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Paul Bley 1932-2016



 世界的なジャズ・ピアニストで、ヴァネッサ・ブレイツイン・デンジャーの父親でもあるポール・ブレイが、'16年1月3日、米フロリダ州スチュアート市内の自宅で老衰のため亡くなった。享年83歳。1月5日、所属レーベルであるECMレコードの広報を通じて、遺族を代表したヴァネッサの声明が故人の略歴付きで公表された。以下にその全文を訳出する(出典:ottawacitizen.com

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関係各位

誠に残念ながら、昨日、私の父が亡くなったことをご報告します。以下が我々の公式発表です。父は自宅で家族に見守られ、とても穏やかに息を引き取りました。よろしくお願いします。

ヴァネッサ・ブレイ


ポール・ブレイ訃報

著名ピアニストのポール・ブレイが、2016年1月3日、自宅で家族に看取られて死去した。1932年11月10日、ケベック州モントリオール生まれ。5歳から音楽を学び始めた。13歳でBuzzy Bley Bandを結成。17歳の時、アルバータ・ラウンジでオスカー・ピーターソンの後任に。自ら主催したモントリオール・ジャズ・ワークショップにチャーリー・パーカーを招き、スタン・ケントンと映画に出演。やがてジュリアード音楽院入学のためニューヨークへ渡った。

彼の国際的な活動は70年に及ぶ。共演者はレスター・ヤング、ベン・ウェブスター、ソニー・ロリンズ、チャールズ・ミンガス、チェット・ベイカー、ジミー・ジュフリー、チャーリー・ヘイデン、ポール・モチアン、リー・コニッツ、パット・メセニー、ジャコ・パストリアスなど多数。トリオでの活動で知られるが、ソロ・ピアノ作品が示すように、極めてピアニスト的なピアニストでもある。

遺族は43年連れ添った妻キャロル・ゴス、彼らの娘ヴァネッサ・ブレイとアンジェリカ・パーマー、孫フェリックスとゾレッタ・パーマー、および、娘のソロ・ピーコック。内輪の追悼式は、フロリダ州スチュアート、ニューヨーク州チェリー・バレー、また、ポール・ブレイのレコードがかけられるあらゆる場所で行われる。


Paul_Bley2.jpg
OPEN, TO LOVE
ECM 1023, 1973

Closer / Ida Lupino / Started / Open, To Love / Harlem / Seven / Nothing Ever Was, Anyway

Recorded on September 11, 1972 at Arne Bendiksen Studio, Oslo
Engineer: Jan Erik Kongshaug
Produced by Manfred Eicher


 “ポール・ブレイのレコードがかけられるあらゆる場所で(wherever you play a Paul Bley record)”というヴァネッサの文章を読んで、私は自室の棚から1枚のアルバムを取りだした。ポール・ブレイの代表作でもある'73年発表のソロ・ピアノ・アルバム『OPEN, TO LOVE』。

 ピアノという楽器をあなたはご存じだろうか? どんな音がするか知っているだろうか? そんなもん誰でも知ってる、と思うなら、是非この『OPEN, TO LOVE』に耳を傾けて欲しい。私はこのアルバムを聴いたとき、初めてピアノという楽器の音に触れたような気がした。

 とにかく音が美しい。音符を巧みに奏でたり、それによって何らかの感情を表現するのではなく、ピアノという楽器に出し得る音を、ただひたすら美しく鳴らすことに専心したようなアルバムである。“音楽”と言うより、“音響芸術”と呼んだ方がしっくりくる。時おり挿入されるプリペアード音、あるいは、どこまでも伸びるサステイン──その繊細な音の揺らめきを耳にすると、ピアノは打楽器であると同時に、やはり弦楽器なのだと思わされる。

 間を強調しながら一音一音を丁寧に鳴らす静謐な演奏──しばしば“点描主義的”とも評される──は、非常にアブストラクトで掴み所がない。何を訴えるわけでもなく、ただ何となくそこにある音。部屋で本を読んでいる時、考えごとをしている時、掃除をしている時、何もしないでゴロゴロしている時……そういう日常生活の中にあって、全く邪魔にならず、しかも、さり気なく潤いを与えるような音。ここで鳴らされている音の機能は、風鈴のそれとほとんど変わらない。1曲目「Closer」の途中で不意に紛れ込んでくる「Falling In Love Again」の旋律など、まるで窓の外から聞こえてくる小鳥のさえずりのように意味がなく、そして、美しい。聴くと言うよりは、ぼんやりと聞かれるための音楽。まるで床の間に飾られた掛軸や壺のように、自然と空間に溶け込む音楽。意味不明な壁上のオブジェのようなジャケット写真が示す通り、ここでブレイが提示するインテリア的な音響芸術は、ジャズであると同時に、エリック・サティが提唱した“家具の音楽”、要するに、アンビエント音楽の系譜に属するものである。

 “アンビエント音楽”と言うと高尚で退屈な音楽を想像するかもしれないが、『OPEN, TO LOVE』にはサティ「Gymnopedies」のように人懐こい側面もある。アブストラクトな中にも無数の美しい旋律が散りばめられていて、一般的な音楽ファンの意識的なリスニングにも十分に耐えうる強度を持っている。収録曲は、前妻カーラ・ブレイの作が3曲、2番目の妻アーネット・ピーコックの作が2曲、そして、ポール・ブレイの自作が2曲。カーラ作「Ida Lupino」などはメロディも明快で、楽曲としてかなり親しみやすい。また、従来のジャズのイメージを逸脱した収録曲の中で、後半に登場するガーシュウィン「Summertime」風のブルージーな自作曲「Harlem(マル・ウォルドロン「Left Alone」、カルロス・ダレッシオ「India Song」、ラウンジ・リザーズ「The Hanging」等にも似ている)は、ポール・ブレイがジャズ・ピアニストであることをはっきり印象づける。本作が多くの人に愛される理由は、こうした間口の広さ、バランスの妙にあるのだろう。彼のピアノを“音のオブジェ”たらしめているECMレーベル独特の硬質でクリアな音像もまた素晴らしい。

 『OPEN, TO LOVE』は、一級の芸術品であると同時に、手練れの職人が作った精緻な工芸品のような趣を持つ。ポール・ブレイがピアノという楽器を知り尽くした真の匠(マエストロ)だったことがはっきりと分かるアルバムだ。ジャズ・ファンのみならず、音楽ファンであれば是非とも手元に置いておきたい“一家にひとつ”級の名品である。

 遺作となったのは、'08年にオスロで収録されたソロ・ピアノ・ライヴ盤『PLAY BLUE: OSLO CONCERT』(2014/ECM)。偉大なピアニストの冥福を祈る。

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