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ひたすらヤバい──スーパーバッドなMJ箱『BAD25』

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 マイケル・ジャクソン『BAD』の25周年記念ボックス『BAD25』('12年9月18日発売)は、思った通りスーパーバッドな代物だった。

 CD3枚+DVD1枚の4枚組。オリジナル版『BAD』(CD1)、同時期の未発表音源集(CD2)、'88年7月16日にウェンブリー・スタジアムで行われたコンサートの未発表フル・ライヴ映像(DVD)+同ライヴ音源(CD3)を所収する。告知された'12年5月から4ヶ月半、私は首を長くして発売日を待っていた(法外な値段のする日本盤は見送り、輸入盤を購入)。マイケルの死後、ショート・フィルム全集『VISION』(2010)、なんちゃってニュー・アルバム『MICHAEL』(2010)、マッシュアップ・アルバム『IMMORTAL』(2011)等々、Sonyからだけでも様々な商品が発売されてきたが、これはマイケルの死から4ヶ月後に公開された映画『THIS IS IT』以来と言っていい強烈な作品である。

 WHO'S BAD?──最高にヤバいのは一体誰なのか。この箱を開けた者は、その答えを嫌というほど思い知らされることになる。


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LIVE AT WEMBLEY JULY 16, 1988
DVD: Epic/Legacy 88725400952, 18 September 2012

Wanna Be Startin' Somethin' / Heartbreak Hotel (a.k.a. This Place Hotel) / Another Part Of Me / I Just Can't Stop Loving You / She's Out Of My Life / I Want You Back - The Love You Save - I'll Be There / Rock With You / Human Nature / Smooth Criminal / Dirty Diana / Thriller / Bad Groove including Band Jam - Layla - Sussudio - You Win Again - Don't Stop 'Til You Get Enough / Workin' Day And Night / Beat It / Billie Jean / Bad / Man In The Mirror

Live at Wembley Stadium, London, UK, 16 July 1988

DVD bonus features: The Way You Make Me Feel [Wembley Stadium, 15 July 1988] / I Just Can't Stop Loving You / Bad [Yokohama Stadium, 26 September 1987]

Personnel: Michael Jackson (vocals), Don Boyette (bass), Ricky Lawson (drums), Jennifer Batten, Jon Clark (guitar), Greg Phillinganes, Chris Currell, Rory Kaplan (keyboards), Sheryl Crow, Kevin Dorsey, Dorian Holley, Darryl Phinnessee (backing vocals), LaVelle Smith, Dominic Lucero, Evaldo Garcia, Randy Allaire (dance)



 『BAD25』の最大の目玉は、何と言っても幻の'88年〈BAD〉ツアー、ウェンブリー・スタジアム公演の模様を完全収録した未発表ライヴ映像である(単品でも発売)。この'88年ツアー映像がなぜ“幻の”と呼ばれるのかと言うと、このツアーの全長版映像は、これまでソフト化はもちろん、テレビ放映されたことも、ブートレグとして流出したことも一度もなかったからである。当時の観客以外、誰もまともに全貌を見たことがなかったマイケルの'88年ツアーが、四半世紀の時を経て発掘映像で遂に蘇った。

 アルバム『BAD』('87年8月31日発売)をフォローするマイケル初のソロ世界ツアー(前回の'84年ツアーまではすべてジャクソン5〜ジャクソンズとしてのツアー)は、'87年9月12日に東京の後楽園球場で幕を開け、'89年1月27日のロサンゼルス公演まで、計123公演を行った。この公演数は、マイケルの歴代ツアーの中でもダントツで多い。兄弟たちと訣別した29歳のマイケルが、やる気マックスで体力の限界に挑戦した鬼のツアーである。

