2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Prince──ドロシー・パーカーのバラッド



 ワーナーと再契約、素晴らしい新作を携えて久々に俗世間(?)に帰ってきたプリンス。前回、新譜収録曲の「Breakfast Can Wait」を和訳した際、私は「The Ballad Of Dorothy Parker」を引き合いに出した。今回は、彼の最高傑作のひとつ『SIGN "O" THE TIMES』(1987)収録のこの名曲を取り上げることにしたい。

 「The Ballad Of Dorothy Parker」は摩訶不思議なバラード・ナンバーである。ミッドテンポの妖しいファンク・グルーヴに乗って、ある晩出会ったドロシー・パーカーという名の魅力的なウェイトレスとの情事(未遂)が歌われる。ドロシー・パーカーは20世紀前半に活躍したアメリカの著名な女性文筆家だが、プリンスは彼女の名前だけを拝借し、自分が見た夢をもとに独自の歌詞を書き上げた。スライ『FRESH』を思わせる独特のくぐもった音質、捻れたサウンド・センスとメロディ、まるで真夜中のピロートークのように親密なプリンスの歌声が、このエロティックかつユーモラスな小話に夢とも現実ともつかない実に奇妙な感覚を与えている。

 シングル曲ではないが、この曲を愛するプリンス・ファンは多いだろう。私も昔から大好きな曲だが(もしかしたらプリンス楽曲の個人的ベスト3に入るかもしれない)、残念ながら、日本盤に添付されている歌詞対訳(ワーナー・パイオニア洋楽部による)は、プリンスの話術の魅力をいまいち伝え切れていないように思う。今回はこの名曲の歌詞を、私の力の及ぶ限り、できるだけきちんと和訳することにしたい。あわせて、当時プリンスの録音エンジニアを務めていたスーザン・ロジャーズ女史が近年語った「The Ballad Of Dorothy Parker」録音時の貴重な逸話も紹介する。プリンスの作詞家としての素晴らしさ、天才的な創作力を確認して頂ければ幸いだ。


The Ballad Of Dorothy Parker

Dorothy Was A Waitress On The Promenade ● She Worked The Night Shift ● Dishwater Blonde, Tall And Fine ● She Got Alot Of Tips ● Well, Earlier I'd Been Talkin' Stuff ● In A Violent Room ● Fighting With Lovers Past ● I Needed Someone With A Quicker Wit Than Mine ● Dorothy Was Fast ● I Ordered - "Yeah, Let Me Get A Fruit Cocktail, I Ain't 2 Hungry" ● Dorothy Laughed ● She Said, "Sounds Like A Real Man 2 Me" ● Kinda Cute, U Wanna Take A Bath? ● I Said "Cool, But I'm Leaving My Pants On ● Cuz I'm kind of going with someone." ● She Said "Sounds Like A Real Man 2 Me" ● Mind If I Turn On The Radio? ● "Oh, My Favorite Song" She Said ● And It Was Joni Singing "Help Me I Think I'm Falling" ● (Ring) ● The Phone Rang And She Said ● Whoever's Calling Can't Be As Cute As U ● Right Then And There I Knew, I Was Through ● (Dorothy Parker Was Cool) ● My Pants Were Wet, They Came Off ● But She Didn't See The Movie ● Cuz She Hadn't Read The Book First ● Instead She Pretended She Was Blind ● An Affliction Brought On By A Witch's Curse ● Dorothy Made Me Laugh ● Ha Ha, Ha Ha ● I Felt Much Better So I Went Back 2 The Violent Room ● Let Me Tell U What I Did ● I Took Another Bubble Bath With My Pants On ● All The Fighting Stopped ● Next Time I'll Do It Sooner ● This Is The Ballad Of Dorothy Parker

ドロシーは河岸通りのウェイトレスだった●夜番の娘だった●くすんだ金髪、背が高くて綺麗●チップをたくさん貰ってた●さて、その前に僕はやり合ってた●修羅場の部屋●過去を巡って恋人と喧嘩●僕は自分より冴えてる誰かと話がしたかった●ドロシーはツワモノだった●僕は注文した──“じゃあ、フルーツ・カクテルを。あんまりお腹空いてなくてね”●ドロシーは笑った●そして言った“好きよ、そういう人”●可愛い人ね、お風呂入る?●僕は言った“いいね。でも、パンツ穿いたままでね●ちょっと付き合ってる子がいるから”●彼女は言った“好きよ、そういう人”●ラジオつけてもいいかしら?●“あら、私の大好きな曲”と彼女●ジョニの歌声だった“助けて、恋に落ちそう”●(チリリン)●電話が鳴ると彼女は言った●電話の主が誰だろうと、あなたほど可愛い人じゃないわ●その瞬間、もうダメだと思った●(ドロシー・パーカーはクールだった)●パンツが濡れて、脱げちゃった●だけど彼女は映画を見なかった●先に原作を読んでなかったから●代わりに彼女は目が見えないふりをした●魔女の呪いの仕業●ドロシーは僕を笑わせてくれた●ハハハハ●すっかり気分も良くなって、僕はあの修羅場の部屋へ戻った●僕がどうしたか話そうか●僕はまたパンツを穿いたまま泡風呂に入った●それで2人は仲直り●今度はもっと早くこうするよ●これがドロシー・パーカーのバラッド


 この歌は、恋人と喧嘩した“僕”が飲食店でドロシー・パーカーという名のウェイトレスに出会い、彼女の家で一晩過ごした後、再び恋人のもとへ戻るまでを描いている。ちょっと分かりにくい箇所もあるので、私の個人的な解釈も交えつつ、野暮を承知で解説を加えることにしたい。

 まず、“僕”は同棲している(と思われる)恋人と過去の異性関係を巡って喧嘩になり、クサって家を飛び出す。その後、河岸通り(もしくは海岸通り。“at”ではなく“on the promenade”なので、店名などではなく、普通に水辺の遊歩道のことだと思う)の飲食店でドロシー・パーカーという器量のいい夜番のウェイトレスに誘惑される(“fast”には異性に対して“手が早い”という意味もある。頭の回転が速い誰かと話したかった“僕”は、同時に手も早いドロシーに出会う)。彼女の家に行った“僕”は“お風呂入る?”と誘われるが、一応、恋人がいる身なので、パンツを穿いたまま入ると答える(笑)。貞操を保とうとする“僕”は、ますますドロシーの気を惹いてしまう。彼女がラジオをつけると、まるで2人の関係を暗示するようにジョニ・ミッチェルの「Help Me」(1974)が流れる。彼女は“僕”と音楽の趣味も合うようだ。電話が鳴り、更に誘惑の言葉をかけてくるドロシーに“僕”は負けそうになる(ここでしばし間奏タイムとなり、リスナーに気を持たせる)。

 “僕”のパンツが濡れる。射精によってではなく、バスタブのお湯によって濡れる。ビショビショになったせいで図らずもパンツが脱げてしまう(“They came off”の“They”は直前の“My pants”を指している。“イッちゃった”のではなく“脱げちゃった”のだ)。その次に置かれた2行は、この歌詞の中で最も不可解かつ面白い部分である。

  だけど彼女は映画を見なかった
  先に原作を読んでなかったから


 この2行はいかにも唐突で、前後の文脈からも完全に浮いている。なぜいきなり映画の話になるのか。2人はテレビで映画を見ようとしたのか。そうではないだろう。これに続く描写にこの2行を理解する鍵がある。

 パンツが脱げてしまった“僕”。しかし、ドロシーは目が見えないふりをした。魔女の呪いのせいで見えなくなった、と言っておどけながら。要するに、彼女は“僕”の珍々を見ないようにしたのである。この話の流れによって、映画に関する不可解な2行は、実際に起きたことではなく、ドロシーの行動、または性格を表したプリンス流の比喩であることが分かる。“原作を読んでいないから映画を見なかった”というのは、つまり、よく知りもしない男と簡単にセックスするほど彼女は尻軽な女ではなかった、ということだろう。物には順序がある。男女関係も然り、ということだ。もともとドロシーは一夜の情事のために“僕”を誘ったのかもしれないが、いずれにせよ、恋人がいるからパンツは脱がないと言う“僕”の態度を尊重し、初対面の男とのセックスを回避するのである。唐突に挿入される2行の暗喩が、この歌をひときわ魅力的にしている。ドロシー・パーカーが単なる尻軽女ではなく、きちんとした知性とユーモア、そして真面目さを持ったいい子であることが、このくだりからよく伝わってくる。結局、2人は一線を越えなかった。

 ドロシーに心を癒された後、僕は気を取り直して自宅へ戻る。そして、再びパンツを穿いたまま泡風呂に入る。恐らく、喧嘩中だった恋人と一緒に。2人は仲直りした。次に喧嘩した時は、もっと早くパンツを穿いたまま一緒に風呂に入ろうと思う“僕”なのだった。完。

 パンツを穿いたまま風呂に入るという奇行が何ともプリンスらしくて良い(ズボンの可能性もあるが、お湯に濡れて脱げてしまうなら、やはり下着のパンツだろう)。パンツを穿いたまま恋人と入浴することは、肉体的な関係ではなく、精神的な関係を深めることに繋がる。この歌を通してプリンスは、裸で語り合うことの大切さ、スキンシップの尊さを訴えているのかもしれない(笑)。セックスを扱ってはいるが、それ以上に大切なのはハートだ、という歌である。

 ドロシー・パーカーのキャラクターには、プリンスが思い描く理想の女性像が投影されているように思う。男は誰でもこういう女の子──綺麗でエッチで真面目で頭が良い──に惹かれるものである。夢に触発されて書かれたというこの作品は、男のファンタジーの結晶であるとも思う。妄想男子、プリンスの真骨頂ではないだろうか。前回訳した「Breakfast Can Wait」は、ドロシー・パーカーの夢から覚めた朝の話と捉えることもできるだろう。

 ちなみに、知らない女の部屋へしけ込む筋書き、間奏での絶妙なじらし方、オチの付け方などにおいて、この歌はビートルズ「Norwegian Wood」(1965)によく似ていると思う。プリンスよ、意識しなかったとは言わせないぞ!


「The Ballad Of Dorothy Parker」レコーディング秘話

Ballad_of_Dorothy_Parker2.jpg
スーザン・ロジャーズ

 '83年から'88年初頭までプリンスのもとで録音技師を務めていたスーザン・ロジャーズ Susan Rogers という女性がいる。怒濤の勢いで傑作を連発した'80年代のプリンスの創作現場にずっと立ち会っていたスゴい女性だ。アルバムで言うと、彼女が関わっていたのは『PURPLE RAIN』から『SIGN "O" THE TIMES』〜『THE BLACK ALBUM』までの時期で、いずれの作品にも彼女はエンジニアとしてクレジットされている(クレジット自体が記載されていない『THE BLACK ALBUM』は除く。時にミックスも手伝っていたようだ)。'13年にDaddy Rock Starという海外ブログのインタヴュー取材に応じた際、彼女が「The Ballad Of Dorothy Parker」録音時の貴重なエピソードを語っている。これが実に面白い。

 「The Ballad Of Dorothy Parker」は、ミネソタ州チャンハッセン市(ミネアポリスの隣の市)のガルピン通りに新設されたプリンスのホームスタジオで'86年3月15日に録音されている。'85年末に作られたそのスタジオは、後にチャンハッセン市郊外にペイズリー・パーク・スタジオが作られるまでプリンスが頻繁にレコーディングを行った場所のひとつ。彼はそこで『SIGN "O" THE TIMES』と『THE BLACK ALBUM』(および、同時期の未発表アルバム『DREAM FACTORY』『CAMILLE』『CRYSTAL BALL』)を録音している。プリンスはそのホームスタジオに、それまで彼がよくレコーディングに使用していたサンセット・サウンド(ハリウッドにある有名な録音スタジオ)にあるのと同じタイプのコンソールを特注で取り寄せた。機材が到着し、スーザン・ロジャーズによってスタジオ内に新しいコンソールが設置されたが、動作チェックをする前に、待ちきれないプリンスがいきなりレコーディングをすると言い出した。彼が録音したがったのは、書いたばかりの「The Ballad Of Dorothy Parker」だった。

 設置し終えたばかりのコンソールには実は不備があり、録音は正常に行われなかった。しかし、それが魔法を生むことになった。スーザン女史の話はこうだ。

「配線なんかの確認作業がまだ済んでなくてね。要するに、一通り配線を繋ぎ終わっただけの時点でプリンスが“さあ、録音しよう”と言ったのよ。彼は寝ている時に女性やバスタブやウェイトレスなんかが出てくる夢を見て、ものすごい勢いで歌詞を走り書きして、それを〈The Ballad Of Dorothy Parker〉と名付けた。ドロシー・パーカーが実際どういう人物かどこまで知ってたのかは分からないけど、名前は知っていたわけね。歴史上の実在するドロシー・パーカーのことというわけではなく、作品自体はジョニ・ミッチェルに触発されたものだった。彼がそう言ってたのを覚えてるわ。ともかく、彼が上から駆け下りてきて、私たちは真新しいテープをセットしてレコーディングを始めた。例によって彼はあらゆる楽器を演奏してたんだけど、私は内心パニック状態だったわ。なんか音がおかしいのよ。すごく籠もってて、ちっとも高域が出てない。何が原因か調べなきゃいけないから、私は録音作業が終わるのを今か今かと待ってた。もちろん、曲はとてもいい感じで出来つつあって、その間中、私はずっと“やめてくれないかな”と思ってたんだけど(笑)、一向に終わる気配がない。彼はずっと何も言わないままだし、彼にも聞こえてるのは確かなんだけど、音について何も言ってこないのね。彼はこの曲が気に入っていて、夢中でやってるわけ。最後の最後になって彼はようやく私に忠告してくれたわ。“このコンソールはサンセット・サウンドのやつとはなんか音が違うね。すごく籠もってるよ”──そう言うと彼は上へ行って寝てしまった。思ったわ、“そうですとも、籠もってますとも、全然高域が出てないわよ!”って(笑)。彼が上の階へ行って寝たところで、私はやっとコンソールを調べることができて、見てみると半分の電力だけで作動していたことが判った。二極式の電源の片方が死んでいて、半分の電力しか来てなかったのよ。でも、この曲は夢の中で思い浮かんだものだったから、彼はそのことをちっとも気にかけなかった。籠もった音のせいで、あの夢のような質感が生まれたからよ」(26 February 2013, Daddy Rock Star)

 このインタヴューでスーザンは「If I Was Your Girlfriend」のことも話している。あの曲のプリンスのヴォーカルは音がちょっと歪んでいるのだが、それは録音時にスーザンが過って入力レベルを通常より高く設定してしまったせいなのだという。プリンスに殺されるかと思って冷や冷やしたそうだが、録音を聴いたプリンスはそれを気にしなかったという。他にも、プリンスが「If I Was Your Girlfriend」をシングルに切るべきか否かでえらく悩んでいたとか(彼はそのことで珍しくスーザンに助言を求めてきたという)、彼がケイト・ブッシュの「Running Up That Hill」を聴きまくっていたとか(やっぱり!)、興味深い話がどんどん出てくる。プリンス本人が自分の創作の裏側を語らないこともあり、彼女のような内部関係者の話は本当に貴重で面白い。



プリンス関連記事◆目録
Everytime it rains──雨が降るたびに(「Running Up That Hill」と並ぶケイト・ブッシュの名曲「Cloudbusting」の拙訳)

| Man's Man's Man's World | 21:30 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT