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Wax Poetics Japan [October/November 2012]

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WAX POETICS JAPAN
Issue: October/November 2012 (Japan)

 隔月刊のブラック・ミュージック専門誌、Wax Poetics Japanの10〜11月号(通算24号/'12年10月31日発売)の表紙をシャーデーが飾っている。この雑誌で彼らが特集されるのは初めてのこと。シャーデーが冬眠に入ってしまった寂しい時期に取り上げてくれたのが嬉しい。ファンは要チェックだ。


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同じくシャーデー表紙のアメリカ版 Wax Poetics '12年秋号(通算52号)

 Wax Poeticsは'01年創刊のアメリカの音楽誌。Wax Poetics Japanはその日本版('08年創刊)で、アメリカ版の翻訳記事を中心に、日本独自の記事を織り交ぜた内容になっている。私も時々購入しているが、いつもパラパラとページをめくって眺めるだけで満足してしまい、どういうことが書いてある雑誌なのかいまだによく知らなかったりする(だって字が小さいんだもん!)。

 “LUSH LIFE〜神秘のサウンド”と題されたシャーデー記事は全11ページ。内容は、アメリカ版Wax Poetics'12年秋号に掲載されたネルソン・ジョージのテキストの翻訳である。ネルソン・ジョージはかつて米Billboard紙R&B部門の責任編集者だった黒人の音楽ジャーナリスト('57年生まれ)。邦訳著書『モータウン・ミュージック』『リズム&ブルースの死』『ヒップホップ・アメリカ』『スリラー〜マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』などを通して、彼のブラック・ミュージック評論は日本でもよく知られている。

 “ポップ・カルチャーの歴史において、1984年という年は永遠に、マイケル・ジャクソンの『Thriller』が残した衝撃と関連づけられるに違いない”という一文でテキストは始まり、ネルソン・ジョージは同年にデビューしたシャーデーが時代の中で常に特異な存在であった点を指摘していく。本人たちのインタヴュー発言も織り交ぜながらバンドのキャリアを俯瞰する正攻法の評伝だ。シャーデー史に物語としての起伏をつけるため、“バンドの悲劇”を半ばでっち上げている点が気になるが(スチュアート・マシューマンが'80年代からコットンベリー名義で活動していたように書いてあるのも変。この人には自分の話の文脈に都合が良いよう事実を歪曲する癖があるようだ)、概ね悪くない記事だと思う。必読というほどの内容ではないが、お金に余裕があるファンは購入を考えても良いかもしれない(立ち読みするには長すぎ、わざわざ買って読むには値段が高すぎる)。グレアム・スミス撮影による'83年のアデュの貴重ショットをはじめとするハイクオリティの写真群が嬉しい。

 テキスト内に引用されるシャーデー・アデュとスチュアート・マシューマンの発言は、'10〜11年の間にネルソン・ジョージ自身が2人に個別に行った取材から得たもの。アデュの発言の初出は'10年10月のLos Angeles Times紙のインタヴュー記事──過去に“シャーデー、菜食主義を断念!”というニュース記事で当ブログでも紹介──だが、マシューマンの発言の初出記事は不明。彼の発言は全く未知のものだったので、とても興味深く読んだ(シャーデーの母体バンドであるプライド時代を振り返り、“ファンカデリックのような存在になりたかった”などと言っている)。ネルソン・ジョージが現在制作中のファンク・ミュージックに関するドキュメンタリー映画『Finding The Funk!』には、マシューマンがインタヴュー出演しているらしいので、もしかするとその撮影時の発言なのかもしれない。


 ネルソン・ジョージの文章を読んでいて、私が何より驚いたのは以下の記述だった。

“長い間、視野狭窄症に悩まされていたプロデューサーのロビン・ミラーは、完全に視力を失ってしまった”

 へ? 完全に視力を失ってしまった? ロビン・ミラー、失明してたの?!
 慌ててネットで検索してみると、'12年5月の驚くべきニュース記事が見つかった。
 
目のサイボーグ化による失明治療が世界で初めて成功
The 'eye-borg': First successful implant of a 'bionic' eye could restore sight to the blind
Eye implants restore 'useful sight' to two blind patients
Two blind British men have electronic retinas fitted

 
 英オックスフォード大学の外科医チームが世界初となる眼球のインプラント治療に成功し、失明していた人の目が見えるようになった、というニュースである。治療が行われた患者は2名。1人はクリス・ジェームズさん(54歳)。もう1人はなんと、イギリスの有名プロデューサーのロビン・ミラーさん(60歳)。マジか!

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見事に視力を取り戻したロビン・ミラー

 3mm四方のマイクロチップを眼球の奥にある網膜に埋め込み、これが捉えた映像情報を耳の後ろから無線で外部の機械へ送って電気信号に変換後、視神経に送ることで脳が像を認識することができるのだという。網膜色素変性症のため25年間も失明していたミラーは、この手術によって再び光を認識し、物の輪郭を判別できるようになったという。映像は白黒らしいが、ずっと眠っていた脳の一部が目覚めたため、25年ぶりに鮮やかなカラーで夢を見られるようになったという本人のコメントも紹介されている。

 25年ということは、ミラーが失明したのは'87年頃ということになる。『PROMISE』制作の僅か2年後ではないか。知らなかった……。'88年の3rdからシャーデーがセルフ・プロデュースを行うようになったのは純粋に芸術上の理由からだと思っていたが、もしかするとミラーの視力悪化という問題もあったのかもしれない。音楽活動を続けていることは知っていたので('05年に発表されたシャーデーのチャリティ提供曲「Mum」はミラーのプロデュースだった)、てっきり普通に元気なのかと思っていた。もちろん、盲目の音楽家はたくさんいるし、耳さえ聞こえれば確かに音楽は作れるだろうが、それにしても。シャーデーのファンなのに、私は今までこんなこと全然知らなかった(みんな、知ってた?)。かなりのショック。しかし、これは良いニュースだ。遅ればせながら、ロビン・ミラーの視力回復を祝いたい。

 それにしても、このニュースは色んな意味で衝撃的である。目の見えなかった人間が見えるようになるのだ。画期的すぎる。私に専門的なことはさっぱり分からないが、もしかすると、例えばスティーヴィー・ワンダーが視力を得るようなことも将来的に起こり得るのかもしれない。すごい。スティーヴィー、一体どうなってしまうんだ……。

多分、こうなってしまう↓
衝撃映像:走るスティーヴィー・ワンダー
(ステージでこんな姿が見られる日も夢ではない?)



追記('12年11月16日):
 現実はそう甘くなかったようだ。ロビン・ミラーの公式サイトを覗いたところ、“Bionic Retina(人工網膜)”というページがあり、そこで治療の経過が本人によって詳しく報告されていた。'12年6月の報告によると、その後、ミラーの目に埋め込まれた人工網膜は全く機能しなくなってしまったそうだ。故障の原因は不明。“おんぼろのテレビみたいに上手く頭を叩くと直る、とかでもない限り、私の冒険は終わったということになる。もちろん残念なことだ。やっと面白くなってきたところだったのに! しかし、きちんと効果があり、理論的に間違いないことが証明されたのは大きな成果だ”。

 で、'12年7月の最新報告によると、その後、ドイツで行った検査で、頭部に埋め込まれた配線のうち少なくとも2本が壊れているらしいことが分かった。配線の素材を変えたヴァージョン2に交換する手術を'13年末頃にしませんか、とミラーは打診されたようだ。“私は再手術を受けたいか? そいつは考えものだ。どんな目に遭うか分かってたら、自分はそもそも手術を受けていただろうか? もし強盗に遭った場合、次の晩にまた同じ場所に行こうなんて思うか? 大いに疑問だ。しかしながら、その時が来たら私は手術に臨もうと思っている。やってやろうじゃないか”。

 ロビン・ミラーは自ら進んでこの新しい治療の実験台になっている。手術から3週間後、人工眼が故障する前の'12年4月の時点で、彼はこう書いている。“私の事前の予想通り、この装置は私個人にとっては何も使いどころがないものだということが判明した。検査期間が終わったら、私は大喜びで機械のスイッチを切り、ずっと消したままにしておくだろう。しかし、この研究が進めば次世代に大きく道が開かれると思う。そこに少しでも自分が貢献できれば嬉しい。現時点ではかなり違和感があるし、配線が通っている箇所はまだちょっと痛い。でも、私の体調は概ね良好だ”。

 人工眼の技術は発展途上で、一般的な実用化にはまだ時間がかかるようだ。ロビン・ミラーの健闘と今後の治療の成功を祈りたい。


追記2('12年11月16日):
 ロビン・ミラーのサイトに掲載されている自叙伝や過去のインタヴュー記事によると、彼が失明したのは'85年、南仏のスタジオで『PROMISE』を制作している最中だったそうだ(当時33歳)。彼は生まれつき網膜色素変性症で、16歳の時に医者から“あと20年ほどで失明する”と宣告されていた。虚栄心のせいで失明したことを誰にも打ち明けられなかった彼は、シャーデーと喧嘩別れして南仏からロンドンへ帰ってしまったのだという(それまで目が悪いことすらメンバーたちに全く話していなかったらしい)。

 盲目で長く生活するうちに、ミラーの聴覚は異様に感度が鋭くなったそうだ。ボーイ・ジョージからは“あんたの耳は業界一だ”と言われたという。自叙伝内にある“Blindness(盲目)”と題された文章で、ミラーはこう述べている──“毎朝眠りから覚め、目を開けると何も見えないというのは、それまでの忘却と夢と想像の8時間を思うと、みじめな1日の始まり方だ。毎日、目を開けてこう思う。もし運が良ければ、何度か蹴つまずき、頭をぶつけ、指を切り、アソコを挟み、階段から転げ落ち、やけどをすることになるだろう。もし運が悪ければ、また鼻を折って病院に戻るはめになるだろう。私はそういう絶望感を瞬時に頭から振り払う。負けてなるものか。私は盲目かもしれないが、不幸な人間にだけはなりたくない”。

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