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フィリップ・ドゥクフレ『パノラマ』@彩の国さいたま芸術劇場



 フィリップ・ドゥクフレの舞台『パノラマ』の来日公演を観た。
 
 映画『ファイア by ルブタン』で再び話題になったパリの老舗キャバレー、クレイジーホース・パリの演出/振付を手掛けていたのがこの人。トリッキーで摩訶不思議な視覚演出に定評のある演出家だ。チケット代が安かったこともあり(S席5,000円!)、ぶらっと軽い気持ちで観に行ったのだが、これが大当たり。観る人すべてを童心に返らせるような、本当に愉しいショウだった。


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パノラマ
Panorama
演出/振付:フィリップ・ドゥクフレ
衣裳デザイン:フィリップ・ギヨテル
振付/衣裳/舞台美術コーディネート:エリック・マルタン
照明デザイン/舞台監督:ベゴーニャ・ガルシア=ナヴァス
出演:メリチェイ・チェカ・エステバン、ジュリアン・フェランティ、レミ=シャルル・マルシャン、イオアニス・ミコス、マチュー・パンシナ、リザ・ロベール、ヴィオレット・ヴァンティ、スズキ拓朗(ゲスト出演)


 フィリップ・ドゥクフレ Philippe Decouflé('61年生まれ)はフランスのダンサー、振付家、演出家、映像作家。コンテンポラリー・ダンス、パントマイム、ボードビル、サーカスなどを融合した幻想的でユーモラスなパフォーミング・アートを'80年代から創作してきた。'92年のアルベールビル冬季オリンピックの開・閉会式の演出を手掛けたことで有名。ファイン・ヤング・カニバルズ「She Drives Me Crazy」(1989)、ニュー・オーダー「True Faith」(1987)の音楽ヴィデオを監督した人だと言えば、膝を打つ音楽ファンもいるかもしれない。

 「She Drives Me Crazy」はリアルタイム世代の自分にとって馴染み深い作品ではあったが、私がこの人の存在をはっきり認識したのは割と最近、クレイジーホース・パリのショウを通してだった。'09年9月に初演された〈Désirs〉というクレイジーホースのショウでドゥクフレは演出と振付を手掛け、そのメイキングが後に『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』(2011)というドキュメンタリー映画になった。映画には彼がスタッフたちと協力して新たなショウを作り出していく過程が丁寧に捉えられていた。〈Désirs〉でドゥクフレが創作した演目(「Upside Down」「Scanner」「Spoutnik」「Rougir De Desir」「Chuchotements」など)は、後のクレイジーホースのショウに引き継がれ、そのいくつかは『ファイア by ルブタン』(2012)でも見ることができる。眩惑的な照明、影絵、鏡などを巧みに使った彼の洒落た視覚演出のセンスに私は興味をそそられたのだった。

 ドゥクフレが率いるカンパニーDCAによる今回の舞台『パノラマ』('12年、フランスで初演)は、彼の過去作品のベストシーンを再構成したアンソロジー作品。首都圏での公演は、彩の国さいたま芸術劇場で'14年6月13〜15日の3日間行われた。私が観たのは6月13日の初日公演(1階席6列目で鑑賞)


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なんと開演前からパフォーマンスが!

 開演時刻の5分前、19時25分頃に会場に着くと、劇場のロビーは何やら賑やかな雰囲気。何事かと思って人々の視線の方向を見ると、マーチング隊に扮した出演者たちがロビーを練り歩いている! 全員ベアスキン風の背の高い帽子を被り、男性も女性と同じミニスカート姿でバトンを振りながら陽気に行進。ロビーからホール内に入ると、男女7人のマーチング隊は客席内の通路を練り歩いてステージに上がった。そのままステージ上でしばらくマーチングのパフォーマンス。順番に各人のソロ・ダンスも披露され、黒人の男性ダンサーがアクロバティックに踊ってスプリットを決めると、客席からは大きな拍手がわいた。

 ロビーから登場し、ステージへ移動してパフォーマンスが終わるまで10分弱くらいだっただろうか。その間、客電は点いたままである。まさか開演前から観客を楽しませるとは!

 『パノラマ』が普通のショウと違うのはそれだけではなかった。ステージには出演者たちが身を隠す、いわゆる“舞台袖”というものがない。ステージ上には4本の大きな鉄骨がサーカスのテントのようにドーム状に組まれており、パフォーマンスはそのドーム内で行われるのだが、その両脇──通常は観客に見えない“袖”に当たるエリア──が客席から丸見え状態になっている。可視化されたステージ左右の舞台袖には、電球がついた化粧台、ソファー、衣裳を掛けたパイプハンガーなどが置かれている(上の画像の左端にちょこっと化粧台が見える)。その空間は出演者たちの“楽屋”になっていて、出番がない時、彼らはそこで待機し、メイクをしたり、普通に衣裳を着替えたりするのである。

 マーチングのパフォーマンスが終わると、出演者たちはステージ左右の“楽屋”に移動し、開演までの間、ずっとリラックスしながら待機していた。その様子が客席からすべて見えるのだ。ボブ・フォッシーのリバイバル版『CHICAGO』で、これとよく似た演出があったことを思い出す。『CHICAGO』では、ステージ中央に雛壇状の巨大なバンドスタンドがあり、その両脇が同じように出演者たちの待機スペースになっていた。パフォーマンスの虚構性を明示し、ステージと客席の垣根──演劇用語で“第四の壁”と呼ばれる──を取り払う面白い演出だと思う。

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オープニング・ナンバー「Jump」

 19時40分過ぎ、客電が落ちていよいよ開演。カラフルなスーツに着替えた出演者たちが“楽屋”から現れ、無言ですたすたとステージ上を歩く。おもむろに立ち止まって正面を向くと、観客に向かって各自勝手に大声で喋り始めた。フランス語なので、日本の観客には何を言っているのかさっぱり分からない。しかし、次の瞬間、この言語の壁は見事に打ち破られた。

 カンパニーDCAの出演者は男性4名+女性3名の計7名だが、今回の来日公演では、そこに特別ゲストとしてスズキ拓朗という若い日本人ダンサーが1人加わっていた。一緒に踊る場面もあったが、全編を通して彼はもっぱら“通訳”の役割を果たした。

 観客に向かって大声で喋るダンサーたちの中にそのスズキ拓朗も混じっていて、彼だけは日本語で喋る。“こんにちは。スズキ拓朗と言います。え〜、僕はお酒が好きです”とか何とか言っている。自己紹介だ。彼の存在によって、フランス語で喋る他のダンサーたちも(具体的な内容までは分からないにせよ)観客に向かって自己紹介をしているのだということが了解できた。

 自己紹介に続いて始まったオープニング・ナンバーは「Jump」。'84年の短編ダンス映像作品の再演である(オリジナル版はドゥクフレの映像作品集『カレイドスコープ』収録)。元は男性だけのナンバーだったが、今回は男女混合版。女性ダンサーも男性と全く同じパンツスーツ姿で踊る。全員ポケットに両手を突っ込んだままの状態でジャズダンス調の群舞を披露。両手の自由がきかないことによる動きの歪さ、それと相反するダイナミックな振付のコンビネーションが面白い。この小粋なナンバーは、映画『マイ・シスター・アイリーン』(1955)でボブ・フォッシーがトミー・ロールと路地裏でダンス合戦を繰り広げる「Alley Dance」──フォッシーがポケットに両手を突っ込んだまま踊る場面が一瞬ある──をどことなく彷彿させるものがあった。華麗でありながら奇妙に屈折した振付のセンスは、かなりフォッシーに近い気がする。

 『トムとジェリー』のようなドタバタ・アニメの動きを振付に取り入れたコミカルなナンバー、食べ物が腸を通って排泄される様子をパントマイム風に表現したユーモラスなナンバーに客席からはクスクスと笑いがこぼれる。天井から吊された1台の電灯の下で男性ダンサーが踊るナンバーや、洪水のような光のシャワーを浴びて女性ダンサーがクネクネと踊るナンバー(クレイジーホースっぽい!)では、その不思議なイメージにただ口をあんぐり開けて見とれてしまう。ステージは、まるで次から次へと珍奇な出し物が登場する見せ物小屋のようである。

 各演目の合間には、マチュー・パンシナというMC役の男性ダンサー(いんちき臭いドナルド・サザーランドみたいなナイスキャラ)による口上が時折挿入された。“さて、次にお見せしますのは〜”という感じのことをフランス語で喋り、それをスズキ拓朗が似たような芝居がかった口調で面白おかしく通訳する。時によっては、パンシナが喋る仰々しいフランス語の科白を“思わせぶりですけど、別に大したこと喋ってないです”と言って敢えて訳さなかったり、言葉の壁を逆手にとって上手く観客の笑いを取る。今回の公演でスズキ拓朗という人は狂言回しとして素晴らしい活躍をしていた。このあたりの洒脱なボードビル趣味もボブ・フォッシー的だが、字幕に頼らずに日本人パフォーマーを使うというアイデアには、ドゥクフレの演出のきめ細かさと妥協を許さない姿勢がはっきり顕れていたように思う。

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ワイヤーを使ったサーカス風のパフォーマンス

 天井からワイヤーで吊された男女2人がアクロバティックに舞うナンバーはいかにもサーカス的だが、これも実に風変わりだ。両者は1本のワイヤーで繋がっていて、片方が身を屈めたり水平方向に移動したりすると、もう片方が引っ張られて上に引き上げられる。この仕掛けを使って1人が天井近くまで上昇したり、2人が遊園地の回転ブランコのように宙をぐるぐる舞ったりするのだが、互いの動きが常に相手に影響を与えるので、あまり自由が利かない。あちこち振り回されながら少女はフランス語でヒステリックに喚いており、2人が四苦八苦する様子が観客の笑いを誘う。シルク・ドゥ・ソレイユで見られるような華麗な曲芸ではなく、まるで子供同士がいがみ合いながら公園の遊具で戯れているような印象を与える不思議なパフォーマンスだ。眺めていると、自分でもやってみたくなる。この演目の冒頭には、“宇宙ロケットに乗り遅れて地上に取り残された2人”というような前口上があったと記憶する。2人は一所懸命、宇宙へ行こうとしているのかもしれない。結局、どこへも行けず、宙ぶらりんのまま2人が抱き合って静かに回転する最後の場面には、ちょっとホロリとさせる素晴らしい詩情があった。

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影絵を使った幻想的なパフォーマンス

 ドゥクフレの十八番である影を使ったパフォーマンスも見られた。ステージに白いスクリーンが下ろされ、MC役のマチュー・パンシナが軽妙なトークを交えて自らの手で影絵を披露した後、影絵とダンスを融合した幻想的なパフォーマンスが展開された。スクリーンに映る巨大な手の影にダンサーが操られるようにして踊る。影絵とダンサーの動きが完璧に合っていて、まるで操り人形のように見える。

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ダニエル・クラウド・カンポス関連作──「Cold Front」(左)、「Love Is Found」(右)

 ダンサー/映像作家のダニエル・クラウド・カンポスが、奥さんのタマラ・レヴィンソンを使って撮ったローラ・ウェルシュの音楽ヴィデオ「Cold Front」(2013)は、これに触発されたものに違いない。巨大な影法師にダンサーが操られる全く同じ発想の傑作なので、ドゥクフレが好きな人にも是非見て欲しい。クラウドが手掛けたシャーデー「Love Is Found」(2011)のスクリーン映像も、いま考えると実にドゥクフレ的だ。

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爆笑のリアル格闘ゲーム

 サーカスの曲芸や影絵もそうだが、『パノラマ』には私たちが子供の頃に好きだったものがモチーフとしてたくさん登場する。テレビゲームもそのひとつ。様々なキャラに扮したダンサーが一対一で向き合い、対戦型格闘ゲームのパロディを繰り広げる演目には大いに笑わされた。キャラごとに特徴的な奇声を上げながら、『イー・アル・カンフー』のような昔の格ゲーを思わせるぎこちない動きで相手を攻撃する様子が可笑しい。勝負が決まるたびに、ハイヒールをはいたレオタード姿の男性ダンサーが、“WINNER”、“TRY AGAIN”、“KO”、“GAME OVER”などとデジタル文字で書かれたプラカードを掲げてラウンドガールのように登場し、また笑いを誘う。バカバカしくも、“わかる、わかる”と思わず膝を打って共感してしまうパフォーマンスだ。

 格ゲー・パロディの前には、女性が小さなテーブルの上で、自分の両手をそれぞれ別のキャラに見立てて一人で格闘ごっこに興じるイントロ的な一幕があった。“アチョー!アタ!アタ!”、“グフッ!ウガッ!”といった奇声や効果音をしきりに口で言いながら、夢中で右手と左手を戦わせる。本当に小さな子供のように遊びに興じているので、これがまた可笑しい。小さい頃、私も消しゴム人形やガンプラなどを使ってこういう一人遊びをよくやった。とっくの昔に忘れていた懐かしい感覚が蘇ってくる。このように、男の子がやるような遊びを女性ダンサーがやったり、逆に、女性がやるべきラウンドガールの役目を男性ダンサーがやるなど、『パノラマ』では性別のアイデンティティがひどく曖昧である。男女が全く同じ格好をして踊る場面もたくさんあった。抑圧された性の解放を訴えるような、社会的な主張じみたものはそこに感じられない。それらは、性別そのものが問題でなかった幼少時代の自由な精神をドゥクフレが追い求めていることのひとつの証であるように私には感じられた。

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飛び出す絵本のように次々とイメージが広がる『パノラマ』

 ベンチに座った3人の少年が喧嘩する様子をリズミカルに表現したパントマイム風ナンバー(私のお気に入り!)、鹿の角をつけた少女の幻想的なソロ・ダンス、バイ菌の生態を表現した(?)ユーモラスな群舞……他にも言葉で説明しづらい奇想天外なパフォーマンスが次から次へと飛び出した。“オモチャ箱をひっくり返したような”という表現があるが、ドゥクフレのショウはまさにそれである。観ていて本当に愉しい。年配者から小さな子供まで、観客たちはみんな同じように声を上げて笑いながらショウを楽しんでいた。

 ショウはいよいよ大詰め。“光と音の大フィナーレです!”という前振りで始まったのは、MC役のマチュー・パンシナによる“ひとりエア花火大会”だった。打ち上げ花火が次々と炸裂する様子を、パンシナがたったひとりで身振り手振りと声だけで表現する。とんでもなくバカバカしい(笑)。ステージを動き回りながら一所懸命に花火を表現するパンシナの傍には、音声スタッフ役の女性がひとり付いていて、ガンマイク(竿みたいなやつ)でパンシナの迫真の演技を追う。一応、パントマイムと言えなくもないが、先述の両手を使った格闘ごっこのように、子供の無邪気な遊びをそのままパフォーマンスにしたような感じである。よくもこんな素晴らしくくだらないことを思いつくなと感心する。

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ショウを締め括った「Hernando's Hideaway」

 盛大な“ひとりエア花火”の後に、本当のフィナーレがあった。ガウン姿の出演者全員がステージ中央に固まり、タンゴに合わせてカスタネットを鳴らす仕草をするパントマイム風のナンバーだ。使われた曲は「Hernando's Hideaway」。それを聴いて“ああ、やっぱり”と思った。「Hernando's Hideaway」は、'54年のブロードウェイ・ミュージカル『パジャマ・ゲーム』('57年に映画化)でキャロル・ヘイニーが歌った曲。同作で振付を手掛けていたのは、ボブ・フォッシーである。『パノラマ』にはフォッシーくさいところがいくつもあったが、最後にこの曲が登場したところで、ドゥクフレがフォッシー信奉者であることを確信した。当然、彼はフェリーニも大好きだろう。幼少時の記憶を蘇らせる『パノラマ』には、まるで『アマルコルド』のように温かで美しい詩情も漂う。笑いながら私は何度も胸が切なくなった。

 「Hernando's Hideaway」が終わると、出演者が横一列に並んで挨拶。フィリップ・ドゥクフレ本人も姿を見せ、カーテンコールは延々と続いた。約85分の魔法のようなショウ。これで5,000円は本当に良心的だ。時間があれば、もう一度観たかった。

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フィリップ・ドゥクフレ

 事前の私の興味は主に視覚演出の面にあったのだが、実際にショウを観て強く印象に残ったのは、ドゥクフレの子供のような視点である。幼少の頃に誰でもやった様々な“ごっこ”、想像力を使った無邪気な遊びを、彼は洒脱なユーモアと共に見事にエンターテインメントにしていた。何もないところに何かを見つけ、何でも遊びにしてしまう発想の自由さ、その無限のイメージの広がりに感動を覚えた。具体的にイメージを提示するのではなく、むしろ提示しないことによって観客の想像力を刺激し、見えないものを見させる。例えば、色違いのタイルで舗装された歩道の柄を“陸”と“水”に見立て、子供が“陸”の部分だけを踏みながら歩いている姿を見かけたことがある人は多いと思う。大人にとっては何でもない歩道が、子供にとっては“落ちたら死ぬ”危険な通り道になる。ドゥクフレが観客にかけた魔法というのは、まさにそういうものだった。

 想像力に勝る演出はない。これぞ真に“観客参加型”と言えるショウかもしれない。素晴らしい魔術だった。ブラボー、ドゥクフレ!




フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA『パノラマ』
【埼玉公演】
2014年6月13日(金)〜15日(日)
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
【松本公演】
2014年6月18日(水)
まつもと市民芸術館
【北九州公演】
2014年6月22日(日)
【大津公演】
2014年6月28日(土)〜29日(日)
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

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