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Rhye @ Liquidroom 2015



 ライのコンサートを観た。
 
 シャーデー似の歌声とサウンドが衝撃的だったマイク・ミロシュ+ロビン・ハンニバルによるロサンゼルス発のブルーアイド・ソウル・ユニット。誰もが女性と信じて疑わなかったミロシュの両性的な歌声、公衆の前に顔を出さない匿名的な視覚コンセプトのインパクトも手伝い、'13年3月発表のデビュー作『WOMAN』は日本でもかなり話題になった(詳しくは2年前の記事“Rhye──究極の背中ミュージック”を参照)

 いわゆる“インディーR&B”的な傾向を持った音楽が紹介される際、ライはひとつの決定的スタンダードとして、その後、頻繁にメディアで引き合いに出されるようになった。'90年代にトリップホップが流行った際、何でもかんでも“ポーティスヘッドを彷彿させる”と紹介されていたことが個人的には強く思い出されるが(そのレコメン文に騙され、無数の二流トリップホップ作品を買わされた苦い経験が私にはある)、実際、ライの『WOMAN』は、トリップホップにおいてポーティスヘッド作品がそうだったように、多くの類似作品や亜流作品が生まれていく中で、結果的にその独創性や耐久性の高さを見事に証明したように思う。発表から現在までの2年の間、“ライ好きは必聴!”などというレコ屋の謳い文句に釣られてそれ風のバッタものを色々と掴まされた挙げ句、やっぱライは別格だ、と痛感した人は少なくないだろう(私にはトリップホップ・ブーム時の記憶があるので、そういうレコメンを見る度に“その手は食うか!”と思った)

 ライはロビン・ハンニバル抜きでコンサート活動も行っていて、ライヴではアルバムの繊細で緻密なプロダクションとは一味も二味も違う、かなり実験的でアグレッシヴなサウンドを聴かせる。彼らのライヴ・パフォーマンスの素晴らしさは、YouTubeで見られるライヴ映像や、'13年夏のフジロック・フェスで行われた初来日公演の評判からも窺い知ることができた。そして、アルバム発表から丸2年後の'15年3月に実現した今回の初単独来日公演。待望の、と書くにはあまりにも時間が経ちすぎてしまったが(とっくの昔に諦めていた私は、正直、ちっとも待っていなかった)、旬を過ぎたことなど全く関係なく、彼らはユニットの可能性を更に押し広げる実にスリリングな演奏を聴かせてくれたのである。


RHYE "THE CATCHER" IN TOKYO──リキッドルームでつかまえて

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 ライの初単独来日公演は、'15年3月30日(月)、恵比寿のリキッドルームで1日だけ行われた。6,000円のチケットはもちろん完売。私は発売の3日後に来日情報を知って慌ててチケットを取ったのだが、整理番号はその時点で既に700番台だったので、結構なスピードで売り切れたのではないかと思う。今回はアジア・ツアーの一環で、シンガポール(3月25日)→ソウル(27日)→台北(28日)→東京(30日)→香港(31日)という日程での来日だった。

 リキッドルームの2階ロビーではライのツアー・ポスターが売られていて、2,000円でそれを購入すると終演後のサイン会に参加できるという話だった。ライのサイン、要らねー。彼らはサインが欲しくなるようなスター型のアーティストでは全くない。顔すらもよく分からない、単なる普通のミュージシャンである。うっかり写真を撮り忘れたが、そのポスターは花のイラストがあしらわれた、やけに冴えないデザインだった。気持ち悪い耽美系ロック・バンドみたいなセンスだ。買うな、と言っているようにしか思えなかった。売り子のお姉ちゃんによると100枚ほど用意されていたらしいが……あのポスター、一体、何人が買ったのだろう(検索したら画像を見つけた。これだ。あなたはこのポスターを欲しいと思うか?)

 会場は20代の若者ばかりだった。服装や会話の感じからして、普段はインディー・ロックやクラブ・ミュージックを中心に聴いている人たちが多いような印象を受けた。ソウル/R&Bファンとは明らかに匂いが違う。そうか、ライはこういう若者たちから支持されているのか……。スタンディングのクラブ会場からすっかり足が遠のいていたこともあり(なにせ、リキッドルームと聞いて新宿に行こうとしてしまったくらいだ)、私は何か妙に場違いなところへ来てしまったような気がした。

 19:30の開演までフロアで1時間近く突っ立って待たねばならない。ビルボードライブやホール公演しか行かなくなっている身にはこれがキツい。開演までの場内には、エンヤをミニマルにしたような単調極まりないビートレスのアンビエント音楽が延々と流れていて、これが更に疲労感を募らせた。Faderに提供したDJミックスのように、ライご推薦のソウル・クラシックでも流しておいてくれれば気も紛れるのだが、静謐なBGMにはいつまで経っても変化がなく、聴いているうちにだんだんイライラしてきた。ミロシュの趣味だろうか。開演までの待ち時間は完全に我慢大会だった。


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 定刻を10分ほど過ぎた頃、ようやく開演。まず、ミロシュを除くバンド・メンバー5人がステージに現れ、スローテンポの幽玄なインスト曲を演奏した。開演前に流れていたアンビエントから自然に繋がるような非常に穏やかな曲である。雰囲気としてはアルバム最終曲の「Woman」に近いが、正体不明の別曲(*1)。メンバーは、ステージ向かって左から、鍵盤、ベース(兼アコギ)、ドラム、チェロ(兼トロンボーン)、ヴァイオリンの順に並ぶ。弦2人は女性。ミュージシャンは時期によって入れ替わっているが、ライのライヴ活動は以前からこの編成で行われている(*2)

 前奏曲の余韻の中、バラード曲「Verse」のイントロが静かに始まる。そこにミロシュがぶらっと登場。ユニクロで買ったような平凡なネルシャツにジーンズ姿。どこにでもいそうな普通の兄ちゃんだ。固唾を呑んで見つめる観客。これがシャーデー似の声を持つあの謎めいたヴォーカリストなのか……。マイクに向かって彼が第一声を発した瞬間、目に見えない閃光が走った。それは確かに“あの声”だった。慈愛と渇望に満ちた、穏やかで狂おしい唯一無二の両性的な歌声。まるで霊的な体験でもするかのように、観客は金縛り状態で彼の不思議な歌声に聴き入った。チェロとヴァイオリンの美しい音色が前面に出て、サウンドはアルバム以上にチェンバー・ポップ的な情緒を漂わせる。素晴らしいアンサンブルだった。

 曲が終わった瞬間、爆発的な拍手喝采が沸き起こった。初の単独来日公演、しかも一晩限りとあって、集まったファンの熱気もすごい。“イエ〜イ”と両手を上げて大歓声に応えるミロシュ。軽っ。笑ってしまうほどカジュアルな乗りである。ミロシュはすんごい普通の気さくな兄ちゃんという感じで、ナヨナヨしたところや、謎めいた雰囲気は微塵もない。ステージでの顔出しもいつの間にかOKになっていた。当初、ライのステージでは演奏者の匿名性を守るためにメンバーに照明が当てられていなかったが、ミロシュが男性であることが知れ渡る過程で、普通に当てられるようになった(ライは白昼の屋外フェスにも出演している)。現在、彼らのコンサートに来る観客たちは、ミロシュが普通の男性だと了解した上で、純粋にライの音楽を楽しんでいる。“イメージではなく、音楽そのものを聴いて欲しい”という主張が音楽ファンから理解されたのだ。これは彼らの視覚コンセプトの勝利だろう。

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ライのステージ──電飾スタンドはなかったが、リキッドルーム公演はまさにこういう光景だった

 続いて披露されたのは「3 Days」。元々は清涼感溢れる16ビートの軽快なポップ・ナンバーだが、先の「Verse」に似た穏やかなバラード調アレンジで、アルバムとは全く印象が変わっていた。途中まで何の曲だか分からなかったほど。歌メロだけそのままで、コード進行やオケのサウンドが完全に入れ替えられている。リミックス的なセンスを感じさせるアレンジの妙は、私にポーティスヘッドのライヴ・パフォーマンスを少し思い出させた(彼らも同じ方法で曲をライヴでよく改造した)。後半では鍵盤ソロをフィーチャー。最初はワウ・ギターのような音色でメロウなソロを控え目に弾いていたが、エフェクトで音色はどんどんウニョウニョと捻れて変態的になり、最終的に調性を無視したドープなシューゲイズ・ノイズと化した。そうか、そう来るか……。

 軽く観客の意表を突いた後、代表曲「The Fall」が早くも登場。お馴染みのピアノのイントロが鳴り響いた瞬間、大歓声が起きた。誰もが聴きたかったに違いない優美なチェンバー・ポップ・ナンバー。途中からグッとテンポを落とし、徐々にバンドの演奏を抑えてミロシュの歌声を引き立てる余韻たっぷりのエンディングが良かった。この曲に顕著だが、ライの音楽にはベル&セバスチャンやザ・スミスのようなセンチメンタルでナイーヴな文学系ロックに通じる要素が多分にあるように思う。要するに、甘酸っぱい青春の匂いがするのだ。会場の客層を見ても感じたことだが、ライの高い人気は、そのようなバンド(レディオヘッドやAlt-Jあたりも含む)を好む若いロック・ファンの支持によるところが大きいのではないか。“シャーデーっぽい”とか“ブルーアイド・ソウル”という点は、恐らく、多くのライ・ファンにとってどうでもいいことに違いない。ライの音楽は若者の感傷にそっと寄り添い、崖の縁で彼らをつかまえる。ライは若者を転落(fall)から救うライ麦畑の捕手なのだ(……と半ばフロアに落ちながら思った。若者でない私にスタンディングはキツい)

 ロック的なアプローチは次の「Major Minor Love」でも見られた。バンドの演奏は途中までアルバム版と同じ穏やかな表情を見せていたが、後半で徐々に雲行きが怪しくなり、最後はシューゲイズ・ノイズの嵐が爆音で吹き荒れた。暴風のような轟音を垂れ流す鍵盤、ささくれ立ったドローン演奏を続けるチェロ&ヴァイオリン、荒波のようにうねるベース、雷鳴か地鳴りを思わせる重く激しいドラム・ビート。ミロシュのマイク・スタンドの横にはハイハットとスネア・ドラムが用意してあり、彼もそれを叩いてノイズ作りに勤しんだ。ライって音響系バンドだったのか? なんとかアンダーグラウンドみたいにも聞こえる。全然、ベッドルーム・ソウルじゃない。おまえら、話が違うじゃないか!

 中盤に披露された2曲「Shed Some Blood」「Last Dance」は、いずれもシャーデーかシックを夢遊病にしたようなユル〜いダンス・ナンバー。ジェシー・ウェアにも通じる涼やかな黒人音楽解釈が切れを見せ、個人的には最も楽しめる部分だった。「Shed Some Blood」ではリズム・ギターの不在を補うためにベースがよりグルーヴィーな演奏を聴かせ、エンディングではハンドクラップが効果的に使われた。ライヴ演奏を聴いて、曲のインスピレーション源がシャーデー「Nothing Can Come Between Us」であることを確信した(ちなみに、シャーデーの同曲シングル盤ジャケは、クアドロン『AVALANCHE』ジャケの元ネタでもある)。アルバムより若干テンポを上げ、よりダンサブルになった「Last Dance」は、後半でトロンボーンのソロをフィーチャー。途中からオクターバー(ピッチシフター)で1オクターブ上の音を混ぜ、トロンボーン+トランペットの2管サウンドで熱いジャズ・ファンクをかまして観客を大いに沸かせた。ミロシュはカナダ人、ロビン・ハンニバルはデンマーク人、ライの活動拠点はロサンゼルスなのだが、まるでアシッド・ジャズ前夜の'80年代UKバンドのステージでも眺めているようだった。そして、これらのダンサブルな曲でリズムに合わせて身体を動かすミロシュは、まるでマッシヴ・アタックの3Dのように見えた(3Dを3倍くらい快活にしたような動き)

 曲間でミロシュは観客に向かって気軽に喋った(“みんなの顔を見たい”と言って客電をつける場面もあった)。地声は完全に男性の声で、喋っている時は普通の兄ちゃん以外の何ものでもないのだが、歌い出すと印象が一変する。そのギャップがすごい。彼が歌う様子は、降霊術を行う霊能者を思わせた。ミロシュは音楽の精霊と観客を仲介するイタコのようだ。

 後半ではミロシュのソロ・アルバムからの曲が2つ続けて披露された。『MEME』(2006)収録の「The City」は、ドラムンベース調のビートを敷いたエレクトロニカ・バラードを、アコギとエレピでフォーキーにリアレンジ。もはや近年のシャーデーのバラード曲(「Long Hard Road」とか「The Safest Place」)のようにしか聞こえない。ミロシュとドラマーが向き合ってフロアタムを和太鼓のようにドコドコと叩く奇妙なエンディングには、“シャーデー meets 現代音楽”的な珍奇な趣が漂った。割と原曲の雰囲気に忠実だった『JETLAG』(2013)の「Hear In You」も、チェロとヴァイオリンがリフを弾き、やはり生演奏の温かみを強調することできちんとライ仕様になっていた。ミロシュのソロ曲は、基本的にアレンジ次第で何でもライの曲になってしまう(笑)。

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メンバーのソロ演奏の間、ミロシュは脇に置いてあるスネア&ハイハットを叩く

 そして、ライの名を世間に知らしめたアルバム冒頭曲「Open」が遂に登場。優美なストリングスのイントロで場内は再び沸いた。この曲はライのライヴ演奏の素晴らしさを示す格好の例だろう。オリジナル版はマーヴィン・ゲイ「Sexual Healing」をシャーデーがカヴァーしたような柔和なベッドルーム・ソウルだが、ライヴではしなやかなチェンバー・ファンクに変化し、バンドのミュージシャンシップが大いに物を言う。後半で展開される鍵盤とヴァイオリンのソロが聴きものだ。ゴスペル調の開放的なハモンド・オルガンの響きが観客を恍惚とさせた後、現代音楽とロックを混ぜ合わせたようなヴァイオリンのソロが妖しい紫煙で場内を包み込んだ。'13年1月末にロサンゼルスのBoiler Roomで行われたライのショウケース・ライヴでは、アルバムにも参加していたThomas Leaという男性がヴァイオリンを担当し、ジャズ調の素晴らしいソロを披露していたが、今回の来日メンバーの女性ヴァイオリニストはそれとは全く違うアグレッシヴな演奏を聴かせた(音にディレイを掛け、ノイジーな演奏で曲を盛り上げたが、個人的にはThomas Leaの演奏の方が断然好き)。メンバーのアドリブ・ソロの間、ミロシュはマイク・スタンド左脇にあるスネアとハイハットをパーカッション的に叩いている。途中で彼が後ろを振り返り、自分の背後のステージ右側でヴァイオリニストが膝をつきながらノリノリでソロを弾いているのに気付いて笑う場面もあった。また、Boiler Roomでの演奏時にはなかった新たなメロディがエンディング部分に付け足され、曲に素晴らしい余韻を与えていたことも忘れがたい。

 「Open」の後、ミロシュによって一通りバンドのメンバーが紹介された。鍵盤はBen Schwier(マラ・ルビー『ARCHAIC RAPTURE』、ジェネイ・アイコ『SOULED OUT』、アリス・ラッセル『TO DUST』等)、ベース兼アコースティック・ギターはItai Shapira(ロサンゼルスのラヴァーズ・ロック・プロジェクト、ザ・デコーダーズのメンバー。『WOMAN』にも参加)、ドラムはZach Morillo、チェロ兼トロンボーンはClaire Courchene(多くの有名アーティストとの共演歴を持つマルチ楽器奏者。クアドロン『AVALANCHE』にも参加)。ファースト・ネームだけのあっさりした紹介だったが、この顔ぶれで間違いないと思う。ヴァイオリンの女性も紹介されたが、残念ながら名前が聞き取れなかった(上の画像に写っている長髪の女性)。ライのライヴ・バンドはロサンゼルス周辺の腕利きスタジオ・ミュージシャンたちで構成されている。

 “残すところ2曲になった。盛り上げてから落として、みんなを泣かせることにするよ”と予告してから、まず軽快なダンス・ナンバー「Hunger」。アルバムより遙かに熱っぽいパワフルな演奏で観客を沸かせた後、予告通り、静かなバラード曲──前述のBoiler Roomのショウケース・ライヴでも取り上げられていたミロシュのソロ曲「It's Over(『MEME』より)──が締め括りとして演奏された。しっとりとしたアコースティック・アレンジで、完全にライのナンバーになっていた。これは名曲だと思う。最後はオフマイクでメンバー全員がリフレインを歌い、深い余韻を残してライのショウは幕を閉じた。完璧な幕引き。アンコールを求める熱烈な拍手がしばらく続いたが、彼らが再びステージに現れることはなかった。長くもなく短くもない、70分きっかりの実に瑞々しいショウだった。


GIVE ME A REASON TO BE A WOMAN...?

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 ここで久しぶりに『WOMAN』のジャケットを眺めてみよう。

 最終的に私は、この人物は幽体離脱をしているのではないかという考えに至った。肉体を抜け出した魂(ソウル)には、性別も人種も年齢もない。ライが奏でているのは、どんな人間にも憑依することのできる、全く純粋で普遍的な──彼らの歌詞をもじって言うなら──完全に開かれたソウル・ミュージックなのである。

 『WOMAN』のジャケットを飾る匿名的な人物像に関して、2年前の記事で私はこう書いた。アルバムのサウンドが純粋に霊的(スピリチュアル)だとすれば、ライヴにおけるライのサウンドは、もっと肉体的(フィジカル)な印象を与えるものだった。生身の人間が目の前で演奏しているのだから当然と言えば当然だが、力強いビートの躍動や、ミュージシャンシップに溢れた各メンバーの演奏には、観客の心だけでなく、肉体に強く訴えるものがあった。同時に、アルバム以上に幅広い音楽性を持ち込むことで、性別も人種も年齢も超越したライ独自の肉体と言うべきものが、肉体的であることを必然的に要求されるライヴ・ステージという場で、きちんと獲得されていた点が何より素晴らしいと思った。

 音楽性の幅という点で印象深かったのは、ポスト・ロックやアンビエント、現代音楽的なサウンドへのアプローチである。アルバムでほとんど感じられなかったこれらの要素は、恐らくミロシュが持ち込んだものだろう。身も蓋もない言い方だが、実際にライのライヴを鑑賞して、『WOMAN』はロビン・ハンニバルがプロデュースしたミロシュの別名義アルバムのようなものなのだと思った。彼はそれを引っ提げて単独でツアーを行っている。ロビン・ハンニバル不在のライのライヴに、ミロシュの音楽センスがより強く反映されるのは当然のことだろう(会場で売られていたツアー・ポスターも、きっとミロシュの趣味なのだろう。彼の3rdアルバムのジャケと似たようなセンスである。プログレっぽいのか……?)。シャーデーに対する偏愛や、Faderミックスに顕著だったクラシック・ソウルへの憧憬は完全にハンニバルのもので、ミロシュ自身は基本的に音響/アンビエント系の人なのだと思う(*3)。今回の来日公演は、R&B/ソウルよりも、もっとロック寄りのリスナーにアピールする内容になっていて、今後のライの方向性が窺われる点でも興味深かった。将来的に、たとえばマッシヴ・アタックのように、ライがミロシュのソロ・プロジェクト化する可能性も大いに考えられる。再びハンニバルと組んで2ndアルバムが作られるかどうかは分からないが(名義が何であれ、ミロシュは恐らく今後もライ的な音楽を聴かせてくれるだろう)、少なくともライヴ・アルバムは出すべきだと思った。

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ポーティスヘッドのステージ

 もうひとつ個人的に強く感じたのは、トリップホップとの類似である。わざとらしく何度か言及した通り、特にポーティスヘッドに似ていると思った。具体的に言うと、時折覗くフォーク趣味も含め、クラウト・ロックの影響を受けてポスト・ロック的な音を展開した『THIRD』(2008)期の彼らの雰囲気に近い。裏方ミュージシャンばかり集まった非スター的なバンドの佇まいもそっくりだ。

