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Hamdan Al-Abri──中東より魂(ソウル)をこめて



 シャーデーの'11年ツアーを通して私はいくつかの素晴らしいアーティストに巡り会った。中でも最大の収穫のひとつだったのが、このハムダン・アル・アブリである。アラブ首長国連邦のドバイを拠点に活動するネオ・ソウル歌手。同連邦のアブダビで行われたシャーデーの世界ツアー最終公演('11年12月16日)の前座はこの男が務めた。

 シャーデーの前座に起用されるまで、私はハムダン・アル・アブリの存在をまるで知らなかった。何と言っても、アラブ首長国連邦である。私はさすがにペルシャ湾岸の音楽シーンにまで気を配るほどの好事家ではない。シャーデーの前座が彼だと知り、どんな奴なのかと思ってネットで調べること小一時間……次から次へと感動が襲い、私はあっという間にハムダン・アル・アブリの大ファンになってしまった。衝撃の出会いから半年経った現在も、彼の作品は私の生活のサウンドトラックの一部であり続けている。

 まず、“中東”という地域に対するある種の偏見は捨てるべきである。彼の作品は欧米アーティストのそれと比較しても何の遜色もない。単純に作品だけを耳にすれば、ほとんどの人が彼を欧米の歌手だと思うだろう(歌唱はすべて英語)。彼の音楽は決して“中東”という地域性を売りにしたものではないし、欧米のポピュラー音楽の基準から見ても、彼は明らかに優れたアーティストだと思う。地理的にはあまり馴染みがないが、彼のやっている音楽は私たちの心にもストレートに響く普遍的なものだ。さあ、君も中東の熱いソウルをキャッチしよう!


FROM DUBAI WITH SOUL

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ドバイはこんな所です

 ハムダンが住んでいるドバイは、アブダビと並ぶアラブ首長国連邦の代表的な首長国である。首都のドバイは中東随一の世界都市であり、街の景観はほとんどメトロポリス状態と言っていい。上の写真は、ドバイの中心部を貫くシェイク・ザイード・ロードという幹線道路(SF映画のスチールではない)。

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ブルジュ・ハリーファとドバイの人々

 ドバイにはブルジュ・ハリーファという人類史上最も高い建造物もある。全高828m、160階建てというとんでもない代物だ。私たち日本人が夢中になっている東京スカイツリー(全高634m)など、ドバイ人にしてみたらちゃんちゃらおかしいのである。これだけでもドバイがいかにヤバい場所かということが分かるだろう。ハムダンはそんなドバイで生まれ育った現在31歳のシンガーソングライターである('81年4月18日生まれ)。


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HAMDAN AL-ABRI
Digital: no label, 27 October 2011

Falling / (Re)Birth / The Yearning / Life / Here

Produced: Yasser Anderson, Rami Lakkis, Hamdan Al-Abri
All songs written: Hamdan Al-Abri


 ハムダン・アル・アブリの現時点での最新作は、'11年秋に発表されたこの5曲入りのソロ・デビューEP『HAMDAN AL-ABRI』である(無料配信)。これが素晴らしい。全曲ハムダンのオリジナル作で、制作は彼がロンドンで知り合ったヤセル・アンダーソンというDJ/プロデューサーが主に手掛けている。ハムダンの身体に宇宙空間が重ねられたアートワークからも窺い知れる通り、収録曲はいずれも自己の精神世界を探求するようなスピリチュアルかつエクスペリメンタルなもの。この神秘的なジャケ写真で引いてしまう人もいるかもしれないが、とにかく騙されたと思って一度聴いてもらいたい。

 冒頭曲「Falling」でいきなり心を掴まれる。タイトなヒップホップ・ビート、ピアノの淡々としたバッキング、スライスされたアコギとアップライト・ベースの音色が印象的なメランコリックなナンバー。広いサウンド空間の中を、ギターの逆回転音やハムダンのソウルフルなヴォーカルが浮遊する。サム・クックとマーヴィン・ゲイを混ぜたような艶やかで適度にハスキーな声(私はまずこの声質に心を奪われた)で、ハムダンは強く憂いを滲ませながらこう歌う。

