2017 06123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 08

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Rhye──究極の背中ミュージック


Rhye02.jpg

 後姿を見て、“あれ、シャーデー?”と思った。
 
 顔は分からない。人違いのはずだが、歌声やサウンドを聴くと何だかシャーデーのような気がしてくる。この甘美なソウルの持ち主は一体誰だろう? 一体どんな顔をしているのだろう? まるで街で見かけた後姿美人の後をついていってしまう馬鹿な男のように、あるいは、ベニスで禁断の赤い影を追いかけるドナルド・サザーランドのように、私はこの謎めいた背中に吸い寄せられていったのである。そして……(!)。

 ライというソウル・デュオのデビュー・アルバム『WOMAN』の話だ。


RHYE'S WITHOUT A FACE

Rhye03.jpg

 『LOVE DELUXE』の影響を受けているネオ・ソウル系のアーティストは決して珍しくないが、それにしても、ライは本当にシャーデーにそっくりだよねえ……って、この写真は本物のシャーデーだろ!


Rhye04.jpg
WOMAN
CD: Polydor B001813502, 5 March 2013 (US)

Open / The Fall / Last Dance / Verse / Shed Some Blood / 3 Days / One Of Those Summer Days / Major Minor Love / Hunger / Woman

All songs written by M. Milosh / R. Braun
Arranged and Produced by Rhye


 こちらが正真正銘、ライのデビュー作『WOMAN』。あまりにも似ているので、画像を取り違えてしまったじゃないか(あ〜、ビックリした)。

 ライはシャーデーよりも仰け反っている。スモーキーで官能的な歌声は驚くほどシャーデーにそっくりなのだが、ライの場合はもっと微睡んでいるというか、ぼんやりしているというか、脱力しているというか……寝起きのアデュが無理やりマイクの前に立たされたらこんな風に歌うんじゃないか、というようなヴォーカルである。『LOVE DELUXE』の写真よりも仰け反っているのは眠気のせいかもしれない。“シャーデーを彷彿させる”と言われる女性歌手は過去に何人もいたが、節回しなども含めて、これほど似ている歌声は初めて聴いた。

 似ているのは歌声だけではない。空間を重視した簡素で温もりのあるライのサウンドは、まさしくシャーデー・マナー。具体的に言うと、オーセンティックなソウル色を強めて独自の世界を確立した『STRONGER THAN PRIDE』〜『LOVE DELUXE』時代のシャーデーの音に近い。アルバム冒頭を飾るデビュー曲「Open」は、まるで『LOVE DELUXE』期のシャーデーが「Sexual Healing」をカヴァーしたような雰囲気の曲だ(ミゲル「Adorn」にも似ている)。抑制のきいたスカスカなジャジー・ファンク「Shed Some Blood」は『STRONGER THAN PRIDE』のどこかに入っていそうな曲だし、海面を微睡みながら漂うようなスムーズ・ジャズ「One Of Those Summer Days」などは、まるで『LOVE DELUXE』終幕のインスト曲「Mermaid」を歌ものにしたような曲である。

 控え目で親密な歌声、ストイックにカッティングやミュート・リフを奏でるギター、艶のあるジャジー&ソウルフルなサックス、ミニマルで品の良い打ち込みビートなど、シャーデーと共通する要素はいくつも指摘できるが、ライは決してシャーデーの物真似ではない。管弦楽器、ハープ、アコースティック・ピアノなどを丁寧に配したチェンバー・ポップ風の静謐なアレンジは、往年のシャーデーとはまた違った詩情を生み出しているし(「Morning Bird」あたりの近年のシャーデー作品、あるいは、アデュお気に入りのレイ・ラモンターニュなどに通じる。白眉は2ndシングル曲「The Fall」か)、全体を通して漂う白日夢のような微睡みの感覚は、ドレイクやザ・ウィークエンド、フランク・オーシャンに代表される昨今のアンビエント系ヒップホップ/R&Bの世界とも通底するものだろう。ドレイクのプロデューサーであるノア“40”シェビブが手掛けたジェイ・Z参加のシャーデー「The Moon And The Sky」のアトモスフェリックなリミックス(2011)は、本家シャーデーとライを結ぶトラックと言えるかもしれない。「The Moon And The Sky」リミックスはシャーデー・ファンの私の耳にはちょっと強引な印象が拭えないものだったが、ライは驚くほど自然な形でシャーデー的なソウル・ミュージックを現行シーンに対応させることに成功している。ライのこのデビュー作がもし仮にシャーデーの新譜だったら、みんな狂喜乱舞するのではないだろうか。これはある意味、本物よりも本物らしい“いまどきのシャーデー”という気がする。

Rhye05.jpgRhye06.jpg
Rhye07.jpg
1st EP『OPEN』(左)、2nd EP『THE FALL』(右)、『WOMAN』インナー写真(下)

 ライ作品のアートワークは、裸体のモノクロ写真のクローズアップで統一されている。『WOMAN』のインナーには背中を向けて俯く裸婦の写真が掲載されているが、カヴァー写真同様、顔は見えない。EP『OPEN』『THE FALL』の写真はいずれも腰部分のアップのように見えるが、こちらは拡大されすぎて、もはや性別すら定かでない。『顔のない眼(Eyes Without a Face)』という映画があるが、ライはさしずめ“顔のない肌”といったところか。

 ライの音楽が表現しているのは、こうした人肌の温もり──しかも、恋人の肌の温もりのようなものである。シャーデー「Kiss Of Life」の音楽ヴィデオでは、アデュが寝室で男性と裸で戯れている様子が見られるが、ライの音楽が喚起するのはまさしくそういう情景だ。あるいは、恋人の体温を夜明けのベッドの中で探し求めるような、心地よい倦怠感、飢餓感、孤独感。ライの音楽には、私たちが微睡みの中で覚える欲望が凄まじい純度で結晶している。何という生々しさだろうか。いつまでも微睡んでいたくなるような、極上のベッドルーム・ソウルだ。


DON'T LOOK NOW... JUST LISTEN

Rhye08.jpg

 ライはロサンゼルスを拠点に活動する白人2人組のユニットである。一人はカナダのトロント出身、過去にミロシュ名義でソロ活動を行ってきたマイク・ミロシュ Mike Milosh。もう一人は、デンマークのエレクトロニック・ソウル男女デュオ、クアドロンの片割れであるロビン・ハンニバル Robin Hannibal(本名 Robin Braun)。いずれもアメリカ人でない上、女性でもない。では、一体誰が歌っているのか? ライを知って私が度肝を抜かれたのは、単純に作品そのもののクオリティの高さだけでなく、シャーデー・アデュそっくりの歌声の主が、実は男性だったという点である。

 アートワークやヴィデオで顔を露出せず、クレジットでもファースト・ネームを省略するなどして、彼らはライというユニットを匿名的なものにしている。実際、'12年2月に発表されたデビュー曲「Open」を聴いて、多くの人がその歌声を女性のものだと思っていた。素性が明らかになったのは、同年後半のことだった。ヴォーカル担当のマイク・ミロシュはさらりとこう話す。
 
「自分の歌声が女性みたいだと思ったことは一度もないんだけどね。でも、僕の声を聴いて人がどう思おうと、僕にとやかく言う権利はないし。“なに、男らしくないって言うのか?”なんてムキになったりはしないよ」(7 November 2012, Pitchfork)

「僕の声はこれまでさんざんシャーデーと較べられてきたから、そう言われても驚きはなかった。実際、僕らは正体を隠していたわけじゃないんだよ。グーグルで検索すればそんなの一発だからね」(14 February 2013, NYTimes.com)

 ミロシュは過去に発表したソロ作でも同じ歌声を聴かせているので、彼のファンはすぐにライの正体に気付いたかもしれない。私は彼の存在を全く知らなかったので、本当に驚いた。男性だと思って聴けばそう聞こえないこともないが、それでも不思議な歌声であるという印象に変わりはない。少し余談めくが、私は彼の歌声を聴いて、同じくカナダ出身で、似たような音楽性を持つカリブー Caribou というアーティストを思い出した。'10年に「Odessa」という曲──私にとってジャネル・モネイ「Tightrope」と並ぶ同年の年間フェイバリット・ソングだった──で初めてカリブーを知った時、私はその歌声をやはり女性のものだと思い込み、後から男性だと知って同じように驚いたのだった。

 音楽を前面に出し、アーティスト自身は飽くまで黒衣に徹するというライのヴィジュアル・コンセプトは素晴らしい効果を上げていると思う。ライの歌は、まさしく“みんなのうた”だ。みんなで合唱する歌、という意味ではなく、誰にとっても自分だけのプライベートな歌になり得る、という意味での“みんなのうた”である。ユニットを匿名的なものにしたことについて、ミロシュはこう説明する。

「今の音楽の傾向は好きじゃない。イメージ先行で、流行の先端を狙ったものばかり溢れてる。音楽なんか二の次だよね。僕がライを匿名的なものにしようと思ったのは、ギミックのつもりではなく、僕やロビンのイメージが先入観を与えるようなことがあっては絶対にならないと思ったからなんだ。僕らは純粋に音楽を聴いて欲しいし、聴く人それぞれが自由に楽しんで欲しいと思ってる。聴いてみて好きなら好きだし、好きじゃなければ好きじゃないってことさ」(7 November 2012, Pitchfork)


IT STAYS OPEN FOR EVERY ONE OF US

Rhye09.jpg
LIVE AT BOILER ROOM
Recorded/Broadcast: 29 January 2013
Venue: Boiler Room Los Angeles
Performance: 3 Days / Woman / The Fall / Open / It's Over

 人前に顔を出さないライ。しかし、意外なことに彼らはきちんとライヴ活動も行っている。'13年1月末にロサンゼルスで行われたライヴの様子を見てみよう。ゴリラズのようにスクリーンの裏に隠れて演奏するわけではなく、彼らは普通に観客の前に姿を現している。が、ステージには蝋燭やプロジェクターの仄かな光があるのみで、メンバーたちには一切照明が当てられない。各人がシルエットで浮かぶ薄暗いステージから、ただ演奏だけが聞こえてくる。ライの匿名性はステージにおいてもしっかり守られているわけである。

 世界各国の主要都市から様々なアーティストやDJのライヴ・パフォーマンスをストリーミング配信するイギリス発のプログラム、Boiler Roomで放送されたこのショウケース・ライヴにおいて、ライは、ヴォーカル、ベース、ドラム、キーボード、ヴァイオリン、チェロの6人編成で、約24分にわたって計5曲を披露している(最後の「It's Over」は'06年発表のミロシュの2ndアルバム『MEME』収録曲)。アレンジを変えるなどして、曲によってはスタジオ版とかなり印象の異なるサウンドを聴かせている。中でも、後半にヴァイオリンのアドリブ・ソロをフィーチャーして“チェンバー・ジャズ・ファンク”とでも言うべき演奏を聴かせる「Open」には、ちょっとムーンドッグを思わせるような摩訶不思議なフュージョン感覚があって面白い。ファルセットを多用したマイク・ミロシュの歌声は、CDで聴くほどシャーデー・アデュっぽくはないが、やはり両性的な響きで独特のムードを醸し出している。ギターや管楽器も加えた編成での本格的なパフォーマンスを是非とも生で体験してみたいものだ。


 シャーデー・アデュ似の後姿の人物が女性ではなかったという事実は、確かに衝撃だった。しかし、私は決して失望したわけではなく、その事実を知った後も変わらずライの音楽が好きである。むしろ、一層、彼らの音楽に魅力を感じるようになった。ライは背中だけですべてを語る。シャーデーも背中で語るアーティストだが、ライには本当に背中しかない。彼らの徹底した“Less is more”の美学は、私に音楽という表現の自由さ、雄弁さを改めて思い知らせてくれた。また、マイク・ミロシュの歌声を聴くことで、シャーデー・アデュの歌声に、例えばマイケル・ジャクソンのそれと同じように、性別を超越した特別な響きがあることも確認できた。シャーデー似と言われた過去のどんな女性歌手より、この男性歌手の歌声がシャーデーに似ているというのは実に面白いことだ。

 最後にもう一度、『WOMAN』のカヴァー写真を眺めてみよう。そこに写っている裸体は、ライという匿名の存在に与えられた仮の肉体である。ライはシャーデーよりも仰け反っている。仰け反っているのは眠気のせいかもしれない、と先述したが、最終的に私は、この人物は幽体離脱をしているのではないかという考えに至った。肉体を抜け出した魂(ソウル)には、性別も人種も年齢もない。ライが奏でているのは、どんな人間にも憑依することのできる、全く純粋で普遍的な──彼らの歌詞をもじって言うなら──完全に開かれたソウル・ミュージックなのである。


Rhye10.jpg
FADER MIX
Digital: Fader/SoundCloud, 29 January 2013

Rhye - The Fall [Live]
Al Green - Simply Beautiful
Aretha Franklin - Are You Leaving Me [Demo]
Marvin Gaye & Tammi Terrell - If This World Were Mine
Curtis Mayfield - The Makings Of You
Rhye - Open
Emily King - Georgia
Lewis Taylor - Song
Sarah Ann Webb - Heaven
Spacek - Eve [Jay Dee Remix]
Prince - If I Was Your Girlfriend
Sylvia Striplin - You Can't Turn Me Away
Womack & Womack - Baby I'm Scared Of You
Rose Royce - Love Don't Live Here Anymore
Sylvia - You Sure Love To Ball
Bobby Womack - (If You Want My Love) Put Something Down On It
Marvin Gaye - When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You
Peter Gabriel & Kate Bush - Don't Give Up
Rhye - 3 Days

 おまけ。アメリカのFader誌サイトが配信するミックス音源シリーズ“Fader Mix”に提供されたライのDJミックス。各曲がシームレスに繋がっているわけではないので、ミックスと言うよりはコンピレーションに近いが、きちんと関連性のあるスムーズな流れには、やはり“ミックス”と呼ぶに相応しいクオリティがある。ライ作品に通じるインティメイトなベッドルーム・ソウルが満載された最高の内容なので、ライを気に入った人は要チェックだ(ビル・ウィザーズやニーナ・シモンが入らないところにライとシャーデーの違いを感じたりもする。ブルース感が希薄なのがライの特徴と言えるか。ルイス・テイラーはずっぱまり。性差をテーマにしたプリンス「If I Was Your Girlfriend」も納得の選曲だ。最後にマーヴィン・ゲイからピーター・ガブリエルへ行くのが驚きだが、何の違和感もないのが素晴らしい。イーフレイム・ルイスも入れて欲しいぞ)。60分20秒。ダウンロード無料。




関連記事:
後姿美人、シャーデーを考える

| Man's Man's Man's World | 00:30 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT