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噂の山口百恵



 '80年の芸能界引退後、山口百恵がフリートウッド・マックに加入する話があった……という“噂”。




 そんな噂は聞いたことがないが、この曲を聴けば、意外とありえる話のようにも思えてくる。

 “噂は意外と本当なんです、泣かない女と言われてきました……”という告白で始まる「輪廻」は、山口百恵のラスト・アルバム『This is my trial』(1980)の冒頭曲。作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄。'70年代後半に山口百恵の数多の名曲(「横須賀ストーリー」「イミテイション・ゴールド」「プレイバック Part 2」「曼珠沙華」「美・サイレント」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向う側」)を制作した無敵トリオによる作品である。

 このトリオが手掛けた黄金時代の百恵作品には、フリートウッド・マックを彷彿させる瞬間が多々ある。彼らがマック風のサウンドを狙っていたわけでは決してなく、似ているのは、恐らく両者の作品の構成要素に共通項が多いからだろう……ということは7年前の記事でも書いた。「輪廻」は、中でも最もマック度が高い作品のひとつである。

 マック作品と具体的にどこがどう似ているかと言うと、まず、いずれもブルースを基盤にしたポップスであるという点。シンプルなコード使いでキャッチーな歌メロを作るセンスが似ている。ブルージーでミステリアスなエレピの響きはもろにマック的だ。そして、神秘的な歌詞のセンス。ここでは“輪廻”(生まれ変わり)について歌われているが、神話やお伽話の世界をイメージさせる阿木燿子の語彙は、スティーヴィー・ニックスのそれとよく似ている(阿木の言葉にはもっと色気があるが)。最もマック度が高いのは、終盤のギター・ソロ・パート。ロングトーンを効果的に使ったサンタナ風の官能的なフレージングは、前回、プリンス・ファンにお薦めしたマックの'87年の名曲「Big Love」にそっくりだ(「輪廻」には変拍子を使うという更なる仕掛けがある)。そして、山口百恵のヴォーカル。彼女は意外と多彩な声色の持ち主で、曲によってはクリスティン・マクヴィーのように涼やかにも歌えるのだが('78年発表曲「幻へようこそ」「プリティー・ハーロット」参照)、基本的には「輪廻」で聴けるような、中低域を活かしたブルージーな歌唱を得意とする歌手だった。ドスの利いたその歌声には、スティーヴィー・ニックスと似た雰囲気がある(百恵の歌唱は遥かにブルース寄りで、スティーヴィーのようなカントリー色はないが)。「Big Love」がスティーヴィー・ニックスのリード・ヴォーカル曲だったら、「輪廻」みたいになっていたかもしれない。

 これは歌謡曲なのだろうか。歌謡曲というのは(私の理解では)“土着化された洋楽”を示すひとつの音楽ジャンルの名称である。そういう意味では「輪廻」は確かに歌謡曲に違いない。しかし、この曲には、歌謡曲に特有の模造品っぽさ──中国のテーマパークにいるドラえもんのようなヘッポコ感──がほとんど感じられない。日本語で歌われている点を除けば、それこそフリートウッド・マックのアルバムに入っていてもおかしくないような作品なのである。日本の歌謡界のど真ん中にいながら、後年の山口百恵にはドメスティックな枠には収まりきらないスケールがあった。フリートウッド・マックに加入することはさすがにないにしても、リンジー・バッキンガムにプロデュースを依頼できるくらいのポテンシャルは十分に持ち合わせていたと思う。歌謡曲というジャンルを越えて、あらゆる音楽ファンに発見されるべき本当に素晴らしい歌手である。

 というわけで、このブログを見ているプリンスやマック・ファンの人々に、私は山口百恵を聴くことをお勧めする。山口百恵という人物についてあなたが知っていることを一度すべて忘れて、素直な気持ちで「輪廻」を聴いてみてほしい。これ、カッコいいと思いませんか?


※YouTubeで山口百恵の音源は、誰かが投稿しては削除されるというイタチごっこが延々と続いている。上に埋め込んだ動画もいずれ削除されるはずなので、リンク切れになっていたら“山口百恵 輪廻”で検索して新たな動画をお探しください。



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