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Lil Buck──メンフィスの踊る黒鳥



 ジョルジュ・フランジュ監督『ジュデックス』(1963)の暗殺場面を模したシーヴェリー・コーポレーションの傑作ヴィデオ「Is It Over?」(2011)で、鳥の仮面を被って眩惑的なダンスを披露していた謎の男の正体が、この青年である(これまでの話は前回記事“鳥男に気をつけろ”参照)。

 リル・バック──テネシー州メンフィス出身のストリート・ダンサー(かつてリトル・バック Little Buck というタップ・ダンサーがいたが、こちらはヒップホップ世代らしく“Little”の表記が省略形になっている)。私が彼の存在を初めて知ったのは'10年のことだった。リル・バックという名前に覚えがなくても、このブログを見ている人の多くは、恐らく過去に最低一度は彼の踊りを目にしているはずである。彼のダンス活動はこの1〜2年でどんどん面白いことになっていて、知名度も飛躍的に上がってきている。鳥男にも気をつけた方がいいが、この“黒鳥(black swan)”にはもっと注意が必要だ。


2010: TIPS ON THE TIGHTROPE WITH JANELLE MONAE

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ジャネル・モネイ「Tightrope」に出演したリル・バック

 リル・バックは、ジャネル・モネイの世紀の大傑作ヴィデオ「Tightrope」(2010)で踊っていた人物である。ジャネルと一緒に踊る4人のダンサーの中で、サングラスでもニット帽でもない男がそれだ。彼はこのヴィデオの振付師でもある。要するに、床を滑るようなあの独特のフットワークをジャネルに伝授したのが、リル・バックなのである。その後、彼は'10年夏に「Tightrope」の宣伝のため、ジャネルたちと一緒にアメリカの人気ダンス番組〈So You Think You Can Dance〉〈Dancing With The Stars〉にも出演している。

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リル・バックのソロ版「Tightrope」

 リル・バックを知る上で「Tightrope」の次に見るべきは、その約2ヶ月後の'10年6月に公開されたこの動画である。「Tightrope」に合わせて彼が路上でソロ・ダンスを披露する様子がワンショットで捉えられている。MVに登場した振付──綱渡りを模したステップ、羽ばたくように身体を上下させる“High or low”の振り──の他に、重力を無視したような独特のトリッキーで軽妙な動きがたくさん見られる。“I gotta keep my balance”部分で見せるバランス技など絶妙の決まり具合だ。「Tightrope」MVの廊下場面と構図が同じである上、綱渡りの“綱”を思わせるラインが道路上にあるのも良い。実に粋なダンス動画だ。'12年9月現在、ジャネルのMVはYouTubeでいつの間にやら再生数1000万回に届こうとしているが、こちらはいまだ1万回にも達していない。知られざる名動画と言っていいだろう。


2009: KILLS IT ON THE ELLEN DEGENERES SHOW

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昼のテレビ番組で殺人的なダンスを披露するリル・バック('09年2月16日)

 リル・バック Lil Buck こと、チャールズ・ライリー Charles Riley('88年生まれ)が地元メンフィスから飛び出し、アメリカで初めて全国的な注目を浴びたのは、ジャネルのヴィデオが公開される1年前、'09年2月16日放映の〈The Ellen DeGeneres Show〉に出演した時のことだった。〈The Ellen DeGeneres Show〉は、NBCで平日昼間に放映されている人気トーク番組。司会のエレン・デジェネレスは、日本で言うと久本雅美のようなお茶の間の人気者である(ちなみに、ちょうどこの1年後の'10年2月16日、シャーデーも同番組に出演している)。番組内に、〈笑っていいとも!〉のように素人が出てきて芸を見せるコーナーがあり、そこにリル・バック──番組内では本名で紹介されている──が登場してダンスを披露した。これがスゴい。レディー・ガガ「Just Dance」をBGMに、誰も見たことがない、まるでイリュージョンのような超ゴキゲンなダンスを披露する謎の素人。デジェネレスもスタジオの観客たちも、彼の動きに完全に度肝を抜かれている。この日の同コーナーには、他にも2人の素人──両手で同時に左右対称に文字を書ける女性、一輪車名人の男性──が登場しているが、彼は完全に他を圧倒している。“あたし並みに上手じゃないのよ!”とデジェネレスから絶賛されたリル・バック。反響が大きかったのだろう、彼はその翌週、2月24日の放送回で再び番組に招かれ、今度はファット・ジョー「Get It Poppin'」に乗せてダンスを披露した。

