画の主人公に重ね合わせているのかもしれない。何にせよ、夢を追って知らない街に一人でやって来た私の耳に、この歌はとても心地よく響いた。

 「Everybody's Talkin'」を聴き終え、私は会場を後にした。右側スタンド席側のロビーに開いていた出口用の扉から外へ。ホテルの敷地内を人の流れる方向へ適当に歩いていくと、通路沿いにシャーデーのMGMグランド公演の告知があった。ホテル内でコンサートの告知はいくつも目にしていたが、それは初めて見るものだった。電球で飾られたちょっといい感じのパネルである。みんなその前で記念撮影をしていた。こんなところにもあったんだなあ、と思いながら私も写真を撮った(本記事冒頭の写真。深夜12時11分撮影)。広い館内には他にもまだまだシャーデーのコンサートの告知があったと思う。後から思えば、徹底的に探し回って片っ端から写真に収めておけば良かった。

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コンサートの帰り道、トロピカーナ通りからMGMグランドを望む(深夜12時19分撮影)

 人混みを抜け、MGMグランドからトロピカーナ通りへ出る。車はたくさん走っていたが、人通りはいつものようにまばらだった。それまでの喧騒が嘘のようだった。横断歩道の真ん中で振り返ると、グリーンとイエローでライトアップされたMGMグランドが夜の闇の中に綺麗に映えていた。

 私は興奮していた。帰り道を一人で歩きながら、ずっと“YES! YES! ”と思っていた。遂に観ることができたシャーデーのコンサート。しかも、アンコール「Cherish The Day」では全く思いがけない幸運が私に訪れた。最後に回ってきた特等席は、東京からわざわざ出向いた私へのご褒美だったのかもしれない。偶然には違いなかったが、私には最初からすべて自分のために用意されていたような気がしてならなかった。ともかく、ラスベガスで9月3日の夜、私はあらゆる意味で予想を超える素晴らしい体験をした。

 当たり前だが、映像で観るのと実際に会場で観るのとでは、全く印象が違う。違うことは分かっていたが、一体どこまで、どのように違うのか分からなかった。実際に会場でコンサートを体験して、ステージの美術、視覚的な演出の数々にも新鮮な感動を覚えたが、私が特に強く感銘を受けたのは、彼らのサウンドだった。北米ツアー中、シャーデーはインタヴューでこんなことを喋っていた。

「スタジオに入っている時、私たちは大音量で音楽を聴く。音量を上げて私たちの音楽を聴けば、何か聞こえてくるものがあるはずよ。違う風に聞こえると思う。違ったニュアンスがあるわけ。私たちにとってアリーナというのは、自分たちの音楽の実現の場なの。スタジオではいつも大音量で演奏しているわけだから。私たちの音楽が空間を重視しているのもそのせいだと思う。大音量で音楽を作っていると、空間が聞こえてくるものなのよ。私たちの音楽はBGM向きだと誤解されることがある。私は全然違うと思う。私たちはアリーナでこそ生き生きとするのよ」(20 July 2011, Nola.com)

 アリーナの広い空間いっぱいに響き渡る爆音のシャーデー・サウンドは、本当に鮮烈だった。手で触れられるんじゃないかと思うほど生々しい音の塊たち。シャープで立体的な音像は、まるで彫刻のように美しかった。全身を包み込む大迫力のサウンドに私は何度も恍惚となった。今までCDで聴いていた音は何だったんだ……とまでは言わないが、やたら完成度の高い爆音の生演奏は、シャーデーの音楽に対する私のこれまでの印象を軽く吹っ飛ばすに十分なものだった。本当はこういう音なんだなあ、と感嘆した。

 シャーデーのヴォーカルに関して言えば、決してベストではなかったと思う。会場でも感じたことだったが、後で自分の録った音源で確認しても、この日の彼女の調子は最高だったとは思えない。高音が辛そうだし、歌唱自体もかなり粗いところがある。音程もいつも以上に不安定だった。ただ、気迫が凄かった。気合いと集中力で、調子の悪さを見事に克服していたと思う。特に第2部以降の粘り強さとテンションの上がりっぷりには驚かされた。いつも調子がいいとは限らない。それもまたライヴの醍醐味である。この日、彼女はラスベガスの観客の前で、その時できる限りのベストを尽くしたのだと私は信じている。初めて聴く彼女の生の歌唱は、やはり感動的なものだった。

「ショウの醍醐味は実際に体験しないと分からないものよね。今までで最高のツアーにしようと皆で張り切ってるの。大掛かりなステージになるわ。かなりシアトリカルだし、視覚面でも曲をきちんと表現して、観客を別世界へ連れていけたらと思ってる。終わった後、観客の中に何か残るようなショウにしたいわ」(7 April 2011, AJC.com)

 '11年4月、ツアー開幕直前にシャーデーはそう言っていた。終演後、彼らのショウは私の中に一体何を残しただろうか? 帰り道を歩く私の胸には様々な思いが去来していたが、私がひとつはっきりと感じていたのは、温もりのようなものだった。ひとつひとつ丹念に演奏される愛の歌の数々。それらをしっかり支える盟友ソフィ・ミュラーのきめ細かな演出。作り手の真心が端々から伝わってくるショウだった。9人のメンバーを常に大きな声援で包み込む観客たちもまた素晴らしかった。私はシャーデーのコンサート会場で、多くの人間の心の温もりを感じた。私はこのショウに参加できたことを本当に幸せに思う。'11年9月3日──この日は、私にとってかけがえのない日となった。


01. Soldier Of Love
02. Your Love Is King
03. Skin
04. Kiss Of Life
05. Love Is Found
06. In Another Time
07. Smooth Operator
08. Jezebel
09. Bring Me Home
10. Is It A Crime
11. Love Is Stronger Than Pride
12. All About Our Love
13. Paradise
14. Nothing Can Come Between Us
15. Morning Bird
16. King Of Sorrow
17. The Sweetest Taboo
18. The Moon And The Sky
19. Pearls
20. No Ordinary Love
21. By Your Side
-encore-
22. Cherish The Day

21:47 - 23:57
Opening music: "Three Little Birds" by Bob Marley
Closing music: "Everybody's Talkin'" by Harry Nilsson

September 3, 2011, MGM Grand Garden Arena, Las Vegas
Personnel: Sade Adu (vocals), Stuart Matthewman (guitar, sax), Andrew Hale (keyboards), Paul S Denman (bass), Ryan Waters (guitar), Pete Lewinson (drums), Karl Vanden Bossche (percussion), Leroy Osbourne (backing vocals, guitar, flute), Tony Momrelle (backing vocals)


LEAVING LAS VEGAS

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会場で購入したツアーパンフ2部(右は裏表紙。宿泊先のモーテルにて撮影)

 この後、私は宿泊先の冴えないモーテルへ帰り、コンサートの余韻に浸りながら、ラスベガス滞在の最後の数時間を過ごした。後になってみれば、せっかくラスベガスまで行ったのだから、せめてあと1日いて、何かもうひとつくらいショウを観てもよかったと思う(現地に行って知ったことだが、実はこの時、MGMグランドの向かいのホテル、トロピカーナ・リゾート&カジノでグラディス・ナイトが長期公演中だった)。しかし、私は十分に満足していた。ラスベガスでは無数のショウをやっているが、この夜、シャーデーのショウは間違いなくラスベガス一素晴らしかった。私はラスベガスで一番最高のショウを観たのだ。これ以上、一体何を望むというのか。

 帰りの飛行機は、コンサート終了の僅か6時間半後、9月4日早朝の6時35分発だった。眠ったら起きられなくなるのは間違いないし、第一、興奮状態で眠れるわけもなかった。まだ空が真っ暗な朝4時半頃にモーテルをチェックアウトし、近くのフーターズというホテルからタクシーに乗ってマッカラン国際空港へ向かった。さらば、カジノの街、ショウビズの街。ビバ・ラスベガス!

※トロピカーナ通りのフーターズから空港までは、信号待ちを含めて10分くらいだった。到着間際に運転手から利用する航空会社を訊かれ、アメリカン航空だと答えると、きちんと同社のチェックイン・カウンターがある入口の前に車をつけてくれた。料金は10.5ドルだったが、チップを上乗せして12ドルを支払った。フーターズはタクシー乗り場がある巨大ホテルの中では空港に最も近い。ストリップ南部にいて、空港までのタクシー代を少しでも節約したい場合、フーターズまで歩くというのはひとつの手ではないかと思う(ラスベガスに流しのタクシーは基本的にない)。
 初めてラスベガスを訪れる人の中には、地図を見て、空港からストリップまで歩けるんじゃないかと思う人がいるかもしれないが(私がそうだった)、それは無理だと言っておきたい。まず、空港からトロピカーナ通りまでの道には歩道がない。タクシーに乗りながらまじまじと眺めたが、あんなところを歩いたら確実に車に跳ねられるだろう。そして、たとえどこかに歩道があったとしても、距離が半端でない。仮に空港からストリップ(MGMグランドがある交差点)まで歩いた場合、最低でも40分以上はかかると思う。空港からストリップまでの移動には、素直にシャトル・バスかタクシーを利用しよう。ラスベガスはとにかくだだっ広いのである。


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早朝のマッカラン空港内──スロットマシンをやる人はさすがにいなかった(9月4日午前5時7分撮影)

 ラスベガスまでシャーデーを観に行った私の話はこれでおしまいである。旅行記で帰り道のことを長々と書くのは野暮である。帰りは行きほど面白くないからだ。ロスで乗り継ぎの飛行機を待っている間の壮絶な睡魔との闘い、太平洋上を飛んでいる間、爆睡しっぱなしの隣りの通路席の男のせいで膀胱が破裂しそうになったこと、帰りも行きと同じく15時間近く煙草を吸えなかったこと……等々を詳細に報告しても仕方ない。ただ、機内で聴いていたコンテンポラリーR&Bのチャンネルから、思いがけなくシャーデーの「In Another Time」が流れたのは感動的だった。成田到着直前、窓から眺めた天空の世界の美しさ(私は窓際席だった)、房総半島が地図と全く同じ形をしていて驚きだったことも忘れがたい。私の旅は最後の最後まで夢のようだった。

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日本時間の9月5日午後、成田到着──“お帰りなさい”の文字に癒される

 この旅行記の冒頭で書いた通り、私はもともとジャネル・モネイのコンサートとセットでシャーデーを観に行くことを考えていた。9月9~10日、ケンタッキー州ルイビル、KFC Yum! Centerでのシャーデーとジャネルの2日連続公演が最初から決まっていれば、私は間違いなくルイビルへ飛んでいた。行かなくて良かったと思う。ルイビルに行ったら行ったで、そこにはまた思いもよらない素晴らしい体験が待っていたかもしれない。しかし、私は最終的にラスベガスという場所を選んで大正解だったと思っている。

 最初は現地まで行くのが面倒くさかった。旅行費も半端でない。どこでもドアで東京の自宅とMGMグランドを往復できれば最高だと思っていた。しかし、実際にラスベガスまで遙々行ってみると、私にはこの旅行のすべてが面白かった。シャーデーのショウだけでなく、クレイジー・ホースのショウ(スコット・ブラザーズ!)やマダム・タッソーにも行けたし、賑やかなストリップを歩くこともできた。娯楽施設や巨大ホテルだけでなく、私にとっては、ラスベガスの冴えないモーテルも、平凡なドラッグストアや飲食店も、何でもない道路も、街を歩いているごく普通の人々も、夕暮れ時に眺めたアメリカの広い空も、あらゆるものが新鮮で刺激的だった。バスやタクシーでの移動、東京とラスベガス間の往復路も同様である。私にはこの旅行のすべての行程が楽しかったのである。もっと言うと、2泊4日の旅行期間だけでなく、ベガス行きを決めてから出発までの3ヶ月間も楽しかった。遠足は当日よりも、それを待っている前日の夜が一番楽しかったりするものである。あのドキドキ感、ワクワク感。私が今回の旅行で最も幸せだったのは、ラスベガスに無事に着いた初日の晩、モーテルのベッドでゴロゴロしながら、“ああ、明日いよいよシャーデーが観られるんだ”と考えていた時かもしれない。

 滞在中、特に劇的なことがあったわけではない。何でもない旅行ではあったが、私にとってはちょっとした冒険だった。確かに大出費ではあった。しかし、ラスベガスまでシャーデーを観に行ったことを、私は少しも後悔していない。この数日間の経験のすべてが、私の一生の宝物となった。


AFTER ALL IS SAID AND DONE...

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帰国後、シャーデーのメンバーたちのブログで拙ブログが紹介された

 帰国から1週間ほど経った頃、私のこのブログが、シャーデーのメンバーたちがやっているSUPER BIEN TOTALというブログで紹介された。彼らがそこでファンの撮ったコンサート写真を募っていたことを思い出し、試しに送ってみたのがきっかけだった(詳しくは過去記事“Stronger Than Paradise 遂に世界デビュー?!”参照)。自分のブログが紹介されたこと自体も嬉しかったが、もっと嬉しかったのは、写真を添付した私のメールの文章を、メンバーの誰か(恐らくアンドリュー・ヘイル)がきちんと読んだという事実だった。私はその英文メールに“(12月の)豪州ツアーの後、日本に来てくれたら嬉しい。日本のファンは皆ずっと待っています”と記していた。その一文をメンバーが目にしたということが、私には何より重要だった。
 この文章を書いている11月末の時点で、シャーデーは12月前半の豪州ツアー終了後、日本を訪れないまま、12月16日にアラブ首長国連邦のアブダビで世界ツアーの千秋楽を迎えることがほぼ決定的になっている。来日公演が実現しないのは本当に残念なことだが、もちろん、それで彼らを責めることはできない。“日本に来て欲しい”という思いをメンバーに直接伝えることができただけでも私は幸せである。自分にできることはすべてやった。それでも来日が実現しないなら、それは本当に仕方のないことなのだと思う。

 今回、私はこのブログをやっていて本当に良かったと思った。SUPER BIEN TOTALで紹介されたからではない。このブログをやっていなければ、恐らく私がアメリカまでシャーデーを観に行くことはなかっただろうからである。私が最終的に渡米を決意できたのは、自分のこのブログのせいだと言っても過言ではない。要するに、こんなブログをやって派手にシャーデー・ファンを公言している以上、実際に彼らのコンサートを観に行かないと格好がつかないと私は思ったのである。映像だけ見ていくら偉そうなことを書いても、実際に会場でコンサートを体験した人の“最高だった”のひとことには及ばない。私はファンとしてけじめをつけるしかないと思った。男なら行くしかないと思った。そうしてラスベガスまで思い切って飛び、事前に全く想像もしていなかったたくさんの素晴らしい経験をすることができた。私はうっかりシャーデー・ブログを始めた自分の迂闊さに感謝したい。私のベガス行きは、'07年10月にこのブログを始めた時点で決まっていた。

 そして、シャーデーのメンバーたち。すべては彼らのおかげである。私の最大の幸運は、シャーデーというグループに出会えたことだ。私に素晴らしい旅をさせてくれた彼らに心から感謝。最高の音楽、最高のショウを本当にどうもありがとう。ビバ・シャーデー!


Sade and the boys...

Thank you for all those amazing experiences!


VIVA SADE!



(終)


※写真はすべて筆者撮影(クリックで拡大可)

Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 1)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 2)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 3)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 4)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 5)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 6)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 7)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 8)
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 (part 9)

Soldier Of Love Tour [2011]
Soldier Of Love Tour on YouTube

| Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011 | 07:50 | TOP↑

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