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The Walker Brothers──太陽はもう輝かない



 前回、パロマ・フェイスの「Only Love Can Hurt Like This」を和訳しながら、私はずっとウォーカー・ブラザーズのことを考えていた。'60年代の日本ではビートルズと人気を二分したウォーカーズ。私はスコット・ウォーカーの朗々とした端正な歌声が好きで、昔はよく彼らのアルバムを聴いた。私が'60年代の日本の若者だったら、ウォーカーズ派だったかもしれない。

 懐かしくなり、久しぶりにウォーカーズの代表曲「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore(太陽はもう輝かない)」(1966)を聴いたところ、無性に訳してみたくなった。スコット・ウォーカーは言葉をとても丁寧に大切に歌う人で、たとえ単純なラヴ・ソングであっても、一語一句が深く胸に響いてくる。声の深み、表現力の豊かさゆえ、何気ない一節や、たったひとつの単語からも様々なイメージが浮かんでくる。「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」もまさにそんな歌だ。

 「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」は、'65年に発表されたフランキー・ヴァリのソロ・デビュー曲のカヴァー。しかし、これを不動の名曲にしたのはウォーカーズである。イントロの5小節目から出てくるタンバリンの音を聴くだけで胸が締め付けられるような思いがする。スコット・ウォーカーはとっくの昔にこの歌を捨ててしまった。この歌はもう誰にも歌えない。




 The Sun Ain't Gonna Shine Anymore
 (Bob Crewe/Bob Gaudio)
 
 Loneliness is a cloak you wear
 A deep shade of blue is always there
 
 孤独は哀しい隠れ蓑
 まとえば蒼い影がさす
 
 The sun ain't gonna shine anymore
 The moon ain't gonna rise in the sky
 Tears are always clouding your eyes
 When you're without love, baby
 
 太陽はもう輝かない
 空には月も昇らない
 いつでも涙で目が曇る
 愛をなくしたときは
 
 Emptiness is the place you're in
 Got nothing to lose, but no more to win
 
 心は空しいがらんどう
 失うものも得るものもない
 
 The sun ain't gonna shine anymore
 The moon ain't gonna rise in the sky
 Tears are always clouding your eyes
 When you're without love
 
 太陽はもう輝かない
 空には月も昇らない
 いつでも涙で目が曇る
 愛をなくしたときは
 
 Lonely, without you baby
 Girl I need you
 I can't go on
 
 寂しいよ 君なしでは
 そばにいておくれ
 やっていけないよ
 
 The sun ain't gonna shine anymore
 The moon ain't gonna rise in the sky
 Tears are always clouding your eyes
 The sun ain't gonna shine anymore
 When you're without love, baby
 
 太陽はもう輝かない
 空には月も昇らない
 いつでも涙で目が曇る
 太陽はもう輝かない
 愛をなくしたときは
 
 
 この訳になるまで4日かかった。サビは5分で決まったが、Aメロ部分で延々と悩んだ。

  Loneliness is a cloak you wear
  A deep shade of blue is always there
  
  Emptiness is the place you're in
  Got nothing to lose, but no more to win
  
 特に1番が難しい。文章自体は平易だが、いかにも英語らしい抽象的で詩的な表現を自然な日本語に置き換えるのが難しい。
 
  孤独 それは君の身を包むマント
  ブルーの深い闇がいつもそこにある
 
 歌メロを意識しながら直訳するとこうなる。これでも何となく意味は分かるが、これは絶対に日本人が書かない文章である。もちろん“you”(失恋した人)を“君”と訳出するのもNGだ。
 
 原文のニュアンスをできるだけ忠実に日本語に移植しようと試行錯誤を重ねたが、どうしても生硬で不自然な日本語になりがちだ。原文はちっとも変な英語ではない。簡潔明瞭な実に美しい文章である。


“cloak”とは何か?

