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Laura Mvula @ Billboard Live TOKYO 2013



 ローラ・マヴーラのコンサートを観た。
 
 '13年3月『SING TO THE MOON』でアルバム・デビューを果たした英国バーミンガム出身のカリブ系女性シンガー・ソングライター('87年生まれ)。“ビーチ・ボーイズを歌うニーナ・シモン”と英ガーディアン紙によって評された通り、木訥で凛としたニーナ似の歌い口、多重録音によって何層にも重ねられたビーチ・ボーイズばりのコーラス、クラシック楽器をふんだんに用いた雅やかな万華鏡サウンドで、ポピュラー音楽の新生面を切り開く2013年最大の注目株の一人。タイプとしては、ケイト・ブッシュ、エンヤ、ビョークら、スタジオワークに変態的な凝り方を見せるシャーマニックな女性アーティストたちに近いものがあるが、黒人女性らしく、ゴスペルやブルースの要素がごく自然にサウンドに溶け込んでいるのがローラ・マヴーラの特徴である。この人の音楽には、洗練されたヨーロッパ音楽の伝統と、自身のルーツでもあるアフリカ〜カリブの土着的な感覚が見事に共存している。

 '12年秋、デビュー曲「She」をエレピで弾き語りするYouTube映像で初めてローラ・マヴーラの存在に触れた時、はっきり言って、私は彼女のことをニーナ・シモンのエピゴーネンとしか思わなかった。そのネガティヴな印象は、'13年1月に公開された音楽ヴィデオ「Green Garden」によって完全に覆された。そして、上記のデビュー・アルバム発表から約3ヶ月後の'13年6月後半、ビルボードライブ東京で早くも実現したローラ・マヴーラの初来日公演。私は会場で今まで聴いたことのないサウンドに触れた。未知の扉が次々と開かれ、別世界へと連れて行かれるような至福の音楽体験。全く涙が出るほど感動的だった。この感動を私は一体どう言葉にすればいいのだろう。それは私が近年体験した中で、間違いなくシャーデーの次に素晴らしいコンサートだった。


LAURA MVULA LEADS YOU TO THE OTHER SIDE

Laura_Mvula_Tokyo2.jpg

 '13年6月18日、20〜21日の3日間、ビルボードライブ大阪/東京で計6回行われたローラ・マヴーラの初来日公演。私が観たのは最終公演となる21日の2ndステージ。期待の大型新人、しかも、アルバムの日本盤が来日直前の6月5日に発売されたこともあり、場内はほぼ満員だった。恐らく多くの観客が同じことを考えていたのではないかと思うが、今回の初来日公演の最大の注目は、アルバムで聴けた壮麗なオーケストレーションや一人多重録音コーラスが、ライヴで一体どのように再現されるのかという点だった。事前にツアーの映像や情報を何もチェックしていなかった私は、とにかくその一点が気になっていた。

 ショウは定刻を15分過ぎた21時45分にスタート。メンバーはローラを入れて全6名。ステージ中央にドラム(白人男性)、左側にハープ(白人女性)、右側にチェロ(黒人男性)、ヴァイオリン(黒人女性)、コントラバス(黒人男性)が固まっている。ローラは左側前方でウーリッツァー・ピアノの前に座る。あれ、ギターがいない……と思って、よく考えてみたら、彼女の作品にはギターが鳴っている印象が全くないことに気付いた(使われているのは「That's Alright」のミュート・カッティングくらいか)。弦楽器4人、打楽器1人、鍵盤1人というこの編成だけでも、彼女のサウンドのユニークさが分かるだろう。ローラは黒ジャケットにグレーのロング・キュロットというシックな出で立ち。プロモ写真などの印象から、明るいトーンのワンピースで出てくるものと思っていたので、ちょっと意外。ほぼスキンヘッドに近い短髪は、シルバー(ゴールド?)に染められているように見えた。メンバーは全員エレガントな黒装束で、しかも、持っている楽器が楽器だけに、まるでクラシックのコンサートでも始まるかのような雰囲気である。

 ドラマーの男性による軽い前口上に続き、アルバムでも冒頭を飾った「Like The Morning Dew(朝露のように)」でショウは幕を開けた。清々しい大空のようなスケール感を持つサビと、朝の静寂を思わせるヴァース部分の対比が鮮やかなチェンバー・ポップ・ナンバー。演奏が始まって早々、私はいきなり恍惚となった。素晴らしいアンサンブルだった。ライヴでは管楽器がない代わり、ストリングスを中心にしたアレンジに変えられ、規模を縮小しながらアルバムのサウンドが見事に再現される。ローラの多重録音コーラスは、シーケンスを使わずにバックの5人が担当する。楽器用のマイクの他に、5人全員の横にヴォーカル用のマイクが立てられていて、彼らは演奏しながら見事なハーモニーを聴かせるのである。

 1曲目を聴きながら私が何より感動したのは、ひとつひとつの楽器の音色の美しさだった。全体の音数が減っていることもあり、各楽器の響きがアルバムとは比較にならないくらい引き立つ。「Like The Morning Dew」のヴァース部分では、スタジオ版の場合、ストリングスのピチカートに乗ってチェレスタのオブリガートが入るが、ライヴではハープがこれを代行した。普段あまり生で聴くことのない楽器というせいもあるかもしれないが、私は“ハープってこんなに綺麗な音がするのか!”と単純に驚いた。瑞々しいその音色は、まさしく葉っぱから朝露がこぼれ落ちる様子を思わせた。しなやかに脈動するストリングスのピチカートからは、水の流れや緑の息吹が感じられる。ひとつひとつの音が手で触れられそうなくらい生々しい。音を通して、瑞々しい朝の自然の情景が目に見えるようだった。これに比べるとアルバムのサウンドは、よく描き込まれてはいるものの、壁に掛けられた平面的な絵のように感じられる。会場で私が体験したのは、家でずっと眺めていた絵の世界が、実際に目の前に広がるような感覚である。端から眺めるのではなく、まさにその世界の中に“いる”という感じだ。魔法のような音に包まれ、私は全く茫然となってしまった。

 1曲目が終わると“アリガトウ! みんな元気? 初めて日本に来られてすごくいい気分よ”と観客に挨拶。“これはアルバムに入っていない曲です。間違いを犯すことについて歌っています。人生では間違うことがあってもいいのです”という紹介で、次にレア曲「Let Me Fall」が披露された。「Like The Morning Dew」を軽快にしたような、いかにも姉妹曲的な作品。この曲ではドラマーが左手でドラムを叩きながら、右手でドラムセットの横にある鉄琴を演奏していた。その器用さにも驚いたが、鉄琴の澄み切った音の美しさに私はまたしてもうっとりしてしまった。

 ローラは分かりやすい英語で丁寧に曲紹介をし、積極的に日本の観客とコミュニケーションを試みる。3曲目「Flying Without You」の前には、“これは恋をした女の子の歌です。でも、彼女は振られてしまいます。ちょっと悲しいですが、これは自由について歌った曲です”と説明。失恋から立ち直るこの曲は、ハンドクラップを伴った7拍子の軽快なリズムが特徴。威勢のいい掛け声も交えて解放感たっぷりに演奏された。チェレスタのループはシーケンスだったが、コンサート全編を通して、シーケンスの使用は最小限に止められていた。

 序盤の白眉は、次に披露されたアルバム表題曲「Sing To The Moon」だろうか。希望を歌った歌詞、郷愁を誘うメロディ、聴く者を包み込むような雄大で神秘的なサウンドが堪らなく美しい名曲だ。それまでローラはずっとステージ左側に座ってエレピを弾きながら歌っていたが、ここではステージ中央に立ち、ハンドマイクで観客に切々と語りかけるように歌った。鍵盤を使わないこの曲では、ストリングスとハープの音色の美しさが特に際立った。スタジオ版を遙かに凌駕する圧倒的スケールのサウンドスケープは、まさしく月や星が輝く大自然のランドスケープを私に幻視させた。それだけでなく、ひんやりした夜の空気や風まで感じられるようだった。なんと豊潤な音だろうか。4曲目にもかかわらず、まるでコンサート終幕のような絶頂感。聴きながら私はひたすら涙を堪えていた。

 続いて披露されたデビュー曲「She」がまた素晴らしい。演奏前のMCでは、音楽ヴィデオの撮影で南アフリカ共和国のモンタギューを訪れた時の思い出──とても美しい土地だったこと、共演した聖歌隊の歌が素晴らしかったこと──を語り、“この曲を歌うたびに南アフリカのことを思い出すんです”と話を締めた。これもまた内省的な感覚と雄大なスケール感が同居した不思議な感動を誘う名曲だ。序盤、鍵盤のシンプルな伴奏とヴォーカルだけで静かに進行していくこの曲は、バックの5人によるコーラスの素晴らしさがとりわけ印象的だった。スタジオ版におけるエンヤばりの一人多重録音コーラスと比べても全く遜色なく、音に同じくらいの厚みを感じさせるのは、女声×2+男声×3という音域の広さのせいだろうか。このメンバー構成は実によく考えられていると思う。また、5人の異なる人間の声がブレンドされたハーモニーには、一人多重録音コーラスに特有の閉塞感がない。ライヴではアルバムよりも遙かに音が外に開かれている印象を受ける。サビでのローラのハイトーンも力強く、否応なしに胸に迫ってきた。ステージはまるで次から次へと新鮮な音が湧き出る泉のようだった。

 “皆さん、とても静かですね(笑)。大丈夫? 次の曲はみんなに参加してほしい。歌ったり、叫んだり、踊ったりね。いい?”という前置きで披露されたのは「Is There Anybody Out There?」。主人公が失意・孤独から再生へ向かうこのナンバーでは、サビの“そっちに誰かいる?”というフレーズでローラが会場のあちこちに呼びかけ、観客がそれに応えるというちょっとシアトリカルなパフォーマンスが繰り広げられた。曲は静かに始まり、暗闇に光が射すように、解放に向かって徐々に高まりを見せていく。終盤、ドラムが途中からレゲエのビートを叩きはじめ、それに乗ってローラがおもむろに歌いだしたのは、なんとボブ・マーリー「One Love」。全く意表を付く展開だった。孤独と探求の末に主人公が辿り着く境地がそれなのだ。暗闇が光で満たされ、孤独だと思っていた自分の周りに大勢の人々の姿が見えるような感覚。素晴らしい解放感だった。「No Woman, No Cry」のリフレイン“Everything's gonna be alright”を引用したメイシー・グレイ「I Try」のライヴ・パフォーマンスが思い出される。このメドレーは、主人公の心の旅をドラマチックに表現すると同時に、ローラのカリビアン・ルーツを非常に分かりやすく示すものでもあった。今回のショウのハイライトと言うべき一幕である。私にはもう溜息しか出なかった。

 再びエレピに戻り、アルバムの最後に収録されている小曲「Diamonds」をしっとりと聴かせた後、ローラが観客に話しかける。“日本語で言いたいんだけど……。まだ上手く話せないけど、今度来る時はペラペラになってきますから(笑)。誰か教えてちょうだい、Fatherは日本語で何て言うの?”。“お父さん!”という観客の答えを聴いて、“オトーサン?!”と繰り返すローラ。“OK(笑)、この曲は許しについて歌っています”というやりとりの後に披露されたのは「Father Father」。父親に対する願いが歌われた素朴なバラードで、“争わないで。私を見放さないで。私にあなたを愛させてほしい”と歌われる(ローラの両親は離婚している)。“Father Father”、“Brother Brother”という呼びかけには、マーヴィン・ゲイ「What's Going On」の影もちらつく。ニュー・ソウル風情のこの内省的な歌を、ローラは鍵盤の弾き語りで、アルバム版以上の繊細さで披露した。温かみのあるウーリッツァーの音色、その場で本当に父親と交流しているかのような親密なヴォーカル表現が素晴らしい。穏やかで美しい時間が流れる。パフォーマンスが終わった瞬間、ドッと大拍手がわき起こった。立ち上がって拍手する観客を見て、ローラ自身もまた感情を揺さぶられた様子だった。

 コンサートもいよいよ佳境。“じゃあ、みんなで一緒に歌いましょう”というローラの誘いで、お待ちかねのアップ・ナンバー「Green Garden」が登場。ニーナ・シモン「See-Line Woman」(1964)の21世紀版といった趣もあるローラ流のゴスペル〜黒人民謡。鉄琴のループに乗ってメンバーたちが手拍子を促し、会場は祝祭的な雰囲気に包まれた。“Dance in my garden like we used to”というフックでのローラの声の舞いっぷりが痛快。ヴォーカルを立体的に折り重ねたスタジオ版には、まるで飛び出す絵本を眺めるような楽しさがあるが(ヘッドホンで聴くとよく分かる)、会場で体感したローラの歌声や力強いバックビートのヴァイブには、それこそ“Get up, Get into it, Get involved!”的な有無を言わさぬ牽引力があった。音楽ヴィデオで見たあの美しい“緑の庭”に本当にやって来たようだった。

 ちなみに、「Green Garden」の後だか前だか忘れたが(確かコンサートの終盤だった)、ローラがロング・キュロットの裾をちょっとたくし上げる場面があった。それまで長い裾に隠れていて分からなかったのだが、ローラは裸足だった。おお!

 「Green Garden」の快演が終わると、ローラが観客に謝辞を述べ、アルバムで「Green Garden」と並ぶキラー・チューンである「That's Alright」が始まった。アフリカン・ビートを取り入れたこの曲は、フリートウッド・マックの「Tusk」(1979)をちょっと思い出させる。最近では、ケイト・ブッシュ〜ビョークの系譜に連なるノルウェーの歌姫、アーネ・ブルンが「Do You Remember」(2011)という似たような曲想の名曲を生み出していたが(4部構成の連作ヴィデオも素晴らしかった)、ローラの「That's Alright」は非常にアーシーで、そのブルージーな歌唱も含め、より伝統的な黒人音楽の匂いを感じさせるものである。爆音で鳴り響く生演奏のトライバルなアフリカン・ビートはもの凄い迫力だった。終盤では呪術的なコーラスと共に演奏がどんどんヒートアップし、アルバム版とは全く比較にならない巨大スケールで観客を圧倒した。コンサート本編ラストを飾ったアップ・ナンバー2連発は本当に強烈だった。

 大歓声に応えて始まったアンコールでは、アルバム2曲目に収録されている「Make Me Lovely」を披露。まだあと1時間はやって欲しいと思うくらいの余裕の快演である。そこで再び幕となったが、拍手は全く鳴り止まず、間もなく2度目のアンコールが始まった。ステージ後方にあるカーテンが開き、大きな窓ガラス越しに東京の夜景が広がる。それを見て“ハロー、トーキョー”とおどけてみせるローラ。2度目のアンコールは、ローラとチェリストの男性の2人だけで登場。ローラは彼のことを“私のブラザー”と観客に紹介した。実はローラの旧姓はダグラスと言い、今回のツアー・メンバーの内、チェロのジェイムズ・ダグラスとヴァイオリンのディオンヌ・ダグラスは彼女の弟妹なのだった(生年は不明だが、“2人とも私より年下”とローラがインタヴューで言っている)。“皆さんが恐らくご存じの曲をやります。弟はとても才能に恵まれていて、この曲も彼が編曲をしました。よかったら一緒に歌ってください”。チェロの伴奏だけでローラが歌い始めたのは、なんとマイケル・ジャクソン「Human Nature」! どよめく場内。素朴で優雅なピチカートのチェロ伴奏に乗ってローラが歌うMJの名曲は、まるで大昔からある民謡のようにも響いた。なんて美しい曲だろう。観客の手拍子を伴ったこのパフォーマンスで、ローラ・マヴーラのコンサートは温かに締め括られた。


 終演は22時43分。本編最後の「That's Alright」までが約50分で、2回のアンコールを入れても1時間──客電が落ちてから点くまで正確には58分間──という短いショウだったのだが、充実感は半端でなかった。1曲1曲が驚きに満ちていて、今まで食べたこともない超高級料理が次から次へと出てくるような大変に贅沢な時間だった。バンドはローラを入れて6人だが、全員が各担当楽器に加えて“声”というもうひとつの楽器を持っているため、サウンドには倍の人数が演奏しているような厚みと豊かさがある(アルバム録音にも参加していたドラムのトロイ・ミラーは、曲によって鉄琴や鍵盤も担当。シャープでパワフルなドラム演奏も素晴らしかった)。そして、何度も書いたように、ひとつひとつの楽器の音色がとにかく美しい。楽曲やアンサンブル以前に、たった1音だけでハッとさせられるような、“音”というものに対する純粋な感動があった。これはやはりライヴでしか得られない感覚だろう。ローラ・マヴーラの曲には、皮膚感覚に訴えるような自然の情景を歌ったものが多い。女性ならではの敏感さや繊細さを感じさせる彼女のそうした歌世界が、ひとつひとつの瑞々しい音によって、アルバムの何十倍も鮮やかに、見事に表現されたショウだった。

  Sing to the moon and the stars will shine
  Over you lead you to the other side
  
  月に歌えば 頭上に星が輝く
  あなたは別世界へと誘われる

 アルバム表題曲「Sing To The Moon」のこの一節は、彼女のショウを象徴するものだと思う。あるいは、「That's Alright」の音楽ヴィデオで、ローラが鏡の中へ突き抜ける場面(『詩人の血』の引用。過去記事参照)。音楽を通してローラ・マヴーラが私にさせてくれたのは、まさにそういった、未知の別世界へと突き抜けるようなマジカルな体験だった。こういう体験は滅多にできるものではない。

 “近年体験した中で、間違いなくシャーデーの次に素晴らしいコンサート”と本記事冒頭で書いた。これは私に書くことのできる最高の賛辞である。このような素晴らしい体験ができて、2013年に生きる音楽ファンとして私は本当に幸せである。


01. Like The Morning Dew
02. Let Me Fall
03. Flying Without You
04. Sing To The Moon
05. She
06. Is There Anybody Out There? - One Love [Bob Marley cover]
07. Diamonds
08. Father Father
09. Green Garden
10. That's Alright
-encore 1-
11. Make Me Lovely
-encore 2-
12. Human Nature [Michael Jackson cover]

Billboard Live Tokyo, June 21, 2013 (2nd show)
Personnel: Laura Mvula (vocals, keyboards), Dionne Douglas (violin, backing vocals), James Douglas (cello, backing vocals), Karl Rasheed-Abel (contrabass, backing vocals), Iona Thomas (harp, backing vocals), Troy Miller (drums, glockenspiel, keyboards, backing vocals)

Laura Mvula: Japan Tour 2013
June 18 - Billboard Live Osaka (2 shows)
June 20 - Billboard Live Tokyo (2 shows)
June 21 - Billboard Live Tokyo (2 shows)

※余談だが、終演後にBGMとして場内に流れたのは、'13年4月に同じくビルボードライブで来日公演を行ったマイケル・キワヌーカだった(私は行かなかったが……)。客電が点き、まず「Tell Me A Tale」、次に「Bones」が流れた。開演前に流れていたのも、やはりキワヌーカだった。ローラ自身のチョイスだろうか。彼女が共感を覚える同時代のアーティストは、素朴でオーセンティックな歌を聴かせるキワヌーカのようなシンガー・ソングライターなのかもしれない。ボブ・マーリーやマイケル・ジャクソンのカヴァーとあわせて興味深かった。


20世紀のローラ・マヴーラたち

Laura_Mvula_Tokyo3.jpg
Nina Simone - BROADWAY-BLUES-BALLADS (1964)

 おまけとして、ローラ・マヴーラの先達に当たる女性アーティストを2人紹介しておきたい。まずはやはり何と言ってもニーナ・シモン。彼女のアルバムにはおよそ駄作というものがないが、ここでは、ローラ作品にも通じる優雅なオーケストラ演奏を伴ったポップでイージーリスニングなこの'64年作を推薦盤に挙げておく。アルバムの目玉は、翌年にアニマルズがカヴァーしてヒットさせる「Don't Let Me Be Misunderstood」の色彩豊かなオリジナル版。同曲の作者の一人でもあるホレス・オットがアルバムのオーケストラ指揮/編曲の大半を手掛ける。特に代表作というわけでもない本作をここで推す最大の理由は、“20世紀版「Green Garden」”とも言えるニーナの定番曲「See-Line Woman」が収録されているから(アルバム内では異色の曲だが)。オリジナル盤の裏ジャケには、黒人作家/詩人ラングストン・ヒューズによるやたら熱い推薦文が添えられてもいる。尚、「Green Garden」に関しては、傑作『NINA SIMONE SINGS DUKE ELLINGTON』(1962)収録のゴスペルライクな「It Don't Mean A Thing」と聴き較べても面白い(サウンド的にはむしろ、ニーナ自ら編曲を手掛けたエリントン作品集の方がローラ作品との共通点は遙かに多い)

 ニーナ・シモンと比較されることについて、ローラ自身はうんざりしているようだ。

「評価軸を求めてしまうというのは分からないでもない。でも、人によって評価軸は大きく異なるものよね。ビーチ・ボーイズを聴いて育った人にはそう聞こえるかもしれないし、ビーチ・ボーイズを知らない人にとっては“ニーナ・シモンっぽいね”ということになるのかもしれない。新たなニーナ・シモン? 勘弁してよ! そういうのはこじつけで馬鹿馬鹿しいけど、でも、そう言われてまんざらでもない気がする時もあったりしてね。ニーナ・シモンのような人と比べられる場合、名前が並べられると思うだけでも恥ずかしいから、なるべく意識しないようにしてる。彼女が私の崇敬する人だからというだけでなく、自分の音楽はまだまだこれからだと思うから。まだ始まったばかりだし、これから時間をかけて発展し、長い道のりの中でどんどん違う形になっていけばと思ってるわ」(21 March 2013, M magazine)

 というわけで、“勘弁してよ!”と言うローラなのだが、木訥とした歌声だけでなく、クラシック音楽の素養、ジャンル分けを全く無効にする自由な音楽性、見事なまでの独立独歩ぶりは、やはりニーナ・シモンに似ていると思う。本人は嫌がるだろうが、私はローラ・マヴーラのことを、大きな期待も込めつつ、100%肯定的な意味で“21世紀のニーナ・シモン”と(こっそり)呼ぶことにしたい。

 でもって、去年出たミシェル・ンデゲオチェロのニーナ作品集がヤバい、という話に繋がるのだが……それはまた別の機会に(とりあえず、シャーデーの「Still In Love With You」みたいな「Don't Let Me Be Misunderstood」を聴こう。「See-Line Woman」のぶっ飛び方も凄いぞ)。


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Kate Bush - HOUNDS OF LOVE (1985)

 “可憐でドリーミーなニーナ・シモン”というのが私の基本的なローラ・マヴーラ観なのだが、彼女の凝ったスタジオワークや神秘的なサウンド・センスに関しては、同じ英国女性アーティストでもあるケイト・ブッシュがまず思い出される(ローラ本人が参照しているかどうかはともかく)。これは、永遠の名曲「Running Up That Hill」「Cloudbusting」の2曲を含む彼女の決定的代表作。同時代のプリンス作品『AROUND THE WORLD IN A DAY』『PARADE』とも共振する'80年代屈指の名ポップ・アルバムだ(実際、『PARADE』はこのアルバムにかなり影響を受けている気がする)。ジャネル・モネイが好きな人にもお薦めしたい。ケイト・ブッシュのエキセントリックなところが苦手という人も、これだけは聴いておくべきだ。

 ここに挙げた女性アーティスト2人は、どちらもダンスが好きである。“ニーナ・シモンとケイト・ブッシュが手を取り合って踊っているようだ”とでも言えば、ローラ・マヴーラの音楽の素晴らしさが少しは伝わるだろうか?

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