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Nneka──私の住処



 ベンジャミン・クレメンタイン「Cornerstone」、トム・ウェイツ「Anywhere I Lay My Head」に続いてもうひとつ、“我が家(my home)”について歌った曲を紹介したい。ナイジェリア出身の女性シンガー・ソングライター、ネカの歌、その名もずばり「My Home」(2011)。

 「Cornerstone」「Anywhere I Lay My Head」は自己意識にまつわる歌だったが、これは信仰の歌である。自分の心の拠りどころである“神”のことが“my home”と歌われている。但し、ゴスペルや教会音楽の類とは明らかに違う。砂埃が舞うような粗いサウンド、悲鳴にも似た彼女の切迫した歌声は、紛れもなく路上から発せられている。

 これもまた孤独についての歌には違いない。ここでネカが表現する感情は、特に神を信じているわけでもない私たち日本人にも理解できるものだろう。しかし、彼女の歌声やサウンドには、私たちに安易な共感を躊躇させる得体の知れない切迫感がある。もはや自分の手には負えない、神に祈るしかないような苦境。その深い孤独感や疲弊感の背後には、私たちの想像の及ばない何かがあるに違いない。一体、何が彼女をそこまで追い詰め、困窮させているのか。3年前に初めてこの曲を聴いた時、私は頭を撃ち抜かれるような衝撃を受けた。




 My Home
 (Nneka Egbuna)
 
 As I wonder through the darkest dark
 I don't know what tomorrow will bring
 For u said that, who not know how to suffer,
 will never see good
 Lord, I depend, oh I depend on you
 
 真っ暗闇の中を彷徨っています
 この先どうなるかも知れません
 あなたは仰る 苦しまずして
 道は開かれないと
 主よ 私にはあなたが頼りです
 
 Where do I go when this world forsakes
 Who do I turn to when they put me down
 You are my hope, when they all backstab me
 You're my beginning, my middle, my end
 When there is a whole, in this heart of mine
 When they put me down, oh you know
 You are my home
 My beginning, my middle, my end
 
 この世に見捨てられ 私はどこへ行けば?
 蔑まれ 誰に縋ればよいのでしょう
 望みはあなただけ すべてに裏切られた今
 あなたは私が生まれ 生き 死ぬ処
 心にはぽっかり穴が空いています
 私は蔑まれています そうです
 あなたは私の住処
 私が生まれ 生き 死ぬ処
 
 All I am left with is to trust in thee
 For mankind had disappointed me now
 See me weary, for I am lonely
 Father Father Jah, oh save me now
 
 私にはあなたを信じるしかありません
 人間にはもう失望させられました
 疲れ果て 私は独りぼっちです
 主よ 主よ ジャーよ 私を救いたまえ
 
 Where do I go when this world forsakes
 Who do I turn to when they put me down
 You are my hope, when they all backstab me
 You're my beginning, my middle, my end
 When there is a whole, in this heart of mine
 When they put me down, oh you know
 You are my home
 My beginning, my middle, my end
 
 この世に見捨てられ 私はどこへ行けば?
 蔑まれ 誰に縋ればよいのでしょう
 望みはあなただけ すべてに裏切られた今
 あなたは私が生まれ 生き 死ぬ処
 心にはぽっかり穴が空いています
 私は蔑まれています そうです
 あなたは私の住処
 私が生まれ 生き 死ぬ処
 
 Where do I go
 To live, when they forsake me and wound me,
 I just don't know where to go
 Where do I go
 My beginning, my middle, my end
 
 どこへ行けば?
 生きるには…… 見捨てられ傷つけられ
 どこへ行けばいいか分かりません
 どこへ行けば?
 私が生まれ 生き 死ぬ処


 ネカの母国であるナイジェリアは深刻な問題を抱える国である。
 
 1956年に国内で油田が発見されて以来、ナイジェリアは世界有数の石油生産輸出国になった。が、根深い政治腐敗によって、石油によって得られる巨万の富は、もっぱら政府や軍部、多国籍石油企業、ごく一部の富裕層に吸い上げられるばかりで、一般国民には一切還元されることがないという。石油産業に関わる層とその恩恵を受けない層の格差が広がった結果、ナイジェリアでは国民の7割が貧困層になっている。油田開発や原油の流出による自然破壊も深刻で、近隣住民たちの生活や地域の農水産業は壊滅的な被害を受け続けている。また、多民族国家であるナイジェリアでは、昔から資源、民族、宗教を巡る対立や紛争が絶えない。'00年代以降は、“ニジェール・デルタ解放運動”という反政府武装組織や、“ボコ・ハラム”というイスラム過激派による様々な暴力行為(テロ、誘拐、石油関連施設の襲撃・破壊など)が蔓延るようにもなった。政治腐敗、貧困、環境汚染、暴力……出口の見えない劣悪な状況の下、ナイジェリアでは多くの人々が疲弊している。
 
