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ただごとではない愛

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 『LOVE DELUXE』(1992)からの先行シングル曲、アルバムでも冒頭を飾った「No Ordinary Love」。前作から4年ぶりとなるこの新曲で、サウンドは急激に張りつめ、シャーデーは更なる深層へ突き抜けた。それまで聞かれなかったディストーション・ギターが炸裂し、削ぎ落とされたシンプルな歌詞からは、この曲の緊迫した感情が逆に生々しく伝わってくる。シャーデー史上、間違いなく最もヘヴィなラヴ・ソング。はっきり言って、これはコワい。この曲はまさしく“普通じゃない”のである。


 No Ordinary Love
 (Adu/Matthewman)
 
 I gave you all the love I got
 I gave you more than I could give
 I gave you love
 I gave you all that I have inside
 and you took my love
 you took my love
 
 ありったけの愛を注ぎ
 どこまでも精一杯尽くし
 私はあなたを愛した
 私は持てる全てを捧げ
 あなたはそれを受けとめ
 私を愛した
 
 didn't I tell you
 what I believe
 did somebody say that
 a love like that won't last
 didn't I give you
 all that I've got to give baby
 
 言ったでしょう
 この想い
 誰か言ったの?
 こんな愛は長続きしないと
 与えたはずよ
 あなたにはすべて 何もかも
 
 I gave you all the love I got
 I gave you more than I could give
 I gave you love
 I gave you all that I have inside
 and you took my love
 you took my love
 
 ありったけの愛を注ぎ
 どこまでも精一杯尽くし
 私はあなたを愛した
 私は持てる全てを捧げ
 あなたはそれを受けとめ
 私を愛した
 
 I keep crying
 I keep trying for you
 there's nothing like you and I baby
 
 私は叫び続ける
 尽くし続ける あなたのため
 二人に敵うものなどありはしないわ
 
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 
 when you came my way
 you brightened every day
 with your sweet smile
 
 あなたと巡り会って
 毎日が光り輝いた
 その素敵な笑顔のおかげで
 
 didn't I tell you
 what I believe
 did somebody say that
 a love like that won't last
 didn't I give you
 all that I've got to give baby
 
 言ったでしょう
 この想い
 誰か言ったの?
 こんな愛は長続きしないと
 与えたはずよ
 あなたにはすべて 何もかも
 
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 
 I keep crying
 I keep trying for you
 there's nothing like you and I baby
 
 私は叫び続ける
 尽くし続ける あなたのため
 二人に敵うものなどありはしないわ
 
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 this is no ordinary love
 no ordinary Love
 
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 これは普通の愛じゃない
 普通の愛なんかじゃない
 
 keep trying for you
 keep crying for you
 keep flying for you
 keep flying I'm falling
 
 あなたのために尽くし続け
 あなたのために叫び続け
 あなたのために飛び続け
 飛び続けて 墜ちていく
 
 I'm falling
 
 私は墜ちていく
 
 keep trying for you
 keep crying for you
 keep flying for you
 keep flying I'm falling
 I'm falling
 
 あなたのために尽くし続け
 あなたのために叫び続け
 あなたのために飛び続け
 飛び続けて 墜ちていく
 私は墜ちていく


 内に秘めた激情がとぐろを巻いているのが見えるような曲である。この女の肝の据わり方は半端でない。これぞまさしくquiet storm(静かな嵐)。こんな感情をぶつけられたら、大抵の男は引いてしまうだろう。これは不毛の愛、袋小路の愛なのである。話者の女もそのことを知っているが、引き返すことはできない。しかし、どこへ行くこともできず、ただ混沌に呑まれ、墜ちていく。これはそういう歌だ。この曲の閉塞感は、'90年代でなければ生まれなかったものだとも思う。静けさと激しさが複雑に混在する編曲、それが醸し出す寂寥感、虚無感があまりにも素晴らしい。

 ビリー・ホリデイも歌った('47年録音)「There Is No Greater Love」というスタンダード曲がある。恋人への想いを歌い上げるシンプルで優美な曲だ。最近ではエイミー・ワインハウスも'03年のデビュー盤で取り上げていた。

 You're the sweetest thing I have ever known
 And to think that you are mine alone
 There is no greater love
 In all the world, it's true
 No greater love
 Than what I feel for you
 
 あなたは誰よりも最高のひと
 私ひとりのものだなんて
 これ以上の愛なんてない
 そうよ この世には
 これ以上の愛なんてない
 何も私の想いには勝らない

 この曲には幸福感が満ちているが、しかし、熱に浮かされたようなこの愛はどこか盲目的でもある。「No Ordinary Love」では、まるでこの「There Is No Greater Love」の階調が反転したような寒々しい光景が広がっている。思えば、この恋の末路は4年前の「Love Is Stronger Than Pride」でも予告されていたのだった("It's gonna be cold / There may even / Be snow")。

 よく知られている通り、シャーデー・アデュは『LOVE DELUXE』録音時までに、'89年2月に結婚したスペインの映画製作者、Carlos Scolaと事実上の破局を迎えている(正式離婚は'94年)。この2曲の温度差にアデュの私生活を重ねることは容易だが、「No Ordinary Love」を触発した特定の出来事はなく、飽くまで自然発生的な曲であると本人は語る。

──新譜からの第一弾シングル「No Ordinary Love」について聞かせて下さい。
「不毛な恋についての歌ね。頭では不毛と分かっていても、誠実さが恋を成就させるんだ、と。失ってしまったものを取り戻そうとしているみたいな。自分で気づいているがゆえにね」
──この曲の出所に心当たりは?
「ちょっと見当つかないわ。ヘンよね。勝手に歌が生まれるのよ。色んなアイデアが長いこと頭にモヤモヤしてる感じで、突然それが湧き出てくるの」(Dec 1992, Details)


 ところで、ここまで私は "Love" という語に対して、「愛」と「恋」という二つの訳語を恣意的に自然と使い分けてきた。英語では「愛」も「恋」も "Love" の一語に集約されてしまうのだが、では、英語圏の人間に両者を分けて考える思考がないのかというと、そんなことはない(「Love Is Stronger Than Pride」に関する発言の中で、“だって何でも愛って名前はつけられるじゃない”と言うアデュは、まさにその差異について考えている)。私がそのことをはっきり理解したのは、たまたまデヴィッド・ボウイの'70年代の発言に触れた時のことだった。

「恋することと、人を愛することはまるで違うと思う。……人を愛する気持ちというのは、相手を大切にし、相手の人生を共有し、その人が人生を実現するのを支えてあげることだ。でも、恋をしている時は、その人に永遠に一緒にいてもらいたいと思ってしまう」(3 Jan 1976, Dinah!)

 ここでボウイが「愛」と「恋」を英語でどのように差別化しているかというと、「愛する」を "loving somebody"、「恋する」を "being IN love"("in" を強調)と表している。これは'76年にボウイが出演したダイナ・ショア司会のトーク番組内での発言で、そこで彼はかつて自分が経験した「恋」を振り返り、それが次第に誇大妄想的で、実在の人間ではなく、架空の偶像を追い求めるようなものに変質していったと語っている(そして、それは詰まるところ、人が神に対して抱く気持ちと同じ類のものだろう、と)。
 デヴィッド・ボウイの講釈する「愛」と「恋」の違いを聞いたダイナ・ショアは、まるでえらく面白い不思議な話でも聞いたように感心している様子なのだが、これは日本人にとっては当たり前すぎて何だか拍子抜けするような話だ。一所懸命に "being in love" のなんたるかを説明するボウイに向かって、“ああ、それはね、日本語では「恋」って言うんですよ”と日本人なら誰でも諭したくなるだろう。日本語なら1秒で済んでしまう話だ。さすがは日本語なのである。

 さて、「No Ordinary Love」の "Love" は「愛」と「恋」の一体どちらだろうか。客観的には「恋」、話者の主観的には恐らく「愛」だろうと、ひとまずは思う。

 しかし、本当にそう言い切ってしまって良いのか。「愛」と「恋」をそれぞれ定義・分類することはできても、実際の人生で両者を見極めることはひどく難しい。むしろ、完全に純粋な「愛」も、純粋な「恋」も、この世には存在しないのではないか。恋愛において、「愛」は常に何%かの「恋」を含み、「恋」は何%かの「愛」を含んでいる、と言ってみても恐らく間違いではないだろう。そう思うと、「愛」と「恋」を同時に意味する "Love" という英単語が、日本人にとって何やら急に輝いて見えてこないだろうか? "Love" というこのたった一語のパンチ力。そしてその深さ、複雑さ。「What Is This Thing Called Love?」という曲が生まれるだけのことはある。さすがは英語なのである。


 「Smooth Operator」鑑賞の際に思わず演歌を引き合いに出してしまったが、この曲はシャーデーにとっての「天城越え」と言えるかもしれない。

 “戻れなくてももういいの/くらくら燃える火をくぐり/あなたと越えたい天城越え”

 もちろん曲調はかなり違うが、歌われているのは全く同じ女の切羽詰まった情念である。“誰かに盗られるくらいなら/あなたを殺していいですか”というのもただごとではない。この殺気は、穏やかなようでいてドスの効いたアデュのヴォーカル、そしてレス・ポールのメタリックなサウンドからも如実に伝わってくる。「天城越え」が石川さゆりにとって一生に一度出会えるか分からない稀有な曲であるように、歌手シャーデー・アデュにとって「No Ordinary Love」は、まさに歌うことを天から言い渡されたような曲に違いない。

 この世には、たった一人の歌手にしか歌えない歌というものが確実にある。そういう歌を歌える歌手はさぞかし幸せだろうと思う。

 ただごとではない、異常事態の "Love"。この重く深遠な "Love" の正体は一体なんなのか。この1曲だけでもシャーデーの名は永久に不滅だ。



追記:
 この文章を書いた数ヶ月後、ふとしたきっかけで私は山口百恵のファンになった。彼女の代表曲「曼珠沙華」は、まさに日本生まれの「No Ordinary Love」である。ここでは、石川さゆり「天城越え」を引き合いに出したが、「曼珠沙華」の方がより適当だった。

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