 トリップホップは──私の理解では──ヒップホップをアフリカ系アメリカ人以外の人間がどうやるか、という大問題にかつて決定的な答えを出した音楽である。ヒップホップってカッコいいなあ、俺たちもやりたいなあ、と思っていたブリストルの若者たちは、ヒップホップの音像をダブで歪め、イギリスの空のように憂鬱なブルースの歌や、ボソボソとした冴えないラップをそこに乗せた。それは画期的な音楽スタイルだった。これならできる!とみんな思い、'90年代にトリップホップは世界規模で爆発的に流行った。飛びついたのはミュージシャンだけではない。これなら聴ける!と思った音楽リスナーも同じくらい多くいた(当時、私もその一人だった)。トリップホップは“非ヒップホップ・アーティスト/リスナーのためのヒップホップ”として浸透し、ジャンルの巨大な垣根を打ち崩した。トリップホップがきっかけでヒップホップに目覚めた人はたくさんいるだろう。

 ここ数年、これとよく似た現象がR&Bの世界で起きている。様々なジャンルの音楽をシャッフルして聴くiPod世代の若者たちが作るメランコリックで屈折したR&Bは、一般的に“インディーR&B”とか“オルタナティヴR&B”と呼ばれていて(私は個人的に“ユル&B”と呼んでいる)、中にはライオン・ベイブのように、実際にトリップ・ホップを少しR&Bっぽくしただけのような音を聴かせるユニットもある。そういった音楽シーンの代表格と見なされているライは、今回の来日公演でR&Bの常道を更に大きく踏み外してみせた。これまで思ったこともなかったが、踏み外す方向性、アルバムの高い完成度、明確な美意識、支持層の厚さなどの点で、ライはインディーR&B界のポーティスヘッドのような存在なのではないかと思った。かつてポーティスヘッドに衝撃の当日ドタキャンを食らい(@ガーデンホール)、マッシヴ・アタックの初来日公演(@ガーデンホール)に興奮し、昨年秋、ジェフ・バーロウがまたしても来日公演(@リキッドルーム)をドタキャンした恵比寿で、私は音楽の輪廻を感じながら帰路についた。


(*1)いくつかのサイトでは、冒頭に演奏されたインスト曲のタイトルが「6 Wolves」と記されている。同名の新曲が存在することは'14年12月のミロシュのインタヴュー(NovellaMag.com)で明かされているが、本当にそうだったのか私には裏付けが取れなかった。どこから出てきた情報なのだろう?

(*2)ロビン・ハンニバルは当初からライのライヴ活動には不参加。同じく'14年12月のインタヴューで“ロビン・ハンニバルと連絡は取ってますか?”と訊かれ、ミロシュは“互いに忙しすぎて3年以上も話してない。彼はライヴ活動に参加してないからね”と答えている。“3年以上”というのは大袈裟だろうが、とにかくハンニバルとは長いこと会っていないようだ。

(*3)同じく'14年12月のインタヴューで、ミロシュは影響を受けたアーティストとして、エイフェックス・ツイン、オウテカ、ピンク・フロイドなどを挙げている(ピンク・フロイドは形式にとらわれない音楽性が好きだそうだ)。C.L.スムーズ、ソウルズ・オブ・ミスチーフ、クレイグ・マックやブラック・シープといった'90年代ヒップホップも好むという。ニール・ヤングやフリートウッド・マックも好きという点は別に意外ではないが、彼がラサの1stアルバムをお気に入りに挙げているのには驚いた。彼女の無国籍フォーク/ジプシー・サウンドは、確かにライのチェンバー・サウンドと少し通じるところがある(ミロシュとはあまり趣味が合いそうもない私だが、ここはドンピシャだった。単なる憶測だが、彼はタキシードムーンなんかも好きなのではないだろうか。ムーンドッグは絶対に好きだと思う)。コラボしてみたいアーティストはトム・ヨークとビョーク。尚、シャーデーに関しては、日本の男性ファッション誌、HUgEの'13年7月号のインタヴューで“僕は彼女が嫌いなわけじゃないし、素晴らしい曲を出しているとも思う。ただ、彼女のファンではないんだ”と語っている。



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01. instrumental intro
02. Verse
03. 3 Days
04. The Fall
05. Major Minor Love
06. Shed Some Blood
07. Last Dance
08. The City
09. Hear In You
10. Open
11. Hunger
12. It's Over

Liquidroom, Tokyo, March 30, 2015
Mike Milosh (vocals, hi-hat and snare drum), Ben Schwier (keyboards), Itai Shapira (bass, acoustic guitar), Zach Morillo (drums), Claire Courchene (cello, trombone), unknown female (violin)



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