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納涼 踊る肝試し大会


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 暑い。相変わらず猛暑日が続いている。こんな時はシャーデーを聴いてクールダウンするに限るが、この暑さはとてもそれだけで凌ぎきれるものではない。何かもっと涼を感じられるものが必要である。というわけで、今回はいつもとちょっと趣向を変えて、肝試し大会をやることにしたい(趣向、変わりすぎだろ)。

 肝試しをするには、墓地、神社、廃墟といった怖い場所が必要である。今回、私が選んだのは、アメリカ北東部、ニューイングランド地方の田舎にあるこのゴシック様式の古い屋敷(なかなかいいチョイスでしょう?)。90年前にある富豪が建てたものだが、住人たちは過去にいずれも怪死しており、長いこと誰も寄りつかない空き家になっている。この屋敷には何か取り憑いているようなのだ。真相を見極めるべく、この幽霊屋敷で3日間を過ごすというのが今回のミッションである。さあ、君は無事に生還できるか?!


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たたり(1963/米)
THE HAUNTING
監督:ロバート・ワイズ
原作:シャーリー・ジャクソン
脚本:ネルソン・ギディング
撮影:デイヴィス・ボールトン
音楽:ハンフリー・シアール
出演:ジュリー・ハリス、クレア・ブルーム、リチャード・ジョンソン、ラス・タンブリン


 名匠ロバート・ワイズによる恐怖映画の古典。原作は'59年発表のシャーリー・ジャクソンの小説『山荘綺談(The Haunting of Hill House)』。古い屋敷を舞台にした、いわゆる“ポルターガイスト”ものの先駆け的作品だ。この映画を紹介しようと思ったのは、監督がロバート・ワイズで、しかも、ラス・タンブリンが出演しているからである。要するに、先日の『ウエスト・サイド・ストーリー』来日公演記事の続き(?)というわけだ。

 ロバート・ワイズというと、『ウエスト・サイド物語』(1961)と『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)が突出して有名だが、彼はこの2本の大作ミュージカルの合間に低予算でこんな恐怖映画を撮っているのである。ワイズという人はミュージカルだけでなく、SF、サスペンス、ホラー、西部劇、戦争もの、歴史もの等々、ジャンルに関係なく何でも撮れる娯楽映画の職人である。本作『たたり』も、そんな匠の技が冴えた逸品。しかも、ジェット団のリーダー、リフと一緒に幽霊屋敷を散策するのだから、怖がりのミュージカル・ファンも乗らないわけにはいかない。

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選ばれし4人の精鋭たち──左からジョンソン、タンブリン、ブルーム、ハリス

 屋敷で恐怖体験をするメンバーは4人。彼らは超常現象を調査する目的で屋敷を訪れる。全員、過去に面識はなく、この調査のためだけに集まり、屋敷で初めて顔を合わせた人々である。彼らは広い屋敷内で合宿のような生活を送り、やがてポルターガイスト現象に遭遇することになる。4人の精鋭たちを簡単に紹介しておこう。

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リチャード・ジョンソン(ジョン・マークウェイ博士)

 超自然現象を研究している学者。今回の幽霊屋敷調査団のリーダー。過去に異常体験をした一般人を助手にして調査に臨む。リチャード・ジョンソンは演劇畑出身の英国人俳優で、初代ジェイムズ・ボンドになりかけたこともある逸材。ボンド役を蹴った彼は、『ロシアより愛をこめて』の公開同年に本作でポルターガイストに直面し、後にルチオ・フルチ監督『サンゲリア』(1979)でゾンビと死闘を繰り広げることになる(写真右)。頼もしいリーダーだ。

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ジュリー・ハリス(エレノア)

 マークウェイ博士に召喚された助手。ノイローゼ気味。4人の中で最も霊感が強い。物語の主人公であり、劇中には“この家は私を狙っているんだわ”といった彼女の心の声がボイスオーバーでしつこく挿入される(説明的・理性的なボイスオーバーは、残念ながらこの映画の足を大きく引っ張っている。映画は言葉でなく、飽くまで映像で語るべきだ)。『エデンの東』(1955/写真右)のヒロインはポルターガイストから逃げ切れるか?!

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クレア・ブルーム(セオドラ)

 マークウェイ博士に召喚された助手その2。勘の鋭さを買われて調査団のメンバーに選ばれた。当時、4人の中ではクレア・ブルームが最も格上スターで、オープニング・ロールでは彼女の名前が一番最初に登場する。『ライムライト』(1952/写真右)のテリーにこんなところでばったり再会。

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ラス・タンブリン(ルーク)

 屋敷所有者の甥。超常現象を信じず、冗談ばかり言っている現代的な若者。タンブリン自身のアイデアで実現したという軽いアクション場面──老朽化した螺旋階段の上から飛び降りる──で見られるとても素人とは思えない身軽さに、ジェット団リーダー(1961/写真右)の過去が覗く。

 というわけで、なかなかの豪華メンバーである。残念ながら、最終的にこの4人の中から1人死人が出ることになる。哀れな犠牲者は一体誰なのか。もちろん、それは映画を見てのお楽しみである。


恐怖の方程式──ポルターガイストの正体とは?

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ジュリー・ハリスに迫る謎の妖気(驚異のズームイン映像)

 『たたり』はポルターガイストを描いた映画ではあるが、劇中に幽霊の姿は一切登場しない。出演者が特殊メイクでおどろおどろしい顔になったり、人の首がぐるぐる回ったり、尖ったものが人体に刺さったり、首がスパッと吹っ飛んだり、血潮や内臓が飛び散ったりすることもない。この映画に怖いものは何も映っていない。物語終盤、部屋の扉がポルターガイストの力で不気味にしなる場面が唯一の具体的な幽霊描写と言えるが、それもごく控え目なものだ。この映画で恐怖を生み出しているのは、不穏なカメラワーク、広角レンズや鏡を使った歪んだ映像、編集、効果音、セット美術、あるいは、役者たちの演技である。“正体の分からないものこそ怖ろしい”という方程式に基づき、ロバート・ワイズはポルターガイストの実体を最後まで見せないことで、『たたり』を一級の娯楽映画に仕立てた。

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不気味な廊下。部屋の扉がいつの間にか……

 例えば、この場面。夜、調査団のメンバーたちが2階へ行くと、廊下の先の部屋の扉がいつの間にか勝手に開いている。しかも、あの部屋はこの屋敷の中で最もヤバい部屋なのだ(元の家主の娘が暮らしていた保育室)。部屋の中は真っ暗で何も見えない。何でもないこのローアングルのショットだけでゾッとさせる。画面の奥に確かに何かいるような気がするのだ。この廊下のショットの不気味さは、スタンリー・キューブリック『シャイニング』(1980)のそれと全く同じである(廊下の真ん中に少女が突っ立っていてもおかしくない)。

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屋敷内を彷徨うジュリー・ハリス

 結局のところ、この映画で超常現象を生じさせているのは、カメラ、編集、効果音といった純粋に映画的な装置である。何もいないのにいるように感じさせる、あるいは、一見普通なのに異常に感じさせるロバート・ワイズの映画話術こそ、ポルターガイストの真の正体なのだと言える。

 『たたり』は後続のホラー映画に較べればちっとも怖くない。怖いもの見たさで鑑賞すると、間違いなく拍子抜けするだろう(マーティン・スコセッシは、“史上最も怖いホラー映画11本”という自選リストで本作を1位にしているが)。現代の感覚で見るとワイズの演出はいかにも古典的な感じがするし、“屋敷もの”という点では、むしろこの20年以上も前に撮られたヒッチコック『レベッカ』(1940)の方が個人的にはよほどコワいと感じる。それでも、全く映画的としか言いようがない方法で恐怖を生み出している点で、『たたり』はやはり恐怖映画の名作だと思うし、陰影の美しいシネマスコープのモノクロ映像、計算された流麗なカメラワークやカット割りを堪能するだけでも十分に楽しめる作品である。


昇ってみたいな〜! 恐怖の大螺旋階段

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 この映画で私が何より好きなのは、終盤に登場する巨大な螺旋階段である。残念ながら恐怖映画としての賞味期限は切れてしまっているが、この螺旋階段のシークエンスに関しては今見ても文句なしに魅力的だ。この最高の映画的アトラクションによって『たたり』は不朽の名作になっているとさえ私は思う。

 まず、ご覧の通り、この階段は造形が圧倒的に素晴らしい。何重にも渦を巻き、めまいがするほど高くそびえる。一段一段に小さな穴がボコボコと空いていて、これがまた恐怖感を高める。無数の穴が生み出す光と影のコントラストの美しさ、不気味さ。これは明らかに白黒映画のための階段である。そして、吹き抜けのようになった室内の不思議な構造。ここは屋敷の図書室の内部である。実はこの屋敷の構造自体が迷路のように歪んでいるのだが、中でもこの図書室は最も奇妙な空間で、いかにも何かが取り憑いていそうな異様な雰囲気を漂わせている。かつて、屋敷を相続した女が天辺で首を吊って死んだことがある曰く付きの階段だ。

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螺旋階段での息詰まるサスペンス

 この螺旋階段は老朽化していて、人が昇ると全体がグラグラと激しく揺れる。いつ倒壊してもおかしくないような代物である。朦朧としながら、かつて自殺した女と同じように階段を昇っていくジュリー・ハリスを、リチャード・ジョンソンが追いかける。崩壊寸前の階段は、両者の追いかけっこの緊迫感を高めると同時に、ハリスの不安定な精神状態を暗示するものでもあるだろう。カメラが滑らかに階段を昇っていくショット(このシークエンスの冒頭に登場する)は実に眩惑的である。出口の見えない堂々巡りのような螺旋構造は、しかし、ハリスを着実に上昇させていく。彼女の裸足の足もとを捉えたショットからは、階段のひんやりした感触まで伝わってくるようだ。一歩一歩、冷たい狂気の階段を昇っていくハリス。螺旋階段を昇りつめた時、彼女の狂気も頂点に達するだろう(実は、この映画における最大のショック場面もこの螺旋階段のシークエンスに仕掛けられている)。


 『たたり』は、徐々に狂っていく主人公の心理ドラマを物語の軸にしている。超常現象は現実世界の出来事として扱われているが、その多くは精神的ストレスが引き起こした主人公の幻覚として捉えることもできる。色んな意味で『シャイニング』と似ている映画である。

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スタンリー・キューブリック『シャイニング』

 私はスタンリー・キューブリックの映像を見るのが好きだ。現実と似通っていながら、しかし現実とは違う、何かが確実に狂っているような世界。キューブリックの映像には、夜、眠った時に見る夢の世界に極めて近い感覚があるように思う。彼が撮る夢(映画)は本当の夢みたいだ。そこには、目覚めている時には抑圧されている私たちの感情や欲望が渦を巻いている。それを見て“怖い”と言う人もいれば、“怖くない”と言う人もいる。“不気味”と言う人もいれば、“綺麗”と言う人もいる。感じ方は様々だろうが、そこに人を惹きつけてやまない何かがあるのは確かである。夢はとにかく圧倒的に面白いものだ。

 『たたり』にも、キューブリック作品ほどではないにせよ、同じような魅惑的な夢の雰囲気が漂っている。この作品を無理に“ホラー”というジャンルで括る必要はないし、もちろん原作小説と比較する必要もない。夢を見るのが好きな人、『シャイニング』を純粋に“クソ面白れえ!”と感じる人なら、絶対に観て損はない作品だ(まあ、『シャイニング』ほど面白くはないが……)。

キューブリックのシャイニングを解明する(ある映画ファンの大いなる閃き。全8回。第7回に結論として登場する“《》”で括られた太字の一文には、“All work and no play makes Jack a dull boy”並みの破壊的インパクトがある)


泊まってみたいな〜! 恐怖の幽霊屋敷

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Ettington Park Hotel

 『たたり』の舞台設定はアメリカのニューイングランド地方だが、撮影に使われた幽霊屋敷は、実際にはイギリスのウォリックシャー州にある。屋敷は今でも映画が撮影された50年前と少しも変わることなくそこに存在している。しかも、なんとこの建物、エッティントン・パーク・ホテルという名前のホテルになっていて、誰でも宿泊することができるのだ。勇気のある方は泊まってみてはいかがでしょう(※映画に出てくる螺旋階段はありません)。

 ちなみに、私が今まで観た映画の中で一番怖かったのは、ニコラス・ローグ『赤い影』(1973)である。私は小心者なので、一般的に“ホラー映画”と呼ばれる作品はなるべく観ないようにしているのだが、10数年前、私は『赤い影』を“サスペンス映画”だと思ってうっかり観てしまった。あの映画の最終場面は、高熱でうなされている時に見る得体の知れない悪夢そのままである。“正体の分からないものこそ怖ろしい”という方程式の正しさがここでも見事に証明されている。たった一度観たきりだが、あの場面の戦慄は今も私の心に深い爪痕を残している。二度と観ることはないだろう(最近、スクリレックスのヴィデオ「First of the Year (Equinox)」で引用されていた。ヴィデオ自体は怖くないが、映画を観たことのある人は記憶が蘇って嫌な気分になること請け合い)。今、“赤い影”と文字を打っているだけでも背筋が寒くなる。“Don't Look Now”というそのまんまな原題もコワすぎる。絶対に観てはいけない映画だ。

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