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Robert Palmer──パーマー娘におぼれて(part 1)



 デビュー当初のシャーデー・アデュの濃いメイクを見ると、私はついついロバート・パーマーの音楽ヴィデオを連想してしまう。分厚いファンデーション、どぎついアイシャドウに真っ赤な口紅、髪をオールバックに撫でつけた均一なルックスの無表情な女性モデルたちが登場する有名なヴィデオである。「Addicted To Love(邦題:恋におぼれて)」(1986)が代表的だが、モデルを使った同路線のヴィデオは全部で4本作られていて、このシリーズは当時の音楽界を大いに賑わせた。'80年代のMTV世代で、これらのヴィデオを知らない人はいないだろう。後に数多くのパロディも生んだ、音楽ヴィデオ史に残る名作である。

 '03年9月26日、休養先のパリで心臓発作のため54歳という若さで他界してしまったロバート・パーマー。'13年の今年はちょうど彼の没後10年に当たる。私は小学生の頃からずっとロバート・パーマーのファンで、彼についてはいつか何か書きたいと思っていた。今年の冬はゆっくりこの不世出の歌手を偲ぶことにしたい。

 ロバート・パーマー追悼特集、まずは、モデルたちの佇まいがシャーデーっぽい(?)という理由により、彼を一躍有名にした──そして、私が彼のファンになるきっかけにもなった──'80年代の一連のモデルおネエちゃんヴィデオを振り返る。


ADDICTED TO THE PALMER GIRLS

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ロバート・パーマーとテレンス・ドノヴァン

 ロバート・パーマー Robert Palmer(1949〜2003)は、イギリス、ヨークシャー出身のブルーアイド・ソウル歌手。ジ・アラン・ボウン、ヴィネガー・ジョーでヴォーカルを務めた後、'74年にソロ・デビュー。リズム&ブルース、ソウル、ファンク、ジャズ、レゲエ、カリブ音楽、アフリカ音楽から、ロック、メタル、テクノ・ポップに至るまで、その音楽嗜好は呆れるほど幅広く、様々な音楽を手元に引き寄せるサウンド・スタイリスト的な表現で多くの音楽ファンから愛された。一般的にはロック・シンガーとしてのイメージが強いと思うが、もともとパーマーはロック圏外で黒人音楽を憧憬し、ひたすらそのソウルを咀嚼しながら切磋琢磨してきたようなアーティストである。この人の音楽には、何をやっても根底に必ず熱いソウル・フィーリングが流れている。たとえロックをやっても、ロック特有の怨恨感情や反逆精神とは無縁であるため、凡百のロック・アーティストには望めない“軽み”があるのも大きな魅力(この人は端から何も背負っていないのだ)。常に余裕のマイペースで身軽に様々な音楽に身を染めながら、独自のソウル道を貫いた。これほど“粋”という言葉が似合う白人シンガーも珍しい。

 通好みのアーティストだった彼が世界的な大ブレイクを果たしたきっかけは、ジョン・テイラー&アンディ・テイラー(デュラン・デュラン)+トニー・トンプソン(シック)と組んだ'85年のセッション・プロジェクト、ザ・パワー・ステーション。バーナード・エドワーズ(シック)のプロデュースによるそのハード・ロック・ファンク路線の成功を受けて、引き続きエドワーズ&トンプソンを起用して同じ方向性で制作されたのが、「Addicted To Love」(全米1位)を含む、同年11月発表のソロ作『RIPTIDE』だった。伝説のモデルおネエちゃんヴィデオがここで誕生し、音楽とヴィデオ両方の大当たりによって、パーマーは柄にもなくトップ・スターの座に就いてしまうのである。

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テレンス・ドノヴァン撮影──ナンシー・クワン(1963/左)、ツイッギー(1966/右)

 一連のヴィデオを監督したのは、イギリスのファッション写真家、テレンス・ドノヴァン Terence Donovan(1936〜96)。かつてセシル・ビートンによって、デヴィッド・ベイリー、ブライアン・ダフィーと共に“Terrible Three(恐るべき3人)”と称された、'60年代スウィンギング・ロンドンの申し子のような人物である。エッジーなモノクロで時代を活写し、元祖スター・フォトグラファーの一人として当時のユース・カルチャーの一翼を担った。'63年にヴォーグ誌の表紙を飾り、女性のヘアスタイルに革命を起こしたヴィダル・サスーンのボブ・カットのお披露目となったナンシー・クワンの写真(上)は特に有名。'60年代以降は映像作品も手掛けるようになり、ファッション写真を撮り続けながら、数多くのテレビ広告を制作。'80年代には音楽ヴィデオの監督としても活躍した(映画監督としても'73年に『Yellow Dog』なるスパイ・アクションものを1本残している)。ロバート・パーマーの一連のヴィデオは、映像作家としてのテレンス・ドノヴァンの最大の代表作となる。

 ヴィデオはドノヴァン側からのアプローチによって実現し、すべて彼に一任するかたちで制作されたという。パーマーのアルバム・カヴァーには昔から女性モデルをフィーチャーしたプレイボーイ的なものが多く、ヴィデオのコンセプトは彼のイメージにもぴったりだった。これら名作群を残した両者も今では故人。2人を偲びつつ、以下、この栄光のモデルおネエちゃんシリーズをひとつずつ振り返ることにしよう。


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RIPTIDE (1986)
Directed: Terence Donovan

 プロローグとなるシリーズ第一弾は、アルバム表題曲「Riptide」。ルース・エティングが'34年に吹き込んだ激渋バラードのカヴァー。“古い恋と新しい恋の波間に揺れて”という歌詞に倣い、ここには2人の女性モデルが登場する。人気のない霧の舗道をコート姿で思いきり気取りながら歩くパーマーは、この2人の女のことを考えているのだろう。モデルはスタジオで撮影中で、ドレッシング・ルームではテレビ画面に「Riptide」を歌うパーマーの姿が映る。フォト・セッションの現場を切り取ったような演出が、いかにもファッション写真家の作品らしい。モデルの容姿は全4本の中でもトップランクで、どちらも文句なしの美人。最後に挿入される、2人が涙を流すカットがとても美しく印象的だ。女2人で嬉しさ2倍な『DOUBLE FUN』(1978)ジャケの傷心ヴァージョンといった趣もある。女泣かせのパーマー! 以降の3作は、ここで舗道を歩いているパーマーの想念の具現化と解釈できる。彼には2人のどちらかを選ぶことなどできない。2人とも泣かせたくない。ならば、桃源郷へ飛ぶしかないのだ(マストロヤンニのように!)。

 「Riptide」はパーマーのヴィデオ集『VIDEO ADDICTIONS』(1992)にも収録されているが、そちらはモノクロ版で、しかも前半部分が大幅にカットされている。オリジナルのカラー全長版がDVD化されていないのは残念だ(以前、YouTubeで公式に映像がアップされていたが、現在、なぜか消えている)


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ADDICTED TO LOVE (1986)
Directed: Terence Donovan

 永遠の名作。後に量産されるパロディ群のオリジナルがこれだ。シリーズ全4本の中でこれが最も簡潔明瞭で、その分インパクトがあり、尚かつ完成されている。やはりこれだけはどうしても超えられない。

 ミニスカート&マネキン・メイクのパーマー娘がここで誕生。人数は2人から5人に増え、パーマーの後ろでバンド役を務めている。モデルたちに演奏技術があるわけもなく、適当に楽器を持って身体を揺らしているだけ。音楽ヴィデオのフェイクを逆手に取ったこのいい加減さが実にクール。最後までワン・セット、ワン・アイデアの映像で見事に押し切る。パーマー曰く、撮影は20分で終わったという。

 カメラはモデルの身体を舐め回すように動く。分厚い化粧で画一化され、個性を剥奪されたマネキンかアンドロイドのようなモデルたちは、男の欲望によってデフォルメされた幻想の女であり、同時に、男性社会に蔓延る紋切り型の女性イメージに対する痛烈な皮肉でもあるだろう(男性ミュージシャンの音楽ヴィデオに出てくるマスコット・ガールたちが、いつも同じようなセクシー・キャラであることを思い出そう)。彼女たちを侍らせて歌うパーマーは、いわばハレムの主。しかし、彼は裸の王様でもあるのだ。このヴィデオが男尊女卑的でありながら、どこか憎めず、笑いを誘って多くの人々から愛される理由がそこにあると思う。こんな王様を演じられるのは、本物のいい男だけである。

 フェリーニの『8½』(1963)に、マルチェロ・マストロヤンニ演じる主人公の映画監督が、妻と愛人の女たちが皆で仲良く同居するハレムの光景を夢想する、バカバカしくも男の共感を誘う漫画チックな場面があるが、私はこの作品にそれと非常に近いものを感じる(男が考えることはいつも同じなのだ)。マストロヤンニがそうであったように、黒スーツに黒タイ姿のパーマーは、ここでも監督の分身と言えるのではないだろうか。

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パトリック・ナゲルの美人画(右下はデュラン・デュラン『RIO』でお馴染み)

 モデルたちの独特な容姿は、アメリカのイラストレーター、パトリック・ナゲル Patrick Nagel(1945〜84)が描いた女性像から影響を受けていると言われる。'70年代からアメリカのPlayboy誌に連載された彼のイラストは、シャープな描線と上品な色使いで若い白人女性を描いたもの。均一な顔立ちでクールな表情を浮かべる独特のマネキン的な女性像は、“ナゲルの女(Nagel Woman)”と呼ばれて人気を博した。彼のイラストはデュラン・デュラン『RIO』(1982)のジャケットで音楽ファンにもよく知られている。女性モデルたちをフィーチャーしたフェティッシュなヴィデオ「Girls On Film(邦題:グラビアの美少女)」(1981/ゴドレイ&クレーム監督)を含め、パーマーのモデルおネエちゃんヴィデオには、パワー・ステーションから引き続きデュラン・デュランとの接点が認められる。

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江口寿史(左)と鶴田一郎(右)の美人画(ひばりくんは男だが……)

 大胆な構図、色ベタの簡潔な背景、鮮やかな色彩感覚などにおいて、日本の浮世絵やアール・デコからの影響が指摘されるパトリック・ナゲルの作風は、さながらポップ・アートを通過した竹久夢二の美人画、その'80年代西洋版といった趣である。'80年代には浮世絵の本家である日本でも似たような意匠のイラストが人気を呼んだ。鈴木英人によるシャープなタッチの風景画(FM STATION誌表紙/1981〜88)、鶴田一郎による切れ長の目が印象的なシャーデー風(?)の美人画(ノエビア広告 /1987〜97)などがそれだが、パトリック・ナゲルと最も親近性がある同時代の日本の絵師は、江口寿史(『ストップ!! ひばりくん!』/1981〜83)ではないかと思う。彼が描くポップ・アート調の美人画には、男たちのフェティッシュな欲望を刺激する、今で言うところの“萌え”の要素が多分に含まれていた。Playboy誌で男性読者の目を楽しませたパトリック・ナゲルの美人画は、その西洋版のようなものである。ナゲルの描く“萌え娘”に(江口の女のように)ギターを持たせて実写化したのが「Addicted To Love」だと考えた時、私は自分がこのヴィデオに惹かれる理由が非常に腑に落ちた。ナゲル経由の浮世絵テイストは、夕焼けのように見える背景の書き割り、常に正面アングルで人物を捉える二次元的な画面構成にも見て取れる。パーマーの背景は、要するに、すべて“イラスト”なのである。

 『ストップ!! ひばりくん!』の6年後、同じく週刊少年ジャンプに登場した桂正和の漫画『電影少女』(1989〜91)は、男子の悶々とした性的妄想をより細密かつフェティッシュに描いて人気を博した。『電影少女』の英題──および、元になった読切作品の題名──は“ビデオガール(Video Girl)”と言い、そのストーリーは、レンタルビデオ店で借りてきたビデオテープから飛び出した少女が、恋愛下手な主人公の少年を手助けするというものだった単行本の表紙画はアール・ヌーヴォー風で、ナゲル作品と同じく古典的な美人画の様式を受け継いでいる)。“グラビアの美少女”は、「Addicted To Love」でイラストからビデオガールに変身し、『電影少女』で今度は実体としてテレビ画面から飛び出した。彼女たちは観音菩薩のように次々と姿を変え、世の悩める男子たちを救済するのである。

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「Addicted To Love」ジャケット表裏(モデル:Julie Pankhurst/撮影:Ashworth)

 「Addicted To Love」に出演している女性モデルは、左から順に、Julie Pankhurst(キーボード/21歳)、Patty Elias(ギター/20歳)、Kathy Davies(ドラム/24歳)、Mak Gilchrist(ベース/21歳)、Julia Bolino(ギター/19歳)。5人とも当時ロンドンに在住していたモデルで、監督のテレンス・ドノヴァンによってキャスティングされた。撮影場所はロンドンのHolborn Studiosの地下で、撮影期間は1日。午前中にメイクや衣裳合わせなどモデルたちの準備があり、午後にパーマーが到着。朝8時頃に始まり、夜7時頃には完全にクランクアップしたらしい。集団ショットの撮影自体は2〜3テイクで完了。モデルたちの証言によると、撮影現場でパーマーは彼女たちにとても礼儀正しく優しかったそうだ。また、パーマーの奥さんも現場にいたという(笑)。

 鍵盤役のジュリーは「Addicted To Love」シングル盤ジャケットにも登場。5人の中では彼女が最も美人だと思うが(これは衆目の一致するところではないだろうか)、彼女は素顔もやはり綺麗である。可哀想なのは一度もアップで映らないドラム役のキャシーだが、これに関して本人は“悪い子はいつも後ろに追いやられるのよ!”とコメントしている。ジュリーによると出演料は500ポンドで、これは当時のモデルの音楽ヴィデオ出演料の標準的な額だったそうだ。ギター役のパティはシリーズ第三弾「I Didn't Mean To Turn You On」にも引き続き出演している。

 「Addicted To Love」に出演した5人のモデルは、Noblemaniaというブログの'13年7月24日付け記事でインタヴューを受けている。個別取材ながら5人全員が揃った画期的なインタヴュー記事で、各人の近況や素顔の写真なども含め、本人たちの当時の回想が詳細に纏められていて大変面白い(上記の情報もそこから得た)。このブログは、'80年代の音楽ヴィデオに出演していた女性を探し出して取材する“The Girl in the Video”という特集連載(“あの人は今”の'80年代音楽ヴィデオ版)をやっていて、他にもアーハ「Take On Me」、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース「I Want A New Drug」、ZZトップ「Legs」、マイケル・ジャクソン「Smooth Criminal」(『ムーンウォーカー』)といった有名ヴィデオの“あの娘”が登場しているので、暇な'80年代MTV世代には一見をお勧めしておく。

 一方、ロバート・パーマー自身も後年にこの作品を振り返っている。彼の死から2日後に当たる'03年9月28日付けSunday Mirror紙に、「Addicted To Love」ヴィデオに関するパーマーの生前のコメントが掲載された。これがまた実に興味深い。

「〈Addicted To Love〉のヴィデオを撮った時、自分がどこにいたかは覚えてるよ。君はこのヴィデオを初めて観た時、どこにいたか覚えているかな? 僕はスタジオでブルーバックを背景に歌った。残念ながら、あの娘たちと同じ場所にはいなかったんだ。撮影はどんな感じだったか、とよく訊かれるんだが、実際には楽しくなかった。ちっとも面白くなかったよ。僕とカメラとブルー・スクリーンだけなんだから。今度観る時、よく注意してごらん。僕が本当はそこにいないのが分かるから。とはいえ、とても巧くできてるよね。ただ、監督のテレンス・ドノヴァンはちょっと女性差別的で、あれは僕ではなく、彼のファンタジーだろうね。それでも、いまだに古くないし、いま観ても結構いいよね」

 何〜! こ、これがクロマキー!? そう言われて再び見ても、とても信じられない。どう見てもパーマーとモデルたちは同じ場所にいるように見える。当時の技術でこんな自然な合成が可能なのか。脚もとや影に注意しても、これが合成だとは到底思えない。第一、こんな単純なヴィデオをクロマキーで撮る必要などないではないか。そして何より、ロンドンの地下スタジオで一緒に撮影したという5人のモデルたちの証言がある。クロマキーであるはずがないのだ。では、パーマーは嘘を言っているのか。そんなわけはない。恐らく、彼は記憶違いをしている。クロマキーを使ったのは、後の「Simply Irresistible」ではないだろうか。大勢のモデルが出演するそれならば、パーマーと別撮りする理由もあるからだ。そう思って「Simply Irresistible」を見ると、パーマーの背景がブルーバックに見えてくる?!

 実際に使用されているかどうかはともかく、クロマキーという映像技術は、このモデルおネエちゃんシリーズを考える上で非常に重要なヒントになると思う。リアリティが希薄な、取って付けたような二次元的(イラスト/漫画的)背景、そこに生じる皮肉とユーモアこそ、このシリーズの肝に違いないからだ。


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I DIDN'T MEAN TO TURN YOU ON (1986)
Directed: Terence Donovan

 「Addicted To Love」の成功を受けて作られた第三弾。ジャネット以前のジャム&ルイスの歌姫、シェレールの'84年のヒット曲のカヴァーだが、こちらの方が有名になってしまった。“その気にさせるつもりじゃなかったの”という女の子向けの歌詞を中年パーマーが歌うところに味があって、ヴィデオではカマトトぶった表情も見せている。こうしたユーモアのハマり具合もパーマーならではだ。

 バンド役のパーマー娘は「Addicted To Love」と同じく5名だが、更にダンサー役の4人、撮影クルー役の2人が追加され、計11人に増えている。ダンサーが加わったのが効果絶大。もちろんプロのダンサーであるはずもなく、はっきり言って場末のキャバレーの出し物レベルの踊りなのだが、その素人くささが絶妙にエロくて良い。このヴィデオの振付がいまだ不思議と古さを感じさせないのは、それが男の不変のツボを押さえているからかもしれない(振付師は誰だ?!)。ここでもカメラは男の視線で女体を捉えている。どうでもいいが、このヴィデオの中では一番右の踊り子が私は一番好きだ。「Addicted To Love」に出演していたパティは、左側のギター役だろうか?

 背景の街並みが飽くまで書き割りであるという点には、パトリック・ナゲルの美人画や浮世絵の二次元的で人工的な感覚を実写に取り入れようとする意図が引き続き感じられる。屋外でロケ撮影したら、このヴィデオの興趣は致命的に損なわれるはずである。イラスト的なマネキン・メイクのモデルたちも含め、パーマーの背景は、文字通り、男のファンタジーを描き出した“書き割り(幻影)”であり、ゆえに──技術的に合成は使われていないにもかかわらず──このヴィデオは前作同様、どことなくパーマーがブルーバックを背にして歌っているような奇妙な印象を与える。この連作に最終的にクロマキー合成が使われるようになるのは、技術的・便宜的と言うよりは、芸術的な必然と言うべきだろう。

 美術は毎回素晴らしいが、ここでは書き割りに描かれた緑、フロアの白、黒い衣装のコントラストがシックで、曲のクールなイメージとバッチリ合っている。フィルム撮りならではの発色も実に美しい。ファッション畑の人間の仕事だけあって、この辺りの美的センスは文句のつけようがない。モデルの人数、演出のさじ加減も丁度良く、4本の中で私はこの作品に最も色気と洒脱さを覚える。パーマー自身の一番のお気に入りもこれだそうだ。


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SIMPLY IRRESISTIBLE (1988)
Directed: Terence Donovan

 2年後に発表された『HEAVY NOVA』からの1stシングル曲。シリーズ最終作となる第四弾は、お洒落でシックなパーマー娘がワンサカ登場。人数はもはや不明である。単純に数を増やせばいいという話なのか? そういう話なのだ。女はたくさんいたほうが良いに決まっているのだ! このシンプルな発想が実に偉い。モデルの顔のアップに続き、イントロの“ジャーン”の部分で全景が映し出された瞬間のパーマーの照れくさそうなニヤけ顔がたまらない。まったく期待を裏切らない男である。

 これまでモノトーンだったコスチュームはカラフルにヴァージョン・アップ。アグレッシヴな曲調に合わせたフィジカルなミニで、露出度は過去最高。唯一、間奏の部分だけ白いギターを弾く女(手元のみ)が登場するものの、バンド役は消え、モデルたちは踊っているか、単にクネクネしているかのいずれかである。床で身を捩らせている女、下半身をプルプルさせている女、わけもなく悶えている女。あるいは、ずらりと並ぶ胸の谷間、躍動する下半身の群。水をかけられてクルクル回る水着女まで出てくる。画面は絶えず女体が溢れるハレム状態。4作目へ来て、呆れるほどエロさが増している。お色気ダンスの切れ具合も相変わらず凄い。'60年代にはいつも綺麗なモデルをロールスロイスに乗せてドライヴしていたらしいテレンス・ドノヴァン。この圧巻の作品は、テレンス・ドノヴァンにとって夢の'60年代ハレムの完成型なのかもしれない。

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パトリック・ナゲルの水着美女(これ、そのまんまだろ!)

 '88年当時、〈ベストヒットUSA〉で「Simply Irresistible」が放映された際、小林克也が、ここでパーマーの着ているスーツがアルマーニであると解説していたことを私は記憶している。それはいいとして、これらの連作でモデルたちの衣装を手掛けているのは誰なのか。重要な点だが、振付師も含め、残念ながら情報が見つからない。

 ちなみに、「Simply Irresistible」は目を開くモデルの顔のアップで始まるが、これは偶然にもシャーデー「Your Love Is King」(1984)の始まり方と同じだったりする。シャーデー・アデュの初期のルックスというのは、要するにパトリック・ナゲルの美人画的であり、オバQに似ている点も含め、何気に二次元キャラ的な萌え要素を含むものだったということにここで気付く。彼女がマドンナと並ぶセックス・シンボルになったのは当然と言えば当然だろう(マドンナは「Material Girl」で『紳士は金髪がお好き』のマリリン・モンローに扮したが、「Your Love Is King」でアデュがさり気なく『七年目の浮気』のマリリン風の白ドレスを着ている点にも注目したい)


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PEPSI AD: SIMPLY IRRESISTIBLE (1989)
Directed: Terence Donovan

 これは番外編。パーマーは'89年にペプシのテレビ・コマーシャルに出演していて、これが「Simply Irresistible」の自己パロディになっている。ペプシが “Irresistible(堪えられない)”というわけである。モデルの数は更に増えているようで、衣装のヴァリエーションもオリジナルを越えている。ここまで来ると完全にわけが分からない世界だ。マネキンのような水着美女たちをバックに、スーツ姿で歌う中年男。背景の青空がいかにもちぐはぐである(一応、赤と青のペプシ・カラーに合わせているのだろうが)。まるで秘宝館のアトラクション並みにシュールな光景。目まぐるしいスピードでカットが切り替わり、とにかく意味もなく女が溢れ返る。朝昼晩、女女女。ここは女の都か。ここまで強烈だと夢に見てうなされそうだ。最後はモデルからペプシを渡されてニッコリ笑うパーマー。“A Generation Ahead(時代先取り)”のテロップ。やりすぎである。いい加減にしろ、とハタきたい。

「ペプシのコマーシャルは〈Addicted To Love〉と同じくテレンス・ドノヴァンが監督した。この時は実際に僕はその場にいた。いや、別に撮影前も撮影中も撮影後も(モデルたちとは)何もなかったよ……。もともと自分のヴィデオのパロディはやりたくなかったんだけど、他の誰かにやられるなら自分でやっちまえと思ったのさ」(28 Sep 2003, Sunday Mirror)

 「Addicted To Love」は合成で、こちらは合成ではないと言うのか? むしろ、このCFの方がどう見てもクロマキーっぽいではないか。確かに、最後の場面でパーマーにペプシを手渡すモデルは合成のようには見えないが……。ここには「Addicted To Love」のジュリーとパティも出演しているらしいが(本人証言)、どれだかさっぱり分からない(笑)。ペプシ版「Simply Irresistible」は、尺、編集、使用カットなどが異なる複数のヴァージョンが制作されているが、いずれも未ソフト化。後にこのCFは、ブリトニー・スピアーズを起用して歴代ペプシCFを再現した「The Joy Of Pepsi」(2001)でも取り上げられている('89年のオリジナルCF背景映像にスーツ姿のブリトニーを合成)


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CHANGE HIS WAYS (1989)
Directed: Julian Caidan
Conceived and Designed: Massimo Mattioli

 『HEAVY NOVA』収録の名曲「Change His Ways」のヴィデオは、イタリアの漫画家、マッシモ・マッティオーリが描いたキャラクターが活躍するアニメーション作品。アヒル風の主人公が女の子を追いかけ回すドタバタ・アニメの合間に、「Addicted To Love」の自己パロディが登場する。楽器を演奏するアヒル口のコミカルな美女たちのアニメ映像をバックに、パーマー(実写)がとぼけた表情で歌う。「Addicted To Love」を模した場面(美女の脚を見せるティルトダウン、舌を出す美女のカット)や、曲のアレンジに合わせてアコーディオンやヴァイオリンを弾く美女が登場するあたりも楽しい。監督のジュリアン・カイダンは、「Simply Irresistible」を除く『HEAVY NOVA』のヴィデオ群をまとめて手掛けた人物(ヴィデオ集『SUPER NOVA』として発売)。テレンス・ドノヴァンによって三次元化されたグラビアの美少女たちは、最後の最後に元の二次元に戻った。しかも、キュートなアヒルさんになって! なんて素晴らしいオチだろう。実写のパーマーとアニメの美女たちをクロマキーで合成したこの作品は、モデルおネエちゃんシリーズの種明かしのようでもある。これもまた番外編的な作品には違いないが、真の最終作と呼ぶに相応しい逸品だと思う。このウィットと軽みこそロバート・パーマーである。


