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Alicia Keys @ Yokohama Arena 2013



 アリシア・キーズのコンサートを観た。ファイア〜!
 
 '13年11月18日(月)、横浜アリーナ。'12年11月発表の最新作『GIRL ON FIRE』を引っ提げた“Set The World On Fire(世界に火をつけろ)”ツアーでの来日。'13年3月に北米から始まり、欧州、南米を廻った後、アジア〜オセアニア・ツアーの一環で日本にも火をつけに来てくれた。日本公演は横浜アリーナの1回だけだが、ともかく1日だけでも来てくれたのが嬉しい(オーストラリアとドバイ公演をやって日本に来なかったシャーデーの'11年ツアーを思い返すと、この1日の有り難さが身に染みる!)

 今秋は海外アーティストの来日ラッシュ。アリシアの横浜アリーナ公演と同じ日、東京ドームではポール・マッカートニー卿が公演。そして、ビルボードライブ東京にはミシェル・ンデゲオチェロが出演していた(ニーナ・シモンのカヴァー・アルバムを引っ提げての来日。東京公演は11月18日の1日のみ)。私はミシェルを聴きに行くつもりだったのだが、後からアリシアの横浜アリーナ公演が同日で決定してしまい、泣く泣くミシェルを諦めた。なんでこうなるの!

 アリシア・キーズの来日公演は'08年のサマー・ソニック以来5年ぶり。単独公演は'04年10月(東京、大阪、福岡で4公演)以来、実に9年ぶりとなる。ちょうど6年前、『AS I AM』のプロモ来日の際、東京の丸ビルで行われた無料コンサート('07年11月29日)で生アリシアを目撃したことはあったが、私がまともに彼女のショウを体験するのは今回が初めてのこと。待ちに待った単独公演。ミシェルはまたいずれ、ということで、私は「Empire State Of Mind」を口ずさみながら横浜アリーナへ向かったのだった。ニューヨ〜ク!


ALICIA KEYS SETS JAPAN ON FIRE

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私の席からの眺め(開演前)──遠すぎだろ!

 横浜アリーナへは初めて行った。デカい。17000人収容。9年前のアリシアの東京公演は、東京ベイNKホール(6300人収容)と東京国際フォーラムホールA(5000人収容)だったので、格段にスケールアップである。17000人というキャパは、私がシャーデーを観たラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナと全く同じだ。アリシアが完全にシャーデー級の大物アーティストになっていることを実感する(ちなみに、アリシアはシャーデーとステージで共演したことがある唯一の歌手でもある)。1日だけの来日公演チケットは即日完売したらしい。

 チケットは(先行予約ではなく)一般発売日の10時きっかりにイープラスで購入したが、回ってきた席は正面スタンド上段。私の視界は上の画像のようなものだった。遠すぎる……。シャーデーのベガス公演だったら最低ランクの席(52.5ドル。その上は105ドルと157.5ドル)だが、今回は全席9000円均一。遠い席の観客は、良席の観客の分まで余計に払わされているようで、どうしても損をしたような気にさせられる。ここ数年すっかりビルボードライブ慣れしていた私は、まず、横浜アリーナのバカでかさと人の多さに唖然となった。

 当日は、ちょうど観客たちが会場へ向かう夕刻(17時55分頃)、東横線の妙蓮寺〜菊名駅間で人身事故があり、横浜アリーナ最寄りのJR新横浜駅(菊名の隣)付近の路線は大混雑だった。私は開演40分くらい前に着くつもりで会場へ向かっていたが、結局、辿り着いたのは10分前の18時50分。電車の遅延の影響か、この日は開演後に遅れて会場入りしてくる観客がやたら多かった(コンサート会場へは早めに行くことを心掛けよう)

 私が会場入りした時、場内BGMではスティーヴィー・ワンダーの「Higher Ground」が流れていた。喫煙所で煙草を吸って戻ってくると、今度はMJ「Billie Jean」。その後、BGMは「Get On The Floor」「Don't Stop 'Til You Get Enough」といい感じで続き、定刻をやや過ぎた19時23分、遂に客電が落ちた。9年ぶりの単独公演、しかも一晩だけとあって、集まった観客の熱気もすごい。