  あらゆることに思いを馳せる
  まるで夢のようだ
  もはや自分が何者かも分からない 僕は変わりつつあるのか?
  自分の存在も見失いかけている
  これは運命なのか?
  僕らは終焉を迎えたのか?
  僕らはお終いなのか?
  なぜ僕らはこの地にいるのだろう
  人間であることの意味は何だろう
  
  母さん 世界はわけが分からないよ
  まるで僕は落っこちていくよう
 
 どことなくゆがんだ印象を与える静謐なサウンドと併せ、この歌を聴いて私がまず連想したのは、似たような精神的混乱や不安感が歌われたジェイムズ・ブレイクの「The Wilhelm Scream」だった(“All that I know is I'm falling, falling, falling, falling”。ブレイクは恋に落ちる感覚を歌っているのでちょっと意味合いは異なるが)。一方、“Mama, the world makes no sense ”というサビは、母親への呼びかけに始まり、“この世界はどうなってるんだ?”と問うマーヴィン・ゲイ「What's Going On」を思い出させる。実際にハムダンを触発したかどうかはともかく、これら2つの作品との類似は彼の音楽性を端的に説明するように思う(「Falling」は音楽ヴィデオも制作されているので、ハムダン初心者の人はまずこれをチェックするといい)。

 “黒いジェイムズ・ブレイク”と言ってしまうとあまりに乱暴だが、実際、このEPはニュー・ソウル的な感性とポスト・ダブステップ的なサウンドの融合という点に大きな特徴がある。その印象は、より幽玄でアトモスフェリックな2曲目「(Re)Birth」で更に強まる。歌の内容はマーヴィン・ゲイの性愛ソングそのままで(歌詞には“I can try to be pride and joy”などというフレーズも登場する)、官能的なファルセット・ヴォーカルもそれ風だが、空間が捻れたようなアブストラクトでダークな音響はいかにもダブステップ以降のそれだ。この組み合わさり方が実に自然で見事である。マーヴィン・ゲイが今の時代に『MIDNIGHT LOVE』を作ったらこんなサウンドになっていたのではないかと思わせる。

 冒頭2曲が何と言っても強烈だが、残りの3曲も良い出来である。アフリカン・ルーツを感じさせるビートに乗って歌われる雄大で夢幻的な「The Yearning」(ハムダンの単独プロデュース曲)、再びダークで異次元的な「Life」(1〜2曲目と同じくヤセル・アンダーソン制作)、同様のムードを保ちつつテクノに接近した「Here」。どれも聴き応え十分だ。ダブやアンビエントの要素を含んだクールで浮遊感溢れるサウンド、自己の内面を見つめるスピリチュアルな歌世界は、'94年に惜しくも夭折した天才ネオ・ソウル歌手、イーフレイム・ルイスを私に思い出させた。ビラルやラサーン・パターソンなどのエクスペリメンタルなネオ・ソウル作品が好きな人なら絶対に気に入るはずである。

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シャーデーはオレの未来の奥さんだ!

 このEPがシャーデーのマネージメントの耳に入り、ハムダン・アル・アブリはシャーデーの世界ツアー最終日の前座という輝かしい役目を任されることになった(その時のワンカメ記録映像がハムダンの公式YouTubeチャンネルで公開されている)。彼は自分のアイドルと同じステージに立てる喜びを公演直前にこう語っている──“僕にとって夢の実現だよ。彼女の音楽や声は本当にユニークなものだ。アーティストとして僕は彼女の声が大好きだし、彼女は溜息が出るほど美しい。前座に決まる前であっても、彼女は自分のキャリアに多大な影響を与えた人だと僕は言っただろう。なにせ、シャーデーはオレの未来の奥さんだ、ってよく冗談で言ってたくらいだからね”。


ABRI: BEFORE HAMDAN AL-ABRI WAS (RE)BORN

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アブリ時代のハムダン・アル・アブリ(左端)

