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ロシオ・モリーナ ―10年の軌跡― @オーチャードホール



 ロシオ・モリーナの来日公演を観た(先々月の話だが……)
 
 現代フラメンコ界の若手ナンバーワンとも言われる踊り手。3月下旬にエバ・ジェルバブエナの来日公演を観て大感激し、フラメンコに完全に目覚めた私は、エバの公演会場の配布チラシでロシオ・モリーナ来日公演のことを知り、彼女も凄いに違いないと思ってチケットを購入したのだった。

 で、これが……やっぱり凄かった。予想以上に、と言うか、全く予想もしないパフォーマンスの連続に驚嘆し、鳥肌が立ち、何度も涙が込み上げた。エバ・ジェルバブエナを観た後でも尚、新鮮で深い感動があった。まったく、フラメンコはヤバすぎる!


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ロシオ・モリーナ舞踊団 ―10年の軌跡―
Rocio Molina 10 Years of Creation
出演:ロシオ・モリーナ、エドゥアルド・ゲレーロ、ダビ・コリア(バイレ)、ロサリオ・ゲレーロ“ラ・トレメンディータ”(カンテ)、ラファエル・ロドリゲス“カベサ”、エドゥアルド・トラシエラ(ギター)、エル・オルーコ(パルマ)

 ロシオ・モリーナは、'84年、スペインのマラガ生まれの踊り手。カルロス・サウラ監督『フラメンコ・フラメンコ』(2010)で、煙草をくわえながらパンツルックで独創的な踊りを見せていた彼女をご記憶の人もいるだろう。ちょっとボブ・フォッシーを彷彿させるスタイリッシュかつ奇妙なバイレは、映画の中でもひときわ印象的だった。

 今回はロシオ・モリーナの単独としては初となる来日公演。公演名の通り、彼女が率いる舞踊団の過去10年の作品から選りすぐったナンバーで構成された“ベスト・オブ〜”的な内容のショウだ。世界初演となる公演は'14年4月18〜19日の2日間、渋谷のオーチャードホールで行われた。私が観たのは18日の初日公演(1階席10列目で鑑賞)

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オープニング・ナンバー(『Oro Viejo』より)

 オープニング。録音による男性のモノローグが流れる中、真っ暗な舞台上にロシオの上半身だけがスポットライトで浮かび上がり(椅子か台の上に乗っている)、両手を大きく使いながら無伴奏で静かな舞いを見せる。このプロローグ的なパフォーマンスの後、ギタリストの独奏を挟み、ロシオと2人のバイラオール(男性フラメンコ・ダンサー)が登場。ギターの伴奏に合わせ、ステージ右端に置かれた雛壇状の椅子の上で、フラメンコともコンテンポラリーとも言いがたい、幻想味に溢れた不思議なテイストのダンスを披露する。『Oro Viejo』(2008)という彼女の代表作の一場面だ。群舞の振付も独創的で、基本はフラメンコながら、瞬間によっては、欧米ポップスのMVなどで見られるダンスとそう遠くない印象を受けたりもする。

 メンバーはロシオの他に、バイラオール2名、カンタオーラ(女性フラメンコ歌手)1名、ギタリスト2名、パルマ(手拍子)1名。ロシオのソロ・ダンス、バイラオールとの群舞、カンタオーラの独唱、ギタリストの独奏などをフィーチャーしながらショウはテンポ良く進行していく。舞台上にセットの類は何もない。がらんとした広い空間内で、主に衣裳と照明で変化をつけながら5〜10分程度の演目が次々と披露される様子は、カルロス・サウラのフラメンコ・アンソロジー映画を実際に生で観るような感じだった。

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「Chiribi Chiribi」──トレメンディータと組んだ圧巻のパフォーマンス

 優美さや華麗さで魅せた序盤は割と控え目だったが、本格的にサパテアード(足を踏み鳴らすフラメンコの踊り)をやり始めた中盤以降はとにかく圧巻だった。中でも観客の度肝を抜いたのは、ロシオと歌い手のロサリオ・ラ・トレメンディータの2人だけで演じられた「Chiribi Chiribi」というナンバー('12年の舞台『Afectos』より)。椅子に座ったロシオの後ろにトレメンディータが立ち、二人羽織のような形で2人がパルマとサパテアードで複雑なリズムを奏でる。その猛烈なスピード感、フレージングの豊かさ、精密機械のような2人のコンビネーションにただただ圧倒される。その後、ロシオが長方形の平べったい箱(箱と言うよりは、箱の“蓋”と言った方が近い)の中に立ち、内側の四方の側面を使いながら凄まじいサパテアードを披露した。箱の底面を靴底で打つ時と、側面を爪先や踵で打つ時では出る音が微妙に違う。彼女は箱をまるで楽器のように使った。これと似たパフォーマンスをタップ・ダンサーは階段を使ってやることがある。階段だと側面が一方向にしかないが、箱の中には側面が四方にあるので、より複雑な音の組み合わせが可能になる。ロシオは足を踏み鳴らすだけでなく、指を鳴らしたり、自分の身体を平手で叩きながら全身で音楽を生み出す。身体全体がひとつのパーカッションなのだ。



 ……と言葉で説明しても全く伝わらないと思うので、ここに「Chiribi Chiribi」の動画を埋め込んでおく。実際に会場で体験する生々しい音のヴァイブレーションは伝わりようもないが、これだけでもパフォーマンスの凄さは十分理解してもらえると思う。この9分強の動画は、冒頭から“箱サパテアード”まで、パフォーマンス全体の2/3を収録したもの。実際にはその後、ロシオとトレメンディータが向き合ってサパテアードと歌で対話する更なる山場がある。最後は2人がそれぞれ舞台の左右に散って退場。その幕切れも実に見事だった。フラメンコにはこんなことができるのか……。ここで私は完全に打ちのめされた。

 ロシオ・モリーナのサパテアードは、これまで私が見てきた(決して多くはないが)どのフラメンコ・ダンサーのそれよりもタップに近かった。サパテアードには脚をハンマーのように使い、膝から下で身体ごと床を踏みつけるような──それこそ釘を打つような──力強さがあるが、ロシオの場合、“脚”と言うより、足首以下の“足”部分を柔軟に使ってビートを刻んでいるような印象を受ける。サパテアード本来の重厚さと同時に、ロシオのビートにはタップのような歯切れの良さや軽快さがあるのだ。抜群の切れ味で、スピードも半端なく速い。一応、分野としてはフラメンコの人だが、彼女はタップ・ダンサーとしても超一流だと思う。


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トレメンディータの1stアルバム『A TIEMPO』(2010)

 ショウの唯一の歌い手であり、「Chiribi Chiribi」でロシオと名コンビぶりを見せたロサリオ・ラ・トレメンディータ Rosario La Tremendita もまた素晴らしかった。これは今回の思わぬ収穫。フラメンコらしい深く憂いのあるハスキーな声質でありながら、不思議と透明感を感じさせる繊細で柔和な歌い口が魅力的だ。ステージには黒ジャケット&パンツに白シャツという男装のような格好で登場し、両性的な雰囲気で強烈な存在感を放っていた(最初に登場した時は声を聴いてもしばらく性別が分からなかったほど)。彼女はロシオの舞台作品にずっと参加している相棒のような存在。カルロス・サウラ『フラメンコ・フラメンコ』にもロシオと一緒に出演していた。小柄で女性的なロシオとは対照的なキャラクターで、とても良いコンビだと思った。



 トレメンディータはソロ名義でアルバムも出している。'10年の1st『A TIEMPO』を試しに買ってみると、これがまた素晴らしい。媚びのないオーセンティックなフラメンコ感覚、ジャズやタンゴを取り入れた柔軟な音楽性、簡素でしなやかなアコースティック・サウンドに魅了された(上の動画はアルバム冒頭曲「Mi alma vuela en silencio」のMV)。『A TIEMPO』にはロシオ・モリーナもサパテアードで1曲参加している。またひとりお気に入りの歌手が増えた。


 共演の2人のバイラオール──エドゥアルド・ゲレーロ Eduardo Guerrero、ダビ・コリア David Coria──も印象深い。ある時はロシオを引き立て、ある時はロシオと対等になり、彼女と競い合うように、あるいは戯れるように踊る。彼らには後半にひとつ、2人でコンビを組んで踊る特別ナンバーがあった。広いステージを縦横無尽に動き回るダイナミックな振付、シャープなサパテアード、赤い背景に黒スーツ姿の2人(スタイル抜群!)を浮かび上がらせるスタイリッシュな視覚演出は文句なしにカッコよかった。この2人だけでも十分に見応えがある。

 決して美人とは言えないロシオ・モリーナだが、踊っている時の姿は本当に魅力的である。小さな身体で快活に踊る彼女には、ジュディ・ガーランド、ヴェラ=エレン、ジェーン・パウエルのような往年の小柄なミュージカル女優を思わせる華やかさや可憐さがあった(女性客からは“カワイイ〜”という声も漏れていた)。怒濤の勢いでサパテアードを踏む姿はとにかくカッコいい。彼女は演目ごとに異なる衣裳で登場し、様々なスタイルで最後まで観客を魅了し続けた。妖艶なバタ・デ・コーラ(裾の長いフラメンコ・ドレス)から現代的なパンツルックまで、その幅広いファッションも彼女の表現の柔軟性を示すだろう。

 ショウの最後を飾ったのは、ロシオが赤いロングドレス姿で舞うソロ・ナンバー(オープニングと同じく'08年の舞台『Oro Viejo』より)。パフォーマンスの最後、高い天井からロシオに向けて大量の砂が滝のように降り注いだ。全身に砂を浴びて彼女が床にぺしゃりと伏した瞬間、場内は静まり返った。一瞬してから大拍手。鮮烈な幕切れだった。19時12分開演、20時52分終演。驚きと感動に満ちた1時間40分(休憩なし)の本当に素晴らしい舞台だった。


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今回の公演ではステージに“砂”が何度か登場した

 普通、女性フラメンコ・ダンサーは“バイラオーラ”と呼ばれるが、ロシオ・モリーナは自分のことを“ダンサオーラ”と称している。その理由は、フラメンコの枠を自然に逸脱した彼女のパフォーマンスからよく伝わってきた。

 ひと月前に観たエバ・ジェルバブエナのステージは、まさに“現代フラメンコの正道”と言うべき重厚さを湛えた凄まじいものだったが、ロシオのステージには、フラメンコの伝統を守りながらも、積極的に新たな文体や語彙を見つけようとする若々しい感性が溢れていた。ギター+パルマ+サパテアード+カンテという伝統的なフラメンコの編成ながら、奏でられるリズムはそこから外れるものも多い(フラメンコ的な6拍子系のリズムはそう多くなかったと思う)。また、ロシオの踊りは、エバの厳粛さ、息詰まるような緊張感に較べると、もっと女性らしい柔らかさやしなやかさを感じさせるものでもあった。歌い手をロサリオ・ラ・トレメンディータという個性的なカンタオーラ一人に絞った点も、彼女の表現に従来のフラメンコとは異なる詩情や切れ味を与えていたと思う。そして、何と言ってもサパテアード。フラメンコとタップの壁を完全に消失させたとしか思えないロシオの饒舌なビートには本当に衝撃を受けた。ノックアウトである。今年まだ30歳。この人は一体これからどれだけ凄くなるのだろう。

 フラメンコは単なるスペインの伝統芸能ではない。決して風化することなく、常に人々に多くを語りかける現代的なパフォーミング・アートだということを思い知らされた公演だった。新作を引っ提げての再来日を切望する!


ロシオ・モリーナ舞踊団 ―10年の軌跡―
2014年4月18日(金)19時開演
2014年4月19日(土)15時開演
Bunkamura オーチャードホール
S席 ¥8,500/A席 ¥6,500/B席 ¥4,500/C席 ¥3,000



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