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惜別 DAVID BOWIE──ボウイがいれば独りじゃない



 デヴィッド・ボウイが死んだ。1月10日の他界からかなり時間が経ってしまったが、ここで追悼文らしきものを書いておきたい。私は決して彼のファンではない。が、訃報を聞いたとき、とても大きなショックを受けた。正直、まるで空が落っこちたような気がした。マイケルが死んだときもショックだったが、デヴィッド・ボウイの死にはまた違った重さがある。

 デヴィッド・ボウイは世界中の落ちこぼれたちのヒーローだった。“落ちこぼれ”というのは、決して勉強ができないという意味ではなく、学校とか会社とか、社会の中に自分の居場所を見つけることができない“あぶれ者、はみ出し者”のことである。ボウイは、そうした不器用な人間たち一人ひとりに作品を通して直接語りかけ、彼らを肯定し、生きる勇気を与えた。

 '72年7月、BBCの音楽番組〈Top of the Pops〉で歌われた「Starman」は、疎外感や違和感に苛まれて生きていた当時のイギリスの大勢の若者たちを恍惚とさせた。“誰かに電話しなきゃと思って君にしたんだ(I had to phone someone so I picked on you)”と歌いながらボウイがカメラを指差したとき、テレビを観ている若者たちは、あたかも自分に向かって彼が語りかけているように感じた。あるいは、「Fame」のライヴ・パフォーマンスの際、“What's your name?”と言いながら彼が客席を指差せば、その方向にいる数百人の落ちこぼれたちが“指差されたのは自分だ”と思い込んだ。これと言った居場所やアイデンティティを持たず、孤独や不安を歌いながら常に変化を繰り返したデヴィッド・ボウイのドラマは、同時に、どこにも属せない世界中の落伍者たちのドラマでもあった。彼らは、まるで鏡を見るようにデヴィッド・ボウイの姿を眺めた。

 デヴィッド・ボウイというアーティストの存在は、ちょっと太宰治のそれと似ていると思う。太宰治もまた似たような落伍者で、しかも、洒落者の美男だった。彼の告白調の小説は、巧みな筆致で読者に親密に語りかけ、読み手の一人ひとりに“彼は自分だけに打ち明けている。彼を分かっているのはこの世で自分だけだ”と錯覚させる力を持っている。太宰治のファンは、彼の小説の中に自分のドラマを見、彼を同志のように感じ、自分こそ彼の最大の理解者であると信じる。デヴィッド・ボウイと同じように、太宰治はいつの時代でも悩める孤独な若者たちのヒーローである。

 書くのに大変勇気のいることだが、実はかつて、私はデヴィッド・ボウイの“世界一のファン”だった。俺は誰よりもボウイを分かっている、と信じて疑わない数多の落ちこぼれのひとりだった。完全な信者だったと言っていい。しかし、年をとると誰でも太宰治のファンを公言するのが気恥ずかしくなるように、私は人生のある時期から、自分がデヴィッド・ボウイのファンであることを恥ずかしく感じるようになった。

 落伍者(負け犬、弱者)というものは、大抵、心の奥底にドロドロとした怨恨感情を抱えながら生きている。世界に対して“畜生、いまに見てろよ”と思いながら、一発逆転のチャンスを夢見ている。デヴィッド・ボウイに限らず、ロックンロールという音楽の中には必ずこの怨恨感情が潜んでいる。たとえば、何の取り柄もない落ちこぼれの若者がエレキ・ギターで大音量のノイズを鳴らすとき、それは伝統的なクラシック音楽の学理や、一般社会の従来の価値観──いわゆる“既成概念”──に対する復讐を意味するだろう。自分たちが勝てるようにゲームのルールを転倒させ、“ざまあみろ!”とドヤ顔で叫ぶのがロックンロールである。私はそういうものにすがるのが嫌になった。何より、心の底にそうした負の感情を抱え込んでいる自分自身に耐えられなくなったのである。以来、私はデヴィッド・ボウイにもロックにも、自然とまったく興味をひかれなくなっていった。私は何も恨まず、もっと素直に自分の人生を受け入れ、楽しもうと考えるようになった。

 いま、私はデヴィッド・ボウイを聴かない。一応、3年前の復活作は通しで一度聴いたのだが、私にとって、それはもはや単なる普通の“ロック・アルバム”でしかなかった(ジャケットからして実にロック的だと思う)。死後に注文したせいで入手に苦労させられた遺作『★』は素直に面白いと思えたが、それでもやはり、どこか妙に遠くで鳴っている音楽のように聞こえた。訃報に触れて、十数年ぶりに昔の曲を聴いたりもしたが、かつてのような興奮やときめきは感じない。彼の音楽を私が熱狂的に求めることは、恐らくもう二度とないのだろう。私は彼の音楽を必要としない人間になってしまった。寂しいような気もするが、これが人生というものなのだと思う。


YOU'RE NEVER ALONE WITH BOWIE

 自分の暗い青春時代を照らし、支えてくれたデヴィッド・ボウイに、私はいま、ただ感謝している。深い感謝と追悼の意をこめて、最後に、私が最も好きな彼のオリジナル曲をひとつ和訳することにしたい。シャーデーも出演したジュリアン・テンプル監督の英ミュージカル映画『ビギナーズ』(1986)の主題歌「Absolute Beginners」である(おまけとして、この曲に関するデヴィッド・ボウイと関係者のインタヴュー発言も紹介する)

 「Absolute Beginners」は、彼の'70年代の代表曲「"Heroes"」を彷彿させる雄大な8分間の長尺ナンバー。若い男女を歌った歌詞はもちろん、躍動感に溢れたベース、タンバリンの使い方など、リズム面に'60年代モータウンからの影響が窺われる点でも「"Heroes"」と似ている。サビ部分の歌詞、また、ほぼデュエット状態でハーモニーを歌う女性バック・ヴォーカルに顕著だが、ボウイは「Ain't No Mountain High Enough」を意識しながらこの曲を書いたのではないかと思う。制作は、ボウイ自身とクライヴ・ランガー&アラン・ウィンスタンリー。かつて『Hunky Dory』でピアノを弾いたリック・ウェイクマンが流麗なプレイで花を添えているのも聴きどころのひとつだろう。私が何より好きなのは、サックス・ソロをフィーチャーした後半部の流れ。特に、6分半から始まるブレイクダウンと、そこから劇的にイントロへ舞い戻る展開が死ぬほど好きだ。

 コート姿のボウイが妖婦──“ゼブラ”という煙草の化身として現れる──に幻惑されながら夜のロンドンを彷徨うフィルム・ノワール調の音楽ヴィデオも大好きだった。映画と同じくジュリアン・テンプルが監督したこのヴィデオは、'59年にイギリスで発売された“ストランド”という煙草(ロキシー・ミュージック「Do The Strand」のモチーフにもなった)テレビCFのパロディになっている。そのCFは、コート姿で夜のロンドンを歩く一人の男が、一服のストランドによって孤独を癒されるという内容だった。キャッチコピーは“ストランドがあれば独りじゃない(You're never alone with a Strand)”。CFを監督したのは、キャロル・リードである。『第三の男』へのオマージュだったデヴィッド・ボウイの晩年のヴィデオ「Sue (Or In A Season Of Crime)(監督:トム・ヒングストン)は、言ってみれば、ストランドのCFを模した「Absolute Beginners」と姉妹作のような関係にある。

 「Absolute Beginners」のシングル盤ジャケットには、ヴィデオ撮影時に撮られたデヴィッド・ボウイのモノクロのスチールが使われた。ハットを浅く被り、両手をポケットに突っ込んで川辺で笑みを浮かべるカッコマン、ボウイ。時代と共にその外見は目まぐるしく変化したが、私の中でデヴィッド・ボウイという人は、基本的にいつもこんな感じでニヤけているイメージだった。私はこの写真を彼の遺影として、心の隅に大事に飾っておきたいと思う。

 ありがとう、デヴィッド・ボウイ。あなたがいたから独りじゃなかった。




 Absolute Beginners
 (David Bowie)
 
 I've nothing much to offer
 There's nothing much to take
 I'm an absolute beginner
 And I'm absolutely sane
 
 大してあげるものもない
 大して手にするものもない
 僕は完全な初心者
 そして完全に正気だ
 
 As long as we're together
 The rest can go to hell
 I absolutely love you
 But we're absolute beginners
 With eyes completely open
 But nervous all the same
 
 僕らが一緒であれば
 あとはどうなってもいい
 僕は完全に君を愛してる
 だけど僕らは完全な初心者
 はっきり両目を見開いて
 どこか不安に駆られてる
 
 If our love song
 Could fly over mountains
 Could laugh at the ocean
 Just like the films
 
 僕らの愛の歌が
 山を飛び越えていけるなら
 広い海を笑い飛ばせるなら
 そう 映画のように
 
 There's no reason
 To feel all the hard times
 To lay down the hard lines
 It's absolutely true
 
 何の謂れもない
 困難に苛まれることも
 妥協を強いられることもない
 完全に本当だとも
 
 Nothing much could happen
 Nothing we can't shake
 Oh we're absolute beginners
 With nothing much at stake
 
 大しことは起こらない
 揺るがせないものはない
 僕らは完全な初心者
 失うものも大してない
 
 As long as you're still smiling
 There's nothing more I need
 I absolutely love you
 But we're absolute beginners
 But if my love is your love
 We're certain to succeed
 
 君が微笑んでいてくれれば
 僕はもう何も要らない
 僕は完全に君を愛してる
 だけど僕らは完全な初心者
 でも2人の想いが一緒なら
 きっと上手くいくさ
 
 If our love song
 Could fly over mountains
 Could sail over heartaches
 Just like the films
 
 僕らの愛の歌が
 山を飛び越えていけるなら
 苦悩を渡っていけるなら
 そう 映画のように
 
 If there's reason
 To feel all the hard times
 To lay down the hard lines
 It's absolutely true
 
 謂れがあるなら
 困難に苛まれたり
 妥協を強いられるのなら
 完全に本当だとも


lay down the hard lines 強行策を取り止める、無理を押し通すことを諦める(断念する)

この歌のサビは、1番で“There's no reason〜”、2番で“If there's reason〜”と変化がつけられているのが面白い。結びの“It's absolutely true”の“It”は、1番では“困難に苛まれたり妥協を強いられる謂れはない”ことを指しているように読めるが、2番では“僕らの愛”を指しているように読める。



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DAVID BOWIE
「僕が組んでるジュリアン・テンプルは、とても鋭い野心的な映画作家だと思うし、そのうち非常に優れた作品を生むことになるんじゃないかな。『グレート・ロックンロール・スウィンドル』は決して粗がなかったわけじゃないけど、新鮮味があったし、彼が構想してる『ビギナーズ』にしても、イギリス映画界に新風を吹き込むものだと思うよ。ロンドンをずばり捉えたもので、古くさいイメージのロンドンとは違うんだ。ロンドンの熱気がある。そういうのがきちんと描かれたことはなかったからね。アメリカやニューヨークの若者の物語はいっぱいあるのにさ。例えば、彼は'50年代にノッティング・ヒルで起きた黒人暴動を扱ってるんだけど、そんな話が映画で描かれたことなんて一度もなかった。掘り下げるだけでもすごく意味があるし、そんな事件があったことすらほとんど忘れられてるわけでね。彼はそれをやってのけるまたとない機会に恵まれた。彼と組むのはものすごく楽しいから、是非とも長編をやりたいところさ。ヴィデオ制作に関して、こんなに他人の手に委ねることなんてなかったしね」(September 1984, New Musical Express

ALAN WINSTANLEY [co-producer]
「(ロンドンの高級ホテルの部屋でボウイから〈Absolute Beginners〉のデモを聴かされた後で)帰る途中、エレベーターに乗ったところで僕とクライヴ(・ランガー)は、“やったぜ、こりゃ棚ぼただ!”って言ったよ。デモはすごく良かったんだ。すごくいい曲だと思ったし、サウンドも良くてさ。アビー・ロードあたりで作ったんじゃないのかな。だから、僕らはすごくいい曲をすんなり与えられて喜んだものの、そのデモを超えるものを作らなきゃいけなくもあったんだ。彼はデモと言ってたけど、ほんと完パケと言っていいくらいの音だったんだよ。彼はプロデューサーとしても素晴らしいと思うね」
「〈"Heroes"〉以来の名曲だと思った。バック・ヴォーカルで僕らは敬意をこめて彼をパロってるんだ。デモにあったか定かじゃないけど、僕らは意図的にそれを加えたんだ(※1)
「〈Absolute Beginners〉の歌入れをやってる時、彼はいきなりモノマネを始めてさ(笑)。ルー・リードやら、ブルース・スプリングスティーンやら、イギー・ポップやら……で、これがまたそっくりなんだよ! 全部録音してたんだけど、セッションが終わったところで、録ったやつは全部渡すよう釘をさされちゃって。でも、ほんと面白かったよ!(※2)
「〈Absolute Beginners〉の制作中、クライヴと僕はクリフ・リチャード&ザ・ヤング・ワンズのチャリティ曲の依頼を受けたんだ。ボウイは“やめときな。クリフ・リチャード&ザ・ヤング・ワンズなんかと組むな。ろくなことにならない!”と言ってさ。で、断ったんだけど、その曲〈Living Doll〉のせいで、こっちは1位になれなかったんだよ!(※3)」(1999, David Buckley, Strange Fascination: David Bowie: The Definitive Story, Virgin)

MARK SAUNDERS [engineer]
「'85年、僕はロンドンのウェストサイド・スタジオでボウイと仕事する機会に恵まれた。僕の上司だったプロデューサー・チームのクライヴ・ランガー&アラン・ウィンスタンリー(マッドネス、デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ、エルヴィス・コステロ、ブッシュ)が映画『ビギナーズ』のサントラを手掛けていて、ボウイはそれに出演し、曲も提供していた(映画よりサントラの方が上出来だった!)。当時、僕はエンジニア助手から正規のエンジニアに昇格するところだった。
 ボウイが初めてウェストサイドに来るという日、僕らはみんな緊張気味だった。クライヴとアランにとって、ボウイほどの大物スターと仕事するのは初めてのことだったから。みんなずっと窓の外を見ながら、長いリムジンが現れ、側近たちがぞろぞろと入ってくるのを待ってたんだけど、やって来たのは普通のタクシー1台で、そこからボウイが一人でひょっこり現れた。入ってくると、彼はすごく強いコックニー訛りで“やあ、デヴィッド・ボウイです”と自己紹介し、僕らと握手した。実際に会った彼は想像していたよりも小さく見えた。それから少しあと、彼からコックニー訛りが消えてたり、スラッとして背が高くなったように見えることに僕は気づいた。“すごい、ほんとにカメレオンだ”と驚いたし、最初の誇張されたコックニー訛りは、初対面の人を安心させるために、一時的にスーパースターのオーラを消す彼なりの方法だったんじゃないかと思ったよ」
「セッションが終わる頃、彼はいきなりモノマネをやりだした。いずれ消されるかもしれないと思ったから、僕は急いでカセットを入れ、録音ボタンを押した。スタジオ内の会話は残念ながら片方しか録音されていなかった。
 ボウイは(モノマネで歌った)歌詞を、一番最初のスプリングスティーンのモノマネ用に即席で書いたんじゃないかと思う。彼が別の歌詞を考えるのを待った記憶はないから、多分、ほんとに即興だったんじゃないかな。だとしたら、まったく見事なもんだ! まさにブルース(・スプリングスティーン)的な世界だよね」(22 January 2016, David Bowie Impersonates....., YouTube)

RICK WAKEMAN [pianist]
「“ちょっとヘンな話だけど、この曲にはラフマニノフっぽいピアノを入れるといいんじゃないかと人から言われてね。昔のよしみで考えてみてくれない?”と彼に言われたんだ。“喜んで!”と答えたよ。で、ロンドンへ行って、ラドブローク・グローブで録音した。彼はトラックを聴かせてくれる前に、ギターで一度歌ってみせると言って、ギターケースを開けたんだけど、それを見て目を疑ったよ。彼は“そうさ、使い古しの例の12弦ギターだとも”って。これはデヴィッドから大いに教わったことのひとつだね。僕は彼に一度、なんでいつもその使い古しの12弦ギターを使うのかと訊いたんだ。そしたら“まあ、これはそんなにいい音のする12弦ギターじゃないから、レコーディングには使わないよ。でも曲を作る時、こいつでよく聞こえさえすれば、そこから絶対にいいものができるんだ”と言ったよ」(24 March 2000, The Golden Years, BBC Radio 2)

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“ストランドがあれば独りじゃない”──ストランドの広告写真でポーズをとる俳優のTerence Brook

(※1)“バック・ヴォーカルで僕らは敬意をこめて彼をパロった”とアラン・ウィンスタンリーは言っているが、何のパロディかは不明。「Absolute Beginners」のドゥワップ調バック・ヴォーカル(“パッパッパウ〜ン”)は、彼が言及している「"Heroes"」には出てこない。'73年の再録音版「The Prettiest Star」だろうか?

(※2)「Absolute Beginners」の歌入れの際、デヴィッド・ボウイがスタジオでモノマネをやった時の貴重音源は、当時エンジニアとしてセッションに立ち会っていたマーク・ソーンダーズが、ボウイの死後、'16年1月22日にYouTubeで初公開した。動画の解説欄に添えられたソーンダーズ自身の回想は上に訳出した通り。録音日は'85年8月18日、場所はロンドンのウェストサイド・スタジオ。「Absolute Beginners」のオケをバックに、ボウイはブルース・スプリングスティーン、マーク・ボラン、トム・ウェイツ、ルー・リード、アンソニー・ニューリー、イギー・ポップ、ニール・ヤングの歌マネを披露している。いずれもスプリングスティーン風の即席歌詞での歌唱。どれも似ているが、中でもルー・リードとイギー・ポップの歌マネは名人級。優れたアーティストは往々にして模倣の天才でもある。

(※3)モータウンの香り漂う「Absolute Beginners」は、'86年3月に全英2位まで上昇するヒットを記録したが、その時、3週連続で1位に居座っていたのは、皮肉にもダイアナ・ロスのスプリームズ調の曲「Chain Reaction」だった(彼女はかつて「Ain't No Mountain High Enough」をカヴァー・ヒットさせてもいる)。アラン・ウィンスタンリーが述べているように、因縁のクリフ・リチャード「Living Doll」は、ダイアナの次に3週連続1位を記録し、同様にこの曲の首位獲得を阻止した。




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