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David Bowie──私の死

My_Death.jpg

 癌との長い闘病生活の後、ジャック・ブレルは『Brel(邦題:偉大なる魂の復活)』(1977)という遺作アルバム──彼の最高傑作とも言われる──を残して'78年にこの世を去った。奇遇にもそのブレルと似たような死に方をしたデヴィッド・ボウイは、かつてグラム・ロック・スター時代にブレルの曲をレパートリーにしていたことがあった。それは「My Death(私の死)」という非常に不吉なタイトルの曲である。

 「My Death」は、ジャック・ブレルの'59年発表曲「La Mort(死)」の英語版。ブレルの代表曲の数々を英訳し、アメリカに初めて彼の作品を本格的に紹介したオフ・ブロードウェイのヒット・レヴュー『ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている(Jacques Brel is Alive and Well and Living in Paris)』(1968)のうちの1曲として作られたものである。当時、2人のアメリカ人──シンガー・ソングライターのモート・シューマン、作家のエリック・ブラウ──によって英訳されたブレル楽曲は、同時期にスコット・ウォーカーが3枚のソロ・アルバムで積極的に取り上げ、同レヴューと並んで英語圏にブレル作品を広く知らしめる役割を果たした。デヴィッド・ボウイが歌った「My Death」は、レヴュー初演前にスコット・ウォーカーの1st『Scott』(1967)で発表されたヴァージョンと、レヴューのオリジナル・キャスト録音盤で聴けるエリー・ストーン版の両方を参照したものと思われる(両者は1番の歌詞に相違がある。ボウイ版の歌詞は'68年のレヴュー版に則している)

 ボウイはこの曲を、“ジギー・スターダスト”という架空のロックンロール・スターを演じたコンサート・ツアー(1972〜73)のセットリストに組み込み、ステージ上で突然の引退を表明した'73年7月3日の最終公演(ライヴ映画として記録された有名なロンドン公演)までずっと歌い続けた。「My Death」が当時の彼にとって重要な曲だったことは間違いない。彼は一体どういうつもりでこの曲を歌っていたのだろうか?




 My Death
 (Jacques Brel/Mort Shuman/Eric Blau)
 
 My death waits like an old roue
 So confident I'll go his way
 Whistle to him and the passing time
 
 私の死は老いた放蕩者の如く待ち受ける
 随うのが私の定め
 口笛を吹こう 彼に 過ぎゆく時に
 
 My death waits like a bible truth
 At the funeral of my youth
 Weep loud for that and the passing time
 
 私の死は聖書の真実の如く待ち受ける
 わが青春の葬儀場で
 咽び泣こう 過ぎゆく時を弔って
 
 My death waits like a witch at night
 As surely as our love is bright
 Let's not think about the passing time
 
 私の死は夜の魔女の如く待ち受ける
 私たちの愛もまた同様に輝いている
 過ぎゆく時を思うのはよそうじゃないか
 
 But what ever lies behind the door
 There is nothing much to do
 Angel or devil, I don't care
 For in front of that door, there is you
 
 扉の向こうに何があろうとも
 何もすることなどない
 天使だろうと悪魔だろうと構わない
 その扉の前には あなたがいるから
 
 My death waits like a beggar blind
 Who sees the world through an unlit mind
 Throw him a dime for the passing time
 
 私の死は盲目の乞食の如く待ち受ける
 真っ暗な心から世界を覗いている
 銭を恵むとしよう 過ぎゆく時のために
 
 My death waits there between your thighs
 Your cool fingers will close my eyes
 Let's not think of that and the passing time
 
 私の死はあなたの腿の狭間で待ち受ける
 あなたの冷たい指が私の瞼を閉じるだろう
 過ぎゆく時を思うのはよそうじゃないか
 
 My death waits to allow my friends
 A few good times before it ends
 So let's drink to that and the passing time
 
 私の死は待ち受ける 終わりの前に
 友人たちとの楽しいひと時を与えてくれる
 祝おうじゃないか この時を 過ぎゆく時を
 
 But what ever lies behind the door
 There is nothing much to do
 Angel or devil, I don't care
 For in front of that door, there is you
 
 扉の向こうに何があろうとも
 何もすることなどない
 天使だろうと悪魔だろうと構わない
 その扉の前には あなたがいるから
 
 My death waits there among the leaves
 In magicians' mysterious sleeves
 Rabbits and dogs and the passing time
 
 私の死は葉に隠れて待ち受ける 
 手品師たちの不思議な袖の中には
 兎に犬 そして過ぎゆく時
 
 My death waits there among the flowers
 Where the blackest shadow cowers
 Let's pick lilacs for the passing time
 
 私の死は花園で待ち受ける
 そこには漆黒の影がうずくまっている
 ライラックを摘もう 過ぎゆく時のために
 
 My death waits there in a double bed
 Sails of oblivion at my head
 So pull up the sheets against the passing time
 
 私の死はダブルベッドで待ち受ける
 枕もとには忘却の帆柱が
 さあ 過ぎゆく時に帆(シーツ)を揚げよう
 
 But what ever lies behind the door
 There is nothing much to do
 Angel or devil, I don't care
 For in front of that door, there is you
 
 扉の向こうに何があろうとも
 何もすることなどない
 天使だろうと悪魔だろうと構わない
 その扉の前には あなたがいるから


 デヴィッド・ボウイの代表作『Ziggy Stardust』(1972)──正式名称は“The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars(ジギー・スターダスト&ザ・スパイダーズ・フロム・マーズの栄枯盛衰)”という──は、簡単に言うと、ロックンロール・スターにイエス・キリストのイメージを重ね合わせた新約聖書のパロディである。救世主は、架空のロックンロール・スター=ジギー・スターダスト。アルバムに明確な筋書きのようなものはなく、様々な伝聞、証言、挿話を歌詞とした福音書のような楽曲の集積によって“ジギー伝説”がぼんやりと浮かび上がる仕組みになっている。

 デヴィッド・ボウイは'64年にレコード・デビューしたが、ずっと売れなかった。'60年代、彼は同世代のロックンロール・スターたちがイエスのように祭り上げられ、次々と早死にしていく様を端から眺めていた。そして、そうしたロックンロールの世界に対する皮肉、パロディ、風刺として、宇宙からやって来た“ジギー・スターダスト”という、いかにもウソくさい括弧つきのロックンロール・スターを生み出した。要するに、ロックンロールなんてキリスト教と同じじゃね?と言ったのである。

 そうした文脈の中で「My Death」が歌われるとき、“私の死”は、ロックンロール・スターであるところの“私”の死を意味しただろう。死の扉の前には“あなた”がいる。それゆえに“私”は死を厭わない。ステージからボウイが歌いかける“あなた”とは、文字通り、目の前の観客たちを指しただろう。つまり、「My Death」を通して、ボウイは“君らのために死んでやろう、僕はスターだ(I would die 4 u, baby I'm a star)”と主張していたのである。“その扉の前にいるのは……(For in front of that door, there is...)”という結びの一節が歌われるとき、観客=信者たちはジギー・キリストに対して“私!(Me!)”という熱狂的な声で応えた。ライヴ映画『Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』の中には、観客たちのその様子を楽屋でボウイがいかにも愉快そうに話している場面がある。なんと嫌味な奴だろうか。

 狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。ロックンロール・スターの真似とてステージに立てば、即ちロックンロール・スターなり。ボウイが好んだ括弧つきの表現は、常に大きな危険を伴う。本当に殺されては敵わないと、彼は人気絶頂期に“ジギー・スターダスト”というキャラクターを葬ることにした。

 デヴィッド・ボウイはロックンロールを非常に皮肉な目で眺めたアーティストだった。紛れもなくロック・ミュージシャンでありながら、恐らく彼はロックを常に忌々しく思っていた。『Ziggy Stardust』の風刺の後、なんとか“ロック教”の外へ出るべく、彼はアメリカのソウルやファンク、ドイツの電子音楽など、様々な非ロック的なものに手を出すのだが、結局、ロック教と瓜二つの“ボウイ教”を作り出すだけで、いつまで経ってもロック的な世界から逃れることができなかったように思う。ロックに対してアンチを打ち出すその姿勢自体が既にロック的と言おうか。いくら逃げても逃げられない。彼はブルース・スプリングスティーンとはまた違う意味で“ロックンロールの囚人”だった。それがデヴィッド・ボウイというアーティストの面白いところであり、同時に、つまらないところでもあると個人的には思う。

 そんなボウイも、本物の死によってようやくすべてから解放された。いま、彼は天上でジャック・ブレルと酒でも酌み交わしながら楽しくやっていることだろう。



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