 私は『HAMDAN AL-ABRI』を彼の“ソロ・デビューEP”だと先述した。ハムダン・アル・アブリには、実はこのEP以前にバンドとして数年間の活動歴があるのだ。白黒混成の4人組ソウル・バンド、その名も“アブリ”。ヴォーカリストの名前がそのままバンド名という、シャーデーと同じパターンである。“シャーデーは僕のキャリアに多大な影響を与えた”と彼が言っているのはこのことだろうか(んなわけない)。

 ハムダンの父親は警察官であると同時にミュージシャンという面白い人だったが(東アフリカの音楽を演奏していたという)、ハムダンが音楽に目覚めたのはやや遅く、高校時代のことだった──“当時、16歳の頃の僕はマイケル・ジャクソン以外に何も聴いてなかった。だから彼の曲ばかり歌ってたんだけど、学校で何度か人前で歌ったらウケが良くてね。それから音楽にのめり込むようになった。マックスウェルやスティーヴィー・ワンダーやディアンジェロなんかを聴いて、シャワーを浴びながら真似して歌ってたよ”。
 
 '01年にハムダン(20歳)はマイアミの大学に留学し、そこでヴィジュアル・アートを学んだ後、'04年にドバイに帰国。地元の大学で音楽講師をやっていたジュリアン・サイムズ Julian Symes(キーボード)に出会い、すぐに一緒に曲を作るようになった。間もなくして、アンドレ・アザリー Andre Atherley(ドラム)、ラミ・ラキス Rami Lakkis(ベース)の2人が加わり、アブリのメンバーが揃った。ギター不在というちょっと変則的な4人編成である。鍵盤とドラムの2人はイギリス出身、ベースのラミ・ラキス──前述のEP収録曲「Here」をハムダンと共同プロデュースしている──はハムダンと同じくドバイ出身。

 アブリは'09年までに計2枚のアルバムを発表している。これがまた素晴らしいのだ。2枚のアルバムを聴くと、ハムダンが実に熱い男だということがよく分かる(紛らわしいので、バンドを指すときは“アブリ”、アル・アブリ個人を指すときは“ハムダン”と書くことにする)。


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SUNCHILD
CD: Flicker Show 6297000-157016, 1 November 2007 (UAE)

Intro / Philosophies / Point Of View / Mr. Brandyman / I'm With Her / Hotel Room / Little Girl / Smoker's Paradise / A Piece Of Yourself / Something Behind It / Back To The Sun / Outro

Produced: Julian Symes & Paul Herspiegel
All songs written: Julian Symes & Hamdan Al Abri
Engineered and mixed: Paul Herspiegel


 '07年に発表されたアブリのデビュー作。楽曲はすべてハムダンと鍵盤のジュリアン・サイムズの共作によるオリジナル。録音はサイムズの自宅、および、彼が音楽講師をしていた大学内で行われた。

 基本的な音楽性はジャズ色を帯びたソウル/R&B。部分的にボサノヴァ、レゲエなどの影響もあり、それらがごく自然にブレンドされたボーダーレスな音楽になっている。雰囲気としては、ジャズの要素を積極的に取り入れていた'70年代のニュー・ソウル勢──スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイら──の作品に極めて近い。モータウン風の軽快な「Philosophies」(MVあり)、子供たちの声のSEが入ったスティーヴィー風のピースフルな「Point Of View」、Aメロのコード進行が「Isn't She Lovely」そのまんまな「Mr. Brandyman」……という具合にいい感じでアルバムは進んでいく。ハムダンはまだファルセットを使っておらず、この時点でヴォーカルはスティーヴィーやダニー・ハサウェイの直系という感じである。ちょっと興味深いのは、アラブ音楽の要素を取り入れた「Hotel Room」。いかにもドバイ発という感じだが、この手のアプローチは以後全く見られなくなる。アブリは“中東”という地域性を売りにすることなく、世界基準のオーセンティックなソウル・ミュージックを追求していた。そんな外向的で求道的な彼らの姿勢が最もよく顕れているのが最終曲「Back To The Sun」。“ここから抜け出す方策があるはずだ……”という「All Along The Watchtower」(B・ディラン)の引用に始まり、ジミ・ヘンドリクス、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョン・コルトレーン、ビリー・ホリデイ、ダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、ボブ・マーリーらの名前が実際の作品名を織り交ぜながら次々と連呼される。サビの結びは“誰もが太陽へ回帰する。すべてが始まった場所へ”。アルバム表題の“太陽の子”とは、つまり、過去の偉大なレジェンドたちの魂(ソウル)を継承しようというアブリの所信表明なのである。

 ハムダンによると、ドバイでのミュージシャンの需要はもっぱらホテルのカヴァー・バンドであり、オリジナル曲を演奏するローカル・バンドの層はあまり厚くないようだ。音楽産業(エンターテインメント産業全般)自体もまだまだ発展途上であるらしい。そんな辺境の地からハムダンたちは世界に向けて這い上がろうとしていた──“最初のショウをやる時は緊張した。馴染みのない曲を聴いて観客がどう反応するか見当もつかなかったから。ジャズ・ソウルが受け入れられるかも分からなかったし。そういう音楽に対するきちんとした受け皿なんてなかったんだよ”。

 『SUNCHILD』は中東と北アフリカで発売され、ある程度の局地的な成功を収めたようだ。'08年のMTV・ヨーロッパ・ミュージック・アワードで、彼らは“最優秀アラビア・アクト部門”にノミネートもされた。世界的な成功からは程遠かったが、彼らは世界に向けて着実に一歩を踏み出した。


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BLANK NOTES
CD: Abri 884502-083829, 20 May 2009 (UAE)

A Piece Of Yourself / Power Trippin / Little Girl / Three Quarters / Smoker's Paradise / Blank Notes / Brandyman / Philosophies / Last Waltz / Back To The Sun | Bonus tracks: A Piece Of Yourself [Soul-Phonic remix feat. Narcy] / Three Quarters [Radio edit]

All songs written and produced: Hamdan Al Abri, Julian Symes, Rami Lakkis, Andre Atherley
Recoreded: Fortress Studios, London
Engineered: Tom Morris
Mixed: Will Davies at Strongroom Studios, London


 '09年発表の2nd。やったぜ、アブリ。これがもう最高に素晴らしい。このアルバムは私がここ数年で聴いた中でも屈指の傑作である。何度聴いたか分からない。恐らく私はこれを一生愛聴するだろう。

 全10曲(ボーナス・トラックを除く)のうち、過半数の6曲が1st『SUNCHILD』収録曲である。但し、4つの新曲を含め、これらはすべて新たに録音されている。仕切直しの本格的デビュー盤といった趣もある。1stの6曲を再録音したことについてハムダンが説明する──“『SUNCHILD』はただの様子見だったんだ。あれは僕らの最初のアルバムで、ほとんどがジュリアンと僕で制作していたものだった。アンドレは数曲でしか叩いてないし、ラミはまだバンドにいなかった。『SUNCHILD』にはきちんとできなかった曲があると思ってね。そこで僕らはそれらを全くの新曲として録り直すことにしたんだ”。

 録音は'08年夏、アナログ盤のような温もりのあるサウンドを求めてロンドンのフォートレス・スタジオで行われた。すべて一発録りのライヴ録音。各曲3テイクずつ録音され、その中からベスト・テイクが選ばれた。オーバーダブはバック・ヴォーカルと追加ミュージシャンによるギターとホーンのみ。4日間でアルバムの全10曲を録音。このライヴ感重視の狙いが見事に的中した。

 冒頭に置かれたロック・ステディ調の代表曲「A Piece Of Yourself」(MVあり)から快調に飛ばす。無駄を削ぎ落としたタイトなサウンドは、細部まで作り込まれた1stとは一味も二味も切れが違う。目の前でバンドが演奏しているような生々しい録音、各パートの音が立ちながら全体が一丸となったミックスも最高だ。とにかく音がいい。2曲目、ホーンとの絡みがファンキーな新曲「Power Trippin」でバンドはどんどん勢いを増す。ハムダンは鋭いファルセットも交えて一皮剥けたパワフルな歌唱を聴かせる。サム・クックやJBらのソウルも吸収しながら、彼はこの2ndで初めて自分の歌唱スタイルを確立したように思える。部分的にホーンやギターを加えつつ、アルバムはオリジナル・メンバー4人の個性をしっかり浮かび上がらせる。鍵盤のジュリアン・サイムズは全曲でアップライト・ピアノに徹しており、音色の種類や音数は減っているにもかかわらず、各人の高い演奏能力と緊密なアンサンブルのせいで、サウンドは1stよりむしろ豊潤に感じられる。ピアノを軸にしたどこまでも熱いボッサ・ソウル「Smoker's Paradise」、終盤で爆走する哀愁の酒場ソング「Brandyman」……劇的に印象が変わった1st収録曲は失禁しそうになるほど素晴らしい。極めつけは、本作でもラストに置かれたソウル賛歌「Back To The Sun」。テンポを上げた入魂の再録音版は、1stのオリジナル版を遙かに凌ぐ。ダニー・ハサウェイ「The Ghetto」の“Talkin bout the ghetto!”のリフレインをそのまま引用する部分の熱さはどうだろう。これで盛り上がらなかったら嘘だ。ブルージーな直球ギター・ソロと共にどんどん高みに昇っていく(まさに太陽へ向かっていくような)終盤の展開も最高すぎる。これを聴いていると私は身体中から色んな汁が出そうになる。1stがデモにしか思えなくなるほど、とにかくこの2ndは素晴らしい。ここには正真正銘のソウル・ミュージックが詰まっている。

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オレたちゃソウルの使者だ!

 アブリのこのストレートさと熱さは一体何なのか。彼らのサウンドはネオ・ソウルではなく、明らかにただのニュー・ソウルである。普通はヒップホップのフィルターを通すとか、逆に、当時のサウンドをマニアックに再現するとか、現在と過去の距離を測りながら古典に対して何らかの批評的なアプローチをするものだが、彼らは昔のミュージシャンたちがやっていたことをそのままやっている。にもかかわらず、彼らの表現からはまるで懐古的な印象を受けない。アブリの音楽に“中東っぽさ”があるとすれば、何よりこのドン・キホーテ的な音楽衝動だという気がする。要するに、音楽後進国であるアラブ首長国連邦の彼らが世界に挑むには、欧米のソウル・ミュージックの歴史を自分たちで本気で生き直す必要があるのである。彼らはイミテーションではない。彼らは遅れてきたリアル・ソウル・メンなのである。

 アルバム・カヴァーで4人は銀行強盗に扮している。ブックレット内の写真を見ると、彼らはせっかく盗んだ紙幣をバケツで漂白し、何も印刷されていない真っ白な紙切れに変えてしまっている。この意味についてハムダンが説明する──“もしこの世に貨幣というものがなかったらどうなるか、というのがコンセプトなんだ。皆で銀行強盗に扮して写真を撮った。逃走用の車なんかも用意してね。世界が振り出しに戻るよう、すべての紙幣からインクを洗い落としてしまいたいわけさ”。これと関連したアルバム表題曲「Blank Notes」でも、“インクよ、消えてしまえ(Let the ink disappear)”と歌われている。つまり、白紙に戻してやり直そう、ということだ。音楽に対する彼らの姿勢を端的に示すヴィジュアル・コンセプトだと思う(CDには4人の顔入りのオリジナル紙幣をあしらったスリップケースも付いている)。

 アブリは、ドバイ、バーレーン、インド、モルディブ、イギリスなどをツアーして廻った(ファンク・アレンジの「Philosophies」とJBのカヴァー「I Got The Feelin'」を演奏するインドのムンバイ公演の映像がYouTubeで見られる)。カニエ・ウェスト、エリカ・バドゥ、ジョス・ストーン、アレステッド・デヴェロプメント、ジギー・マーリーらの前座を務めたこともあったという。しかし、それでも“アラブ首長国連邦初の世界的バンド”という夢には遠く届かなかった。彼らはアルバムをインディで発売し、方々をドサ廻ったに過ぎなかった──“僕らは行き詰まってしまった。あちこちでショウをやるだけでね。僕らはそこから抜け出し、アラブ首長国連邦のバンドではなく、世界的なバンドとして認められるようになりたかった。イギリスに活動の場を移す計画もあったんだけど、あまり上手くいかなかった”。

 鍵盤のジュリアン・サイムズはブラジル、ドラムのアンドレ・アザリーはイギリスへ移り、そこでそれぞれ音楽活動を始めた。ハムダンとベースのラミ・ラキスはドバイに残った。アブリは僅か2枚のアルバムを残してバラバラになった。


(RE)BIRTH OF HAMDAN AL-ABRI

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「Billie Jean」を熱唱するハムダン

 アブリの散開後、ハムダンは単身でロンドンへ渡り、新たな活路を見出すことにした。The Luxeというロンドンのレストラン・バーで、Reuben Mckennaというギタリストと組んでアコースティック・ライヴを行う当時の映像('10年初頭)が、アブリのマネージャーのYouTubeチャンネルで公開されている。そこでハムダンはアブリ時代の曲、ギタリストが書いたオリジナル曲とあわせて、ボブ・マーリー「Rat Race」とマイケル・ジャクソン「Billie Jean」のカヴァーを披露している。私がハムダン・アル・アブリの存在を知った'11年12月、YouTubeで彼の名前を検索してトップに出てきたのが、その「Billie Jean」映像だった。私はそれを見て驚いた。次に、関連動画で引っ掛かってきたアブリのJBカヴァー「I Got The Feelin'」(先述のインド公演映像)を見て、更に驚いた。なんだ、この熱い男は! ハムダンに対する私の第一印象は“テレンス・トレント・ダービーの再来”だった(彼はテレンスのようにJB風に踊ったりはしないが)。

 ハムダンはアブリのサウンドについてこう振り返る。
 
「ギターの要素が欠けてると思ったんだよね。僕はそっちの方向へ進みたかった。ピアノを残しつつ、もっとロックっぽくしたかった。そうすればもうちょいサウンドに幅が出たんじゃないかと。ジャズとかスロウ〜ミッド・テンポのR&Bやソウルが嫌いなわけじゃないよ。でも、僕はスライ・ストーンやジェイムズ・ブラウンが大好きなんだ。彼らがステージで生み出すエネルギーが大好きなんだよ」

 上記のアコースティック・ライヴの半年後、エレキ・ギターとドラムをバックに彼がビートルズの「Come Together」を歌っているライヴ映像もYouTubeにアップされている。上掲の発言を裏付けるようなロッキッシュなパフォーマンスである。

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オレはどうしたらいいんだ……

 しかし、そうしたロンドンの地元ミュージシャンたちとの活動が実を結ぶことはなかった。途方に暮れていた彼に声を掛けたのが、EP『HAMDAN AL-ABRI』の制作を手掛けることになるヤセル・アンダーソンである。最初はあまり興味がなかったハムダンだが、アンダーソンから渡されたトラックを聴いて彼はぶっ飛んだ。当時、フライング・ロータスやゴンジャスフィをよく聴いていたというハムダンにとって、アンダーソンの作るエクスペリメンタルな音はまさに自分が求めていた方向性と合致するものだった。

 ヤセル・アンダーソンについてハムダンが説明する。

「僕が彼に惹かれたのは、自分と同じように何事に対してもオープンだという点だね。彼がアラブ首長国連邦に移ってきたのを機に、一緒に組んで音楽を作ることにした。ヤセルは自分のことを“サウンドスケーパー(音空間職人)”だと言う。まさにその通りだ。彼はサウンドスケープを作り出し、そこに僕がヴォーカルを加える。そこから僕らは新たな領域へ行こうとしているんだ」

 EPを引っ提げてヨーロッパでできる限りギグを行った後、ハムダンはフル・アルバムの制作に取りかかりたいとも話している。今後の展開が実に楽しみだ。

「EPをよく聴いてもらえれば、やはりソウル・ミュージックなんだということが分かると思う。アブリでやっていたのと同じようなね。ただ、以前より少しばかりエクスペリメンタルでエレクトロニックというだけさ。EPを出した時、どういう反応をされるか不安もあった。アブリ・ファンの中には離れてしまう人もいるんじゃないかと。でも、それがいい音楽で、心から生まれているものである限り、きっと受け入れられると僕は信じてる。発表からまだ数週間だけど、今のところ好評だし、ほとんどのアブリ・ファンが新しいサウンドを気に入ってくれてるよ」

 尚、'11年秋のEP発表時、ハムダンは複数のインタヴューでアブリの解散をきっぱりと否定している。現時点で活動再開の予定は全くないが、バンドは解散したわけではなく、機が熟せばアブリとしての新譜もあり得るだろうということだ。私はソロでのエクスペリメンタルな方向性も、生バンドでのオーセンティックなジャズ・ソウル志向もどちらも好きなので、いずれにしても楽しみである。

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「EPを発表したから、今度はライヴをやりたい。ドバイでは既に何回かショウをやったけど、僕は世界中でやりたいんだ。ヨーロッパ、日本、アメリカ、カナダとか。ステージに上がって生で歌い、観客と交流するのが自分を知ってもらう一番いい方法だと思う。できるだけ多くの人に音楽を届けて、僕の世界を知ってもらいたい」

 ハムダンは日本に来たいと言っている。彼はアブリの2nd発表時のインタヴューでも“カナダ、日本、ヨーロッパ、アメリカでの(アルバムの)配給元を探している”と言っていた。彼の視野には常に日本が入っているのだ。呼べば彼はすぐにでも中東から飛んでくるだろう。

 残念ながら現在、日本におけるハムダン・アル・アブリの知名度は限りなくゼロに近い。私はたまたまシャーデー・ファンだったせいで彼の存在に気付くことができたが、日本のほとんどの人にとって、今のところ彼を知るきっかけはないに等しい。私は日本の熱心な音楽リスナー、プロモーター、配給会社の人たちが彼に気付いてくれることを祈りながらこの記事を書いている。いつか是非、日本で彼の熱い歌を生で聴いてみたい。

 さあ、これであなたはもうハムダン・アル・アブリを知ってしまった。“ドバイにハムダン・アル・アブリというヤバい奴がいる”という情報を3日以内に友人5人に伝えないと、あなたは不幸になります(笑)。


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HAMDAN, COME TO JAPAN!


【出典】
TimeOutDubai.com: Abri interview (18 May 2009)
Gulfnews.com: Band Apart: ABRI (26 May 2009)
RollingStoneME.com: Voice Recognition (9 October 2011)
TheTriplew.me: (RE)Birth: Q&A with Hamdan Al Abri (31 October 2011)
Dipaf.com: Interview with Hamdan Al Abri (2011)
TheNational.ae: Dubai musician to share stage with soul diva Sade (16 December 2011)

※アブリの2枚のCD『SUNCHILD』『BLANK NOTES』はAmazonでも取り扱われているが、購入を考えている人には、より確実に入手できるCD Babyの利用をお勧めしておく。尚、ハムダンの名前の表記は、アブリ時代のクレジットでは“Hamdan Al Abri”、ソロEPでは“Hamdan Al-Abri”(ハイフン入り)となっている。“Al-Abri”の発音は、“アル・アブリ”と書くよりは、むしろ“アラブリ”もしくは“アラーブリ”に近い。




Abri──炎のソウル賛歌「Back To The Sun」

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