Walkers_Sun2.jpg

 「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」を訳す上で最も重要なポイントのひとつは、“cloak”の解釈だと思う。“cloak”はホテルや劇場などにあるクロークルームのあの“クローク”のことで、それ自体は“外套(マント)”の意味である。グーグルで画像検索すれば一発で分かるが、魔法使いやジェダイの騎士が着ているような、ゆったりとした袖なし外套のことを指す。中世の騎士のように颯爽としたスコット・ウォーカーには、この“cloak”という語がよく似合う。

 身体全体を覆って自分と外部を遮断する“cloak”は、恋に破れた“you”の孤独感(loneliness)を暗喩している。“cloak”には“仮面、擬装、隠れ蓑、カモフラージュ”という意味もあり、これが歌詞に深みを与えると同時に、和訳を困難にしている。

 “cloak”という名詞は、“覆い隠す”という意味の動詞にもなる。“cloak”とは、覆い隠す──つまり、実体を見えなくする“何か”である。そして、それは身につけるもの(衣類・装身具)である。歌詞の文脈を踏まえて、私が“cloak”の訳語として最も相応しいと思った日本語は“石ころぼうし”だった。

Walkers_Sun3.jpg
「石ころぼうし」──誰にも気にされなくなったのび太

 “石ころぼうし”は、藤子不二雄『ドラえもん』の中の一篇「石ころぼうし」(てんとう虫コミックス『ドラえもん』第4巻収録)に登場するドラえもんの秘密道具のひとつである。割と使用頻度が高い道具なので、ご存じの方も多いだろう。

 パパやママからあれこれ言われるのを煩わしく思ったのび太が、“だれにも気にされない機械”を出してくれとドラえもんに頼む。少し躊躇しながら、ドラえもんはのび太に“石ころぼうし”を与える。それを被った者は、道端に落ちている石ころのように誰からも気にされなくなる。最初は石ころぼうしの効果を楽しんでいたのび太だったが、やがてぼうしが脱げなくなってしまう。絶対の孤独の底に突き落とされ、のび太は泣き叫ぶ。その叫びは誰の耳にも届かない。

 石ころぼうしは使用者を透明人間とほぼ同じ状態にする道具だが、見えているのに気にされない、認識されない、という設定が何とも不気味で、小学生の時にこの話を読んだ時、私は言い知れない恐怖を覚えた。大人になったいま読んでも恐いと思う。無人島や最終戦争の後で一人取り残されたのならまだ分かるが、周りにいくらでも人がいる日常世界の中でひとりぼっちというのが不条理で恐い。現代であれば、この話を“孤独死”と結びつけて考えることもできる。親類、知人、隣人──周りに多くの人間がいながら、誰にも気づかれず、ひとり死を迎える。“石ころぼうし”は決して空想の世界だけのものではない。

  Loneliness is a cloak you wear
  A deep shade of blue is always there

 “cloak”とは、石ころぼうしのように“you”を覆い隠すものである。愛を失った“you”は心を閉ざし、誰からも気にされたくないと思っている。世捨て人のような感じだ。“cloak”に身を包んだ者=孤独という境遇にある者の胸中は哀しみで深く陰っており、大変にブルーで憂鬱なのだ、というのが冒頭2行の意味である。“a deep shade of blue”は、プロコル・ハルム「A Whiter Shade Of Pale」(1967)の邦題「青い影」に倣って、なるべく“蒼い影”としたい。蒼は青よりも深く暗い色である。そして、“wear”と“there”の脚韻。すべてを踏まえた上で、私はこの2行を七五調、もしくは五七調で訳すことに拘った。

  Loneliness is a cloak you wear
  孤独とは 石ころぼうしをかぶる者
  A deep shade of blue is always there
  心には 蒼い影がつきまとう
  
 おお。そんな感じ、そんな感じ。これはかなり原文の意味合いに近いのではないか。しかし、残念なことに、『ドラえもん』の「石ころぼうし」の初出は、ウォーカーズ「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」発売の6年後であり(『小学六年生』'73年4月号)、スコット・ウォーカーが'66年の時点で“石ころぼうし”と歌うことはあり得ない。よって、この訳は却下せざるを得ない(そういう問題じゃない)

 “石ころぼうし”に最も近い“cloak”の訳語は何だろう? 私は“隠れ蓑”だと思った。“隠れ蓑”は、着ると姿が見えなくなるという想像上の蓑のことで、鬼や天狗の持ち物とされる。ドラえもんの石ころぼうしに極めて近いアイテムだ。

  孤独とは 隠れ蓑をまとう者
  心には 蒼い影がつきまとう
  
 “石ころぼうし”を意識しながら読むと問題ないように思われるが、冷静に読んでみると、この文章にはちょっと違和感を覚える。“隠れ蓑”という表現は、例えば、“霧を隠れ蓑に奇襲を仕掛ける”とか“宗教法人を隠れ蓑に脱税する”というように、一般的には謀略・隠蔽行為の比喩としてネガティヴな意味合いで使われることが多い。イメージ的にあまり“孤独”と結びつく語ではないので、“孤独とは隠れ蓑をまとう者”といきなり言われても合点がいかない。身を隠して何か企んでいるような感じがするので、それがどうして孤独なのか、という疑問が湧くのだ。原文にはその違和感がない。“cloak”は、しばしば厭世的な人物──例えば、映画『スター・ウォーズ』(1977)のオビ=ワン・ケノービや、『第七の封印』(1957)の死神──によって着られるもので、イメージ的に“孤独”という語と結びつきやすい。“隠れ蓑”は確かに“cloak”が持つひとつの意味ではあるが、“孤独”の比喩としては役不足である。

 次に、私は“仮面”という訳語を当ててみた。これも“隠れ蓑”に似た言葉だが、もう少し“孤独”とイメージが近いような気がする。“仮面”は、しばしば孤独なアウトサイダーによって被られる(『オペラ座の怪人』『怪傑ゾロ』『月光仮面』など)。

  孤独とは 仮面に顔を隠す者
  心には 哀しき蒼い影がさす
  
 “仮面”と解釈すれば、“顔で笑って心で泣く”、あるいは“男はつらいよ”的な“you”の状況を想像することもできる。さすがに笑ってはいないかもしれないが、泣きたい気持ちを堪えている感じはする。悪くはないが、“cloak”に較べると、妙にヒロイックな感じがしないか。あるいは、“隠れ蓑”と同様、ちょっと悪人っぽい印象も受ける。仮面を被った者は、正体を隠しながらも、一応、周りの人間から存在を認識される。まだ、人との繋がりがある。しかし、“cloak”は身体全体を包み込み、完全に姿を消し去るものである。世界と断絶するような孤立感、深い孤独感が“仮面”にはない。

  Emptiness is the place you're in
  Got nothing to lose, but no more to win
  
 1番ほどではないが、2番の訳も難しい。何が難しいかと言うと、1番と調子を合わせるのが難しい。“Loneliness is...”を“孤独とは〜”としたら、“Emptiness is...”は“空虚/虚空/虚無とは〜”になるが、ポップ・ソングの歌詞としては言葉がどうにも硬すぎる。“空しさ/侘びしさ”などとすると、今度は1番と語呂や構文が変わってきてしまう。むむむ……。
  
 煮つまった私は、原文の抽象的な言い回しを再現することを諦め、実際に“you”の姿が目に浮かぶような、より具体的なイメージで訳すことにした。

  寂しくマントに身を包み
  心に抱く蒼い影
  
  空っぽの部屋にひとりきり
  失うものも得るものもない
  
 これは素直で分かりやすい。これくらいシンプルでも良いのでは、と最初は思った。が、これはさすがに砕きすぎである。そして、あまりにも軽すぎる。スコット・ウォーカーの歌声はもっと重々しい。どう聴いても“孤独 それは〜”、“孤独とは〜”と歌っているように聞こえる(実際、そうなのだ)。また、“マント”という語は、スーパーマンが着ているようなマントを想起させる可能性がある。“仮面”と同様、英雄的な印象を不必要に強めてしまうのである。どうすればいいんだ。スコット・ウォーカーが日本人だったら、この歌を一体どう歌うんだ……。

Walkers_Sun4.jpg

  Loneliness is a cloak you wear
  孤独のマントを身に纏い
  孤独のマントに身を包み
  孤独のマントで身を隠し
  寂しくマントに身を包み
  孤独とは 寂しくマントを纏う者
  孤独というマントをひとり身に纏い
  孤独の仮面を顔につけ
  孤独という名の仮面を被り
  孤独とは 仮面に顔を隠す者
  孤独という名の隠れ蓑
  孤独とは 隠れ蓑を纏う者
  孤独とは 人目を避ける隠れ蓑
  孤独とは 人目に触れぬ隠れ蓑
  孤独とは 誰にも見えぬ隠れ蓑
  孤独とは ひとりで纏う隠れ蓑
  孤独とは 寂しく纏う隠れ蓑
  孤独は寂しい隠れ蓑
  孤独は哀しき隠れ蓑
  孤独は哀しい隠れ蓑
  孤独はおいらの隠れ蓑
  纏いし孤独の隠れ蓑
  
  A deep shade of blue is always there
  いつも蒼い翳りを帯びている
  いつも蒼い翳りと共にある
  いつも心に蒼い影
  心に抱く蒼い影
  つきまとうのは蒼い影
  心には 蒼い影がつきまとう
  心には 哀しき蒼い影がさす
  心には いつでも蒼い影がさす
  心には いつでも哀しき蒼い影
  纏えばそこに蒼い影
  纏えば蒼い影がさす
  纏えば影がつきまとう
  つきまとうのは蒼い影
  
  Emptiness is the place you're in
  空虚な場所にひとり住み
  虚空の場所にひとり住み
  空しさという檻に囲われて
  空っぽの部屋にひとりきり
  虚無という名のがらんどう
  がらんどうにひとりきり
  おいらの心はがらんどう
  心の中はがらんどう
  心は空しきがらんどう
  心は空しいがらんどう
  空しさは がらんどうのひとり住まい
  
  Got nothing to lose, but no more to win
  失うものはないが 得るものもない
  失うものはなく 得るものもない
  失うものも 得るものもない
  傷つくことも 愛されることもない
  傷つきもせず 愛されもしない
  夢も希望もありゃしない

 和訳に取り組んで4日目。ここまで考えたところで私は力尽きた。これらは私が考えた訳のバリエーションの一部である。大半が使い物にならない。訳語をあれこれいじっているうちに、だんだんわけが分からなくなってきた。どう訳しても、違うような気がする。スコット・ウォーカーが歌う原文の素晴らしさには敵わない。どうにか同じレベルまで行ければと思ったが……。スコット・ウォーカーよ、私の負けだ。

 本記事の冒頭に示した拙訳は決して最良の版ではない。気に入らない点はあるが、原文の持つリズムや表現の簡潔さをそれなりに日本語で再現できたという手応えがあったので、ひとつの例として最初に示した(上のバリエーションの中で赤色がそれ)。原文はとにかく表現が簡潔明瞭で、切れが良い。日本語だと、一行あたり12〜13文字くらいでズバッと言い切る感じである。メロディに乗せずに朗唱すると分かるが、ほとんど俳句のようなリズムである。絶対に七五調/五七調だという確信があり、そこだけは譲らないと決めて和訳に臨んだが、それが仇になったかもしれない。


 永遠の名曲「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」。この歌で私が最も好きなのは、以下の一節である。

  A deep shade of blue is always there
 
 この一行に最も悩まされたかもしれない。きれいに訳すのは至難の業だ。ひとりで原文を睨み続けるうち、ふと思った。“there”とは、もしかしたら翻訳作業のことではないのか。この孤独。大いなる憂鬱!

 太陽はもう輝かない。言葉に見放されたとき。


【参考資料】
『スコット・ウォーカー 30世紀の男』(アップリンク/歌詞翻訳:望月美実)


The Walker Brothers: Beat-Club 1966('66年5月、ドイツの音楽番組〈Beat-Club〉出演映像。上の埋め込み動画の全長版。全3曲「Land Of 1000 Dances」「Love Minus Zero」「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」)
The Walker Brothers - The Sun Ain't Gonna Shine Anymore [Live 1966](イギリスの音楽番組〈Ready Steady Go〉出演映像。生歌唱。オケがほとんど「Heroes」状態)
The Walker Brothers - The Sun Ain't Gonna Shine Anymore(スタジオ録音版)



追記('14年4月26日):
 この記事を書いた後も「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore」は私の頭に“蒼い影”のごとくつきまとった。もっと良い訳があるはずだ、という思いが消えなかったのである。少し進展があったので、追記しておきたい。

 まず、“cloak”だが、これは“隠れ蓑”ではなく、単純に“蓑”とすれば良いことに気付いた。“cloak”に相当する日本の外套は“蓑”に違いない。いずれも現代人が着ない古めかしい衣服で、全身を覆い隠すことから“カモフラージュ”という意味に発展する。そして、やはり寂しい感じがする。また、“まといつく”という日本語があったことも思い出した。“always there”を“つきまとう”と訳していながら、“まといつく”が浮かばなかったのは実に不思議だ。

  Loneliness is a cloak you wear
  孤独の蓑をまとう身に
  A deep shade of blue is always there
  哀しい影がまといつく

 結果、冒頭2行はこのような訳になった。原文と同じ意味のことを、同じニュアンスで日本人が書くとしたら、こんな感じではないだろうか。決して最良の訳ではないかもしれないが、ようやく英語の呪縛から解き放たれ、日本人らしい表現ができたという満足感を私は得ることができた。ちなみに、2番は知らない(笑)。




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