2017 04123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 06

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Screamin' Jay Hawkins──お前に魔法をかけてやる




Willie: What the fuck is that? I really hate that kind of music.
Eva: It's Screamin' Jay Hawkins, and he's a wild man, so bug off!

ウィリー:なんだその曲は。おれの趣味じゃない。
エヴァ:スクリーミン・ジェイ・ホーキンスよ。文句ある?

──『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)


 I Put A Spell On You
 (Hawkins/Slotkin)
 
 I put a spell on you
 Because you're mine
 Stop the things you do
 Watch out, I ain't lyin'
 
 魔法をかけてやる
 お前は俺のものだ
 いい加減にするんだ
 覚悟しろ 嘘じゃない
 
 I can't stand
 No runnin' around
 I can't stand
 No put me down
 
 我慢できない
 遊び回りやがって
 我慢できない
 俺をなめやがって
 
 I put a spell on you
 Because you're mine
 
 魔法をかけてやる
 お前は俺のものだ
 
 Stop the things you do
 Watch out, I ain't lyin'
 
 いい加減にするんだ
 覚悟しろ 嘘じゃない
 
 I love you
 I love you
 I love you anyhow
 I don't care if you don't want me
 I'm yours right now
 
 愛してる
 愛してる
 愛してる どうしても
 お前にその気がなくてもいい
 俺はもうお前のものだ
 
 I put a spell on you
 Because you're mine
 
 魔法をかけてやる
 お前は俺のものだ


 泣く子も黙る(もっと泣く?)奇天烈ブルースマン、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの一世一代の大ヒット「I Put A Spell On You」(1956)。呪術めいた単調な三拍子リズム、怪しすぎるスクリーミン・ジェイの叫喚ヴォーカル、酔っ払ったチンドン屋のようなサックス・ソロは、一度聴いたら忘れられない印象を残す。どう聴いてもストレンジ、まったくもってオルタナティヴ。この曲は完璧に道を踏み外している。あまりにも常軌を逸したこの曲は、当時、アメリカのラジオで放送禁止にまでなった。

 歌詞には意外と普遍性がある。「I Put A Spell On You」は、上に訳出した通り、浮気性の女に振り回されて地団駄を踏んでいる男の歌である。お前は俺のものだ、だから魔法でどこにも行けないようにしてやる!──スクリーミン・ジェイのアブノーマルな歌声には、本当に魔法をかけそうな迫力がある。

 この歌を書いた経緯をスクリーミン・ジェイはこう説明する。

「あの歌は1日で書いた。愛のなんたるかを知ったことがきっかけでね。今、この歳になって分かるが、俺は愛のことなど何も分かっちゃいない無知な若造だった。生まれてはじめて女に足蹴にされて、それが堪えたのさ。その女はナイトクラブの客の目の前で俺を振りやがったんだ。そいつはステージに上がってきて、一緒に住んでた部屋の鍵を放り出すと、後ずさりしながら俺に向かって投げキッスをした。俺は鍵を見て、それからバーテンのほうを見た。そのバーテンは白髪混じりのすごく頭のいい女性だった。その彼女が首を横に振るんだな。で、“終わったらこっちへ来い”と合図する。20分くらいしてステージを終えると、俺はバーカウンターへ行った。すると彼女がこう言うんだ。“あれほど忠告したのに! 他の女は忘れなさいって。いい人だったのに”。“いったい何の話だ?”と言うと、“彼女、鍵を放り出したでしょ?”。“まあ、多分どっかへ出かけたんだろうな”。そしたら“あんた、捨てられたのよ”と。“この俺が女に捨てられるわけないだろ。バカ言うな!”。すると彼女はこう言った。“ジェイ、これから上の部屋に戻って衣装を変えるでしょ。次のステージまで45分ある。店に入ってくる時、もし彼女に捨てられてなかったら、ニッコリしてちょうだい。捨てられてたとしてもごまかしちゃダメよ。あたしには分かるから。あの人はあんたを捨てたに決まってるんだから”。そこでふと思った──そういや彼女はなぜ遅れて来たんだろう? なんでまた俺がステージにいる最中にやって来たんだろう? どうして俺に鍵をよこせと言ったんだろう? 部屋に行ってみると彼女の服がすべて消えていた。彼女の写真もレコードも、何もかもだ。俺は自分でも驚くような大声で絶叫した。とりあえずそうするよりなかったからだ。それから服を着替えると、俺は次のステージをやるために戻った。ひきつった顔に笑顔を浮かべながら。バーテンの女を騙してやれと思ったのさ。店に入ると彼女が吹き出して笑った。“あんた、あたしと賭けする?”と言うから、“いいや、どうせあんたの勝ちだ”と答えたよ。“どうするつもり?”と言われて、“明日は休みだから、フィラデルフィアまで行って彼女を連れ戻すさ”。“連れ戻せると思うの?”と訊かれて、“あたりきよ。魔法をかけてでもな”。そこで閃いた──“これだ。魔法をかける!……これを歌にしよう。そいつを耳にして、俺がどんなに想っているか知れば、きっと彼女は戻ってくるぞ”」