CAUGHT IN THE RIPTIDE──モデル美女の呪い

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第1回インターナショナル・ロック・アワードに出演したパーマー

 その昔、アメリカにインターナショナル・ロック・アワードという音楽賞があり('89〜91年。3回で終わった)、'89年5月31日にニューヨークで行われたその第1回で、ロバート・パーマーはヴィデオのモデル美女たちを従えて「Simply Irresistible」を歌ったことがある。ショウのトップバッターだった彼は、まず『HEAVY NOVA』収録の「Tell Me I'm Not Dreaming」(ジャーメイン&マイケルのカヴァー)のパフォーマンスを行い、その後、“今夜のホステス役を紹介します”と言ってモデルたちをステージに招き入れ、「Simply Irresistible」を抜粋版で軽く披露した(残念ながら2曲ともリップシンク)。'86年ツアーでバンドの女性メンバーにそれ風の格好をさせていたことはあるが、彼がヴィデオのモデル美女たちを実際にステージに登場させたのは、私の知る限り、この一回だけである。豪華な式典ゆえの特別サービスだったのだろう(授賞式の最中、モデルたちは受賞者にトロフィーを運ぶアシスタント役──『欽ちゃんの全日本仮装大賞』におけるバニーガール的な役割──を務めた)

 いくらヴィデオが人気を集めようと、ロバート・パーマーが自分のコンサートにヴィデオの演出を持ち込むことはなかった。彼のライヴは常にギミックなしの直球勝負だった。音楽とヴィデオを明確に区別していたパーマーではあるが、モデルおネエちゃんシリーズの予想を超える大ヒットにはさすがに振り回された感がある。ペプシCFや「Change His Ways」での自己パロディは、自分で自分を笑い飛ばし、重荷から逃れるための彼なりの方策だったに違いないが、しかし、“美女を侍らせて歌うダンディなロック歌手”というイメージはどこまでもしつこく彼に付きまとうことになる。ロバート・パーマーに降りかかった女難(モデル美女の呪い!)は、「Addicted To Love」〜「Simply Irresistible」のハードロック路線を必要以上に踏襲し続けた'90年代作品に顕在している。古巣のIslandを離れて移籍したEMI('88年〜)で“ヒットを出さなければ”という重圧もあったのかもしれない(もちろんEMI時代も一定の水準は保っていたし、『RIDIN' HIGH』のような開き直りの大傑作も生まれたが)。このあたり、『甘い生活』でプレイボーイを演じ、『8½』でハレムを夢見たマストロヤンニが、後年、そのツケが回ったように『女の都』で女難に遭いまくる様を見るようで可笑しくもある(本人はたまらないと思うが)。

 そんなパーマーが復調の兆しを見せ始めたのは、EMIを離脱して発表した『RHYTHM & BLUES』(1998)。長すぎたハードロック路線に別れを告げ、彼はそこで自身のルーツである黒人音楽に改めて正対したイーフレイム・ルイスのカヴァーまでやっている!)。そして、次作『DRIVE』(2003)では大胆にブルースに挑戦。ようやく女難から解放され、彼の音楽は再びかつての精彩と自由さを取り戻しつつあった。突然の訃報が届いたのは、ちょうどその矢先である。享年54歳。もし存命なら、その後、彼は悠々自適の音楽生活を送り、充実した作品で私たち音楽ファンを楽しませ続けてくれたに違いない(もしかするとビルボードライブあたりで来日公演も実現していたかもしれない)。本当に残念だ。

 あれから10年。栄光のモデルおネエちゃんシリーズ、そして、数々の名作アルバムを鑑賞しながら、私はロバート・パーマーのウィットと軽みを懐かしく思い出す。誰にも負けない熱いソウルを持ち、欲はなく、決して怒らず、いつも静かにニヤけている。ロバート・パーマーは、まったくいい男だった。こういう男に私はなりたい。



Robert Palmer──パーマー娘におぼれて(part 1)
Robert Palmer──パーマー娘におぼれて(part 1½)
Robert Palmer──パーマー娘におぼれて(part 2)
Robert Palmer──パーマー娘におぼれて(part 2½)
Robert Palmer──'79年のホット・サマー・ナイト

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