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 〈BAD〉ツアーは、前期('87年9月12日〜11月29日/日本→豪州)と後期('88年2月23日〜'89年1月27日/北米→欧州→北米→日本→北米)で内容が大きく異なる。前期ツアーは、'84年〈VICTORY〉ツアーのレパートリーをほぼそのまま使い回し、新たに「Thriller」「I Just Can't Stop Loving You」「Bad」の3曲を加えただけの中途半端な内容だった。新譜『BAD』から披露された楽曲は僅か2曲のみ。準備期間が足りずに未完成のまま開幕したツアーは、日本〜豪州公演後の3ヶ月のインターバルの間に『BAD』収録曲が大幅に追加され(「Another Part Of Me」「Smooth Criminal」「Dirty Diana」「The Way You Make Me Feel」「Man In The Mirror」)、'88年2月23日から始まった後期ツアーでようやく完全な形になった。

 前期ツアーの映像は、'87年9月26日の横浜スタジアム公演をほぼ完全収録したもの(バンドのインスト曲「Bad Groove」のみカット)が日本テレビで放映されており、〈BAD〉ツアーの唯一の全長版プロショット映像としてファンから重宝されていた(私も当時録画した映像をDVDに焼いて大切に保存している)。しかし、『BAD』から2曲しか披露されない'87年横浜公演映像は明らかに役不足で、ファンは長いこと'88〜89年の後期ツアー映像の登場を待ち望んでいたのである。

 今回の発掘映像は、Uマチックのマスターテープが所在不明(もしくは消失)のため、マイケル自身が所有していたというVHSコピーから起こされている。十分な画質ではないが、まともなプロショットで後期〈BAD〉ツアーの全長版映像が見られるだけでも奇蹟と言っていい。'90年代のマイケルのショウではリップシンク(口パク)が多用されるようになるが、この時期はまだほとんどの曲を生で歌ってもいる。前期〈BAD〉ツアーとの違いにも注意しながら、この貴重なMJの遺産を有り難く鑑賞することにしたい。


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Wanna Be Startin' Somethin'

 '84年〈VICTORY〉ツアー、'87年前期〈BAD〉ツアーと同じく、ショウは「Wanna Be Startin' Somethin'」で勢いよく始まる。まず、マイケルの登場の仕方が前期ツアーと違う。ステージ後方の電光掲示板(前期ツアーにはなかった)に、ムーンウォークをしてトウ・スタンドを決めるマイケルの足もとのアニメーション・イメージが映し出され、続いて、ライトが敷き詰められた巨大な光の壁がステージ前方からゆっくり上昇し、ステージ全体を覆い隠す。目眩ましの壁が下降して再びステージが現れると、そこにマイケルと4人のダンサーたちが並んで立っている(この場面では主に観客の様子が映されているため、ステージで何が起きているのか分かりにくい)。前期ツアーでは、ステージの床が巨大な蓋のように開いて光の壁を作り、(壁の裏側からではなく)壁を背にしてマイケルたちが床下から階段を昇って登場していた。後期ツアーでは舞台装置が変わったのだ。ステージ後方のバンドスタンドに階段(3段)があるのも前期と違う。

 パフォーマンス自体はお馴染みのものだ。4人のダンサーたちを従えて歌い踊り、劇的なブレイクを挿入して観客を煽る。足を小刻みに動かす得意のJB風ステップがカッコいい(『THIS IS IT』でもやっていた)。'87年横浜公演に較べると声は枯れ気味で息も荒く、ツアーの疲労も窺えるが、まだ20代だけあってスタミナは十分。歌唱も動きも、'90年代にはない勢いと切れを保っている。全員、バックルや金属類がジャラジャラついたゴシック・メタル風のコスチューム。横浜公演で長髪だったラヴェル・スミスの頭が、ここでは短く刈り込まれている(それにしても、このツアーのファッション・センスはなんとかならんのか……)。


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Heartbreak Hotel (a.k.a. This Place Hotel)