 魔法が効いたのかどうかは知らないが、その女性は実際にジェイのもとへ戻ってきたそうだ。

「女は戻ってきた。だが、その後、彼女とは4ヶ月くらいしか続かなかった。今度は俺のほうから捨ててやったぜ」

 スクリーミン・ジェイの話すことには誇張や創作が多分に含まれているので、話をそのまま鵜呑みにすることは禁物だ。この人の話のおよそ80〜98%(推定)はネタである。ドキュメンタリー映画『スクリーミン・ジェイ・ホーキンス伝説』(2001)は、一体どこまで本当なのかと思うようなトンデモ話のオンパレードだし(本人以外の証言者たちも全員怪しかったりする)、同じ内容の話でも発言時期によってディテールが違うことがある。その人生と同様、彼の作品や芸風はどこまでも胡散臭いものだが、しかし、それがたとえネタであったとしても、そこには常にある程度の真実が含まれているように感じる。この人はまるで芸人のように、誰にでもあるようなちょっとした失敗談や苦労話を、誰にもできない脚色と話し方でトンデモ話にしてしまう。どんなに辛い経験も冗談にして笑い飛ばすその精神と才能こそが、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスという希代の怪パフォーマー/アーティストを完成させたように思える。

 上に引いた話がどこまで本当かはさておき、少なくとも、「I Put A Spell On You」が女に捨てられた苦しみから生まれた歌であることは事実だろう。ヒットを出せずに様々なレーベルを転々としていたスクリーミン・ジェイは、'55年11月、この歌をフィラデルフィアのレーベル、Grand Recordsで初めて録音した(共作者としてしばしばクレジットされるHerb Slotkinは同レーベルのオーナーだった人物)。但し、その時、この歌はまだ魔法の響きを持っていなかった。

「〈I Put A Spell On You〉は以前にGrand Recordsで録音した曲で、ジョニー・エースやロイ・ハミルトンが歌いそうなバラードだったんだ」

 ジェイがそう説明する'55年の初録音版は、当時発売されることなくお蔵入りし、半世紀もの間、日の目を見ることがなかった。現在、私たちはその貴重な録音を彼の初期音源集『THE WHAMEE 1953-55』(2006)で聴くことができる。ピアノのバッキングを軸に、ギターがリードを務める控え目なアレンジだが、歌詞が歌詞だけに、'56年の決定版に通じる不穏な雰囲気は既に漂っている。スクリーミン・ジェイはそこでも叫んでいるが、声に悪魔的な響きはまだなく、心の痛みを素直に表現するような歌い方をしている。ヒット性はないかもしれないが、これはこれで素晴らしく魅力的な仕上がりだ。

 ちなみに、サウンド的には、その10ヶ月前の'55年1月にMercury Recordsで録音され、実際にシングル発売もされた「(She Put The) Whamme (On Me)」の方がむしろ'56年版「I Put A Spell On You」に近いと言える。不発に終わったが、三拍子を強調した“呪文リズム”がそこで初めて登場している。“彼女は俺に呪いをかけた”という歌詞も含め、「I Put A Spell On You」の雛型として見逃せない作品だ(この曲は'64年に「The Whammy」のタイトルで秀逸なセルフリメイク版も作られた)


BIRTH OF THE SPELL──魔法の誕生

Spell02.jpg

 初録音から約1年後の'56年9月、ジャズ/ブルースの名門レーベル、Okeh Recordsの下で、遂に決定版「I Put A Spell On You」が録音された。有名なエピソードだが、その録音は泥酔状態で行われたという。スクリーミン・ジェイの話はこうだ。

「アーノルド・マキシム(Arnold Maxim。Okeh Recordsの親会社、Columbia RecordsのA&Rマン)が言ったんだ。“そういうタイトルの曲だったら風変わりでなきゃな。Grandのオリジナル版を聴いたが、あれはストレートなバラードだった。この歌は奇抜でなきゃいけない。おっかなくないとな。さて、どうしたもんかな?”。みんな何も言わなかった。アーノルド・マキシムは曲が静かすぎると判断し、こう言った。“君たち、ナイトクラブで最高にノってるとき、この曲をどうやる?”。“酔っ払ってて演奏なんか分かんねえよ”と答えると、“それだ!”と言う。彼がスタッフの誰かに話をして、30分もすると、酒やチキンがどっさり入った箱がいくつも運ばれてきた。彼は言った。“宴会をやるぞ。レコーディングじゃない。宴会だ。みんなで飲み食いするんだ。俺がいいと思ったところでレコーディングに入る”。でもって、みんなでひたすら宴会を繰り広げた。俺はいつの間にか酔いつぶれちまった。それから10日後、彼がこう言ってきた。“おい、知らせだ。発売されたんだ。売れてるよ。君はヒットを飛ばしたんだ”。“どの曲が?”と訊くと、“「Spell」さ”と言う。“ああ、「Spell」ね”と。レコードを聴いてみて俺はこう言ったよ。“いや、これは俺じゃない”。“いや、君だよ”──そう言って彼は変な写真をいくつも見せた。俺はそいつをその場で破り捨てた。ネガも手に入れて始末してやった。よかったよ、まったくひどい写真だったからな。〈I Put A Spell On You〉の録音を俺は仰向けに寝転んでやったんだ。片手にマイクを持って、もう片方に酒瓶を持ってな。どいつもクレイジーだった。ギターのミッキー・ベイカーは完全にへべれけ状態だった。テナーサックスはサム・テイラーだ。マウスピースもくわえられない酔っ払いのサックス吹きなんて見たことないだろ。ありゃ見ものだった。まったくお笑いだったよ」

 この話もどこまで本当か分からないが、それまでとは違うスイッチが入っていることは録音を聴いても明らかである。1年前の初録音版で悲痛さを滲ませていたスクリーミン・ジェイのヴォーカルは、この'56年版「I Put A Spell On You」で、ヤケクソを通り越して、恐れるものなど何もないような悪魔的なものへと変化を遂げている。実際に悪魔に魂を売ったのか、あるいは、売れれば何でもいいと思ったのか。ともかく、ヒットが出ずに追い詰められていた彼は、酒の力も借りつつ、この曲で未開の領域へ突き抜けた。

Spell03.jpgSpell04.jpg
'56年の記念すべきシングル「I Put A Spell On You」(B面は悶絶ロックンロール「Little Demon」)

 Okehで録音された'56年版「I Put A Spell On You」には3つのヴァージョンがある。最初に発売されたのはエンディング部分でジェイが“ウガウガウガ、ンゴー”と未開人のように喚くヴァージョンだったが、そのせいでレコードはラジオで放送禁止になった。“食人風習を思わせる”とクレームがついたのである。そこで、同テイクのエンディング部分だけを(比較的)まともなものに差し替えた微妙に異なるヴァージョンが売られることになった。様々なベスト盤に収録され、一般的に親しまれているのは差し替えヴァージョンの方である(確かに元のエンディングはさすがにエグすぎるように思う。もっとも、エンディングを差し替えても放送禁止処分は免れなかったようだが)。オリジナルの“ウガウガ”エンディング版は、ジェイの編集盤『COW FINGERS & MOSQUITO PIE』(1991)、または、やさぐれブルース編集盤『VOODOO BLUES: THE DEVIL WITHIN』(2010)に収録。また、この録音には別テイクもあり、そちらも『COW FINGERS & MOSQUITO PIE』、あるいは、Epicから発売された1stアルバム『AT HOME WITH SCREAMIN' JAY HAWKINS』(1958)のCD復刻盤にボーナス収録されている。

 2つのテイクを聴き較べると、酒気を帯びている感じはするが、泥酔状態とまでは感じない。テナーのサム・テイラーはかなり奔放なアドリブ・プレイをしているものの、ジェイに関しては、多少の違いはあれ、どちらのテイクでも意識的に同じ歌い方をしているような印象を受ける。この曲のヴォーカルに関して、彼には明確なヴィジョンがあったのではないだろうか。

Spell05.jpg
お前ら全員魔法かけたる!──初期のスクリーミン・ジェイのステージ

 その後、アラン・フリードの提案により、スクリーミン・ジェイはステージで棺桶の中から登場する伝説的なパフォーマンスを始める。ドラキュラのようにマントを羽織り、身体にヘビを巻き付け、“ヘンリー”という名のドクロがついた杖を片手に花火の閃光を散らしながら歌うショッキングなパフォーマンスは彼の終生のトレードマークになった。おどろおどろしい視覚演出、ヴードゥーやジャングルをモチーフにした作品によって、彼は“辺境からやって来たヤバい人”を滑稽に演じてみせたが、黒人のイメージを低下させるとして、そうしたパフォーマンスには一部の黒人団体から反発もあったようだ。

「NAACPの連中が追っかけてきて俺に言った。“君は自分の人種に何をしているか分かっているのかね?”。俺は答えた。“講釈なら他でやってくれ。俺は喰うためにやってるんだ。放っといてくれよ”。サミー・デイヴィスは俺に手紙をよこして“500ドルでNAACPに入会しないか”と誘ってきた。“連中が黒人のためにしてくれたことをひとつでいいから言ってみろ、そしたら入会する”と答えたら、その後、どちらからも二度と連絡はなかった。てやんでえ、ってんだ。いいか、俺は社会運動家じゃないんだ。タダで行進には出かけない。俺は金を稼ぎに出かける。単純なことさ。正直な主張だよ。それのどこが悪いんだ?」

 スクリーミン・ジェイの未開人キャラにはブラックフェイス芸と紙一重の危うさがあったかもしれない。しかし、何でもネタにして笑い飛ばしてしまう彼の圧倒的な諧謔精神の前では、それも些細なことに感じられる。黒人のステレオタイプ像をデフォルメしながら独自のアートを生み出したという点で、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスはジョセフィン・ベイカーやグレイス・ジョーンズと同じ系譜に属する人だ。NAACPに対する彼の距離の取り方も何となく分かるような気がする。彼は人種を超越していた。彼は地球上のどの人種や民族にも属さない、完全なる“異邦人(エイリアン)”なのである。

 そうしたケレン味溢れる際どい演出の一方、個人的には、歌手/音楽家としてのスクリーミン・ジェイに純粋に惹かれる。この人はとにかく声が素晴らしい。五臓六腑に響くような深みのあるバリトン。ポール・ロブソンに憧れ、オペラ歌手になることも夢見た彼の歌声は、奇を衒わなくても十分に魅力的だ。「I Put A Spell On You」のリズムは、ブルースの6/8拍子を欧州的な3/4拍子(ワルツ)で解釈したものである。ブルースとオペラを折衷したスクリーミン・ジェイの歌唱がそこに乗った時、“魔法”が生まれた。アメリカとヨーロッパ、いずれの伝統も引きながら、そのどこにも属さないアウトサイダー・ミュージックの完成である。キワモノ的でありながら彼の芸が不思議と下品にならないのも、その声やサウンドに洗練されたヨーロッパのテイストが含まれているからではないだろうか。

