2017 081234567891011121314151617181920212223242526272829302017 10

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

エバ・ジェルバブエナ『泥と涙』@新宿文化センター



 エバ・ジェルバブエナの来日公演を観た。
 
 衝撃──このひとことしかない。一応、私は30年ほど音楽ファンをやっていて、英米のポピュラー音楽中心ではあるが、それなりに色々なものを聴いてきたつもりだった。が、今回、彼女の舞台に生で触れ、今まで自分は何も知らなかったんじゃないかと本気で思った。こんな凄いものは観たことがないし、聴いたことがなかった。音楽に対するそれまでの自分の認識がひっくり返されるような体験。生まれて初めて音楽というものに触れた気さえした。これほど圧倒され、感動に打ち震えたことはない。何度鳥肌が立ち、涙が込み上げたことだろう。どれだけ拍手をしてもしきれない。本当に信じられないくらい素晴らしい舞台だった。


Yerbabuena2.jpg
泥と涙
De la Cava, Barro y Llanto
演出/振付:エバ・ジェルバブエナ
作曲/音楽監督:パコ・ハラーナ
出演:エバ・ジェルバブエナ、メルセデス・デ・コルトバ、ロレーナ・フランコ、クリスチャン・ロサーノ、エドゥアルド・ゲレーロ(バイレ)、ホセ・バレンシア、ファン・ホセ・アマドール、エンリケ“エル・エストレメーニョ”(カンテ)、パコ・ハラーナ(ギター)、アントニオ・コロネル(パーカッション)


 エバ・ジェルバブエナ Eva Yerbabuena('70年生まれ/グラナダ出身)は、現代スペインを代表する女性フラメンコ舞踊家の一人。'98年、28歳の時に自身のカンパニーを旗揚げし、これまでに数多くの舞台作品を発表してきた。マイク・フィギス監督のドキュメンタリー作品『フラメンコ・ウーマン』(1997)、フラメンコを題材にした作品を撮り続けるスペインの巨匠、カルロス・サウラの監督作『フラメンコ・フラメンコ』(2010)といった映画への出演でも知られる。彼女の踊りは国内外で高く評価され、'98年にはドイツのコンテンポラリー・ダンスの巨匠、ピナ・バウシュの公演にミハイル・バリシニコフと共にゲストとして招かれもした。'93年の初来日(新宿伊勢丹会館6F、タブラオ〈エル・フラメンコ〉に出演)以来、来日多数。'05年以降は自身のカンパニーを率いて頻繁に来日公演を行っている('05年5月、'06年2月、'07年1月、'09年10月)

 私が彼女の舞台を観るのは今回が初めてだった。フラメンコの舞台を生で観るのもこれが初めてである。私はフラメンコ以前にタップ・ダンスのファンで、タップと同じように足を踏み鳴らしてビートを刻むフラメンコという器楽的な踊りに6年ほど前から興味を持ち始めた。きっかけは、YouTubeで古いミュージカル映画を掘っている時に偶然見つけたカルメン・アマジャという伝説的なバイラオーラ(女性フラメンコ・ダンサー)映画出演映像だった。不思議なことに、そのシャープで力強い踊りは私にマイケル・ジャクソンを思わせた(メリハリのある鋭角的な動き、華麗なポージングなどに顕著だが、マイケルの踊りにはフラメンコ的な要素がかなり見受けられる)。感銘を受けた私は、以後、アマジャのCD/DVDセットを買ったり、サラ・バラス、ホアキン・コルテスといった現代フラメンコ界の代表的な踊り手のライヴDVDを買ったり、カルロス・サウラの一連のフラメンコ映画を観たりしながら、徐々にその魅力に取り憑かれていった。

 エバ・ジェルバブエナの来日公演は、'09年10月のオーチャードホール公演以来、4年半ぶりとなる。前回の来日時も興味を持っていたのだが、ちょうど同時期にあったブロードウェイ・ミュージカル『CHICAGO』の来日公演へ行くことにしていた私は、単純に金銭的な事情でエバの公演を見送ってしまった。今回はその悔いを晴らす好機であり、以前から一度、生で一流のフラメンコを観てみたいと思っていた私にとって絶好の機会でもあった。

 東京公演は新宿文化センターの大ホールで2日間。初日の'14年3月22日に上演されたのが、今回が世界初演となる最新作『泥と涙』、3月23日が日本で初めて上演されるエバの代表作『雨(Lluvia)』('09年、スペインで初演)。2日間でそれぞれ演目が違うのだ。チケット代は12,000円。両日観られるほどリッチでない私は、迷った挙げ句、最新作『泥と涙』を観ることにした。


Yerbabuena3.jpg

 『泥と涙』は、真っ暗闇の中、高い天井から吊り下がった1台の小さな電灯をエバが灯すところから始まった。だだっ広いステージ上にセットらしきものは何もない。後方に鎮座するギタリストとパーカッショニストの演奏に合わせて、黒っぽいロングドレスを着たエバが、時折床を踏み鳴らしながら鋭く舞う。そこへ3人のカンタオール(男性の歌い手)が歌いながら一人ひとり順番に現れる。

 まず、このカンタオールたちの声量に度肝を抜かれた。一応、マイクを通しているようだったが、私がいた1階席22列目まで生音でガンガン響いてくるような凄まじい歌声だった。コンプレッサーのかかったCDやDVDの音声とはまるで印象が違う。カンタオールの生の歌唱がこんなにもダイナミックだとは想像していなかった。スペイン語ゆえ何を歌っているのかさっぱり分からないが、身体の底から沸き上がってくるような彼らの焼け焦げた歌声に私は激しく胸を揺さぶられた。

Yerbabuena4.jpg

 手拍子をしながら歌うカンタオール3名、ギタリスト1名、パーカッショニスト1名がステージ後方にずらりと横一列に並んで座り、その前でエバが取り憑かれたように踊る。鋭く回転し、腕を振り、指を鳴らし、時には両手で身体を叩いて音を出しながら、両足で激しく床を踏み鳴らす。すべてが凄まじい勢いで展開し、いくら凝視しても、耳を傾けても、あまりのスピードと複雑さに、ステージ上で何が起きているのか理解できない。怒濤のように押し寄せてくるサウンドにただただ圧倒されるのみだ。

 ダイナミックで鋭角的な上半身の動きはフラメンコ独特のものだが、足の使い方や音の出し方に限って見れば、バイレ(フラメンコの踊り)とタップには共通点が多い。靴のボール(指の付け根部分)とヒール(踵)、時にトウ(爪先)も使い、様々な打点で音に変化をつけるあたりも一緒だ。しかし、出る音は全然違う。タップシューズの靴底には、ボールとヒール部分にタップチップと呼ばれる薄い金属板が取り付けられているが、フラメンコシューズの靴底には、同じ箇所に小さな釘がびっしり打ち込まれている。密に固まった釘頭で床を打ち、大きな音を出す。フラメンコのダンサーは釘の上で踊っているのである。また、床の打ち方、踏み方自体もタップより強い。私は鑑賞専門の素人なのでよく分からないが、聴いた感じとしては、サパテアード(足を踏み鳴らすバイレの動作)の方が出る音がずっと低い。タップが“カチャカチャ、カタカタ”といった軽い音だとすると、サパテアードは“ゴトゴト、ガタガタ”といった重い音がする。弦楽器に喩えると、タップの音はヴァイオリンのように軽やかで、サパテアードの音はチェロのように重厚なのだ。

 加えて、タップとフラメンコではリズムが全く違う。タップはシャッフルの4拍子が基本だが、フラメンコは直線的で畳みかけるような6拍子や12拍子で踊られることが多い。今回のエバの公演もそうだった。変拍子も当たり前のように多用され、一般的なポピュラー音楽の単純な4拍子のリズムに慣れ親しんだ者の耳には、一体どこが小節の頭なのか、何拍子で曲が進行しているのかさえ分からなかったりする。シンコペーションも恐ろしく複雑だ。行き当たりばったりで演奏しているように見えて、しかし、フラメンコの演者たちは独特のリズム感覚(“コンパス”と呼ばれる)と阿吽の呼吸できちんと通じ合っていて、合わせるところでは全員がバシッと合う。恐らく、演奏しながら意識的に拍数もカウントしていないのだろう。まるでテレパシーか何かで全員がひとつの感情を共有し、それを表現しているような感じなのだ。私には彼らがほとんど異星人のように思えた。

 エバのサパテアードと5人の男たちの演奏はひとつの大きなうねりとなり、どんどん激しさを増していった。釘の上で踊られるバイレ。エバの猛烈な踊りは、本当に自分の血を流しながら感情を表現しているようだった。何という生々しさ、豊かさ、力強さだろう。幾度となく神懸かり的な瞬間が訪れた冒頭の長尺ナンバーひとつで、私は完全に打ちのめされた。全く信じられないパフォーマンスだった。終わった瞬間、場内には割れんばかりの大拍手が響いた。

Yerbabuena5.jpg

 2日目に上演された『雨』が、脚本に沿って一貫したテーマ──エバ曰く“愛を失うこと、無理解、孤独”──について語る作品であるのに対し、私が観た初日の『泥と涙』は、過去の振付や新たなナンバーが混在するアンソロジー的な作品だった。いわばエバによるフラメンコの見本市のような内容で、初めてフラメンコを生で観る私には適していたように思う。

 冒頭でエバがソロで踊った後は、男女3人(男2+女1)の踊り手が登場し、揃った振付で優美な群舞を披露した。続いてパーカッション・ソロ〜再びエバのバイレ・ソロ〜椅子を使った男女3人(男2+女1)のバイレ〜カンタオール3人のソロ歌唱〜最後にエバのバイレ・ソロという構成だったように記憶する(飽くまで記憶なので多少違うかもしれない)

 パーカッション・ソロは、音程のある奇妙な鳴り物を複数使いながら独特のリズムを奏でる大変に面白いものだった。聴いたこともない不思議なサウンドに強く惹きつけられた(ベルの他に使っていた低いロングトーンを出す鳴り物は一体何?)。椅子に座った男女3人が1人ずつ立ち上がって踊るナンバーは、各人のバイレ・ソロを規則性のある動きで結びつけるコンテンポラリー風の振付が印象的だった。カンタオール3人のソロ歌唱は、3人がステージ前方でバイレの動きを交えながら代わる代わる競い合うように喉を披露。歌詞は分からないが、その熱気にひたすら圧倒された。そして、エバの重厚で鬼気迫るバイレ。どれもこれも凄い。

 バイレ・ソロ、群舞、カンテ(歌)などをバランス良くフィーチャーした全体の構成はもちろん、モノクロを基調にしたストイックでミニマルな舞台美術も素晴らしかった。最小限の演出がステージに絶えず緊張感を与え、パフォーマンスの美しさを浮き彫りにしていた。また、PA装置を通して電気的に拡声されている感じが全くしない、ステージからダイレクトに音が聞こえてくる生々しい音響にも深く感動した。何もかもが素晴らしい。小細工なしにフラメンコの真髄を見せつけるような、本当に圧巻の舞台だった。

 上演時間は約65分。最後の5分は延々とカーテンコールだったので、実質的にはちょうど1時間くらいの長さである。1時間で12,000円は高いと思われるかもしれないが、実際にその価値が十分にある舞台だった。音楽観が変わるくらいの体験ができたのだから、私にとってはむしろ安いくらいだった。1曲1曲が終わる度、私は狂ったように拍手していた。これほどまでにエモーショナルな音楽があるだろうか? 決して較べるわけではないが、自分にとってはラスベガスで観たシャーデーのコンサートにも匹敵する貴重な音楽体験となった。この衝撃を私は恐らく生涯忘れることがないだろう。

Yerbabuena6.jpg

 今回の公演では、終演後に15分ほど休憩を挟んで、客電が点いたままの場内で特別にエバのアフタートークが行われた。緞帳が下りたステージ上での、エバと日本人女性3人(司会、通訳、フラメンコ・コーディネーター)による簡単な質疑応答である。日本人女性と並んだ立ち姿を見て、エバがとても小柄な女性であることが分かった。踊っている姿からは想像もつかない実に穏やかな喋り方だった。最後に女性客のひとりから、交流の深かった故ピナ・バウシュとのエピソードを訊ねられ、“彼女との思い出は自分の胸だけに大切にしまっておきたい”と留保しながらも、“自分はなぜ踊るのか──その答えを彼女から教わったように思います”と答えていたのが印象的だった。

 私はフラメンコに詳しくないので、今回のエバ・ジェルバブエナの公演についてあまり大したことは書けない。この文章を通して私が何より言いたいのは、フラメンコの素晴らしさは生で観ないと絶対に分からないということである。先にも書いた通り、以前から私は、フラメンコがどういうものか映像を通してある程度は知っていた。しかし、実際に生で観たそれは、映像とは劇的に印象が異なるものだった。ライヴが録画や録音物と違うのは当たり前なのだが、フラメンコに関しては本当に想像を絶する差があった。フラメンコに少しでも興味を持ったら、是非一度、生のパフォーマンスを体験して欲しい。


※『泥と涙』の出演者は、エバ、バイラオーラ2名、バイラオール2名、カンタオール3名、ギター1名、パーカッション1名の全10名。カーテンコールで全員並んだ時に確認したので間違いない。パンフレットのクレジットでは、ロレーナ・フランコというバイラオーラが“『雨』のみ出演”とされ、『泥と涙』の出演者が彼女を除く9名になっているが、実際には10名だった。
※ステージ画像はいずれも過去の公演。なるべく印象が近いものを選んだが、『泥と涙』とは異なることを断っておく。


エバ・ジェルバブエナ 来日公演 2014
【東京公演】
3月22日(土)18:00開演 『泥と涙』
3月23日(日)15:00開演 『雨』
新宿文化センター 大ホール
【兵庫公演】
3月26日(水)19:00開演 『泥と涙』
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

| Dance to Jazz and All That Jazz | 02:20 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT