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3月の歌──Waters Of March



 一年の中で最も見つけにくいのは3月の歌である。“March”というキーワードで検索すると、題名や歌詞内にこの語を含んだ歌が無数に発見できるのだが、そのほとんどは“行進”の歌である。たとえば、単純に“March”と題された歌があった場合、“行進”なのか“3月”なのか曲名だけでは判断できない(昨年このブログで取り上げたジョージ・タンディ・Jrの「March」はまさにそれだ)。探すこと自体も大変だが、この紛らわしさがあるため、英語圏にはそもそも3月の歌が少ないような気がする。3月を歌った英語の歌をあなたは一体いくつ知っているだろうか(知っていたら教えてください)。

 今回は私が知る極めて数少ない3月の歌のひとつを紹介する。アントニオ・カルロス・ジョビンが書いた「Waters Of March」(1972)。ボサノヴァの名曲中の名曲として昔から知られる作品である。ジョビン自身によってポルトガル語と英語の両ヴァージョンが書かれ、英語圏の歌手にもさかんに歌われてきた。ジョビンによる自演版(ポルトガル語版英語版)は『JOBIM』(1973)、問答無用の決定版であるエリス・レジーナとのデュエット版は『ELIS & TOM』(1974)、エリス・レジーナの単独版は『ELIS』(1972)に収録。

 南半球のブラジルで3月は夏の終わりの雨季に当たり、豪雨による水の被害が頻発する(北半球の9月に相当。日本の台風時期のような感じ)。その光景に触発されて書かれたこの歌では、小枝、石ころ、ガラス片といった雨季の典型的な漂流物をはじめとする様々なもの/こと/イメージが、まさしく水に流れるように次から次へと連なっていく。北半球向けに書かれた英語版において、意識の流れ/自由連想的な言葉の羅列は、時折ネガティヴな方向へ流れつつ、最終的に春の訪れを予感させる“waters of March”へと繋がっていく。

 生命力がビンビンに漲ったジョビンやエリスのヴァージョンも良いが、ここで取り上げるのはアート・ガーファンクルの2ndソロ作『BREAKAWAY』(1975)に収録されている英語版(ジョビンの英語版とは歌詞の構成が若干異なる)。英語圏のアーティストによるカヴァーの中では、このガーファンクル版が最も広く親しまれているものだろう。愛嬌のある独特のソフトな歌い口は、ボサノヴァの世界とも相性が良い。ジョビンの自演版に忠実なカヴァーだが、英語版に関して言えば、たどたどしいジョビン節(まあ、それが良いのだが)よりも、ガーファンクルの力の抜けた洒脱な歌唱が個人的にはベストだと感じる。NHK〈みんなのうた〉で流れてもおかしくない(?)、普遍的な魅力を持つ名ヴァージョンだ。


 Waters Of March
 (Antonio Carlos Jobim)
 
 A stick, a stone, it's the end of the road,
 It's the rest of a stump, it's a little alone,
 It's a sliver of glass, it is life, it's the sun,
 It is night, it is death, it's a trap, it's a gun.
 The oak when it blooms, a fox in the brush,
 The knot of the wood, the song of a thrush,
 The word of the wind, a cliff, a fall,
 A scratch, a lump, it is nothing at all.
 It's the wind blowing free, it's the end of a slope,
 It's a beam, it's a void, it's a hunch, it's a hope.
 And the riverbank talks of the waters of March,
 It's the end of the strain, it's the joy in your heart.
 
 小枝 石ころ 道の果て
 残った切り株 ちょっぴり寂しい
 ガラスの破片 いのち 太陽
 夜 死 罠 銃
 茂るオーク 茂みのキツネ
 木の節 ツグミの歌
 風の言葉 崖 転倒
 すり傷 たんこぶ ヘのカッパ
 風は吹き抜け 坂の果て
 光 隙間 予感 希望
 川岸から三月のせせらぎが聞こえるよ
 重荷は消えて 心によろこび溢れだす
 
 The foot, the ground, the flesh and the bone,
 The beat of the road, a sling-shot stone,
 A truckload of bricks in the soft morning light,
 The shot of a gun in the dead of the night.
 A mile, a must, a thrust, a bump,
 It's a girl, it's a rhyme, it's a cold, it's the mumps.
 The plan of the house, the body in bed,
 And the car that got stuck, it's the mud, it's the mud.
 A float, a drift, a flight, a wing,
 A cock, a quail, the promise of spring.
 And the riverbank talks of the waters of March,
 It's the promise of life, it's the joy in your heart.
 
 足 大地 生きてる身体
 道の振動 ゴムぱちんこの石
 レンガの積み荷 爽やかな朝日
 夜更けに響く銃の音
 1マイル 必須 攻撃 衝突
 少女 唄 風邪 おたふく
 家の見取り図 寝床の人
 嵌まった車 ぬかるみ ぬかるみ
 浮遊 漂流 飛行 翼
 雄鶏 ウズラ 春の気配
 川岸から三月のせせらぎが聞こえるよ
 いのちの気配 心によろこび溢れだす
 
 A point, a grain, a bee, a bite,
 A blink, a buzzard, a sudden stroke of night,
 A pin, a needle, a sting, a pain,
 A snail, a riddle, a wasp, a stain.
 A snake, a stick, it is John, it is Joe,
 A fish, a flash, a silvery glow.
 And the riverbank talks of the waters of March,
 It's the promise of life in your heart, in your heart.
 
 点 粒 ハチ チクリ
 パチリ フクロウ 夜中にドキリ
 ピン 針 一刺し 痛み
 カタツムリ 難問 ヘソ曲がり 面汚し
 ずるっこ うすのろ ジョン ジョー
 ヒラメ ひらめき 銀色の輝き
 川岸から三月のせせらぎが聞こえるよ
 いのちの気配 心に満ちる 心に満ちる
 
 A stick, a stone, the end of the load,
 The rest of a stump, a lonesome road.
 A sliver of glass, a life, the sun,
 A night, a death, the end of the run.
 And the riverbank talks of the waters of March,
 It's the end of all strain, it's the joy in your heart.
 
 小枝 石ころ 労苦の果て
 残った切り株 寂しい道
 ガラスの破片 いのち 太陽
 夜 死 流れの果て
 川岸から三月のせせらぎが聞こえるよ
 重荷は消え果て 心によろこび溢れだす
 
 
 “三月の水”や“三月の雨”の邦題で知られる作品だが、ジョビンは“waters”という言葉を“雨水、大水”、あるいは“(大雨による)水流”という意味で使っているように思われる(私には英語しか分からないので、残念ながらポルトガル語版との比較参照はできない)。考えた末、拙訳では“waters of March”を“三月のせせらぎ”とした。その方が春らしさが感じられ、ジョビンの意図(英語版におけるそれ)とも合うように思えたからである。

 この歌は訳していてめっぽう楽しかった。水流ならぬ“言流”を観察しながら各語の意味やニュアンスを推測するのが楽しい。たとえば、“snail(カタツムリ、でんでん虫)”の後に“riddle(なぞなぞ、難題)”が流れてくるのはなぜなのか。ジョビンにはカタツムリの巻き貝の渦巻き模様が謎かけのように感じられたのだろうか? その次の“wasp(スズメバチ)”は、難しい顔をした“気難しがり屋、怒りん坊”のことを言っているのか? これに続いて“stain(しみ、よごれ、汚点)”──前の行末の“pain”と韻を踏んでいる──が来るのはなぜだろう……。そのように、ジョビンがどのように連想したのか想像しながら訳語をひとつひとつ当てはめていく作業は、なぞなぞやクロスワード・パズルを解くのに似て、大変に面白かった(翻訳の醍醐味が味わえるので、翻訳が好きな人には自分で訳してみることをお勧めする)

 連想ゲームをしながら“いのちのグルーヴ”とも言うべき大きなうねりが生み出されていく「Waters Of March」。滑らかな水の流れを思わせるボサノヴァのリズムの特徴を完璧に生かしきった名曲である。音楽ファンとしては、この歌から更に、ニーナ・シモン版で有名な「Feeling Good」(1964)、ビートルズ「Across The Universe」(1969)──“言葉は降りやまぬ雨のごとく紙コップの中に溢れていく。次々と滑り出しては宇宙の彼方へ消えていく(Words are flowing out like endless rain into a paper cup. They slither wildly as they slip away across the universe.)”──を連想したりもする。互いに言葉を掛け合いながらどんどん推進力を増していくエリス&トム版は、全く至高の傑作と言うしかない。私はそこに、対話や協力し合うことの素晴らしさ、そして、人間の底力のようなものを感じる。

 色んなものが大水に流されてしまっても、すべては最終的に“三月のせせらぎ”へと通じる。そう、春はいつか必ずやって来る。



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