 黒いジャケットを脱いで、2曲目「Heartbreak Hotel」。前期ツアーで演っていた「Things I Do For You」「Lovely One」「Shake Your Body」が『BAD』楽曲と入れ替えでセットリストから落ちたため、後期ツアーではこれがジャクソンズ時代から取り上げられた唯一の曲となった。後年の作品に通じるドラマチックで派手なナンバー(マイケル版「Hotel California」といった趣きも。ベースのグルーヴは「I Wish」、歌メロは「Too High」っぽい)。前期ツアーでは巨大な幕に踊るシルエットを投影するイントロがあったが、後期ツアーではそれが「Smooth Criminal」の演出に転用されたため、ここでは普通に演奏が始まっている。4人のダンサーに加え、ベーシストやギタリストとの絡み、発火装置を使った演出も交えて更に盛り上げていく。切れたステップやポージングを連発するマイケル。

 心配された画質は特に問題ない。VHSの3倍録画くらいの画質で、もちろん現在のHD映像に較べたら酷いものだが、鑑賞に差し支えるほどではない。音源に関してはマイケル所有のVHSテープとは別にマルチトラックのマスターが残っていたらしく、非常にクリアなサウンドで楽しめる。カメラワークや編集はごく標準レベル。この映像は恐らく会場の左右にあるスクリーン用に撮影されていたものなのだろう。観客の様子はほとんど映らない。カメラの台数や編集の細かさは横浜公演映像に敵わないが、一般的な視聴には十分に耐えるクオリティだと思う。


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Another Part Of Me

 後期〈BAD〉ツアーの新レパートリー1発目は「Another Part Of Me」。この曲の音楽ヴィデオは、'88年6月パリ公演と7月14日ウェンブリー公演のパフォーマンスを編集したライヴ映像(音声もライヴ)だったので、ファンにとっては全く未知のパフォーマンスというわけでもない。バック・メンバーたちはすべて後ろに下がり、マイケル1人の歌と踊りがフィーチャーされる。'90年代のコンサートでも似たようなシンプルなパフォーマンスは見られたが(「Blood On The Dance Floor」など)、リップシンクなのでさっぱり面白くなかった。ここでは当たり前のように生で歌って踊るマイケルがじっくり堪能できる。鋭くシンコペートする終盤のファンキーな演奏もライヴ感たっぷりで実に熱い。スティーヴィー・ワンダーのバンドみたいだ。

 この'88年7月16日のショウは、7月14〜23日に5回行われたウェンブリー・スタジアム公演の3日目だった。ウェンブリーは72000人を収容する。1ヶ月後の8月26〜27日にも同会場で2公演が行われ、72000×7回のソールドアウトでマイケルはギネス記録も作った。この7月16日のウェンブリー公演は、ダイアナ妃とチャールズ皇太子が観覧した公演でもあり、「Another Part Of Me」前のMCで、マイケルは皇室の来賓に向けても挨拶をしている(“Hello London and welcome to our royal guests!”)。


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I Just Can't Stop Loving You

 〈THIS IS IT〉でも取り上げられたマイケルの愛唱歌「I Just Can't Stop Loving You」。この時のデュエット相手は、レコード・デビュー前の垢抜けないシェリル・クロウ(26歳)である。ケバい! 眉毛が太い! マイケルは一貫してファッション・センスがおかしいからあまり時代を感じさせないが、バック・メンバーたちは当時の自分の姿を見ると相当恥ずかしいのではないだろうか。マイケルがシェリルの腰にちょっと手を伸ばしただけで72000人が絶叫する。スゴい。スロー・バラードでありながら、終盤にパーカッシヴなアドリブを入れてくるマイケルの歌唱センスはやはり尋常でない。曲はクライマックスで唐突に断ち切られ、シェリルはマイケルの前から姿を消す。あの娘が消えた……という〈DANGEROUS〉ツアーと同じ演出なのだが、ずっとマイケルのアップばかりで、シェリルが消える肝心の場面が映らないので、この映像だけだとマイケルの表情の変化の意味がよく分からない。


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She's Out Of My Life

 独りぼっちになったところで失恋バラード「She's Out Of My Life」が始まる。歌いながら“そっちへ下りていってもいいかな?”と観客に語りかけ、ステージの縁までマイケルが行くと、群衆の中から選ばれたラッキーな女性客が現れてマイケルとハグ。マイケルのショウのお馴染みの場面だ。傍で見守るセキュリティのおっさんがシルクハットを被って正装しているのが良い。孤独なエンターテイナーがほんの束の間ファンに癒される。切々と歌い上げた後、いつも通りうずくまって泣きに入るマイケル。横浜公演のテレビ放映で初めてこのパフォーマンスを見た時、当時まだ子供だった私は、マイケルが本当に感極まっているのかと思った。歌の世界への入り込み方が半端でなく、表現があまりにも真に迫っていたからだ。もちろん“繊細な人”というパブリック・イメージのせいもある。マイケルの場合、こういうベタな演出が何の違和感もなくハマる。立ち上がったマイケルは、力を振り絞って最後の一節を涙声で歌い上げる。このパフォーマンスは、JBのマント・ショウのMJ版なのだと私は思っている。


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I Want You Back - The Love You Save - I'll Be There

 “昔の歌を昔と同じように披露しましょう”というお馴染みのMCで、これまたお約束のジャクソン5メドレー。これも、“1965, this was the sound!”という決まり文句で定番曲「Papa's Got A Brand New Bag」を演っていたJBをちょっと思い出させる。ほぼ全曲がリップシンクになってしまった〈HISTORY〉ツアーでも、「Wanna Be Startin' Somethin'」とこのJ5メドレーだけは完全に生で歌っていた(これが歌えなくなったらお終いである)。「I'll Be There」では、ジャーメインのパートをバック・ヴォーカル隊のダリル・フィネシーが歌う。この人は〈BAD〉ツアーから最後の〈THIS IS IT〉までマイケルのバンドにいて、22年間も「I'll Be There」を歌い続けた。ジャーメインよりも年季が入っている(笑)。最も長く「I'll Be There」のミドルエイトを歌い続けた男として、ギネス記録に認定されても良いのではないだろうか。あと、素朴な疑問だが、マイケルの兄弟役を務める4人のダンサーたちのマイクはオンになっているのだろうか?

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Can you feel it!?──アドリブで歌い、感極まって踵でビートを刻み始めるマイケル

 「I'll Be There」の最後、バンドの演奏が止まって締めの一節を歌うところでマイケルがうずくまり、再び泣きモードに入る。うわごとのようなアカペラのアドリブ歌唱は徐々に激しさを増し、感極まったマイケルは終いに踵を踏み鳴らしてビートを刻み始める。同時にスキャットでもビートを繰り出し、これが次の曲の導入となる。感情の高ぶりがそのままビートになっていくこの場面は非常に原初的なパワーに溢れていて、まるで音楽が生まれる瞬間を見るようである。「Black Or White」ヴィデオのパンサー・セグメントにも通じる興奮がある。私はこの場面が大好きだ。


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Rock With You

 マイケルの人力ビートから「Rock With You」へなだれ込む。「I'll Be There」〜「Rock With You」というこの繋ぎは、'81年〈TRIUMPH〉ツアーからずっとやっていたものである(当初はスキャットのビートだけで、足踏みはなかった)。本当は「Rock With You」のテンポでビートを刻むべきなのだが、この公演のマイケルのビートは速すぎて、バンドの演奏が始まった瞬間に速度が落ちるのでちょっと変である。ややズッコケ気味のイントロではあるが、「Rock With You」はやはり最高だ。これも「Another Part Of Me」と同じように、マイケルの歌と踊りだけで魅せる曲。ただただ聴き惚れ、見とれてしまう。'80年代までのマイケルは、特別な演出もなく普通に歌って踊るだけのオーソドックスなパフォーマンスが本当に素晴らしい。生の歌唱で「Rock With You」が聴けるのは、この〈BAD〉ツアーが最後である。


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Human Nature

 このウェンブリー映像で私が最も興奮したのは、「Rock With You」以降のコンサート中盤である。ジャクソン5メドレーあたりまでは寝転がりながら割と余裕で眺めていたのだが、「Rock With You」で思わず起きあがり、この「Human Nature」で完全に目が釘付けになった。これも「Rock With You」と同様、マイケルの一人舞台のようなパフォーマンスである。一人でただ歌って踊る。踊りと言うよりは、マイムと言うべきか。歌の世界を身体の動きで巧みに表現しながら、観客をどんどん引き込んでいく。オープン・ハイハットのサウンドを模した“シーシー”という無声音ヴォーカルも強烈だ。マイケルは声と身体の両方を使い、全身で音楽を表現する。まさに音楽の化身である。後半で観客が一体となってサビを大合唱する場面にも胸を打たれる(横浜公演映像では見られなかった)。たった1人で72000人の大観衆と易々とコミュニケートするマイケル。コンサートの規模が大きくなっても、かつてのショウのような観客との親密さをマイケルが大切にしていたことが分かる場面だ。

 歌う魔法使い=マイケル・ジャクソンの魅力が全開の「Human Nature」。私の興奮度は、エンディング場面で一気にレッドゾーンを振り切った。

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「Human Nature」衝撃のエンディング──MJフルスロットル!

 くそヤバい。「Human Nature」のアウトロ部分で、マイケルはピンスポットを浴びながらものすごいマイム&ダンスを見せる。突然、天を仰いで硬直し、ビデオの早送りのような超人的なスピード感でパントマイムの“壁”を演じ、横向きでその場ムーンウォークを見せた後、ボブ・フォッシー風の奇妙な歩き方でゆっくり去っていく。完全にヤバいスイッチが入っている。天を仰いだその顔は、子供や動物を愛する優しいマイケルでも、聴衆を扇情する情熱的でワイルドなマイケルでもない。ただひたすらヤバい人である。というか、このマイケルはもはや人の顔すらしていない。これはいかなる人間も浮かべることがない表情だ。そして、いかなる人間も見せることがない動きをしている。間違いなくヤバいものが降臨している。これが神でなくて一体何だと言うのか?

 このエンディングは前期〈BAD〉ツアーでは見られなかった(前期ツアーでは、横からライトを浴びてその場ムーンウォークで曲を締め括っていた)。このマイム&ダンスは〈DANGEROUS〉ツアーの「Human Nature」でも引き継がれているが、さすがにここまで鋭くない。これを見て私は本当にぶっ飛んでしまった。テレビではちょっと放送できないような映像である。このMJは社会的に危険ではないか。この神MJを見るだけでもDVDを購入する価値があるというものだ。


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いよいよ未体験ゾーンに突入。後期〈BAD〉ツアーの全貌が明らかに!

 この後、ショウは「Smooth Criminal」「Dirty Diana」「Thriller」……と続き、どんどんスゴいことになっていく。が、私は「Human Nature」のエンディングで失神してしまい、会場から担ぎ出されてしまったので、続きがどうなったのか知らない。後は『BAD25』を購入して、それぞれ自分の目で確認して欲しい(決して続きを書くのが面倒くさくなったわけではありません)

 多くのMJファンが同じ行動をとったのではないかと思うが、私はこの'88年ウェンブリー公演映像を見た後、'87年の横浜スタジアム公演映像を再見した。そして、そのあまりの素晴らしさに唸った。横浜公演はやはり名演である。ライヴ映像作品としても、まさしく名作と呼ぶに相応しい完成度がある。“〈VICTORY〉ツアーのレパートリーを使い回した未完成〈BAD〉ツアー公演”は、今回の完全版〈BAD〉ツアー公演映像の登場により、新たな存在意義を獲得したと思う。フィル・スペクターが強引に仕上げたビートルズ『LET IT BE』が、『NAKED』の発売によって“これはこれでやっぱ良くね?”とファンから見直されるのと同じようなことである。前期〈BAD〉ツアーを記録した横浜公演映像に対する評価は、今後どんどん上がっていくに違いない。

