2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

No Ordinary Love [video]

nol1.jpg
NO ORDINARY LOVE (1992)
Directed: Sophie Muller

 『LOVE DELUXE』からの第一弾ヴィデオ「No Ordinary Love」には、前作『STRONGER THAN PRIDE』からの3本のヴィデオで素晴らしい仕事をしたソフィ・ミュラーが再び監督として起用された。ここでも彼女は見事に期待に応え、シャーデーのPVの中でもベストのひとつに数えられる傑作を作り上げた。

 ここでモチーフにされているのは、アンデルセン童話で有名な『人魚姫』。地上の男に恋をした人魚が陸に上がるお馴染みの悲恋物語である。ミュラーにはめずらしく明確なストーリー性を持つ作品だが、誰もが知る古典のイメージを借用しながら、いつにも増して素晴らしくパンチのある画を繰り出してくる。行き場のない愛を歌った楽曲の息苦しさと虚無感を見事に映像化した、音楽ヴィデオ史に残る名作だと思う。


nol2.jpg
nol3.jpg
nol4.jpg

「私は人魚で、海で溺れてしまった水兵を助けるの。とてもハンサムな水兵なのよ。私はその人を好きになっちゃうんだけど、彼を地上に帰してあげなくてはならないの。それで彼のことを思いながら自分のウェディング・ドレスを縫って、地上に出てしまうの。尾はなくなって、私は地上で夢中に彼を探し求めるの」(1993, Sony Music TV)

 アデュが説明する通り、物語の流れは基本的にアンデルセン童話と同じである。
 アンデルセン作『人魚姫』(1836)では、海で溺れた王子を助けた人魚が、恋する王子のために美声と引き替えに魔女から脚をもらって陸に上がる。王子は人魚を慕うが、彼女が命の恩人であることを知らないまま、隣国の王女と結婚することになる。王子が他の娘と結婚すれば泡となって消えてしまう人魚。魔女から授かったナイフで王子の心臓を突き、その血が脚にかかれば再び人魚として海に戻れることになるが、しかし彼女は王子の幸せを願って死を選び、空気の精となって天に召される。

 「No Ordinary Love」においても、人魚の恋は決して報われることがない。アンデルセン童話では結末にストイックな愛の美しさ(というか、個人的にはむしろ怨念めいたものを感じる)が謳われているが、このヴィデオでは、愛する人間のために全てを捨てて別世界へ飛び込む人魚の一途な情熱にスポットが当てられていて、それが歌の激しい感情とシンクロしている。

 この曲には「静」と「動」のイメージが混在しているが、まず、「静」の側面が海中イメージによって上手く表されている。助けた船乗りに恋をし、彼のもとへ行くためにせっせとウェディング・ドレスをこしらえる人魚。激しい想いが人魚の胸の底で渦巻いている様子を海底シーンで見せた後、サビと同時に、場面は劇的に地上へ転じる。ライスシャワーの如く、自らに塩を浴びせる花嫁姿の人魚。感情が一気に表出される歌のカタルシスティックな瞬間を、海底から陸上への唐突な移行によって視覚化したこの場面には、何度観てもハッとさせられる瑞々しさがある。曲の生理を完璧に把握したヴィデオ監督ミュラーならではの腕が冴えまくる最高の名場面だ。また、ライスシャワーならぬ、ソルトシャワーをかけて自らを祝福するイメージには、ここで歌われている恋愛の盲目的で自己完結的な側面と、彼女の寄る辺のない孤独感が上手く表れているように思う。

 ここでは「塩」が海からやって来た人魚らしさを演出するアイテムになっていて、訪れたダイナーで彼女がカウンター席に座ると、店の女将が人魚用に塩を添えて水を出してくれるのが面白い(彼女がダイナーに立ち寄る場面は、『あの胸にもういちど』のマリアンヌ・フェイスフルの姿をどことなく思い出させる。マリアンヌが飲むのは杏子酒だったと思うが)。ダイナーで花嫁姿の人魚は異様に浮いているが、この場違いさは、愛する人間を探して街なかを疾走するシーンで極みを見せる。このヴィデオは、何と言ってもこの疾走場面こそが圧倒的に素晴らしい。

 ウェディング・ドレス姿で路上を駆ける女、というのは、それだけでノー・オーディナリーであり、完璧に常軌を逸した光景である。彼女の目指す先が愛する男のもとであり、また、彼女がただごとでない愛を生きていることが、このイメージからは一発で了解される。

 映像史的に見て、ウェディング・ドレス姿で疾走した最初の女性は、私の知る限りでは『キートンの恋愛三代記』(1923)のマーガレット・リーヒーである。走る花嫁のイメージは、同じく式場から新婦が脱走する『或る夜の出来事』(1934)や『卒業』(1967)を経て、ハリウッド映画から日本のテレビドラマに至るまで度々パクられているので、現在では必ずしもノー・オーディナリーな光景とは言えないかもしれない。とはいえ、愛に向かって生きる女の情熱を、これほどまでに雄弁に語る映像イメージもそうないだろう。
 また、恋に憑かれた人間の激情を疾走シーンによって視覚化した作品としては、レオス・カラックス監督『汚れた血』(1986)という突出した先例があるが、ここでのアデュの走りぶりもそれになかなか負けていない。ミュラーは、曲の「動」に当たるこの疾走場面を、スロー・モーションを多用しながらじっくり見せる。周囲が呆然と振り返る中、愛する人だけを求めて一心不乱にひたすら駆ける人魚。この場面に漂うのは、しかしながら、恋愛の祝福されたような高揚感ではなく、行き着く先のない焦燥感、徒労感である。そして、それは次第に虚無感へ変わっていく。この一連の場面の最後に置かれた、彼女が虚脱して歩き出す場面は何とも印象的だ。

 結局、人魚はその彼を見つけることができない。港まで来てしまった彼女は、ペットボトルに入った塩水で喉を潤す。ひょっとすると、彼女は海にも帰れないのかもしれない。どこへも行けず、夕暮れの日差しの中で座り込む彼女を映しながら、静かにヴィデオは終わる。


malcolm.jpg 「No Ordinary Love」は'92年秋に発表されている。その年のアメリカと言えば、ロサンゼルス暴動(4月末)、そしてスパイク・リーの『マルコムX』公開(11月)があり、人種問題がかなりの緊張を迎えていた時期だった。このヴィデオの主人公が、人魚であると同時に黒人であり、彼女が恋をする船乗りが白人であることは、この時代の文脈においては軽視できないものがある。
 疾走していたアデュが消沈して歩き出す場面には、彼女のすぐ後ろに同じ歩調の黒人男性がはっきりと映っているのだが、これは極めて印象的な画だ。実際の通行人が映り込んでいるだけかもしれないが、このカットが使われた意味を詮索してみることは無駄ではないように思う。ミュラーの意図は知らないが、ここでこの黒人男性の存在は、人魚が黒人である点を視聴者にそれとなく確認させる役割を果たしている。同時に、スローで処理されたこの街はずれの映像からは、アメリカ社会における黒人の疎外感・疲弊感すら読み取れてしまうのだ。

 驚くべきことに、と言うか、当然ながら、と言うべきか、このヴィデオは実際にロサンゼルスのダウンタウンで撮影されている。ここで人魚と人間を隔てる壁が、同時に異人種間の壁でもあることは間違いないだろう。このヴィデオには、当時のアメリカの閉塞した社会的な空気が確かに捉えられているのである。たった1曲のラヴ・ソングから、ここまで表現の射程を広げたソフィ・ミュラーの手腕を私は賞賛したい(余談だが、ロスの街なかをウェディング・ドレス姿で走ったアデュは、撮影中、見物していた男性通行人たちから次々と求婚されるはめになったという。これは微笑ましいエピソードだ)。


 人魚というモチーフはこの曲にまさに打ってつけだったが、このアイデア自体はそもそも4年前、「Love Is Stronger Than Pride」を監督した時点でミュラーの頭の中にあったように思われる。「No Ordinary Love」では海中から地上へ一気に場面が飛ぶが、順序的には本来その間に海辺のシーンがあって然るべきだろう。「Love Is Stronger Than Pride」におけるアデュを、陸に上がったばかりの海辺の人魚として捉えれば、その前後を描く「No Ordinary Love」によって、シャーデー版『人魚姫』が完成したという見方もできる。『LOVE DELUXE』を締めくくるインスト曲に、ずばり「Mermaid」というタイトルがつけられているところを見ると、アデュ自身も人魚物語には何か特別な魅力を感じていたのかもしれない。

 ミュラーがアデュに人魚役を演じさせたのは、彼女の歌に『人魚姫』的な不毛の愛を読み取ったこともあるかもしれないが、真相はもっと単純に、魚顔のアデュを生かすヴィジュアル演出を意図した結果であるような気もする。アデュ自身、自分が魚顔であることは認めている。

──もしあなたが動物だったら?
「イワシ(pilchard)ね。小さくて、口がすごく大きな魚。そっくりでしょ」(Dec 1992, Details)

 魚顔のアデュに人魚はハマリ役だった。人魚衣装にウェディング・ドレスというのは、女性を飾る数あるコスチュームの中でもいわば飛び道具的なアイテムであり、コスプレ度が高いミュラー作品の中にあっても、このヴィデオは格別のインパクトを放っている。ここでのアデュの美しさは絶品で、女性を魅力的に見せる達人ミュラーにとっても、これはベストワークのひとつではないだろうか。


 ところで、アデュ以前にも人魚を演じた女性はもちろん数多く存在する。私は別に人魚マニアではないが、参考までに、実写版の人魚映像作品を3本紹介しておきたい。


splash.jpg
スプラッシュ(1984/米)
SPLASH
監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス、ダリル・ハンナ

 言わずと知れた人魚映画の決定版。溺れた男を助けた人魚が、彼を慕って陸に上がるという大筋はお約束通り。ニューヨークを舞台に、人魚をつけ狙う科学者も加わり、様々な騒動が起こる。但し、物語の核は飽くまでシリアスな純愛。あらゆる偏見を捨て、自分の全てを賭けて他人を愛することの美しさをストレートに謳った恋愛映画の佳作である。
 人魚役には『ブレードランナー』(1982)のレプリカント役が強烈だったダリル・ハンナ。ここでも人間役ではないが、ややゴツい体つきが醸す野性的な美しさと、人懐こいチャーミングさをフルに発揮して、生き生きとした人魚像を見せてくれる。レプリ役に次いで、ミステリアスで愛らしい捨て子のような役柄がハマり、この映画で彼女は大ブレイクを果たした。対する恋の相手役は、これが映画初主演となる若きトム・ハンクスで、恋愛下手の実直な青年役を軽妙に演じていて好感が持てる。
 この映画はコメディでもあって、それがこの映画から純愛ものにありがちな臭みを上手く取り除いている。共演のユージン・レヴィ、ジョン・キャンディの曲者2人のギャグが冴えまくる上(スウェーデン人になりすますギャグが特に良い)、主演のトム・ハンクスも可笑しい。物語自体は荒唐無稽で粗だらけのご都合主義だが、映画としての屋台骨はしっかりしていて、人魚物語の掟を破る大団円では凄まじいカタルシスを味わわせてくれる。メッセージはずばり "Hang on to your love"。もちろん私は軽く号泣した。
 この映画の夢のような海中シーンは、それだけで全てが許せてしまえるほどに美しいが、これは当然「No Ordinary Love」にも影響を与えているだろう。また、海底のアデュが雑誌でウェディング・ドレスを見る場面は、ダリル・ハンナが沈没船の中で地図を広げ、男の住むニューヨークの位置を調べる場面に通じるものがある。以降の人魚作品は、とにかくこの『スプラッシュ』を避けて通ることはできないのである。同じ人魚ものでありながら、ある意味「No Ordinary Love」とは正反対の作品ゆえ、あわせて観るとバランスが取れるかもしれない。


Kool_cherish.jpg
Kool & The Gang - CHERISH (1985)
Directed: unknown

 クール&ザ・ギャング『EMERGENCY』からの大ヒット・バラード。そのPVが人魚ネタ。“海辺を散歩しよう、君と2人で手を取って”という出だしの歌詞そのまんまの舞台設定である。
 海から現れた謎の美女とJT・テイラーが恋に落ちる。しかし、その幸せも束の間。夜、皆でキャンプ・ファイアを囲みながら和んでいると、美女はテイラーにキスをして、突然その場を去ってしまう。海に飛び込んだ彼女の脚は尾ひれに変わっていた。砂浜に残された“愛を大切に(Cherish The Love)”のメッセージ。……曲同様、かなりコテコテなヴィデオである。
 時期的に見て、このヴィデオは『スプラッシュ』のヒットにあやかって作られた可能性が高い。微妙に「Love Is Stronger Than Pride」ヴィデオに影響を与えているか??


madonna_cherish.jpg
Madonna - CHERISH (1989)
Directed: Herb Ritts

 『LIKE A PRAYER』からシングル・カットされたネオ・モータウン調の軽快なシャッフル・ナンバー。これまた同名だが、もちろんマドンナのオリジナル曲。手掛けたのは、これがヴィデオ初監督となるハーブ・リッツで、淡いブルーのモノクロ映像が美しい(経験のなかった写真家リッツに音楽ヴィデオを手掛けることを勧めたのがマドンナだった)。
 群からはぐれた(?)人魚の子供と海辺で戯れるマドンナ。マッチョ男らの扮する人魚も多数登場。人魚たちには尾ひれがあるが、場面によっては人間の脚に変わっていることもある。マドンナ自身が尾ひれをつけて登場する場面こそないが、彼女も人魚族のひとりであることを仄めかすような映像。同じ「Cherish」ということで、クール&ザ・ギャングの上記ヴィデオを意識しているのは間違いないが、波打ち際でマドンナが官能的に寝そべる場面など、前年の「Love Is Stronger Than Pride」ヴィデオを思わせるところもある。マドンナとリッツのこのコラボレーションが、シャーデーのアルバート・ワトソンとの関係に更にフィードバックされていると考えれば面白い。
 尚、「Cherish」は'07年1月21日付けのSunday Times紙のコラムで、マドンナの歴代ヒット曲10選の1位に選出されていたが、私は同アルバム表題曲のプラスチック・ゴスペル「Like A Prayer」こそ彼女の最高傑作であると信じて疑わない(同ベスト10では6位だった)。


追記:マドンナが波打ち際で寝そべっている場面は、マヤ・デレン監督/主演のシュルレアリスム映画の古典『陸地にて(At Land)』(1944)へのオマージュ。'10年に発売されたマヤ・デレンのアンソロジーDVDを観てはじめて気付いた。彼女の映像作品は多くの音楽ヴィデオに影響を与えている。

| Music Videos | 01:08 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT