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Tom Waits──どこだって我が家



 トム・ウェイツ『RAIN DOGS』(1985)の終幕を飾る「Anywhere I Lay My Head」。ベンジャミン・クレメンタインの「Cornerstone」を聴いて、この名曲を思い出した。

 ここでもまた“人生とは孤独である。人はひとりで歩かねばならない”ということが歌われている。“我が家(my home)”とは、自分が生まれ、生き、死ぬ場所、すなわち、自己意識のことである。人はそこから永遠に出ることができない。それは独居房や墓にも似た場所である。浮き草のような生活を送っていた主人公の“俺”は、人生で辛酸をなめた末にそのことに気づく。“寝床がどこであろうとも、俺はそこを我が家と呼ぼう”(直訳)という結びのフレーズは、“俺はどこで死んでもいい。どこで死のうと、そこが俺の墓だ”と換言することもできるだろう。ディキシーランド・ジャズの演奏に乗せて歌われるこの歌は、トム・ウェイツ自身の葬送行進曲でもある。トム・ウェイツは今も健在だが、彼が死んだ時、葬儀ではこの曲が流されるような気がする。


 Anywhere I Lay My Head
 (Tom Waits)
 
 My head is spinning round
 My heart is in my shoes
 I went and set the Thames on fire
 Now I must come back down
 She's laughing in her sleeve at me
 I can feel it in my bones
 But anywhere, I'm gonna
 Lay my head, boys
 I will call my home.
 
 頭はふらふら
 心はどん底
 俺はでっかい花火を打ち上げた
 そろそろ地に足を着けなけりゃ
 彼女は陰で俺を笑ってやがる
 そうに決まってるさ
 だが 俺はどこだって
 どこだって寝られるさ
 どこだって我が家だ
 
 Well I see that
 The world is upside down
 My pockets were filled up with gold.
 Now the clouds have covered o'er
 And the wind is blowing cold
 I don't need anybody
 Because I learned to be alone
 And anywhere
 I lay my head, boys
 I will call my home.
 
 どうやら世界は
 ひっくり返っちまったようだ
 昔はポケットに金がうなってた
 今じゃすっかり暗雲垂れ込め
 木枯らしが吹きつける
 俺には誰も要らない
 独りでいることを学んだから
 そう 俺はどこだって
 どこだって寝られるさ
 どこだって我が家だ


one's heart is in one's shoes [boots] 心配[不安]で仕方ない、心が落ち着かない、気が重い、意気消沈している:My heart was in my shoes when the doctor told me that the chances of my father surviving the operation were only 10%. 父の手術が成功する確率は僅か10%だと医師から告げられ、私は気が気でなかった。/After being thrown out of the house by his woman, he changed his shoes with his heart in them. 恋人に家から追い出された後、彼は暗澹たる気分で靴を履き替えた。:“My head is spinning round / My heart is in my shoes”の冒頭2行は、“頭はくらくら/お先は真っ暗”と訳しても面白い。

set the Thames on fire (“テムズ川に火を放つ”の意から)派手なことをして評判をとる、目覚ましいことをする、あっと言わせる:「Anywhere I Lay My Head」の文脈であれば、“一花咲かせる”という訳も考えられる。

She's laughing in her sleeve at me “彼女”のキャラクターには、同時期にトム・ウェイツが主演したジム・ジャームッシュ監督作『ダウン・バイ・ロー(Down By Law)』(1986)で、エレン・バーキンが演じた彼の恋人のイメージを重ねることもできる。“My heart is in my shoes”の一節は、バーキンから家を追い出された後、路上で靴を履き替えているトム・ウェイツ(失職中のラジオDJ)の心情を見事に言い表している。

anywhere I lay my head I will call my home I will call anywhere I lay my head my home が倒置されている。そのまま墓碑銘に使えそうなフレーズ。トム・ウェイツの歌詞邦訳、活動記録、彼に関するエッセイなどをまとめた書籍『Mr. トム・ウェイツ』(城山隆編/東京書籍/1998)に掲載の山西治男──チャールズ・ブコウスキーの邦訳なども手掛ける國學院大學教授──によるでは、この部分が“どこだっていい 眠れるんなら どこだって さてと 家に電話でも入れとくか”と誤訳されている。トム・ウェイツへの愛情が感じられる丁寧な訳だけに残念だ。

※原詞は『RAIN DOGS』ブックレット掲載の表記に準じる。実際の歌唱とは部分的に異なることを断っておきます(尚、同アルバムの国内盤は麻田浩による解説のみで、歌詞対訳は不掲載)。




『ダウン・バイ・ロー』──ジョン・ルーリー(左)とトム・ウェイツ(右)

 「Anywhere I Lay My Head」は、『ダウン・バイ・ロー』の脚本を意識して書かれた歌であるような気がする(実際に映画で使われたのは「Jockey Full Of Bourbon」と「Tango Till They're Sore」の2曲だったが)。墓地のショットから始まるこの映画は、人の孤独、そして、その認識の共有について描いている。主人公の男3人はそれぞれの事情で刑務所に入れられる。自分が無実であることは他者から理解されない。黄色い森の中、トム・ウェイツとジョン・ルーリーの目の前で道が二手に枝分かれするラストシーン。ロバート・フロスト──劇中でロベルト・ベニーニとトム・ウェイツによって言及される──の有名な詩を彷彿させるその分岐点を、2人はそれぞれ別方向へ歩き去っていく。彼らは孤独である。しかし、孤独であるという真実を無言のうちに分かち合いながら別れていく。俺は孤独だ。そして、お前も孤独だ、と。

 フランスの文豪、バルザックがこの場面にぴったりの言葉を残している。
 
 孤独で構わない。だが、孤独で構わないと言える誰かが人には必要である。
 Solitude is fine, but you need someone to tell that solitude is fine.

 
 その“誰か”を、人は“友”と呼ぶのではないだろうか。



Tom Waits: Live at Audimax, Hamburg, 5 December 1987

DISC 1: Hang On St. Christopher / 16 Shells From A Thirty-Ought-Six / Way Down In The Hole / Gun Street Girl / Cold Cold Ground / Hang Down Your Head / Yesterday Is Here / Telephone Call From Istanbul / Straight To The Top (Vegas) / I'll Take New York / I Wish I Was In New Orleans / Invitation To The Blues / Train Song / Johnsburg, Illinois

DISC 2: Frank's Wild Years / Innocent When You Dream / Midtown / Cemetery Polka / Clap Hands / More Than Rain / Red Shoes / Strange Weather / Rain Dogs / Straight To The Top (Rhumba) / Band Introduction / Shore Leave / Gin Soaked Boy / Anywhere I Lay My Head

 おまけ。トム・ウェイツの'87年12月5日、ハンブルグ公演完全収録音源。客席3列目中央で録られた超高音質オーディエンス録音。同ツアーのライヴ映画/ライヴ盤『BIG TIME』(1988)に未収録だった「Anywhere I Lay My Head」の貴重な生演奏を聴くことができる。




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