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ヤング・ジェイのヴィデオ「Choppin Like That」で踊るリル・バック

 YouTubeにおいては、その2年ほど前からリル・バックのダンスを見ることができた。彼の踊る姿がYouTubeに初めて登場したのは、'07年5月31日、メンフィスのラッパー、ヤング・ジェイ Young Jai の音楽ヴィデオ「Choppin Like That」が投稿された時だった。白昼の住宅地でラップするヤング・ジェイ。その横でナップサックを背負ったリル・バックが踊っている。が、ヤング・ジェイはすぐに画面から消え、カメラはその後、路上で踊るリル・バックの姿を延々と撮り続ける。ホーム・ムーヴィー並みの超ショボいワンショット映像だが(しかも240pで投稿されている)、ダンスは最高だ。彼の特徴的なダンス・スタイルは、この時点で既にほぼ出来上がっている。リル・バックのこのイカしたダンスは一体何なのか?


WHAT'S "JOOKIN"?

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 リル・バックは自分のダンス・スタイルを“ジューキング(Jookin)”と説明する。ジューキングは'80年代頃からメンフィスで独自に発展を遂げてきたストリート・ダンスの一種で、ギャングスタ・ウォーク(Gangsta Walk/略してG-Walk)、バッキング(Buckin)、チョッピング(Choppin)などとも呼ばれる。このダンスの最大の特徴は、地面を自由自在に滑り回るようなトリッキーなフットワークにある。ポッピングと同じようなグライド技が頻出するが、バレエ・ダンサーのように爪先を多用しながら、動きはより高度で複雑化している。アニメーション風の不思議な動きや、身体の一部だけを操る変態的な動きもポッピングと共通するが、ポッピングほどパントマイム的でもなく、乗り自体はブレイキングの立ち踊りのように軽やかだ。時にはブレイキングやロッキングのような豪快でアクロバティックな動きも見られる。門外漢の私に詳しいことは分からないが、大まかな印象としては、足技が極度に進化したポッピング+αといった感じの踊りである。ジェイムズ・ブラウンが昔よくやっていたグライド技の進化型といった趣もある。これがJBマナーの「Tightrope」にハマるのは当然だろう。

 リル・バックはジューキングとの出会いをこう話す。

「メンフィスのクリスタル・パレスというスケート場で、Harlan Boboという奴を見かけたんだ。そいつはカーペットの上をマイケル・ジャクソンみたいに滑ってた。しかも、もっと上手くね。みんな彼を見てたまげてたし、俺もそんなのはそれまで見たことがなかった。それが最初の出会いだね。これはやるしかないと思ったよ。12歳の頃の話さ」

 以来、彼は地元のダンサーたちの踊りを見ながらジューキングをマスターしていったという。

「メンフィスにいた頃はとにかく他のダンサーたちがすべてだった。俺たちにとってダンスと言えばジューキングだったし、それはオリジナルなものだった。メンフィス発祥の俺たち独自のダンスだ。だから、みんな互いの踊りを見たり、他の連中がやるのを見ながら覚えた。仲間のジューカーたちを見て、本物の連中から学ぶわけさ」(25 July 2012, Nowness.com)

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黒人天才の自己紹介動画(右の動画ではジェロをディスっている)

 ここで私がふと思い出したのが、黒人天才 Kokujin Tensai である。あなたは覚えているだろうか。日本語と英語のチャンポンでラップするメンフィス在住の怪しすぎる黒人ラッパー。MySpaceから人気に火が点き、'07〜08年頃にネット上で爆発的な盛り上がりを見せ、勢いで来日公演まで実現してしまった。当時、その天才的センスのリリックに腹が捩れるくらい大笑いさせてもらったが、いつの間にか忘却の一千光年彼方に消え去っていた(黒人天才をご存じない方は、まず上の2本の自己紹介動画を見るといい。たくさん名曲があったが、個人的には「Yoshinoya(吉野屋)」を強く推しておきたい。黒人天才ほど我々日本人にヒップホップの自由さを分かりやすく教えてくれたアーティストがいただろうか? まあ、自由すぎる気もするが……)。

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黒人天才のヴィデオ「Dansu」(左)と「Gangsta Walk」(右)

 メンフィス在住の黒人天才が自分の動画の中で披露していたダンスが、まさにリル・バックのやっているジューキングだった。彼とその仲間たちが踊る様子は、「Dansu(ダンス)」「Gangsta Walk」「ChakuKing(着キング)」といった曲の動画で見ることができる。メンフィスの黒人青年たちにとってジューキングが身近なものであることは、こんなところからも窺い知れる(黒人天才は実に色んなことを教えてくれるのだ。ありがとう!)。

 メンフィスのベテラン・ラッパー、アル・カポネ Al Kapone の音楽ヴィデオ「Buckin and Jookin」(2007)には、このダンスを踊るメンフィスの若者たちが全面的にフィーチャーされている。YouTubeで検索すれば、メンフィスのこの熱いダンスはいくらでも見ることができるし、決してリル・バックだけが凄いわけではなく、他にも素晴らしいダンサーがたくさんいるということが分かる。リル・バックはそうしたメンフィスの路上から登場し、地元で生まれたジューキングというダンスの可能性を模索しながら、その面白さを世界中の人に伝えようとしているのである。

 リル・バックは自分とジューキングの関わりについてこう語る。

「ジューキングは身近な文化で、朝食を食べるのと同じようなことだった。俺らにとっては日常生活の一部で。ところが、大人になるにつれ、ジューキングが音楽ヴィデオに求められるようになってきた。ジューキングをストリート・ダンスから世界的なものへ展開できる可能性があると思ってね。バレエ、ジャズ、モダン・ダンスなんかと同じようなジャンルになってもいいと思うんだ」(10 November 2011, MemphisFlyer.com)


2011: HANGS OUT WITH YO-YO MA

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ヨーヨー・マの伴奏で「瀕死の白鳥」を披露('11年4月5日、LA/スパイク・ジョーンズ撮影)

 '11年、リル・バックは大きく飛躍した。4月5日、ロサンゼルスのインナーシティ・アーツ Inner-City Arts(芸術の授業がない公立学校に通う子供たちのために設立された教育施設)のワークショップで、彼はヨーヨー・マと共演し、モダン・バレエの定番演目「瀕死の白鳥」のジューキング版を初披露した。マのチェロ独奏に合わせて、キャップ、ジーンズ、スニーカーというカジュアル・ファッションのリル・バックが屋外で踊る様子は、その場に居合わせたスパイク・ジョーンズ(!)によってワンカメラで映像に記録され、ジョーンズの紹介コメント付きでそのままYouTubeに投稿された。アメリカの人気セレクト・ショップ、Opening Ceremonyのブログを通して投稿された動画はネット上で話題を呼び、動画再生数はあっという間に100万回を突破した(当時、ジャネル・モネイも興奮した様子でツイートしていた)。この1本の動画によって、リル・バックはかつてない脚光を浴びることになった。

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The Swan by Anna Pavlova (1925)

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The Swan by Maya Plisetskaya (1959)

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The Swan by Maya Plisetskaya (1975)

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The Swan by Maya Plisetskaya (1986)

 「瀕死の白鳥(英題:The Dying Swan)」は、カミーユ・サン=サーンスの組曲『動物の謝肉祭』(1886)の中の1曲「白鳥(The Swan)」を、20世紀初頭にロシアの振付家、ミハエル・フォーキンがバレエ化したものである(このバレエ作品自体も元々は単に「白鳥」と題されていた)。湖で1羽の傷ついた白鳥が生きるために必死にもがき、やがて息絶えていく姿を描いた小品。ロシアのバレリーナ、アンナ・パヴロワのために振り付けられ、彼女の代名詞的な演目にもなった。初演は1905年。

 リル・バック版を見る前に、上の4つの動画で「瀕死の白鳥」が元々どういう作品であるかよく確認してもらいたい。'31年にオリジナル・ダンサーのアンナ・パヴロワが亡くなった後、この演目には長いこと誰も手がつけられなかったという。それをマイヤ・プリセツカヤが新解釈で復活させ、見事に自分のものにしてしまった。パヴロワの踊りはもちろん必見だが、プリセツカヤの映像は、時代順に見ていくと、生きようとする白鳥の姿と老いと闘うバレリーナ自身の姿が重なり、芸を超えた芸になっていく過程がよく分かる。バレエに興味がない人でも、見ればきっと深く感動するはずである。

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「瀕死の白鳥」を演じるリル・バック('11年8月6日、ベイル、Gerald R. Ford Amphitheater)

 '11年8月、リル・バックは、コロラド州ベイルで毎年開催されているダンスの祭典、Vail International Dance Festival('10年にはセヴィアン・グローヴァーも出ていた)に出演し、本格的にジューキング版「瀕死の白鳥」を披露した。彼の出演は、フェスの芸術監督を務める元バレエ・ダンサー、ダミアン・ウォーツェル Damian Woetzel の招きによって実現したものだった(ヨーヨー・マとの共演を取り計らったのも彼。先述のスパイク・ジョーンズ撮影の映像の冒頭に映っている白人男性がそれ)。話題になったのは'11年4月のヨーヨー・マとの共演映像だが、真に見るべきはこちらの8月の映像である。

 振付はリル・バック自身による。彼の動きは、パヴロワやプリセツカヤの振付を全く踏襲していない。彼は基本的にいつも通りのジューキング・スタイルで踊っているのだが、これがサン=サーンスの「白鳥」と絶妙な合致を見せる。水面を漂うようなスムーズな移動、爪先での回転や静止、表情豊かなパントマイム的な身体の動きは、驚くほどバレエの世界と相性がいい。最後の場面では人間離れした軟体を駆使して、身体を縮めて息絶える白鳥の姿を見事に表現している。全く新たな「瀕死の白鳥」の誕生である。

 リル・バックには、実はメンフィスのNew Ballet Ensemble and Schoolというダンス学校で2年間バレエを学んだ経験がある。彼はそこで身に付けたバレエの技術と、子供の頃から踊ってきたジューキングを自分なりに結びつけたのである。

「教わってたヒップホップの振付師の先生からバレエを勧められたんだ。彼女は俺の動きの中にはバレエに通じるものがあると言って、きちんと習うために奨学金をくれた。俺はどんなダンスにも偏見はなかったしね。自分のダンス・スタイルを作るのに役立つんじゃないかと思ったんだよ」(25 July 2012, Nowness.com)

 バレエ・ファンにとっては邪道以外の何ものでもないだろうが、バレエでもなく、もはやストリート・ダンスでもない、この新たなダンス表現の誕生に私は興奮している。女性がチュチュを着てポワントで踊るだけが“白鳥”なのか。“白鳥”の表現に対して私たちの持つイメージはあまりにも固定されているのではないか。こんな雄の白鳥がいてもおかしくない。リル・バックの「瀕死の白鳥」をプリセツカヤが見たら、一体何と言うだろう。現在86歳の彼女にこれを見せて是非とも感想を訊いてみたい。


2012: HANGS OUT WITH MADONNA

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決勝進出者4名──(左から) Princess Lockerooo、Lil Buck、Skorpion、Maya Chino

 '11年11月12日、ニューヨークのローズランド・ボールルーム。リル・バックのダンス・キャリアは、そこでまた大きく跳躍することになった。

 スミノフが主催する“Nightlife Exchange”というイベントで、'12年に行われるマドンナの世界ツアーに参加するダンサーの特別選考会が行われた。事前に応募されたダンス動画の中から選り抜かれた優秀者たちが、ローズランド・ボールルームで実際にマドンナの目の前で踊り、その中から最終的に1名が実際に彼女のツアー・ダンサーとなる資格を得るという企画。リル・バックはこの公開オーディションに挑戦した。

 11人の中からマドンナが絞り込んだ決勝進出者は以下の4名(マドンナは実際にその場で悩みながら4人の名前を挙げていった。彼女が指名した順に名前を列記する)。

Lil Buck a.k.a. Charles Riley【応募動画
Skorpion a.k.a. Brice Larrieu【応募動画
Princess Lockerooo a.k.a. Samara Cohen【応募動画
Maya Chino応募動画

 いずれも全く異なるスタイルを持つダンサーたち。大雑把に特徴を言うと、リル・バックはジューキング(ポッピング)、Skorpionはブレイキング、Princess Lockeroooはワッキング、Maya Chinoはジャズ・ダンスといった具合である。4人の中から最終的にマドンナが選んだのが、リル・バックだった。彼はダンサーとしてマドンナの世界ツアーに同行するという夢の切符を見事に手に入れたのである。

 この決勝進出者4人の中にいるMaya Chino(千野まや)というダンサーは日本人である。彼女は過去にグウェン・ステファニーやT-ペインのツアー・ダンサーを務めたこともある立派なキャリアの持ち主なのだが(グウェンのバック・ダンサー隊“原宿ガールズ”のプリンシパル・ダンサー)、それでもマドンナからは落とされている。彼女のバックで踊れるのは、世界最高峰の中でもほんの一握りのダンサーだけなのだ。

 とはいえ、落とされた他の3人がリル・バックよりも技術的、あるいはセンス的に劣っていたわけでは決してないと思う。マドンナがリル・バックを選んだ理由は、恐らく彼のダンス・スタイルが最も時流に合っていたせいだろう。'11年秋、ノンストップ Nonstop(別名マーキューズ・スコット Marquese Scott)というアメリカのポッパーが、フォスター・ザ・ピープル「Pumped Up Kicks」のダブステップ・リミックスに合わせて踊るダンス動画がYouTubeで爆発的な人気を博した('11年9月23日投稿。'12年9月現在、再生数6500万回)。ダブステップの扇情的な変則ビートと同期したノンストップのイリュージョンのようなダンスは、アメリカのテレビメディアからも注目を浴び、彼は一躍時の人となった('12年1月2日放映の日本テレビの正月特番『世界1のSHOWタイム〜ギャラを決めるのはアナタ〜』にも登場)。重力を無視したような浮遊技や超人的なアニメーション技をダブステップのサウンドと組み合わせたポッピングがブームになっているのを見て、マドンナは同種のダンスに対応できるスタイルを持ったリル・バックを取ったのだと思う。要するに、“今はコイツだ”という選択である。

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マドンナのハーフタイム・ショウで踊るリル・バック

 リル・バックのマドンナとの初仕事は、'12年2月5日に行われたスーパーボウルのハーフタイム・ショウ。開始早々、彼は「Vogue」の最中に天使の姿で小さなハープを持って現れ、女王の周りをふわふわと飛び回るような印象的なソロ・ダンスを披露している。このショウの後、彼は予定通りマドンナの世界ツアーに参加。アルバム『MDNA』('12年3月23日発売)をフォローするコンサート・ツアーは、'12年5月31日にイスラエルで幕を開け、中東→欧州→北米→南米という旅程で進行中(12月まで)。'12年9月現在、リル・バックはマドンナと一緒に北米を廻っている最中である(で、このMDNAツアーがまた最高なのだが……来日予定なし!)。

 マドンナとの仕事を通してリル・バックは一体どんなことを学んだのか。

「常に謙虚であること、自分の出自を決して忘れないこと、そして、自分のファンを愛することの大切さ。支えてくれる人たちがあってこその自分なんだからね。彼女とはよく話すし、みんなで一緒に出掛けたりもするんだ。彼女にくっついて美術館に行ったりとか。すごく気さくな人で、冗談を飛ばしていつもみんなを笑わせてる。すごく元気をくれる人だね。マドンナとツアーするのは最高に楽しいよ」(25 July 2012, Nowness.com)


AND GLIDES INTO THE FUTURE

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ジェイコブ・サットン監督「Lil Buck」──反重力ダンスを見せるリル・バック

 YouTubeにはリル・バックのダンス動画がたくさんあるが(“Lil Buck”、あるいは“Charles Riley”で検索しよう)、中でも特に素晴らしいのが、高級ブランド・グループのLVMHが発信するアート系ウェブ・マガジン、NOWNESSの企画で制作され、映像作品としても質が高い「Lil Buck」と「Aria」の2本である(共に'12年7月末公開)。

 イギリスのファッション写真家、ジェイコブ・サットン Jacob Sutton が監督した「Lil Buck」は、アジリア・バンクス「Liquorice」をBGMに、正方形の小部屋の中でリル・バックが縦横無尽に踊りまくるという作品。彼のダンスは重力を振り切り、壁や天井もダンスフロアにしてしまう。このトリッキーなダンス映像の原点は、『恋愛準決勝戦(Royal Wedding)』(1951)でフレッド・アステアが見せた天井ダンスである。ブガルー・シュリンプが『ブレイクダンス2(Breakin' 2)』(1984)で、そして、マイケル・ジャクソンが「Scream」(1995)でこれに続いた(過去記事“マイケルの最強ショート・フィルム10選【第10位】”参照)。カメラをセットに固定して一緒に回転させるというのが手品の種だが、ここで反重力ダンスを実現している最も重要な要素は、アステア、シュリンプ、マイケルの場合と同じように、トリック撮影ではなく、単純にダンサー自身の超人的な肉体である。“天井ダンサー”の系譜にまた新たな一人が加わった。

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バンジャマン・ミルピエ監督「Aria」──ジューキング+バレエの更なる深化

 フランスのバレエ・ダンサー/振付師で、映画『ブラック・スワン(Black Swan)』(2010)の振付を手掛けたバンジャマン・ミルピエ Benjamin Millepied(ナタリー・ポートマンの夫)が監督した「Aria」も傑作だ。エレキ・ギター独奏によるバッハ『ゴルトベルク変奏曲』(1742)のアリアをBGMに、リル・バックがロサンゼルスの街角で踊る様子を編集した作品。先述の「瀕死の白鳥」の延長線上にある表現が見られる。ギター演奏は、バンジャマン・ミルピエの兄弟のローラン・ミルピエ Laurent Millepied による。リル・バックは撮影現場に向かう車の中で彼にギターを弾いてもらい、そのサウンドをイメージしながら踊ったそうだ。ジューキングとバレエを融合した流麗なダンス、ロスのダウンタウンの色鮮やかな風景、静謐なギターの響きが見事に溶け合い、素晴らしい詩情を生み出している。彼の動きはただひたすら美しい。リル・バックには“ストリートの踊る詩人”という形容が似つかわしい。

 彼は事前に動きを考えるのだろうか。それとも即興で踊っているのか。

「純粋に自発的(スポンテニアス)なものだ。その場で反応するのが好きなんだ。俺の人生もそんな感じだね。俺はよく一度しか聞いてない曲に合わせて踊る。自分を解き放ってね。俺は多分にエクスペリメンタルなダンサーだから、自分の身体に訴えてくるものだったら何だって踊るよ」(25 July 2012, Nowness.com)

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リル・バックが出演した'12年秋のGAPのCF

 '12年秋のGAPのジーンズCF“Denim Moves You”では、リル・バックのソロ・ダンスが大きくフィーチャーされている(GAPのYouTubeチャンネルで60秒版30秒版15秒版をすべて見ることができる)。GAPのジーンズを穿いたからといって誰もが彼のように動けるわけでもないだろうが、これは思わず目を奪われるCFだ。ダニエル・クラウド・カンポスも'09年にGAPのCFで踊っていたが(群舞のプリンシパル・ダンサー)、ソロでここまで大々的にはフィーチャーされなかった。すごい出世ぶりである。マドンナのバック・ダンサーという輝かしい肩書も得て、今後、彼は更に活躍の場を広げていくに違いない。

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リル・バックのMJトリビュート動画「Michael Jackson Tribute in MJ's」

 数あるリル・バックのダンス動画の中で最後にひとつ紹介しておきたいのが、'12年8月31日──マイケル・ジャクソン54回目の誕生日の2日後──に彼自身のYouTubeチャンネル(LILBUCKDALEGEND)で公開された「Michael Jackson Tribute in MJ's」。エア・ジョーダン(笑)を履いて「Billie Jean」に合わせて踊る自分の足もとを固定カメラで撮影したものだ(『フットルース』のオープニング場面みたい)。マドンナとのツアー中、恐らく宿泊先のホテルの自室で撮ったのだろう。どうということはない一発撮りの簡易映像だが、そのステップからMJに対する彼の思いがしっかり伝わってくる。彼もまたMJの子供の一人だ。

 リル・バックは、自分のヒーローとしてマイケル・ジャクソンとニコラス兄弟の名を挙げている(HouseofCrewsによる'11年6月21日公開のインタヴュー動画参照)。マイケル・ジャクソンはどんなダンサーにとってもヒーローに違いないだろうが、同時にニコラス兄弟を挙げたところに私はグッときた。リル・バックとバレエ界の相思相愛ぶりは、かつてのニコラス兄弟とジョージ・バランシンの交流を思い出させもする(バランシンはニコラス兄弟の大ファンで、実際、'30年代に2つのブロードウェイ作品『Ziegfeld Follies Of 1936』『Babes In Arms』で手を組んでいる)

 リル・バックは今年まだ24歳。この若き黒鳥は今後どのような飛翔を見せてくれるのだろうか。彼のキャリアはまだ第一幕に過ぎないのだ。

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