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Meshell Ndegeocello @ Billboard Live TOKYO 2014



 ミシェル・ンデゲオチェロのコンサートを観た。……2年前に。
 
 観に行ったまま鑑賞記を書きそびれているコンサートや舞台公演がいくつもあって、これはそのうちのひとつ。2年前の話なので記憶がかなり朧気だが、覚えていることを簡単に書いてみたい。なぜ今頃になって書こうと思ったかと言うと、私が観た'14年7月のその公演で、ミシェルはプリンスのカヴァーを披露していたからである。それは誰もが知るプリンスの代表曲だったが、彼女はそれを、まるで誰も知らない曲のようにさらりと、そして、実に美しく聴かせたのだった。



『Comet, Come To Me』ジャケ写真の別テイク──どこかで見たようなポーズ?

 新譜『Comet, Come To Me』('14年6月2日発売)を引っ提げた来日公演は、'14年7月14日〜15日、ビルボードライブ東京/大阪で1日ずつ、計4回行われた。私が行ったのは7月14日(月)、東京の2ndショウ。彼女はその8ヶ月前にも同会場で来日公演を行っていた。ニーナ・シモンの傑作カヴァー集『Pour Une Ame Souveraine』(2012)を引っ提げたその公演に私は何としても行きたかったのだが、東京公演の日程がアリシア・キーズの横浜アリーナ公演('13年11月18日)と被ってしまったため、諦めざるを得なかった。なので、僅か8ヶ月後に実現した彼女の再来日公演に、私は大喜びで駆けつけたのである。

 “ハロー。来てくれてありがと。とても嬉しいです。これから音楽を演奏するので、どうぞ楽しんでいってください”──シャーデー似のあの低い声でミシェルがボソボソと挨拶した後、ショウは始まった。バンドは、ミシェル(ヴォーカル/ベース)に、ギター、ドラム、キーボードを加えた全4名。ドラムセットが左端に、正面ではなくステージ内側(真横)を向いて設置された少々変わったセッティング。ミシェルはやや右寄りの位置で、基本的にスツールに腰掛けながら演奏。黒ずくめの恰好だった気がするが、『Comet, Come To Me』ジャケのアフリカンな宇宙人メイクはしていない(当たり前か)。特別な演出は何もなく、冒頭の挨拶通り、4人でただ演奏するという、ごくシンプルなショウである。

 冒頭の3曲「Suzanne」「Be My Husband」「Please Don't Let Me Be Misunderstood」は、ニーナ・シモンのカヴァー集から。前回の公演を見逃した私にとっては嬉しい選曲だった。「Suzanne」はアルバム版と違い、アコギのアルペジオとミシェルのヴォーカルだけで穏やかに始まり、徐々に他の楽器が加わってくる構成。ヴァレリー・ジューンをフィーチャーしていた「Be My Husband」は、もちろんミシェルが自分で歌う(この曲にはヴァレリーの素朴な歌声の方が合っていると思うが)。「Please Don't Let Me Be Misunderstood」はアルバム版と変わらない演奏だったが、この名カヴァーを生で聴けたのは嬉しかった。近年のミシェルのヴォーカルはどんどんシャーデー化が進んでいて、「Misunderstood」は、ほとんどシャーデーの「Still In Love With You」みたいになっている。愛想のないシャーデー、というか、やる気のないシャーデー、というか……シャーデーを更に内省的でメランコリックにしたような歌声である。


ミシェル・ンデゲオチェロの近年のアルバム(2011〜14)

 ミシェルは7作目『The World Has Made Me The Man Of My Dreams』(2007)からロックに急接近し、リアン・ラ・ハヴァスやエスペランザ・スポルディング(『Emily's D+Evolution』)が現在やっているようなオルタナティヴ・ソウルに先鞭をつけてきた。ポスト・ネオ・ソウル的な方向性とロック志向が完璧に調和したのが、ジョー・ヘンリーを制作に迎えた9作目『Weather』(2011)。ニーナ・シモンのカヴァー集を挟んで発表された最新作『Comet, Come To Me』では、かつて『Comfort Woman』(2003)でも取り組んだレゲエ/ダブへの愛着や、オールドスクール・ヒップホップの強烈な現代解釈(フーディニ「Friends」のカヴァー)も織り交ぜ、独自のオルタナ・ソウルを更に奥行きのあるものにしている。