 後期〈BAD〉ツアーが前期と大きく異なる点──これは〈BAD〉ツアーと〈VICTORY〉ツアーの違いでもあるが──は、視覚面での演出が強化されていることである。〈BAD〉ツアーの新演出の多くは、一連の有名な音楽ヴィデオをステージで再現することに重点が置かれている。「Beat It」では不良の決闘場面と群舞が、「Thriller」では狼男への変身やゾンビの群舞が再現される。「Smooth Criminal」「The Way You Make Me Feel」も同様だ。「Dirty Diana」は、ヴィデオ自体がライヴ・ステージをモチーフにしたものだったが、この曲のステージ・パフォーマンスもヴィデオの再現と言えないこともない。オリジナルとしてまず映像版があり、それを舞台に移植しているわけだが、残念ながら舞台版はどれも映像版を超えていない。もちろん、人々は一連のヴィデオに夢中になり、同じものを見たいと思ってコンサート会場に足を運んでいる。マイケルがステージでヴィデオの再現を試みるのは正しいことには違いないのだが、私にはどうしてもあまり面白いようには見えないのである(これは誰もが感じていながら、決して口に出さないことではないだろうか)。同じ群舞ものでも、最初からステージ用に作られた「Jam」や「Dangerous」のパフォーマンスなどは文句なしに素晴らしいと思う。ヴィデオはヴィデオ、ステージはステージとして、マイケルはもう少し割り切っても良かったのではないだろうか(ヴィデオ作品の舞台化という点では、「Smooth Criminal」が最も成功していると思う。ステージのためだけに創作されたパフォーマンスの最高の例は、もちろん「Billie Jean」である)。

 こういうことを書くとマイケル信者の反感を買うかもしれないが、私はマイケルにはエンターテイナーである前に、何より音楽家であって欲しいと思う。狼男に変身するよりも、とにかくまず歌を聴かせて欲しいのである。

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後期〈BAD〉ツアーの「Smooth Criminal」

 〈BAD〉ツアーを境に、マイケルのショウは従来の一般的な音楽コンサートの枠を逸脱し、“マイケル・ジャクソン”というテーマパークのアトラクションのようになっていく。テーマパークのアトラクションというのは、いつ誰が見に行っても同質のエンターテインメントを提供してくれる。計算された完璧なタイミングで音楽や効果音が鳴り、役者や人形が出てきて来場者を楽しませてくれる。ミッキーマウスは決してアドリブをしない。

 テーマパーク化が進むにつれて、マイケルのショウはリップシンクの比重が高まっていった。マイケルがコンサートに初めてリップシンクを導入したのがこの後期〈BAD〉ツアーで、「Smooth Criminal」「Bad」「The Way You Make Me Feel」「Man In The Mirror」の4曲で使われている。1曲通して激しいルーティンを踊る「Smooth Criminal」にリップシンクが使われているのはまだ分かるが、「Man In The Mirror」までリップシンクとなると、失望を通り越して、私は軽い憤りさえ覚えてしまう。前期ツアーで生歌だった「Bad」がリップシンクになってしまったのもガッカリだ。

 コンサートにリップシンクを用いることについてマイケルが何か語ったことがあるかどうか私は知らない。想像するに、理由は主に3つあると思う。ひとつはまず、ダンスの性質が変わったためだろう。ジャクソンズ時代までのダンス・ルーティンは、ステージ上で生で歌いながら踊ることを前提にしたものだったが、一連のヴィデオ作品を境に、ルーティンはより高度で激くなり、もはや生で歌いながら踊るものではなくなってしまった。ふたつめの理由は、ショウの質を保つためだろう。年齢を重ね、激しく踊って息切れもせずに歌まで完璧に歌うのは大変なことである。もうひとつの理由は──これが最も大きかったのではないかと思うが──声帯を守るためだろう。マイケルは自分の作品が後世に永遠に残ることを熱望する完璧主義者だった。その瞬間だけで消えていくライヴ・コンサートよりも、形として残るレコーディングの方を大事にしていたように思われる。連夜のショウで喉を潰すことは何としても避けたかったに違いない。後期〈BAD〉ツアーでリップシンクが使われた曲は、「Smooth Criminal」を除き、すべてコンサート終盤に集中している。要するに、喉を一定以上使わないためにリミットを設けたのだと思う。

 リップシンクを使った曲でも、曲の終盤部分は生で歌われるので、マイケルがライヴ感というものをそれなりに重視していたことは分かる。〈HISTORY〉ツアーあたりになるとリップシンク部分と生歌部分の落差が顕著で痛々しいのだが、後期〈BAD〉ツアーでは、リップシンクから生歌に切り替わっても全く違和感がない。リップシンクなど使わなくても、余裕で1曲通して生で歌えるくらい声が出ている。「Man In The Mirror」の終盤の熱い歌い込みなど本当に素晴らしい。それだけにリップシンクの使用が残念でならない。

 『Motown 25』の「Billie Jean」はリップシンクでも素晴らしいじゃないか、と言う人もいるかもしれない。しかし、もし生で歌っていたら、あのパフォーマンスはもっと素晴らしかったと思う。マイケルにいかなる言い分があったとしても、私はリップシンクだけは肯定する気にならない。ジェイムズ・ブラウンがコンサートでリップシンクを使ったことが一度でもあっただろうか? たとえ息切れしても、声が枯れていても、私は生の歌が聴きたい。喉を守りたいなら、公演数を減らすか、コンサート活動自体をやめるべきだ(そうもいかないのがスーパースターの宿命であったとしても)。他の歌手がリップシンクをするのは別に構わない。歌いながら踊るのは普通の人間には難しいことだから仕方ないと思う。しかし、私にはただ一人、マイケル・ジャクソンがリップシンクを使うことだけは絶対に許せない。なぜなら、彼は天才だからである。

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後期〈BAD〉ツアーの「Man In The Mirror」(いつも思うが、キリストの磔刑像みたいだ)

 このウェンブリー公演映像で私が好きなのは、基本的に上で特筆した前半部分である。後半では「Workin' Day And Night」と、やはり「Billie Jean」(笑ってしまうほどハイテンション)が最高だ。待望の後期〈BAD〉ツアー映像でありながら、私が喜んで見ているのは前期ツアーのレパートリーばかりである。結局、自分が好きなのは〈VICTORY〉ツアーなのだということがよく分かった。

 とはいえ、この時期のマイケルがスーパーバッドであることは、「Human Nature」1曲だけでも十分に証明されている。このウェンブリー公演映像は、彼が単なるスター歌手から、よりスケールの大きな表現者へ脱皮していく瞬間を捉えた貴重な記録でもあるだろう。私は決してマイケルの最良のファンではない。なので、ちょっと複雑な気持ちで鑑賞したのだが、この発掘ライヴ映像があらゆる意味で必見であることは確かである。あなたも失神して、会場から担ぎ出されよう(いや、失神せずに最後まで見届けよう)。


※「The Way You Make Me Feel」について補足しておく。この曲は後期〈BAD〉ツアーでアンコール1曲目──「Bad」と「Man In The Mirror」の間──に披露されていたが、7月16日ウェンブリー公演ではセットリストから外された。そのため、マイケルは「The Way You Make Me Feel」の青シャツ(もしくは白シャツ)ではなく、「Bad」の黒ジャケットを着たまま「Man In The Mirror」を歌っている。DVDには、前日の7月15日の「The Way You Make Me Feel」が特典映像として収録された(画質は16日より劣る)。7月16日の公演でこの曲が披露されなかった理由は、開演時間が遅れたためだと言われている。一体どのくらい遅れたのか。理由は本当に開演時間の遅れだったのか。7月16日は会場にダイアナ妃がいた。マイケルは「The Way You Make Me Feel」の振付に登場する“ハメハメ”アクションを、ダイアナ妃の前でやることに抵抗があったのではないだろうか。「Dirty Diana」をセットリストから外すことを考えたほど彼女を強く意識していたマイケルである。あり得ないことではないと思う。



『BAD25』関連記事:
ガチンコMJショウ──Michael Jackson Japan Tour '87(2012.10.8)
The World Is Yours──MJ THE UNTOUCHABLE(2012.10.17)

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