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いつかそのうち



 『SOLDIER OF LOVE』(2010)にはシャーデー・アデュが娘のアイラに向けて書いた歌が2曲収録されている。ひとつは「Babyfather」、もうひとつはツアーでも披露された「In Another Time」である。

 「In Another Time」は6/8拍子のスロー・ナンバー。カントリー風情のレイドバックした演奏に乗せて、アデュが優しく穏やかに歌いかける。スチュアート・マシューマンの久々のサックス・プレイも光る、シャーデーらしいビター・スウィートな曲だ。アデュが娘に向かって“そのうち”と歌うその心は一体なんだろう。


 In Another Time
 (Adu/Matthewman/Hale)
 
 You'd be surprised girl
 Soon they'll mean nothing to you
 They'll fall into their brew
 And take down some of the boys with them too
 There's nothing
 Nothing that you have to do
 
 驚くだろうけど
 じきにあの子たちはあなたにとって何でもなくなる
 バツが悪くなって
 みんなどこかへ行ってしまうわ
 大丈夫
 あなたは何もしなくていい
 
 In another time girl
 Your tears won't leave a trace
 In another time girl
 In another place
 
 いつかそのうち
 その涙はきれいに乾く
 いつかそのうち
 いつかきっと
 
 You've been down girl
 Their whispers are hailstones in your face
 You're so tired of waiting
 For something to change
 They don't know what to do with
 Something so good
 That you wouldn't hurt them
 You wouldn't hurt them if you could
 
 ふさいでいるあなた
 あの子たちのひそひそ話で頬にあられの粒
 こんな状況が変わるのを
 待ちくたびれている
 あの子たちは いい子を
 どうしていいか分からないの
 あなたは彼らを傷つけない
 たとえできたとしても
 
 One of these days
 They're gonna fall into their brew
 And they'll know exactly what they did to you
 Darling I just want you to know
 Your tears won't leave a trace
 In another time girl
 In another time girl
 In another place
 
 いずれ あの子たちは
 バツが悪くなって
 あなたにしたことを思い知るわ
 あなたに知っておいてほしいの
 その涙はきれいに乾く
 いつかそのうち
 いつかそのうち
 いつかきっと
 
 Darling I just want you to know
 Your tears won't leave a trace
 In another time girl
 In another time girl
 
 あなたに知っておいてほしいの
 その涙はきれいに乾く
 いつかそのうち
 いつかそのうち


 “あなた”は“彼ら”のせいで辛い思いをしている。“あなた”はアデュの娘アイラ、彼女を傷つける“彼ら”は彼女の学校の同級生たちだろう。“ひそひそ話(whispers)”というのは、要するに陰口のことだ。アイラは恐らく学校でいじめに遭ったのである。アイラは'96年生まれ。アデュがこの歌を書いた時期は、ちょうどアイラがそういう経験をする年頃である。アデュは娘が学校で辛い目に遭っていることに気づいてこの歌を書いたに違いない。

 '11年5月の欧州ツアーの際、スウェーデンのメディアのインタヴューでアデュがこの曲について語ったことがある。私の知る限り、この曲に関する彼女の唯一のコメントである。インタヴュアーは“この歌は娘さんに向けて書いたものですね?”と単刀直入に訊いた。

「そう。でも、そうだとは今まで誰にも言ったことはなかった。娘は辛い目に遭っていて、私はそのことを人に知られたくなかったから。不思議なことに、ずばり訊かれたことはなかったのよね」

 続けて彼女はこうも語っている。

「車の中で初めてこの曲を娘に聴かせた時のことを覚えてるわ。娘は私の膝に突っ伏して泣きじゃくった。それから状況が変わっていったの。涙を流したことで、心の傷をはっきり認識したのね」(9 May 2011, DN.se)

 いじめに遭っている子供にとって、それは永遠に続く苦痛であるに違いない。その“永遠”にやがて終わりが来ることは確かに事実である。長く生きている大人は経験的にそのことを知っているが、しかし、子供にはそれが実感として理解できない。子供時代の1日1日は信じられないほど長かった。大人にとっては一過性のことでも、子供にとってそれはやはり永遠に等しいことなのだ(私は子供の頃、自分が死ぬということが全く信じられなかったこともよく覚えている。ビルから飛び降りても、車に轢かれても死ぬわけがないと思っていた。子供は永遠の中で生きている)。

 私がこの歌を聴いて考えたのは、“やがてその涙はきれいに乾く”という大人の知識は、いじめに遭っている子供にとって何か意味を持つのだろうか、ということだった。その助言は子供にとって必ずしも救いにはならないかもしれない。それでも、その子を救うきっかけにはなるように思う。大事なのは、こうして親身に語りかけることではないだろうか。そしてその子が、自分が気に掛けられている、人から愛されているということを実感し、自分に自信を持てるようになることではないだろうか。この歌は、誰よりもアイラにとって大切な意味を持つものだろう。母親としての愛に溢れた素晴らしい歌だと思う。

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'11年ツアーで「In Another Time」を歌うシャーデー(クリックすると動く)

 「In Another Time」は'11年ツアーでコンサート第1部の締め括りとして披露された。演奏前、アデュは観客に向けて必ず曲紹介のMCをした。どの公演でも大体同じようなことを喋ったが、私が観た9月3日のラスベガス公演では、カジノの街らしくこんな風に語ってくれた。

「今夜はツいてる気がするわ。素晴らしいバンドやクルー、そして皆さんに囲まれて。これ以上望めないわよね。私は最高の持ち札を手にしてるわけだけど、人生はいつもそうとは限らない。皆さんが今夜の私ほど幸運に恵まれていない時でも、物事は思いがけない時に好転するものだということを、次の曲で思い出してくれたらと思います」

 アデュが娘に向けて歌う「In Another Time」は、私たちに人生の苦味をちょっとした甘味と共に味わわせてくれる。苦味から旨味を引き出している甘味の正体は、もちろん“愛”である。説教でも応援歌でもない、ささやかな人生賛歌のような歌。子供にそっと寄り添うような温かみ溢れるバンドの演奏も素晴らしい。このさり気なさ、力の抜け具合はやはり年の功だろうか。

 そう言えば、ツアー中のインタヴューでこんな発言があったことも思い出す。“もし過去に戻って25歳の自分に恋愛について何か言ってあげるとしたら、何と言います?”という質問に対する答えである。

「苦痛はしまいに治まる(笑)。心配しなさんな」(7 July 2011, Columbus Dispatch)

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