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Benjamin Clementine──ヴードゥーの子



 ヤバいとしか言いようがない。


 Voodoo Child (Slight Return)
 (Jimi Hendrix)
 
 Well, I stand up next to a mountain
 And I chop it down with the edge of my hand
 Well, I stand up next to a mountain
 And I chop it down with the edge of my hand
 Well, I pick up all the pieces and make an island
 Might even raise a little sand
 'Cause I'm a voodoo child
 Lord knows I'm a voodoo child
 
 山に向かって立ち
 手刀でこれを切り倒す
 山に向かって立ち
 手刀でこれを切り倒す
 残骸をかき集めて島を作る
 ちょいと荒ぶるかもな
 俺はヴードゥーの子
 我こそはヴードゥーの子
 
 I didn't mean to take up all your sweet time
 I'll give it right back to you one of these days
 I didn't mean to take up all your sweet time
 I'll give it right back to you one of these days
 And if I don't meet you no more in this world
 Then I'll meet you in the next one
 And don't be late, don't be late
 'Cause I'm a voodoo child
 Lord knows I'm a voodoo child
 
 貴重なお時間を取らせてしまった
 埋め合わせはいずれまた
 貴重なお時間を取らせてしまった
 埋め合わせはいずれまた
 二度とこの世で会わぬなら
 次の世界で会うとしよう
 遅れなさんな 遅れなさんな
 俺はヴードゥーの子
 我こそはヴードゥーの子
 
 
 遺作となったLP2枚組の大作『ELECTRIC LADYLAND』(1968)を締め括るジミ・ヘンドリクスの代表曲「Voodoo Child」。同アルバム収録の15分のスタジオ・ジャム「Voodoo Chile」(スティーヴ・ウィンウッドやジャック・キャサディとのセッション)のリプリーズに当たるが、同ジャム・セッション翌日にジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスの3人によって録音された「Voodoo Child」は、ほとんど別曲と言っていいくらいサウンドも歌詞も激変している(“chile”と“child”の違いは、“バッタもん”と“バッタもの”の違いと一緒で、意味は同じ。ジミの手書き原稿の表記に基づき、ラフな長尺ジャム版が「Voodoo Chile」、そこから派生したエクスペリエンス版が「Voodoo Child (Slight Return)」と正式に呼ばれることになった。副題の“Slight Return”は、単に“reprise(反復)”を言い換えたものである)

 空手チョップで山を切り崩し、粘土遊びのように島をこしらえるヴードゥーの子。2番の歌詞は、レコードを聴いてくれたリスナーに対するジミ流の謝辞、あるいは“May u live 2 see the dawn”(プリンス『PURPLE RAIN』のクレジット)的なメッセージのように受け取れる。但し、飽くまで私の個人的な解釈に過ぎないが、1番からの文脈を踏まえると、2番に登場する“you”は“神”を指しているようにも読める。“貴重なお時間を取らせてしまった”の“お時間”(your sweet time)は、神が世界を創造した6日間のことを言っているかもしれない。いやあ、わざわざ世界を創ってもらってすいませんねえ。次は俺が創るから、まあ、見に来てやってくださいよ。んじゃ、そういうことで!……みたいな歌にも聞こえるのだ(実際、ジミがそういうつもりで歌っているとまでは思わないが)。爆風のようなギター・サウンドには、本当に天地を創造しそうな勢いがある。

 どう聴いてもヤバい曲だが、私が赤の太字でヤバいと騒いでいるのは、ジミヘンの「Voodoo Child」ではなく、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスとニーナ・シモンの“私生児(Love Child)”によるそのカヴァー版のことである。


BENJAMIN CLEMENTINE──VOODOO CHILD (POLITE RETURN)



 '15年に入ってからベンジャミン・クレメンタインは「Voodoo Child」のカヴァーをライヴで披露するようになった。1月にフランスで披露されたパフォーマンスの映像が既にいくつかYouTubeに上がっている。これが凄い。独創的な解釈でジミの古典曲を完全に塗り替えてしまっている。クラシック、ブルース、ゴスペル、ジャズの要素が渾然一体となったユニークなピアノ編曲はニーナ・シモン、ブルースとオペラを折衷した呪術的な歌唱はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスを彷彿させずにはおかない(“ヴードゥー”というキーワードからしてスクリーミン・ジェイ的だが)

 ベンジャミンは編曲を変えるだけでなく、オリジナル版の1番と2番の他に独自のヴァースを加えることで「Voodoo Child」を自分の歌にしている。曲構成は演奏する度に変わっているようで、時によって即興的に次々と新たな歌詞が加えられているが、必ず挿入されるのは以下のヴァースである。
 
 All of sudden, I can play this piano better
 All of sudden, I can sing this song way much sweeter
 Out of nothing, I seem to gain more attention than ever
 Don't know why
 Don't wanna think about two times ten plus seven
 Oh, this is getting too damn scary
 Lord, hope I'm not a voodoo child
 Lord, I hope I'm not a voodoo child
 
 気づいたらこのピアノを上手く弾けるようになっていた
 気づいたらこの歌をうんと美しく歌えるようになっていた
 いつの間にやら俺は注目を集めるようになってしまった
 どういうわけか
 2×10+7のことなんか考えたくない
 まったく恐ろしいことになってきた
 ヴードゥーの子なんてまっぴらだ
 ヴードゥーの子なんてまっぴらだ
 
 “俺”はベンジャミン・クレメンタイン自身を指す。歌手である自分自身に言及することで、「Voodoo Child」を大胆にも半自叙伝的な歌に改作しているのである。“2×10+7”(=27)とは、もちろんジミ・ヘンドリクスの享年のことであり(多くのカリスマ的ミュージシャンがこの年齢で他界したことから“27 Club(27歳の会)”とも言われる)、そして、'15年12月7日にベンジャミンが迎える年齢のことでもある。彼は“自分がヴードゥーの子でなければいい(hope I'm not a voodoo child)”と願い、スターダムの恐怖を吐露しながらも、最終的にジミヘンのオリジナル版ヴァースで“我こそはヴードゥーの子”と宣言する。傍若無人なジミの歌唱とは違い、その声には悲痛さが滲んでいる。

 このヴァース自体もその時々で微妙に言い回しが違ったり、部分的にフレーズが差し替えられたりしている(“Don't know why”の代わりに“Out of something, games are moving faster and faster”などと歌っている時もある)。「Voodoo Child」の元のヴァースもかなり言い回しを変えている。ニーナ・シモンによる数々のカヴァー版がそうだったように、彼はこの歌を完全に自分のものにしている。他人の楽曲のカヴァーというのは多くのアーティストがやることだが、これは並のアーティストのそれとは次元が違う。“ベンジャミン・クレメンタイン・エクスペリエンス”とでも呼ぶしかない、全く見事な再創造である。

 ベンジャミンは「Voodoo Child」をソロのピアノ弾き語りだけでなく、バンド編成でも披露している。'15年1月19日に仏ラジオ局、France Interの〈A'live〉という番組で披露されたバンド版は、スクリーミン・ジェイ度5割増しの上、10分にも及ぶロング・ヴァージョンでスゴいことになっている。彼にはいずれ絶対にライヴ盤を出してもらいたい。

Voodoo_Child2.jpg

 というわけで、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスとニーナ・シモンの私生児は、実はジミ・ヘンドリクスの子供でもあったということが判明した。この男は十数年に一人の怪物かもしれない。絶対に27クラブなんかに入るなよ!



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