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Prince──ボルティモア



 米Time誌の'15年5月11日号の表紙はかなり衝撃的なものだった。白昼の路上、押し寄せる警官隊の群から一人の黒人青年が走って逃げる様子を捉えたモノクロ写真。キング牧師が暗殺された'68年4月、アメリカでは多くの街でこのような黒人暴動が起きた。しかし、写真は'68年ではなく、それから47年後の'15年4月に撮影されたものである。“1968年、アメリカ”という大見出しは、赤ペンで“2015年、アメリカ”と訂正され、その下には“何が変わったか。何が変わっていないのか”という小見出しが掲げられている。'09年には初の黒人大統領が誕生し、一見、人種平等が達成されているようにも見えるアメリカが、今も47年前と同じ問題を抱え続けていることを端的に示すイメージである。

 この写真は'15年4月25日、メリーランド州ボルティモアで撮影された。同市では、同月12日にフレディ・グレイという25歳の黒人青年が警察に拘束され、移送中に負った原因不明の頸椎損傷によって一週間後の19日に死亡するという事件があり、これに対する市民の抗議デモが続いていた。写真が撮られた2日後の4月27日、フレディ・グレイの葬儀の後でデモ隊の一部が暴徒化し、抗議運動は大規模な暴動へ発展。パトカーが破壊されたり、韓国人が経営する商店が集中的に略奪・放火されるなど、ロス暴動のような惨事が繰り返された。車両144台、建物15棟が炎上。逮捕者200人以上。ボルティモアには非常事態宣言が出され、街はそれから一週間、夜10時から朝5時まで市民の通行が禁止された。

 アメリカでは'14年夏から黒人市民に対する白人警官の不当な暴力が相次いで起こり、再び人種間の軋轢が強まっている。抗議デモは全米各地に波及し、そのスローガンである“Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)”は、'14年のアメリカの流行語大賞にもなった。まるで'60年代の公民権運動時代に逆戻りしたような現在のアメリカだが、そうした社会状況を受けて、音楽界でも“ネオ公民権運動ソング”とも言うべき曲を通してメッセージを発する黒人アーティストが増えている。ここで取り上げるプリンスもそのうちのひとりだ。

 '15年2月のグラミー授賞式で年間最優秀アルバム賞の授与者として登場した際、プリンスは“アルバムは今も大切だ。書物や黒人の命と同じく、アルバムは今も大切なものだ(Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter)”と発言し、音楽界のアルバム離れに苦言を呈すると同時に、“Black Lives Matter”運動に共感を示していた。'15年5月9日にSoundCloudを通して発表された彼の新曲「Baltimore」は、その発言の延長線上にあるプロテスト・ソングである。歌詞は、'15年4月に起きた上記のボルティモアの一件を題材にしている。前回のファレル・ウィリアムズ「Freedom」に続き、今回はプリンスのメッセージを和訳することにしたい。




 Baltimore
 (Prince)
 
 NOBODY GOT IN NOBODY'S WAY
 SO EYE GUESS U COULD SAY
 IT WAS A GOOD DAY
 AT LEAST A LITTLE BETTER THAN THE DAY IN BALTIMORE
 
 誰も他人に干渉しなかった
 まだマシな一日だったと
 言えるだろう
 ボルティモアのあの日に較べたら
 
 DOES ANYBODY HEAR US PRAY?
 4 MICHAEL BROWN OR FREDDIE GRAY
 PEACE IS MORE THAN THE ABSENCE OF WAR
 
 聞こえるかい? マイケル・ブラウンや
 フレディ・グレイの冥福を祈る僕らの声が
 平和とは単に戦争がない状態のことじゃない
 
 ABSENCE OF WAR
 R WE GONNA C ANOTHER BLOODY DAY?
 WE'RE TIRED OF CRYIN' & PEOPLE DYIN'
 LET'S TAKE ALL THE GUNS AWAY
 
 戦争がない状態
 また血塗られた日を迎えるのか?
 泣いたり人が死ぬのはもうイヤだ
 すべての銃をなくそうよ
 
 ABSENCE OF WAR - U AND ME
 MAYBE WE CAN FINALLY SAY
 ENUFF IS ENUFF IT'S TIME 4 LOVE
 
 戦争がない状態 君と僕
 そろそろ声を上げるとき
 もうたくさんだ 今こそ愛そう
 
 IT'S TIME 2 HEAR,
 IT'S TIME 2 HEAR
 THE GUITAR PLAY! (guitar solo)
 
 今こそ聞こう
 今こそ聞こう
 ギターの演奏を!(ギター・ソロ)
 
 IF THERE AIN'T NO JUSTICE THEN THERE AIN'T NO PEACE
 
 正義なくして平和なし
 
 
 まるでディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのような(逆だ!)ミッドテンポのグルーヴィーなギター・ロック・ナンバー。透明感のあるウェンディ&リサ風バック・ヴォーカルや屈折したストリングス編曲は、「Take Me With U」「Raspberry Beret」といったレヴォリューション時代のグラム調ナンバーを彷彿させるが、当時の密室的な感覚は皆無で、近年のプリンス作品同様、非常に風通しの良いサウンドになっている。

 明快な歌詞については何の説明も要らないだろう。ボルティモアの事件の犠牲者であるフレディ・グレイに加え、'14年8月にミズーリ州ファーガソンで白人警官に射殺されたマイケル・ブラウンの名前も織り込まれている。個人的には、“平和とは単に戦争がない状態のことじゃない”という部分に感銘を受けた。この一節の意味は、たとえば、核兵器によって国々が力の均衡を保つ世界を想像すれば分かる。核を保有することで戦争のない状態を保てたとして、果たしてそれが本当に“平和”と呼べるのか。平和というのはそういうものじゃないだろう、という意味に私はこの一節を理解した。銃社会のアメリカで、プリンスのように幅広い世代に影響力を持つ人物が“すべての銃をなくそう”と訴えていることは賞賛に値することだと思う。いたずらに人々を扇情するのではなく、平和的で落ち着いた行動を促すような、メジャー調の穏やかな、それでいて力強い曲になっているところが素晴らしい。こういう理想的なプロテスト・ソングをあっさり作れてしまうプリンスの音楽的才能と反射神経には脱帽するしかない。彼は本当に偉大なアーティストだ。

 「Baltimore」の発表と合わせて、プリンスは'15年5月10日にボルティモアのロイヤル・ファームズ・アリーナで〈Rally 4 Peace〉と題した平和祈願の慈善コンサートも行った。コンサートには、ミゲルエステル、ダグ・E・フレッシュ、ジュディス・ヒル、「Baltimore」にも客演している新進女性歌手のエリン・アレン・ケインらがゲスト出演したリヴ・ウォーフィールドもNPGの一員として参加)


THE DAYS IN BALTIMORE BY DAVIN ALLEN

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'15年4月25日、ボルティモア

 Time誌の表紙を飾った写真は、デヴィン・アレン Devin Allen というボルティモア在住の26歳の黒人青年が撮影した。'12年から独学でカメラを始めたという、全く無名のアマチュア写真家である。彼は4月23日からボルティモアのデモ行進の様子を撮影し始め、フレディ・グレイ事件への抗議として、その写真をInstagramの自分のアカウント(bydvnlln)に投稿し始めた。現場の空気や市民一人ひとりの表情をモノクロでつぶさに捉えた彼の写真は、ネット上で次々と拡散していき、最終的にTime誌の編集部の目に留まることになった。表紙に使われた写真について、同誌の担当者は“まるで昨年から続いている出来事を物語る映画ポスターのようだ。'60年代に起きていた暴動や諸々の事件を強く想起させる”と語っている(24 June 2015, Lens Blog - The New York Times)。無名のアマチュア写真家は、Time誌の表紙に写真が採用されたことで、文字通り“時の人”となり、地元のアフリカ系文化史料館で個展を開くまでになった。

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デモ行進を行うボルティモア市民(デヴィン・アレン撮影)

 デヴィン・アレンは抗議に集まった多様なボルティモア市民の姿を捉えている。デモ行進には黒人だけでなく白人も参加しているし、中には大人に混じって小さな子供の姿も見える。無言で静かに拳を突き上げる初老の男性、父親に抱かれて“Hands Up, Don't Shoot”のジェスチャーをしている(ように見える)幼児、“フレディの死は無駄じゃない!”というプラカードを持った青年たちなど、デモにはあらゆる世代の人々が参加している。デヴィンの撮った写真からは、参加者たち一人ひとりの強い思いがひしひしと伝わってくる。

 ボルティモアのデモ行進の様子は、プリンス「Baltimore」の歌詞ヴィデオ('15年7月21日公開)でも見ることができる。当たり前だが、すべての黒人市民が怒り狂って暴れたわけではない。暴動を起こしたのは彼らのごく一部であり、多くの人々はこのように平和的に抗議活動を行っていた。

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警察に怒りをぶつけるボルティモア市民(デヴィン・アレン撮影)

 上掲の写真は、いかにして暴動が起こるかを鮮やかに伝えていると思う。隊列を作って道路を封鎖する警官たち。その目の前で黒人少年たちが自転車を乗り回し、中指を立てて彼らを挑発している。至近距離から撮影されていることもあり、現場の緊張感が生々しく伝わってくる。若者たちがパトカーの屋根に乗って車両を破壊している写真では、周りの見物人たちが笑顔で呑気にスマホを掲げている様子が確認できる。一部の市民によるこうした軽はずみな行為が雪だるま式にどんどん大きくなっていき、やがて収拾のつかない事態になるのだろう。みんなやってるから俺も、という群衆心理だ。渋谷のスクランブル交差点のワールドカップ騒ぎなどと基本は一緒である。

 無抵抗の黒人青年を殺した警官は確かに酷い。しかし、すべてのボルティモア市民が暴徒ではないのと同様、すべての警官が不当な暴力を振るっているわけではない。Time誌の表紙を飾った写真をデヴィンが撮った際、大群になって押し寄せてきた警官たちは、彼を突き飛ばすようなことはしなかったという。それどころか、数名の警官が彼のカメラ機材を道路脇へどけるのを手伝ってくれたそうだ。デヴィンはこう言う。

「偏ることなく、あるゆる角度から捉えるようにしたい。僕が出会った警官の中にはいい人たちもいるからね」(4 May 2015, Here & Now)

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ボルティモアを見つめる警官(デヴィン・アレン撮影)

 デヴィン・アレンの写真を見ていて、私の胸に最も刺さった一枚はこれである。騒ぎを鎮圧に来た警官の一人が、遠くをじっと見つめている。黒人警官である。よく見ると、彼の目に涙が浮かんでいるのが分かる。同職の仲間が理由もなく黒人市民を殺し、それに対して今度は同色の仲間たちが怒り、暴れている。“警察なんてクソくらえ(Fuck The Police)”と言われ、この警官は一体どんなにやるせない気持ちだっただろう。“市民 vs 警察”、“黒人 vs 白人”という単純な構図ではなく、当事者のすべてを生身の人間として見つめるデヴィンの視線が素晴らしい。

 Instagramに投稿したこの写真に、デヴィンは以下のキャプションをつけている。

「目を潤ませた彼の脳裡にはどんな思いが過っているのか。警察が僕らにしたことは確かに間違っているが、彼らのすべてが悪というわけじゃない。この写真がそれを示している」


■'78年のニーナ・シモンによるレゲエ解釈で有名なランディ・ニューマン「Baltimore」(1977)──トリビュート盤『ROUND NINA』(2014)ではリアン・ラ・ハヴァス、『NINA REVISITED』(2015)ではジャズミン・サリヴァンが歌った──の歌詞も和訳するつもりでいたが、蛇足になるので今回は割愛した。またの機会に取り上げたい。

パックンのちょっとマジメな話
警官を見たら殺し屋と思え? アブなすぎるアメリカの実態('15年6月25日)
安保法案については、アメリカ人だから語りません('15年7月31日)
ニューズウィーク日本版サイトに連載中のパトリック・ハーラン(パックン)の時事コラム。6月はアメリカの警官による黒人市民への一連の暴力事件、7月は日本の安保法案がテーマ。広い知識と洒脱なユーモアを交えた明晰な考察でとても面白い。さすがハーバード大卒のインテリ芸人。“Shoot and Assess”というアメリカの警官教育の話には、なるほど、と納得した。未読の方は是非。



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