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Aspects of Love's Soldiers



 素晴らしかったシャーデーの'11年世界ツアー。4月のツアー開幕以来、私はずっとYouTubeに釘付けだった。YouTubeにはファンによって撮影された最新のコンサート映像が世界各地から連日アップされ続けた。全106公演中、1曲も動画が投稿されなかったのは、警備が厳しかったフランスのアムネビル公演(5月20日)のみで、それ以外の公演はすべて何らかの動画が投稿されている。私はそれらをひとつひとつチェックしながら、4月29日の初日から12月16日の最終日まで、ほぼ全公演の様子を見てきた。YouTubeを通して、ほとんどツアーに同行していたと言ってもいいかもしれない。

 シャーデーのショウは日によってセットリストが変わるわけではなく、基本的に毎日同じパフォーマンスが繰り広げられたのだが、106公演もやっていると、さすがにちょっとしたハプニング、アクシデント、細かい内容の変化などがある。それらは'11年ツアーのYouTubeリンク集“Soldier Of Love Tour on YouTube”で言及してきた。ここではその中から、特に珍しい場面、印象深かった場面を厳選して紹介する。今年はこのシャーデーの世界ツアー“珍場面・名場面集”で締め括ることにしたい。


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You Can Be Heroes... Just for One Song (Best Audience Award Winner)
23 May 2011, Ahoy, Rotterdam, Netherlands

 アデュがお色直しのため不在になるコンサート中盤の「Nothing Can Come Between Us」。トニー・モムレル&リロイ・オズボーンのバック・ヴォーカル隊がステージを引き継ぎ、バンドと観客が合唱する大盛り上がりのコーナーである。この曲ではステージ後方の巨大スクリーンに観客席の様子が映し出される。スクリーンに大写しになる自分の姿を見て、指差しながらはしゃぐ観客、照れくさそうに困惑した表情を浮かべる観客など、公演地ごとに様々な反応が見られて面白い。
 そんな中、5月23日のロッテルダム公演で一際目立つ観客がいた。タンクトップ姿でノリノリで踊るスタンド席の若者。最初、カメラは観客席の様子を万遍なく捉えていたが、終いにはこの熱い兄ちゃんしか映らなくなる。スクリーンに映るイケイケな彼の姿を見て、観客も大いに盛り上がる。スクリーンに背を向けているステージ上のメンバーたちは、観客がなぜ異様に盛り上がっているのか不思議だっただろう。タンクトップの若者は、その突出した存在感で見事に巨大スクリーンを独占した。この刹那、彼はコンサートの主役になった。106公演中、「Nothing Can Come Between Us」で最も長い時間スクリーンに映った観客は、間違いなくロッテルダムのこの若者である。ベスト・オーディエンス賞は彼に決まりだ。


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From Paul in Memphis
29 July 2011, FedEx Forum, Memphis, TN, United States

 7月29日のメンフィス公演。この日はポール・デンマンの54歳の誕生日だった(映像では確認できないが、メンバー紹介の際にアデュがそのことに触れたようだ)。アンコールの「Cherish The Day」で、デンマンはなんとエルヴィス・プレスリーのコスプレで登場。ケープ付きの真っ白なジャンプスーツ、白いカウボーイ・ハットにサングラスという格好で観客を驚かせた。デンマンはエルヴィスの大ファン(彼の右の二の腕の外側にはエルヴィスの顔の刺青が入っている)。しかも、メンフィス公演と自分の誕生日が重なったこともあり、このような特別衣裳での登場となった。YouTube動画では、アデュがステージ上でデンマンのコスプレを発見して笑っているのが確認できる。デンマンに合わせて、スチュアート・マシューマンもサングラスを着用。シャーデーのショウでこうしたお遊びは珍しい。この日の「Cherish The Day」は特別だ。

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クラバットをしたデンマン(左)、似たようなタイ姿のクラーク・ゲーブル(右)

 メンバー紹介でポール・デンマンを紹介する際、アデュはいつも彼のファッションに言及した。彼の首もとを指しながら、“彼はとても洒落者で、今でもクラバットをしてるの。今時こんなの珍しいでしょ?”。“クラバット(cravat)”というのは、ネクタイの源流になった17世紀の男性のネックウェアで、スカーフ、あるいはアスコット・タイのことである(仏語では“cravate”で普通にネクタイを指す。仏軍のクロアチア人将校が首に色鮮やかな布を巻いていたことに因む)。年輩の男性でお洒落な人は、今でもこういうスカーフをタイ代わりに首に巻いている。7月29日のメンフィス公演は、そんな洒落者のデンマンが最高に輝いた日だった。


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Can't You Open That Trapdoor!?
23 August 2011, Cricket Amphitheatre, San Diego, CA, United States

 106公演を通して最もイレギュラーな内容だったのは、8月23日のサンディエゴ(チュラビスタ)公演だろう。この日はまずオープニングで仰天させられた。通常の演出では、ステージを覆う3枚の巨大な黒い幕──雷雲のイメージが映し出される──が一瞬で取り払われ、続いて「Soldier Of Love」イントロに乗って床下からアデュとメンバーたちが登場する。ところが、この日は3枚の幕の代わりに、ショウの中盤以降で使われる透明スクリーンがステージを覆っていた(画像中段左)。しかも、メンバーたちは床下から現れず、最初からステージ上にいて、逆光を浴びてスクリーンに大きなシルエットで浮かび上がる(画像中段右/マイケルの'96~97年ツアーの「Smooth Criminal」状態)。そして、曲のイントロに合わせてゆっくりとスクリーンが上がり、アデュがステージ後方から前に出てくる……(画像上段/その後は通常通り)。これはこれで別に悪くはないし、観客も大いに盛り上がってはいる。しかし、メンバーたちが床から登場するいつもの演出と較べると、明らかに見劣りがする。なぜあの最高の演出を変えてしまったのか?
 通常のアリーナ公演では、何もない場所に一からステージを設営するため、ステージ上にトラップドアを設けて床下からメンバーや機材を登場させることができる。この日の会場となったサンディエゴのCricket Amphitheatreの構造を見ると分かるが、この会場(屋外)はステージの位置が最初から固定されている。つまり、予め設置されているステージを使わなければいけないため、床下に人や機材が入るスペースを作れなかったのである。「Jezebel」や「Pearls」で床下に消えるはずの昇降可能なバンドスタンドも、この日はずっとステージ上に出たままだ(画像下段右)。箱形の4台のバンドスタンドが「No Ordinary Love」演奏時のように覆いなしで常に鉄骨が剥き出し状態になっているのも(画像下段左)、床下に空間がないためである。当然、この日は最終曲「Cherish The Day」の演出も変えざるを得なかった。アデュが高々と上昇するリフトは使えず、ついでに、マンハッタンの空撮映像が映し出される透明スクリーンも下ろされなかった。退場時、メンバーは床下に消えず、ショウはごく普通に暗転して終わったのだった。
 要するに、シャーデーはこの会場で公演してはいけなかった。会場の構造を知った時、クルーやメンバーはさぞかし慌てただろう。透明スクリーンを使ったオープニングは苦肉の策だったのだ。“シャーデー、床下に潜れない”事件は、106公演中、この1公演のみ。サンディエゴの観客は大変に珍しい公演を観たことになるが、これはさすがにちょっと可哀想な気がする。
 ちなみに、このサンディエゴ公演は私が観に行ったラスベガス公演の僅か10日前で、YouTubeでこれを目にした時、彼らが演出を変えてしまったのかと思って私は激しく動揺した。次の8月25日サンノゼ公演で通常演出に戻ったのを見て安心したが、こんなことがあるのかと驚き、ラスベガス公演の会場であるMGMグランド・アリーナの構造を慌てて調べてしまった。ともかく、レア度ではナンバー1の公演である。


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Jammin' in South America 1
11 October 2011, Club Subterraneo, Santiago de Chile, Chile

