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未来へようこそ!



 WELCOME TO THE FUTURE!
 
 太平洋夏時間2015年10月21日午後4時29分、日本時間2015年10月22日午前8時29分の今、まさにこの瞬間、米カリフォルニア州ヒル・バレー市の上空に、マーティ、ジェニファー、ドクの3人が、デロリアン型タイムマシンに乗って30年前の過去からやって来た。感無量である。まさしく歴史的瞬間だ。

 1985年からの3人の到着、そして、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開30周年を記念して、世界では様々な催しが行われている。アメリカでは10月21日に、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズを振り返る新作ドキュメンタリー映画『Back In Time』が公開。日本でも、デロリアンの撮影会や走行イベント、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』公式カフェの期間限定オープン、オーケストラ生演奏付きの映画上映コンサートなどが話題を呼んでいる他、映画内で描かれた2015年の未来世界と、実際の2015年の世界を比較する特集記事なども数多く目にする。

 世界中の多くの人々に愛されているタイムトラベル映画の金字塔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作。決してマニアというわけではないが、この映画には私も強い思い入れがある。今日は、マーティたちとは入れ違いに、彼らが発った30年前の世界に一人でひっそりとタイムスリップすることにしたい。


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'85年全米公開時のオリジナル・ポスター

 スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮/ロバート・ゼメキス監督『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、今から30年前、1985年7月3日に全米で劇場公開された。封切り時のポスターに添えられたキャッチコピーが秀逸だ。

 He was never in time for his classes...
 He wasn't in time for his dinner...
 Then one day... he wasn't in his time at all.
 
 “いつも学校に遅れ…… 夕飯にも遅れ…… そして、ある日……彼は全く別の時代にいた”という意味だが、原文は“in time(遅れずに、間に合って)”と“in one's time(自分の時代に)”という似通った表現を並べて、ユーモラスに映画の内容を伝えている。そもそも“Back to the future”というタイトルからして秀逸だ。“過去へ戻る”でも“未来へ進む”でもなく、どうして“未来へ戻る”なのか、と興味を引く。このポスターを見ただけでも映画館に足を運びたくなる。

 日本では5ヶ月後の1985年12月7日、正月映画として劇場公開された。当時、小学生だった私は、父親に連れられて新宿プラザ劇場でこの映画を観た。私の父は映画好きで、幼い私をよく映画に連れていってくれた。初めて連れていってもらった洋画がスピルバーグの『E.T.』(1982)で、そこで味を占めた私は、以来、『スター・ウォーズ〜ジェダイの復讐』(1983)、『グレムリン』(1984)、『ゴーストバスターズ』(1984)、『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)、『イウォーク・アドベンチャー』(1984)、『グーニーズ』(1985)、『オズ』(1985)、『ヤング・シャーロック〜ピラミッドの謎』(1985)、『ショート・サーキット』(1986)、『ラビリンス〜魔王の迷宮』(1986)、『スペース・キャンプ』(1986)、『ハワード・ザ・ダック〜暗黒魔王の陰謀』(1986)、『マネー・ピット』(1986)等々、スピルバーグやルーカス関連作を中心に、SF/ファンタジー系の話題作が来るたびに映画館に連れていってもらっていた。

 中でも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は格別の作品だった。奇想天外なタイムトラベル物語でありながら、核燃料で作動する車型タイムマシン=デロリアンの妙なリアルさや、遠い過去や未来ではなく、30年前の近過去へ行って自分の両親に遭遇するという、親子間のジェネレーション・ギャップをモチーフにしたプロットには、荒唐無稽な数多のSF作品とは一線を画する魅力があった。当時の私が観たSF映画の中には子供騙しのような作品もあったが、そういう作品は、結局、子供心にもあまり面白くなかったりする。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、大人も子供も同時に魅了する、超一級の娯楽映画だった。鑑賞後、父と入った新宿のレストランでパンフレットを夢中で眺めたことをよく覚えている。図画工作が好きだった当時の私は、いつも映画から帰ってくると、パンフを見ながら登場キャラクターの絵を描いたり、宇宙船などのマシンをレゴブロックや厚紙で作って遊んでいた。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観た後、私がレゴでデロリアンを自作したことは言うまでもない。

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劇場で買ったパンフ。30年ぶりに見てみたら、父と私が使った半券が挟まっていてビックリ。一般料金(1,200円)と子供料金(1,100円)の前売鑑賞券だ。パンフの最後のページには新宿プラザ劇場のスタンプが押してあった。“SHINJUKU PLAZA THEATER 御鑑賞記念 61年1月5日”とある(涙)

 当時、私は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラを購入した。買ってもらったのではなく、小遣いを貯めて自分で買った(……と長年思い込んでいたが、映画を観たのが正月だとすれば、お年玉を利用した可能性が極めて高い)。LPでもCDでもなく、カセットテープだった。その頃の私の家には、ダブルデッキのラジカセと、壊れた古いレコード・プレイヤーしかなく、再生できるメディアはカセットテープしかなかったからである(我が家にCDコンポがやって来たのは'87年頃のことだった)。私が生まれて初めて自分で買った音楽ソフトが、実は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラだった。日本版カセットで、価格は2,500円くらいだったと思う。私はそのカセットを宝物のように大事にし、飽きることなく何度も繰り返し聴いた。

 私の父は音楽好き──というか、凝り性──でもあり、当時、FM雑誌の番組表を見ながらアメリカのヒット曲をエアチェック(FMラジオから録音)し、ダブルデッキのラジカセで編集テープを作ることを趣味としていた。私の家には、マイケル・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダー、プリンス、ライオネル・リッチー、ビリー・ジョエル、ホール&オーツ、デヴィッド・ボウイ、ユーリズミックス、ワム!、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、ザ・ポリスといった、アメリカのトップ40音楽がいつも流れていた。母親はオールディーズが好きで、ニール・セダカ、ポール・アンカ、コニー・フランシスなどもよく流れていた。小学生の私が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラを購入したのは、両親の影響で洋楽が好きだったこと、そして、お気に入りだったヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの新曲が2つ収録されていたことが大きな理由だった。

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BACK TO THE FUTURE The Motion Picture Soundtrack (1985)

Side 1: The Power Of Love performed by Huey Lewis and The News / Time Bomb Town performed by Lindsey Buckingham / Back To The Future performed by The Outatime Orchestra / Heaven Is One Step Away performed by Eric Clapton / Back In Time performed by Huey Lewis and The News
Side 2: Back To The Future Overture performed by The Outatime Orchestra / The Wallflower (Dance With Me Henry) performed by Etta James / Night Train performed by Marvin Berry and The Starlighters / Earth Angel (Will You Be Mine) performed by Marvin Berry and The Starlighters / Johnny B. Goode performed by Marty McFly and The Starlighters

Music Supervisor: Bones Howe
Marvin Berry is sung by Harry Waters, Jr.
Marty McFly is sung by Mark Campbell
Guitar solo in "Johnny B. Goode" by Tim May


 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラは最高だった。音楽自体もさることながら、劇中での音楽の使い方も素晴らしかった。映画の舞台である'85年と'55年の世界を描き分ける上で、両時代のポップ・ミュージックが実に効果的に使われていた。アルバムには、前半に'85年の最新曲、後半に'50年代のオールディーズがまとめられ、その合間にアラン・シルヴェストリによるオーケストラ・スコアが2曲収録されている。このバランスが絶妙だ。

 最大の目玉は、何と言ってもヒューイ・ルイス&ザ・ニュースによる2つの新曲。楽曲提供の依頼を受け、映画の内容をよく知らないまま最初にヒューイ・ルイスが用意したのは、マイナー調の曲だったらしい。映画序盤で印象的に使われる爽快なロックンロール・ナンバー「The Power Of Love」は、監督のロバート・ゼメキスが一度NGを出した後に生まれた曲だった。

「10代の若者を出す映画だから、ラジオの曲を流すのは最初からの考えだった。求めていたのはラジオで流せる主題歌だ。アラン・シルヴェストリに“ヒューイ・ルイスはどうだ”と言われた。アルバム『SPORTS』が出たばかりでね。彼らに連絡したら大いに乗り気で曲を書いたが、合わなかったんだ。そこでヒューイを編集室に入れ、編集したシーンを見せた。ポスト・プロダクション中にはよくあることさ。マイケルがスケボーで出てくる場面に〈I Want A New Drug〉を乗せて見せると、ヒューイは“わかった、メジャー調の曲が要るんだな”。そして〈The Power Of Love〉が出来たんだ」(ロバート・ゼメキスによる音声解説/DVD『バック・トゥ・ザ・フューチャー』)

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「I Want A New Drug」──陸海空を乗り継いでコンサート会場へ駆け込むヒューイ

 ゼメキスが映画序盤のスケボー場面にイメージとして仮に使用した「I Want A New Drug(『SPORTS』からの2ndシングル曲。'84年1月発売。レイ・パーカー・Jr「Ghostbusters」の元ネタとしても有名)は、ちょうど「The Power Of Love」と「Back In Time」の中間を行くような曲である。その音楽ヴィデオは、寝坊したヒューイが自分のコンサート会場に遅刻して駆けつけるという内容だった。マーティが学校に遅刻するスケボー場面とそっくりだ。「I Want A New Drug」ヴィデオと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のスケボー場面の制作は、一体どちらが先だったのだろう?

 エンドロール、および、映画終盤でマーティの部屋の目覚ましラジオから流れる「Back In Time」も素晴らしい。エンドロール用にヒューイ・ルイスは、もともと「In The Nick Of Time」というライ・クーダーとの共作曲を用意していたが、そちらは結局、ウォルター・ヒル監督/リチャード・プライヤー主演『マイナー・ブラザース/史上最大の賭け(Brewster's Millions)』(1985)に回され、パティ・ラベルが歌った。代わりに書き下ろされた「Back In Time」は、歌詞に映画の内容も反映された120%の出来だった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』というと、「The Power Of Love」より、むしろこちらを思い浮かべる人も多いのではないか。

 主人公の高校生マーティ・マクフライは、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのファンという設定である(自室の壁に『SPORTS』のポスターが貼られている)。当時は、ブルース・スプリングスティーン、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ジョン・クーガー・メレンキャンプ、ZZトップらが、アメリカン・ロックの顔として日本でも高い人気があった。中でも私はリズム&ブルース色の強いヒューイ・ルイス&ザ・ニュースが好きで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラを買った後も、彼らのアルバムや12インチ・シングルを小遣いでせっせと集めた。生まれて初めて行った外タレのコンサートもヒューイ・ルイス&ザ・ニュースだった('87年7月、後楽園球場。前座:ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジ)。デロリアンに乗ったドク(クリストファー・ロイド)が登場する音楽ヴィデオも作られた特大ヒット「The Power Of Love」はもちろん最高だが、個人的には、タワー・オヴ・パワーのホーンをフィーチャーした「Back In Time」の軽妙なファンキーさの方により強く惹かれる。彼らは幼少の私に黒人音楽の素晴らしさを実に分かりやすく教えてくれていた。

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主演のマイケル・J・フォックス(左)、審査員役でカメオ出演したヒューイ・ルイス(右)

 劇中での使われ方こそ地味だが、リンジー・バッキンガムとエリック・クラプトンによる2つの提供曲も聴きものだ。特に、バッキンガムの摩訶不思議な異国的ポップ・センスが全開の「Time Bomb Town」は、“これぞ隠れ名曲”と呼びたくなる逸品。プロデュースは、バッキンガム自身と、長年にわたってフリートウッド・マック関連作品を手掛けてきたリチャード・ダシェットの2人。歯切れの良いスパニッシュ・ギターとラテン・パーカッションが印象的なこの曲は、2年後の'87年に発表されるフリートウッド・マックの名作『TANGO IN THE NIGHT』──特に「Big Love」──のプロトタイプとも言える作品である。マックの『TANGO IN THE NIGHT』は、MJ『THRILLER』、プリンス『SIGN "O" THE TIMES』、ジョージ・マイケル『FAITH』などと並ぶ、私の個人的な'80年代フェイバリット・アルバムでもある。私が今も時折『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のサントラを棚から引っ張り出すのは、もっぱら「Time Bomb Town」1曲を聴くためだと言っても過言ではない。劇中でこの曲は、タイムマシンの実験が行われる少し前、深夜にマーティの部屋のラジオから流れている。

 エリック・クラプトン「Heaven Is One Step Away」は、'85年3月に発表された彼のアルバム『BEHIND THE SUN』(リンジー・バッキンガムも参加)のアウトテイク。プロデュースはアルバム同様、フィル・コリンズが手掛け、『BEHIND THE SUN』や『AUGUST』(1986)と同様のポップなサウンドに仕上がっている。ロック・ステディ〜レゲエ調のリズムにまぶされたカリビアン・テイストは、3年後にトム・クルーズ主演『カクテル』の主題歌として大ヒットするビーチ・ボーイズ「Kokomo」を先取りしているようでもある。とてもアルバムのボツ曲とは思えない佳作だ。劇中でこの曲は、マーティが'55年から'85年に戻ってくる深夜の路上場面で、ベンチに寝ている浮浪者のラジオから流れている。

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エディ・ヴァン・ヘイレンによる衝撃の“宇宙ノイズ”

 アルバムには収録されなかったが、劇中に登場する'80年代サウンドでとりわけ印象的なのは、宇宙人に扮したマーティがジョージを拷問するのに使うエディ・ヴァン・ヘイレンの曲である。ウォークマンから爆音で流れるあのノイジーなハードロック曲は、エディ・ヴァン・ヘイレンが音楽を手掛けた映画『ワイルド・ライフ(The Wild Life)』(1984)のサントラから借用されたもの。エディはその映画のために、ギターやシンセで作ったインスト曲を複数提供したが、同映画のサントラ盤に収録されたのは「Donut City」という1曲のみだった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で使われた曲も含め、他はすべて音盤化されていなかったが、'13年にVan Halen News Deskというファン・サイトが流出音源(9曲)をYouTubeで公開したことにより、幻の“宇宙ノイズ”も今では完全版を聴くことができる。タイトルもない僅か55秒の小品だが、紛れもなくあの曲である。

 『ワイルド・ライフ』──キャメロン・クロウ脚本/アート・リンソン監督/クリス・ペン主演──は、リー・トンプソンとエリック・ストルツ(マイケル・J・フォックスの前にマーティ役に起用され、撮影途中で解雇された役者)も出演している青春コメディ映画。私は未見だが、エディのサントラ音源を公開したファン・サイトの説明によると、劇中で件の“宇宙ノイズ”曲は、ガールフレンドの部屋で両親に見つかった主人公が慌てて窓から飛び出す場面で使われているらしい。それに因んで、この曲にはYouTubeでの公開時に「Out The Window」という仮題がファン・サイトによって付けられている。『ワイルド・ライフ』のためにエディ・ヴァン・ヘイレンが作ったインスト曲群は、ギター・リフを軸に展開する素描風のものが多いが、同時期のヴァン・ヘイレン作品のアイデア集のような趣もあってなかなか面白い(シンセを派手に使った「Jump」風の「Back To School」とか)。これは是非ともまとめて正式に蔵出ししてもらいたいものだ。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』序盤のオーディション場面で、マーティ率いるバンド、ピンヘッズが演奏するハードロック版「The Power Of Love」のギターは明らかにエディ・ヴァン・ヘイレン調である。また、後半の「Johnny B. Goode」場面で、マーティはギターをライトハンド奏法で弾いてもいる。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』においてエディ・ヴァン・ヘイレンは、アルバムにこそ収録されなかったが、音楽面でヒューイ・ルイス&ザ・ニュースと同じくらい重要な役割を担っている。

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「それってディーヴォの……」「いいから、いいから」

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には、エディ・ヴァン・ヘイレンの他にもうひとつ、'80年代ポップ・ミュージックへの言及がある。劇中で楽曲が使われているわけではないが、映画前半、ショッピング・モールでの実験場面で、ドクの着ている放射能服を見てマーティがこう訊ねるところがある。

 “それってディーヴォの服?(Is that a Devo suit?)”

 この台詞は秒数が短い上、途中でドクの台詞に遮られるため、日本語字幕では“その服は?”という5文字に省略されている。字幕翻訳は台詞の秒数で厳密に文字数が制限されるので、妥当な処理ではあるだろう。ただ、この台詞は──特に'80年代当時の欧米の若い観客には──ひとつの大きな笑いどころである。“Is that a De...”と言いかけたところで台詞を遮るクリストファー・ロイドのタイミングも完璧で、実に可笑しい。そして、この後でマーティが着る黄色い放射能服は、ドク以上にディーヴォ的だったりする(笑)。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には、音楽ファンにアピールするこのような小ネタがたくさん散りばめられている。

 アラン・シルヴェストリ作曲のスコア「Back To The Future」「Back To The Future Overture」は、“ジ・アウタタイム・オーケストラ”名義──デロリアンのナンバー・プレート表記に因む──での収録。ゼメキス監督は、派手なアクション場面のない映画を盛り上げるため、“とにかく壮大な曲を”という要望を相棒のシルヴェストリに出したという。ユニバーサル社史上最大とも言われた98人編成のオーケストラ演奏が、自分の存在と歴史を賭けた主人公たちの奮闘劇を見事に盛り上げる。シルヴェストリの音楽なしの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など考えられない。今ではユニバーサル・スタジオ・ジャパンのテーマ曲にもなり、ジョン・ウィリアムズの一連の映画スコアとも肩を並べる古典になった。『フラッシュダンス』『フットルース』などのヒットにより、'80年代から映画のサントラ盤はラジオ受けするポップ・ソングのコンピ形式が主流になったが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の場合、そのような時流に添いながらも、サントラ盤の醍醐味であるオーケストラ・スコアがきちんと収録されているところが良い。'09年にはシルヴェストリのスコアのみを完全収録した2枚組CDも発売された。

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ジョージの名台詞“I'm your density(僕は君の濃度だ)”は、日本語字幕では“運命”と語呂の似た言葉を当てて“僕は君の運転だ”と訳された。“濃度/密度”という言葉の硬さとトンチンカンさがSF小説好きのジョージらしくて実に可笑しい

 後半の'50年代の部は、エタ・ジェイムズ「The Wallflower (Dance With Me Henry)」でスタート。“Roll With Me, Henry”の副題でも知られるこの曲は、ハンク・バラードの前年の大ヒット「Work With Me, Annie」への返歌として作られ、映画の舞台でもある'55年に発売されて同じく大ヒットを記録した。劇中では、ジョージ・マクフライがロレイン・ベインズを口説こうとするダイナー店内のジュークボックスから流れている。エタ・ジェイムズ名義の曲でありながら、男性のソロ歌唱──「Louie Louie」(1957)の作者/オリジナル歌手として知られるR&B歌手リチャード・ベリーによる──から始まり、両者の掛け合いで進行する構成が実にカッコいい。“キミの心を射止めるにはどうしたらいいんだい?”という歌詞は、まさに劇中の場面にピッタリだ。オリジナルはモノラルだが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のアルバムにはリバーブ感の強い擬似ステレオ・サウンドで収録されている。オリジナルのモノラル・ミックス版も良いが、個人的には、小学生の時にサントラのカセットテープで繰り返し聴いた“いかにもオールディーズ”といった風情の古めかしい擬似ステレオ版の方に愛着がある。

 アルバム収録曲の中で、実際の'50年代録音は「The Wallflower」1曲のみ。劇中では他に、マーティが'55年のヒル・バレーに足を踏み入れる場面でフォー・エイシズ「Mr. Sandman」(1954)、マーティが父親ジョージと遭遇するダイナー場面でフェス・パーカー「The Ballad Of Davy Crockett」(1955)、母親ロレインを連れたマーティが車内でジョージを待っている場面でジョニー・エイス「Pledging My Love」(1955)が流れている。中でも、砂男の歌「Mr. Sandman」は、映画の観客を'50年代の世界へ誘う重要曲──歌詞/サウンド共にマーティの夢うつつな状況を上手く説明している──なので、アルバムに収録されなかったのは残念だ。

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マーヴィン・ベリー&ザ・スターライターズ
 '50年代の部の目玉は、映画後半の山場であるダンス・パーティー場面で“ザ・スターライターズ”によって演奏される3曲。劇中に登場する役名/バンド名が、アルバムにおいてもアーティスト名としてそのままクレジットされているのが洒落ている。プロデュースは、フィフス・ディメンションやアソシエイション、アサイラム時代のトム・ウェイツ作品などを手掛けていたエンジニア系プロデューサーのボーンズ・ハウ(彼はアルバム全体の監修者でもある)。名サントラ『ワン・フロム・ザ・ハート』(1981)を手掛けた人物だけあり、ノスタルジックな'50年代サウンドを、古くもなく新しくもない絶妙な音色で鮮やかに再現している。

 激烈なジェイムズ・ブラウン版でもお馴染みの「Night Train」は、デューク・エリントン楽団のアルト奏者、ジョニー・ホッジズが「That's The Blues, Old Man」(1941)のタイトルで発表した曲を、同楽団出身のテナー奏者、ジミー・フォレストが改作/改題して'52年にヒットさせたもの。'50年代のダンス・パーティーには打ってつけのゴキゲンなインスト曲だ。ペンギンズの'54〜55年のヒット「Earth Angel (Will You Be Mine)」は、劇中でバンド・リーダーの“マーヴィン・ベリー”──チャック・ベリーの従兄弟という設定──を演じたハリー・ウォーターズ・Jrが、実際に吹き替えなしで歌っている。彼の甘い歌声はもちろん、物語の展開と同期した終盤の劇的な(まさに映画的な)ストリングス編曲が素晴らしい。この曲のコード進行(1-6-4-5)は、モーリス・ウィリアムズ&ザ・ゾディアックス「Stay」、ベン・E・キング「Stand By Me」、サム・クック「Wonderful World」、マーヴェレッツ「Please Mr. Postman」、ロネッツ「Be My Baby」、ビートルズ「This Boy」などと同じで、ドゥワップやオールディーズでよく聞かれるものである。このコード進行を聞くと、景色はセピアトーンに染まり、人は無条件で胸が切なくなる。両親の過ぎ去りし青春を輝かせる最高の選曲だと思う。

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マーティ・マクフライ&ザ・スターライターズ

 そして、飛び入り参加のマーティが歌う痛快な「Johnny B. Goode」。歌もギターも吹き替えだが、十代の頃からギターに親しんでいたマイケル・J・フォックスは、劇中での演奏の振りも完璧だった。これは映画史に永久に残る名演技だと思う(彼の実際のギター演奏と歌唱は、ジョーン・ジェットと姉弟役を演じた'87年の名作『愛と栄光への日々』で聴ける)。映画では途中からギター・ソロが暴走するが、アルバム版では程々に抑えられ、最後まで演奏が続く。3年後の'58年に発表されるチャック・ベリーの同曲でもそうだが、タテ乗りで8ビートを刻むギターに対して、ベースとドラムのリズム隊が4ビートのスウィングで合わせているところが、それまでのジャンプ・ブルース〜リズム&ブルースの名残を感じさせて面白い。ロックンロールを発明したのは実はマーティでした、というジョークも傑作だった。'55年のバンドと、'55年の時点ではあり得ない曲、あり得ないギター奏法の邂逅はいつ見ても楽しい。ゼメキス監督は、物語の進行が止まる「Johnny B. Goode」場面を編集で削るつもりでいたが、試写会で大ウケしたのを見て削除を思い止まり、後に“危ないところだった”と回想している。結果、SFコメディ映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、音楽映画としての魅力も兼ね備えることになった。

 以上、全10曲。収録時間、38分11秒。すごい密度である。久々に聴き込んで、サントラ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は名盤だと改めて感じた。映画の魅力が見事に凝縮されているし、いま思うと、リズム&ブルース〜ロックンロールを軸にしたアメリカのポピュラー音楽史のちょっとした教科書のようでもある。色んなタイプの素晴らしいサウンドがいっぺんに聴ける。小学生の私は、自分の小遣い(あるいは、お年玉)を有意義に使ったと思う。このアルバムを買っていなければ、私の音楽ファン人生もまた違ったものになっていたかもしれない……。


YOUR FUTURE HASN'T BEEN WRITTEN YET

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劇場で買ったパンフ。『PART2』と『PART3』は有楽町で観た

 数年後に公開された続編『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990)も面白かった。いずれも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』好きの親友と観に行った。2人ともビデオで1作目を観倒している大ファンだった。『PART2』は午前中の初回上映を観て、あまりの面白さに、結局、飯も喰わずにそのまま4回連続で観た。1日5回上映だったので、あともう1回観られたのだが、さすがに疲れて帰ることにしたのだった。今はどの映画館も入替制だが、昔は一度入ればそのままずっと居続けることができた。2回観ることはよくあったが、4回も続けて夢中で観た映画は、後にも先にも『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』だけである。この作品は、サイレント時代の連続活劇の面白さを完璧に現代に蘇らせていたと思う。

 翌年に公開された『PART3』も同じ友達と観に行ったが、これは2回しか観なかった。普通に面白かったが、さすがに『PART2』ほどの興奮はなかった。友達も私と同じように感じたようだった。前2作があまりにも面白すぎたのである。ただ、『PART3』は、お約束のセルフ・パロディ場面に加え、古典映画からの引用やジュール・ヴェルヌへの言及など、三部作そのものを支える“歴史”──先人たちの想像/創造の歴史──に対する制作者たちの敬意や愛が溢れている点で、特別な作品になっているとは思う。まるで少年の夢の結晶を見るような気がする。'80年代後半、テレビの洋画劇場での放映を録画して夢中で観た『タイム・アフター・タイム』(1979)のメアリー・スティーンバージェン(ケイト・ブッシュ似の不思議美人)が、全く同じ役回りで出演しているのも嬉しい驚きだった。“人間の未来は白紙だ。未来は自分で作るのだ。君らもいい未来を作りたまえ”という三部作に通底する普遍的なメッセージも素晴らしいと思う。私はこのシリーズが大好きだ。

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 今回、30周年記念に際して『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作を一通り再見した。どれもそれぞれの良さがあるが、中でもやはり、'85年の第一作の魅力はずば抜けていると思った。自分と同い年の両親に出会うという、SFにしかできない設定を使って、人生では誰もが初心者であるということ、そして、自分の力で勇気を持って道を切り開くことの大切さ、素晴らしさを、実に分かりやすく雄弁に語っている。現在、私はこの映画を観て、子供の頃とは全く違う感動を覚える。

 私が生まれたのは、父が30歳の時だった。父に連れられて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を初めて観てから30年が経過した今、私は当時の父とちょうど同じ年齢になった。幼い私を映画に連れていってくれた同い年の父のことを思うと、胸が詰まる。両親が頑張って生きたからこそ、現在の自分がいる。自然と深い感謝の念が湧き、自分も頑張らなくてはいけないと思う。マーティが父親のジョージと握手を交わして別れる場面──かつては何とも思わなかったこの場面を、私は今、涙と共に眺める。


TO BE CONTINUED...



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