 マイナー調/三拍子の“呪文リズム”を使って、スクリーミン・ジェイはその後も「I Put A Spell On You」と同趣向の迷曲、珍曲を数多く生み出している(素晴らしい曲がたくさんあるので、いずれ機会を改めて紹介したいところ)。また、「I Put A Spell On You」自体も、ノーザン・ソウル版(1967)、ブルース・ロック版(1972)、キース・リチャーズ参加の怪奇ディスコ版(1979)、ヒップホップに接近したダンス版(1991)……という具合に、あの手この手でセルフリメイクが繰り返された。まさに終生の代表曲。スクリーミン・ジェイ・ホーキンスのキャリアは、呪文で始まり、呪文で終わるのである。


THE SPELL CONTINUES──魔法は続く

Spell06.jpg


 「I Put A Spell On You」はカヴァー版の多さでも知られる。そのほとんどは、この曲を滑稽なノベルティ・ソングとしてではなく、痛切な傷心の歌、あるいは、一種の“怨歌”としてシリアスに解釈したものである。人の心の暗部を映し出すようなこの曲の普遍的で魔術的な魅力に多くのアーティストが取り憑かれたのだ。本当に多くのカヴァーが存在するので、ここではそれらを掻い摘んで紹介することにしたい。

 まず、何と言っても特筆されるのは、ニーナ・シモン版(1965)。真夜中にひとり焼酎を片手に唇を噛むような(?)ダークなジャズ・バラードに改作し、歌に込められた心情を見事に裸にしてみせた。甘美なストリングスをバックにしながらも、ニーナの歌唱は全く感傷に流されることがない。飲めば飲むほど覚醒していく。暗い情念を静かに募らせる彼女のヒリヒリとした歌唱には、スクリーミン・ジェイに勝るとも劣らない迫力がある。オリジナル版を彷彿させる咽び泣くサックスとの絡み合いもグッとくる。ニーナのカヴァー版のヒットは、この曲に対する再評価の気運を生むことにもなった。単に先鞭をつけただけでなく、彼女の解釈は後の多くの(特に女性歌手による)カヴァー版の手本になったという点でも重要だ。“第二のオリジナル版”と言っても過言ではない決定的な作品である。

 クラシック、ジャズ、ブルース、ゴスペル、フォーク……様々な音楽的ルーツを持ち、どのジャンルにも収まりきらない音楽を作り続けたニーナ・シモンは、スクリーミン・ジェイと同じ比類なきアウトサイダーだった。彼女がジェイの歌に特別な思いを抱いていたことは、'92年に出版された彼女の自伝本が、ずばり“I Put A Spell On You”と題されていたことからも窺い知れる(邦訳書名『ニーナ・シモン自伝 ひとりぼっちの闘い』)。スクリーミン・ジェイとニーナ・シモンはいずれもフランスで逝去。享年まで揃って70歳というのは何やら因縁めいている?

Spell07.jpgSpell08.jpgSpell09.jpgSpell10.jpg
Spell11.jpgSpell12.jpgSpell13.jpg

 「I Put A Spell On You」は'60年代ブリティッシュ・ビート勢に人気があり、マンフレッド・マン(1965)、ゼム(1966)、アラン・プライス・セット(1966)、アニマルズ(1966)らがこぞって秀逸なカヴァーを発表している。アメリカではやや遅れてクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(1968)が取り上げ、白人の若いロック世代を中心にこの曲への再評価が進んだ。スクリーミン・ジェイの奇抜な視覚演出を受け継いだショック・ロック系──アーサー・ブラウン(1968)、マリリン・マンソン(1995)──のカヴァーも有名だろう。

Spell14.jpgSpell15.jpgSpell16.jpg
Spell19.jpgSpell20.jpgSpell21.jpg

 変わったところでは、キャリン・ケントというオランダの女性歌手(1966)、英アート・ロック・バンドのオーディエンス(1971)によるカヴァーが叙情的で面白い。ブライアン・フェリー(1993)によるスタイリッシュなカヴァーもあった。意外と少ない黒人アーティストによるカヴァーでは、アフロ・ロック・バンドのデーモン・ファズ(1970)、カルロス・サンタナと組んだバディ・ガイ(2005)が健闘している。ジョス・ストーンを迎えたジェフ・ベック版(2010)はグラミー候補にもなった。

Spell34.jpgSpell35.jpg
Spell36.jpgSpell31.jpgSpell33.jpg

 ニーナ・シモン流儀でこの曲に取り組んだのは、ジュールズ・ホランドによる音楽仲間大集合アルバム『SMALL WORLD BIG BAND』(2001)に収録のミーシャ・パリス+デヴィッド・ギルモア版、『THE DANA OWENS ALBUM』(2004)でジャズ・ヴォーカルに挑戦したクイーン・ラティファ、ケリーリー・エヴァンスに続いてニーナ・トリビュート盤『BLACK ORCHID』(2012)を作ったマリア、半ばビリー・ホリデイ〜ニーナ・シモン・トリビュートのようなスタンダード集『NOSTALGIA』(2014)をBlue Noteから発表したアニー・レノックス、ハル・ウィルナーを思わせる秀逸なディレクションで多彩な顔ぶれが輪を作るフランス製ニーナ・トリビュート盤『ROUND NINA』(2014)──ミシェル・ンデゲオチェロ『POUR UNE AME SOUVERAINE』に比肩する傑作──に参加したソフィー・ハンガー。どれも良いが、特にニーナ・シモンのファンには、エロティックな解釈が新鮮なマリア版、スクリーミン・ジェイ版とニーナ版を混ぜたような編曲が強烈なソフィー・ハンガー版をそれぞれアルバム込みで推薦しておく。

Spell22.jpgSpell23.jpgSpell24.jpg

 「I Put A Spell On You」は'80年代にニック・ケイヴがステージでレパートリーにしていたことでも知られるが、その子供と呼べそうなモジョ・ジュジュ(2012)やウィリー・ムーン(2013)によるカヴァーは、原曲のジャンクなブルース感を引き継いだ正統派と言えるかもしれない。ハイチ地震復興支援を目的に、シェーン・マクゴワン、ジョニー・デップ、ニック・ケイヴ、クリッシー・ハインド、ミック・ジョーンズ、グレン・マトロック、ボビー・ギレスピー、パロマ・フェイス、イライザ・ドゥーリトルらが集結し、阿鼻叫喚のやさぐれ大会を繰り広げるシェーン・マクゴワンと仲間たち版(2010)──トム・ウェイツがいないのが残念──は無頼派カヴァーの極みと言っていいだろう(こんな大集合は嫌だ)。また、厳密にはカヴァーではないが、ザ・ヘヴィーは原曲のアレンジを忠実に再現した人力サンプリング的な演奏に独自の歌メロを乗せた「Sixteen」(2010)という秀逸な換骨奪胎ソングを作っている。

Spell25.jpgSpell26.jpgSpell27.jpg

 黒人アーティストによるリサイクルでは、カヴァーよりもむしろサンプリング・ネタとして使った曲が耳を引く。その中では、LLクールJ「LL Cool J」(2000)、ルーペ・フィアスコ「Knockin' At The Door」(2006)、エステル「Wait A Minute (Just A Touch)」(2007)──スレイヴ「Just A Touch Of Love」の引用も飛び出す──を強く押しておきたい。これらはいずれも元の三拍子リズムを四拍子で上手く処理し、原曲の雰囲気をフルに生かしながら“魔法”を現代に蘇らせた優れものである。

 こうして振り返ると、「I Put A Spell On You」はリズム&ブルースに強い影響を受けた白人のロック系ミュージシャンたちに昔から絶大な人気があることが分かる。正道を外れたスクリーミン・ジェイの奇妙なリズム&ブルースは、白人の彼らにとってはむしろ親しみやすいものだったかもしれない。リズム&ブルースはやがてヒップホップと混じり合って“R&B”となり、2010年代の現在、インディーR&Bという新たな潮流を生んでいる。オルタナティヴR&Bとも呼ばれるその音楽──私は勝手に“ユル&B”と呼んでいる──は、R&Bとロックの間を自由に行き来し、アーティストの人種も黒と白がごく普通に混在する。その逸脱感やヘッポコ感に独特の面白さがある音楽だ。そうした中で、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスが奏でたオルタナティヴなリズム&ブルースは、また新たな歴史的意味を持つような気がする。


STRANGER THAN PARADISE──楽園よりも奇妙

Spell28.jpg
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』──「Spell」を聴きながらNYの路地を歩くエヴァ

 カヴァー版が話題になることは多々あったが、原曲までチェックする音楽ファンは一体どのくらいいただろう。「I Put A Spell On You」、および、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスというアウトサイダーに空前のリバイバルをもたらしたのは、映画界のストレンジャー、ジム・ジャームッシュ監督による米インディー映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)だった。

 「Stranger In Paradise」をもじってタイトルにしたこの映画は、アメリカという“楽園”の風景を、異邦人の視点から徹底的に、笑ってしまうほどドライに描いている。物語は、ハンガリーから渡米してクリーブランド──スクリーミン・ジェイの出身地でもある──の叔母の家で暮らすことになった従妹のエヴァ(エスター・バリント)を、ニューヨークで暮らす青年ウィリー(ジョン・ルーリー)が数日間、嫌々ながら自分のアパートで預かるはめになるところから始まる。劇中、ハンガリー娘のエヴァがオンボロのポータブル・テープレコーダーで何度も繰り返し聴くのが、スクリーミン・ジェイの「I Put A Spell On You」だった。この映画で「I Put A Spell On You」は、エヴァのテレコを通して、まるで“楽園”のよそ者(ストレンジャー)たちのテーマ・ソングのように流れる。そこに映し出される灰色のアメリカの風景──ヨーロッパの寂れた町のように見える──は、まったくもって奇妙(ストレンジ)なものである。

 ジム・ジャームッシュは映画での楽曲使用をこう振り返っている。

「ヨーロッパの単純なワルツのテンポで、R&Bのうなるようなブルースでもある。主人公にピッタリだ。ハンガリア娘が知る唯一のアメリカ文化。それがよりによってスクリーミン・ジェイ・ホーキンスなんだ。そもそも彼自体が異文化なのに。
 ジェイは曲の権利を持ってなくて、許諾料が彼に未払いだと察したよ。気になったんで彼を探すことにした。映画に使う許可を彼から取りたくてね。どうやって探し出したかは忘れたけど、ようやく見つけた彼は、電話もなく、ニュージャージーでトレーラー住まいをしていた」(『スクリーミン・ジェイ・ホーキンス伝説(原題:I Put A Spell On Me)』/2001)

 その後、ジャームッシュは『ミステリー・トレイン』(1989)でスクリーミン・ジェイを俳優として起用。ジャームッシュ作品で大々的にフィーチャーされたことにより、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスは世界中の人から再発見・再評価されることになった。'90年には、'63年以来となる二度目の(マジか?!)来日公演まで実現している(『アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー〜東京棺桶ライヴ 1990』としてビデオ/DVD発売あり)

Spell29.jpg
『ミステリー・トレイン』に出演したスクリーミン・ジェイ・ホーキンス(右)

 ジム・ジャームッシュを介してスクリーミン・ジェイの存在を知ったという人は多いだろう。私もそのひとりだ。10代の頃、レンタル屋で何気なくビデオを借り、初めて『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観たときの衝撃はいまだ忘れられない。特に、エスター・バリントが「I Put A Spell On You」をテレコでかけながらニューヨークの寂れた路地を歩いていく冒頭場面。“なんじゃ、この曲は!”と思った。それまでに聴いたこともないようなサウンドと歌声だった。音楽ファンなら誰にでも、その後の人生の方向性を決定づけるような衝撃的音楽体験というものがいくつかあると思う。私にとって「I Put A Spell On You」との出会いは、まさにそういうものだった。

 映画自体も死ぬほど素晴らしかったが、何より「I Put A Spell On You」の怪しさにやられた私は、速攻で輸入レコード屋(今はなきWAVE)へ行き、当時、Rhinoから出ていた『VOODOO JIVE』(1990)というスクリーミン・ジェイのベスト盤を購入した。家に帰り、早速1曲目の「I Put A Spell On You」を聴いて、私はこう思った──“あれ、なんか違う……”。それは映画で使われていたのと確かに同じ録音に違いなかったが、何かが微妙に違うのである。実際に映画の音と聴き較べてみて、気付いた。再生速度が違うのだ。劇中でエヴァのテレコから流れる「I Put A Spell On You」は、オリジナルよりも微妙に再生速度が遅い。ジェイの低音の歌声は更に低くなり、まるで奈落の底から聞こえてくるような化け物じみた響きになっている。要するに、再生速度が遅いことで──今風に言えば、軽く“スクリュー”されていることで──歌の魔力が増していたのである。劇中で曲の再生速度が遅いことは合点がいく。エヴァがあまりにも聴きすぎたため、テープが伸びている。あるいは、テレコがあまりにもボロいため、再生速度が狂っているのだ。もちろん、通常の再生速度で聴く「I Put A Spell On You」も最高だが、私にとっては、エヴァのオンボロのテレコから流れる「I Put A Spell On You」こそ究極の“魔法”である。

 過去の名作を賞賛する際、“いまだ古さを感じさせない”、“今聴いても新鮮”といったフレーズがよく使われる。「I Put A Spell On You」にそのような褒め言葉は似合わない。この曲は決して時代を先取りしていたわけではないし、ヒットはしたが、当時、別にヒップだったわけでも何でもないと思う。「I Put A Spell On You」は、ただ単純に奇妙な曲だった。そして、今なお奇妙な印象を与える。こんなにも怪しく、不可思議で、狂おしい歌が他にあるだろうか。初めて聴いてから約四半世紀、私は今もジェイの魔法にかかったままだ。


【スクリーミン・ジェイ・ホーキンス発言出典】
Stuart Colman's Screamin' Jay Hawkins interview from Echoes, BBC Radio London, broadcast 12 June 1983



Spell30.jpg
Screamin' Jay Hawkins (1929-2000)

 ……さて、ようやく前振りが終わった。前振り? そう、ここまで長々と書いてきたことは、実はすべて次の記事へ進むための予備知識に過ぎない。

 今回、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスについて書いたのは、決して『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の公開30周年を記念したわけではなく(それも少しはあるが)、スクリーミン・ジェイの魔法を世に広めるためでもなく(それはかなりあるが)、ある素晴らしい新人男性歌手を多くの人に知ってもらうためである。その男の歌は、スクリーミン・ジェイ(とニーナ・シモン)に驚くほどよく似ている。息子なんじゃないか、と思うほどだ。その男はイギリスから現れ、フランスに渡って音楽活動をしている。

 次回、その男性歌手を紹介する。スクリーミン・ジェイのファンは絶対に震えが来るはずだ。こんなアーティストを待っていた、と絶叫するはずだ。

 覚悟しろ。嘘じゃない!



関連記事:
誰のせいでもありゃしない(ニーナ・シモン「Don't Let Me Be Misunderstood」について)
夏のユル&B特集【3】──Jesse Boykins III
Janelle Monae──ジャネルの快適タキシード生活

Only Lovers Left Alive: The Vampire Chronicles
ジャームッシュの純血主義『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』

| Man's Man's Man's World | 10:00 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT