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Janelle Monae──ドロシー・ダンドリッジの瞳



 ジャネル・モネイの3年ぶりとなる新譜『THE ELECTRIC LADY』('13年9月10日発売/日本盤9月18日発売)にめでたく収録された「Dorothy Dandridge Eyes」。これはジャネルが'12年6月にトロント・ジャズ・フェスティヴァルに出演した際に初披露した2曲の新曲のうちのひとつで(もう1曲はアルバム表題曲となった「Electric Lady」)、ファンにとっては待望のスタジオ録音版の発表ということになる。

 歴史を注意深く見つめ、過去の偉大なアーティストたちをリスペクトしてやまないジャネルがドロシー・ダンドリッジに言及すること自体は意外でも何でもなかったが、実際のところ、彼女はダンドリッジ──しかも、あの瞳──のことをどう歌っているのか? 私はこの曲がずっと気になっていた。そして、アルバムのトラックリストが公開され、これがエスペランザ・スポルディングとの共演曲だと分かった時の驚きと感動。絶対に素晴らしい曲に違いない。2人がダンドリッジを歌った曲が素晴らしくないはずがないのだ。

 アルバム発売後、私が真っ先にやろうと思っていたのは、この「Dorothy Dandridge Eyes」の歌詞を和訳することだった。とにかく、まずはこの曲について書きたい。


 Dorothy Dandridge Eyes
 (Janelle Monae Robinson/Nathaniel Irvin III/Roman GianArthur Irvin/Charles Joseph II)
 
 VERSE 1:
 Looking out the corner of her eye
 As she sits alone and drinks her wine
 Every man just wants to pass her by
 In hopes that he can catch her eye
 That glow that's in her eye
 Gives you visions in your mind
 She's from another space and time
 That's when you'll know you're hypnotized
 Her intoxicating will not be denied
 And when you touch her glove
 She then becomes your drug
 You fall so deep in love with the girl
 
 一人でゆっくりワインを飲みながら
 横目で眺めている彼女
 気を惹けないものかと
 男はみんな彼女の前を通りたがる
 その瞳の輝きは
 見る者を恍惚とさせる
 彼女は別世界からやってきた
 気づいた時にはもう虜
 彼女の魅力には逆らえない
 そのグローブに触れたら
 誰でも彼女に溺れてしまう
 あなたは彼女に夢中になるの
 
 CHORUS:
 It's too late you're hypnotized
 She's got Dorothy Dandridge eyes
 And you love her, you love her, you love her, you love that girl
 It's too late you're hypnotized
 She's got Dorothy Dandridge eyes
 And you love her, you love that girl
 
 もう手遅れ あなたは虜
 彼女はドロシー・ダンドリッジの瞳をしてる
 あなたはあの娘を愛さずにいられない
 もう手遅れ あなたは虜
 彼女はドロシー・ダンドリッジの瞳をしてる
 あなたは愛さずにいられない
 
 VERSE 2 (Esperanza Spalding):
 Like a rare Picasso or Monet
 The kind of beauty studied every day
 Every woman wants her grace and style
 But no one can replicate her smile
 That glow that's in her eyes
 Gives you visions in your mind
 She's from another space and time
 That's when you'll know you're hypnotized
 And her intoxicating will not be denied
 And when you touch her glove
 She then becomes your drug
 You fall so deep in love with the girl
 
 ピカソやモネの名画のように
 絶えず手本にされる美しさ
 世の女性たちは彼女の気品やスタイルを身につけたがる
 でも 彼女の微笑みは誰にも模倣できない
 その瞳の輝きは
 見る者を恍惚とさせる
 彼女は別世界からやってきた
 気づいた時にはもう虜
 彼女の魅力には逆らえない
 そのグローブに触れたら
 誰でも彼女に溺れてしまう
 あなたは彼女に夢中になるの
 
 CHORUS:
 It's too late you're hypnotized
 She's got Dorothy Dandridge eyes
 And you love her, you love her, you love her, you love that girl
 It's too late you're hypnotized
 She's got Dorothy Dandridge eyes
 And you love her, you love that girl
 
 もう手遅れ あなたは虜
 彼女はドロシー・ダンドリッジの瞳をしてる
 あなたはあの娘を愛さずにいられない
 もう手遅れ あなたは虜
 彼女はドロシー・ダンドリッジの瞳をしてる
 あなたは愛さずにいられない
 
 POEM:
 In your eyes we see the tiny white snowcaps of mountains
 The purple glow of distant stars
 The blue shine of black metal
 Red rose petals falling slowly through the sunny air
 Orange clouds, pink moons, and the tongue of the sun
 Who knew heaven could kiss just like this
 
 その瞳に映るのは 雪化粧をした白い山脈
 紫色に瞬く星たち
 黒い金属の青い光
 陽光の中をひらひら舞い落ちる赤い薔薇の花びら
 オレンジ色の雲 ピンク色の月 七色の架け橋
 まさか天がこんな風にキスするとは
 
 
 ドロシー・ダンドリッジ(1922〜65)はアメリカの映画女優/歌手。“黒いマリリン・モンロー”とも言われた、黒人初の国民的ハリウッド・スターである。主演作『カルメン(Carmen Jones)』(1954)で、黒人として初めてアカデミー賞の最優秀主演賞にノミネートされた。'40年代に同じくハリウッドで活躍した黒人歌手リナ・ホーンの後を受け、“黒人女性=美しい”という認識をアメリカ社会に決定的にもたらしたのが彼女だった。アメリカで黒人女性の地位向上に大きく貢献した人物であり、現代のアメリカの黒人女性スターたちはすべてこの人の恩恵を受けていると言っても過言ではない。

 ドロシー・ダンドリッジ──最強のダンス・コンビ、ニコラス兄弟の弟ハロルド・ニコラスの妻でもあった──については、このブログを始めた6年ほど前、3回にわたって集中的に記事を書いたことがある。ダンドリッジは、私にこのブログを始めるきっかけを与えた人物の一人でもある。彼女のキャリアや生涯についての詳細は、そちらをご覧いただきたい。

Dorothy Dandridge (part 1)
Dorothy Dandridge (part 2)
Dorothy Dandridge (part 3)


 「Dorothy Dandridge Eyes」では、ダンドリッジの瞳を持った魅惑的な少女のことが歌われている。別世界からやって来て男たちを虜にする“彼女”は、'50年代に彗星のごとく現れ、新たな美の基準を作りだしたダンドリッジのイメージそのものだ。エスペランザが歌う2番では、今でも多くの女性から羨望されるダンドリッジの麗姿が、ピカソやモネの名画に喩えられ、“絶えず手本にされる美しさ”と称えられる。ダンドリッジに対する敬意と憧れが詰まった最高のトリビュート・ソングだ。

 ドロシー・ダンドリッジの名に馴染みがない人もいるかと思うが、音楽的には、この曲は現代のリスナーにも非常に親しみやすいものである。'12年6月にトロントのショウで初披露された時、「Dorothy Dandridge Eyes」は前作収録「BabopbyeYa」を彷彿させる優雅なジャズ・バラード調アレンジだったが、完成版ではテンポが上げられ、横ノリのミディアム・ナンバーに変わった。ジャジー&グルーヴィー、かつ、歌心に溢れたメロディアスな曲は、一聴してすぐにスティーヴィー・ワンダーの影響を受けていることが分かる。具体的に似ているスティーヴィー作品をひとつ挙げるとしたら、マイケル・ジャクソンに提供された「I Can't Help It」(1979)だろうか。メロディやコードの雰囲気、リズミカルなサビの展開がそっくりである上、男が魅惑的な女性に虜にされるという歌詞も似ている。歌い出しも同じ“Looking〜”というのは故意か偶然か。今にも“can't help(〜せずにはいられない)”というフレーズが出てきそうな歌である(この言い回しは意識的に避けられているような気もするが、拙訳では使わずにはいられなかった)

 前作『THE ARCHANDROID』にも、スティーヴィー・ワンダーから強い影響を受けた曲──「Locked Inside」「Say You'll Go」──が収録されていた。前者は「Golden Lady」、後者は「Rocket Love」に似ているのだが、特に「Locked Inside」に関してジャネルは“マイケル・ジャクソンとスティーヴィー・ワンダーに触発された。私がずっと感動させられてきた2人のコード進行やメロディにすごく触発されてる。あの感じを合体させたかった”と過去にインタヴューで明かしている。今回の「Dorothy Dandridge Eyes」は、その最新の成果と言えるだろう(『THE ELECTRIC LADY』にはもう1曲、「Ghetto Woman」という露骨にスティーヴィー・ワンダー風の曲が収録されている)。ジャネル以上にスティーヴィーから強い影響を受けているエスペランザ・スポルディングのハマり具合は言うまでもなく、その可憐で優美な歌声で、彼女は主役のジャネルを喰ってしまうくらいの素晴らしい助演ぶりを見せている。最優秀助演賞は彼女に決まりだ。


一体、誰の瞳なのか?

Janelle_Dandridge2.jpg
スティーヴィー・ワンダーのサングラスに映るコラージュ(『MUSIC OF MY MIND』)

 「Dorothy Dandridge Eyes」の終盤にはジャネルによる短い詩の朗読があり、そこでは件の“瞳”に映る様々な夢幻的イメージが綴られている。この最後の詩の部分が、単なるダンドリッジへのトリビュート・ソングに終わらない広がりをこの曲に与えていると思う。どういうことかと言うと、この詩の部分が、「Dorothy Dandridge Eyes」と、ジャネルの提示する“メトロポリス組曲”というコンセプトの接合点になっている──言い換えれば、ダンドリッジが28世紀に転生することを可能にしていると思うのである。

 『THE ARCHANDROID』ブックレットには、創作にあたってジャネルを触発した過去の芸術作品名や人名などが曲ごとに細かく記載されていた。上述した「Locked Inside」のクレジットには、“スティーヴィー・ワンダーのサングラスに映るコラージュ(LP『MUSIC OF MY MIND』参照)”と記されており、これは「Dorothy Dandridge Eyes」の“瞳”に映る幻想的なイメージとそっくり重なる。「Locked Inside」同様、「Dorothy Dandridge Eyes」がスティーヴィーに触発された曲であることはこの点からも窺い知れるが、しかし、実際、その“瞳”はスティーヴィーの瞳(サングラス)なのだろうか? 「Dorothy Dandridge Eyes」終盤の詩から私が最初に連想したのは、実は全く別人の瞳だった。正確に言うと、それは“人”ではない。

Janelle_Dandridge3.jpg

  お前ら人間には信じられぬものをおれは見てきた
  オリオン座の近くで燃えた宇宙船や
  タンホイザー・ゲートのオーロラ
  そういう思い出もやがて消える
  時が来れば 雨に流れる涙のように


 『ブレードランナー』冒頭、画面いっぱいに映し出されるレプリカント=ロイ・バティ(と思われる)の瞳。そこには、2019年のロサンゼルスの街の驚異的な光景が映っている。この瞳のカットは、映画終盤、ロイ・バティがデッカードの目の前で絶命する際に吐く上掲の有名な台詞と呼応している。彼は人間の想像を超える光景をその目で見てきた。

 「Dorothy Dandridge Eyes」は、ドロシー・ダンドリッジのことを歌った歌ではなく、正確には“ドロシー・ダンドリッジの瞳をした少女”について歌った歌である。紫色に輝く星たち、ピンク色の月(複数形)といった、私たち人間が目にすることのない光景を見ている瞳。それを持つ少女の正体は、恐らくアンドロイドだろう。見る者を虜に(hypnotize)するこの瞳──メトロポリス組曲の主人公であるアンドロイド少女=シンディ・メイウェザーのものと思われる──は、同じく『THE ELECTRIC LADY』収録の「Look Into My Eyes」にも登場する。要するに、ジャネルは過去の被差別者=黒人の解放を促したドロシー・ダンドリッジのイメージを、未来の被差別者=アンドロイドの解放を促す少女に重ねているのである。

 この歌からも分かる通り、ジャネルの描くSF世界というのは、荒唐無稽な絵空事ではなく、実際に私たち人間が歩んでいる(差別の)歴史の暗喩である。彼女は過去の歴史──とりわけ黒人史──を注意深く再訪しながら(今回のドロシー・ダンドリッジへの言及や、トレードマークのタキシード・ファッションはその最たる例である)未来の歴史を創造することによって、私たちのいる現在を浮き彫りにする。それがジャネルのやり方であり、また、優れたSFの形でもある。一体何のためにそんなことをするかと言えば、もちろん、人類が同じ過ちを繰り返さないためである。公表されているわけではないが、それが“メトロポリス組曲”という一大プロジェクトの究極の目的である(と私は信じている)。ジャネル作品には、ジャズ、ロックンロール、サントラ音楽、ニュー・ソウル、ファンクといった過去の様々な音楽スタイルが頻出するが、それらが巷に溢れる懐古的で趣味的な擬似ヴィンテージ音楽と一線を画するのも、彼女にしっかりとした歴史観、そして、未来に対する真摯な眼差しがあるからである。ジャネルの音楽はちっとも古くないし、逆に──“フューチャー・ソウル”と呼ばれているにもかかわらず──新しいわけでもない。ジャネルがやっているのは、過去でも未来でもなく、“今”の音楽に他ならない。

 最新作『THE ELECTRIC LADY』は、そうした彼女の音楽をより闘争的に(そして、より趣味的に……笑)力強く押し進めたものである。今、人類はジャネル・モネイというアーティストに目を向けなければいけない。もちろん、より良い未来を実現するために!


ドロシー・ダンドリッジの瞳

Janelle_Dandridge4.jpg

 最後に、「Dorothy Dandridge Eyes」に関する私のごく個人的な感想とダンドリッジ観を少し書きたい。
 
 「Dorothy Dandridge Eyes」に描かれているダンドリッジの優美で洗練されたイメージは、彼女の絶頂期である'50年代のものである(アルバム・ブックレットのインスピレーション源クレジットにも“『カルメン』のジープの場面”と記されている)。一般的に人々に記憶されている彼女の姿も'50年代のものだ。ドロシー・ダンドリッジの歌手/女優としてのソロ・キャリアは'40年代から始まっているのだが(ソロになる以前はダンドリッジ・シスターズというトリオで活動していた)、'40年代のダンドリッジと'50年代のダンドリッジでは、ほとんど別人と言ってもいいくらい印象が大きく異なる。

 6年前の記事でも書いたが、私が好きなのは、セクシー路線で大ブレイクする以前の'40年代の素朴なダンドリッジである。'50年代のダンドリッジは確かに華やかで美しいが、何か不自然でぎこちない。微笑んでいても、心ここにあらずといった感じで、目にはどことなく虚無感が漂っている。飽くまで私の個人的な印象に過ぎないが、“ドロシー・ダンドリッジの瞳”と言われて私が思い浮かべるのは、その独特の虚ろで物悲しい目の表情である。'40年代のダンドリッジからは、そのような翳りや沈鬱さは微塵も感じられない。彼女はひたすら朗らかで愛らしい少女だった。

 ダンドリッジの複雑な瞳のことをジャネルが一体どう歌うのかという点に私は興味があったのだが、結果的に届けられたのは、'50年代絶頂期のダンドリッジのパブリック・イメージを素直に描いた歌だった。ちょっと肩透かしを喰らった感はあるが、しかし、これで良かったのだと思っている。ダンドリッジの生涯は知れば知るほど悲しくなるが、彼女は何よりまず、美しい女性として人々に知られるべきだと思うからである。

  世の女性たちは彼女の気品やスタイルを身につけたがる
  でも 彼女の微笑みは誰にも模倣できない


 「Dorothy Dandridge Eyes」で私が一番好きなのは、エスペランザが艶っぽく歌うこの部分である。何度聴いても感動してしまう。ジャネル・モネイとエスペランザ・スポルディング──現代ポピュラー音楽界の中でも屈指の麗人と言える黒人女性2人が、彼女の美しさには誰も敵わない、とダンドリッジを全力で称えている。これだけで十分だ。「Dorothy Dandridge Eyes」は早くも私のお気に入り曲となっている。

 ちなみに、ジャネルは、'99年の伝記映画でダンドリッジを演じたハリー・ベリーよりもダンドリッジに似ていると思う。ジャネルには、ハリー・ベリーが表現しきれなかった'40年代のダンドリッジの朗らかさがある。ジャネルなら──いや、シンディ・メイウェザーなら、と言うべきか──きっとダンドリッジの無念も晴らすことができるに違いない。


※『THE ELECTRIC LADY』をネット上で2回聴いた(CDはまだ到着していない)。結局、私の個人的ベスト・トラックは「Dorothy Dandridge Eyes」かもしれない。あとは「Primetime」か。ジャケまで『ポリー・マグー』になってしまった時点で嫌な予感はしたのだが、全体的には、残念ながら趣味に走りすぎてスケールダウンした観が否めない。元ネタそのまんま感が基準値を遥かにオーバーしているし(笑)、ジャネルのヴォーカルもちょっと一本調子だ。曲想の幅が前作ほど広くないことで、ヴォーカリストとしての力不足が露呈してしまったような気がする。私の期待していたものとはちょっと違ったが、前作よりもフィジカルに弾けている点は好印象。要するに、『ZIGGY STARDUST』の後に『ALADDIN SANE』が来たのだと思う。『THE ARCHANDROID』を超えたとは思わないが、これはこれで別の良さがあるのではないだろうか。


追記('13年9月19日):
 「Dorothy Dandridge Eyes」歌詞の最後の一節を修正。“Who knew heaven could keep us just like this”ではなく、正しくは“Who knew heaven could kiss just like this”と歌われている(語られている)ことが分かった。実際、この部分は訳しながら不可解だったのだが、“kiss”だと分かって完全に腑に落ちた。原詩・和訳共に修正しておいた。それにしても、“purple”といい、“kiss”といい、どんどんプリンス色に染まってるなあ。まさかジャネル、プリンスと……?! 最初にネットで聴いた時はいまいちしっくり来なかった『THE ELECTRIC LADY』だが、CDで繰り返し聴くうちに印象はどんどん良くなっている。上に書いた感想は、ある意味、正しくもあり、間違ってもいる。



未来はすでに始まっている(ジャネル・モネイ関連記事目録)
(『THE ELECTRIC LADY』発売日のこの記事を、当ブログのジャネル・モネイ関連記事の目録にすることにした。今後、ジャネル関連の記事を書いた場合、この目録を更新し、常にここからすべての記事へ飛べるようにする)

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