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Prince──シャーデーの「Sweetest Taboo」




 プリンスがシャーデーのファンであることは、知られているようで案外知られていないかもしれない。

 3枚組『LOTUSFLOW3R』(2009)のうちの1枚として発表されたブリア・ヴァレンテ『ELIXER』が、寡作なシャーデーに対するプリンスの返答──“俺のシャーデー”的なアルバム──だったことを覚えている人はいるだろうか。当時、『ELIXER』をメディアに紹介する際、彼は“シャーデーの新譜には待ちくたびれたもんでね”と語っていた(過去記事“シャーデー、2009年秋に帰還!!!?”参照)。要するに、シャーデーが新譜を出さないから自分で作ったよ、というわけだ。ブリア・ヴァレンテはアデュとは全くタイプの異なる歌手だが、『ELIXER』のジャジーでオーガニックなR&Bサウンドは確かにシャーデーの影響を感じさせるもので、プリンスのシャーデー観が窺い知れる点、また、ジェシー・ウェアライの登場を半ば予見しているという点でも面白い作品だ(中には「Smooth Operator」もどきのような曲もある)。プリンスがシャーデー好きであることは、今回紹介する曲「S.S.T.」にもよく表れている。

 「S.S.T.」は'05年9月に発表されたプリンスの単発シングル曲。タイトルの“S.S.T.”は、“セックス、セックス、たまりません”でも、“セックス、速攻、立ちバック”でもなく、“Sade's Sweetest Taboo”の略である。シャーデーのヒット曲「The Sweetest Taboo」(1985)に言及した、シャーデーに対するプリンスの一種のオマージュ曲である。よほど好きでないと、こんな曲は書かないだろう。

 プリンスはこの曲を、'05年8月末にアメリカ南東部を襲った巨大ハリケーン、“カトリーナ”の被災者を救済するためのチャリティ曲として制作し、災害発生直後の9月に緊急発売した。'15年のボルティモア暴動直後に「Baltimore」を発表したように、10年前の非常時にも彼は速攻で行動を起こしたのである。“セックス、速攻、立ちバック”とかいうバカな想像をした人は反省してほしい。プリンスはいつもそんなことばかり歌っているわけではない。「S.S.T.」は、“救おう、速攻、助けよう”と被災地支援を呼びかける真面目なメッセージ・ソングなのである。


 S.S.T.
 (Prince)
 
 Who will be a guest in your tent?
 Certainly not the ones who don't wanna repent
 And keep giving guns 2 the poorest of our nation's sons
 
 君は自分のテントに誰を迎え入れる?
 恵まれない子供たちに 性懲りもなく
 銃を与え続ける輩ではないだろうさ
 
 Who is gonna call u by name
 With no confusion, trinity or preacher's vein?
 Who says that every time
 And opens up the eyes of the blind?
 
 君を名前で呼ぶのは誰?
 牧師のように説教くさくなく
 どんなときも呼びかけ
 盲人の目を開かせるのは誰?
 
 Who will be the one in his bed?
 Certainly not the one who put the thorns on his head
 And wished him dead while they took his daily bread
 
 彼は自分のベッドに誰を迎え入れる?
 茨の冠を被せ 日々の糧を奪い
 自分に死を望んだ者ではないだろうさ
 
 Which one is of value to u?
 The one depleting the oil supply
 Or the one that renews it
 And keeps the peace
 Like the groove in Sade's Sweetest Taboo?
 
 ありがたいのはどっち?
 燃料を使い果たす人
 それとも 節約して
 平和を維持する人
 シャーデー「Sweetest Taboo(とびきりのタブー)」のグルーヴのように
 
 Give it to me, give it to me, the sweetest
 Give it to me, give it to me
 Give it to me, give it to me, the sweetest
 
 おくれ おくれよ とびきりの
 おくれ おくれよ
 おくれ おくれよ とびきりの
 
 Who will be a guest in your tent?
 Are u gonna be happy with how your life is spent?
 Did u have open arms 4 each and everybody u met?
 
 君は自分のテントに誰を迎え入れる?
 君は自分の生き方に納得がいくかい?
 自分の会ったすべての人を受け入れたかい?
 
 Or did u let them die in the rain
 Endless war, poverty or hurricane?
 It's time 4 another groove
 Like Sade's Sweetest Taboo
 
 それとも見殺しにしたかい? 雨の中で
 終わりなき戦争や貧困 ハリケーンの中で
 今こそ別のグルーヴが必要だ
 シャーデー「Sweetest Taboo(とびきりのタブー)」のような
 
 Give it to me, give it to me, the sweetest
 Give it to me, give it to me
 Give it to me, give it to me, the sweetest
 
 おくれ おくれよ とびきりの
 おくれ おくれよ
 おくれ おくれよ とびきりの


SST2.jpg
S.S.T.
Digital: NPG Music Club, 5 September 2005
CD: NPG Records/Columbia 38K 675152, 25 October 2005 (US)


S.S.T. (3:39) / Brand New Orleans [instrumental jam] (6:37)

Composed by Prince
All instruments and vocals by Prince


 ハリケーン・カトリーナは'05年8月23日〜31日にかけて発生し、アメリカ南東部の地域に甚大な被害をもたらした。死者1,800人以上、被害総額1,080億ドル。最も被害の大きかったルイジアナ州では1,600人近くが犠牲となり、同州最大の都市であるニューオーリンズは洪水によって市内の8割が水没した。ジャズの発祥地でもあるニューオーリンズがハリケーンによって壊滅的な被害を受けたことは、当時、世界中の音楽ファンにも強いショックを与えた。

 被災地の状況を知ったプリンスは、シャーデーの「The Sweetest Taboo」──“静かな嵐(quiet storm)”、“雨にも負けない(I'd stand out in the rain)”といったフレーズが歌詞に登場する──に触発され、徹夜の末、9月2日の早朝に「S.S.T.」を書き上げた。完成した曲は、公式サイトのNPG Music Clubを通じて9月5日に配信され、その後、iTunesでも購入可能になった。同年10月にはCDシングルも発売。ジャケットには、ハリケーン発生時の避難経路を示す道路標識(安全な内陸部の都市へ誘導する)の写真が使われている。「S.S.T.」の売り上げは全額、被災者支援のためルイジアナのNPOに寄付された。

 「S.S.T.」はメジャー調の爽やかな曲。フォーキーでレイドバックしたアンプラグド調のプロダクションは、すべてプリンス一人の多重録音によるもの。ピアノの前に座って3分くらいで書いたような即席の小品だが、そのシンプルさが良い。迷いや飾りがなく、言いたいことがダイレクトに伝わってくる。'00年代のプリンスらしく、歌詞はかなり宗教色も強いが、メッセージの肝は明快で普遍的なものである。聴き手に親密に問いかけ、“今こそ……”と呼びかけるくだりは、10年後の「Baltimore」とも共通する。ここでプリンスは「The Sweetest Taboo」のしなやかなグルーヴを復興の象徴に掲げている。リムショットでビートを刻むドラムは同曲を意識したものだろうか。両者のファンとして、これほど嬉しい作品はない。

 曲は終盤でファンク・ジャムに発展するが、カップリングの長尺曲「Brand New Orleans」は、そのジャム部分の全長版。エレピ、ギター、シンセなどをプリンスが次々と演奏し、6分以上にわたって延々と“一人ジャム”を繰り広げる。これも普通に素晴らしい。ニューオーリンズの復興に対する思いは曲名からも強く伝わってくる。

 ちなみに、“S.S.T.”の3文字は“Sea Surface Temperature(海面水温)”を意味する気象用語でもある。海面水温が上昇すると、それだけ多くの水蒸気が発生し、ハリケーンが大型化すると言われている。もしかすると、“S.S.T.”という曲名には“シャーデーの「Sweetest Taboo」”と“海面水温”の2つの意味が掛けられているのかもしれない。少なくとも“セックス、速攻、立ちバック”でないことは明らかだ(って、もういいよ)。

 カトリーナ災害時には、プリンスの他にも多くの音楽アーティストがチャリティ曲を制作した。マイケル・ジャクソンもその一人だったが、当時、大勢のアーティストが参加すると報じられた「I Have This Dream」──仮題「From The Bottom Of My Heart」──という彼のチャリティ曲は、'05年10月にロンドンで録音されたものの、結局、発表されることなくお蔵入りしてしまった(マイケルは'01年のNY同時多発テロ犠牲者支援チャリティ曲「What More Can I Give」でも似たような失敗をしている)。それを思うと、ニュースを見て速攻で曲を書き、一人で録音し、自分のサイトで即配布、というプリンスの身軽さは驚異的である。彼は色んな意味でDIY精神の塊のようなミュージシャンだ。単に音楽を作るだけでなく、彼は音楽作品の流通システムについても考え、人一倍、努力を重ねてきた。ネットでの音楽配信に早くから本格的に取り組み、時には新譜CDを新聞の付録として無料配布したり、スーパーマーケットで限定発売するといった、音楽業界の常識を覆すような大胆な試みも行ってきた(単にCDが手に入りづらくなったこともあったが……)。大手レコード会社に依存することなく、作り手と受け手が共にハッピーになれる音楽ビジネスの形を果敢に模索している点でもプリンスは偉い。

 というわけで、「S.S.T.」という曲を作ってしまうほどシャーデー好きなプリンス。現在のNPGの看板女性歌手、リヴ・ウォーフィールドのバンドには、シャーデーのツアー・ギタリストであるライアン・ウォーターズが参加している。プリンスとシャーデーは人脈面でも繋がりがある。将来、何らかの形で両者の共演が実現することはあるのだろうか。シャーデーのバックでギターを弾くプリンス……。想像しただけでも体から変な汁が出そうだ。それこそまさに“Sweetest Taboo(とびきりのタブー)”に違いない。



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