 ナイジェリア最大の都市(旧首都)ラゴスで撮影された「My Home」の音楽ヴィデオで、ネカは様々な労働者に扮して歌っている。つまり、この歌はナイジェリアの労働者階級の人々の心情を代弁したものである。“私”を裏切って足蹴にする“彼ら(they)”とは、役人や軍人といった特権階級の腐敗した人間たちのことを指しているのだろう。ヴィデオには、控え目な描写ながら、ナイジェリアの社会に鬱積する憎悪や暴力も描かれている(車の衝突事故場面。ナイジェリアでは人口過密による交通渋滞が深刻な社会問題のひとつでもある)。ネカは母国の惨状と向き合い、そこに暮らす声なき人々の声を世界に向けて発信しようとしているのである。

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 '80年12月24日、ネカはナイジェリア南端の産油地帯にあるデルタ州ワリ市で、ナイジェリア人の父とドイツ人の母の間に生まれた(シャーデー・アデュとよく似ている。アデュは母がイギリス人)。同地で育った後、19歳の時にドイツへ留学し、ハンブルグ大学で社会人類学を専攻した。その理由を彼女はこう説明する。

「ドイツへ行って考古学の勉強を始め、それから人類学とアフリカ研究に専攻を変えた。私はずっと聖書とは違う文脈から人間の来歴を知りたいと思ってた。もっと生物学的で科学的な面から学び、聖書の持つ意味を読み解いたり、なぜ自分たちが存在するのか理解できるようになりたかったの」(10 February 2010, Wondering Sound)

 蝋燭に囲まれた路上の“家”の中でネカがしゃがみ込み、小さな灯火を守ろうとする「My Home」ヴィデオのイメージは強烈である。蝋燭が十字架状に彼女を取り囲んでいる点からも分かる通り、ネカ自身は基本的にキリスト教を信仰している(ナイジェリアでは北部でイスラム教、ネカの生まれ育った南部では主にキリスト教が信仰されている)。が、同時に彼女は、キリスト教──あるいは、そのシステム──に対して批評的な視線も持つ。

「ナイジェリアでおかしな点は、みんな信心深いにもかかわらず、ひどい惨事が起こり続けてることね。日曜と水曜ごとに教会へ通う人たちが、ナイジェリア社会では最も腐敗してるのよ。ナイジェリアやアフリカ全般では、キリスト教が間違った形で受け入れられてると思う。たくさんの人々を洗脳するためにキリスト教が利用されてるの。キリスト教が間違ってると言うんじゃない。私自身は神を信じてるし、イエスの存在も信じてる。私にとって聖書の言葉は大切なものだし、自分の人生に影響を与え、自分を変え、様々な苦境を乗り越える忍耐力を与えてくれたものだから。でも、結局は聖書をどう読むかということなのよ。行間を読み、自分の頭で判断し、自分自身の考え方と、書いてあることを抱き合わせなければいけない。そういうことを私たちキリスト教徒はやらない。自分自身の信仰、自分を司る個人的な神を見つけるということをね」(3 December 2010, World Up)

 「My Home」ヴィデオでネカ扮するキリスト教徒が、教会内ではなく、路上でたったひとり蝋燭に囲まれているのは、まさに彼女のそうした信仰態度を示すものだろう。都会の薄汚れたアスファルトの路上で跪く彼女の姿には、強い孤独感や悲壮感が漂う。彼女が守ろうとする蝋燭の炎は、いつ消えるか分からない風前の灯火でもある。神はいったいどこにいるのか。救いのない場に生きる個人の絶望と孤独、そして、強い祈りの光景に心が揺さぶられる。


NNEKA──ナイジェリアの女ボブ・マーリー

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VICTIM OF TRUTH (2005) / NO LONGER AT EASE (2008)
SOUL IS HEAVY (2011) / MY FAIRY TALES (2015)

 '05年から'15年現在まで、ネカは計4枚のオリジナル・アルバムを発表している。レゲエ色の強いサウンドに政治的・社会的なメッセージを乗せた闘争的でスピリチュアルな作風は、まさに“ナイジェリアの女ボブ・マーリー”と呼ぶに相応しい。レゲエの他、アメリカのヒップホップや(ネオ)ソウル、同時に、彼女の故郷である西アフリカのハイライフやアフロビートからも影響を受け、独自のコンテンポラリーなミクスチャー・サウンドが生み出されている。ローリン・ヒルとよく比較されるネカだが、ダブとヒップホップの要素が強い彼女の音楽性は、むしろイギリスのブリストル・サウンド(トリップ・ホップ)と共通点が多い。実際にネカがここ数年アルバムに客演しているトリッキー、あるいは、フィンリー・クェイの'97年の1st『MARVERICK A STRIKE』イーフレイム・ルイスベンジャミン・クレメンタインのプロデューサーであるジョナサン・クォンビーが手掛けたUKコンテンポラリー・レゲエの傑作)に近い感覚の音だと言えば、大体の雰囲気が分かってもらえるかもしれない。

 ボブ・マーリー、フェラ・クティ、ニーナ・シモン──“天国へ行ったら誰とジャム・セッションしたいですか?”と'10年のインタヴューで訊かれ、ネカはこの3人の名前を挙げている。レゲエ、アフロビート、ソウル。この人選はネカの音楽性をそのまま示すと同時に、表現者としての彼女の根幹を示すものでもあるだろう。これら3名のアーティストは、ジャマイカ、ナイジェリア、アメリカという全く別の国で生まれながら、いずれも抑圧されたアフリカン・ディアスポラたちの解放のために同じ闘いを闘った音楽家である。ネカは彼らの闘いを引き継ぎ、音楽を通して世界中の同胞たちに向けてメッセージを発し、意識の向上と連帯を呼びかけている。ネカには“女戦士(soldier girl)”という呼称がぴったりだ。

 メッセージ色の強いシリアスな作風はデビュー当初から基本的に変わらないが、アルバムを経るごとに彼女の作品は確実に深みと強度を増している。特に、ソウル色を帯びたメロディアスな楽曲で間口を広げ、硬軟のバランスが完璧に取れた'11年秋発表の3rd『SOUL IS HEAVY』──ブラック・ソートやミズ・ダイナマイトの客演もあり──は、現時点で間違いなく彼女のベストと言える凄まじい傑作である。表題通りに重い作品だが、現在進行形のソウル・ミュージックとしてはひとつの究極ではないかと思う。

 '15年3月2日に発売されたばかりの最新作『MY FAIRY TALES』は、この記事を書いている時点では未聴だが、先行して音楽ヴィデオが公開された「Book Of Job」「My Love, My Love」の2曲を聴く限り、これまで以上にストレートにレゲエ色が反映され、かつてない柔和さや女性らしさを感じさせるものになっている。ネカにとってのボブ・マーリー『KAYA』のようなアルバムかとも予想されるが……。ネカの新生面を予感させるこの最新作も聴くのが楽しみだ。

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TO AND FRO (2009) / CONCRETE JUNGLE (2010)

※ネカのCDとしては、オリジナル・アルバム4枚の他に上掲の2作品が発売されている。『TO AND FRO』は1stと2ndにレア・トラック集(エンハンスト仕様でヴィデオ5曲を併録)を加えた3枚組セット。1stと2ndを聴くなら、単体で買うより断然このセットがお得だ(今ではちょっと手に入りづらいかもしれないが)。『CONCRETE JUNGLE』は1stと2ndの曲で構成されたアメリカ市場向けの編集盤(1stと2ndを持っていれば必要ない)。



NNEKA, DJ FARHOT, and SELAH SUE

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 私がネカの存在に気づいたのは3年ほど前のことだった。初めてネカを聴いた時、私は2つの意味で衝撃を受けた。ひとつは、彼女の音楽があまりにも素晴らしかったこと。もうひとつは、彼女のサウンドや歌声が、当時、私が愛聴していたベルギー出身の女性歌手、セラ・スー(奇遇にもネカと揃って'15年3月に新譜を発表する)にそっくりだったことである。正確に言うと、ネカがセラ・スーに似ていたのではなく、セラ・スーがネカに似ていたのだが……。

 '11年3月に発表されたセラ・スーの1stアルバム『SELAH SUE』は、ファーホットというドイツのヒップホップ系DJ/プロデューサーと、パトリスというドイツの黒人歌手が中心になって制作を手掛けていた。アルバムのプロダクションをいたく気に入った私は、ある時、ファーホットの過去の仕事について調べた。ファーホットは、ネカの1st〜3rdの制作を手掛ける、ネカにとっての右腕的人物だった。

 ネカは留学先のハンブルグで音楽活動を始め、そこでファーホットに出会っている(ナイジェリアへ帰国するまで、彼女は7年ほどドイツで暮らしていた)。ファーホットについてネカはこう話す。

「単に趣味で音楽をやっていた頃、DJファーホットと出会ったの。彼は実家で暮らしていて、そこの地下室で彼とよくアイデアを交換したわ。彼は私にヒップホップのコレクションを聴かせてくれ、私は彼にアフリカのことを話して聞かせた。私はしょっちゅう曲を書いてはラップしてたんだけど、私に自分で歌詞を書き、音楽を作って自己表現する勇気を与えてくれた人は彼が初めてだった。私たちは何も知らない木偶の坊みたいでね。互いに学び合い、一緒に成長したのよ」(10 February 2010, Wondering Sound)

 セラ・スーのサウンドがネカと似ているのは当然である。ファーホットの仕事を調べてネカを知り、私はそこで初めてセラ・スーが“ポップ版ネカ”だったということに気づいた。その半年ほど前、当ブログで“Selah Sue──どちらのスーさんですか?”という記事を書き、ネカの存在を知らないままセラ・スーを絶賛していた私は、この事実に大変なショックを受けた(もちろん、セラ・スーにはセラ・スーの良さがあるのだが……ネカを知ってから私のセラ・スー熱が急速に冷めたことは否定できない)

 以来、“ネカについて書かねば”とずっと思い続けていたが、あまりのショックでなかなか記事を書くことができなかった。今回、「My Home」の歌詞を和訳するという形でネカをこのブログで取り上げることができたのは、私にとって大きな喜びでもある。本当に素晴らしいアーティストなので、是非とも多くの音楽ファンに聴いて欲しい。


IT'S ALL ABOUT LOVE

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 最後に、「My Home」に因んで、宗教に関するネカの発言をもうひとつ紹介しておきたい。私個人は無宗教だが、彼女のこの言葉にはとても感銘を受けた。

「宗教や教会について言えば、私はかつてとても敬虔なキリスト教信者だった。再生派の信者で、ものすごく厳格でね。そのうち、初めてドイツへ行った時、それまで自分が宗教のせいで苦しんでいたことに気づいたの。人生で色んなことを我慢していたというか……。私は自分を見つめ、聖書を読み解くようになった。それまでの私はただ聖書をそのまま読み、書いてあることを鵜呑みにしておしまいだった。自問することなんてなかったの。それがやがて、聖書に疑問を持って自分の知恵で読み解いてもいいんだということが分かった。それまでとは違う、自分にとって苦でない考え方を見つけられるようになったの。確かに神を信じるのは大変なことだけど、それが重荷になってはいけない。だから私はイスラム教とか、色んな宗教のことも知ろうとしてる。仏教とヒンズー教は大好きよ。アフリカの伝統宗教についても学んでて、今はそれが自分にとって一番しっくりくるかな。でも結局のところ、すべての宗教というのは、ヒンズー教であれ仏教であれイスラム教であれ何であれ、ひとつの大きな海へ通じる様々な川の流れのようなものなのよ。まあ、別の方向へ流れる場合もあるかもしれないけど。要するに、愛ね。結局、大切なのは愛なのよ。誰にだって愛することはできる。どこの誰だろうと、どんな身の上だろうと。人には良心があって、自我があって、“私”と“あなた”がいて、他人と自分を隔てる皮膚があって、互いに触れ合うことができるから。何が自分たちにとって良いのか、何が世界にとって良いのか、私たちは知っている。そして、愛することを知っている。だから、一番大事なのは愛だと思うわ。自分を愛することよね。自分自身を愛せなければ、人を愛することもできないから」(30 November 2009, Flavorwire)



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