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アリシア登場(日本公演2日前のドバイ公演の様子)

 オープニング。スクリーンにはマンハッタンの映像。ナズ「NY State Of Mind」を改造した「Streets Of New York」の序奏に続き、いきなり「Empire State Of Mind」キター! ステージ中央の白いピアノの上に仁王立ちし、天を仰ぎながら“♪ニューヨ〜ク!”と歌うアリシア。しかし、これはサビ1回分のほんの挨拶代わりで、すぐに次の曲が始まった。実質的な1曲目は、2nd収録の必殺曲「Karma」だ!

 場内はもちろん大熱狂だったが、しかし、ここで私はステージのあまりの遠さに改めて愕然となった。全然見えねえ〜。アリシア、完全に米粒大。登場時にピアノの上にいる彼女は、(YouTube映像によると)最初は観客に背を向けていて、途中で正面を向くのだが、私の席からは彼女が前を向いているのか後ろを向いているのかも肉眼では全く判別がつかない。ピアノに照明が当たっていて、どうやらその上に人影らしきものが見える。多分、あれがアリシアなんだろう……。ステージ両脇には、パフォーマンスの様子がリアルタイムで映し出されるスクリーンがあるが、これすらも遠くてよく見えない。ビッグマックを超え、いまやメガマック級のボリュームになっているアリシアの下半身も全然見えやしないのだ。

 もうひとつ、ショウが始まって愕然としたのは、音の悪さである。音像は完全に団子状態。立体感が全くない上、ほとんど中域しか聞こえず、まるでモノラルのAMラジオを大音量で聴かされているようだった。ベースが完全に埋もれてしまっているのが特に痛い。音もステージも、何もかもがあまりにも遠い。うぐ……。

 というわけで、今回のアリシアの来日公演に関して、残念ながら私はあまり詳細に記すことができない。一応、音は聞こえていたが、殊に視覚面に関しては、まともに“観た”とは言い難い。いつもはショウの進行を追いながら1曲ずつ感動を細かく記録していくのだが、今回はちょっと書き方を変え、悪席なりに印象に残った点、アリシアに火をつけられた瞬間──“俺 on Fire”な瞬間──というものを箇条書きで列挙していくことにしたい。

AK-Fire04.jpgアリシアが“電話してみる!”と言ってスマホを取りだした瞬間

 2曲目「You Don't Know My Name」の間奏。スタジオ版と同じように、想いを寄せる男子にアリシアが電話で告る、という語りシークエンスがあった。観客に向かって“電話して何て言えばいいんだろ。緊張しちゃうわ。みんな応援してくれる?”と言って場内を沸かせた後、“じゃ、電話してみる!”と言って彼女は実際にスマホを取りだした。ステージ上から生電話?! 誰に?? この瞬間、私は自分の携帯が鳴ったらどうしようと思ってドキドキしたのだが、電話を受けたのは全く別の人物。アリシアが電話で話し始めると、同様に電話を持った男性ダンサーが一人、ステージ右端から登場。彼を片想いの男子(マイケル君)に見立ててアリシアがお馴染みの語りをするという、めちゃめちゃベタな演出だった。畜生、ドキドキして損したぜ……。ちなみに、通話の中に彼女は“私、髪切ったの。どう?”という台詞を新たに混ぜていた。今回、アリシアの髪型は両サイドを短く刈ったショートに変わっていたのだった。似合う〜。

 昨年秋、iTunes Festival('12年9月28日、ロンドン)に出演した際に披露されたレゲエ・アレンジの「You Don't Know My Name」が面白かったので、ツアーで元に戻ってしまったのが個人的には残念。まったりとした寸劇風の演出も2曲目でやるには早すぎると思ったし(こういうインティメイトなパフォーマンスは、もっとしっかり観客の心を掴んだ中盤以降でやるべきだと思う)、冒頭で2ndの旧曲を連打する構成にも疑問を感じる。オープニングは新曲で徹底的に飛ばして欲しかった。