 来日公演のセットリストはすべて『Weather』以降の楽曲で固められ、地味ながらも近年の彼女の充実ぶりがよく分かる内容になっていた。ヴィブラフォンが冷ややかに響く別離の歌「Folie A Deux」、6拍子の奇妙なトーキング・ブルース「Rapid Fire」、ギターが吹き荒ぶ混沌としたスロー「Choices」。いずれもロック色の強いサウンドだが、プリンスがやるようなゴリゴリのストレートなロックンロールではない。ロックに関する私の知識は'90年代で止まっているので、近年のバンドで適当な例を挙げることはできないが、分かる範囲で言うと、カン(「愛は勝つ」の、ではなく、ドイツのCAN)や、'90年代後半のPJ・ハーヴェイ、あるいは、スチュアート・マシューマンらと共にミシェル自身も関与していたチョコレート・ジニアスなどに近い雰囲気の音だ。ブルース、フォーク、ジャズ、ファンクなどを、クラウト・ロックやポスト・ロック的なセンスで歪めた感じだが、最終的に“ソウル”と呼びたくなるのは、シャーデーによく似た彼女の低血圧な歌声に、自分の心の深淵を見つめるようなインティメイトな響きがあるからだろうか。

 圧巻だったのは、中盤に披露されたニーナ・シモンのカヴァー「See Line Woman」。ニーナ版と全く異なるコズミックなジャズ・ファンク編曲はアルバムでも異彩を放っていたが、ライヴでは各メンバーのインタープレイが曲を更に刺激的なものにしていた。特に凄かったのは、最新作にも参加しているドラムのアール・ハーヴィン。ヤキ・リーベツァイト(カン)を重くしたような彼のダイナミックな演奏は迫力満点だった。

 再び新譜からの曲が続いた後、コンサート終盤で思いがけない曲が披露された。シャーデー「Love Is Stronger Than Pride」をブルース化したような静謐な演奏に乗って、ミシェルが呟くような弱々しい声──ベス・ギボンズを思わせる──で“Never meant 2 cause u any sorrow... Never meant 2 cause u any pain...”と歌い始めた。その歌詞に、思わず“あ!”と声を上げそうになった。原曲の面影は全くなかったが、それは間違いなく「Purple Rain」だった。ミシェルがこの曲をカヴァーしていることを事前に私は知らなかったので、これには度肝を抜かれた。“Purple rain, purple rain...”というサビでごく僅かに客席から拍手が起きたが、中には最後まで曲の正体に気付かない人もいたかもしれない。それくらい彼女はプリンスのこの代表曲を別物にしていた。コード進行も原曲と全く違う。聴き手を煽動する3番の歌詞は省略され、まるでパーソナルな失恋の歌のようになっている。苦しみがゆっくり浄化されていくようなキーボードの柔和な音色が印象深い。心の中に静かに降る紫の雨。そこにうっすらと虹が浮かんでくるような、そんなカヴァーである。なんという解釈だろうか。ミシェルの音楽的な咀嚼力の素晴らしさを改めて思い知らされる独創的なカヴァーだった。

 ショウを一旦締め括ったのは、ミシェルが全面的に作曲/制作を手掛けていたアンソニー・ジョゼフの快作『Time』(2014)収録の「Hustle To Live」。“現代版ギル・スコット・ヘロン”として知られる彼の作品は、もちろんミシェルが歌っても違和感なくハマる。「Cold Sweat」似の凸凹したファンク・リズムに乗るドスの利いたミシェルのポエトリー・リーディングがクール。基本的にはオリジナルに忠実なアレンジだったが、ミシェル版は後半で予想外の攻撃的な展開を見せた。歪なビート、キーボードのシュールな響き、ノイズを垂れ流すエレキ・ギター。まるで(『Third』期の)ポーティスヘッドみたいなサウンドに私は唖然とした。

 拍手に応えてすぐに始まったアンコールは、『Weather』に収録されていたアップテンポの変拍子ナンバー「Dead End」。ライヴではキーボードの電子音がかなり強調されていた。エレクトロ・ジャズ・ファンク・ロックとでも言うべき、けったいなサウンド。覇気溢れる演奏で観客を沸かせ、78分のショウは幕となった。

 ミシェル・ンデゲオチェロと言うと、一般的には、ジョン・メレンキャンプと「Wild Night」を歌う姿、あるいは、ネオ・ソウルの先駆者的な初期イメージがいまだに強いかもしれない。が、それは遠い過去の話であり、現在の彼女はその遥か先を歩んでいる。この日の公演は決して大盛り上がりとは言えなかったが、それは、過去のイメージを期待する観客と、現在のミシェルとの間に多少のずれがあったからかもしれない。実際、もう少し素直にファンキーなものを期待していた私は、あまりにロック色の強い演奏に面食らった。今のミシェルの音楽は、黒人音楽ファンにとっては白すぎ、白人音楽(ロック)ファンには黒すぎるかもしれない。しかし、彼女が聴かせてくれたのは、最終的にそんなことがどうでもよくなる、クロスオーバーなソウル・ミュージックだった。今回の公演でも披露された新譜収録曲「Tom」などは、'16年の今になって振り返ると、ディアンジェロ&ザ・ヴァンガードが「I Wish U Heaven」をカヴァーしたような曲に聞こえたりする。エレキ・ギターを持ってディアンジェロが復活し、エスペランザ・スポルディングがトニー・ヴィスコンティと組んでしまうような昨今、彼女の作品はもっと多くの音楽ファンに聴かれるべきではないだろうか。



宇宙人風メイクで意味不明なポーズをするミシェル(上段)と……コメットさん?

 '14年4月20日、ミシェルはツイッターでこんなことを呟いていた。

「2002年、プリンスはワーナーのために音楽を作ってる私のことを“飼い犬”呼ばわりした。歴史は繰り返すってわけね(in 2002 Prince called me a "house nigga" for making a record for Warner Bros. Past is prelude aint it)

 このツイートは、プリンスがワーナーと再契約したことを報じるニュースに反応したもの。“歴史は繰り返す”と言っているのは、そのせいである。ワーナーに所属してる私のことを悪く言ったくせに、自分がワーナーに戻るってどういうことよ……。この発言には、プリンスに対するミシェルのそんな苛立ちと皮肉が感じられる。

 かつて『Cookie: The Anthropological Mixtape』(2002)収録のプリンス風スロー「Trust」で、ミシェルはプリンスにギターでの参加を依頼した。彼女がワーナー傘下のMaverickでアルバムを制作していたからか、あるいは、他に理由があったのかは分からないが、プリンスはそのオファーを断った。ワーナーの“飼い犬”だと彼に言われて、ミシェルは相当に傷ついただろう。

 '14年6月、『Comet, Come To Me』発表時のインタヴューでこのツイートのことを訊かれたミシェルは、以下のように答えている。

「彼は親切な人ではない。でも、しょうがないことよ。あれは如何ともしがたい彼と私の間だけの問題で。まあ、いずれはいい関係を持てるかもしれないけど、どうだかね。人には相性ってものがあるし。でも、私が音楽をやってるのはあの人のおかげ。それは間違いない。彼の作品はどれも素晴らしいわ。
 ツイートしたことは後悔してるし、あとで反省したわ。感情に駆られて物を言ってはいけないとね。〈Trust〉で彼にギター・ソロを弾いてくれるよう頼んだのよ。その時、電話でキツく言われたわけ。でも、いいわ。彼にも色々あるわけだし。私にはあの人の人生のことは分からないもの。どうしてああいう人になったのかってことはね」(14 June 2014, Factmag.com)

 プリンスの“いい人エピソード”がやたら流布する'16年現在、“彼は親切な人ではない(He's not a nice person)”というミシェルのこの過去発言は妙に新鮮である。孤独な天才ゆえ、やはり相当に気難しい面もあったのだろう。ミシェル自身にも頑固なところがありそうなので、その時はたまたま互いに噛み合わなかったのかもしれない。

 '16年4月22日、ミシェルはインスタグラムに『Purple Rain』時代のプリンスの写真を投稿し、ひとこと“大ショックだ(I AM DEVASTATED)”と書いた。その後、6月8日には“このレコードが私の心と体と人生を変えた!(This record changed my mind my body my life!)”というコメントを添えて、『For You』のジャケット写真を投稿している。ミシェルは筋金入りのプリンス信奉者で、'11年には“Gett off: Meshell Ndegeocello covers Prince”と題して、プリンス作品ばかりを演奏するショウも行っていた。ジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップ、エレクトロ、ダブ、ロック……鳥のように自由にジャンルを越境する彼女の音楽は、プリンスという先人なしにはあり得なかった。実際にプリンス風の音を聴かせるフォロワーはたくさんいるが、ミシェルは彼の音ではなく、精神を受け継ぎ、自分自身の道を果敢に切り開いている。様々な音楽と心の深部で感応し、何でも手元に引き寄せてしまう彼女の折衷能力は、プリンスにも全く引けを取らないものだ。ニーナ・シモンのカヴァー集と同じような形で、彼女にはいずれ是非ともプリンス作品に本格的に取り組んで欲しい。


01. Suzanne [Leonard Cohen/Nina Simone cover]
02. Be My Husband [Nina Simone cover]
03. Please Don't Let Me Be Misunderstood [Nina Simone cover]
04. Folie A Deux
05. Rapid Fire
06. Choices
07. See Line Woman [Nina Simone cover]
08. Tom
09. Good Day Bad
10. Purple Rain [Prince cover]
11. Hustle To Live [Anthony Joseph cover]
-encore-
12. Dead End

Billboard Live Tokyo, July 14, 2014 (2nd show)
Personnel: Meshell Ndegeocello (vocals, bass), Chris Bruce (guitar), Jebin Bruni (keyboards), Sylvester Earl Harvin (drums)

Meshell Ndegeocello: Japan Tour 2014
July 14 - Billboard Live Tokyo (2 shows)
July 15 - Billboard Live Osaka (2 shows)



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