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 『SOLDIER OF LOVE』(2010)の収録曲「Skin」。『LOVE DELUXE』(1992)の「Bullet Proof Soul」を思わせるトリップホップ調のダビーなナンバー。往年のファンにとってはアルバムの中で最も親しみやすい曲かもしれない。このクールなブルース感覚はまさにシャーデーである。'11年ツアーでは意表を突くハード・ロック調のアレンジを加えて披露され、強烈な印象を残した。


 Skin
 (Adu/Matthewman/Hale/Denman)
 
 When I found out this love's undone
 I was like a gun
 Sure as it was over
 Felt like nothing good could come
 
 この恋はおしまいだとわかったとき
 私は捨て鉢になった
 終わりが訪れると
 目の前が真っ暗になった
 
 Sure as it's gonna play and play
 Like Michael back in the day
 I'm gonna peel you away
 
 かつてのマイケルのように
 何度も何度も流れるだろう
 あなたを拭い去ろう
 
 Now as I begin
 To wash you off my skin
 I'm gonna peel you away
 Cos you're not right within
 
 私はいまから
 あなたを肌から洗い流す
 あなたを拭い去ろう
 私の中にいないのだから
 
 I love you so
 Sometimes love has to let go
 So this time don't think it's a lie
 I say goodbye
 
 愛してるわ
 愛には仕方のないときがある
 今度は嘘じゃない
 お別れよ
 
 Now as I begin
 To wash you off my skin
 I'm gonna peel you away
 Cos you're not right within
 
 私はいまから
 あなたを肌から洗い流す
 あなたを拭い去ろう
 私の中にいないのだから
 
 Now it's time
 To wash you off my skin
 Now as I begin
 It couldn't be right cos you're not right within
 I say goodbye

 私はこれから
 あなたを肌から洗い流す
 いまからそうする
 だってそうでしょう 私の中にいないのだから
 お別れよ


 失恋の歌である。“私”は“あなた”をまだ愛しているが、何らかの理由で2人の関係は破綻し、別れるしかない状況に陥ってしまった。主人公は自分からきっぱりと相手に別れを告げる。この歌は、もしかするとボブ・モーガン(アイラの父親)との破局を歌ったものかもしれない。『SOLDIER OF LOVE』は、アデュがパートナーの男性と破局した後に制作されたという点で『LOVE DELUXE』と似ている。『LOVE DELUXE』を彷彿させるブルージーな曲が生まれたのも何となく分かるような気がする。

 恋人への思いを断ち切ることを“肌”という言葉を使って表現しているのが面白い。主人公は、まるで水で付着物を除去するように“あなたを肌から洗い流す”。そして、皮を剥ぎ取るように“あなた”を心から拭い去る。こうして皮膚感覚で物事を捉えるところに女性らしさを強く感じる。同じ失恋の思いをテーマにしても、男性は基本的にこういう発想の歌詞は書かないだろう。女性は皮膚感覚や匂いに対する感覚が男性より鋭く、それらが思考と密接に関係しているような印象を受ける。これは阿木燿子が書いた山口百恵作品──手触りや匂いが頻繁にモチーフにされる──を聴いていても度々感じることである。

 もうひとつ注目されるのは、歌詞に“マイケル”が登場する点だ。もちろん、マイケル・ジャクソンのことである。これは「Soldier Of Love」ヴィデオにマイケルへの言及があった点とも符合する。“かつてのマイケルのように(Like Michael back in the day)”というのは、具体的には'80年代の全盛期のマイケルを指しているように思われる。“何度も何度も流れるだろう(it's gonna play and play)”というのは、相手の男性に対する想い、失恋の記憶がマイケルのヒット曲のように延々とリピートされ、自分に付きまとうだろう、というような意味だと思う。この部分は3行揃ってきれいに韻を踏んでいるが、比喩としてはかなり突飛である。普通、この文脈でマイケルに言及しようとは思わないだろう。この歌詞はどう考えても'09年6月25日以降に書かれたものだ。スタジオ録音版では“Like Michael”と“back in the day”の間に“ホ~ゥッ!”というマイケル風の叫び声が入っているが、これはライヴでもアデュのアクション付きでそのまま再現された(ライヴで聴くまで私はずっとギターのスラー音だと思っていた)。

skin2.jpg
マシューマンのレス・ポールが火を吹くライヴ版「Skin」

 「Skin」は'11年ツアーで劇的なアレンジを加えて披露された。途中までは基本的にスタジオ版と一緒だが、終盤になるとスタジオ版にはないブレイクダウンに突入し、バンドはそこからスチュアート・マシューマンのギター・ソロをフィーチャーしたハード・ロック調の猛烈な爆発ぶりを見せる。歌の主人公は、恋に破れた自分を“銃(gun)”に喩えている。その危ない“銃”が最後に暴発するわけである。

 「Skin」の曲想はヒップホップ+ダブ+ブルース。トリップホップと同じである。ライヴではポール・デンマンの弾くエッジーで太いベース・サウンドが強調され、ダブ色はより強まっている。終盤の大爆裂は、「No Ordinary Love」のメタリックなギターと同様、ブルース要素が増幅されたものだ。

 ここで思い出さずにいられないのは、ポーティスヘッドのライヴ版「Sour Times」である。「Sour Times」(1994)のオリジナル版は『スパイ大作戦』のサントラ曲「Danube Incident」のループを基にしたクールなサウンドだが、ライヴでは著しく印象の異なる鬼のような暗黒ブルースに変貌した。ライヴ版「Skin」の終盤の暴発の仕方は、ライヴ版「Sour Times」のそれ(あるいは、マッシヴ・アタックのライヴ版「Safe From Harm」のそれ)とまるで一緒だと思う。トリップホップは、アフリカ系アメリカ人が発明したヒップホップをイギリス人が咀嚼する過程で生まれた音楽だった。トリップホップ・サウンドとの類似に、シャーデーというバンドのイギリスらしさを改めて感じてしまう。いくらアメリカで支持されようと、決してアメリカナイズされないのが彼らのいいところである。

 ベス・ギボンズはライヴ版「Sour Times」終盤の暴発パートで、まるで胃痛に苦しむジャニス・ジョプリンのような壮絶なヴォーカルを聴かせる。シャーデーの場合はどうか。ライヴ版「Skin」の終盤で、シャーデー・アデュはベス・ギボンズのように壊れない。バンドが暴発パートに突入すると、アデュはしれっとステージの右端に移動し、そこで衣裳の黒いアームカバーを外しながらクールに身体を動かしている。私はラスベガスでこの光景を見ながら、“さすがシャーデー”と唸ったのだった。

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