 北米ツアー(6~9月)の後、10月にシャーデー初の南米ツアーが実現した。初日は10月12日、チリのサンティアゴ公演。その前日に当たる10月11日の夜、シャーデーのサポート・メンバー全員──トニー・モムレル、リロイ・オズボーン、ライアン・ウォーターズ、ピート・ルウィンソン、カール・ヴァンデン・ボッシュ──が、なんとチリのクラブに現れ、約45分にわたって熱いジャム・セッションを繰り広げた。
 現地のバンドにトニー・モムレルが参加し、まず持ち歌の「Star」(リール・ピープル)を披露。そこから他のメンバーも加わって「Superstition」へ突入し、次々とソロを回しながら延々とジャムが続く。参加人数不明。現地のミュージシャン、歌手、ラッパーが大勢入り乱れて大変なことになっている。途中で女性歌手が「So What The Fuss」を歌う場面も。みんなやりたい放題だ。リロイ・オズボーンはなんとベースを担当(「The Sweetest Taboo」でいつもデンマンのベースに手を出してチョッパーのアクセントを弾くオズボーンだが、彼がまともにベースを弾く姿は初めて見た)。シャーデーのオリジナル・メンバーの姿が見えないのは残念だが、これはレア。いつも渋い演奏でシャーデーのサポートに徹している彼らが、現地のミュージシャンたちと交じりながら伸び伸び演奏する様子はとても面白い。音楽に国境なし。サンティアゴの夜は熱かった!


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Jammin' in South America 2
16 October 2011, Makena Cantena Club, Buenos Aires, Argentina

 シャーデーのブエノスアイレス公演翌日の10月16日。南米の開放的な空気のせいだろうか、サンティアゴのクラブに続いてブエノスアイレスのクラブにもシャーデーの男どもが出現。またしてもジャムを繰り広げた。今度はトニー・モムレル、ライアン・ウォーターズ、ピート・ルウィンソンの3人。毎週日曜夜に地元のクラブで催されている“Afromama Jams”という定例イベントのようで、ここでも現地のバンドに参加する形でセッションが行われた。共演ミュージシャンは、キーボード、ベース、女性歌手、男性歌手の4人。まず女性歌手がリードで「Feel Like Makin' Love」を歌い、ウォーターズのギターとキーボードの絡みが続いたところで、サンティアゴの時と同じく「Superstition」へ突入。トニー・モムレルは本当にスティーヴィー・ワンダーが好きだ(彼はリール・ピープルで「Golden Lady」のカヴァーも演っている)。人数が少ないせいもあるが、この日のセッションは大した発展もなく不発気味で終了。
 これら南米のジャム・セッションは幸い撮影者がいて、動画がYouTubeに投稿されたので知ることができた。こうしたジャムはもしかすると他の場所でも行われていたかもしれない。南米ツアーは珍しい出来事に加えて、YouTubeに投稿されるコンサート動画もハイ・クオリティなものが多く、追いかけていてとても楽しかった。


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Sade Cherishes Chile
13 October 2011, Movistar Arena, Santiago de Chile, Chile

 サンティアゴのMovistar Arenaで10月12~13日の2日間行われたチリ公演。その2日目、チリ公演最終日となる10月13日、コンサート終盤でとても印象深い場面があった。
 コンサート本編のラスト「By Your Side」の最中、アデュがステージ左端で観客から投げ入れられたチリの国旗を発見。彼女はそれを羽織ってみせた(画像左下/白地部分に“Sade”と書かれている)。観客、大興奮。羽織った後、国旗はその場に放置されるのだが……。これだけでもかなり珍しい場面だが、驚くのはアンコールの「Cherish The Day」。パフォーマンスを終え、メンバー全員がトラップドアから消えていくいつもの退場場面で、アデュは突然、ステージ中央の自分の持ち場を離れてステージ左隅へ歩いていった。彼女はそこで再びチリの国旗を拾い上げ(画像右下)、ステージ中央へ戻ると、国旗を羽織ってチリの観客に敬礼し、そのまま国旗と一緒に退場したのである。チリのファンはどんなに嬉しかっただろう。この時の観客の気持ちは、来日公演で同じことが起きたことを想像すれば容易に察しがつく。私はチリ人ではないが、これを見て大感動してしまった。シャーデーのショウは演出が細部まで厳密に決められていて、メンバーがアドリブで予定外のことをやることはほとんどない(各人が好き勝手に立ち位置を移動しているように見える「Paradise」でさえ、実はすべて動きが決まっている)。チリ公演2日目の「Cherish The Day」でアデュが見せた行動は、本当に例外中の例外なのである。最後の大事な退場場面で、演出を崩してまで国旗を取りに行った彼女の判断は素晴らしかった。同じパフォーマンスの繰り返しのように見えても、やはりすべての公演が違う。こういう場面を見ると、彼女が優れたライヴ・パフォーマーであることがよく分かる。


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Where Have All the Good Guys Gone?
15 October 2011, Anfiteatro Vicente Lopez, Buenos Aires, Argentina

 10月15日のブエノスアイレス公演。メンバーたちがトラップドアから一斉に迫り上がってくるオープニング曲「Soldier Of Love」で、トニー・モムレル、リロイ・オズボーン、ピート・ルウィンソン、ポール・デンマンの4人を乗せた右2つのバンドスタンドが上昇しないというトラブルがあった。音は全員分きちんと出ているが、ステージにはしばらく5人の姿しか見えない。取り残された4人の男たちは、序盤の“I'm at the hinterland of my devotion”の部分でやっと上昇してくる。床下でさぞかし慌てただろう。これは間抜けだ。先にステージに出ていた5人の中でこの異変に気付いたのは、登場時に後ろを振り返るアデュだけではないだろうか(普通にパフォーマンスしているが)。色々なトラブルがあるものだ。


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Leroy Sings "A Song For You" with Ten Thousand People Watching!
October - November 2011, South America and Europe

 “この長身のハンサムな男性とは長年の付き合いになります”──「By Your Side」後のメンバー紹介の際、リロイ・オズボーンのことをアデュはいつもそう紹介した。しかし、公演によってはその後にこう続けた──“彼は以前、私の結婚式の時に歌ってくれたの。みんな聴きたくない?”。アデュにマイクを向けらたオズボーンが、レオン・ラッセルの「A Song For You」を、歌詞の通り“1万人の聴衆が見つめる中”、アカペラでワンコーラス歌う。観客は大喝采。“私の結婚は続かなかったけど、幸いこっちは続いたわ。リロイ・オズボーンです!”──アデュは彼の紹介をそう締め括った。オズボーンが艶やかな声で歌い上げる「A Song For You」は、観客にとって思わぬボーナスとなった。リロイ・オズボーンは'85年からずっとシャーデーのツアーとレコーディングに参加している古株で、シャーデーの“5人目のメンバー”とも言える人物である。今回のツアーではトニー・モムレルの活躍に押され気味だったので、メンバー紹介で彼にこうしてスポットが当てられたのはとても嬉しかった。
 オズボーンの「A Song For You」は、ツアー後半のいくつかの公演で聴くことができた。私が実際にYouTube動画で確認したところでは、10月15日ブエノスアイレス公演、10月20日サンパウロ公演、10月29日ソフィア公演、11月8日モスクワ公演、11月25日ウィーン公演でオズボーンの歌唱コーナーがあった(他の公演でも歌った可能性はある。YouTubeではメンバー紹介部分まで動画が上がることは稀であり、すべての公演を確認したわけではない)。アデュは日によって「A Song For You」を振ったり振らなかったりするので、メンバー紹介で自分の番を待つ間、オズボーンはいつも少し気を揉んでいたかもしれない。ちなみに、10月20日のサンパウロ公演でアデュは「A Song For You」のことを“ダニー・ハサウェイの歌”と言っている。彼女にはラッセル版よりハサウェイ版の方が馴染み深いのだろう。


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Stranger in Paradise
03 November 2011, Hartwall Areena, Helsinki, Finland

 11月3日のヘルシンキ公演。「Paradise」の最中、アデュの腰についているイヤーモニターの受信機をローディーのおっさんが直しに出てくるというハプニングがあった。直した後、おっさんはくるりと一回転し、ノリノリで踊りながら退場。見知らぬゲストの登場で観客は更に盛り上がったのだった。
 ちなみに、9月7日、オースティン公演の「Paradise」では、アデュが歌唱中にマイクをステージの下に落とすというアクシデントがあった。カメラマンがマイクを拾ってアデュに渡すまで、バンドは笑いながら演奏を続けていたという。この目撃談は実際にショウを見たファンが公式サイトの掲示板で報告しているが、この日の「Paradise」の動画は残念ながらYouTubeには投稿されていない。


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Tragedy in Bratislava
13 November 2011, Zimny Stadion Ondreja Nepelu, Bratislava, Slovakia

 ブラチスラバの悲劇。11月13日のブラチスラバ公演で、シャーデーは最悪の機材トラブルに見舞われた。演出の要であるステージ後方のメイン・スクリーンに映像が出なくなったのである。実は1週間前のサンクトペテルブルク公演(11月5日)でも2曲で同様のトラブルがあったのだが、ブラチスラバでは少なくとも7曲──「Jezebel」「Love Is Stronger Than Pride」「All About Our Love」「Paradise」「Morning Bird」「The Moon And The Sky」「No Ordinary Love」──でスクリーン映像が全く出なかった。これはさすがに洒落にならない。「Morning Bird」では透明スクリーンを下ろさず、真っ暗なステージでアデュとアンドリュー・ヘイルがピンスポットに照らされて寂しくパフォーマンスしている(スクリーン映像が使われる曲では「Bring Me Home」のみYouTube動画がないため未確認だが、これも透明スクリーンなしで演奏された可能性がある)。何らかの理由で映像データが出力されなかったのだろう。但し、ステージ両脇のサブ・スクリーン用に撮影されているステージ上のライヴ映像は映すことができたようで、「Paradise」では、いつも使われるピート・ルウィンソン&カール・ヴァンデン・ボッシュのシルエット映像の代わりに、「Nothing Can Come Between Us」時のように、ステージ上のメンバーの様子をメイン・スクリーンに映すという応急処置がとられた(画像上段)。普段、ステージ上のアデュがメイン・スクリーンに大写しになることはないので、この日の「Paradise」は非常にレアである。ちなみに、「Love Is Found」では、きちんとスクリーン映像(アデュ&クラウドのダンス映像)は出ているものの、アデュがステージに現れる前に彼女用のピンスポットが点いてしまうという珍しい照明のミスがあった。呪われているとしか思えない。バンドは好演しているが、ブラチスラバ公演のクルーは本当にボロボロだった。


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Tragedy in Bratislava 2: Leroy Forgets "Everybody Say Yeah!"
13 November 2011, Zimny Stadion Ondreja Nepelu, Bratislava, Slovakia

 ブラチスラバの悲劇は上記だけにとどまらない。同じ日、実はバンドのメンバーにも異変が起きた。これはツアーの様子をずっと追いかけて見ていないと分からない地味なミスなので、ちょっと説明が必要だろう。“悲劇”は、バンドと観客が合唱する「Nothing Can Come Between Us」の最中に起きた。
 曲の中盤のブレイクダウン部分で、トニー・モムレルは観客にいつも“2つのお願い”をする(ひとつは、立ち上がること。もうひとつは、一緒にサビを歌うこと)。モムレルがひとつめのお願いをして観客を立ち上がらせた後、リロイ・オズボーンが“Everybody say Yeah!”と呼びかけて観客とコール&レスポンスを繰り広げる。このコール&レスポンスは10月20日のサンパウロ公演でオズボーンがアドリブでやったものだったが、いい感じで盛り上がったため、東欧ツアー(10月29日~)からはこれがルーティン化した。モムレルの“ひとつめのお願い”と“ふたつめのお願い”の間に、オズボーンが“Everybody say Yeah!”コールをやるというのが約束事としてはっきり決められたのである。ところが、ブラチスラバ公演で彼はこれをうっかり忘れてしまった。この日の「Nothing Can Come Between Us」は、モムレルがひとつめのお願いをした後、しばらく不自然な間が空く。この時、モムレルは“おい、あんたの番だぞ”と思いながらオズボーンの“Everybody say Yeah!”をじっと待っているのだが、いつまで経っても言わないため、仕方なく自分で“Somebody say Yeah!”と観客に呼びかける。自分の番だと気付いたオズボーンの慌てぶりが可笑しい。
 セットリストの全22曲中、ツアーの進行と共に最も成長したナンバーがこの「Nothing Can Come Between Us」だった。ツアー開幕当初、モムレルは観客にただ一緒に歌うことを促すだけだったが、そのうち“2つのお願い”として、座っている観客を立ち上がらせてしっかりショウに参加させるようになった。東欧ツアーからルーティン化したオズボーンによる上記の“Everybody say Yeah!”コールも、11月16日からは“Yeah!”の他に“Sade!”と“In the house!”の言葉が入るようになった。当初はアデュの着替えのための場繋ぎ的なナンバーでしかなかったが、ツアーが進むにつれ、アドリブを加えながらどんどん熱くなり、パフォーマンスは日に日に完成度を増していった(最終的に演奏時間も随分長くなった)。私はいつもYouTubeでこの曲をチェックするのが楽しみだった。


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Sade Live Tonight in...
29 April - 16 December 2011

 今回のツアーで個人的に最も印象深かったのは、公演地名の入ったネオン・ビルボードが輝くコンサート中盤のパートである。ビルボードを使った演出自体も良かったが、このパートはツアーが進むにつれて演奏される曲が変わっていった点で特に印象深い。欧州ツアー(4~5月)の「Still In Love With You」、北米・南米・東欧ツアー(6~11月)の「Love Is Stronger Than Pride」、そして、豪州・中東ツアー(12月)の「The Safest Place」。長い世界ツアーの間、セットリストに変化があったのはこの部分だけである。
 飽くまで推測だが、途中から「Love Is Stronger Than Pride」が取り上げられたのは、この曲に対する周囲のリクエストがあまりにも多かったためだと思う。'93年ツアー以来、この名曲が久々にライヴで復活したのは嬉しかったが、正直、パフォーマンスとしては平凡な印象が拭えなかった。“シャーデーのコピーをするシャーデー”のようでもあり、個人的には、他の曲に較べるといまいち説得力に欠けていたように感じる(「Love Is Stronger Than Pride」を演るなら、もっと別の演出を考えて欲しかった)。現在のシャーデー(アデュ)とこの歌には、もうあまり接点がないのかもしれない。
 「Love Is Stronger Than Pride」は、12月の豪州ツアーに入って突然セットリストから落とされた。差し替えではなく、このビルボードのパート自体がなくなってしまったのだが、豪州ツアーの途中で新曲の「The Safest Place」が取り上げられ、再びステージにビルボードが輝くことになった。パフォーマンス自体は良かったが、静謐な「The Safest Place」と華やかなビルボードはどう考えてもミスマッチで、ショウの流れ的にも違和感が否めなかった。3曲を較べると、結局、一番最初の「Still In Love With You」が最もしっくりくる。「Still In Love With You」のまま最後まで押し切るか、あるいは、このビルボードのパートはいっそ日替わりにして、もっと色んな曲を取り上げても良かったと思うのだが……。この中盤部分の僅かな“ほころび”が、逆に彼らのショウの構成の緻密さを感じさせて面白くもあった。


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 4月にツアーが始まってから、私はずっとシャーデーばかり聴いていた。私は日々彼らの音楽を聴き、飽きることなく彼らのツアーを追いかけた。ここまでどっぷりシャーデーに浸ったのは、もしかするとファンになりたての頃以来かもしれない。'11年を通して私が最も聴いたCDは、『THE ULTIMATE COLLECTION』のディスク2(と、自分で録ったラスベガス公演のライヴ音源)である。年間最優秀ソングは、もちろんシャーデー「Love Is Found」で決まりだ。'11年はシャーデー・ファンにとって本当に最高の年だった。もっとたくさんの記事を書きたかったが、全く筆が追いつかなかった。興奮と感動の連続で、とても文章など書いている暇はなかった。

 4月以降、私はシャーデーのおかげで明るい気分になることができた。私は2011年を、東日本大震災の年、そして、シャーデーの世界ツアーが行われた年として記憶するだろう。素晴らしい贈り物をくれた彼らに改めて感謝したい。こんな記事を書きながら平穏に1年を終えられることを、私は本当に有り難く思う。2012年がすべての人にとって良い年となりますように。



Soldier Of Love Tour [2011]
Soldier Of Love Tour on YouTube
Sade World Tour 2011 Audience Video Awards
Sade @ MGM Grand Garden Arena 2011

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