AK-Fire04.jpgプリンス譲りの粘着ファルセット歌唱

 5曲目は『AS I AM』からのヒット「Like You'll Never See Me Again」。プリンス「Purple Rain」風のセンチメンタルなバラードだが、アリシアはこの曲のヴォーカルを最初から最後までほとんどファルセットで押し切った。その歌唱はまさしくプリンス的で(「Scandalous」みたい)、この曲をオリジナル版以上に官能的でエレガントなものにしていた。プリンス・マナーは、これに続いて披露された「A Woman's Worth」の大胆なロック・アレンジ──エレキ・ギターのヘヴィなリフを挿入(「Shhh」風に)──にも強く感じられた(「Karma」の荘厳なアレンジ、「You Don't Know My Name」のベタな演出からして既にプリンス的なのだが……)

AK-Fire04.jpg75秒の至福のピアノ・ソロ

 今回、私が最も楽しみにしていた曲のひとつが「Try Sleeping With A Broken Heart」だった。ロック(U2)に接近してクロスオーヴァーを達成した「No One」の音楽性を、ビヨンセ「Halo」にも通じる「We Will Rock You」的なラウドなドラムビート、'80年代風(プリンス風)のポップなメロディ感覚とシンセ・サウンドを取り入れながら更に独自に発展させ、完全に自分の血肉にした傑作ナンバーである。様々な影響を感じさせながら、この曲がアリシア以外の何ものでもないと思わせるのが、終盤に登場するピアノ・ソロ。淡々としたドラムビートのループに乗って、アリシアは、シンプルながらもメロディを大切にした非常に味わい深いソロを弾く(私はこのピアノ・ソロが死ぬほど好きだ)。スタジオ版ではすぐに終わるが、今回のステージではこれをたっぷりと聴かせてくれた。流麗かつ素朴な演奏は、まるでピアノ好きの少女が自室で無心に鍵盤と戯れているような、純粋に音楽の歓びに溢れた大変に美しいものだった。ドラムビートとピアノだけなので、音響の悪さも障害にならない。感動した。いつまでも聴いていたいと思った。時間にして約75秒。このピアノ・ソロを広大なアリーナ空間で生で聴けただけでも9000円を払った価値があると思う。個人的には、この75秒が今回の公演の最大のハイライト。

AK-Fire04.jpg「Fallin'」のサビを合唱する観客

 「Try Sleeping With A Broken Heart」からシームレスになだれ込んだのが、アリシアのデビュー曲であり、代名詞とも言える「Fallin'」。イントロの第一声で、場内には悲鳴のような大歓声がわき起こった。「Fallin'」は、アレサ・フランクリン「I Never Loved A Man The Way I Love You」とジェイムズ・ブラウン「It's A Man's Man's Man's World」を合体させて、それを更にプリンスが編曲したような、全くスゴいとしか言いようがない曲である。プリンスがこの手のブルージーな曲を歌う場合、大抵、ロック・ギターを弾きまくるか、ブチ切れたJBのような奇声シャウトでごまかす(?)のだが、アリシアの歌声には、それこそアレサや(丁寧に熱唱する時の)JBのような張りと風格があり、こういうシンプルなブルースが本当にソウルフルに響く。曲の中盤でアリシアは“I keep on fallin' in and out of love with you / I never loved someone the way that I love you”というサビのフレーズを観客に歌わせた。ポップともキャッチーとも言えないこの曲を広いアリーナ会場で観客に歌わせようとするアリシアも凄いが、これを実際に合唱した観客(女性客)も凄いと思った。アリーナ級のアーティストになっても“As I am(私は私)”という彼女の揺るぎなさが、このデビュー曲の快演によく表れていたと思う。メガマック級の尻はダテではない!

AK-Fire04.jpgマーヴィン&タミーから最新曲になだれ込んだ瞬間

 「Fallin'」までがコンサート前半。アリシアは一旦ステージを去り、バック・ヴォーカルの男女2人──ラファエル・スミス&ホイットニー・キートン──が前に出てきて歌う一幕があった。曲はマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの名曲「You're All I Need To Get By」。マーヴィン&タミーと言うよりは、作者のアシュフォード&シンプソンに近い成熟した色気のある歌声で、これまた魅力的だった。「You're All I Need To Get By」は、'90年代にメソッド・マン「All I Need」、更に、メアリー・J・ブライジを迎えたその改造版「I'll Be There For You / You're All I Need To Get By」でリサイクルされ、古典ソウルとヒップホップの掛け橋にもなった曲である。半音ずつ下降していく印象的なリフレインは、パフォーマンス終盤になると、その'90年代リメイク版のような直線的な乗りになり、どんどん推進力とスケール感を増していった。最後はドラム・ソロに突入。そして、そこから一気になだれ込んだのが、ジョン・レジェンド共作の最新曲「When It's All Over」。ヒップホップとハウスのビート感を交錯させながら、飽くまでニュー・ソウル的なマナーを貫くアリシア&レジェンドらしいスリリングな曲だ。荒波のように激しくシンコペートするドラムビートの上を、マイナー調のピアノ・リフが滑走していくイントロで鳥肌が立った。「You're All I Need To Get By」のリフレインを掛け橋に、過去と現在が見事に繋がった瞬間。この繋ぎは最高にカッコ良かった(コール&レスポンスを繰り広げながらスローダウンし、次のラガ調の新曲「Limitedless」へ持っていく流れも良かった)

AK-Fire04.jpgアリーナ空間に響くウーリッツァーのぶっとい音色

 ステージ左端にウーリッツァー(エレピ)があり、アリシアがそれを弾きながら「Unbreakable」を歌った。イントロでウーリッツァーのファンキーな低音リフが広大なアリーナ空間に響き渡った瞬間。その音の存在感、音色のぶっとさに燃えた。アリーナ会場でこういう音が聴ける機会はあまりないと思う。'07年2月17日、さいたまスーパーアリーナでスティーヴィー・ワンダーが、JB「Ain't It Funky」を挿入しながら「Maybe Your Baby」をかました時のことを思い出した。

AK-Fire04.jpg「If I Ain't Got You」のイントロ

 “皆さんに捧げます”と言ってアリシアが「If I Ain't Got You」のイントロを弾き始めた瞬間。これは、自分が燃えたと言うより、観客の熱狂の凄まじさゆえに強く印象に残っている(超ウルトラ・スーパー・イントロ当て並みにみんな反応が早かった)。イントロで観客が最も沸いたのが「Fallin'」とこの曲。「Fallin'」がアリシア版「I Never Loved A Man The Way I Love You」なら、こちらは「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」である。会場の爆発的な盛り上がり方を見て、彼女はやはり“現代版アレサ・フランクリン”なのだなと改めて感じた。こういう素裸のソウル・ナンバーをアリーナ会場で堂々と歌い、そしてそれが支持されるというのは、やはり凄いことだと思う。その前に披露された最新曲「Brand New Me」の熱唱(「If I Ain't Got You」よりも熱かった)も印象的だった。

AK-Fire04.jpg光の海

 ピアノで分散和音を流れるように弾きながら、アリシアが“♪Put your cell phones in the air. Can we celebrate love, celebrate life?(携帯電話を掲げて愛を祝おう、人生を祝おう)”と歌い始めた。なんだこの曲は。この呼びかけに応じて、客席には次々と携帯の光が輝き、広い横浜アリーナの場内はあっという間に無数の光で埋め尽くされた。私がいた正面スタンド上段からは、携帯の光が蛍の光のように会場全体に灯る様子が一望できた。

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この光の海を見られたのが私の席の唯一の利点だったかもしれない

 続けてアリシアが歌い出したのは「No One」。序盤はピアノの弾き語りで、途中からオリジナル版と同じようなフルバンド演奏になった。広大なアリーナ空間を物ともせず、1万数千人の観客をすべて包み込むアリシアの歌声。この曲は横浜アリーナのような巨大空間で聴いてこそ凄さが分かる。この時、私はステージとの距離をほとんど感じなかった。かつてのような強引なロック乗りもない。地に足の着いた実に堂々としたパフォーマンスだった。ここで本編終了。

AK-Fire04.jpg爆音でドラムを叩くアリシア

 アンコール1発目は、ビヨンセばりに攻撃的な最新曲「New Day」。4人の男性ダンサーたちを従えて飛ばす、飛ばす! まるでコンサートが振り出しに戻ったような凄まじいテンション(どう考えてもこの曲をオープニングに持ってくるべき)。そして、その勢いを保ったまま、立て続けに「Girl On Fire」! ステージ後方の高台の上に仁王立ちして(グラミーの時のように)ドラムを叩くアリシア。爆音で鳴り響くドラムビートは迫力満点。このラウドで原始的なドラムビートのルーツはもちろんクイーン「We Will Rock You」で、ロックのダイナミズムを取り入れた「No One」〜「Try Sleeping With A Broken Heart」の系譜に連なる曲だが、これまで以上にスケールはデカい。特にヴォーカルがサウンドのスケール感に全く負けていないのが凄いと思う。こんな大きな歌は10年前のアリシアには絶対に歌えなかった。「New Day」〜「Girl On Fire」という1回目のアンコールはとにかく圧巻(「Girl On Fire」のキーをAからGに下げていたのは残念だったが。あれはさすがにキツいのか)

AK-Fire04.jpgスクリーンにジェイ・Zが登場した瞬間

 2回目のアンコール。誰もが待っていた“その時”が遂にやって来た。シナトラ版「New York, New York」の触りに続き、アリシアの単独版ではなく、ジェイ・Z共演のオリジナル版(!)「Empire State Of Mind」のイントロが場内に鳴り響いた瞬間、横浜アリーナは爆発炎上した。スクリーンにはジェイ・Zが登場し、火の海と化した場内に油を注ぐ。アリシアの単独版も悪くないが、この曲はやはり2人のどちらが欠けてもダメである。たとえスクリーン映像であっても、登場してくれると無茶苦茶に盛り上がる。ジェイ・Zがスクリーンでラップしている間、ステージ中央では男性ダンサーたちがピンスポットを浴びながら代わる代わるヒップホップ・ダンスを披露。この演出はとても良かった。コードがA#に変わり、いよいよサビへ突入するかというまさにその瞬間、劇的にアリシア版のイントロへ接続。紫色のゴージャスなイブニング・ドレスに着替えたアリシアが歌いながらステージに登場し、この世紀の超名曲を生でたっぷりと聴かせてくれた。感無量。この曲は『THE ELEMENT OF FREEDOM』発表時にビルボードライブ東京で行われたプレミアム・ショウケース('10年1月14日)でも歌われているが、フルバンドでまともに日本の観客に披露されるのはもちろん今回が初めて。やっと聴けた!

 一応、「Empire State Of Mind」でショウは終わったのだが、その後にスクリーンで『GIRL ON FIRE』の隠しトラック(最終曲「101」の後に収録。タイトル不明)のヴィデオ映像が2分ほどオマケ的に流された。まだ何かあるのか、という感じで観客はこれを眺めたが、それが終わると客電が点いた。あれは一体何だったんだ。完全終演は20時59分。1時間36分のショウが終わった後、BGMとして場内に流れたのは、マーヴィン・ゲイ「What's Going On」だった。

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下半身はメガマックでも、サブ・スクリーンで見るアリシアの顔は相変わらず超綺麗だった

 というわけで、“俺 on Fire”な主な瞬間を挙げてみたが、他にも印象に残った点はある。地味に燃えたのは前半の「A Woman's Worth」「Diary」「Un-Thinkable (I'm Ready)」というディープな流れで、このミディアム・スロー系の3連打はボディブロウのようにじわじわと効いた(「Diary」はバック・ヴォーカルのラファエル・スミスとの掛け合いが熱かった)。この辺りはホール会場でもっと良い音で聴いてみたい。曲によって男性ダンサーを投入し、アリーナ会場に相応しいエンターテインメント要素を加えていた点も良かったと思う。ただ、花道やサブ・ステージもないし、スクリーン映像もあまりパッとしなかったりで(ステージ中央のLEDスクリーンが左右のサブ・スクリーン並みの大きさだったのも残念)、今時のアリーナ・コンサートとしては、視覚演出はかなり地味。もちろん、アリシアはビヨンセのように踊れるわけでもなく、歌ってナンボのネエちゃんである。飽くまで“音楽で勝負”という姿勢が強く感じられるショウで、実際、彼女の演奏に1万数千人の観客を圧倒するパワーとスケールがあったのが何より素晴らしかった。


LET'S HERE IT FOR AK──アリシアが空を飛んだ日

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ジェイ・Z feat. アリシア・キーズ「Empire State Of Mind」('09年10月20日発売)

 '07年末の『AS I AM』プロモ来日時の拙記事で、私は“アリシアにとって「No One」は、まさしく運命の1曲になるのかもしれない。後々この曲をどのように振り返ることができるのか実に楽しみである”と書いていた。あれから6年経った今、実際に振り返ってみると、「No One」はやはり彼女のキャリアに莫大な影響を及ぼした超重要曲だと思う。「No One」でのロック/ポップへのアプローチは確実に彼女の表現の可能性を押し広げ、先述した通り、「Try Sleeping With A Broken Heart」「Girl On Fire」といった新たな名曲誕生への布石になった(「No One」の単なる二番煎じ「Doesn't Mean Anything」を'09年9月に新曲として初めて聴いた時は“アリシア、終わった”と思ったが)。そして、彼女の新たな看板曲となっただけでなく、既に時代を超える歴史的名曲となった感もある「Empire State Of Mind」。今回の来日公演の最大のハイライトとなったこのニューヨーク讃歌もまた、「No One」なくしては生まれなかったものだろう。

 ザ・モーメンツ「Love On A Two-Way Street」(1970)のサンプルを下敷きにした「Empire State Of Mind」は、もともとAngela HunteとJane't "Jnay" Sewell-Ulepicという2人の黒人女性ソングライターによって書かれた完全な歌モノ作品だった。これを送られたジェイ・Zが(サビ部分だけを残して)新たにラップのヴァースを書き下ろし、ラップ+歌という構成に改造。共演歌手としてサビの歌唱を担当するようオファーを受けたアリシアが、“One hand in the air〜”で始まる後半のブリッジ部分を更に書き加え、最終的にこの曲は完成されている。ソングライターとしてのアリシアの貢献は部分的なものに過ぎないが、しかし、この曲は、アリシアのそれまでの音楽的蓄積を最大限に活かすと同時に、彼女をかつてない高みへと引き上げる決定的名作となった。

 ジェイ・Zがストリートの様子をラップで活写するヴァースから、アリシアが歌うサビへ突入する瞬間の凄まじい飛翔感。ここには、手持ちカメラでニューヨークのストリートを歩いていく一人称視点の映像から、マンハッタンのコンクリート・ジャングルを一望する空撮俯瞰映像へ画面が切り替わるような感覚がある(切り替わる、と言うより、マンハッタンの路上から上空へ一気にカメラが上昇していくような感覚、と言った方が適切かもしれない)。等身大の女の子の気持ちを歌ってきたアリシアの作品には、それまでこういう“俯瞰ショット”がなかった。不特定多数の人々をひとつに束ねるような──まさしく、ひとつのフレーム内に収めるような──スケールの大きい巨視的な歌、つまり、(最も分かりやすい例を挙げるなら)「We Are The World」のようなアンセムを歌うための音楽的スキルや歌手としての強度を、アリシアは「No One」でロックを参照しながら身に付け始めた。「No One」は、U2「With Or Without You」と「Pride (In The Name Of Love)」(キング牧師賛歌)を混ぜ合わせたような曲だったが、「Empire State Of Mind」のサビにおいても、ロングトーンを効果的に使用した合唱しやすい明快な歌メロ、メリスマやヴィブラートをほとんど用いない直線的で力強い歌唱法などに、ロックからの影響を強く感じることができる(「Pride (In The Name Of Love)」、B・スプリングスティーン「Born In The U.S.A.」、ボン・ジョヴィ「Livin' On A Prayer」などのサビに近い感覚があると思う。「Doesn't Mean Anything」のサビは明らかにこの感覚を狙ったものだ)

 「Empire State Of Mind」はポップ・ソングとしても秀逸だ。特にアリシアの単独版に顕著だが、この曲のメロディ感覚とコード使いは、実はアバ「Dancing Queen」とよく似ている。ピアノやギターが弾ける人は、試しに「Empire State Of Mind」のキー(F#)を「Dancing Queen」と同じAに変え、2つをメドレーにして歌ってみるといい。きっとその違和感のなさに驚くはずである。曲の原作者であるアンジェラ&ジャネイ、あるいは共作者のアリシアが実際に参照したかどうかはともかく、「Empire State Of Mind」はアバの希代の大名曲の実に巧みな換骨奪胎……という言い方は大袈裟かもしれないが、少なくとも、同種の輝きを持った楽曲であることは間違いないように思われる。この曲には、誰もが思わず口ずさんでしまうような親しみやすさ、聴く者の胸をときめかせる魔法のような響きがある。

 「Empire State Of Mind」は、表向きにはヒップホップとソウル/R&Bの混合曲だが、そこにはロックやポップの要素も多分に含まれている。どの要素も等しく重要だ。だからこそこの曲は、その主題であるニューヨークという街と同様、人種や国境を越えて多くの人々を惹きつける。人種の坩堝であるニューヨークは、音楽の坩堝でもある。様々な音楽の響きを内包したアリシアの歌声が、この街の全体像をワンフレームで見事に捉える。「No One」でのクロスオーバーの試みが、その奇蹟の俯瞰ショットを可能にしたことは間違いない。アリシアにニューヨークの空を飛ぶための翼を与えた曲、それが「No One」だった。

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「Empire State Of Mind」を歌うアリシア('09年11月22日、American Music Awards)

 ジェイ・Zとアリシアは「Empire State Of Mind」を何度も生で共演しているが(アリシアがシャーデーと共演した'10年9月30日の第7回〈Black Ball〉もそのひとつ)、中でも素晴らしいのが、'09年11月22日に行われた第37回アメリカン・ミュージック・アワードでのパフォーマンスである。当時、NHK BSでも放映されたそのライヴ映像は、ハイプ・ウィリアムズ監督の同曲MVも軽く凌駕する、この曲の決定的な映像版と言っていい。

 フランク・シナトラ「New York, New York」をアリシアがピアノの弾き語りで歌うオープニングに続き、21世紀の新たなニューヨーク讃歌が始まる。タキシードと黒のパンツ・スーツで正装したジェイ・Zとアリシアの姿もクールだが、この映像をとりわけ魅力的にしているのは、随所に挿入される客席のスターたちの表情である。何とも言えない顔でステージを眺めるグリーン・デイのビリー・ジョー、サングラスをかけて無関心を決め込むレディー・ガガ、アリシアの“Say yeah!”コールに嬉々として応えるホイットニー・ヒューストン(遺作となった同年の『I LOOK TO YOU』で彼女はアリシアから楽曲提供を受けていた)、拳を突き上げて合唱するペレス・ヒルトン──アリシアの巨大スケールの歌声は、会場にいる全員をニューヨークの俯瞰ショットの中に収めてしまう。どのスターの反応も生々しくて面白いが、この客席映像で何より重要なのは、メアリー・J・ブライジの姿が映ることだろう。アリシアと同じニューヨーク出身の彼女は、「Empire State Of Mind」の制作過程で、当初、ジェイ・Zの相手役に考慮された歌手だった(モーメンツのサンプルがピアノのリフを軸にしていることもあり、最終的にアリシアが共演者に相応しいと判断された)。ヒップホップ時代のクイーン・オブ・ソウルは、明らかにジェイ・Zとアリシアのパフォーマンスを支持している。

 デビュー当初から“新たなソウルの女王”と言われていたアリシア。彼女がメアリー・Jの前で「Empire State Of Mind」を高らかに歌ったこの晩、女王の王冠は完全にアリシアに移ったような気がしないでもない。しかし、そう思った瞬間、大きな疑問が湧く。アリシアの頭上に輝くのは、本当に現代の“クイーン・オブ・ソウル”の王冠なのだろうか? 「Empire State Of Mind」は、メアリー・Jが歌っても間違いなくヒットしたはずである。しかし、仮に彼女が歌った場合、サビが喚起する映像は、ニューヨークを空撮で俯瞰するものではなく、ビルの屋上から水平にマンハッタンのスカイラインを眺めるような、もっと人間くさい視点になっていたように思う。ソウルやR&Bの枠組みを超えたアリシアの歌声だからこそ、鳥のように(あるいは神のように)ニューヨークを上空から一望することができた。アリシアには、もはや“クイーン・オブ・ソウル”の称号など必要ない。

 アリシア・キーズの表現は、既にマイケル・ジャクソンに近い領域に達していると思う。ビヨンセやリアーナのようなR&B系のポップ・スターは別にして、ネオ・ソウル系のアーティストでアリーナ級の会場を埋められるのも、考えてみればアリシア・キーズくらいのものである(他には、それこそシャーデーくらいしか思いつかない)。アリシアの音楽は、その尻に比例して、どんどんスケールを増している。今回の横浜アリーナ公演は、まさにそのことを体感させるものだった。マックのハンバーガーとアリシアの尻は、一体どちらがより大きくなるだろう。同時代に彼女のような歌姫がいてくれることを、私は本当に頼もしく、そして、有り難く思うのである。I love you, Alicia!


00. Intro: Streets Of New York - Empire State Of Mind [snippet]
01. Karma
02. You Don't Know My Name
03. Tears Always Win
04. Listen To Your Heart
05. Like You'll Never See Me Again
06. A Woman's Worth
07. Diary
08. Un-Thinkable (I'm Ready)
09. Try Sleeping With A Broken Heart
10. Fallin'
11. You're All I Need To Get By [performed by Whitney Keaton & Raphael Smith]
12. When It's All Over
13. Limitedless
14. Unbreakable
15. Brand New Me
16. If I Ain't Got You
17. No One
-encore 1-
18. New Day
19. Girl On Fire
-encore 2-
20. Empire State Of Mind (Part II) Broken Down
Outro: Hidden track from the Girl On Fire album [screen video]

Yokohama Arena, Kanagawa, November 18, 2013
Personnel: Alicia Keys (vocals, piano, keyboards), Al Carty (bass, musical director), Jermaine Parrish (drums), Brandon Coleman (keyboards), Hanan Rubinstein (guitar), Whitney Keaton, Raphael Smith (backing vocals), Jermel McWilliams, Santron Freeman, Brandon Mitchell, Jian Pierre-Louis (dance)


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 会場ではツアーグッズも販売されていた。Tシャツ、パーカー、タンクトップ、ポスターもあったが、一番人気はもちろんパンフレット。Rankinによるクールな撮り下ろし写真をふんだんにフィーチャーした全34ページの超美麗写真集。印刷のクオリティもハンパない。アメリカ版をそのまま持ち込んだもので、通常版(2000円)とハードカバー版(3000円)の2種類があった(後者は単純に表紙がハードカバーになっているだけで、印刷や紙質も含め、中身は通常版と全く一緒)。私は開演前に通常版を購入。終演後、このパンフは売り切れになった。


追記('13年12月1日):
 “ピアノの上に立ってアリシア登場”という誤記を訂正。コンサート幕開けの登場時、アリシアはピアノの上ではなく、実際にはステージ後方の高台の上に立っていたようだ(横浜アリーナ公演のオーディエンス動画で確認)。ピアノの上に立っている日もあるが、ステージ後方から登場するのが基本らしい。私の席は、アリシアが立っている位置すら分からないほど遠かった(泣)。記事内に掲載したドバイ公演の写真も、(ピアノの上に立っているように見えるが)実際にはステージ後方の高台の上に立っていることがYouTubeのオーディエンス動画で確認できた。



Alicia Keys - NO ONE (killer b remix)
Alicia Keys in Japan [November 2007]
シャーデー、アリシア・キーズと共演!

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